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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第九章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~9章-6話~
「休暇申請!?」
 とある昼下がり、カリーナの素っ頓狂な声が広場に響き渡った。
「シンガポールへ里帰り!?」
 彼女は信じられないような表情をしながら、一歩一歩……
「バカンス!?」
 申請書の提出を行った男の傍まで、詰め寄っていく。
 そんな彼女の視線を受けて、ゴドーは軽い調子で片手を上げた。
「じゃ、行ってくる」
「ちょっと待った! 待った待った待った!」
 その場を後にしようとするゴドーの正面に回り込み、カリーナが両手を広げて道を塞ぐ。
「なんだ。休暇はクロエ支部長が承認済みだぞ」
「いやだからって……今行かなきゃダメですか?」
 有無を言わせない様子のゴドーに対し、カリーナは必死に食い下がり、不安そうに瞳を揺らす。
 たしかに……最大の脅威はなくなったとはいえ、ヒマラヤ支部は依然窮地を脱したわけではない。ネブカドネザルが残したアラガミの残党はまだまだいるし、今後に向けて支部の内部環境を整えていくべき時でもある。
 ゴッドイーター全体の実質的なリーダーであり、副支部長と呼べる男が不在となるのは、誰が見ても歓迎すべきことではない。
「土産は持って帰るからいいだろ」
「でも……!!」
「そこまでだ、カリーナ」
 押し問答を繰り広げているところに、一つの足音がこちらに近づいてくる。
 声の主はクロエだった。
「休みを認めたのは、上が休まないと下も休まないからだ」
「うっ……それは……」
 実際、過労で倒れたことのある彼女には痛い指摘だろう。
 言葉を詰まらせるカリーナを見て、クロエはさらに言葉を続けた。
「アラガミは順調に減ってきている。まだ出撃回数はさほど減っていないが、激減するのも時間の問題だ」
「……だったら、もっとアラガミが減ってからでもよいのでは?」
 クロエの理知的な説明を受けても、カリーナはなおも食い下がった。カリーナがこうまでクロエの言葉に抵抗するのは、少し珍しい光景だ。
 それを見ていたゴドーは頭を掻いてから、カリーナのほうをまっすぐに見た。
 必要なことだと考えたのだろう。冗談めかした雰囲気ではなく、静かな調子でゴドーは語る。
「仕事がめんどくさいと思ったことはいくらでもあるが、休みたいと思ったのは多分初めてでな……今休め、ってことなんだと判断した。俺なりの勘だが」
「それを言われると……いつまでゴッドイーターを続けられるかって話も前からしてましたし……」
 素直な雰囲気で語るゴドーを見て、カリーナが視線を逸らす。
 ゴドーはそれ以上口にしないが、その服は色あせ、くたびれ、額には深い皺が刻まれている。
 そこに立っているのは間違いなく、ヒマラヤ支部の英雄だ。
 常に前線に立ち、仲間たちを守るため殿も務めながら、味方全体の指揮をとってきた。
 ある時には、支部長代理として、面倒な事務作業にも従事していたこともある。
 不真面目な態度こそ目立つが、ゴドーの貢献はあまりにも大きい。
 そんな彼が休みたいと言うならば、それを誰に止めることができるだろう。
「経験豊富なゴドー隊長の判断だ。間違いはないだろう」
 クロエは淡白に言って、ゴドーに一度視線を送る。
 ゴドーも素っ気なく頷き返し、そのまま俺たちのほうを見た。
「では、ひとっ飛びしてくる。心配するな、ポルトロン氏のように失踪したりはしないさ」
「当たり前です!! 必ず帰ってきてくださいね!!」
 今生の別れのように言うカリーナに、ゴドーは小さく笑って見せた。
「達者でな」
 そのまま彼は、俺たちに背中を向けた広場を後にした。



「バカンス、ですか」
 話を聞き終えたところで、レイラは大袈裟にため息を吐いた。
 呆れつつも、ゴドーの身勝手さには慣れ切っているのだろう。隣ではリュウが、すでに今後のことについて考えを巡らせている。
「巡回討伐のシフトと、待機メンバーの再確認が必要ですね。人員に余裕を持たせておかないと」
「隊長の穴は、補佐の俺が埋める」
「無論、その前提で調整します」
 部屋のなかに、コーヒーの独特な香りが充満した。
 勝手知ったるという雰囲気で、ゴドーの残した化学器具を並べているのはJJだ。その隣には、興味深そうに見守るドロシーの姿もある。
 ゴドーが支部を離れた後。俺たちは彼の研究部屋……正確には彼が私物化していたその空き部屋に集まっていた。
「それにしても唐突だったよな。……シンガポール支部は隊長の古巣だというけど、家族がいるんだろうか?」
「さあ……家族がいるという話は聞いたことがないです。ヒマラヤ支部に来てからこれまで一度も帰省したことはなかったし……」
 リュウの呟きに、カリーナが頬に手を当てながら答えた。そんな彼女の目の前に、ドロシーがコーヒーカップを運んでくる。
「戻ってこないかもな?」
 意地悪なドロシーの問いかけに、カリーナは少しむっとした様子を見せる。
「ポルトロン支部長のように失踪はしないと言ってました。それに、だいぶ前ですがここを去る理由がない、とも」
 カリーナは力強く言って、手渡されたコーヒーカップをぐびっと一気に傾けた。
 直後、顔をしかめて「うえー……」と漏らす。
 彼女を襲った苦みを想像し、同情していると、俺の前にもカップが運ばれてきた。
 ……やはり、逃れられないのか。
「……そんなに苦手なら、断ったほうがよかったのでは?」
 姿を現したリマリアが、俺に提案してくる。
 俺は周りに気づかれないよう注意しつつ、首を横に振った。
「人には付き合いというものがある……仲間とのつながりは重要だ」
「……分かりました。無理はしないでくださいね」
 リマリアの言葉に頷き、ふたたび俺はコーヒーを見る。全てを呑み込むような漆黒の液体を前に、カップを持つ腕が少し震えた。……リマリアに偉そうなことを言いながらも、なかなか最後の一歩が踏み出せない。
 俺がそうしている間にも、周囲ではゴドーの話題が続く。
「カリーナと隊長さんは、この支部ができた最初期からの付き合いなんだよな」
「ええ、彼は出会った頃から飛びぬけて強いゴッドイーターで、何を考えているのかよく分からないのも変わってないです」
「急にシンガポールへ行く気になった理由に、心当たりは?」
 リュウの問いに、カリーナは額に手を当て、しばし考える。
「全然ないです。JJさんが、何か聞いていたりしないかしら……?」
「墓参りじゃあねえのか?」
 全員分のコーヒーを淹れ終わったJJが、自分のカップに息を吹きかけながら言う。
「墓参り? そんな殊勝な人ではないと思いますが」
 上品な所作でコーヒーを口にしたレイラが、眉をひそめてカップをテーブルに置く。
「だったらあるいは、死体が墓から出てうろついていないか確認するため、とかな?」
「またそんなオカルトなことを!! ナンセンスです!」
 JJが言った途端、レイラはテーブルを叩きながら大声をあげた。カップの中の液体が揺れる。
「はっはっは! 冗談だよ!  ま、ヤボ用だと思ってりゃいいんじゃあねえか!」
 茶化すように言ったJJの脇腹に、レイラの踵がめり込んだ。
 そのままJJが地面に転がり悶絶するのを、周囲は冷めた視線で見ていた。
「あのゴドー隊長が、家族や両親のために、ねぇ?」
「甲斐性なんてまっ……たくなさそうなんですけど」
「…………」
 リュウとカリーナが言い合い、ため息を吐いたタイミングを見計らい、俺は部屋の隅に移動する。
「……誰かが近づいてきたら教えてくれ」
「分かりました」
 リマリアの返事を聞いてから、俺は改めてヤツに向き直った。
 周囲から俺は、コーヒー好きとして認識されている。今更不味そうな表情など見せられない。
(……迷うな。一気に片付ければ……)
 仲間たちに背中を向けつつ、俺は覚悟を決めてカップの中身を口に移した。
 熱く苦々しいその液体を、すぐさま喉の奥へと送る。そのまま蠕動運動によって、諸悪の根源を胃の奥底へと押し込んでいく。その時――
「あっ……接近を確認、注意をっ!!」
「――っ!」
 リマリアの鋭い声が背後から響き、俺は思わずその場でむせる。
 結果、周囲の視線がこちらに集まってしまう。
「…………」
 その時、俺の股の下をくぐりぬけて、小さな物体が視界に入った。
 ……そうか、JJのハムスター。リマリアはこいつの接近を報せて……
「おっ、セイ。もうカップの中が空じゃんか」
 そこで近づいてきたドロシーが、俺の手の中からひょいとカップを取って、屈託なく笑う。
「おかわり、取ってきてやるよ」
「……!」
 地獄の戦いは、その舞台を第二幕に移そうとしていた。



「はぁ……」
 皆と別れ、広場に戻ってきた後も、カリーナの表情は晴れなかった。
 そんな彼女の姿を見かけた俺たちは、顔を見合わせ、声をかけてみることにした。
「ゴドー隊長のことが気になるのですか?」
「んー……まあねえ……」
 リマリアに目を向けたカリーナは、ぎこちない笑みを浮かべた。
「あの人がバカンスなんて楽しめるはずがないし、シンガポールに行ってもやることなんか何もなさそうで」
「……確かに」
 無駄を極端に嫌うゴドーが、海水浴や観光に勤しむ姿は想像がつかない。
「それなのに、あえてこの時期に行くってことは、どういうことなのか……分からないのよねぇ……」
 そう口にして、カリーナは今日何度目かのため息をつく。
「……何か理由があるのでしょう」
「ですよねー。絶対、何か理由があるのよ」
 カリーナは頷き、それから天井に目を向ける。
「シンガポールへ行くか、行かないか、迷いはあったのかしら……?」
「ま、あの隊長のことだから、おそらく即決だっただろうね」
 そこで途中からこちらに近づいてきていたドロシーが、カリーナの背後から声をかけた。
「やっぱりそうよねぇ……」
 どんより落ち込むカリーナの様子に苦笑いしてから、ドロシーがこちらのほうを向く。
「ところでリマリアにはさ、悩むとか迷うとかって、ないのかい?」
「そうですね、思考が停滞する時はありますが、答えは出さねばならないものとして認識していますので」
「へぇ。前は分からないことは全部、不明ですって言ってたのにな」
 確かにドロシーが言う通りだ。思考を身に付ける過程で、彼女の意識も変わったのだろう。
「そうだ……今だとどうなるか、やってみる?」
「やってみる、とは……?」
「ああ。そいつはもちろん……究極の選択、ってヤツをな!」
 そう言ってドロシーは、リマリアに人差し指を突き付ける。
 リマリアはほとんど動じず、ただ首を捻る。
「究極の……そんなに答えにくいものが?」
「ああ。こいつはとんでもないぞ」
 よほど自信があるのか、ドロシーは腕を組みながら不気味に笑う。
 彼女の言葉に興味を引かれたのか、リマリアは意識をドロシーに集中させている。
 そうして究極の選択とやらが始まった。
「自分が人間だという前提で考えてくれよな! 第一問、犬と猫、どっちに生まれ変わる?」
「猫です。犬よりもエサにありつきやすく、安全な寝床も確保できそうです」
 リマリアは難なく即答した。まずは小手調べというところだろうか。
 ドロシーは彼女の答えに頷くと、すぐさま次の質問に移る。
「じゃ、寿命が長い……つまり長生きできるけど病弱でいつもフラフラなのと、短命だけど身体が頑丈! 不死身レベル! ってのなら、どっちがいい?」
「不死身がいいです。寿命だけ長くても、アラガミにやられればおしまいですから」
寿命が無限でもアラガミがいますから、不死身がいいです」
 リマリアは迷う素振りもなく、淡々と答えていく。
 遊びめいた問答に、ドロシーも楽しそうだ。
「未来が全部分かるのと、過去が全部分かるの、どっちがいい?」
「未来が分かるほうがいいです。過去の出来事が分かっても、もう止められませんから」
 またまた即答するリマリアに、ドロシーは感心した様子を見せる。
「おお、なかなかに迷わないねえ! カリーナ、何か一問あるかい?」
「え? 私ですか?」
 塞ぎこんでいたカリーナが話を振られ、顔を上げる。
「んー、じゃあベタですけど、自分だけ生き残って世界が滅ぶか、自分だけ死んで世界が助かるか、ではどっち?」
「それは、自分だけが死んで……」
 そこまで口にしたところで、リマリアが一度俺のほうを見た。
「世界が、助かる……」
「ですよね。リマリアならそう言いそうだなって思いました」
 彼女が言い終える前に、カリーナはうんうんと頷いた。
「あ……」
「そうだよな。この世界でさ、自分一人で世界を救えるなら安いもんだ」
 リマリアはまだ何か言いたげだったが、二人は気づかなかったようだ。
「ポルトロンのおっさんなんかだと、自分だけ助かるほうを選ぶんだろうけどさ!」
「自分だけが、助かる……」
 リマリアは小さな声で、ドロシーの言葉を反芻していた。
 その様子が気になり、声をかけようとしたところで、カリーナが次の選択肢を投げかけた。
「じゃあこれは? 一生お腹が空いているのと、一生眠いけど眠れないの」
「それは……ずっとお腹が空いているのは嫌ですけど、眠いけど眠れないのはどれくらい辛いのでしょう?」
 これまで大体の質問に即答していたリマリアが、ここで初めて答えを出せなかった。
「おっ、そこは迷うのか? 不眠症は経験がないのに?」
「私でいうところの、力不足で消えねばならないあの状態がずっと続く、と考えると……かなり辛そうだなと思いました」
「そうなの! 眠いけど眠っちゃダメな時に無理やり起きてるのって、きっついんですよ!」
「おーおー、夜勤しまくりのオペレーターは語るねぇ」
 食い気味に語るカリーナを見て、ドロシーは苦笑いを浮かべる。
 カリーナは以前にも倒れたことがあるし……その激務は想像に難くない。
「空腹もきっついけど! あー! どっちもつーらーいー!!」
 カリーナは最終的に両手を頭に乗せ、悶え始めてしまった。
「どっちも死なない、ダウンしないってのが地獄だな。これは選びにくいわ」
「はい、選ぶのが難しいです。不明です、って言えたら楽ですね」
 おどけて言ったリマリアの言葉に、カリーナたちもつられて笑う。
 ……ついに冗談まで言えるようになったのか? 
 リマリアの成長速度については分かっているつもりだったが……すでに俺よりもずっと器用にコミュニケーションしているように思えるのは気のせいだろうか。
「あんたならどっちだい? 空腹と眠いけど眠れないのと」
「……俺ですか?」
 ドロシーに訊ねられ、俺は真剣に考えを巡らせる。
 空腹と睡魔……どちらも戦場で経験があるが、そこに優劣をつけるのは難しい
 しかしこれは、究極の選択だ。二つのうち、必ずどちらか一つを選ばなければならない。
 そうしてしばし悩み抜き、俺が選択したのは――
「……どちらも嫌です」
 至極当然の回答だった。


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