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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章

「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-1話~
 支部長室に呼ばれ、彼女から渡された報告書に目を通す。
「……アラガミが、増加傾向に転じたか」
「そうだ。まだ増加率はわずかだが、サテライト拠点建設への大きな障害となる」
 部屋の主は淡々と口にして、軽く目頭を押さえてみせた。
 どこか芝居がかった仕草に見えるが、彼女なら地でやっていてもおかしくはない。
 結局のところ、どれだけ苦心しようがこの支部長の本心を覗き見ることは適わないのだ。
「やれやれ……また悩みの種が増えるな」
 俺はため息をつき、改めて報告書の内容に目を向けた。
 拠点建設は、アラガミが減少してこそ本腰を入れて進めることができる。
 アラガミ討伐と建設の二方面作戦は、現状のヒマラヤ支部の戦力では、いずれ疲弊するのが目に見えている。
 どちらかを取らなければならないならば、今のヒマラヤ支部の安全確保が優先事項だ。必然的に、計画を考え直さざるを得ない。
「現にアラガミが増えはじめているのでな。目の前の問題を潰していくしかあるまい」
 彼女はよどみなく言葉を並べていく。
 完璧主義のきらいがある人物だ。俺が訪れるまでに、筋書きは組み終えていたのだろう。
「原因は特定されていない。本件への対応は……」
「俺がやる」
 だが、用意された筋書きに、従ってやる謂れはない。
「…………」
 クロエは黙ったまま、確かめるように俺を見た。
 その刺すように鋭く冷たい目の奥で、俺の発言をどう裁定すべきか考えているのだろう。
 やれやれ……あまり思慮深いのも考えものだな。
 彼女が物言わぬのをいいことに、俺は言葉を続けていく。
「クロエ支部長は他支部との交渉、サテライト拠点建設に専念を。対アラガミ案件は俺に任せてもらいたい。……どうだろうか、支部長殿」
 そこまで口にして、俺は今一度彼女に目を向けた。
「……妥当な提案だ」
 そう答えるしかないだろう。
 統率者が動きすぎる組織なんてものに、碌なものはない。
 上に立つ者に最も求められる資質は、組織の象徴足り得ることだ。
 半端な智慧や思想などは、下につく者からすれば邪魔でしかないし、ましてなんでも一人でやりたがり、部下から仕事を奪うような三流は、どんな人物だろうと組織にとっては癌でしかない。
 従って、支部長がどんなことでも好き勝手、陣頭に立って指揮を振るえる訳もない。
 その点については、彼女に同情してもいい。
 本来、支部長なんて肩書きは、俺や彼女のような独善的人種には、この世で最も不向きな立場と言ってもいいだろう。
「それでは、決定でよろしいか?」
 俺は改めて、その意思を確認するように問う。
 クロエは改めて頷いた……が――
「よろしい。が、一つだけいいか?」
「……何か?」
 聞き返した俺の声に、若干力がこもる。
 そのことに気付いたのは、俺だけではないだろう。
 クロエは俺をじっと見つめたまま、やがておもむろに口を開いた。
「サングラスというのは便利なものだな。次の中国支部との交渉で使ってみるか」
 あくまで淡々と言い放つ。
 まったく……どこまでも食えない御仁だ。
「ご所望とあれば、俺のを一つお貸ししよう。案外、良く見えるぞ」
「ふ……君のは遠慮しておこう。生憎と趣味ではないのでな」
 俺がとぼけて言うと、彼女は口角をわずかに上げた。
 どうやら、俺の冗談はあまりお気に召さなかった様子だ。
「それでは、失礼する」
 俺は軽く肩をすくめてから踵を返し、そのまま支部長室を後にした。




「アラガミ、また増えはじめたそうですね」
 アラガミ討伐のため、無人の大路を歩いていると、リュウがため息交じりに話しはじめた。
「隊長が言っていましたが……これで、サテライト拠点建設の計画は大幅に遅れが出る見込みだとか」
「そうか……残念だな」
「はい。アラガミ討伐も支部の復興も、順調に進められそうだったのですが……」
 姿を現したリマリアが、声を落としながら頷いた。
「まあ、万事上手くいくなんてことは、まずないですよ」
 暗い雰囲気を振り払うようにしてリュウが言う。
「またアラガミが減るようになればいいだけのことです。何か原因があるなら、取り除けばよし」
 リュウはそう口にしながら、何度か頷いている。
 その姿は、なんとなく自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「原因を取り除く、ですか……」
「……その原因とやらが、なければどうだ?」
 リマリアが小さく呟いたのを見て、俺はリュウに話を振った。
「それは……考えたことがなかったな。アラガミが増えていく環境に変化したという仮説ですよね?」
 戸惑いながら、リュウが尋ね返してくる。
 俺が頷くと、リュウはそのまま視線を空へと向けた。
「最悪ですが……ギリギリまで粘って少しでも人々を逃がし、可能であれば脱出する、かな。……そうではないことを祈りますが」
「アラガミが増え続ける環境……」
「…………」
 俺のすぐ傍で、リマリアが深刻そうに口にする。
 その心の内で何を考えているのか……以前であれば多少なりと想像もついたのだが、今は推測することしかできない。
 やはりこの間のスサノオ戦以降、どうもリマリアの様子に違和感がある。
「もし、本当にそんな環境になったなら、食料には困らなそうですね、リマリアさんは」
 そうして俺やリマリアが黙っていると、場の空気を和らげるようにリュウが冗談を言った。
「それ以外は困ります」
「……ですね」
 真顔でリマリアが一蹴すると、リュウは肩を落として苦笑いする。
 人の振り見て我が振り直せと言うが、やはり慣れない冗談など口にすべきではないな。
 俺がほんの少し、リュウに同情していると、彼は気持ちを切り替えるように神機を強く握りしめた。
「では、生存環境維持のために、討伐を始めましょう!」
 頷いてリマリアに目を向けると、すぐにアビスファクターの金色の光が周囲を覆った。



「討伐、完了しました」
 周囲のアラガミを討伐し終えたところで、リマリアが淡々と報告してくる。
 それきり、リマリアは黙り込んでしまう。
 ……その沈黙が妙に気になる。
 どうも知らないうちに、彼女の明るい声や、冗談の練習を聞くのに慣れ過ぎていたらしい。
「大丈夫か?」
「えっ、何がですか?」
 俺が尋ねると、リマリアは目をぱちくりとさせている。
「神機の状態も最高で、あの……もし違和感があったのだとすれば、調子が良過ぎるのだと思います」
「調子が良過ぎる?」
「少し、はしゃいでしまったというか……そんな感じです!」
 リマリアは早口に言ってから、窺うように俺の目を見る。
 どうやら知らないうちに、嘘をつくことを覚えていたらしい。
 が……スキルとしてはまだまだ未熟だ。この手の嘘には、弟妹たちで慣れている。
「そうか……リマリアにしては珍しいな」
 敢えて嘘には言及はせずに、そう口にした。
 俺に本心を打ち明けないのも、リマリアなりに考えがあってのことだろう。
 彼女が話したくないのであれば、無理に聞き出すようなことはしたくない。
「そう、ですね……失礼しました」
 しかし、俺の思惑とは裏腹に、リマリアは尚更落ち込んだ様子を見せた。
「情操教育、感情の発露として、いいかと思ったのですが。らしく、ないでしょうか……」
 なるほど……彼女は俺が、珍しいと言ったことをかえって気にしてしまったようだ。
 やはりコミュニケーションというのは、複雑だな……
「……そんなことはない」
 俺は頭を掻きながら、気落ちするリマリアに声をかける。
「笑ったり、落ち込んだり、時にははしゃいだりしてもいい。それも含めて、リマリアだからな」
「これも私……ですか」
「ああ」
 俺が頷くと、リマリアは少しの間、驚いたように目を見開いていた。
 それから 胸に手を当てながら、華やかに微笑んだ。
「そうですよね! これも私、これも……」
 言いながらリマリアは俺に詰め寄り、しかしそこで不意に笑みが消える。
「…………」
 俺の間近にありながら、その目の先に俺の姿は映っていない。
 先ほどまでの溢れんばかりの喜びはどこに行ったのか。今は暗い絶望だけが彼女を支配しているように見える。
 それは嬉しいから笑う、悲しいから泣くといった、単純な感情の発露ではない。
 喜怒哀楽の間を激しく行き来する、複雑怪奇な感情の波が、彼女を不安定にしているのだ。
(また少し、感情の幅が広がったということなのか……?)
 人間で例えれば、子供が思春期を迎えたようなものだろうか。
 見た目には分からない、しかし明らかな変化が彼女の中で起きたように感じる。
 もしかすると、いま目の前にいるリマリアは、俺が知る彼女とはまったく別物なのかもしれない。
 そう思わせるほどに、彼女の成長スピードは凄まじい。
「隊長補佐、そろそろ迎えのヘリが来ますよ」
 毎度のことながらアラガミ素材の収集に躍起になっていたリュウが、満足そうな表情でこちらに近づいてくる。
「……了解」
 俺が短く答えると、リュウは怪訝そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「リマリアさんと何を話していたんです?」
「いや。大したことは話していない」
 俺は首を振って答えてから、少し思い直してリュウを見た。
「だが……リマリアがまた、大きく成長した気がして……」
「そうなんですか。今回、いいものが捕喰できたってことかな」
俺の言葉を聞いたリュウは、どこか愉快そうに口にした。
「大物を捕喰するたびに、ぐんと成長してきましたからね。この間だって、スサノオを捕喰したばかりですし」
「その影響か……」
「ええ、頼もしい限りです」
 リュウは大きく頷き、それから宙に向かって目を細めた。
「どこまで成長していくんでしょうね、リマリアさんは」
(どこまで、か……)
 リュウの視線の向かう先に、リマリアの姿はない。
 以前までであれば、こういう会話をする時には、率先して姿を現していたように思うが……
 最近のリマリアは、話しかけるまで黙っていたり、遠くを見つめていることが多い。
 夜には俺の傍を離れて、どこかに向かっているようでもある。下手に詮索すれば気づかれるだろうし、知らない振りを続けているが……
「父親役としては、やっぱり娘の成長が寂しかったりするんですか?」
「父親?」
 冗談めかしたリュウの言葉に、つい真剣なトーンで返してしまった。
 いまさら取り繕うのも面倒だったので、そのまま尋ねる。
「父親というのは、そういうものか?」
「……あくまで一般論ですよ。僕も父さんの気持ちは分かりませんし」
 リュウははぐらかすように言うが、その目の色はどこか優しい。
 ……俺は父と呼べる人を知らない。だから、それがどんなものなのかもよく分からない。
 だが、もし俺などで適うものなら……どんな形でも、今の不安定なリマリアの助けになれることがあれば、知っておきたいが……
「リュウ。父親というのは、子供にどんなことをするものなんだ?」
「さあ……うちは結構、放任主義ですから」
 結局、答えらしい答えは得られなかった。



 私は、私について考える。
(神機は捕喰を求める。その渇望は強く、喰えば喰うほど強くなっていく)
 でも、それは仕方のないこと。
(力と欲望は増していく。これまでもそうだったし、これからも……それがオラクル細胞の摂理)
 私は、そのようにできているのだから。
 それでも私は問題なく、力をコントロールしてきた。
(気にする必要は無かった。捕喰によって成長したのは神機だけでなく、私も同じだったから)
 そのままでいられれば、どれだけ良かったか。
(けれどもいつからか、差を感じるようになった)
 私の何かが、これまでとは変わってきている。
(わずかに、ほんのわずかに。神機の成長に私は遅れるようになっていた)
 なぜ、こんなことになっているのか。
(ほんの誤差の範疇で、原因は分からない。捕喰するアラガミとの相性が神機と私で違うからなのか……?)
 私は、事態に対処しなければならない……でも、どうすれば?
(強いアラガミを捕喰すれば、その差が埋まる……そうなのかもしれない。強いアラガミを……強い、強いアラガミを、私は……)
 それは……その言葉は受け入れられない。受け入れてはならない。
 しかし否応なく、その言葉は私の心に根を伸ばしてくる。
(求めている?)
 私は、アラガミを……喰べたがっている?
(必要と、しているの? 私は…………)
 平穏を求めながら、アラガミを求める存在。
 私はそれを拒むが……私という存在そのものが、それを許さない。
(無限に喰い、育ち、進化する……私は……何なのでしょうか?)
 私は……私が分からない。
(……いや。本当はもう、答えは出ているのかも)
 ただ、私がそれを認めたくないだけ。
 それを認めれば、約束を破ることになるから。彼の傍に、いられなくなるから。
 だけど、そんな私の我儘や嘘が、彼を傷つけることになったら……
(私は何……? どうして私は、ここにいるの……?)


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