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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第九章

「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~9章-1話~

 ネブカドネザルとの戦いは、本当に長いものだった。
 勿論、姿を消していることのほうが多い相手だ。単純な交戦機会や対峙した時間で見れば、短い付き合いなのかもしれないが……
 初めてヤツと出会ってから今日この時に至るまで、ヤツは俺たちの心の中に、様々な形で深い爪痕を残してきた。
 ヤツに殺されかけたことは、一度や二度ではない。
 王族であることに拘っていたレイラのプライドを引き裂き、スタンドプレーに走りがちだったリュウに生まれて初めての恐怖を与え、支部最強のゴッドイーターであるゴドーを幾度となくピンチに追いやった。
 そしてヤツとの戦いの中で、俺たちはマリアを喪った。
 ……ネブカドネザルとの戦いの記憶は、マリアがいなくなってからの、俺の全てでもあった。
「マリア、やったぞ」
 ゴドーは淡々と、マリアの名が記された墓石に語り掛ける。
「あなたの勇敢な行為がヒマラヤ支部を守ったのです。どうか誇りに思ってください」
「まだ戦いは続きますからね。見守っていてください、マリアさん」
 レイラとリュウも続けて、優しく落ち着いた声色で彼女に言った。
 二人の表情はどこか寂しげではあったが、そこに悲壮感はない。
「君の弟は、立派に戦っている。どうか安心してほしい」
 クロエは胸に手を当ててそう口にした。
 そのまま彼女は、俺に墓の前を譲ってくれる。
 前に進み出ると、皆が俺のほうに視線を向けた。
 そこで俺は、はじめて何も言葉を用意していなかったことに気づく。
「……」
 そもそも俺は、彼女に何を言うべきなのだろう。
 仇を討ったという表現は適切ではない。あの時、マリアを喪った本当の理由は、俺が神機を手に取ったことだ。
 それから俺は、ネブカドネザルの姿を追いはじめた。
 当時まだ、行方不明扱いだったマリアの手がかりを得るために。そして彼女の居場所だった、ヒマラヤ支部を守るために。
 なら、今は……? 今の俺は、なんのために戦っている?
 ネブカドネザルを倒して……何が変わった?
「……まだ、これからだ」
 そこまで考えて、ようやく思い至る。
 この世にアラガミがいる限り、何も変わることはない。
 あの日、マリアが俺を守ってくれたように、俺もこの力で、仲間たちのことを守っていきたい。
 俺たちの戦いはまだ終わらない。
 やがて最期を迎えるその瞬間まで……俺は生きるために、そして守るために戦い続ける。
「そうです。先は長いですからね」
 俺の言葉にリュウが深く頷いた。
 そのやり取りを見ながら、ゴドーが口角を薄っすらと上げる。
「だが、いい報告ができた。マリアも喜んでくれるだろう」
「ええ」
「はい!」
「では、我々は業務に戻るとしよう。……隊長補佐、君はもう少しここにいたまえ」
 クロエは小さく笑みを浮かべながら、こちらに向けて目配せしてくる。
 どうやら、気を遣われているらしい。
「……ありがとうございます」
 必要ないと断ろうかとも思ったが、一つ確かめておきたいこともあった。
 俺の言葉を合図に、皆は先に墓地を去っていった。

「……………」
 そうして誰もいなくなったその場所で、改めて彼女の名が刻まれた石碑を見つめる。
 墓石の下にマリアはいない。
 分かっているつもりだが、それでもそこに立つと、気持ちが和らぐような気がした。
 どのぐらいの時間、そうしていたか。
 背後に気配を感じて振り返ると、そこに慣れ親しんだ彼女の姿がある。
「あの、このタイミングで出てきてよろしかったでしょうか……?」
「……ああ」
 マリアではない。
 その証拠に、彼女が口元に湛えていた、柔らかな微笑はそこにはない。
 しかし、無表情という訳でもない。彼女はおずおずと窺うように俺を見ていた
 先日の一件から、彼女に異変が起きているのは明白だった。
 しかし、元の彼女を知る人がいない以上、その変化を周囲に伝える術もない。
 だからまずは、俺が知って、受け止めるべきだろう。彼女がどう変化したのか……
「ネブカドネザルを捕喰して、その後ずっと……変なんです」
「……そうだな。まずその口調がすでに――」
 そう指摘すると、責めている訳でもないのに彼女は縮こまる。
「変、ですよね。分かります、分かるんですけど……分からないです」
 伏し目がちに、瞳を揺らしながらリマリアは言う。
「今まで何もなかったところに、何かがあるというか……これは一体……?」
 リマリアは呟き、不安げな瞳を俺に向ける。
 それがどういうことなのか……彼女が何に変化したのか。
 なんとなくだが、答えは分かる。
 俺は彼女に諭すように、落ち着いた口調で告げる。
「……それはきっと、想いだ」
「想い……私は今、想いを抱いているのですか?」
「ああ。リマリアは恐らく、感情を手に入れたんだ」
 それほど意外なことでもなかった。
 クベーラを捕喰した頃から、彼女が人間に見えることは何度もあった。
 そうした素養が、ネブカドネザルの捕喰によって一気に開花したのだろう。
「感情、を……」
 すんなり受け入れることは難しいらしく、リマリアは自身の腕を抱き、憂いの表情を浮かべている。
 そうしながら、確かめるように言葉を重ねていく。
「思考ではないのです。何かがゆらゆらとしていて、不安定、風に吹かれた木の葉のようで……」
 リマリアはだんだんと俯きがちになり、そのまま口を閉ざそうとする。
「ため込もうとするな。……そういう気持ちを抱え込むのは、よくない」
 俺も最近、そういうことがあったはずだ。
 それこそリマリアと出会ってから……そうだ。
 リマリアとマリアを同一視する自分を嫌悪して、彼女に当たってしまったことがある。
「では、どうすれば……?」
「それは……そうだな。とにかく一度、吐き出してみることだ」
「吐き出せばいいのですか? でも、このよく分からないものをどうやって出すのか分からなくて……」
「分からないもの、か……」
 どうやらリマリアは、根っこのところで誤解しているみたいだが、どう言えばそれが彼女に伝わるのか……
 俺は考えながら、言葉を紡いでいく。
「そもそも、想いは言葉だけで伝えるものじゃないんだ」
「えっ……言葉じゃなくても、いいのですか?」
 よほど意外だったのか、リマリアは目を丸くしてこちらを見る。
 俺はゆっくり頷くと、なんとか次の言葉を探す。
「人は生まれてすぐは喋れない。それでも感情や想いを、表現しようとする。……泣いたり喚いたり、言葉にならない音でも発して、伝えようとするんだ」
「……」
「だから、リマリアもそうすればいい」
「伝える……表現する……言葉じゃなくて……」
 俺のおぼつかない説明を、リマリアは真摯に受け止めようとしていた。
「やれそうか……?」
「やってみます」
 リマリアは意気込み、自らの胸に手を当てる。
 そしてそのまま、胸の奥から想いを引き出し、それを吐き出す。
「では、はい……」
 リマリアは息を吸い込み、それを慣れない様子で吐き出す。

「はぁ……」

 リマリアが表現したのは、なんてことはない、小さなため息だった。
「私の想いが、分かりましたか……?」
 リマリアに視線を向けられ、俺は頷く。
「不安、か……?」
「あ……!」
 俺の答えを聞くと、リマリアは大きく目を見開いた。
 そんな彼女を安心させるため、俺はもう一度、今度は力強く頷いて見せる。
「ああ、伝わってる」
「あ……」
 俺の言葉を聞いたリマリアは、あどけない笑みをこちらに見せた。
「伝わるんですね、これだけで……」
 そう口にして、もう一度深く息を吐く。
 しかし今度のため息からは、不安はほとんど感じなかった。
「少しは落ち着いたか?」
「はい。風が、そよ風になったぐらいには」
「それなら良かった」
 リマリアの言葉に頷くと、俺は今度こそ支部に戻ることにした。

 そうして足を運ばせながら、考える……
 リマリアに起こった新たな変化。
 これはやはり、ネブカドネザルを捕喰したことによる進化なのだろうか。
 リマリアが全くの別物になったとも感じないが……この変化は、何をもたらしていくのだろう。
 ……俺は最後に、もう一度だけ彼女の墓に目を向けた。




「へえ、リマリアにまた変化が」
 戦闘後の処理を行いながら、レイラが僅かに眉を上げて反応する。
 一方のリュウは普段と変わらない様子だ。
「クベーラを捕喰したことで、思考能力を得たんですよね。なら、ネブカドネザルを捕喰して何かを得たとしても、不思議ではありません」
「それはそうかもしれないが……」
 リマリアが想いを……感情を手に入れた。
 このニュースに対する仲間たちの反応は、意外なほどあっさりしたものだった。
「神機としてはどうなのです? 強くなったとか、不都合があるとか」
「神機としては、万事良好です」
 レイラに訊ねられると、リマリアはすぐに答える。
 その言葉も、俺にしてみればいつもより少し誇らしげに聞こえるのだが、レイラには伝わらない。
「ならば、当面は何も問題ありませんね」
「まあ、問題は……」
「ないのでしょうか……?」
 リマリアと顔を見合わせてみるが、答えは出ない。
「そもそも僕たちには見えも聞こえもしない存在ですから、神機が好調ならいいでしょう」
「わたくしたちにとって最も重要なのは、ネブカドネザルを倒したことでアラガミの増加が止まるかどうかです」
「ああ。レイラの言う通りだ」
 珍しく二人は同調して、そのままさっさと帰路に就く。
 何とももどかしい気分だったが……確かに、今は何を置いてもアラガミ増加を気にするべきか。
 その能力を考えても、ネブカドネザルがアラガミ増加と無関係だったとは思えない。
 ヤツを倒したことで、アラガミの出現数が元に戻っていけばいいのだが……
「いずれにせよ、アラガミを倒すことに変わりはありませんが!」
「そうだな!」
 レイラたちはどこかやけくそに言って、腕を振り上げた。
 彼らの言う通り、ネブカドネザルを倒すことが俺たちのゴールではない。
 ゴッドイーターである限り、戦いと無縁には生きられない。
 悲観的な話でもなく、単に事実だ。
 じきに見慣れた迎えのヘリが見えてくる。
 近づいてくるプロペラ音を聞きながら、俺たちはしばらく無防備に空を見上げていた。



「お帰りなさい、隊長補佐!」
 支部に戻るや否や、カリーナが笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
 その後ろから、悪戯っぽい表情を浮かべるドロシーが飛び出してくる。
「リマリア、またちょっと変わったんだってな? おーい、出てこーい!」
「はい!」
 二人のテンションに引っ張られてか、リマリアも明るく飛び出してきた。
 俺もそれを見て、通訳する。
「はい、だそうです」
「え、それだけですか?」
「ええ」
 頷くと、ドロシーたちは顔を見合わせ、期待外れと言わんばかりの表情で俺に詰め寄ってくる。
「……なんだいそりゃ。ずいぶん雰囲気が変わったって聞いたんだけど?」
 なるほど……二人はリマリアの変化を楽しみにして来たらしい。
「変わっています。今の返事も、これまでより元気がありました」
「何? 元気がいいって?」
「はい。なんというか……明るい感じで」
 なんとか彼女の様子を説明しようとするも、語彙力がなかった。
 それを見て取ったドロシーが、両手を上げて威嚇するように俺に詰め寄る。
「あんたの芝居のクオリティじゃ伝わらんよ! どうにかならんのかね!」
「ま、まあまあ。八神さんも悪気がある訳じゃないですし……」
 ドロシーに言われて、はじめて思い至る。
 いくらリマリアが変化していても、通訳の俺が変わらなければ、それは伝わらないのでは?
 リュウやレイラの反応がいまいちだったのも、それが原因なのだろうか。
「でも、やっぱり少し残念ですね。会話にはテンポもありますから、通訳を挟むとどうしてもぎこちないやり取りになってしまいますし」
 カリーナも、リマリアとの会話を本当に楽しみにしていたのだろう。
 できることなら、何とか力になりたいが……
(俺がリマリアのテンションまで、正確に再現するべきか?)
 しかし、どこまで再現できるか……
「そうさなァ……」
 と、そこで腕を組んだ白髪の大男が、ため息交じりに首を捻った。
 いつの間にやってきたのか……それを尋ねる前に、ドロシーが彼の二の腕に縋りついた。
「おっちゃん! なんかいい道具作ってくれよ!」
「いい道具ってなんだよ!? 自動翻訳機とかか?」
 期待に目を輝かせるドロシーを見て、JJが露骨に嫌がる。
「いや、リマリアがちゃんと見えて、喋ってるのが聞こえるのがいい」
「バカ言ってんじゃあねえぞ!? オレはどっかの天才発明家か!?」
「触れないのは妥協してやるよ」
「触れたらおかしいだろ! 実体がないってのに!」
 ごねるドロシーと突っぱねるJJ.の応酬が続く。
 それを微笑ましそうに眺めていたカリーナが、ふいに何かに気付いた。
「――じゃ、触れないのだったら作れるんですね?」
「……! そいつは……」
 JJが答えに詰まると、ドロシーがさらに笑みを深める。
 そうして詰め寄るドロシーの顔を強引に押し返すと、JJは眼鏡に触れつつため息を吐いた。
「作れるとは言ってねえが、実はリマリアと話をするようになってから、考えていたデバイスの案があるんだ」
「マジか!!」
「ヒューッ! さすがおっちゃんだぜ!!」
 その言葉の頼もしさに、カリーナとドロシーが揃ってはやし立てる。
 ところで、興奮のせいか、カリーナの口調がおかしくなっていた気もするが……会話を妨げるのも悪いと思い、俺は無言のまま話に耳を傾ける。
「私が、みなさんに見えるようになるのですか?」
 リマリアも彼の話には興味津々なようで、好奇の視線を送っている。
 俺の通訳を聞くと、JJは片手を頬に当てながら言葉を続けた。
「ずっと考えてはいたのさ。なぜ神機の使い手だけが見えて、他の人間には見えないのかってな」
「それ、私も不思議でした」
 カリーナの言葉に頷きながら、JJは俺に視線を寄越す。
「結論としては、目で見ているわけじゃあねえってことだ」
「目で見てないなら、なんで見てるのさ?」
 ドロシーの問いに、JJは腕を組むと、しばし無言になる。
 最終的に彼が出した結論はこうだった。
「まあ、そのへんの説明は長くなるんで、また今度な。完成までもうしばらくかかるから、お楽しみに!」
「なんだそりゃー!」
 JJの言葉にドロシーがテンポよく反応し、とりあえずその場はお開きという空気になる。
 そこでカリーナが、俺の横に立つリマリアに明るい声色で語り掛けた。
「楽しみですね、リマリア!」
「楽しみ……楽しむ……私が、楽しい……?」
 カリーナの言葉に、リマリアは困惑しているようだった。
 思考を得る時にも時間がかかった。リマリアはまだ、自分の想いというものを、完全に理解できてはいないのだろう。
 俺がその様子を伝えると、ドロシーは胸を叩いてリマリアに告げる。
「こういうのは体験したらすぐ分かるもんさ。大人しく待ってなって!」
「大人しく……ですか」
 彼女も早く答えが知りたかったのか、少し落胆しているようにも見える。
 それを知ったJJは大きく笑いながら、リマリアに話しかけた。
「仕事の時以外は寝ててもいいんだぞ。果報は寝て待てってな!」
「はい、ありがとうございます」
 分かっているのかいないのか、とにかくリマリアは真剣な表情で頷くのだった。


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