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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第九章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~9章-10話~
「ゴドー隊長はまだでしょうか……」
レイラがじれったそうに呟く。
ゴドーが休暇から戻ったということで、俺たち第一部隊はゴドーと話すため広場に集まっていた。
……もっとも、当のゴドーは待っていろと言ったきり、ふらっと商業棟へ消えてしまったが。
そうしてしばらく待っていると、商業棟の方向からゴドーが悠然と歩いてくる。
「待たせたな」
「遅いですよゴドー!」
語気を強めるレイラに、ゴドーが苦笑いを浮かべて返す。
それを見ていたリュウがため息を吐きながら、気遣うようにゴドーに言う。
「僕たちと話すのは、休んでからでもよかったんですよ?」
「一通り話し終わればそうするさ。それに……」
「何かお土産があるのですよね?」
レイラが言うと、リュウは彼女に冷たい目を向けた。
「お前……」
「何よ……別にいいでしょう? そのためにわたくしたちは集められ、今まで待たされていたのですから」
実際、ゴドーは土産を名目に俺たちを呼び出した訳だから、レイラが言うこともおかしくはない。
まあ、彼が土産と言ったのは、言葉の綾のような気もするが……
「心配するな。土産ならきちんと用意している」
「……当然です」
咳払いしつつ、レイラは澄ました顔で言った。
しかしその表情からは、どこか期待するような色が窺える。
かつて王族と呼ばれ、貧窮からは程遠いイメージの彼女が、土産を欲しがるのは少し意外だ。
とはいえ今の時代、物資を手に入れる手段も限られている。他支部にどんなものがあるのか、興味があるのも分からなくはない。
「では、土産その一からいくぞ」
手近な椅子に腰かけながら、ゴドーはニヤリと笑って言う。
しかしそこで、レイラもそのことに気づいたようだ。
「ゴドー、あなた手ぶらなんですけど? お土産はどこにあるのですか?」
不思議そうに尋ねるレイラに向けて、ゴドーは軽く肩をすくめてみせた。
「シンガポール支部なんて小さな支部にろくなモノはない。モノよりよっぽどいい土産さ」
「よっぽどいい土産……?」
ゴドーの言葉に、レイラが怪訝そうに眉をしかめた。
「で、何なんです?」
リュウが先を促すと、ゴドーは一つ頷いてから、口を開いた。
「我らが元・支部長、パトリック・ポルトロン氏が中国支部からいなくなっていた」
「な……!?」
その報告の内容に、レイラは驚き絶句する。
そうしてそのまま俯きがちに、ゴドーの言葉を繰り返して……そのまま感情を爆発させた。
「何よそれ!? それがお土産なわけ!?」
ポルトロンが消えた、か……
正直、彼がいなくなったのは初めてでもないし、それが中国支部という遠い地で起きた出来事となると、実感も薄い。
少なくとも、レイラの期待に適う土産とは言えないだろう。
一方のゴドーは、涼しげな表情で低く笑う。
「大スクープだと思うが?」
「フェンリルに拘束されず脱出した、となれば……さすがに気にはなりますけど……」
リュウも困惑した様子で呟く。
実際、元支部長という肩書きもあって、動向を無視できる人物でもないのだろうが……
当人の人柄だろう。情報としては小粒な感じが拭えない。土産に期待していなかった俺でさえ、妙な落胆を覚えたほどだ。
「もっといいお土産は?」
レイラが諦めきれない様子でゴドーに詰め寄る。
ゴドーは飄々と答えた。
「リュウとレイラと隊長補佐、それにリマリアにはいい果実があるんだが、まだ熟していなくてな……少し待ってくれ」
「つまり、ポルトロンの消息以外にお土産はないってこと?」
「まあ、そういうことだ」
あっけらかんとした言葉に、レイラの表情から感情が引っ込む。
悲しむような、怒りをため込んでいるような……なかなか見たことのない表情だ。
そんな彼女を前にして、なおもゴドーは軽い口調で続けた。
「極東に寄れていれば、いろいろ名物もあったんだがな。マーライオンの置物とかガルーダの絵なんかいらんだろ?」
「――っ! そういうのでいいんですよ、お土産というのは!!」
あっけらかんとしたゴドーの言葉に、レイラの怒りが頂点に達した。
ここが戦場なら、ゴドーはレイラのハンマーにぶっ飛ばされていたことだろう。
「マーライオンは微妙だけどな……」
そんななかで、リュウが冷静に呟いている。……俺も頷き、同意する。職業柄か、あの像を見ると新手のアラガミと対峙するような気分になって落ち着かない。
「で? 果実というのはなんです? 南国のカラフルなものですか?」
「色づくまで待ってくれ。今はまだおいしく食べられないんでな」
「それじゃあ結局、今は何もないってことね……」
レイラは大きくため息をつき、肩を落とした。
「あの……」
そうして会話がひと段落ついたところで、リマリアが姿を現した。
「ん?」
「先ほど、私にもいい果実があると言われましたよね。……私も、いただけるのですか?」
「ああ。リマリアだけ仲間外れという訳にはいかなかったんでな」
「ありがとうございます。あ、あの……ありがとうございます」
ゴドーが答えると、リマリアは戸惑いを見せつつ、礼を言った。
二度目の礼の言葉には、はっきりとした実感もこもっている。土産がもらえたこと、仲間として扱われたことが嬉しいのだろう。
そんなリマリアの様子を、じっとリュウは眺めていた。
「……リマリアにも果実を、か」
リュウが真剣なまなざしで呟くと、それに気づいたレイラが声をかける。
「どうしたの、リュウ?」
「別に」
リュウはそれきり黙り込んだ。
……やはり、リュウもそのことが気になるか。
物体に触れられないリマリアに、果実を用意したというのは違和感がある。
もちろん、リマリアに対する形ばかりの配慮という可能性もあるが、ゴドーの性格を考えると……
「ところで君たち、今日の任務はちょっとした重労働だ。資料は読んだか?」
話が一区切りしたところで、ゴドーは思い出したように話題を変える。
「支部周辺エリアでサテライト拠点建設用の資材を回収、と書いてありましたが」
「瓦礫や廃材を集めるんですよね」
「ああ、そうだ。それらの資源は、拠点建設が本格的に始まれば特に重要になってくるからな」
ゴドーは彼らが理解していることを確認し、満足するように頷いた。
「地味な作業だが、アラガミが減っていない以上、ゴッドイーターがやるしかない」
「アラガミ討伐も兼ねて、ということでしょう。特に問題ありません」
「必要なものならアラガミ素材も建築素材も大差ないです。やりましょう」
レイラとリュウが揃って頷く。気力は十分というところか。
「私もお役に立てると思います」
彼らに続いてリマリアが前のめりになって答えた。
「リマリア?」
「任せてください!」
俺が声をかけると、リマリアはやる気に溢れた表情で、しっかりと答えた。
先ほどのゴドーの言葉が、よほど嬉しかったのだろう。
俺も何か声をかけようかと思ったが……やめておいた。
朽ちたビルと瓦礫の山が散在する廃墟……この世界では最もありふれた光景の一つと言える。
目的地に到着したところで、ゴドーは早速段取りについて話しはじめた。
「まずは安全確保のため、アラガミを片づける」
「それから、建設資材の回収ですね」
レイラの確認に、ゴドーはしっかりと頷いた。
「あくまで目的は資材回収だが、それに気を取られて油断はするなよ」
「分かってますよ」
リュウは小生意気に返すと、神機の切っ先に目標を見据えた。
「すぐやってしまいましょう!」
一帯のアラガミを駆逐し安全を確保したところで、俺たちはそのまま資材集めに移った。
建物や瓦礫の中から使えそうなものを見つけては、仲間たちに報告して運び出していく。
かつて人々が暮らしたその場所から物を拝借していくのは、なんとなく気が引けたが……このうらぶれたビル群は、何も墓標という訳ではない。
人間が生きるために作られたものだ。もう一度、その役割を果たしてもらうことにしよう。
そうした作業を一時間も続けると、かなりの量が集まってきた。
アラガミの討伐に比べれば、ずっと簡単な作業だったが、長く続けていると流石に節々も痛くなってくる。
そんななかで一人、目覚ましい活躍を見せていたのは……
「発見しました。この倒壊建築物の下に大量のコンクリートがあります」
「発見報告!」
リマリアの報告を聞いた俺は、大声をあげて周囲の注意を引く。
するとすぐに、レイラとリュウが集まってくる。
「いやあ、便利……じゃなくて、優秀ですねリマリアは。僕たちでは発見できないものをすぐに見つけて」
「いえ……」
リュウからの称賛に、リマリアは言葉少なに答える。
その隣でレイラは、リマリアが指示した瓦礫の山を触って確かめていた。
「ここ? 上の邪魔なのを吹き飛ばせばいいのね?」
「お願いします、レイラ」
「まっかせな……さいっ!!」
レイラはリマリアに答えつつ、反動をつけてハンマーを振り……そのまま一気に叩きつけた。
衝撃と爆風によって、瓦礫が枯葉のように舞い上がり、周囲へと飛散する。
そして塵埃がおさまった後には、巨大なコンクリートの塊だけが残った。
「リマリアの報告通り……流石ね。このペースなら、資材集めには苦労しなくてすみそうだわ」
「そうだな。支部の壁の点検でも、高所のチェックや微細な破損を見つけてくれて……それが自主的に動いてくれると、こうも活躍するのか」
「壁の点検をした経験が役立っています。対アラガミ装甲壁に必要な素材が分かりますし」
感心する二人に向けて、リマリアはあくまで冷静に返す。
「今はどれくらい、神機から離れた場所を感知できるの?」
「ネブカドネザル発見のために訓練しましたから、支部の中から外が知覚できるくらいの距離は大丈夫です」
「ええっ……!」
さらりと言ってのけたリマリアに向け、レイラが驚愕の声を上げた。
「気づいたらとんでもない能力になっていませんか!?」
「すごい能力なのは確かだが……クベーラとネブカドネザルを捕喰したんだ。それが成長の糧となるなら、不思議ではないね」
レイラの横で、リュウが唸り声を上げつつ分析した。
そのうえで、感慨深げに呟く。
「しかしまあ、神機の力がこんな形で役に立つとはな」
「戦闘力もすごいですが、戦闘以外の能力も……むしろこっちのほうがすごいのでは?」
「活動時間に限りがあるとはいえ、貢献度の高さは傑出しているかもしれない」
「まるでマリアのようだな」
「えっ……」
リュウとレイラがしみじみ言い合っていると、ゴドーが静かに言葉を重ねた。
いつの間に合流したのか。ゴドーは集めてきた資材を足元に放り投げ、手を払った。
そんな彼の姿を、リマリアは瞳を揺らして見つめていた。
「マリアも俺がやって欲しいと思ったことを、一歩先にやってくれた。副官として彼女ほど頼もしい存在はいない……それを思い出す」
「マリアを思い出す……ですか。マリアを……」
リマリアは目を伏せ、ゆっくりと彼の言葉を反芻している。
……リマリアとマリアが似ている、か。
俺にとってはもはや当たり前のことだったが、リマリア自身はそれをどう受け止めているのだろう。
そうして彼女の様子を見ていると、ゴドーが俺のほうを向き、真顔で言った。
「なあ隊長補佐、リマリアを俺にくれ」
「……っ!?」
「はぁ!?」
「隊長、何を言っているんですか……?」
突然の要求が理解できず、俺は戸惑いと焦りを覚えた。
反応を見るに、レイラとリュウも、似たような感想らしいが……その間もゴドーは、真剣な表情をこちらに向けている。
そんななかで、誰より混乱していたのがリマリアだ。
「え……えっ……ええっ…………?」
リマリアは言葉に詰まり、俺とゴドーの顔を交互に見る。
……確かに、リマリアの優れた能力を活かしきるためには、使い手の才気も求められるだろう。その点で俺がゴドーに及んでいるとは思えない。
それに元々ゴドーは、リマリアが感情や思考を得る前から彼女を評価し、仲間として扱っていた節がある。
そういうことを考えても、リマリアの使い手は俺より彼のほうがふさわしいのかもしれないが……
リマリアが成り行きを見守るなか、ゴドーは顎で俺の返答を促した。
……思うところはあるが、答えは決まっている。
「ダメです」
リマリアとは、ずっと一緒にいると約束した。
「だろうな」
俺の返事を聞いたゴドーは、さも当然といった感じで、あっさりと引き下がる。
そのままゴドーは、視線をリマリアへと向けた。
「言うまでもなく冗談だ。リマリア、驚いたか?」
「冗談、は……本気ではない?」
……そう言えば、この手の冗談には慣れていなかったか。
俺が頷くと、リマリアはようやくため息を吐いた。
「はぁ……隊長の命令には従わなければならないのかと……」
「思いっきり真に受けたようですね」
「こんなやりとりの当事者になったことがないからか。ゴドー隊長がいい芝居をしたとはいえ……分からないものなんですね」
レイラとリュウが心配そうにリマリアを見る。
その間もゴドーはどこ吹く風で、澄ました表情をしていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……大丈夫です。でも……」
リマリアに声をかけると、彼女は胸を抑えながら言う。
「こういうのは苦手なようです。……はぁ」
そう言ってリマリアはため息を吐いているが……ゴドーの言葉が本当に冗談だったかどうかは、怪しいものだ。
もちろん、適合する可能性の低さを考えても、全て本気ではないのだろうが……
「コンクリートを回収しましょう……はぁ」
そこでリマリアは、ふらふらと資材のある方向へと歩き出す。
その顔は見慣れた無表情だが、放心したような、気の抜けた印象が強い。
「ものすごく動揺したのね……」
「これも情操教育になるのかな……」
リマリアを見ながら、レイラとリュウはひそひそと話し合う。
「なるんじゃないか?」
そこでゴドーは無責任に言って、俺に視線を向けた。
「さぁ……」
俺は返す言葉を濁しつつ、リマリアのほうを見た。
……彼女の気持ちはよく分かる。少なくとも、この手の冗談はしばらく遠慮したいところだ。
万が一にも、ゴドーと争うような事態は避けたいが……彼がリマリアを奪うつもりなら、こちらも本気で抵抗しなければならない。
そんな考えを巡らせてから、俺は自分に少し驚く。
俺はいつから、これほどリマリアに執着するようになったのだろう。
静かな廊下の真ん中を、オレは一人で歩いていた。
どうやら人払いは済んでるらしいが、そうでなくても普段からこの辺りはこういう雰囲気だ。
……ったく。生真面目で重たい空気ってのは嫌なもんだ。昔のことを思い出す。
オレは考えながら、少し足早になってそこへと向かった。
支部長室――その扉の前に立ったオレは、一つ咳払いする。
そのまま扉をノックしようとしたところで、中から冷たい声が聞こえてきた。
「入れ」
「…………」
オレは頭を掻きつつ、扉を開いた。
その先には、オレを呼んだ相手……クロエがでっかい机越しに、椅子に腰かけ俺を見ていた。
「よく来てくれた、JJ」
クロエはオレを見るなり、歓迎するようにそう言ったが……
その隙のない物腰、不自然なほどの落ち着き、何よりオレを見据える鋭い瞳が、ここが歓談の場じゃないってことを表してる。
だったらなんで招待されたのか……まあ、考えてても仕方ねぇな。
「オレなんぞを直々に呼び出して、何用だ?」
オレはぶっきらぼうに言い放ち、クロエの反応を窺った。
わざわざゴドーが出撃してるタイミングに声をかけてきたってのもきな臭い。
いきなり消されるってことはないと思うが……
「大したことじゃない。手短に話す」
オレの警戒を嘲笑うように、クロエは冷たい微笑を浮かべて、椅子から立ち上がった。
そのまま窓際に近づき、外を見ながらポツリと言う。
「リマリアの様子に気を付けて欲しい」
「ん? それはどういう意味でだ?」
変に間を空けると、その分情報を与えることになる。
オレはおどけて、そのまま彼女の腹を探ろうとする。
するとクロエは、カーテンに指を滑らせて、目を細めながら言った。
「特に含む意味はないが?」
「ああ……?」
重要なことは語り終えたと言わんばかりのクロエの様子に、オレは思わず追い縋っていた。
「いや待てよ……オレの本名まで調べあげてくるようなお人が、わざわざ呼び出しておいて言うことがそれだけってのは、どういうことだ?」
こうまで情報が断片的だと、駆け引きにもならねえ。
もう少し情報を引き出すためにも、オレは脅すようにして彼女を見た。
対するクロエは、俺の内心をどこまで知ってか、笑ってやがる。
「……リマリアは賢いが、本当に神機と自分自身の全てを把握しているとは限らない。エンジニアとして、リマリアが気づかないようなことに気を付けてもらいたいと依頼するのは、おかしいか?」
(コイツ、いけしゃあしゃあと……)
そっちがそのつもりなら、こっちだって乗ってやる。
オレは思っていることをそのままぶちまけた。
「ああおかしいさ。あんたがただのゴッドイーター、支部長なら、まずは知りたがるはずだ」
言いながらオレはクロエに近づき――
ダンッ! と、机を踏みつけ、身を乗り出した。
「リマリアが何者なのか? どういった存在なのか、分からないことを知りたがるのが自然だ」
「ほう……」
クロエは怯えも不快感も見せず、むしろ面白そうに目を細めている。
「なのにあんたは、リマリアが何者かを知りたがらず、様子に気を付けろと言う……そいつは……」
一瞬、言うべきかどうか迷ったが、その判断より先に口を突いて言葉が出た。
「そいつは、何かヤバいネタを掴んでいるヤツの物言いだぞ……?」
「……その返しは、君もヤバいネタを握っている証拠にならないか、ジェイデン?」
オレの言葉に追い詰められるどころか、クロエはますます笑みを冷たく、美しくする。
……気に食わねえな。マジでオレのことを知ってんなら、怖気づいたっていい場面だろうに。
震えを隠してるなんてタマでもねぇ……んでもって、オレの腹を探りに来たってカンジでもねぇ。
だったらこいつは、何がしたい……?
「……」
「……」
そのままオレたちは、しばらくの間、言葉も交わさず見つめ合っていたが……
「はー、意図が分からねえな! 抱き込むでもなく、脅すでもなく、我慢比べでもしようってのか?」
オレは大声で降参をアピールしながら、クロエを見た。
そのまま彼女に恨み節を向ける。
「目的が見えない、悪意もない……これじゃまるで愉快犯だぜ?」
オレがここぞとばかりに厭味を言うと、クロエはようやくわずかに表情を和らげる。
「ふ……そういう見方もあるのか」
先ほどまでの笑みとは雰囲気が違う。……化かし合いはここまでってことなんだろう。
「用件は伝えたぞ」
クロエはそう言って再び椅子に腰かけ、俺に背を向けた。
(用件は伝えた、ねぇ……)
全然伝える努力はされてねえが……冗談で呼びつけたわけでもないだろう。
「……まいどあり」
オレは形ばかりに感謝の言葉を口にすると、そのまま支部長室の入口へ向かった。
これ以上は息が詰まって構わん。さっさとずらからせてもらおう。
そうして考えている間にも、オレの背には、ずっと彼女の刺すような視線が向けられていた。
クロエと一戦交えた後、俺は整備場まで戻ってきた。
そして元の作業に戻ってはみたが……どうにも身が入らねえ。
理由ははっきりしている。さっきのクロエとのやり取りが、心の中で尾を引いてるからだ。
何度もクロエの態度を思い返し、その心の内を考えているが……どうにも、その根っこの部分がつかめない。
まったく……大した支部長様だ。
「…………」
(思い当たるのは、こちらがまだ何に気づいていないのか、確認しにきたってとこだが、な)
オレとゴドーの動きについては、気付いてると思ったほうがいいだろう。それでも泳がせたってことは、本題は別なんだろうが……
……にしても、気にいらねえやり方だ。
(ロシアの交渉は友好的を装いつつ、必ず拳銃を隠し持ち、じわりじわりと圧をかけ、要求を通そうとする)
今日だって、別に何かを強制されたわけじゃねえ。
だが……言葉の節々に、こちらの動きを察知しているような含みを感じた。
素知らぬ顔をしちゃいたが、牽制にしたって強引だ。
(圧を嫌がったら負け……やれやれ、伝統ってヤツだな。大昔から何も変わっちゃいない……)
腹の中にたまったものを吐き出すように、大きくため息をつく。
……にしても、不可解なのは彼女の言葉だ。
『リマリアに気を付けろ』……一体何のことを言っている?
(気を付けているつもりだが、オレの注意がまだ足りんというのか……?)
あの神機さんに嘘や隠し事ができるとも思えん……だが、分からないことが多いのも事実だ。
そういう、オレたちがまだ把握できていないリマリアの秘密に、クロエは辿り着いてんのか?
だとしたら、いったい何故それをこちらに知らせるような真似をする……?
(答えはロシア支部にあんのか? それとも……)
以前に頼まれたゴドーの言葉と、今日のクロエの言葉を交互に思い浮かべながら、オレは酒を手に取り、天井に目を向けた。
とにかく一度、あいつらに探りを入れてみることからか。
「……気乗りしねえが、しゃーねえな」
結局、どこまで行っても、オレはこっち側の人間らしい。そしてあいつらも……
けどまあ、仕方のねえことだ。
規則ってのは人間を守るためにある。それを破るなら、そいつは獣……人間の敵だ。
二度と人間としては見られねぇ。禁忌を侵すってのは、そういうことだ。
(それが覚悟できねぇなら……セイ。お前はきっと、神機に触れずに死ぬべきだったんだろうさ)
「…………」
なんて考えてみてから、オレは改めて深くため息を吐いた。
必要なことと分かっちゃいる。分かっちゃいるんだが……それでもオレがあいつらに、うまく探りを入れてる姿が想像つかねえ。
ムカつく野郎や、ゴドーやクロエみてぇな狸相手なら、こっちの良心も痛まねえんだが……
「はぁ……覚悟が必要なのはオレのほうかよ」
オレは救いを求めるように酒瓶を傾けるが……いつかの祝宴でチョロまかしたそいつは、気付けばすっかり空になっていた。
「ゴドー隊長はまだでしょうか……」
レイラがじれったそうに呟く。
ゴドーが休暇から戻ったということで、俺たち第一部隊はゴドーと話すため広場に集まっていた。
……もっとも、当のゴドーは待っていろと言ったきり、ふらっと商業棟へ消えてしまったが。
そうしてしばらく待っていると、商業棟の方向からゴドーが悠然と歩いてくる。
「待たせたな」
「遅いですよゴドー!」
語気を強めるレイラに、ゴドーが苦笑いを浮かべて返す。
それを見ていたリュウがため息を吐きながら、気遣うようにゴドーに言う。
「僕たちと話すのは、休んでからでもよかったんですよ?」
「一通り話し終わればそうするさ。それに……」
「何かお土産があるのですよね?」
レイラが言うと、リュウは彼女に冷たい目を向けた。
「お前……」
「何よ……別にいいでしょう? そのためにわたくしたちは集められ、今まで待たされていたのですから」
実際、ゴドーは土産を名目に俺たちを呼び出した訳だから、レイラが言うこともおかしくはない。
まあ、彼が土産と言ったのは、言葉の綾のような気もするが……
「心配するな。土産ならきちんと用意している」
「……当然です」
咳払いしつつ、レイラは澄ました顔で言った。
しかしその表情からは、どこか期待するような色が窺える。
かつて王族と呼ばれ、貧窮からは程遠いイメージの彼女が、土産を欲しがるのは少し意外だ。
とはいえ今の時代、物資を手に入れる手段も限られている。他支部にどんなものがあるのか、興味があるのも分からなくはない。
「では、土産その一からいくぞ」
手近な椅子に腰かけながら、ゴドーはニヤリと笑って言う。
しかしそこで、レイラもそのことに気づいたようだ。
「ゴドー、あなた手ぶらなんですけど? お土産はどこにあるのですか?」
不思議そうに尋ねるレイラに向けて、ゴドーは軽く肩をすくめてみせた。
「シンガポール支部なんて小さな支部にろくなモノはない。モノよりよっぽどいい土産さ」
「よっぽどいい土産……?」
ゴドーの言葉に、レイラが怪訝そうに眉をしかめた。
「で、何なんです?」
リュウが先を促すと、ゴドーは一つ頷いてから、口を開いた。
「我らが元・支部長、パトリック・ポルトロン氏が中国支部からいなくなっていた」
「な……!?」
その報告の内容に、レイラは驚き絶句する。
そうしてそのまま俯きがちに、ゴドーの言葉を繰り返して……そのまま感情を爆発させた。
「何よそれ!? それがお土産なわけ!?」
ポルトロンが消えた、か……
正直、彼がいなくなったのは初めてでもないし、それが中国支部という遠い地で起きた出来事となると、実感も薄い。
少なくとも、レイラの期待に適う土産とは言えないだろう。
一方のゴドーは、涼しげな表情で低く笑う。
「大スクープだと思うが?」
「フェンリルに拘束されず脱出した、となれば……さすがに気にはなりますけど……」
リュウも困惑した様子で呟く。
実際、元支部長という肩書きもあって、動向を無視できる人物でもないのだろうが……
当人の人柄だろう。情報としては小粒な感じが拭えない。土産に期待していなかった俺でさえ、妙な落胆を覚えたほどだ。
「もっといいお土産は?」
レイラが諦めきれない様子でゴドーに詰め寄る。
ゴドーは飄々と答えた。
「リュウとレイラと隊長補佐、それにリマリアにはいい果実があるんだが、まだ熟していなくてな……少し待ってくれ」
「つまり、ポルトロンの消息以外にお土産はないってこと?」
「まあ、そういうことだ」
あっけらかんとした言葉に、レイラの表情から感情が引っ込む。
悲しむような、怒りをため込んでいるような……なかなか見たことのない表情だ。
そんな彼女を前にして、なおもゴドーは軽い口調で続けた。
「極東に寄れていれば、いろいろ名物もあったんだがな。マーライオンの置物とかガルーダの絵なんかいらんだろ?」
「――っ! そういうのでいいんですよ、お土産というのは!!」
あっけらかんとしたゴドーの言葉に、レイラの怒りが頂点に達した。
ここが戦場なら、ゴドーはレイラのハンマーにぶっ飛ばされていたことだろう。
「マーライオンは微妙だけどな……」
そんななかで、リュウが冷静に呟いている。……俺も頷き、同意する。職業柄か、あの像を見ると新手のアラガミと対峙するような気分になって落ち着かない。
「で? 果実というのはなんです? 南国のカラフルなものですか?」
「色づくまで待ってくれ。今はまだおいしく食べられないんでな」
「それじゃあ結局、今は何もないってことね……」
レイラは大きくため息をつき、肩を落とした。
「あの……」
そうして会話がひと段落ついたところで、リマリアが姿を現した。
「ん?」
「先ほど、私にもいい果実があると言われましたよね。……私も、いただけるのですか?」
「ああ。リマリアだけ仲間外れという訳にはいかなかったんでな」
「ありがとうございます。あ、あの……ありがとうございます」
ゴドーが答えると、リマリアは戸惑いを見せつつ、礼を言った。
二度目の礼の言葉には、はっきりとした実感もこもっている。土産がもらえたこと、仲間として扱われたことが嬉しいのだろう。
そんなリマリアの様子を、じっとリュウは眺めていた。
「……リマリアにも果実を、か」
リュウが真剣なまなざしで呟くと、それに気づいたレイラが声をかける。
「どうしたの、リュウ?」
「別に」
リュウはそれきり黙り込んだ。
……やはり、リュウもそのことが気になるか。
物体に触れられないリマリアに、果実を用意したというのは違和感がある。
もちろん、リマリアに対する形ばかりの配慮という可能性もあるが、ゴドーの性格を考えると……
「ところで君たち、今日の任務はちょっとした重労働だ。資料は読んだか?」
話が一区切りしたところで、ゴドーは思い出したように話題を変える。
「支部周辺エリアでサテライト拠点建設用の資材を回収、と書いてありましたが」
「瓦礫や廃材を集めるんですよね」
「ああ、そうだ。それらの資源は、拠点建設が本格的に始まれば特に重要になってくるからな」
ゴドーは彼らが理解していることを確認し、満足するように頷いた。
「地味な作業だが、アラガミが減っていない以上、ゴッドイーターがやるしかない」
「アラガミ討伐も兼ねて、ということでしょう。特に問題ありません」
「必要なものならアラガミ素材も建築素材も大差ないです。やりましょう」
レイラとリュウが揃って頷く。気力は十分というところか。
「私もお役に立てると思います」
彼らに続いてリマリアが前のめりになって答えた。
「リマリア?」
「任せてください!」
俺が声をかけると、リマリアはやる気に溢れた表情で、しっかりと答えた。
先ほどのゴドーの言葉が、よほど嬉しかったのだろう。
俺も何か声をかけようかと思ったが……やめておいた。
朽ちたビルと瓦礫の山が散在する廃墟……この世界では最もありふれた光景の一つと言える。
目的地に到着したところで、ゴドーは早速段取りについて話しはじめた。
「まずは安全確保のため、アラガミを片づける」
「それから、建設資材の回収ですね」
レイラの確認に、ゴドーはしっかりと頷いた。
「あくまで目的は資材回収だが、それに気を取られて油断はするなよ」
「分かってますよ」
リュウは小生意気に返すと、神機の切っ先に目標を見据えた。
「すぐやってしまいましょう!」
一帯のアラガミを駆逐し安全を確保したところで、俺たちはそのまま資材集めに移った。
建物や瓦礫の中から使えそうなものを見つけては、仲間たちに報告して運び出していく。
かつて人々が暮らしたその場所から物を拝借していくのは、なんとなく気が引けたが……このうらぶれたビル群は、何も墓標という訳ではない。
人間が生きるために作られたものだ。もう一度、その役割を果たしてもらうことにしよう。
そうした作業を一時間も続けると、かなりの量が集まってきた。
アラガミの討伐に比べれば、ずっと簡単な作業だったが、長く続けていると流石に節々も痛くなってくる。
そんななかで一人、目覚ましい活躍を見せていたのは……
「発見しました。この倒壊建築物の下に大量のコンクリートがあります」
「発見報告!」
リマリアの報告を聞いた俺は、大声をあげて周囲の注意を引く。
するとすぐに、レイラとリュウが集まってくる。
「いやあ、便利……じゃなくて、優秀ですねリマリアは。僕たちでは発見できないものをすぐに見つけて」
「いえ……」
リュウからの称賛に、リマリアは言葉少なに答える。
その隣でレイラは、リマリアが指示した瓦礫の山を触って確かめていた。
「ここ? 上の邪魔なのを吹き飛ばせばいいのね?」
「お願いします、レイラ」
「まっかせな……さいっ!!」
レイラはリマリアに答えつつ、反動をつけてハンマーを振り……そのまま一気に叩きつけた。
衝撃と爆風によって、瓦礫が枯葉のように舞い上がり、周囲へと飛散する。
そして塵埃がおさまった後には、巨大なコンクリートの塊だけが残った。
「リマリアの報告通り……流石ね。このペースなら、資材集めには苦労しなくてすみそうだわ」
「そうだな。支部の壁の点検でも、高所のチェックや微細な破損を見つけてくれて……それが自主的に動いてくれると、こうも活躍するのか」
「壁の点検をした経験が役立っています。対アラガミ装甲壁に必要な素材が分かりますし」
感心する二人に向けて、リマリアはあくまで冷静に返す。
「今はどれくらい、神機から離れた場所を感知できるの?」
「ネブカドネザル発見のために訓練しましたから、支部の中から外が知覚できるくらいの距離は大丈夫です」
「ええっ……!」
さらりと言ってのけたリマリアに向け、レイラが驚愕の声を上げた。
「気づいたらとんでもない能力になっていませんか!?」
「すごい能力なのは確かだが……クベーラとネブカドネザルを捕喰したんだ。それが成長の糧となるなら、不思議ではないね」
レイラの横で、リュウが唸り声を上げつつ分析した。
そのうえで、感慨深げに呟く。
「しかしまあ、神機の力がこんな形で役に立つとはな」
「戦闘力もすごいですが、戦闘以外の能力も……むしろこっちのほうがすごいのでは?」
「活動時間に限りがあるとはいえ、貢献度の高さは傑出しているかもしれない」
「まるでマリアのようだな」
「えっ……」
リュウとレイラがしみじみ言い合っていると、ゴドーが静かに言葉を重ねた。
いつの間に合流したのか。ゴドーは集めてきた資材を足元に放り投げ、手を払った。
そんな彼の姿を、リマリアは瞳を揺らして見つめていた。
「マリアも俺がやって欲しいと思ったことを、一歩先にやってくれた。副官として彼女ほど頼もしい存在はいない……それを思い出す」
「マリアを思い出す……ですか。マリアを……」
リマリアは目を伏せ、ゆっくりと彼の言葉を反芻している。
……リマリアとマリアが似ている、か。
俺にとってはもはや当たり前のことだったが、リマリア自身はそれをどう受け止めているのだろう。
そうして彼女の様子を見ていると、ゴドーが俺のほうを向き、真顔で言った。
「なあ隊長補佐、リマリアを俺にくれ」
「……っ!?」
「はぁ!?」
「隊長、何を言っているんですか……?」
突然の要求が理解できず、俺は戸惑いと焦りを覚えた。
反応を見るに、レイラとリュウも、似たような感想らしいが……その間もゴドーは、真剣な表情をこちらに向けている。
そんななかで、誰より混乱していたのがリマリアだ。
「え……えっ……ええっ…………?」
リマリアは言葉に詰まり、俺とゴドーの顔を交互に見る。
……確かに、リマリアの優れた能力を活かしきるためには、使い手の才気も求められるだろう。その点で俺がゴドーに及んでいるとは思えない。
それに元々ゴドーは、リマリアが感情や思考を得る前から彼女を評価し、仲間として扱っていた節がある。
そういうことを考えても、リマリアの使い手は俺より彼のほうがふさわしいのかもしれないが……
リマリアが成り行きを見守るなか、ゴドーは顎で俺の返答を促した。
……思うところはあるが、答えは決まっている。
「ダメです」
リマリアとは、ずっと一緒にいると約束した。
「だろうな」
俺の返事を聞いたゴドーは、さも当然といった感じで、あっさりと引き下がる。
そのままゴドーは、視線をリマリアへと向けた。
「言うまでもなく冗談だ。リマリア、驚いたか?」
「冗談、は……本気ではない?」
……そう言えば、この手の冗談には慣れていなかったか。
俺が頷くと、リマリアはようやくため息を吐いた。
「はぁ……隊長の命令には従わなければならないのかと……」
「思いっきり真に受けたようですね」
「こんなやりとりの当事者になったことがないからか。ゴドー隊長がいい芝居をしたとはいえ……分からないものなんですね」
レイラとリュウが心配そうにリマリアを見る。
その間もゴドーはどこ吹く風で、澄ました表情をしていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……大丈夫です。でも……」
リマリアに声をかけると、彼女は胸を抑えながら言う。
「こういうのは苦手なようです。……はぁ」
そう言ってリマリアはため息を吐いているが……ゴドーの言葉が本当に冗談だったかどうかは、怪しいものだ。
もちろん、適合する可能性の低さを考えても、全て本気ではないのだろうが……
「コンクリートを回収しましょう……はぁ」
そこでリマリアは、ふらふらと資材のある方向へと歩き出す。
その顔は見慣れた無表情だが、放心したような、気の抜けた印象が強い。
「ものすごく動揺したのね……」
「これも情操教育になるのかな……」
リマリアを見ながら、レイラとリュウはひそひそと話し合う。
「なるんじゃないか?」
そこでゴドーは無責任に言って、俺に視線を向けた。
「さぁ……」
俺は返す言葉を濁しつつ、リマリアのほうを見た。
……彼女の気持ちはよく分かる。少なくとも、この手の冗談はしばらく遠慮したいところだ。
万が一にも、ゴドーと争うような事態は避けたいが……彼がリマリアを奪うつもりなら、こちらも本気で抵抗しなければならない。
そんな考えを巡らせてから、俺は自分に少し驚く。
俺はいつから、これほどリマリアに執着するようになったのだろう。
静かな廊下の真ん中を、オレは一人で歩いていた。
どうやら人払いは済んでるらしいが、そうでなくても普段からこの辺りはこういう雰囲気だ。
……ったく。生真面目で重たい空気ってのは嫌なもんだ。昔のことを思い出す。
オレは考えながら、少し足早になってそこへと向かった。
支部長室――その扉の前に立ったオレは、一つ咳払いする。
そのまま扉をノックしようとしたところで、中から冷たい声が聞こえてきた。
「入れ」
「…………」
オレは頭を掻きつつ、扉を開いた。
その先には、オレを呼んだ相手……クロエがでっかい机越しに、椅子に腰かけ俺を見ていた。
「よく来てくれた、JJ」
クロエはオレを見るなり、歓迎するようにそう言ったが……
その隙のない物腰、不自然なほどの落ち着き、何よりオレを見据える鋭い瞳が、ここが歓談の場じゃないってことを表してる。
だったらなんで招待されたのか……まあ、考えてても仕方ねぇな。
「オレなんぞを直々に呼び出して、何用だ?」
オレはぶっきらぼうに言い放ち、クロエの反応を窺った。
わざわざゴドーが出撃してるタイミングに声をかけてきたってのもきな臭い。
いきなり消されるってことはないと思うが……
「大したことじゃない。手短に話す」
オレの警戒を嘲笑うように、クロエは冷たい微笑を浮かべて、椅子から立ち上がった。
そのまま窓際に近づき、外を見ながらポツリと言う。
「リマリアの様子に気を付けて欲しい」
「ん? それはどういう意味でだ?」
変に間を空けると、その分情報を与えることになる。
オレはおどけて、そのまま彼女の腹を探ろうとする。
するとクロエは、カーテンに指を滑らせて、目を細めながら言った。
「特に含む意味はないが?」
「ああ……?」
重要なことは語り終えたと言わんばかりのクロエの様子に、オレは思わず追い縋っていた。
「いや待てよ……オレの本名まで調べあげてくるようなお人が、わざわざ呼び出しておいて言うことがそれだけってのは、どういうことだ?」
こうまで情報が断片的だと、駆け引きにもならねえ。
もう少し情報を引き出すためにも、オレは脅すようにして彼女を見た。
対するクロエは、俺の内心をどこまで知ってか、笑ってやがる。
「……リマリアは賢いが、本当に神機と自分自身の全てを把握しているとは限らない。エンジニアとして、リマリアが気づかないようなことに気を付けてもらいたいと依頼するのは、おかしいか?」
(コイツ、いけしゃあしゃあと……)
そっちがそのつもりなら、こっちだって乗ってやる。
オレは思っていることをそのままぶちまけた。
「ああおかしいさ。あんたがただのゴッドイーター、支部長なら、まずは知りたがるはずだ」
言いながらオレはクロエに近づき――
ダンッ! と、机を踏みつけ、身を乗り出した。
「リマリアが何者なのか? どういった存在なのか、分からないことを知りたがるのが自然だ」
「ほう……」
クロエは怯えも不快感も見せず、むしろ面白そうに目を細めている。
「なのにあんたは、リマリアが何者かを知りたがらず、様子に気を付けろと言う……そいつは……」
一瞬、言うべきかどうか迷ったが、その判断より先に口を突いて言葉が出た。
「そいつは、何かヤバいネタを掴んでいるヤツの物言いだぞ……?」
「……その返しは、君もヤバいネタを握っている証拠にならないか、ジェイデン?」
オレの言葉に追い詰められるどころか、クロエはますます笑みを冷たく、美しくする。
……気に食わねえな。マジでオレのことを知ってんなら、怖気づいたっていい場面だろうに。
震えを隠してるなんてタマでもねぇ……んでもって、オレの腹を探りに来たってカンジでもねぇ。
だったらこいつは、何がしたい……?
「……」
「……」
そのままオレたちは、しばらくの間、言葉も交わさず見つめ合っていたが……
「はー、意図が分からねえな! 抱き込むでもなく、脅すでもなく、我慢比べでもしようってのか?」
オレは大声で降参をアピールしながら、クロエを見た。
そのまま彼女に恨み節を向ける。
「目的が見えない、悪意もない……これじゃまるで愉快犯だぜ?」
オレがここぞとばかりに厭味を言うと、クロエはようやくわずかに表情を和らげる。
「ふ……そういう見方もあるのか」
先ほどまでの笑みとは雰囲気が違う。……化かし合いはここまでってことなんだろう。
「用件は伝えたぞ」
クロエはそう言って再び椅子に腰かけ、俺に背を向けた。
(用件は伝えた、ねぇ……)
全然伝える努力はされてねえが……冗談で呼びつけたわけでもないだろう。
「……まいどあり」
オレは形ばかりに感謝の言葉を口にすると、そのまま支部長室の入口へ向かった。
これ以上は息が詰まって構わん。さっさとずらからせてもらおう。
そうして考えている間にも、オレの背には、ずっと彼女の刺すような視線が向けられていた。
クロエと一戦交えた後、俺は整備場まで戻ってきた。
そして元の作業に戻ってはみたが……どうにも身が入らねえ。
理由ははっきりしている。さっきのクロエとのやり取りが、心の中で尾を引いてるからだ。
何度もクロエの態度を思い返し、その心の内を考えているが……どうにも、その根っこの部分がつかめない。
まったく……大した支部長様だ。
「…………」
(思い当たるのは、こちらがまだ何に気づいていないのか、確認しにきたってとこだが、な)
オレとゴドーの動きについては、気付いてると思ったほうがいいだろう。それでも泳がせたってことは、本題は別なんだろうが……
……にしても、気にいらねえやり方だ。
(ロシアの交渉は友好的を装いつつ、必ず拳銃を隠し持ち、じわりじわりと圧をかけ、要求を通そうとする)
今日だって、別に何かを強制されたわけじゃねえ。
だが……言葉の節々に、こちらの動きを察知しているような含みを感じた。
素知らぬ顔をしちゃいたが、牽制にしたって強引だ。
(圧を嫌がったら負け……やれやれ、伝統ってヤツだな。大昔から何も変わっちゃいない……)
腹の中にたまったものを吐き出すように、大きくため息をつく。
……にしても、不可解なのは彼女の言葉だ。
『リマリアに気を付けろ』……一体何のことを言っている?
(気を付けているつもりだが、オレの注意がまだ足りんというのか……?)
あの神機さんに嘘や隠し事ができるとも思えん……だが、分からないことが多いのも事実だ。
そういう、オレたちがまだ把握できていないリマリアの秘密に、クロエは辿り着いてんのか?
だとしたら、いったい何故それをこちらに知らせるような真似をする……?
(答えはロシア支部にあんのか? それとも……)
以前に頼まれたゴドーの言葉と、今日のクロエの言葉を交互に思い浮かべながら、オレは酒を手に取り、天井に目を向けた。
とにかく一度、あいつらに探りを入れてみることからか。
「……気乗りしねえが、しゃーねえな」
結局、どこまで行っても、オレはこっち側の人間らしい。そしてあいつらも……
けどまあ、仕方のねえことだ。
規則ってのは人間を守るためにある。それを破るなら、そいつは獣……人間の敵だ。
二度と人間としては見られねぇ。禁忌を侵すってのは、そういうことだ。
(それが覚悟できねぇなら……セイ。お前はきっと、神機に触れずに死ぬべきだったんだろうさ)
「…………」
なんて考えてみてから、オレは改めて深くため息を吐いた。
必要なことと分かっちゃいる。分かっちゃいるんだが……それでもオレがあいつらに、うまく探りを入れてる姿が想像つかねえ。
ムカつく野郎や、ゴドーやクロエみてぇな狸相手なら、こっちの良心も痛まねえんだが……
「はぁ……覚悟が必要なのはオレのほうかよ」
オレは救いを求めるように酒瓶を傾けるが……いつかの祝宴でチョロまかしたそいつは、気付けばすっかり空になっていた。