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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第九章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~9章-12話~
「久しぶりに、新手の大物だ」
 そう告げたゴドーの口ぶりは軽いものだが、司令室に漂う空気は正反対と言ってもいい。
「第一種接触禁忌種、スサノオ……ですか」
「こんな大物がなぜ、今?」
「まだ原因は分からん」
 リュウやレイラからの問いかけに、ゴドーは首を横に振って答える。
 接触禁忌種か……極東支部ではその名を聞く機会も多かったが、まさかこのヒマラヤ支部で、相対することになるとは思わなかった。
 これまでにも、堕天種を相手にする機会は何度もあったが……同じ通常種の変異体でも、接触禁忌種はまったく別物と考えておくべきだろう。
 その特異な外見、そして圧倒的な戦闘能力……接触禁忌種と呼ばれるのは、人を喰らうためではなく、殺すために生まれたようなアラガミだけだ。
 その中でも、今回出現したスサノオは第一種接触禁忌種。指定接触禁忌アラガミだ。
 ただでさえ強い接触禁忌種の中でも、さらに別格の戦闘力を持つとされる第一種……それがどうして、今になって姿を現したのか。
 やはりこれは、ふたたびヤツが現れたということなのだろうか。それとも……
「考えるのは後だ。まずは支部への接近を食い止めることを優先する」
 重苦しい空気の中でも、クロエは毅然とした態度を崩さず、指示を出す。
 それでも、リュウやレイラの表情が晴れることはない。
 文字通りだ。――『接触禁忌種には近づくな』。
 こんなことは、ゴッドイーターたちがまず教えられる絶対的な規則であり、常識でもある。
 禁忌を破れば命はない……死を前提に戦うべき相手が、これから対峙すべき相手だ。
 だからこそ、その場にいた誰もが口を噤んで言葉を発せずにいた。
 そんななか……
「出撃を希望します」
 司令室の一角から発せられた声に、皆が一様に視線を送る。
 声の主は、俺の隣に立つその人だった。
「リマリア?」
「あ、あの……作戦計画に口を挟むのは失礼ですが、現在絶好調で、新機能も試しておきたく……立候補を……」
 声をかけると、リマリアはたどたどしくもその決意を話す。
 その目には、これから対峙する強敵に対する恐怖や怯えなど微塵も見られない。ただ、欲しいものをねだる子供のような、期待と興味だけが窺える。
 クロエはそんなリマリアに視線を送ると、ほんのわずかに表情を緩めた。
「気にするな。出撃メンバーには入れてある」
「ありがとうございます!」
 クロエの言葉に、リマリアの表情が明るくなった。
 そんなリマリアのある種場違いな姿を見て、緊迫した空気がわずかに緩和される。
「あ。すみません。勝手に立候補なんてしてしまって……」
 俺の視線に気づいたリマリアが、申し訳なさそうに声をかけてくる。
「……問題ない。どのみち戦闘には参加するつもりだった」
 他の道や、自分のやるべきことを見つけはじめたリュウやレイラとは違い、俺には相変わらず戦う以外に能がない。
 だからせめて、戦闘くらいは彼らの役に立ちたい。相手が接触禁忌種なら尚更だ。
「だが……」
 積極的な彼女の立ち振る舞いの中に、焦りに似たものを感じたのもまた事実だ。
「私も新たなアビスドライブの成果を見てみたい。それも、強いアラガミ相手でな」
 クロエがリマリアを援護するように告げる。
「……」
 会話のタイミングを逃した俺は、小さく息を吐いて二人から目を背けた。
 ……好調のリマリアに水を差すのも良くないか。
 そう考えて周囲に視線を巡らせると、ゴドーがクロエを見つめていることに気がついた。
 何か言おうとする気配もなく、無言でクロエを見ているだけ。
 いつものゴドーらしい、どこか無気力な立ち振る舞いだが……その姿が妙に気になる。
「本当に、新しい力を使えるのですか?」
 俺が彼に気を取られている間にも、戦闘に向けて会話は進められていく。
 怪訝そうに尋ねるレイラに対し、リマリアは自信満々に頷いた。
「問題ありません」
 それを聞いたところで、ゴドーは姿勢を正し、静かに口を開いた。
「出撃は俺とレイラと隊長補佐、リマリアでいく。リュウは支部の防衛に残ってもらう。……これで良いか、クロエ支部長」
「ああ、問題ない」
 クロエは頷くと、そのまま視線を俺たちに向けた。
「よろしく頼む」
「はい!」
 言葉短く、しかし真摯に言ったクロエに対し、俺たちは力強く返事を返した。
 なかでも、最も大きな声で答えたのはリマリアだ。
「…………」
 やはり、どこか力が入り過ぎているように思える。……気になるな。
 精神状況が戦闘力に影響を与える……以前、リマリア自身がレイラを分析し口にしていたことだ。
 その気合が、いい方向に働いてくれればいいのだが……
 そうして考えていると、俺以外にもリマリアを見つめている男がいることに気がついた。
「……」
「隊長……どうしました?」
「いや……俺も、新しい能力がどんなものか気になってな」
 ゴドーはそれだけ言って、そのまま司令室を後にする。
(……気のせいか?)
 今しがた、ゴドーがリマリアに向けていた視線。そこにある違和感。
 ……それは、先ほどクロエとリマリアが話しているときにも感じたものだ。
(まさか、ゴドーが警戒しているのは……)
 俺はちらりと、背後の様子を窺った。
「クロエ支部長、スサノオが現れたのはやはり、ネブカドネザルが?」
 司令室では、支部の防衛に当たることが決まったリュウが、クロエに声をかけるところだった。
 彼の問いかけに対し、クロエは目を瞑りながら首を横に振る。
「不明だ……しかし、スサノオがなんらかの手がかりにはなると期待している」
「不明、ですか……」
 リュウはクロエの言葉を反芻すると、そのまま俯き、口元に手を添える。
「他の可能性……それもありえる……?」
「思い込みは、変化に対する感性を鈍らせる。私はそれを危険だと思っているよ」
 リュウの顔をまっすぐに見ながら、クロエは諭すように言う。
「つまり……想定外に備えろということですね。ええ、そうします……そうでなくては……」
 リュウはクロエの言葉に納得すると、ふたたび思案に耽る様子を見せた。
「……それでいい」
 そんなリュウを見て、好ましそうにクロエが呟く。
 そのまま彼女は、すっと俺のほうに視線を向けた。
「何を立ち止まっているんですか。早くゴドーの後を追いましょう」
「……ああ」
 気づけばレイラとリマリアが俺の背後に並ぶようにして立っていた。……どうやら俺が、入り口の扉を塞いでしまっていたようだ。
 俺は彼女たちに押されるようにして、司令室を後にする。
 その間も……彼女の姿が見えなくなるその瞬間まで、俺とクロエは見つめ合っていた。



 戦いの舞台になったのは、荒涼とした大地。
 そこに散在する小さな岩山の一つに隠れ、俺とリマリアの二人は標的がここを通る時を待っていた。
「リマリア……ヤツはあとどれくらいで来る?」
「このままの速度で向かってくるなら、もう間もなく姿が見えてくるでしょう」
「そうか……」
 俺はため息交じりに答えると、神機の表面を覆う砂埃を丁寧に拭った。
「……緊張されているのですか?」
「ああ。リマリアは違うのか?」
「緊張は……しているのだと思います。ですがこれは、ネガティブな感情ではなく……」
「わくわくしている?」
「……はい」
 俺が尋ねると、リマリアは答え、恥ずかしそうに俯いた。
「……リマリアは知っているか? スサノオの異名を」
「『神機使い殺し』……ですよね。ですがご安心ください。私がそんなことはさせません」
 リマリアはそう言って意気込むが、俺の懸念は他にあった。
「ヤツがそう呼ばれるのは、神機を好んで捕喰する偏食傾向を持つからだ。俺のことより、自分のことを心配してくれ」
「私のことでしたら、それこそ心配はありません」
 俺の言葉に、リマリアは迷うことなく首を振った。
「……負けるつもりはないと?」
「はい。それに、もし仮に神機が壊れることになっても私は、あなたを――」
「それは駄目だ」
 彼女が言い終わるのを待たずに、口を挟む。
「約束したはずだ」
「あ……」
 リマリアが小さく声を漏らす。
 俺はリマリアと、ずっと一緒にいると約束した。
 神機が壊れれば、その約束が果たせなくなる。
『……その辺でいいか? そろそろ戦闘態勢をとっておけ』
「あ、はいっ。……えっ!?」
 別の場所に待機しているゴドーから通信が入ると、リマリアは慌てた様子を見せた。
「えっと……通信、入ってたんですか?」
「ん? ああ。戦闘開始間近だからな」
 不測の事態の発生を考えれば、俺だけが通信を切っておく訳にもいかない。
『八神さんって、本当にそういうところデリカシーがないですよね……』
『ええ。素直に最低です』
(……そんなにまずかったのか?)
 カリーナとレイラから相次いで非難の声が届き、俺は助けを求めるようにリマリアを見る。
 しかしリマリアは、俺の反対方向に目を向け俯いていた。
 ……もしかして、彼女を怒らせてしまったのだろうか。
 そうして俺が悩んでいると、遠くから足音が近づいてくるのに気がついた。
 足元が砂ということもあり、その足音は注意しなければ気づかないほどのものだったが……だからこそ不気味でもある。
『見ろ……ヤツのお出ましだ』
 ゴドーが声をひそめて言った。
 岩山からわずかに顔を覗かせて見れば、ヤツは俺の想像よりずっと近くまで迫ってきていた。
 地面を擦り、あるいは踏みしめる重い音は、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってきている。
「グルルルゥ……」
 時折、喉を鳴らすヤツの息遣いも聞こえてきた。
 神機使い殺し――ゴッドイーターキラーのスサノオ。
 ヤツの基本種とされるサソリ型のアラガミ……ボルグ・カムランとはこれまでも何度か戦ってきた。
 たしかにその、身体を支えるように四方に広げられた四つ足や、両手に抱える巨大な鋏、そして背中から伸びる巨大な尻尾など、形状だけを見れば類似点はいくつもあるが……
 スサノオから受けた印象は、全く異質なものだった。
 光沢のある漆黒の身体。背中全体を覆う蛍光色の体毛は、淡い薄紫色に、妖しくも不気味な光を放っている。
 その両腕には、二つの巨大な口があり、その根元までびっしりと鋭い牙が並んでいる。……尻尾の先に携える巨大な大剣の先端も同様だ。
 それらの三つの巨大な口は、捕喰形態の神機によく似ている。……ヤツが神機使いの慣れの果てと噂される理由の一つが、それだろう。
 大型とはいえクベーラほどのサイズはないが、その姿から受ける威圧感は、ヤツにも引けを取らないものだ。
 息を殺しつつヤツを観察していきながら、俺の背中を冷たい汗が流れていった。
『どのように戦いますか?』
『俺とセイで二方面から斬りかかる。レイラは後方から射撃で援護してくれ』
『分かりました』
 レイラと共に、ゴドーの指示に応えつつ、俺はヤツの位置を確認しようと岩山から顔を覗かせる。

 その瞬間――ヤツは真上から俺を見ていた。
「なっ……」
 巨大な身体を屈めながら――胴体の中央……漆黒の鎧に覆われたそこで、長い髪を靡かせながら、ヤツは四つ目の口を歪める。
『――セイ、避けろっ!』
「……ッ!」
 いつの間にこれほど距離を詰められていたのか……考える間もなく、目の前にあった岩山ごと、巨大な右腕が俺に噛みついてくる。
 背後に跳んでそれを躱せば、跳んだ位置に向けヤツの左腕が振るわれる。
「セイさん……っ!」
(っ……こいつ!)
「嘘……どうして接近を感知できなかったの?」
 隣からは、動揺するリマリアの声が聞こえてくるが……それに反応する暇もない。
 躱した先に、尻尾が、右腕が、左腕が――
 俺の行動を先読みするように、常に回避した先へ攻撃が向けられている。
 だが、ヤツの眼に、知性の気配は感じない。
「――――」
 恐らくこの獰猛な攻撃の根源にあるのは――食欲だ。
 腕が、尻尾が、それぞれ意志を持つかのように、ただがむしゃらにこちらへ向けられている。
 喰いたいから追い縋る。逃さないために手を伸ばす。暴力と呼べる力を以て唯、欲しがっている。
 俺を……? 違う。
 狙いは俺の手に持つ神機――リマリアだ。
「――……っ」
 飢えた様子のヤツは、攻撃を休める気配も見せず、どこまでもオレを追い立てる。俺は息継ぎの暇も与えられないまま、なんとかそれを躱していくが――
 スサノオの攻撃が神機へ向かう。
 それを見た俺は、咄嗟に守るように神機を引いた。
「あ……セイさんっ!!」
 その隙を狙い打つように、もう一方の腕が俺を襲う。
(くっ……)
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!」
「セイ――!」
 ゴドーの一撃が、ヤツの尻尾の動きをわずかに遅らせた。
 その瞬間に俺は、その尻尾に向けて跳ぶ。
「っ……!」
 地面を転がり、ヤツの脇を抜ける。瞬間、ヤツに向けてレイラが銃弾を放っていく。
 俺は足元の砂を蹴ってもう一度跳ぶと、不格好ながらどうにか距離を取ることに成功した。
「かはっ……はぁ……はぁ……ッ!」
 そのまま地面に突っ伏して、勢いよく呼吸を繰り返す。
 そうする俺の肩を引っ張り、ゴドーが強引に地面から起き上がらせた。
「よく耐えた。……だが、いつまでも寝ていると砂を飲み込むぞ」
「隊長……」
「分かっている。……ヤツはこちらの想定よりずっと速い」
「狙いはリマリアです」
「……らしいな」
「……」
 俺たちの視線を受けて、リマリアが複雑そうな表情をする。
「あの……私、機能障害が……」
「ああ。スサノオは神機の機能を阻害する、特殊な偏食場パルスを発生させているらしい」
 なるほど……それでリマリアが、スサノオの接近に気づけなかった訳か。
「別に全ての機能を封じられた訳ではないさ。現に、今はこうして会話できている」
「で、ですが……」
「……いずれにせよ、この状況では新機能を試す暇もなしか」
 委縮した様子のリマリアを見て、ゴドーが歯噛みして呟く。
「……っ! また来ます――!」
 直後――リマリアの叫びを聞いて、俺とゴドーは勢いよく左右に跳ぶ。
 振り返れば、俺たちがいた場所に、跳躍したスサノオが着地していた。
 そのままスサノオは、足を器用に動かして体の向きをこちらに変える。
「また……! 八神さんばかりを狙って!!」
「ああ。まずいな……」
 ゴドーやレイラが援護してくれるが、スサノオの注意はこちらに向けられたままだ。
 ……俺としても、この速度で攻められ続けると、さすがに対応しきれない。
 少しでも休む時間を取りたいところだが――
「……すみません。私のせいで……」
「――ッ!」
 リマリアの言葉を聞きながら、俺は前に向けて踏み込んだ。
 そうしてスサノオがたじろいだ一瞬を……俺の上官は見過ごすような男ではない。
「……ガッ!?」
「よくやった、セイ――!」
 ヤツの背中に立ったゴドーは、そこに自らの神機を突き立てていた。
「オオオオオオオオオ!?」
「どうだ? 型落ちの神機だって、なかなか刺激的な味だろう?」
 ゴドーはヤツのタテガミを掴み、背中に立ったままニヤリと笑う。
 すぐにヤツの尻尾がゴドーに向かうが、ゴドーはあっさりと躱し、そこを離れた。
「ようやく俺にも興味を持ってくれたらしいな」
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 そうしてゴドーが笑ったのも一瞬――すぐに俺たちの目の前を光が覆う。
「光球だ! 躱せ――!」
 ゴドーの合図で俺たちはそれぞれ散開し、スサノオから離れ回避行動をとった。
 その間にも、スサノオは光球を作り出して周囲へとばら撒いていく。
 それらは地面に着弾する度、瞬く光で周囲を焼きながら爆発した。
 耳をつんざく爆音に、俺は一瞬平衡感覚を失う。
 だが――見方を変えれば、これは態勢を整える好機でもある。
 光の渦の中、俺は走ってヤツから距離を取った。



「はぁ……はぁ……ッ!」
『セイの準備が整うまで、俺たちで持たせるぞ』
『言われなくても、そのつもりです!』
 どうやら、言わずとも意図は汲んでくれたらしい。俺は仲間たちの声に安心しながら、一度地面に腰を下ろして息を整える。
 そんな俺の姿を、彼女は不安そうに見つめていた。
「……何を迷っている?」
 今度こそ通信機を切ってから、俺は彼女にそう尋ねた。
「それは……その。すみません」
「謝る必要はない。ただ……」
 そう言って彼女を見た時、俺はリマリアが泣きそうになっていることに気がついた。
「――すまない。謝るべきなのは、俺のほうだったな」
「……! 違います、今回のことは、私がわがままを言ったから……なのに、私は足手まといになって……っ」
「いや。リマリアは勝つために当然の提案をしていた。それを俺が、迷わせてしまった」
「そんなこと……」
「自分が壊れるのが怖いのか?」
「え? ……いえ。違うと思います」
「だったら、俺に迷惑をかけることが怖いのか」
「…………」
 リマリアは沈黙する。それが彼女の答えだろう。
 なるほどな……彼女の気持ちは、分かる気がする。
「……リマリア。本音を言うと、俺は自分が死ぬのが怖くないんだ」
「え……」
「大事なものを守るためなら、死んでもいいと思っている」
「そんな……そんなの駄目です! 絶対に!」
 必死にそう言うリマリアの姿に、俺はつい笑みを漏らしてしまう。
「そうだよな。俺もお前も、自分は大事にしないくせに、誰かがそうするのは許せないんだ」
「あ……」
 俺の教育のせいか、マリアの影響か……いずれにせよ、俺とリマリアは似た者同士だ。
 だからこそきっと――互いの欠けた部分を埋め合うには都合がいい。
「……休息は十分とれた。戦闘に戻るぞ」
「でも、このまま戦闘に戻ってもまた、私は迷惑をかけるばかりで……」
「リマリア。もう自分の身を守ることは考えなくていい」
「え……?」
「リマリアは俺が守る。俺も……リマリアがそうしてくれるんだろう?」
「あっ……!」
 リマリアは何かに気づいたような表情をして、それからしっかりと頷いた。
「はい、もちろんですっ!」
「よし。――アビスオーバードライブを仕掛けるぞ」



 スサノオとわたくしたちの攻防は、一進一退……いえ。確実にわたくしたちのほうが押されていた。
「はぁ……はぁ……!」
 目の前で荒い息を吐いているのは、ゴドーだった。
 珍しい……そう皮肉を口にする暇すら、スサノオは与えてくれなかった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「このっ……――」
 振り上げられた巨大な鋏を見て、つい身体が反応してしまうが……そこにある巨大な牙が目に付くと、ブーストハンマーも引くしかなかった。
 神機を捕喰するアラガミ……本当に嫌な相手だわ。
 正面からの攻撃は、あの両腕の鋏で抑えてくるし、背後に回っても尻尾がある。その全てに巨大な口がついていて、それに神機が捕喰されれば、わたくしたちは一巻の終わり……
 運よくあの身体に近づけても、堅い鎧は生半可な攻撃ではビクともしない。
「まったく……八神さんはいつまで待たせるのよッ!」
 苛立ちからそう口にしてしまうが、彼が離れてからまだ、五分と時間は経っていないはず。
 このスサノオが、その手数の多さが、わたくしの時間感覚を曖昧にしているのだ。
「くっ……!」
「レイラ、大丈夫か?」
「……大丈夫に、決まっているわ」
 すでに神機を振るう手に力は入らない。ゴドーがそれに気づいていないとも思えないけど、それでも気を張らずにはいられなかった。
 いくらゴドーだって、いつまでもこうして戦い続けることはできない。わたくしでは力不足だとか……ましてや体力不足とか怖いだとか、そんな理由では引き下がれない。
 このヒマラヤ支部に、またアラガミが迫ってくるなら――わたくしはッ!
「このぉ……!!」
「――――ッ!」
 気合一閃。そうして振り上げたハンマーを、スサノオの腕は容易く掴んだ。
「あ……っ」
 そのままスサノオは、わたくしの身体ごと神機を宙に持ち上げる。
 ミシミシと神機が内側から嫌な音を立て……
(だ……駄目……)
「――アビスファクター・レディ」

「『朧月』――ッ!」
 突然、閃光が風と共に目の前を過ぎ、わたくしはハンマーごと宙から落下する。
 そのまま地面に落ちる前に、彼がわたくしの身体を抱えて着地した。
「……まったく、遅いのよ」
「すまない」
 言いながら、八神さんはわたくしの身体を下ろすと、そのまま神機を構えてスサノオに向かっていく。
 そんな彼の姿を見て、わたくしもすぐに後を追いかけた。
「というか、どうして通信機を切っていたのよ!」
「いや……プライベートな話のときは、切っておくべきかと」
「プライベート? あなた、この戦闘中にリマリアと呑気に話していたの!?」
 わたくしは言いながら、苛立ちをぶつけるようにしてスサノオを側面から殴りつける。
 すぐにスサノオは、反撃しようと腕を振り上げるが――
「その辺にしておいてやれ、レイラ」
 不意を突いたゴドーの一撃が、スサノオの動きを鈍らせる。
「それより、さっきの抱えられている姿……これまでで一番お姫様っぽかったぞ」
「……なんですって!?」
 悪質な冗談を口にしながらも、ゴドーは八神さんとタイミングを合わせ、確実に攻撃を喰らわせていく。
 その動きも、速さも正確性も、先ほどまでとは比べようもないほど洗練されている。
 ……どうやらゴドーは、ここが勝負どころと決めたようね。
「それで、どうするつもりなの!?」
「アビスオーバードライブを使います」
 わたくしの言葉に、リマリアがはっきりとした口調で答える。
「例の新機能か。どれくらいかかる?」
「五秒程度で構いません。ただし、一撃で決めるためには、スサノオの至近距離で攻撃する必要があります」
「……本当に使えるの? あいつに近付くと、神機は機能障害を起こすのでしょう?」
「それは……」
「もし土壇場で失敗すれば、八神さんもあなたも――」
 わたくしの言葉を、八神さんが遮る。
「リマリアは使うと言ったはずだ」
「……っ!」
 迷いのない彼の言葉に、リマリアの瞳が一度、大きく揺れ動く。
 ……どうやら、わざわざ言うまでもなかったようね。
「五秒ね……分かったわ」
 彼ら二人に応えつつ、わたくしは今一度覚悟を決める。
「レイラ……ありがとうございます」
「感謝は行動で示しなさい」
「……はいっ!」
 あの巨体の動きを止めつつ、八神さんの前まで誘導する。正直、簡単なこととは思えないけど……無理じゃない。
 それが最後の五秒と思えば――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「……っ! さっさと済ませてしまうわよ!」
「ああ!!」

「アビスオーバードライブ・レディ――」

 リマリアの言葉を受けた八神さんが神機をスサノオに差し出すように、正面に構えた。
 その切っ先が白い光を纏うと共に――それを欲しがるようにスサノオが勢いよく迫る。
 その両腕を――
「くぅ……っ」
 わたくしのブーストハンマーが防ぎ、その背中から伸ばされた大剣を――ゴドーが跳ねのけた。
「セイ! リマリア!!」
「決めなさい……!!」
 わたくしたちの言葉を受けて、八神さんは静かに目を閉じ――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「――……ッ」
 目を向き、太刀をまっすぐに伸ばした。

「――――『修羅ノ太刀・光』!」

 金色の光を放つ刀身が、スサノオの堅牢な鎧の内側に差し込まれ、それを容易く貫いた。
「……ッ!!」

 ――続けて八神さんは神機を引くと、そのまま腰を落として一気に斬り上げ――

 ――神機に引っ張られるようにして、八神さんの身体が宙を舞い――

 ――何事もなかったように地面に降り立つ。
 純白の髪を持つ、美しき少女と寄り添いながら――

「オ……オオ……ッッ!」
 スサノオの胴体が、その歪な顔ごと真っ二つに引き裂かれながら崩れていく。
 それでもなお、八神さんと神機を狙うように、彼はその両腕をまっすぐ伸ばすけれど……
「――……」
 振り返り際の三度目の斬撃が二つの口を引き裂いたところで、スサノオの身体に光の筋が走る。
 そのままスサノオは、四つの口から鼓膜が破れるほどの、けたたましい叫びを放ち――
 やがてぴたりと動きを止めると、轟音と共に崩れ落ちた。
 それが、たった五秒ほどの間に起きた出来事のすべて。

「あれが……『アビスオーバードライブ』……」
 片手で数えられるほどの数。滑らかに軽く斬りつけた。たったのそれだけ。
 たったそれだけで、第一種接触禁忌種と呼ばれるアラガミはバラバラに引き裂かれ、命を絶った。
 そのあっけないほどの幕切れを見て……気づけばわたくしは、自らの胸を抑えていた。
(こんなのって……)
 目の前で起きた出来事が信じられない。
 元々八神さんやリマリアの力は頼もしく、目標としている部分もあったけど……
 今、彼らの力を見て感じたものは、憧憬でもなければ、嫉妬でもない。
 わたくしが感じているのは、恐怖だった。
 だって、あまりにも強すぎる。
 八神さんたちは大事な仲間で、わたくしがいずれ守って立つべき人々でもある。
 けれどもし、あの力がわたくしたちに向けられるようなことがあれば……
(こんなことを考えてしまうのも、わたくしが弱いからなの……?)
 そう思い、ゴドーのほうを一瞥してみて、わたくしは肺の奥まで凍り付くような思いがした。
 ――彼がぞっとするような冷たい視線を、八神さんたちに向けていたから。



「……スサノオの討伐、および捕喰を完了しました」
 捕喰が完全に終わったところで、リマリアが淡々とそう口にした。
 そんなリマリアの姿を見ながら、ゴドーがゆっくりと近づいてくる。
「クベーラやネブカド君を喰った後では、さすがのスサノオも粗食だな?」
「はあ……?」
 ゴドーの冗談がピンと来ないのか、リマリアは気の抜けた返事をする。
「物足りないのではないかと思ったが……それなりに満足か?」
「はあ……」
 言い直したゴドーに対しても、リマリアは曖昧な返事しか返さない。
 先の戦闘の余波だろうか、なんとなく彼女らしくない反応だ。
「……ピンとこないのか?」
「いえ、そういう訳では……ないのですが」
 尋ねてみるも、彼女は歯切れ悪く返してくるだけだ。
「そこまで気にすることじゃない。ネブカドのような大物を続けて味わった後だと、舌が贅沢になってるのさ」
「……まあ、確かにそう言うことはあるかもしれないわね」
 ゴドーの言葉にレイラが頷く。
「一度強烈な体験をしてしまうと、慣れが感覚を鈍らせてしまう。以前、リュウにも教えたことだが、君たちも忘れないでくれ」
 ゴドーはそう言ってさっさと支部へ向かっていくが……
「……はい」
 それに対するリマリアの言葉は、やはりぎこちないものだった。



「そうか……様子が怪しいか」
「ああ。何かがずれかかっている……そんな気配だ」
 ゴドーから一通り話を聞いた後、オレは大きくため息を吐いた。
「だろうな……オラクル流量を持て余していると言っていたが、アビスドライブで消費を増やしても……か」
「いや、成果は出ている。ありがたいことだ」
 ゴドーは彼女をフォローするようにそう口にする。
 能力を評価してるってだけではないだろう。ゴドーはこう見えてまったく情のない男でもない。
 野暮なことを言う気はないが、かつての副官の面影を持つ彼女に、思うところもあるんだろう。
 とはいえ、ゴドーってのは一時の情で判断を間違えるような男でもない。
 ヒマラヤ支部にとって有用な間はいいが、もし万が一ってなことがあるなら……
「で、どうする?」
 俺が訊くと、ゴドーは少し考え込んでから静かに答えた。
「ここは……我慢のしどころだ。彼女を見極めるまでは動けん」
「彼女ってのは、どっちのことだ?」
 ゴドーは俺のほうをまっすぐ見据えて、しっかりと口を開いた。
「当然、どっちもだ」



 スサノオ討伐を終えた私は、神機整備場でひとときの休息をかみしめている。
 人々が眠りにつく時間。
 何もない時間。
(…………)
 しかし、私の意識は鮮明に、この世界の静寂の中で活発に動いている。
 私の心は、そこだけが明るく照らされているかのように、夜の闇に身を委ねることを拒んでいる。
(なぜか、落ち着きません……)
 私は眠れぬ夜を過ごしている。
 私はこの世界で、意識に浮かぶものについて考える。
(スサノオを捕喰したせいでしょうか……?)
 思考が明瞭になったと同時に、私の心には得体の知れない澱みが生じはじめている。
 私は、私について考える。
(神機使いが手にしなければ、誰にも認識されることはない)
 本来ならば、私は誰にも認識されることはなかった。
 しかし、今はみんなが私の存在を認識し、受け入れてくれている。
 そこにいるようで、そこにいない。
 それでも……私はここにいる。
(そんな不確かな存在でありながら、無限に進化し成長し続ける……私は、何なのでしょうか?)
 私は見つからぬ答えを探し、暗闇と静寂の中で自我の海を彷徨っている。

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