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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第九章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~9章-8話~
「そろそろ、大型サテライト拠点の建設計画を進めねばならない」
 支部長室に集められた俺たちに、クロエは開口一番そう告げた。
「本当に、始めるのですね」
「ヒマラヤ支部の補修も進み、アラガミも減りつつある。動くのなら今だ」
 クロエの言葉に迷いはない。
 大型サテライト拠点……ヒマラヤ支部の更に外部に安全な居住区を建設し、移民の受け入れを行う場所。以前からクロエが度々話題にしていた、人々のために安全な場所を確保しようという計画だ。
 と、話はこれまで何度も聞かされていたが……いざその時が来るとなると、まだ実感が湧かないというのが正直なところだ。
 一つ言えることがあるとすれば……建設に向けて新たな任務が増えることで、更に忙しくなるだろうということくらいか。
「わたくしたちを呼んで、何をさせようと?」
「なに……今すぐ何かをしてもらいたいという話ではない」
 牽制するようなレイラの言葉を受けて、クロエは背もたれに身体を預け、笑みを浮かべた。
「と……言いますと?」
 レイラは真意を測りかねている様子で尋ねる。
 これまでの経験から、また無茶な指示を受けるのだろうと身構えているようだ。
 クロエの目がじっとレイラを捉える。
 そして彼女は、おもむろに口を開いた。
「質問したかったからだ」
「質問……?」
「そう。君たちに一度訊いてみたかった」
 彼女は俺たち一人ひとりを見回しながら、ゆっくりと尋ねた。
「君たちは、どんな世界に住みたい?」
 突拍子もないフレーズに、その場の空気が弛緩する。
「どんな世界に住みたいか、ですか……? いきなり、不思議な質問ですね」
 怪訝な表情を浮かべるリュウに対し、クロエは大真面目に言葉を続ける。
「若い君たちは、このヒマラヤ支部と生まれ育った支部、そしてアラガミに蹂躙された外の景色しか知らないのだろう」
「ええ、まあ……」
「そんな君たちにとって、どんな世界が理想なのか訊いてみたくてな」
 クロエは落ち着いた調子で話していたが、その眼差しからは俺たちに対する興味が窺える。
「それでは、クロエ支部長は支部と外の景色以外を知っていると?」
「ああ……とは言え、君たちよりは、というところだが」
 そう言うと、クロエは懐から一枚のカードを取り出して机の前に置いた。
「私はアラガミが出現する前のモスクワの景色を、ぎりぎりまだ覚えている」
 それは一枚の絵葉書だった。
 ビルや屋根の丸く膨らんだ伝統の建造物が立ち並ぶ、異国の風景が捉えられている。
 アラガミに破壊される前の街並みに、アラガミの襲撃に怯えた様子のない人々。穏やかな空気がその絵葉書から感じられる。
 見知らぬ風景を見ながら、リュウが口を開いた。
「これは、モスクワの?」
「そう。私の宝物だ」
 彼女はそう口にして、何かを思い出すように瞼を閉じる。
「記憶にある景色は幼い頃に見た本当のモスクワなのか、この絵葉書に思いをはせた幻なのか……今はもう分からない」
 懐かしむように、それでいてどこか寂しげに言ってから、クロエは再び目を開ける。
 その瞳には、いつもと変わらない強い光が宿っていた。
「だが、確かなこともある。私が願うのは……この景色をもう一度この世に蘇らせることだ」
 信念に基づく決意……その確固たる意志により、彼女の瞳はぎらぎらと輝いているように見える。
 その眼差しが向けられた先には、目的を叶えるための道筋が、しっかりと捉えられている……俺にはそう感じられた。
 彼女は腕を伸ばし、絵葉書を指先で掴むと、それを俺たちによく見えるようにかざしてみせた。
「大型サテライト拠点をこの景観にするのは無理だ。しかし、その第一歩にはできると信じている」
「第一歩……この、対アラガミ装甲壁がない風景が、クロエ支部長の目指す……」
「そうだ」
 リュウの言葉に、クロエはゆっくり頷いた。
 その側で、レイラはじっと絵葉書を見つめている。
「わたくしも写真や絵で、このようなかつての景色を見たことがあります。……ですが、実感はありませんね……絵は絵、写真は写真としか」
「だろうな……」
 無理もないといった面持ちで、クロエは言葉を吐き出す。
「そこの空気を吸い、光を浴び、喧噪を聴き、触れてみないと分からんさ。本当の、人が住む街……生きていく場所というものは」
「はあ……」
「君たちにとって、アラガミの出る前の世界は歴史でしかないのかもしれない。しかし、私にとっては、それもまた現実としての肌触りが残っているのだ」
 クロエは、いつになく熱っぽく語りかける。
「この壁の内側とは、何もかもが違う。そして、君たちの触れている世界と、私の触れてきた世界の認識も違うだろう」
 そう言って、彼女は改めて俺たちを見回す。
「だからこそ……壁の内外しか知らない君たちが求める世界を、知りたかった」
「私たちの……」
 クロエは穏やかな目を、リュウへと向けた。
「リュウ、君はどんな世界で生きたい?」
「僕は、そうですね……」
 問われたリュウはちらりと俺たちに視線を向けてから、その場で腕を組み、考え込む。
 再び口を開くのに、それほど時間はかからなかった。
「ホーオーカンパニーは神機メーカーですから、アラガミがいなくなったら違う事業をやることになりますが……」
「違う事業?」
「はい。企業は社員を……家族を食べさせていかなくてはなりませんから」
 リュウはまっすぐな目をして答えた。
 家族に対しては、思うところもあるはずだが……進む先には迷いもないか。
「そうなったら、建築業がいいかな? アラガミが去った広大な土地を人の住む世界に変えていく」
 そう言ってリュウは空想と戯れる。
 そんな未来が来ることを、本気で信じているわけではないようだが、考えを巡らせる姿はどこか楽しそうでもある。
「……うん。需要もありそうだし、絶対に必要なものですから、経営も右肩上がりでいけるのでは?」
「堅いわね、リュウっぽいけど!」
 本気で検討しはじめたリュウの様子を見て、レイラが隣で噴き出した。
 彼女の横やりに、リュウは横目で鋭い視線を向ける。
「そういうレイラは? お城でも築いてお姫様か?」
「わたくしは常々言っている通りです。……人々を導き、豊かな大地で幸せを育みます」
 レイラは迷うこともなく、すらすらと答えた。
「国を作るのか?」
「作る、というのはおかしいでしょう? 元々、父が治める国があったのですから」
「そこで、姫様をやるんだな?」
「だから! 違うと言っているでしょう!」
 おそらく、レイラは人々が幸せに暮らせるのであれば、自分の立場は重要ではないと思っているのだろうが……
「姫じゃなきゃ何をやるんだよ!? 王になるってのか!」
 リュウから見れば、そのためにレイラが人々を導くのであれば、王族であるように感じるのだろう。
「何も分かってないのね!」
「ちゃんと説明できてないじゃないか!」
「話になりません!!」
「ああ、話にならないな!!」
 言い争いの果てに、二人はお互いにぷいっと顔をそむけてしまう。
 そんな一連のやりとりの後、それを眺めていたクロエが、クスリと笑みをこぼした。
「仲がいいのだな」
「はぁ!?」
「違いますよ」
 クロエは仲良く揃って反論する二人を、愉快そうに眺めたあと、やがてその目を俺に向けた。
「リュウとレイラの理想はだいたい分かった。隊長補佐、君はどうだ?」
「……俺ですか?」
「ああ。叶うなら、どんな世界がいい?」
 クロエから尋ねられ、俺は少し言葉に詰まる。
 争いのない世界のことなど、考えたこともなかった。
 俺は施設で生まれ、戦うことを望まれて育った。アラガミを倒し、それを喰らっていくことだけが、俺の生きる目的だった。
 しかしもし、壁の外側に新たな世界を求めるとすれば……
「……分かりません。上手く想像できなくて。ただ……」
「ただ?」
「……楽しい世界であればいいと思います」
「へぇ……少し意外です」
 俺の答えを聞いたレイラが、驚き交じりに呟いた。
「そうですね。隊長補佐なら、静かな世界とか言うかと思ってました」
 まあ、確かにその未来ではしゃぎまわっている自分というのも、想像つかないが……
「俺はともかく……周りは賑やかなほうがいいだろうな」
 時にいがみ合い、喧嘩しながらも笑い合える……そういう仲間たちの傍にいられれば、俺はきっと、それが一番幸せだと思う。
 ……そういう意味では、戦いを終えるまでもないかもしれない。俺が見たい世界は、このヒマラヤ支部で見てきた光景そのものだ。
 この場所を守り、未来につなぐことができれば……それではクロエへの答えにならないだろうか。
「リマリアはどうだ?」
 俺の答えを聞いた彼女が、宙に向かって尋ねかける。
 呼ばれたリマリアは、すぐに姿を現した。
「考えたこともありませんが、主人たる使い手が望む世界であれば、良いかと」
 リマリアの表情を見るが、そこに迷いは微塵も感じない。
 一方のクロエは、やや拍子抜けしたような表情をしていた。
「よくよく考えて、その答えか?」
「少なくとも、他に思い浮かぶものはありません」
 クロエが重ねて尋ねたものの、リマリアの答えは変わらない。
「謙虚というか……まだ欲があまりないから?」
「人間と同じだと考えてはいけないんだろうな」
 レイラとリュウが分析するようにリマリアを見る。彼女のほうは、まったくピンと来てなさそうだ。
 そんな姿を見ていたクロエが、口角を少し吊り上げた。
「リマリアからは、もっと面白い答えが聞けるかと思ったが……しかし、私が使い手だったら一番嬉しい答えだな」
「そうなのでしょうか?」
 クロエの言葉を受けて、リマリアは確認するように俺のほうを見た。
「……」
「どう思うかね、隊長補佐は?」
 目を背けると、クロエは愉快そうに俺の顔を覗き込んでくる。
 その隣で、リマリアもじっと、俺の反応を待っていた。
 俺は居心地が悪くなり、頭を掻いた。
「まあ……そうですね。嬉しいです」
 俺より自分を優先してほしいという思いもあるが……嬉しくないと言えば嘘になる。
「あ……」
 俺の答えを聞いて、リマリアが小さく声をあげた。
「……隊長補佐、もしかして照れてます?」
「いや……」
「……珍しい。あなたにもそんな感情があったのですね」
 ずいぶんな言われようだ。
 ため息を吐きつつリマリアのほうを見ると、さっと表情を隠されてしまった。
「……?」
 どうかしたのかと思い注視するが、まったくこちらを見ようとしない。
 心なしか、目が泳いでいるようにも見える。何か、まずいことでも言ってしまっただろうか……
 そんな俺たちの様子を見ながら、クロエがふふっと笑みをこぼした。
「君たちは、見ていて興味深いな」
「……どういう意味です?」
「言葉通りの意味さ」
 彼女はこともなさげに答え、そのまま俺たち全員を見渡した。
「ともあれ……今日は貴重な意見を聞かせてもらったな。感謝する」
「……大袈裟では?」
「そんなことはないさ。君たちが思い描く世界が、このサテライト拠点の未来にも繋がるはずだ」
 クロエは堂々と言って、笑みを深める。
「本当に、そうなるでしょうか……?」
「なるさ。小さな一歩かもしれないが……確実に踏み出した一歩だ。そして、歩みをずっと止めなければ……」
 リュウの問いかけに、クロエはよどみなく答えていき……
 そのまま彼女は、天井の向こう……もっと遠くを見据えるような目をして呟いた。
「まだ遥か遠い未来の話だが、近づいていきたいものだな」



 俺たちはアラガミ討伐のため、放棄された町の一角へと降り立っていた。
 人影はなく、無機質な建造物の隙間を冷たい風が吹き抜けていく。
 そうしてアラガミの元へ近づいていくなかで、リュウはため息交じりに口を開いた。
「クロエ支部長は、えらく先のことまで考えていたな。夢想家だとは思わなかったけど」
「……リュウは、ああいう話は好きじゃないようね」
「好きかどうかじゃない。目指すにしては現実離れしてるってことさ」
 肩をすくめるリュウを見て、レイラは毛先に触れながら呟く。
「現実離れ……ねえ」
「だってそうだろ。今でさえ随分とアラガミに手を焼いているのに。理想に目を向ける前に、今の現実を見据える必要がありそうだが」
 リュウは歩きながら両手を広げ、周囲の状況に注意を向けた。
 主を失った平屋は朽ち果て、ビルもところどころが崩れて見る影もない。
 これらの家々にも、クロエが思いを馳せていたような、人が息づいていた時代があったのだろうか。そう思うと、少し感傷的な気持ちになる。
「別に、支部長も現状をおろそかにしているわけではないと思うわ」
 そこでレイラは、やや不機嫌そうに口を開いた。平静を装おうとしているようだが、リュウの意見に納得してないのが、傍目にも伝わってくる。
「彼女にとっては在り得るべき現実の延長線上なのでしょう。わたくしは嫌いではありませんよ」
「僕だって嫌いとは言ってないさ。クロエ支部長の能力だって知っている。ただ……」
「ただ……?」
 レイラが続きを促すと、リュウは迷いながら言葉を続けた。
「……ただ、綱渡りを現実と呼んでいいのか、とは思う。アラガミが減ってきた程度じゃ、まだまだ明るい未来は見えない」
「それでも、アラガミは現に減ってきている。それは喜ばしい傾向です」
 真剣に考え込む様子のリュウに、レイラは励ますような調子で答えた。
「今は非現実的な目標に思えるかもしれませんが……光の差す方角が分からないよりは、近づきようがあります」
「…………」
 リュウはそんな彼女の表情を、しばらくじっと観察していたが、やがて自分の中で折り合いがついたのか、表情を緩めた。
「そうだな。どうであれ、今後に向けて共通の目標を持つことは必要だ。……相変わらず、用意された課題の難易度は高すぎるが……」
 苦笑するリュウの前に立ち、レイラはまっすぐに腕を伸ばす。
「わたくしは行きます。綱渡りであっても、進むのみです」
 そう口にして、レイラは手のひらを握りしめた。その先にある太陽を掴むように……
「今は、そういう時なのかもな……」
 リュウの呟きに俺も頷き、同調する。
 地盤を固めることも重要だ。
 しかしそうして地に足をつけてしまってからでは、遥か彼方までは目指せなくなる。
 より良い環境、より良い世界を目指すのであれば、立ち止まっている時間はないのだろう。
(そうか。そのためにクロエは……)
「……」
 なんとなく、クロエがやろうとしていることは理解できた気がする。
 ……いずれにせよ、俺がするべきことは変わらない。
「とにかくまずは、今できることから片付けていこう」
「ええ!」
「やりますよ!」
 俺の言葉に呼応して、二人は気勢を上げて返事をした。
 そうしてアラガミのいるほうに向かっていると、背後からかすかな声が聞こえた。
「……今と、未来……」
「ん……?」
 声の主、リマリアの方を振り返ると、彼女ははっと我に返った様子を見せる。
「いえ、ただの思考です。つい……出てきてしまいました」
 取り繕うように言ってから、リマリアは真剣な表情を浮かべた。
「すみません、戦闘準備はできています! 始めましょう!」
 その声を合図に、俺たちは改めて戦闘態勢を取る。
 そんななかで、俺はリマリアの表情を盗み見る。
(……リマリア、何かあったのか?)
 俺の脳裏には、彼女が見せた浮かない表情がしばらく焼き付いていた。



「……――!」
 ウロヴォロスが伸ばした触手の間を、彼は器用にくぐり抜けながら、駆け抜けていく。
 そうして目標の足元に辿り着いた彼は、私に視線で合図を送る。
「――アビスファクター・レディ」
 彼の意図を汲み、アビスファクターを発動させると、彼の身体から黒紫色の靄が立ち昇り――そのまま神機が赤い閃光を纏う。
「『ジェノサイドギア』……ッ!」
 短く叫んだ彼は宙を舞い、そのままブレードを勢いよく振り回した。
 ……一転、宙に真っ赤な弧が描かれると同時、着地する前にもう一転。
 くるりくるりと円を描く度、ウロヴォロスが慄き、咆哮する。
「オオオオオオオオオオオオ……!」
 同時に、ウロヴォロスの身体の表面が膨れ上がったかと思えば、その一本一本が触手となって、神機所有者へと襲い掛かった。
 私がそのことを、彼に伝えるより前に――
 それに気付いた彼が、走り出した。
 狙いはウロヴォロスの眼……目標の身体から放たれた触手は、自らの身体を傷つけることも厭わず、神機所有者を貫こうとする。
 触手は弓矢のように放たれていき、それを彼は、目標の身体に張り付いたまま、器用に躱していく。
 ウロヴォロスが持つ無数の眼――その一つを、ウロヴォロス自身の触手が貫く。
 目標自身がそのことに気づいた時には、すでに第二第三の弓は放たれており、ウロヴォロス自身の身体を穿っていく。
 空中にいくつも線が引かれ、その一本一本が次第に垂れ下がっていく光景は、ドロシーの店に置いてあった、編み物とどこか似ている気がした。
 そうしている間にも、ウロヴォロスは自らを傷つけていき、動きが鈍ったところで彼が神機を深く構えた。
「――……っ!」
『秘剣・黒死』……連撃の中、タメを作って放たれたその一撃は、強大なエネルギーを纏い、目の前の空間を引き裂いた。
「グォォオオオオオオオオオオオオオ……ッ!」
 引き裂かれた空間の中を残光が走ると同時、ウロヴォロスの巨体が大きく揺れた。
 胴体を離れた触手は、力なく地面に折り重なっていく。
 そうして断末魔の咆哮が響き渡ると、その巨体は地響きをあげて前のめりに倒れ込んだ。その生命反応が弱まっていき、やがて完全に停止する。
 その言葉を聞いて、彼は一つため息を吐くと、ウロヴォロスの亡骸を捕喰する。
(ん……美味……)
 抗えない欲求、快感を受け、わずかに体をよじらせる。
 これで、付近のアラガミも完全に排除した。
『皆さんお疲れ様でした! それでは、帰還してください!』
「了解した」
 カリーナからの報告に答えた後、彼はそのまま歩き出した。
 離れた位置で戦っていた、レイラやリュウと合流するのだと思う。
「少し、よろしいでしょうか」
 その前に、彼に尋ねておきたいことがあった。
「どうした、リマリア?」
 私の声を聞いた彼が、振り返る。
 その真っ直ぐな視線を受けて、私は僅かに視線を逸らした。
「あの……一つ質問があります」
「ん?」
 彼は足を止め、身体の姿勢をこちらに向ける。
 それだけのことに、私は何故か動揺していた。
 少し前……感情を手に入れる前であれば、彼に声をかけるのに躊躇したことなどなかったのに。どうしてこんなことが気になるのか……
 それに、今から尋ねることだって、必要な質問だとは思えない。
「……」
 そうしてひとしきり悩んでいる間にも、彼はじっと、私が話すのを待っていた。
 これ以上、彼を待たせるわけにはいかない。そう考えた私は、思い切って口を開いた。
「変な話で恐縮なのですが、私がいなくなったら……どう思いますか?」
「え……」
 想像通り、彼は驚き、困惑した様子を見せる。
 やはり、こんな質問するべきではなかったかもしれない……そう思ったところで、彼が口を開いた。
「……困る」
 俯きがちに、ポツリと言った彼の言葉に、私は胸が苦しくなったように錯覚する。
 そんな気持ちを吐き出すために、言葉を続ける。
「それは、やはり私が神機というものであるから、でしょうか?」
「……」
 ふたたび、彼が言葉を詰まらせる。
 一切迷いを見せていなかった、戦闘中とは別人のようだ。そんな彼の姿を見ていると、申し訳なさが膨らんでくる。
「あの、やっぱり……」
「待ってくれ。すぐに答えを出す」
 私の言葉を、彼が片手をあげて制止した。
「リマリアがいなくなったら、か……」
 そう言って彼は、目を閉じてじっと考え込む。
『八神さん? 今どこ――』
 通信機の向こうからレイラの声が聞こえてきたが、彼は躊躇せず通信を遮断した。
 あとで怒られてしまいそうだけど……それほど真剣に、私のことを考えてくれているらしい。
「……寂しいな」
 熟考の後、彼はポツリと口にした。
「え?」
「神機だから、戦うために必要だから……そういうことは関係ない。リマリアがいなくなったら、俺は寂しい」
 答えを決めたからだろう。彼はもう、一切の迷いを見せずにそう言い切った。
 そこに取り繕うような雰囲気はない。
 ……それでも、尋ねずにはいられなかった。
「本当に……?」
「ああ」
「本当に本当?」
「ん……ああ、そうだ」
「今、少し返答に詰まったのは?」
「そうやって詰め寄ってくるからだ」
「あ……。その、すみません」
 指摘されて、私は自分が前のめりになっていることに気がついた。
 後ろに一歩下がり、息を吐いてみる。
「ごめんなさい。私……どうしてしまったんでしょう。自分でも、どうしてこんなことを聞いているのか……」
「……恐いのか?」
「……はい。そうだと思います」
 隠しても仕方がない。私は俯きながら、白状する。
 先日から、言葉にできない不確かな感情が心に生まれていたのは自覚していた。
 しかし、それが恐怖だと気付いたのは、つい先ほどのこと。
 カリーナも口にしていた通り、恐がりな神機なんてどうかしている。だけど……
(……今もアラガミが恐いとは思わない。でももし、このまま世界からアラガミがいなくなって、彼が望む世界がやってきたとしたら……)
 きっと、私はもう彼に必要とされなくなる。アラガミを倒すための、神機なんて。
 そうしたら、私は……
「……信用できないよな」
「え?」
「当然だ。俺が寂しがっている証拠はないし、俺はそれを、お前に示してやる手段も持たない」
「あ……」
 彼は冷たく言い放ち、ゆっくりと私に近づいてくる。
 私は思わず、彼にすがりつくように手を伸ばしたが、その手は彼に触れることなく、すり抜けてしまう。
 これまでもずっとそうだったのに……そのことが何故か悔しくて、私は唇を噛みしめた。
 そんな私から視線を外して、彼は空を見上げていた。
「だけど……証拠はないが、約束ならできる」
「……約束、ですか?」
「ああ」
 彼は頷き、私を見る。
「俺はリマリア……お前とずっと一緒にいる」
「……!」
 その言葉に、一瞬心を揺さぶられるが、すぐにそれが叶わないと気付く。
「……無理です。だって、ゴッドイーターは引退するときに、その神機を保管することになります」
「忘れたのか? この神機は非正規品だ。そういう意味では、俺もすでにゴッドイーターじゃない」
「あ……」
 彼の言う通り、私が宿る神機はフェンリルに存在を認められていないし、自身の神機を失い、他の神機に適合した彼は、すでにゴッドイーターとしての資格を失っていると言ってもいい。
「で、ですが、フェンリルがそんな危険な存在を認めるはずが……」
「フェンリルに認められていないのは、ヒマラヤ支部も同じ。存在しない支部で何をしようが、俺の勝手だ」
「……」
「それでも許されないなら……逃げればいい。幸い、それを上手くやってのけたポルトロン支部長という前例もある。きっとリュウやレイラたちも匿ってくれる」
 ……非現実的なアイディアだ。
 そう思いつつも、それを口にすることはできなかった。
 すでに彼は、どうあっても私と一緒にいると決めている。だとすれば、これ以上言っても無意味だ。
 私は彼が途中で諦め、妥協した姿を見たことがない。
「それに……」
「それに?」
 全機能を集中させて、彼の言葉に耳を傾ける。
 彼は一際優しい視線を、神機に向けた。
「俺の大切なものが、この神機の一部になっているからな……手放すことは絶対にない」
「あ…………」
 彼の言葉は、私の身体の奥底にすとんと落ちていった。
 彼の大切な物……それは間違いなく、あの日私が捕喰した、小さなリングのことだ。
「その言葉は、信じられます」
「……そうか」
 私が頷くと、彼はほっと胸を撫で下ろした。
 そんな彼の姿を見ながら、私は複雑な気持ちを味わっていた。
 彼のマリアに対する思いの強さは知っている。私が彼女の死を告げた時には、この彼が大声をあげて泣きじゃくっていたほどだ。
 だからこそ……私も彼の言葉が嘘ではないと、確信できた。
 そのことが、言葉にできない程嬉しくて……
(でも、ちょっとだけ悔しい、かな……)
 複数の感情が重なり合っていて、それが何なのかよく分からない。
 それでも一つだけ分かるのは……私が彼と、一緒にいたいということだけ。
「あの……わがままばかりですみません。最後にもう一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「ああ。どんなことだ?」

「……あなたのこと、名前で呼んでもいいですか?」


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