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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第八章

「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~8章-1話~

「来たか、ゴドー君」
 扉を開くと、クロエは席に着いたまま俺を見た。
 人払いがされているのか、作戦司令室の中には彼女の他に人の姿は見当たらない。
 それを確認してから、部屋の奥へと歩みを進めた。
 二人きりであれば、礼節をもって接する必要もない。俺は見下ろすように彼女の前に立った。
「何の用だ?」
「なに……君と少し、話をしておきたくてな」
 クロエはいつもの冷淡な調子でそう口にする。
 そのまま青い双眸が、真っ直ぐにこちらを捉えた。
「クベーラの討伐が成功した今、次のターゲットはネブカドネザルだ」
「そうなるな」
 頷き、その先の用件について先読みして答える。
「対策はまだ完成していない。ヤツの能力には解明できていない部分が多すぎる」
「それは承知している。研究はどの程度進んでいる?」
「まだ交戦回数が少なく、判断材料が乏しい。その時も活躍なさったのは支部長殿だったわけで」
 俺の言い方が気になったのか、彼女は笑みを浮かべてみせる。
「邪魔をしたか?」
「冗談がお上手で。あれ以上の勝ち筋はなかった」
 嘘はついていない。
 が、それで誤魔化せるほど、聞き分けのいい人物でもないか。
「……いい機会なので訊いておこう。君から見て、支部長としての私はどうか?」
 切れ長の、凍てつくような視線が俺に向けられる。
 探りを入れてきているのは明白だが、突然の話題には困惑するのが常道か。
「支部長としてであれば……危なっかしいと申し上げておこう」
「頼りないか?」
 場を濁すような俺の答えに対し、追い打ちをかけるようにクロエが続けた。
 言葉だけを聞けば『不安を抱えて部下に縋りつく新米支部長』と言ったところだが、目の前にいるのはそう可愛げのある人物でもない。
 彼女の眼差しからは微塵の迷いも感じない。自身の流儀を通せると、初めから確信している。
「そうだな……」
 俺はわざとらしく、顎に手を当て考える仕草をしてみせた。
「支部を統括するだけでなく中国、ロシアとの交渉に、レイラの指導、クベーラの研究も同時進行させ、ネブカドネザルにヘリで突っ込む……」
 つらつらと彼女の功績を並べていけば、クロエはわずかに苦笑してみせた。
「働きすぎだ。実に、危なっかしい」
 彼女がオーバーワークだと感じているのは事実だ。
 これだけ多くのことをやってのけながら、疲れた顔一つ見せないなど、異常と言ってもいい。
 そうでなくとも、実に肩が凝りそうな生き方だ。……少なくとも俺は御免被りたい。
「君も支部長代理時代はずいぶん働いていたようだが?」
 反論はすぐに帰ってきた。
 鋭い指摘に、今度は俺が苦笑させられる番だ。
「支部長業務はほどほどにしていたつもりですがね」
「確かに、支部長業務は、な」
 そう言って、クロエはじっと俺の目を見据える。
 全て見透かすような視線だが……本当にそうなら、わざわざ尋ねてはこないだろう。見え見えの詮索に、付き合ってやる理由はない。
「支部長ともなれば、伏せねばならんことも、二つや三つはある」
 この言葉は、以前彼女が口にしたものだ。
「そうだな」
 それが分からない彼女でもない。
「……」
 俺とクロエはしばし、無言のまま視線をぶつけ合っていたが、これ以上続けたところで互いに新たな情報を得られることもないだろう。
 分かったことと言えば……今も互いのことを疑っているということくらいか。
 俺が早々に視線を外すと、クロエもすぐにそれを察した。
 互いに姿勢を変えて、本題に戻る。
「……ネブカドネザルはやれそうか?」
「いける手応えはある」
 今度は言葉を濁しはせず、彼女が望む言葉を口にしてやる。
 だが――
「ただし……条件がある」
 その代わり、譲歩した以上は遠慮もしない。彼女にも協力してもらう必要がある。
「何だ?」
 そう言って俺を見上げた彼女に迫り、その唇の傍に指を突きつける。
 虚を突かれたような彼女に向けて、俺は唇の端を歪めてみせた。
「こういうことだ」



 支部の広場を訪れたところ、珍しいコンビが談笑していた。
 いや、その組み合わせ自体は見慣れたものなのだが……
「ああ、八神さん。こちらです」
 いち早く俺の姿に気がついたその片割れ……レイラが俺に声をかけると、その前に座ってたリュウも、こちらに振り向いて会釈してきた。
「二人で話していたのか?」
「ええ。居住区の様子について、リュウから聞いていたところです」
 なるほど……リュウは外部居住区の点検から戻ってきたところか。
 共通の話題があったとなれば、二人が喧嘩にもならず話していたことも納得がいく。
「皆、大分落ち着いてきましたよ。……ああ、そうだ。レイラにはもう言ったんですが、隊長補佐にもお礼を言っておいて欲しいと言伝されていました」
「俺に……?」
 俺はリュウやレイラと違って、彼らに感謝されるようなことは何もできていないと思うが……
「この間壁が破れた日、かなり懸命に修復作業を手伝ってくれたと言っていましたよ。……まあ、あまり手際は良くなかったとも言われていましたが」
「……そうだろうな」
 苦笑するリュウの言葉に対し、素直に頷く。
 混乱した現場に何も考えず近づいたせいで、住民たちから指示を仰がれても、対応できないことばかりだった。
 あれだけ邪魔になるくらいなら、何もしないほうがマシだったように思えたが……
「感謝されていたのは本当ですよ? 困りながらも懸命に協力しようとする姿を見て、かなり印象が変わったそうで……。もっと恐い人だと思っていたから、意外だったとか」
「八神さんって、第一印象でかなり損するものね。認めてもらえてよかったわ」
「……そうか」
 二人は笑顔で俺にそう言ってくれるが、素直に喜べないのはどうしてだろう。
「とにかく、壁も無事に修復されて、一安心ですね。もちろん、油断はできませんが」
「ああ。……できれば二度と風穴を開けられたくない。とはいえ新手のアラガミが出たら、そうもいかないからな」
「巡回討伐でも発見できず、支部に接近されてしまいましたから……絶対はないと、覚悟するしかありません」
 レイラはそう言って目を伏せる。
 現実的な見方をすれば、その通りだろう。
 レイラも巡回討伐を怠っていた訳ではない。今の人員で可能な限りのことをやって、それでも起きてしまったのが今回の一件だ。
 しかし、口にするのは簡単でも、割り切るのはよほど難しい。
「……隊長補佐の神機で、アラガミの探知を万全にすることはできませんか?」
 藁にも縋るという思いなのか、リュウが俺の神機を見ながらそう口にする。
 彼の視線を受け、すぐさまリマリアが姿を現した。
「活動可能時間は伸びましたが、限度があるのです。二十四時間、警戒を続けることはできません」
「そうですか……」
 リマリアの言葉をそのままリュウに伝えると、彼は少し気落ちした様子を見せる。
「機械じゃないものね」
「神機は生き物……JJさんの口癖だけど、本当なんだな」
 リュウはそう言いながらも、どこか諦めきれない様子を見せた。
 それを正すように、レイラが横から口を開く。
「絶対なんて、この世にはないのです。だからこそ、日々の積み重ねが大切なのでしょう」
「分かっているさ。……そろそろ出撃だろ、レイラ」
 以前なら喧嘩になる呼吸……タイミングだったが、リュウは躱して早々に話題を切り替えた。
 レイラもそれ以上は何も言わず、俺のほうへと向き直る。
「ええ。隊長補佐、リマリア、行きますよ!」
「はい」
「ああ、行こう」
 俺たちはレイラに応えて、広場を後にした。



「そういえば、リマリアはまだあの思考トレーニングをやっているの?」
 アラガミの討伐が終わった後、思い出したようにレイラが口にした。
「はい、適当でくだらないことをよく考えています」
 リマリアの返事を伝えると、レイラがわずかに表情を緩めた。
 呆れたのか、面白がっているのかは分からないが、とにかく興味をそそられた様子だ。
「先日はカリーナとドロシーが妙なダメージを受けていましたが、どんなことを考えているのです?」
 レイラがそうして尋ねると、リマリアは「そうですね」と前置きした。
「今日のレイラは機嫌がよさそうだとか」
「わたくしの、機嫌が? なぜそう思うのです」
 俺の通訳を聞いたレイラが、眉をひそめる。
 それを気にした様子もなく、リマリアは淡々と言葉を続けた。
「レイラは機嫌が悪い時ほど足を止めて殴りたがる傾向があります。今日は足を止める回数が少ないので」
「機嫌と関係なんてありますか!? 相手のアラガミや戦況によって変わるものでしょう!」
 馬鹿にされたと感じたのか、レイラが顔を赤くして俺に詰め寄ってくる。
「いいえ、機嫌がいいと足がよく動きます。乗っている、というのでしょうか」
「調子がいいと感じるときは確かにありますけど……! 間違いない分析なのですか?」
「身体データと行動データがわかりやすく一致しています」
 どれだけレイラが聞き直しても、リマリアの答えは変わらない。
 代わりに怒られる俺の身にもなってもらいたいものだが、それで遠慮や配慮をするようなリマリアでもない。
 結局、先に折れたのはレイラのほうだった。
「はぁ……心の高まりを忘れるな、とはクロエの言葉ですけど。まあいいのかしら……アラガミには感情を読む知能はないのだし」
 レイラはそう言って、リマリアからの指摘を好意的に捉えることにしたらしい。
 実際、コンディションやメンタルによって戦闘の効率が変動することは彼女に限らずよくある話だし、好調時の恩恵を考えれば、そこまで気にすることでもないだろう。
 だが、戦い方があからさまに変わってしまうことは、どうなのだろう。
「…………」
 つい、ヤツのことを考えてしまう。
 アラガミには感情を読む知能はない、という話だが……ネブカドネザルは果たしてどうなのだろう。
 たしかに、人間の感情の機微まで把握できるとは思えないが……ヤツに対しては支部の人員のほとんどが、怒りや恐怖などの強い感情を抱いている。
 ネブカドネザルにそれが理解できるとすれば……能力差以外の部分でも、俺たちは苦戦を強いられることになるだろう。
 今のままで、ヤツに太刀打ちできるのか……不安は募るばかりだった。



「ふーん、ネブカドネザルってのは、どこにいるかわからないのかい?」
「うん……。おまけに今戦っても、倒すのは難しいらしくて」
 私がドロシーに答えると、彼女はふうん、と興味があるのかわからないような返事をした。
(羽休めのためのティータイム、女子が二人で集まって仕事の話、なんて……ねぇ)
 この間、リマリアに指摘されてから、妙にそのことが気になるようになってしまった。
 ……けど、一番ホットな話題がそれなんだから仕方がない。
「あのでかいクベーラってのより強いのか?」
「倒しにくいみたい。頭がよくて、珍しい能力も持っているとかで」
「アラガミと知恵比べってかい? そりゃ負けらんないねえ」
 話を聞いたドロシーは、なぜだか少し楽しそうにしている。
 他人事だと思って……と恨めしく思ってしまってから、たぶん違うと思い直す。
 きっとドロシーは、私に気負わせないために、わざと軽口を言っているのだと思う。
 だから私も彼女のトーンに合わせて、笑顔で答えた。
「とりあえず、まずはかくれんぼに勝たないと」
「命がけのかくれんぼだな」
「そうそう。しかも鬼のほうが不利なのよねぇ」
 スピードも気配を消す力も、向こうのほうが上。
 しかも現状、目視以外でネブカドネザルを見つけ出す方法は見つかっていないなんて、ゲームとしては酷すぎる。
 おまけに私たちには、ヒマラヤ支部からは離れられないし……
「支部を襲われたらヤバいんだよな?」
「ネブカド君は用心深いので、簡単には仕掛けてこないってゴドーさんは言ってましたけど」
「だが、戦っても歯が立たんのだろう? まずいよな?」
「うん。対策が急務だと……」
 こうして考えていると、どうしても暗い気持ちになってきてしまう。
 ドロシーはうーん、と大声で唸っていたけど、いい案が思いつかないのか、すぐに「駄目だー」と言って机の上に突っ伏してしまう。
「……大丈夫ですよ。ゴドーさんたちなら、きっとやってくれます」
 そんな彼女のことを見ながら、私は確信をもってそう口にした。
 あの人たちなら、絶対ネブカドネザルを倒してくれるはずだ。
「マリアの仇だもんな……!」
「ええ……」
 私たちは皆、マリアの死を背負って今ここに立っている。
 その形は人によって違うかもしれないけれど――
 必ず、ネブカドネザルと決着をつけなければいけない。
 私は胸に手を当て、もう一度決意を心に刻み込んだ。


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