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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第九章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~9章-2話~
「……わぁ。すごい人の数ですね」
 宙に浮かんだリマリアが、興味深そうに辺りを見渡す。
 彼女の言葉通りだ。その日、支部の広場は人で埋め尽くされていた。
 クロエからの招集ということだが、それにしても規模が規模だ。話によれば、ヒマラヤ支部を出入りするスタッフは全員集められているそうだ。
 俺も首を伸ばして、周りを確認してみるが……
 これだけ人がいると、第一部隊の人員と合流するのは難しそうだ。
 仕方なく俺は、その場に立ち止まり、壇上に人が立つのを待つことにした。
「なんだろうな?」
「何かの発表があるとかか?」
 周囲の声を聞く限り、招集の理由を聞かされていないのは皆同じらしい。
 これからどんな報告があるのか、皆口々に話し合って、予想を立てている。
 予想の内容は、ネガティブなもののほうが多そうだが……これまでのヒマラヤ支部の状況を考えれば、当然のことかもしれない。
 そこでようやく、今回召集をかけた張本人であるクロエが壇上に姿を現した。
「えー、このたび集まってもらったのは他でもない」
 古い機材のせいで、僅かにハウリングが起きる。クロエは構わず言葉を続けた。
「私がヒマラヤ支部長に就任してから、最良の報告があるからだ」
「…………!」
 彼女の言葉に、周囲でざわざわとどよめきが起こる。
 とりあえず、悪い報告ではなかったことに、安堵の息をついている者が大半だろうか。
 そうした反応が収まるのを待ってから、クロエは小さく息を吸う。
 そのままクロエはフロア全体に向けて声を張り上げる。
「昨日得たデータにより、支部周辺のアラガミが減少傾向に転じたことが判明した!」
「……!」
 そうしてクロエが口にした瞬間、辺り一帯から歓声が上がる。
「おおーっ!」
「やった!」
「嘘じゃないよな!?」
 喜ばしい報告に、誰も彼もが諸手を上げて喜び、手を叩き、抱き合っている。
 俺も見知らぬ隊員からハイタッチを求められ、応えたところで揉みくちゃにされた。
 しかし、アラガミの増加が止まったということは、やはり原因はネブカドネザルの……
「あの……大丈夫ですか?」
「いや……」
 頭上に浮かんだリマリアが心配そうに俺を見る。
 俺はと言えば、周囲の騒ぎに飲まれて完全に人波に埋もれていた。姿勢を低くし、頭を守りながら、押されたり踏まれたり するのをなんとか堪え抜く。
 広場のざわめきはどんどん大きくなり、今となっては軽いお祭り騒ぎだ。
 ……しかしまあ、彼らの気持ちもよく分かる。
 ネブカドネザルの出現以降、何度死を覚悟したか分からない。
 ここにいる者たちは皆、崩壊寸前のヒマラヤ支部をなんとか維持しつつ、様々なアラガミや支部内外で起きるトラブルと戦い続けてきた猛者たちだ。
 そして今日、ついに最悪の状況を打破し、彼らは一様に生き残った。それを喜ばない者がどこにいるだろう。
 息継ぎするように人混みから顔を出せば、クロエが俺たちのほうを眺めつつ、小さく笑みを浮かべているのが分かった。
「本日夕方より、ささやかだが祝宴を催すので、手の空いた者から順次、参加してくれ」
「おおーっ!!」
「まだ喜ぶのは早いかもしれないが、支部全員で勝ち取った結果だ! ここからまた気持ちを新たに、次の目標へ向かって進もう!」
「おおーっ!!」
 彼女が一言発する度に、一同は腕を振り上げ、雄叫びに近い声を上げる。背後からさらに人波が押し寄せ、俺は立つことも叶わなくなる。
 それからしばらくの間、広場から明るい声と笑顔が絶えることはなかった。
 そして……
「あの……本当に大丈夫ですか?」
「……あ、ああ」
 皆がひとしきり騒ぎ、いなくなった後……
 俺は地面に横たわった状態で、リマリアと再会するのだった。



 ……セイと二人。討伐の任務を終えた俺は、静かになった廃墟を見渡しながら一つ、ため息を吐く。
「ネブカド君が倒れ、アラガミが減った……。やれやれ、これで楽ができそうだ」
『ちょっとゴドーさん! まだまだやることは山ほどあるんですからね!』
 神機を片付けながら笑っていると、通信機の向こうからカリーナのきつい注意が飛んできた。
 向こうでアラガミを捕喰していたセイが、俺のほうを見る。
 軽く手を振ってみせるが、彼は応じずに自分の作業に戻った。……相変わらずの真面目ぶりだ。
 実際、ネブカド君の置き土産とでも言うべきか、支部周辺にはまだまだアラガミの姿が残っている。今後も予断を許さない状況が続くだろう。
 それに……問題は何も支部の外だけに転がっている訳でもない。
 まさにカリーナが言う通り、やることは山ほどあると言えるのだが……
「ああ、量はな。だがやれば終わる事なら、精神的な苦はないさ」
『え? ゴドーさんでも精神的にキツかったんですか?』
 心底意外そうなカリーナの呟きに、俺は思わず苦笑いする。
 カリーナは俺を機械だとでも思っているのだろうか。
「こう見えて第一世代型神機使いだ。バケモノの親玉相手となれば、一瞬も気を抜けないだろ?」
 言うまでもないが、第二世代型とは手数が違うし、攻撃が届く範囲もたかが知れている。
 ……まあ、悪いことばかりでもないんだがな。
 できることが少ないからこそ、迷うことも少なく、自分の力量を見誤ることもない。
 そういう意味では、俺は今の神機も十分気に入っているが……当然、それで楽できる訳でもない。
『見せなかっただけで、ゴドーさんもキツかったんですね……』
 別に、意図して見せていなかったつもりもないが……あえて言及することでもないか。
 俺は軽く肩をすくめると、そのままセイに目を向ける。
「だが、頼れる隊長補佐殿がいてくれたんでな」
 捕喰を終え、こちらに向かってきていたセイが、俺の言葉を聞いて首を左右に振った。
「リマリアのおかげです」
「ああ。ネブカド君を倒せたのは、リマリアの力が大きかったな」
「はい」
 あえて肯定してみるが、セイが気にする様子もない。
 ……謙遜ではなく本心から、自分の活躍だとは考えていないらしい。
 相変わらず、呆れるほどに自己評価が低い。幼い頃から優秀なマリアの隣にいたのでは、分からないこともないが……
「だが戦ったのは他でもない、君自身だ」
「……」
 セイをまっすぐに見てそう告げる。一応、嘘や脚色はない、心からの言葉のつもりだ。
 彼も流石にそれが分かったのか、返答に窮しているようだった。
『新人さん、と呼んでいた頃が遠い昔のようです』
 通信機の向こう側で、どこか感慨深げにカリーナが言った。
 確かに、これだけ危なっかしい少年が、よくここまで生き残ってきたものだ。
 おかげで彼も俺も、明日も変わらない日の出を見ることができる。
「……その頃に戻るのさ。このヒマラヤ支部は」
『そうですね! アラガミが少なかったあの頃へ!』
 そうして俺たちが謳う間にも、周囲からは再びアラガミがにじり寄ってきている。
 どうやら今しばらくは、ネブカド君の後始末が続きそうだな。
「討伐を始めるぞ!」
「……はい!」
 セイが呼応し、俺たちは同時にアラガミに向かって駆け出した。

 そうしてそのまま、戦いを終え……
『お疲れ様! 支部へ帰投してください!』
 いつものカリーナの言葉を聞き流し、俺はセイのほうを向く。
 こちらもいつものことではあるが、相変わらず彼に疲れた様子はない。
「……」
「君の神機の状態は良好、リマリアは感情らしきものが表れるようになったらしいな?」
「はい」
 話しかけると、セイは一度宙に目を向けてからそう答えた。
「そうか……」
 一応通訳しているつもりらしいが……分かりにくいな。
 その辺りは、俺もJJが開発をねだられたという、デバイスの完成を待つとするか。
 などと考えていたところで、カリーナが思考に割って入ってくる。
『ゴドーさん! 興味を持つのは構いませんけど、仕事優先ですよ!』
「……あー、当然だとも。カリーナさんの言う通り」
『なんですかそれ!?』
 適当に答えると、カリーナから不満の声が上がる。
 しかしまあ、本当に彼女の言う通りだ。これ以上ここで無駄話をする必要はない。
「帰るぞ」
『はやっ!? そして久しぶり!』
 カリーナが素早く反応するのを聞きつつ、俺はヘリに乗り込んだ。
 それからセイが隣に座ったところで、俺は彼の神機に目を向ける。
(やっとあの神機の正体を調べる機会ができそうだが……)
 どうしたものか。クロエの件もあるしな……
「……支部に戻ったら、祝勝会ですね」
「ん……ああ、そうだな」
 唐突にセイから話題を振られ、少し面食らう。
「楽しみなのか?」
「いえ……」
 そう口にしたセイの目元が、僅かに泳ぐ。……こういうところは年相応だな。
 いや……手にした力が、逸脱しているだけだ。
 セイはおそらく、本来……
「ま、こういう機会だ。楽しんでおけ」
「……はい」
 俺の言葉に、セイは少し不満げに頷いた。
 彼が何を求めているのか思い至って、苦笑する。
「俺も少し趣味の時間を楽しんだ後、時間があれば合流しよう」
「……楽しみにしています」
 彼の望んだ答えを口にすると、セイはようやく晴れやかに頷いた。
(まったく……つくづく隊長というのは、気を遣うものだな)
 上空から、日に照らされた支部を見下ろしつつ、そんなことを思った。



 その夜、産業棟ではクロエが宣言した通り、宴会が催されていた。
 業務上、全員が参加することはできない。
 そのため、その日は交代制で二十三時間パーティーが続くことになっていた。
「っしゃー! のめのめーッ!」
「めでたいか? オウ、めでたいかって訊いてるんだよォ!」
 その中でも、ひと際出来上がっているのがJJとドロシーだった。
 顔は酒気で赤くなり、歩くとふらふら千鳥足といった様だ。
 彼らは周囲を巻き込みながら、どんどん場を盛り上げていく。
「おめでたい!」
「おめでたいねえ!」
 何がそこまでおめでたいのか、もはや彼ら自身もよく分からなくなっていた。
 ともかく彼らは、終始楽しそうに笑っているのだった。



 広場のほうは、ずいぶんと盛り上がっているようだが、その喧噪も扉一枚隔てた先には届かない。
 各部署に労いの言葉をかけ終えたところで、私は一人、支部長室へと戻ってきた。
 直前まで、喧噪の中に身を置いていたからだろうか、今はこの身を包む静寂が心地いい。
 ……ああいう集まりの必要性もよく分かるが、やはり思考を巡らせるには不向きと言える。
「フェイズ1、クベーラとネブカドネザルの討伐、および支部周辺アラガミの減少を達成した」
 呟きながら、私は使い慣れた椅子の背もたれに手をかけ、くるりと回す。
 そうして椅子に腰かけると、足を組みながら整頓されたデスクに目をやる。
「……フェイズ2へ進む時が来たのだな」
 当初の予定通り……いや、ネブカドネザルたちのおかげで、いくらか遅れが生じたか。
 あまりいい状況でもないのに、感慨深さを感じているのは……私もこれで、大分この支部に感化されていたという訳だ。
 いずれにせよ、足を止めておく時間はない。いい加減、先のことを考える必要がある。
「サテライト拠点の試作……まず用地の確保、それからロシア、中国支部への技術供与の要請……また交渉になるな」
 ここからはさらに忙しくなっていく。
 ゴドー君などは嫌がるだろうが……多忙になるのは、それだけ取れる手段が増えてきたということでもある。
 私としては、望むべきことだ。
 考えながら、私は机の端に置かれた、一枚の絵葉書に目を向けた。



「…………」
 墓石の前に立ち、静かに目を閉じ、黙祷する。
 本当は膝をついたり、手を組んだりすべきなのかもしれないが……不勉強な俺は、そうした作法が分からない。
 だから俺はただ、そこにまっすぐ立ち尽くすだけだ。
「祝宴には参加しないのですか?」
 瞼を開くと、辺りが妙に明るく感じた。振り向けばリマリアが、不思議そうに俺を見ていた。
「ああ。参加するけど、その前に……」
「その前に?」
 マリアの墓に目を向けると、リマリアもそこに視線を移した。
(マリア……ヒマラヤ支部は守られたよ。ゴドー隊長や、リュウとレイラ、それにたくさんの仲間と、マリアが守った、この支部が……)
 今日の祝宴は、この支部の為に戦った人々を讃え、仲間たちと喜びを分かち合うためのものだ。
 だとすれば、彼女にも声をかけない訳にはいかない。
(マリアがいたから、俺は今ここにいる。だから改めて……ありがとう、マリア)
 心の中で告げると、今度こそ彼女に背を向ける。
 そうしてリマリアと目が合ったところで、俺はふいに思い至る。
「ありがとう、リマリア」
「え」
 俺の言葉に、リマリアは目を見開いて、その場で固まる。
 ……さすがに唐突過ぎただろうか。
「いや……すまない。今まで一度も、きちんと伝えたことがなかったから」
 今日までの戦い……俺は誰よりも長く、彼女と行動を共にしてきた。
 彼女のもたらす情報やその能力には、何度助けられたか分からない。
 それなのに、ほとんど礼を言ったこともないというのも、我ながら情けない話だ。
 俺が頭を下げると、リマリアは慌てた様子で口を開く。
「いえ、それはその……私がなんなのか分からない存在だったからで、今でもなんなのか分かりませんけど、ですからあの……」
 初めての経験に戸惑わせてしまったか。
 リマリアはしどろもどろに言って、それから上目遣いに俺を見た。
「こ、こういう時は……言葉じゃなくてもいいんでしたよね……?」
「ああ。もちろんだ」
 俺が頷くと、リマリアも頷き返し、一歩、スキップするように大きく跳んで、俺との距離を詰める。
 それからリマリアは、その顔を俺の間近まで寄せて、唇の形をわずかに歪める。
「ん……」
 そこで俺は、リマリアが何を伝えたいのか、ようやく理解する。
 彼女は唇の端を懸命に吊り上げ、その奥の歯をぎこちなく覗かせている。
 その瞳は不安げに揺れ、眉の形からはしかめ面のようにも見えるものの……
「伝わり……ましたか……?」
 そうして俺の顔を見上げるリマリアに対し、俺は頷き、彼女がしたように微笑み返した。
「……ああ。ちゃんと伝わったよ」
「よかった……」
 俺の返事を聞いたリマリアが、一歩下がりつつ胸を撫で下ろす。
 そうして唇の端を噛みつつ、目を細めるその表情は、まさしく微笑みと呼べるものだったが……
 意識させてしまうとそれが崩れてしまう気がして、俺は言わずに留めておいた。


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