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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第九章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~9章-7話~
「いらっしゃ……って、お客さんじゃないのかよ」
 威勢よく声を張り上げたドロシーが、俺たちの顔を見てため息を吐く。
 そうされるのも慣れっこなのか、カリーナとJJは構わず店の奥に向かった。
「おーおー。相変わらずの閑古鳥だなぁ」
「じゃあ買えよ! 買いまくってからすぐ帰れ!」
 目を三角にするドロシーを見て、カリーナは苦笑いする。
「だけど、せっかく平和になってきたのに、お客さんは戻ってこないのね」
「ん……まあねぇ、そこはちょっと複雑なもんでさ」
「戦闘用の装備や回復錠は、戦闘が多いときのほうが売れるんだろうよ。ゴッドイーター以外の客だって、ヤバいときのほうが備えのために買い込んだりな」
「そっか……ドロシー、人の弱みに付け込んで……」
「わざわざ嫌な言い方すんなよ!」
 からかわれたドロシーが景気よく怒鳴る。
 実際、彼女がそういう人物だとは思わないが、客も商人も霞を食って生きている訳じゃない。
 帳簿だけ見れば複雑な気持ちもあるだろう。
「ま、そういう話をすんなら、一番はお客さんが賢いってことだろうな。ヒマラヤ支部の状況も、ここからどんどん変わっていくだろ?」
 確かに、ドロシーが言う通りだ。
 クベーラたちの脅威がなくなったことで、ロシア支部や中国支部との取引は増えていくだろうし、他支部とつながる機会だってあるかもしれない。
「つまりお客さんも商機を窺ってるって訳さ。もちろん、あたしらも一緒だけどな」
 不敵に言って、ドロシーは俺たちのほうを見る。
「なあ、アラガミが減ってきたってことは、次はサテライト拠点の建設を進めるんだよな?」
「ええ、プランはクロエ支部長が進めているはずですよ」
 カリーナが答えると、ドロシーは狙いを定めるように目を細める。
 商売っ気を隠さないドロシーを見て、JJが肩をすくめた。
「簡単に言うが、サテライト拠点の建設ってのは大規模な土木事業だからな」
「ふむ……土木事業か」
「私には見当もつかないです。どういうことをやるんでしょうか?」
 カリーナが尋ねると、JJは大きく頷きながら答える。
「大雑把に言えば、支部をもう一つ作るのを想像すればいい」
「支部を……?」
「ああ、そうだ」
 俺の呟きをJJが拾ってこちらを見る。あっけらかんと言っているが、とんでもない話だ。
「……俺には想像つきません」
「私もです。大変そうだなってことぐらいしか……」
「分からんだろ? オレも専門家じゃないんでよく分からんが、まず対アラガミ装甲壁をぐるっと一周作るだけでも大変なことだ」
「それは確かにそうですよね。あんな壁、どうやって作るのかしら……?」
 カリーナの呟きに答えたのは、ドロシーだった。
「まず建築資材が必要だろ? それに作業用の工具、機械、作業者に運搬車両も必要だ」
 必要な材料を指折り数えながら、ドロシーが言う。頭の中では算盤を弾いていることだろう。
「そんなの、ヒマラヤ支部内には揃ってないけど……」
「……必要な物資と道具を一式揃えるとこからだね。中国、ロシア支部からどれだけ調達できることやら」
 すっかり商人の顔に切り替わったドロシーだが、その表情は明るくない。話を聞く限り、ヒマラヤ支部はしばらく大きな赤字に陥りそうだ。
「壁の材料を運ぶのにどれだけかかるのかしら……」
「壁の資材は、この支部周辺の廃墟などから回収するほうが手っ取り早い。大型の輸送車なんかが必要になるがな」
 問題はそれだけじゃない、とJJが続ける。
「資材と同じか、それ以上に調達が難しいのが生活インフラだ。水道、電気、食料プラントなど、生活維持に欠かせない設備さ」
「あー……そういうのって、ほとんど支部の地下にあるものだよな?」
「ああ。壁と一緒にアラガミに壊されたんじゃ、話にならんしな」
「つまり、地面をザクザク掘らなきゃいけないわけだ」
 ドロシーが嫌そうに言うと、JJがよくできましたと頷いた。
「そういうこった。……とりあえず、無事に壁を作り、穴を掘り、インフラを配置して、それがちゃんと生命を維持できなくては、人はそこに住めん」
 アーコロジー……単体で生産、消費活動が自己完結されている建造物か。
 俺にとってはあって当たり前の環境だったが、作ることを考えてみると、途方もない労力がかかっていると気がつく。
「いざ完成しても、一般人が支部の外に引っ越す、ってのはむちゃくちゃ恐いよ? ゴッドイーターだって常時待機しているわけじゃないしな」
 ドロシーの言葉に、話を聞いていた面々は難しい表情で頷く。
「……司令部の機能はサテライト拠点にはないんですね」
「ああ。おそらくは支部から警備隊を派遣する形になるだろうな」
 JJの言葉に、ドロシーは腕組みをして考え込む。
「安心して暮らせるかって言ったら、うーん……だな」
「……それでも、やるしかないですよね! 時間がかかっても、危険であっても!」
 停滞してきた空気を感じ取り、カリーナが必死に檄を飛ばす。
 それに呼応したのはリマリアだ。
「建設開始までに、可能な限りアラガミを減らします。それが成功への第一歩ではないでしょうか」
「リマリアの言う通りだな。ヒマラヤ支部一帯が安全であればあるほど、やりやすい」
「だな」
 JJも頷き、その場にいた全員が意志を固める。
 フェンリルに見捨てられたヒマラヤ支部が生き残るためには、自分たちの力でもがき続けるしかない。俺もそこにいる一人として、やれることをやっていくべきだ。
 そうして考えていけば、俺の役割はシンプルでいい。
 アラガミと戦い続け、勝ち続ける。
 これまでやってきたことの繰り返しだが……幸い、終わりも近づいてきている。
 ネブカドネザルの残した災厄の芽は、じきに全て片付けられるはずだ。



 カリーナから呼び出しを受けた俺は、急いで支部の受付へ向かっていた。
「あ、来た来た! 隊長補佐、リマリア! ゴドーさんから通信が入っていますよ!」
 カリーナに素早く手招きされて、俺たちは通信機の前に立った。
『よう、元気か?』
 ノイズの先から届いたのは、飾らない男の聞き慣れた声だ。
「はい。……そちらは?」
『まあまあだな』
 いつもと変わらない彼の口調に、俺は内心安堵する。
 とりあえず大きな問題や事件などには巻き込まれてはいないようだ。
 どうやら彼も、俺と同じことを考えていたらしい。
『問題はなさそうだが、何か具合が悪いことがあれば、俺に連絡してくれ』
「了解です。……シンガポールはどうですか?」
 彼が苦笑した気配が微かに伝わってきた。この手の質問をしたのは、俺が最初ではなさそうだ。
『久しぶりの古巣だが、ここは何もない。アラガミはいる、ゴッドイーターは少ない……退屈といえば、退屈だ』
「休暇なのに何が不満なんでしょうね……」
 俺の隣で話を聞いていたカリーナが、小さく呟く。
『ま、俺なりに有意義に過ごして帰るさ。また連絡する』
 ゴドーは一方的に話を畳むと、そのまま通信を切断した。
「何の実もない連絡でしたね……」
 俺の感想も、カリーナが口にしたものと同じだ。
 当然、何も問題がないのであれば、それが一番には違いないが……
「……とりあえず、変わりがないようで安心しました」
「そうですね。ゴドーさんがバカンスを楽しんでたりしたら、そっちのほうがなんか恐いし」
「……そうですね」
 カリーナの言葉に、俺は海辺で波と戯れるゴドーの姿を想像し、すぐに思考を打ち消した。
「恐い、ですか……?」
「リマリアは恐くないのか?」
「休息は、人体にとって有用なことだと理解しています」
 いまいちピンと来ていない様子のリマリアを見て、カリーナは興味を引かれたようだ。
「リマリアには、恐いものとかあったりしないの?」
「恐いもの、ですか」
 尋ねられたリマリアは、思考が追い付かないのか戸惑う様子を見せる。
「例えば、ネブカドネザルの十倍強いアラガミと戦うとしたら、それって恐い?」
「いいえ。そもそも、私にはまだ恐怖という経験がありません」
「それって、これまでは感情がまだなかったから?」
 カリーナの言葉に、リマリアが頷く。
「知識としては理解しています。心拍数の変化や神経伝達速度の不安定化などから、人の恐怖という感情を観測してきましたので」
 確かに、外部居住区の住民や交戦中のゴッドイーターなど、彼女はすでに多くのサンプルを得ているはずだ。
 恐怖という概念については、もしかしたら俺たち以上に理解しているかもしれない。
「ですが実体験がありませんので、私が何かを恐れるかどうかは、まだ分からないのです」
 そう口にしたリマリアは、どこか寂しそうにも見えた。
 俺の感傷かもしれないが……
「そうなんだ……アラガミの顔とか、恐くない?」
「いいえ、特に何も感じません」
「じゃあ、戦いに負けて隊長補佐がアラガミに捕喰されちゃうとかは?」
「絶対に負けないのが、私の職務なのでは?」
 あっけらかんと言って、逆にリマリアは尋ね返した。
「すごく神機っぽい答えだわ……。強い」
「強いかどうかは分かりませんが、負けたことはありません」
「そっか……負けも経験がないから、イメージできないってことなのかしら?」
 ふむふむと腕を組みながら、カリーナはもう一度リマリアを見た。
「じゃあ最後に、自分が修理不能なほど壊れてしまうのは? 恐くない?」
「はい、それはまったく恐くありません」
 リマリアは一切の躊躇もなしに答えてのけた。
 その迫真の表情に、カリーナは少し気圧された様子だ。
「そう……こっち方面はまだ情操が育っていないということなのか、生い立ちが人間と違うので、死に対する感覚が違うってことなのか……」
「……気になりますね」
 カリーナの言葉に追従すると、リマリアが少し不安そうにする。
「恐がったほうがいいのでしょうか?」
「俺はそう思う」
「ですがあなたも、ほとんど恐怖していることがありませんが……」
「それは……」
「……なるほど。躊躇がないのは八神さん譲りですか」
 リマリアの考えに納得はできなかったが、反論の糸口も見つからない。
 もどかしく感じていると、カリーナが俺たちの間に立った。
「とりあえず、アラガミを恐がる神機、というのは困る気がしますね」
「それは……確かにそうですが」
 カリーナの言う通りだ。
 アラガミに恐れることと死を恐れることでは、また話が違ってくる。
「それでは、今のままでよいと?」
「これまでに問題ありませんでしたし、無理に変えようとする必要はなさそうです」
 カリーナの言葉を聞いたリマリアが、俺のほうにも目を向けてくる。
「……そう、ですね」
 俺が頷くと、リマリアはようやく胸を撫で下ろした。
 ……すでに指摘された通りだ。
 彼女の言葉を聞いて反感を覚えたものの、俺のスタンス、考え方だってリマリアとそう変わらない。
 大事なものを守るためなら、自分がどうなろうと構わない。
 本気でそう考え、そうあるべきだと信じてきた俺が……どうして同じ考えのリマリアを否定することができるだろう。
 いや、否定できるはずもない。
 それなのに……何故か彼女の言葉はいつまでも俺の胸に残り、心をざわつかせていたのだった。


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