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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第六章

「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~6章-1話~

「支部の体制もあらかた仕上がってきた。そこで、次の段階としてロシア、中国支部との交渉に着手したことを報告しておく」
 整列する俺たちを順に睥睨しながら、クロエは話した。
「どちらも、まずは民間の交流からということになった」
 彼女の発言の意味を理解すると、集められた隊員たちはにわかにざわめき立つ。
 他支部との交渉が始まる……
 周囲から完全に孤立していた俺たちにとって、大きな意味を持つ話題だ。
 しかし、こうした大きな変化には混乱も付きまとうものだ。
「ですが、どうして民間からなのです?」
 司令室が騒がしくなってきたところで、レイラがよく通る声で尋ねた。
 それにゴドーが、薄笑いを浮かべながら答えてみせる。
「支部自体が動けばフェンリル本部に目を付けられる。それは避けたい訳だ」
 実際、ヒマラヤ支部が選んだのは『そういう道』だ。
 ヒマラヤ支部はすでに、フェンリル本部からはないものとして扱われている。
 そんな『あるはずのない支部』が存在し、他支部とつながって大きな力をつけてくことが、本部の目にどう映るか……そんなことは考えるまでもない。
 だがそれでも、俺たちが生き残るためには、他に選べる手段もない。
 しばらくは本部から隠れつつ、地中に根を張る必要がある訳だ。
「……とはいえ、輸送機を飛ばす訳だから、支部の関与は否定できないのだがな」
 笑いながら言ったのはクロエだ。
 自虐的にも、挑発的にも見える発言だった。
 どうやら俺たちは、すでにクロエの舵取りによって、危険な航路を進みはじめているらしい。
 リスクを恐れて、その場で飢え死にするよりはずっといいが……
「ロシアはあなたの古巣だからやりやすいでしょうけど、中国のほうはどうなのです?」
「意外にも中国のほうが面白い反応でな。民間の商業活動が活発なせいか、すでにこちらの状況を知っている者や、通商許可を欲しがる者もいる」
 その軽快な口調に、クロエ自身も中国の反応に興味を示している様子が見て取れた。
 彼女の言葉に続き、リュウが補足するように口を開く。
「中国支部はフェンリルの統制が万全ではなく、民間の力が強いんですよ」
「そうなのですか?」
「まあね……」
 リュウは皮肉の一つもこぼさず、目を背けながらそう言った。
 この辺りの話は、以前にも彼から聞いたことがある。
 闇の市場でアラガミ素材が取引されていることや、反フェンリルの住民が多いことなど……
 なるほど。そうした連中にしてみれば、フェンリルから孤立し支援を求めるヒマラヤ支部は、降って湧いた飯の種という訳だ。
 当然、リュウにしてみれば面白くない話だろう。
 ヒマラヤ支部は今、彼や彼の家族たちを傷つけてきた連中の力を借りようとしているのだから。
「活気があるのはいいことだ。本部と関係が良くないこちらとしても、やりやすい」
「……そうですね」
 クロエの言葉に、リュウは形だけの首肯をしてみせた。
 それを気にしたのかどうか……不意にレイラがリュウに目を向けた。
「民間といえば、ホーオーカンパニーは動かないの?」
「……フェンリルに睨まれるとまずいからな。表立ってヒマラヤとのパイプを持つことは避けるさ。いざとなれば僕と直接交渉できるし、今は様子見ってところだろう」
「関係を深めるには時間がかかる。息子もいるし、慌てるまでもないと」
 リュウの返答に、ゴドーが納得した様子で頷き返す。
 しかし、現在ホーオーカンパニーは、大きな経営不振に陥っていると聞く。
 そんな彼らが悠長に構え、みすみす商機を逃すだろうか。
 それとも悪い状況だからこそ、慎重に行動しているのか……
 ちらりとリュウのほうを窺ってみるが、その表情からは判断がつかない。
 いずれにせよ、その辺りは彼個人の問題だ。
 本人からも周囲には明かさないよう言われているし、あまり詮索すべきではないだろう。
「つまるところ、双方まだ手探り状態だといえる。交渉を有利にするためにも、支部の状況を改善しなくてはな」
 メンバーの討論を静かに眺めていたクロエが、場を締めるようにしてそう言った。
 彼女の言う通り、ヒマラヤ支部は辛うじて交渉の席につけただけだ。
 他の支部と渡り合っていくためには、まだまだ力が足りない。
 それができなければ……俺たちは喰われることになるのだろう。
 アラガミにではなく、人間に。
 周囲に交じって返事をしながら、俺は以前、リュウから聞いた言葉を思い出していた。
(アラガミよりも人間のほうが怖い……か)


「おう、ドロシー。ずいぶんとご機嫌みたいじゃねえか」
「そうなんだよ!」
 JJのおっちゃんの声が聞こえた途端、あたしは詰め寄り、捲し立てるようにしてそう言った。
(っと、いかんいかん。ちょっと調子に乗り過ぎかな)
 そう思って身を引きながらも、心の軽さは変わらない。
「ロシア支部、中国支部と交流が始まるんだってねえ!」
「らしいな。この辺りじゃその話で持ち切りだ」
 おっちゃんの後ろから、ゴドー隊長が顔を覗かせて苦笑いする。
 あたしの店につくまでにも、おんなじ話を何度も聞いてきたって顔だ。
 けどまあ、そんな事情を汲んでやるほど、産業棟の連中ってのは甘くない。
「商売人として、テンションが上がるってもんさ! ビジネスを拡大しないとなあ?」
 お上の事情も分かるけど、正直最近のヒマラヤ支部ってのは商売場所としては最悪だった。上客といえばレイラくらいで、他のゴッドイーター連中は妙にケチだし……
(ま、そこからお金を引き出すのが、あたしの手腕なんだけどね)
 数日前にもセイから巻き上げ……もといお得な日用品をお買い上げいただいたばかり。
 曲者揃いのヒマラヤ支部で生き残るためには、商人だって生半可な力じゃやってけないのだ。
(ふっふっふ、ヒマラヤ支部の恐ろしさを、存分に見せつけてやろうかねぇ……!)
 頬がにやけそうになるのをこらえてると、おっちゃんが笑いながらため息を吐いた。
「張り切るのはいいが、向こうの連中は甘くねえぞ?」
「む……」
 訳知り顔で水を差してきたおっちゃんに、内心ちょっとむかっとくる。
「なんだいおっちゃん! 初っ端からクギを刺してくるってのは穏やかじゃないねえ?」
 あたしがそうやって言い返すと、おっちゃんはそのいかつい顔をぐいっと目の前に近づけてくる。
「連中のやり方は良く知っている。常に、自分たちが力関係で上に立たんと気が済まんヤツらさ」
「う……」
 おどかすような口ぶりだけど、思ったよりマジだ。
「ま、対等の商売ができると思って交渉の席につかんことだな」
 あたしが怖気づいたのを見て取ってか、おっちゃんは笑いながら顔を遠ざけた。
 やり込められたみたいで、こっちとしては面白くない。
「じゃあ、どうしろってのさ? ひたすらコビでも売れってのかい?」
「相手から見れば、困っているのはこちら側だ。条件が不利な場合は……弱者の交渉になるな」
 そう言ったのは、おっちゃんじゃなくてゴドー隊長だった。
「弱者の交渉? どうやんのさ?」
「相手が上の立場だと認めつつ、交渉者としては対等の姿勢を崩さない。目的を明確に、双方にメリットがある着地点を目指し続ける」
 ゴドー隊長は、淡々と難しい言葉を並べていく。
「おお~。分かっちゃいるけど、難しいヤツだな?」
 なんとなく意味は分かるけど……考えるのをやめておどけて答える。
 するとおっちゃんがあたしの表情を見て、わかりやす~いため息をついてきた。
(面倒くさいなー……)
 なんでゴドー隊長から商売人のいろはを聞かなきゃいけないんだか。
 疑問は疑問だけど、それにしたって二人とも大まじめだ。
 ……どうやらこれから相手にする連中ってのは、あたしが思ってる以上に危ないらしい。
 ちょっとだけ姿勢を正して、話を聞いてみることにする。
「弱者の交渉ねぇ……他に気を付けておくことは?」
「常にプラスかマイナスかの比較検討をし、選択肢を持ち続ける。最初は小さい取引にして、リスクを背負わない」
「つまり、用心深くってことだね」
「そういうことだ。例えばアラガミ素材の密輸を持ちかけられても、別ルートの存在をちらつかせる。そうやって、健全な交易、支援に留めるんだ」
「ふむふむ……」
(って、さっそくきな臭い話になってんじゃん!)
 というツッコミは、胸の内でとどめておく。
 なるほどなぁ……こっちとしても信用が命でやってるところがある。
 危ない橋を積極的に渡ってくるような方々とは、あんまり近づきたくないのが本音だ。
 けどどうやら、今度の団体客はだいたいそういう連中ってのが、おっちゃんたちの見立てらしい。
「それ以上を求めるなら、グレーゾーンでやり取りするリスクはそちらさんに背負ってもらう、とかな」
「……ロシア支部には中国支部の、中国支部にはロシア支部の条件も訊く、って話す。そうやって、両方を天秤にかける訳か」
 そうすりゃ、途方もない条件の取り引きは吹っ掛けられずに済む。
 口ぶりじゃどっちも曲者みたいだけど、束になってきてくれたのは不幸中の幸いかもしれない。
「けどさ、もし二つの支部が裏で談合してたらどうなる?」
 交渉しようと秤にかけてる相手同士がグルだったら、こっちはとんだ道化だ。
 あたしの言葉におっちゃんは少し思案し、やがてぶっきらぼうに言い放った。
「極東支部という選択肢もあるって言ってやれ。流石にそれだけは嫌がるだろうよ」
「クロエ支部長が極東支部を最初の交渉相手から外したのも、そういうカードの切り方をするためだろう」
 そうか、いざとなったら、第三の選択肢へ逃げ込もうって訳だ。
 実現の可能性はともかく、ほのめかすことで交渉の戦術には使えると。
「へえ、考えてるんだな」
 流石はおっそろしいクロエ支部長だ。こっちで思いつくようなことは対策済みか。
 あたしが感心していると、ゴドー隊長が付け加えるようにぽつりと呟いた。
「極東支部が一番やりにくいだけかもしれんがね」
「それは言えてる。ある意味、あそこが一番厄介ではあるな」
 おっちゃんも後から続いて頷いた。
(なるほどねえ……)
 極東支部についてる『いわく』は一つや二つじゃ収まらない。
 良くも悪くも読めない相手だ。
 いいお客さんにもなるだろうし、とんでもない火種を押し付けられるのも簡単に想像できる。
 危険を考えなけりゃ面白そうだけど……あたしにも守るものがあるからなぁ。
(けど、クロエ支部長でも、読めないもんがあるのかねえ……)
 それとも何か分かってることがあるからこそ、近づかないのか。
 ま、そんなことあたしが考えたって仕方ないか。
「って訳でドロシー。今話してたことを産業棟の連中に伝えといてくれよ」
「あー……そんなことだろうと思ったよ」
 おっちゃんが真面目に話してくるときはろくなことがない。隣にゴドー隊長がいるときなんてなおさらだ。
 前々からそうだけど、どうもあたしって便利屋扱いされてる気がするんだよなぁ。
(いくらお得意様がたの頼みったって、相応の駄賃はもらいたいところだけど……)
 と、愚痴りたい気持ちも少しあるけど、こういう時に真っ先に情報がもらえるってのは悪いことじゃない。
 信用は金じゃ買えないし、あたしが一番大事にしてるものでもある。
「……ま、安心しなよ。あたしらだって意地があるんだ。タダで喰われてやるつもりはないさ」
 そう軽く言って、内心でほくそ笑む。
(ふっふっふ……いい商品も商人も、見た目じゃ計れないってことを見せてやるぜ)



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