ゴッドイーター オフィシャルウェブ

CONTENTS

「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第七章

「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~7章-1話~

 先日のネブカドネザルとの交戦以降、支部の雰囲気は最悪だった。
 広場の隣を通ってみても、明るい声は一つも聞こえてこない。
 つい数日前までは、他支部との交流などもあってかなり賑わっていたのだが……
 それだけ先日のネブカドネザルとの交戦は、印象的に映っているのだろう。
 当然かもしれない。
 支部最強の神機使いゴドーと、彼が率いる俺たち第一部隊の敗走。
 これだけでも戦力不足のヒマラヤ支部を震え上がらせるには十分な情報だというのに、ネブカドネザルは神出鬼没で広範囲からアラガミを呼ぶ能力を持ち、単体でもゴドーと同等の能力がある上、しかも進化し続けている。
 正直、冗談としか思えないようなスペックだ。
 こんなものに対処しろと言うのだから、支部内で職員たちの暴動が起きていないことを、奇跡と呼ぶべきかもしれない。
「ネブカドネザルおよびクベーラ討伐を急がねばならないが、その前に一つ、早期解決が必要な問題が発生した」
 作戦司令室に集まった俺とゴドー、カリーナを前に、クロエは簡潔に本題を切り出す。
「中国支部との定期航空輸送便が撃墜されてしまったんです。巡行高度への高火力攻撃から、クベーラの仕業だと思われます」
 クロエの説明を引き継いだカリーナが、深刻な声色でそう告げる。
「クベーラが……」
 ネブカドネザルに並ぶ、もう一つの脅威が動き出した。
 その報告に、俺は思わず頭を抱えたくなる。
「中国との空輸ルートは一旦止めることになる。対応を急がねばならないのは北、ロシア方面の空路維持だ」
「両方同時に中断となれば、また孤立状態に逆戻りか」
 困ったものだと、ゴドーがかぶりを振る。
「孤立しても支部のライフラインは維持できるが、両支部との繋がりを同時に失うのは避けたい」
 ゴドーとクロエは淡々と言葉を並べていく。
 その一つ一つが、支部の未来を左右する非常に重たいものだった。
 今は少しでも、他支部にヒマラヤ支部の有用性をアピールしておきたい時期だ。
 後々のことを考えれば、対等な交渉相手だと見られておく必要もあるだろう。
 だというのに……支部周辺のアラガミも自力で片づけられないと烙印を押されれば、二度と交渉の席に立てなくなるかもしれない。
「それで、空路維持と言ったか? 具体的に、俺たちに何をさせるつもりだ?」
 ゴドーの言葉に対し、クロエは目線でカリーナに説明を促す。
「支部の北側、ロシア方面を偵察部隊が調査したところ、山中にウロヴォロスが複数、確認できています!」
「ということだ」
「……まったく。平原の覇者と言われるウロヴォロスがまたしても複数出るとはな」
 クロエの言葉を聞いて、ゴドーが深々とため息を吐く。
 クベーラを除けば、俺が知る限り最大サイズのアラガミだ。
 それがまた、複数体……アラガミ増加の影響はいよいよ深刻だ。
 あまり真剣に取り合っていると気が狂いそうになる。
「的が大きいのは、悪いことばかりではない。ウロヴォロスを最優先で叩き、ロシア支部に安全をアピールしたい」
「なるほど……」
 あれだけ巨大な体躯の持ち主だ。敵と見れば脅威だが、倒せたときの見返りも大きい。他支部にヒマラヤ支部の力を見せつける、絶好の機会でもある訳だ。
「…………」
 俺としても、ウロヴォロスを倒すことには個人的な意義を感じている。
 つい先日。ネブカドネザルは複数体のウロヴォロスを呼び寄せ、それを軽々と捕喰した。
 だったら俺も、同じことを軽くこなせる必要がある。
 ネブカドネザルの討伐は、俺が果たすべきことなのだから。
「計画はすでに立案済みだ。諸君の健闘に期待する」
「ネブカドネザルとクベーラが絡まなければいいが、遭遇した場合はどうする?」
「撤退だ。あれらとは万全の態勢で戦いたい」
 懸念を口にするゴドーに対し、クロエはきっぱりと答えた。
「承知した。……また君と逃げ惑うことになるかもな」
 ゴドーはそう言って、肩をすくめてみせる。
 できれば遠慮したい展開だが、それを許してくれる相手じゃないのは重々承知している。
「クベーラはともかく、ネブカドネザルですよね。レーダーでは発見できませんし……」
 カリーナが心配そうに眉を下げる。
「最大限の注意を払うしかない。……せめて神機さんが感知できればな」
「感知は継続します」
「感知は継続します、とのことです」
 一拍置いて、彼女の発言を繰り返す。
 現状では気休めにもならない言葉だったが、それでもゴドーはしっかり頷いてみせる。
「頼むぞ。……出撃する!」
 ゴドーは俺たちを引き連れて、ヘリポートへと足を向けるのだった。


 ヘリを降りる前から、その巨体はすでに肉眼で確認できていた。
 ゴドーの指示でヘリは旋回し、二体のウロヴォロスからかなり離れた位置に着陸する。
 切り立った崖の上に、仲間たちと降り立つ。
 ヤツは遥か彼方にいるというのに、すでに大地は震動で揺れ、地盤が緩い箇所では軽い土砂崩れも起こっている。戦闘がはじまれば、被害はさらに拡大するだろう。
「……こちらのウロヴォロスの相手をするのは、わたくしたちだけですか?」
 辺りを見渡したレイラが怪訝そうな顔でゴドーに聞く。
 ヒマラヤ支部の方面からはヘリが複数機飛んできているが、いずれも俺たちとは違う方向へ向かっている。
「複数のウロヴォロスを同時に相手する訳にはいかんからな。別方向におびき寄せ、各個撃破する」
「それにしても、僕たちだけというのは……」
 リュウやレイラの懸念ももっともだ。
 確かに以前ウロヴォロスと交戦した時と比べれば、俺たちはそれぞれ格段に成長しているし、部隊としての練度も上がった。
 しかしそれは、通常のゴッドイーターの成長速度を大きく逸脱したものではない。
 ウロヴォロスは依然として脅威だ。それに四人で挑むというのは、無謀だろう。
 しかし、ゴドーの考えは少し違うようだ。
「最悪、足止めだけになっても構わん。先にウロヴォロスを討伐した部隊から、交戦中の他の部隊に合流する手筈になっている」
「では、しばらくはウロヴォロスの攻撃を凌ぐのに専念することになりそうですね」
「いや……可能であれば、俺たちで先にウロヴォロスを倒し、他部隊に合流したい」
「……冗談でしょう?」
 真顔で言ったゴドーに対し、レイラが眉をひそめる。
「そのくらいはやれなければ、クベーラやネブカドネザルに太刀打ちできない」
「それは……そう口にするのは簡単ですが……」
「何か、具体的な作戦があるんですね?」
 戸惑うレイラの隣から、リュウが一歩前に進み出る。
「そうだ。別に真正面からぶつかり合わなければならないルールはない。クベーラとも、ネブカドネザルともな」
 ゴドーは薄く笑うと、辺りを見渡した。
「この辺りの地質を事前に調べておいた。今俺たちが立っている足元なんかは、交戦になれば十中八九崩れるだろう」
「では……ウロヴォロスをこの下におびき寄せて、生き埋めに?」
「それで倒せるとは思えんが……身動きくらいは封じられる」
 ゴドーの話を聞くうちに、この人数でのウロヴォロス討伐も現実的なものに思えてくる。他の二人も同じ気持ちだったらしい。
「そうか……だから敢えて、僕たちしか配置しなかったんですね。大人数で戦えば、土砂崩れに巻き込まれる隊員も出てくるでしょうし、ウロヴォロスの動きも読みにくくなる」
「これがウロヴォロスに対処するための、必要最低限の人数……いえ。わたくしたちならウロヴォロスを倒せると。クロエとゴドーは、そう考えたのですね?」
「期待はしている。簡単なこととは思わんがな」
 そんなゴドーの言葉をかき消すように、ウロヴォロスの足音が辺りに響き渡る。
 ……もうすぐそこまで来ている訳か。
「ここから分散する。俺とリュウは北西、レイラとセイは北東へ」
「はい!」
「行きます!」
 隊長であるゴドーの指示で 、素早くチームが分けられる。
 カリーナによると、確認されているウロヴォロスの数は計四体。なるべく早く戦闘を終えて、他部隊に合流していきたいところだ。
「それから、セイ。君にはウロヴォロスの進路が途中で変わらないよう、陽動も頼みたい」
「隊長補佐一人を崖下に送るつもりですか? それは……少し危険すぎるのでは?」
「いや、構わない」
 心配してくれるリュウを止めて、ゴドーに向き直る。
 最少人数で戦う以上、リスクを背負う役回りも必要だ。
 それに……
 今の俺がどの程度ウロヴォロスに通用するのか、ゴドーは確かめておきたいのだろう。その気持ちは、俺も同じだ。
 この後に控えるクベーラたちとの戦いを考えても、自分の能力はなるべく正確に知っておく必要がある。可能な限り経験も積んでおきたい。
「了解です」
 陽動と銘打たれてはいるが……一人でウロヴォロスを倒すつもりで当たってみよう。
 俺の返事を聞いてから、ゴドーは大きく頷いた。
「いい返事だ。さてセイ、号令を頼む」
「……俺がですか?」
 隊長代理の頃なら分かるが、補佐の俺が号令をかけるというのもおかしな話だ。
 そう思ったが、ゴドーは取り合わない。
「こういうのは柄じゃないんでな。分かるだろう」
 俺だってそう変わらないが……とはいえ、無理に断ることでもないか。
 第一部隊の面々を見回せば、沸き立つ思いがない訳でもなかった。
 俺は一度、その場で大きくため息をついて……一気に息を吸い、吐き出した。
「――任務開始!!」
 号令と共に俺たちは別れ、任務達成のために動き出した。



「やあああ!!」
 気合一閃。黒紫色の触手を躱したレイラの繰り出した攻撃が、ウロヴォロスに直撃する。
「グオオオオ……!?」
 ウロヴォロスが低く唸って、その巨体を震わせる。
「やった……!」
 手ごたえを感じてか、レイラが小さく声をあげる。
 仕留めるなら今が好機だが、周囲からの援護射撃はない。レイラの位置がウロヴォロスに近すぎるのだ。凶弾が当たることを避け、ゴッドイーターたちは二の足を踏む。
 だから結局、真っ先に動いたのは俺たち第一部隊の面々だ。
「安心するのは早いんじゃないか!?」
 そう言いながら、リュウがバレットを放ちつつウロヴォロスに接近していく。
「きゃっ……! ちょっとリュウ、危ないでしょ!」
「お前の行動パターンは頭に入っている。心配しなくても当てはしないさ」
「だからって、わざわざ近づいてくることないでしょう!?」
 相変わらずのやり取りをしながら、レイラは下がり、リュウが前に出る。
 そうしてリュウが攻撃を引き付ける間に、レイラは素早く回復錠で補給を行い戦線復帰……会話の内容に意識を向けなければ、大した連携だ。
 とはいえ、余裕を持って戦えるほど甘い相手でもない。
「グオオオオ!!」
 ウロヴォロスが叫ぶと同時、無数の触手が二人目掛けて襲い掛かってくる。
リュウは神機を使い、触手による攻撃を捌いていく。だが、
「くっ……!」
 ここまでの疲労からか、全ての攻撃を受け流すことはできなかった。
 そのまま一本の触手がリュウを貫こうとするように、眼前から迫る。
「リュウ……!」
「っ――!」
 そこで一閃。
 チャージスピアを構えたゴドーが、リュウに向かっていた一本の細い触手を、正確に穿ち抜いた。
 そうして軽やかに姿勢を戻したゴドーのもとに、リュウとレイラがすかさず集まる。
「た、隊長。……助かりました」
「ゴドー。八神さんと一緒ではなかったのですか?」
「ああ。あいつとは途中で別れた。……今は上だ」
 そんな三人の会話が、だんだんとクリアに聞こえてくる。
 ゴドーが人差し指をこちらに向ける。
 それに合わせて、リュウとレイラが空を見上げた。
「……っ」
 目が合ったのは一瞬……俺はすぐさま体の向きを修正すると、ウロヴォロスのほうへと向いた。
「――これ、で……っ!」
 ヤツの無数の眼を目掛けて、逆手で持った神機を思い切り突き刺す。
 空中からの一撃……効果はそこそこと言ったところか。
 次の瞬間、俺の目の前で眼球の一つ一つが輝きはじめる。
 焼けつくような光の筋が放たれるのを見ながら、俺は背後に向けて跳ぶ。
 躱しつつ身体を一転させ、もう一度ヤツのほうを見る。
「アビスファクター・レディ――」
 神機にエネルギーが集まり、刀身がそれを纏っていく。
「『エリアルキャリバー』」
 彼女の声を聞くと同時、俺は虚空を斬り結ぶ。そうして奔った衝撃破がヤツに届く。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!」
 ウロヴォロスの叫びを聞きながら、俺は地面に着地する。
 それと同時――
「……ここだ! 全員、ウロヴォロスに攻撃を集中させろ!」
 間近から聞こえたゴドーの指示に従って、俺たちはウロヴォロスに全力で攻撃を浴びせていく。
 それから一分足らず……ウロヴォロスはふいに叫ぶのをやめると、その体をぐらりと傾けた。
 そのまま地面にぶつかると、膝をつきそうになるほどの激しい衝撃が辺り一帯に広がる。
「……ぐっ」
 任務が完了したことを確認し、大きく息を吐き出すと、腹部から鋭い痛みが走る。
 直撃こそしなかったが、ヤツの光線は俺の皮膚を焼いていったらしい……
 回復錠を使用し、痛みを和らげていると、レイラたちがこちらに駆け寄ってきた。
「八神さん、大丈夫ですか?」
「……ああ。問題ない」
 彼女たちの声を聞き、俺はすぐさまその場から立ち上がった。
「……残りのウロヴォロスは?」
「すでに撃破済み。今のが最後のウロヴォロスだ」
「そう……ですか……」
 ゴドーの言葉を聞いて、胸をなでおろす。安心すると、なおさら腹が痛んできた。
「これでウロヴォロス四体、討伐完了か……少し前のヒマラヤ支部では、考えられなかった成果だな」
 リュウがそう言ってため息を吐くと、レイラが険のある表情を見せる。
「楽に勝てた訳ではありません。反省点はまだまだあるはず……特に八神さん」
「……俺か?」
 てっきり、リュウとの喧嘩になると思っていたので、意表を突かれる。
「ええ。少しばかり神機が強くて、身体が動いて疲れ知らずだからって……無茶しすぎです!」
「……レイラ、嫉妬は見苦しいぞ?」
「そういう話では……まあ、羨ましいのは事実ですが……」
 レイラが言葉を濁すと、リュウは深々とため息を吐く。
「隊長補佐の戦い方が無茶に見えるのはいつものことだろう? レイラみたいに、ムラがあるタイプという訳でもないし。僕は問題ないと思うけどね」
「それは、そうかもしれませんが……」
「何より、僕たちが相手にした三体のウロヴォロスのうち、二体にトドメを刺したのが隊長補佐だ。これだけの成果を上げて、反省しろというのもおかしな話じゃないか」
「たしかに、成果だけを引き合いに出せばそうですけど……でもっ」
 レイラは言いたいことを上手く言語化できないのか、歯切れ悪く答える。
「レイラの言葉も一理あるな」
 するとそこで、ゴドーがレイラの言葉を引き継いだ。
「君の人となりは理解しているつもりだ。何も考えずに戦っている訳でもないのだろう。……だが、君の考え方は素直過ぎる」
「素直過ぎる……ですか?」
「ああ。通常のアラガミが相手ならそれでもいい。だが……もしも相手が人間だとすれば。たとえば俺やクロエ支部長が相手なら、勝てたと思うか?」
「……思いません」
 即答すると、ゴドーが苦笑した。
「そういうところだ。……ネブカドネザルに勝つためには、効率よく戦うだけでは駄目だ。もっと狡猾になれ。生き残るためにな」
 ゴドーはそう言うと、俺の肩を軽く叩いて歩き出す。
「まあ、このまま成長していけば、直に 俺も敵わなくなるだろうがな……」
「……えっ?」
 振り返ると、ゴドーは迎えのヘリに向かっていた。
(俺がゴドーより強くなる……?)
 俺たちが生き残るためにはクベーラを捕喰し、ネブカドネザルを越える必要がある。そう考えれば、当然そうなるべきなのだろうが……
 俺には自分がゴドーを越える姿が、まったく想像つかなかった。
「あの……ゴドーがわたくしの気持ちを代弁したとは、とても思えないのですが」
「まあいいじゃないか、レイラ。人を妬んだっていいことはないぞ?」
「だから嫉妬じゃありません!」



「北部討伐任務、ご苦労だった」
 支部長室へと入室した俺とゴドーに対し、クロエが労いの言葉をかけてくる。
「空路の安全確保のため、できるだけのことはやれたな」
「ああ。あとはロシア支部がこの一件をどう評価するかだが……クロエ支部長ならうまく取りまとめられるだろう」
 ゴドーが淡々と口にすると、クロエが軽く眉を吊り上げた。
 そのまま探るような眼差しをゴドーに向ける。
「私を高く買ってくれるのだな?」
「先々のことを考えて動いているものだと……違ったかな?」
「考えてはいる。だが交渉は相手があってのことだ」
 ゴドーとクロエが静かに視線を向け合うと、それだけで部屋の温度が少し下がったように錯覚した。
 この二人の作り出す殺伐とした空気に比べれば、リュウとレイラのやり取りなどは遥かにマシなものに思えてくる。
 俺が一人、息苦しさと格闘していると、大きな音を立てて支部長室の扉が開かれた。
「報告します!」
 現れたのはカリーナだ。
 俺にとっては救いの一手かと思われたが、カリーナの様子を見るに、冗談ごとではなさそうだ。
 クロエが冷静に問いかける。
「何があった」
「クベーラの探索に向かったヘリが墜落! 直後、ネブカドネザルに襲われてクルーが全滅しました!」
「何……!?」
「確かなのか!」
 ゴドー、次いでクロエが相次いで緊迫感のある声をあげる。
「通信にあの不気味な怪音が入っていました。間違いないかと……っ!」
 カリーナは青ざめながらも、努めて正確に情報を伝達しようとしていた。
「ネブカドネザルは、クベーラの近くにいるということか?」
「は、はい……」
「そうか……ゴドー隊長、これをどう見る?」
「判断材料がもっと必要だが、我々にとってはありがたいことではないな」
 クロエからの問いかけに対し、ゴドーが苦々しげな声を出す。
「ただ……」
「ただ?」
「報告されたネブカドネザルの行動は、防衛行動であるように思える」
「防衛だと? ……何を守っている?」
 クロエからの問いかけに、ゴドーは一瞬躊躇してから返答する。
「おそらくは……クベーラだ」
「……っ!?」



「ネブカドネザルがクベーラを守っている、ゴドーがそう言ったのですか?」
「ああ」
 広場でレイラとドロシーに捕まった俺は、先ほどの話をそのまま二人に伝えていた。
 俺が話さなくても、支部内はその話で持ち切りだ。隠しきれる状況ではないだろう。
「支部を脅かす二つの脅威が、手を取り合って一つになったって……笑い話にしちゃパンチが効きすぎてるね」
 ドロシーは冗談めかしてそう言うが、空笑い は長く続かない。
「……だけどさ、そんなことってあるのかね? アラガミがアラガミを守るなんてさ」
「いえ……通常であればありえません」
「だよねぇ。親子や友達という訳でもないってのに……」
「ですが現に、ネブカドネザルはクベーラの傍について、その周囲だけを攻撃し続けています。不自然ですが……そうとしか見えない。だからこそ、ゴドーはそこに注目したのでしょうけど……」
「俺の話か?」
 そうして話をしていると、タイミングよくゴドーが通りかかる。
 今までクロエとの話し合いを続けていたのだろうか。そのまま通り過ぎていきそうなゴドーを、ドロシーがしがみついて無理矢理引き留める。
「そうだよ隊長さん! アラガミがアラガミを守るなんて、変だろって!」
「貴重品は金庫にしまうだろう? それと同じだ」
 対するゴドーは、飄々とした風体のままそう答える。
「はあ!?」
「……どういうことなのですか、ゴドー?」
 ドロシーとレイラに相次いで詰め寄られ、ゴドーは小さくため息を吐く。
「……考えてみろ、アラガミは捕喰によって進化する。そうなると、ネブカドネザルにとってクベーラはどういう存在だ?」
「どうって……」
「あれだけ巨大で力を持ったアラガミだ。ご馳走だとは思わないか?」
「……!」
「あんなのがご馳走って、その発想はなかったな……」
 ドロシーが頭を掻きながら独り言ちる。
「あとは簡単な話だ。強くなればなるほど、いいエサが必要になるわけだ。横取りされる訳にはいかんだろう?」
「だからクベーラを守っている、と。そう言われれば理解は出来ますが……本当にそんな単純な思考で動いているのかしら?」
「人としては単純かもしれないが、アラガミとしては異常な行動だ」
「ブタは太らせてから喰えと言うけどさ……」
「その発想がアラガミには無い。が、ヤツにはあるということだ」
 付き合いきれないとばかりに、ドロシーがその場で両手を上げてため息を吐く。
 ゴドーの口ぶりを見るに、ネブカドネザルの動機は今聞いたものでほぼ間違いないのだろう。
 もしその仮説が外れていたとしても、状況が好転する訳でもない。
「で、どうするつもりなのですか? クベーラを攻めるのが難しくなったわけだけど」
「協議中だ」
「……でしょうね」
 ゴドーの簡潔な返事に、レイラは困ったように息を吐くのだった。


1 2 3 4 5 6 7 8 9
CONTENTS TOP