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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第八章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~8章-7話~

 作戦司令室は、異様な空気に包まれていた。
 招集された俺を含むゴッドイーターたちの表情は皆一様に固く、そして決意に満ちたものだった。

 整列する俺たちと向かい合う形で、クロエとゴドーが静かに佇んでいる。
 支部の最高責任者であるクロエが、一人ひとりに碧色の瞳を向けていく。
 そうして全員を見終えたところで、静かに口を開いた。
「諸君、ネブカドネザル討伐戦を実行する時が来た」
「……っ」
 いよいよヤツとの決戦を迎える訳だ。
 ヒマラヤ支部を長らく苦しめてきた強敵……そしてマリアを喪うきっかけとなった、因縁の獣。
 作戦のことは事前に知らされていたが、それでも拳に力が入る。
「では詳細の説明はゴドー隊長、よろしく頼む」
「……あぁ」
 クロエから呼びかけを受け、ゴドーが前に出る。
「さて、そろそろ因縁にけりをつけようか。一発で決めるぞ……いいな?」
 彼は軽薄な態度で、俺たちに向けて笑いかけてみせる。
 ゴドーらしいと言えばそれまでだが、普段通りの彼の様子に、心なしか場の空気が弛緩する。
 そうした雰囲気を見て取ったうえで、ゴドーは表情から笑みを消した。
「戦いの場はダムの跡地だ。ここは逃げ場がなく、どちらかが確実に敗死する」
 その一言で、その場の空気が凍り付く。
 沈黙が流れる中、ゴドーは先ほどとは打って変わって冷淡な表情を浮かべていた。
「どちらかが死に、どちらかが生き残る……か」
 そんななかでも、少女の声は不敵に聞こえた。
 華奢な体付きをした少女が一人、強気な瞳を浮かべて言葉を継ぐ。
「文字通りの決戦場というわけね」
 そう口にしたレイラからは、恐れや不安は微塵も感じられない。
「ですが、用心深いネブカドネザルが、こちらの選んだ場所に来るでしょうか?」
 同様にリュウも、落ち着きはらった様子でゴドーに尋ねる。
 二人とも、すでに覚悟は決めてきているのだろう。
「ヤツは来る……リマリアが呼べば、確実にな」
「……挑発するというのね?」
 ゴドーの言葉に、レイラが得心した様子で流し目を送る。
 挑発とは言い得て妙だ。
 ネブカドネザル自身の力をリマリアが扱えば、ヤツは間違いなく混乱するだろう。
「……しかし、乗ってこない可能性もあるのでは?」
「今のヤツなら来るさ。力関係を考えるとな」
「力関係……?」
 リュウが目を細めて訝しがるが、ゴドーはそれには答えなかった。
 そのまま視線を俺のほうにスライドさせる。
「ヤツは手強い……だが、こちらも迎え撃つ準備はできている。そうだな、リマリア!」
「はい」
 ゴドーの力強い問いかけに、リマリアはそう端的に答えた。
 彼女の言葉を伝えると、ゴドーは大きく頷き言葉を締める。
「あとは粛々とやるだけだ。以上!」
 半ば投げやりにも思えるゴドーの言葉を受け、俺たちの視線は自然と彼女に集まった。
 現場を指揮するのがゴドーだとして、支部全体を見渡し、方針を決めるのは彼女……クロエの役割のはずだ。
 ゴドーの決定に対し、クロエはどう考えているのか……
「出撃してくれ」
 クロエからの号令は、ひどく簡潔なものであり、それでいて力強いものだった。
 ネブカドネザルの討伐は、ゴドーに一任するつもりなのだろう。そして、その先にある結果については、全て彼女が責任を持つと……
 言外に彼女の意志を受け取ったところで、俺たちは一斉に動き出した。



 ブリーフィングから程なくして、俺たちは決戦の場であるダムの跡地へ辿り着いた。
 その枯れ果てた湖畔からは、かつて訪れた研究施設を望むことができる。
 その場所こそが、旧ヒマラヤ支部跡地。
 俺がマリアと初任務で訪れた場所であり、ネブカドネザルと初めて遭遇し、マリアを喪った場所でもある。
「…………」
 そのすぐ傍で、ネブカドネザルとの決戦を演じることになるというのも、因果なものだ。
 空は曇天。じきに雨でも降りだしそうな悪天候だ。
 第一部隊以外のゴッドイーターは、ダム周辺を囲むようにして潜んでくれている。
 その目的は、ネブカドネザルの接近を報告すること、ヤツ以外のアラガミをここに近づけないこと。
 この戦いのために、ヒマラヤ支部内部に残した戦力はほとんどゼロと言ってもいい。
 それほどに、今回の戦いは重要なものであり、ネブカドネザルはそれだけの脅威なのだ。
「……ヤツは本当に来るでしょうか?」
 皆が戦いに向けて準備を進める中、リュウが浮かない表情でぽつりと呟く。
 ネブカドネザルとの決戦を控えて、必要以上にナーバスになっているのかもしれない。
 なかなか疑念が晴れない彼の疑念に、ゴドーが質問で返す。
「君がネブカドネザルだったらどうする?」
「自分が、ですか……?」
 リュウは顎先に指を当てて考え込む。
「確認ですが……リマリアがアラガミを呼ぶ波動をコピーして挑発するんですよね?」
「ああ」
「だとしたら、自分と同じ力を使う敵は危険と判断し、早いうちに潰したいと考えます」
 リュウは自分で言いながら、途中ではっとなる。
 その反応を見て、ゴドーが深く頷いてみせた。
「そう……俺も同じだ。リマリアに成長する時間を与えるのは危険だと判断する」
「用心深いからこそ、来るというのね」
「ま、そういうことだ」
 会話に入ってきたレイラに対して、ゴドーが口角を上げて肯定した。
「なるほど、それでゴドー隊長は、ブリーフィング中に『今の力関係なら来る』と……」
「まったく……あなた、少し神経質になりすぎだわ。足手まといにならなければいいけど」
 レイラのツッコミに、リュウは眉根を寄せて即座に反論する。
「神経質ではなく、慎重だと言って欲しいな。僕から言わせれば、レイラこそ無謀な接近戦で早々にリタイアしないか不安だね」
「なんですって……?」
「なんだって?」
「話にならないわ」
「ああ、まったく話にならないな!」
「…………」
 幾度となく死線を共にして来てるというのに、彼らの仲はどこまでも相変わらずだ。
 とはいえ、場違いなやり取りがあった後には、不思議と張り詰めていた空気が緩和した気がした。
「さて、準備も終わり頃合いか……」
 ゴドーは静かに呟くと、俺たちのほうに視線を向ける。
 その意味を察して、皆一様に無言で頷いた。
「よし。ではやってくれ、リマリア!」
「はい。アラガミを呼びます」
 リマリアは瞳を閉じると、一瞬彼女の体から何かが放たれた気がした。
 それを感じられたのは俺だけらしく、リュウたちはただ、次に何が起きるのかを、固唾を飲んで見守っていた。
 やがて、リマリアはゆっくりと目を開ける。
「…………」
「カリーナ、どうです?」
 
『アラガミが集まってくる気配はありません』
「それは、つまり……」
「はい、おそらくネブカドネザルに相殺されたと予測されます」
 俺の問いに、リマリアはさしたる感情も見せず淡白に答えた。
 対照的に、俺の心はざわついていた。
 これでヤツは、確実にリマリアが放った波動に気づいたはずだ。
 自分と同等の能力を持つ相手がいる……ヤツに人並みの感情があるかどうかは分からないが、衝撃を受けたのは間違いないだろう。
 となれば後は簡単だ。
 そして、自身に近づいてくる存在を野放しにするはずがない……
(ヤツはきっと……いや、必ず来る!)

 レーダーには反応もしないネブカドネザルだが、唯一リマリアだけがその存在を感じられる。
 ゴドーは直ちに、白髪の女性に質問をぶつけた。
「リマリア、どうなっている?」
「波動感知精度最大。ノイズチェック、範囲拡大……反応あり」
「――ッ!?」
 瞬間、俺は言いようもない圧迫感を覚えた。
 どこから来るのか分からない。だが、ヤツは確実にこちらに接近している。
 その方角を見極めようと、神経を尖らせる。やがて――リマリアの報告と同時に突き止めた。
「ネブカドネザル、正面です」
「なッ……また正面からか!」
 居住区での一件を思い出したのだろう、リュウは闘志を剥き出しにしてそちらを見る。
 同時にゴドーが号令を出した。
「――挨拶は割愛だ! 仕掛けるぞ!!」
「はい! リマリア、行くぞ……ッ!」
「アビスファクター、レディ」
「マリア……!」
 レイラの叫びが引き金となり、俺の脳裏に、あの優しかった女性の姿が浮かび上がった。
(頼む、オレに力を……!)



 それは、悠然と目の前に現れた。
 長躯短背の馬の風体をして、禍々しい曲刀を腹部から突き出す異形。
 白毛のアラガミ、またの名を――
「ネブカドネザル……ッ!」
 ヤツの姿を視認すると同時、全身の毛が逆立った。
 そのまま一人で突貫しそうになるが、寸でのところで踏み止まって我に返る。
「己を見失ってはいないようだな。では作戦通り、進めていくぞ」
 ゴドーは言いながら、いつでも刺突できるよう腰を深く落として、己が神機を構える。
 その視線は、ネブカドネザルに向けられたままだ。
(そうだ、俺は一人で戦っている訳じゃない……)
 ネブカドネザルは、全員で慎重に当たるべき相手なのだ。
 逸る気持ちを無理やりコントロールして、目の前の敵に集中する。
 そうして、リュウとレイラに無言のアイコンタクトを取ると、一斉に動き出した。
「――――ッ」
 リュウを除いた俺たちは、ネブカドネザルの懐に突っ込む。
 見方によっては無策にも思えるその大胆な行動により、意表を突こうとしたものの……
「グルル……」
 ヤツはそれをじっと見てから、短く嘶き、その姿勢を低くした。
 同時――俺の身体だけが不自然にヤツへ吸い寄せられる。
「……――っ!?」
 これが『引き寄せ』か……ッ!
 身体の制御が効かず、バランスが狂い、躓きかけた姿勢のままで無防備にヤツと肉薄する。
 ネブカドネザルはそれを見てから、余裕の表情でこちらに迫った。
 身体にぶら下げた巨大な刃の先を俺の心臓に向け、そのまま一直線にこちらへ向かう。
 ヤツは一撃で決めるつもりなのだろう。
 だが……っ!
「八神さん……ッ!」
 頼もしい声が聞こえると同時、俺の正面とヤツの背後に、二つの影が躍り出る。
 俺の前に立つのはレイラ、ネブカドの背後を取ったのがリュウ。
 二人は声を合わせて同時に仕掛ける。
「この……――ッ!?」
「ガアアアアアアアアアアアア……!!」
 二人の攻撃がヤツに届きかけたところで、ネブカドネザルが俺たちを『弾き飛ばす』。
 結果、俺はレイラの身体ごと、ヤツの強烈な衝撃を喰らい吹き飛んだ。
「くっ……やはりそう簡単にはいかないか」
 受け身を取ってから呟くと、俺の前に立ったゴドーが、チャージスピアを軽く構える。
「だが、予定通りだ。リマリア、解析は進んでいるな?」
「はい、わずかですが、先ほどの力で解析が進みました」
「そうか。引き続き頼んだぞ」
 そう答えると同時、ゴドーのチャージスピアの長い柄に、ネブカドネザルが喰らいついていた。
 倒れた俺を狙っていたのだろうが、ゴドーがそれを許すはずもない。
「はあ……ッ!」
「……ッ!」
 背後からリュウが立ち上がり斬りかかれば、ネブカドネザルもそれを察知して真横に跳ぶ。
 そのままネブカドネザルは距離を取り、こちらを見る。
 その姿は、どこか俺たちの動きを怪しんでいるようにも思える。
(……いや、読まれてはいないはずだ)
 考えながら、俺も立ち上がりヤツを追う。
 そのフォローをサイドからレイラが行い、リュウがヤツの背後に陣取って逃げ場を奪う。
 ゴドーは全体の状況を見渡しながら、必要に応じて指示と交戦を行う指揮官役だ。
 中型種のアラガミ一体を相手取るには、慎重すぎるほどの徹底した布陣。
 俺とゴドーの目的は、この布陣を維持したまま『引き寄せ』と『弾き飛ばし』を喰らい続け、解析が終わるまで粘ることだが……
「行くわよ、リュウっ!」
「いちいち言われなくたって……っ!」
 リュウとレイラの目的は違う。
 作戦の全容を知らない二人は、この場でネブカドネザルを倒すつもりで戦っていた。
 結果的にそれが本当の作戦を隠す目くらましになり、時にそれ以上の成果を発揮する。
「グルルゥ…………!」
 ネブカドネザルが煩わしそうに身体を震わせ、不規則に跳ねつつこちらに迫る。
 その動きを完璧に予測して、リュウが牽制するように銃弾を撒き散らす。
 そうしてネブカドがたたらを踏んだところに――レイラのブーストハンマーが振り下ろされる。
「喰らいなさああああいっ!」
 その一撃は、確かにネブカドネザルの背中を捉えた。
「ガアアアッ!!」
「はぁ……はぁ……ッ!」
「まだまだ……!」
 攻撃を喰らったネブカドネザルが踵を返すのを見て、レイラは即座にそれを追いかけ、リュウはヤツの前に躍り出る。
「読み通り……底が知れたな、ネブカドネザルッ!」
 リュウのロングブレードがヤツの肉を抉り、血しぶきを飛ばす。
「今です……!」
「ゴドー、八神さんッ!!」
 二人の言葉に、その熱気に絡めとられたように、俺とゴドーは走り出す。
(これは……)
「ふっ……」
 隣を見れば、ゴドーが可笑しそうに笑っていた。
「乗らせてもらうぞ、セイ。……こいつが二人の――」
「……ッ。おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
 ゴドーの言葉を受け、その意味を噛みしめながら、ネブカドネザルに突っ込んでいく。
 ――今日まで戦い続けてきたのは、俺だけではない。
 マリアの死に苦しんだのも、ネブカドネザルに囚われてきたのも、数多のアラガミを喰い、あのクベーラを倒したのも……譲れない想いを胸に、戦い続けてきたのは、俺だけではない。
 二人が描いてきた『成長の軌跡』の先に、ネブカドネザルの姿がある。
「ガアアアアアアアア!!」
「――ッ」
『弾き飛ばし』が、俺とゴドーの身体を突き抜け、吹き飛ばす。
 だがゴドーは、その一撃を躱してみせた。
「ぐっ……」
 勿論ノーダメージとはいかない。
 それは不可視にして不可避の一撃。
 それをゴドーは至近距離で受け切り、弾かれることなくその場に残ったのだ。
 何をしたか……答えは簡単、足元に滑り込んだのだ。
「……どこを見ている――ここだ、ネブカド君ッ!」
 ゴドーが叫ぶと同時、ヤツの腹から背に向けて、チャージスピアが突き抜ける。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 血が噴き出し、ネブカドネザルが咆哮をあげる。
 そうして暴れるヤツの足元からゴドーは飛び出し、そのままヤツの背中から強引にスピアを引き抜く。
 二度。ヤツの背中から血しぶきが噴き出し、ゴドーはそれを浴びつつ今度こそ距離を置く。
「この間の借りは、これでチャラだ……」
「隊長!」
 呟き、片膝をついたゴドーを守るように、リュウとレイラがそこに立つ。
「……まったく俺だけ格好がつかないな」
 三人の活躍を見つつ、ただ一人無様に『弾き飛ばされ』た俺は、ため息交じりに立ち上がる。
「解析のために、能力に直撃することは必要な作業です」
「それはそうだが……気持ちとしては整理がつかない」
「心の問題ですか」
「ああ、心が泣いている」
 リマリアに軽口を話しつつ、俺は遠くに立つネブカドネザルを見据えた。
 身体の感覚は既に戻ってきている。すぐに戦線に復帰できそうだ。
「だが……もしかしたら本当に、俺の出番はなくなるかもな」
 ゴドーたちの活躍を見ていれば、自然とそんな気持ちも湧いてくる。
 しかし――
「何故ですか?」
 リマリアは血の通わない視線をこちらに向けて、疑問を呈する。
「神機所有者の力なしに、ネブカドネザルを倒せる可能性はありません」
 リマリアが無機質に言った、その直後。
「あ……ッ!!」
 短い悲鳴と共に、仲間たちの身体が宙を舞い、落ちた。
「な……っ!?」
 受け身も取れず、三人が地面に叩きつけられた後で、ネブカドネザルは優雅に地面に着地する。
「――……!」
 仕返しだ。
 ゴドーがヤツの足元に潜り込み、弾き飛ばしを躱したのと真逆に……
 ネブカドネザルは宙に跳び、足元のゴドーたちを空中に『引き寄せ』て、そのまま地面に向けて『弾き飛ばし』た。
 結果、直前までの三対一の構図とは逆に、倒れた三人の真ん中にヤツだけが立っているという状況になる。
「フ……!!」
「――ッ! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 笑うネブカドネザルの注意を引くため、叫び声をあげながら接近する。
「駄目です、八神さん! 今近付いては……!」
 俺の身体が地面から離れ、ヤツの身体に向かっていく。
 それが『引き寄せ』だと……理解するより先に――!
「ネブカド……ネザル!!」
 俺は神機をヤツに向けて投げつけていた。
 ヤツ自身の能力により加速した神機がネブカドネザルの脳天に向かい――それを察知したネブカドネザルが『弾き飛ばす』と、俺はすかさず、神機に向けて飛んだ。
 ネブカドネザルの足元から、リュウとレイラ、ゴドーが吹き飛んでいくのが分かる。
「そうか……八神さんは僕たちとネブカドの距離を取るために……!」
 そんな声が、風に乗って俺の耳に届いたかどうか――
 俺の間近まで近づいたネブカドネザルが、その巨大な太刀を一気に振り抜く。
「――ただいま戻りました」
「ああ……ッ!!」
 ギリギリで手元に戻ってきた神機の柄を片手で掴み、地面にしゃがみ込んでヤツからの一撃を受ける。
 金属同士が重なり合い、跳ねるような高音が辺りに響く。
 その一撃を受け切るために、俺はロングブレードの背に手を当てていたのだが……比喩ではなく、衝撃で指が吹き飛びそうになった。
 渇いた唇に血しぶきが飛ぶ……ヤツのものか俺のものか。考える暇はない。
 折り曲げていた膝を一気に跳ね上げ、ヤツに向けて飛ぶ。
 そうして飽きるまでヤツと剣戟を振るう。
「……ッ!!」
「――っ」
 俺とヤツの間に言葉はない。剥き出しの感情のぶつかり合いだけがそこにある。
 怒り、嘆き、憎しみ、恐怖……そうしたものが足元から絶えず湧き上がってきて、背中から肩へ向かう途中に別のものに変わっていく。
 訳のない興奮、歓喜、解放感――刀を交える度に、そうしたものが火花と共に溢れ出る。
「おおおおおおおおおおおお……!」
 眼前に見据えるこの獣との邂逅を……俺は心の底から悦んでいる。
 この獣を屠り、喰らうことを――
「ああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
「すごい……」
「……っ! セイに続け、このまま畳みかけるぞ!!」
「八神さん――!!」
「……ッ!?」
 その瞬間、俺はネブカドネザルの眼の中に、確かな感情を見た。
 それは……
「ガアアアアアアアアアアアアア!!」
「……!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「なぁ……ッ!」
 枯れ果てた地面にヒビが入り、盛り上がった瞬間一気に吹き飛ぶ。
『弾き飛ばし』――それもこれまでにないほどの強力なものが、辺りを歪めるほどに響き渡る。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 朽ちた木が根元から折れ、崖が崩れ、施設から伸びるパイプが拉げていく。
 それらが完全に収まるまで、俺たちは一言も声を交わすことすらできなかった。
 やがてその能力が収まると、ネブカドネザルを中心に俺たちはそれぞれ違った方向に吹き飛ばされていた。
『セイ、リュウ、レイラ……無事だな?』
『ええ、なんとか……それにしても、なんて威力なのよ……』
『ああ。だけど向こうも相当消耗したみたいだぞ』
 通信機の向こうからは、息も絶え絶えと言った様子のレイラたちの声が聞こえてくるが……
 リュウが口にした通りだ。
 俺たちもそれぞれ、かなりのダメージを受けてはいるが……中央に立つネブカドネザルも余裕があるとは思えない。
『それはそうみたいだけど、あの能力をなんとかしない限り、トドメを刺すのは……』
『…………』
 通信機越しから、ゴドーが意味深に息を漏らした。
 その意図を察して、俺はリマリアに目を向ける。
「解析完了。いつでもいけます」
 簡潔に、待ち望んでいた答えが聞かされる。
 俺は平静を装ったまま、通信機に向けて語りかける。
「……隊長。準備が整いました」
『そうか……よし。全員、このままネブカドネザルに突撃する』
『……! 何か考えがあるのですね? それで、わたくしたちはどうすれば?』
『今まで通りでいい。ただ一つ……ヤツを逃さなければな』
『了解です。……隊長、八神さん。信じていますよ』
『ということだ、セイ。……終わらせるぞ』
「……はい」
『それだけ?』
『号令は?』
「……」
 呆れるような二人の言葉に戸惑うと同時、ゴドーが笑いながら俺に言う。
『セイ、遠慮することはない。ネブカド君は君の獲物だ』
「……!」
 ゴドーの言葉を聞き、再び俺は、自分の中に熱が戻ってくるのを感じはじめる。
 そうだ……ヤツだけは、ネブカドネザルだけは、他の誰にも譲れない。
 あいつは俺の……マリアの……ッ
「……ッ」
 通信機越しではない。
 この場にいる全員に聞こえるように、俺は声を張り上げて宣言する。
「――ネブカドネザルは、俺が倒す! みんな、俺に手を貸してくれ……!!」
 ゴドーの、レイラの、リュウの、カリーナの……仲間たちの返事が耳元に届く。
 そんななかでも、誰より近くで彼女の声がはっきりと聞こえた。
「了解しました」
 マリアの……リマリアの声が聞こえると共に、俺は一気にネブカドネザルに詰め寄った。
 四方から迫る気配を察したのだろう、ネブカドネザルはそれを見て、しかし嗤う。
 同時、ネブカドネザルは宙に向けて叫び声をあげた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
 もう何度も聞いた異音……それがアラガミを呼ぶものだということはよく知っている。
 だが……!!
「呼ばせません」
「――ッ!?」
 ネブカドネザルが波動を放つ瞬間、リマリアが打ち消す波動を合わせ、見事にかき消す。
 異変に気付いたヤツが、逡巡するように顔をピンと伸ばした……その刹那――!
「踏み込め! セイ!!」
「おおおおおお―――――――――――――――ッ!!」
 ネブカドネザルに肉薄し、ヤツの内側に潜り込む。
 それを見て取ったネブカドネザルは首元の刃で俺の身体を引き裂くが――俺の勢いまで削ぐことはできない。
 腹が裂け、そこからどろりと足元に血がこぼれていく。それでも俺は止まらなかった。
 至近距離からネブカドネザルを斬り合い続け、俺の身体はほとんど限界を迎えていた。
 骨の節々が軋み、体中の細胞が悲鳴を上げている。
 身体中から血が噴き出し、視界もほとんど塞がれている。
 しかし、それでもなお、俺の身体の底からは、無尽蔵に熱が湧き上がってくる。
「オオオオオオオオオオオッ!!」
 ネブカドネザルが、最後の抵抗とばかりに奇妙な咆哮を上げた。
 その瞬間――
「――センサーフィールド展開。シンクロ成功、コントロール」
 リマリアが滑らかに告げ、ネブカドネザルは無防備になる。
 事前に聞いていた通りだ。
 『弾き飛ばし』の力に接触する瞬間に、リマリアはヤツの力を掴まえ解析し、乗っ取ったのだろう。
 そしてその瞬間――俺は再び、ヤツからはっきりとした感情を読み取った。
 それは……怯えだ。
 ヤツは俺を恐れ、遠ざけるために『弾き飛ばし』を使おうとした……
 そうして俺は理解した。
 ネブカドネザルは捕喰者ではない。
 生き残るのは俺だ。勝つのは俺だ。――俺のほうが、強い。
「……ッ!」
 ヤツに鋭い角を突き出され、俺は身を翻して紙一重で躱す。
 ヤツは胴体から伸びる巨大な太刀を振り下ろしたが、俺は僅かに距離を置いてそれを躱すと、無防備なその背中に一太刀くれる。
 ヤツが振り下ろした太刀に角度をつけて、俺の胴体目掛けて真っ直ぐに差し込んでくるが、俺たちの動きのほうが早い。
 必死に身体を持ち上げて、ネブカドネザルは全体重を込め、宙に向かって太刀を振り抜く。
 その勢いに、ネブカドネザルは体のバランスを崩し、その胴体を横向きに転ばせた程……それ程の力を込めた一撃は……しかし俺の身体を掠めただけだ。
「……ッ!」
 ヤツが抱える、ヤツの胴体より長いほどの巨大な太刀が……今はもう見る影もない。
 真ん中から二つに折られ、割れた刃は今、くるくると宙を舞ってから、地面に突き刺さった。
「……」
「――……」
 視線は交差し――ネブカドネザルは逃げ場を探る。背後にはゴドー、左右にはレイラとリュウ……どこにも逃げ場はないと知る。
 同時、ネブカドネザルは駆け出した。俺を見つめたまま……俺を恐れながら――活路を求め、逃げ場を得るため、俺の元へと走り出した。
 暴走にも見える行動だが、意表を突くという意味では理に適っている。体力的にも俺の消耗が最も大きい。ネブカドネザルは的確に、死中の活を探り……それを掴み取りに来た。
 そうしたネブカドネザルの思考、行動を……俺は手に取るように理解していた。
 実際には即座の判断。それの連続。
 だが、今の俺には戦場の流れ全てをはっきりと感じ取ることができていた。
 俺の意志を汲み取り、手の中で神機が捕喰形態を取る。
 俺はそいつを、ヤツの胸元に向けてかざした。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 ネブカドネザルは獰猛に叫び、覆いかぶさるように俺を襲った。
「喰らいつくせッ! リマリアぁぁあああああああ―――――――――――――――――ッ!!」
 直後、ヤツの胸元に神機が深々と突き刺さり、その肉を、骨を……その髄に至るまで貪っていく。
 だが、それでヤツの勢いが止まる訳ではない。
 俺の身体を弾き飛ばそうと……あるいはそのまま呑み込もうとするように、ネブカドネザルは馬力を上げて突進する。
 俺もそれに正面から立ち向かい、ヤツの全てを喰らいつくそうと進み続ける。
 力と力が衝突し、拮抗し、反発し合いながらも喰らい合う――
 ヤツの身体から力が溢れ、それに絡めとられたリュウやレイラ、ゴドーはいまや動けずにいる。それが『引き寄せ』なのか『弾き飛ばし』なのかは最早分からない。
 ヤツが『引き寄せる』なら、リマリアが『弾き飛ばし』、『弾き飛ばす』なら『引き寄せる』。力の奔流は渦となり、どちらが有利か、不利なのか……何もかもを曖昧にする。
「――……!」
 先に限界を迎えたのは、俺のほうだった。
 ネブカドネザルは向けられた神機に抗い、首を伸ばし、ある瞬間に俺の首元に喰いついた。
 全身から力が抜け……それが奪われていくのが分かる。
 ……そうか。今この時を待っていたのは、俺だけではない。
 いや……俺よりもずっと前から、強く……強く。あるいは俺とヤツがはじめて出会い、ヤツが俺を見逃したあの時から……ネブカドネザルはこの時を、待っていたのではないか。
 己の手で育て上げた、最高の獲物を喰らいつくすその瞬間を――
 ネブカドネザルの力が、目の前で膨れ上がっていくのを感じる。
 それと同時に、麻痺していた恐怖の感情がピリピリと背中を焼いていく。
 首筋から突き抜ける強烈な痛みに、全身の力が抜け落ちていく。
 意識は途切れかけ、神機を握る手からは力が抜け落ち、やがてその手は、彼女から――
「八神、セイ……さん」
 誰かが俺を、呼び止める。
 俺がよく知る、彼女の声が……柔らかく透き通った、彼女の声――
「……リ、マリア?」
「はい……あなたに、力を――」
 そう言ってリマリアはただ、俺の手のひらの上に、そっと手を重ねた。
 ただそれだけ……何の力もない、それだけのことが。
 俺の意識を繋ぎ止め、神機と俺とを結び付ける。
(手を貸してくれと、言ったから……)
 ……先ほどの約束を、リマリアは律儀に守ろうとしてくれたのか。
 妙におかしくなり、笑みを浮かべたと同時――身体の奥に僅かに生まれた活力の全てで以て、神機をしっかりと掴み取る。
「グウウ……ウウウウウウウウウッ!!」
「っ……! ……ッッ!!」
 全身を痛みが駆け回り、逃げ場を求めるように血が溢れ出す。
 視界は明転を繰り返し、何もかもが朧気だ。
 しかしそんな中でも、彼女の存在だけは間近に感じる。彼女を道しるべに、俺はまだ進める。
「行くぞ……一緒に……っ!」
「……はい」
「ウウウウウウウ……ガ、アアアア……ッ!?」
「っ……あああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
 叫ぶと同時、俺は最後の一歩を踏み込んだ。
 互いの生死を間近に感じる――完全なる零距離。
「終わりだ……ネブカドネザルッ!!」
 ヤツを呑み込む神機の切っ先が、ネブカドネザルのコアに触れた気がした。
 その瞬間、世界は光に包まれ、俺の意識がその先にある何かと交じり合った。



「――では、始めてください主任」
「うむ。コードネーム『テスタメント』起動実験、開始」
 女性から促されると、主任と呼ばれた初老の男は短く答え、目の前の機器に触れていく。
 だが、彼の手は直前に別の男の手で止められた。
「い、いや……少し待ってくれないか!」
 そう口にしたのは青年だった。年頃は女性と同じくらいか、彼女よりやや上か。それでも、その場にいる誰よりも落ち着きがなく、取り乱していた。
 彼は懇願するような物言いをして、女性に詰め寄る。それに対し、彼女は困ったようにため息を吐いた。
 初老の男は肩をすくめて、一度その場を離れてみせる。
 女性は男に感謝しながら、彼に向き直った。
「だめよ。決心を鈍らせてはいけないわ」
「分かってはいる、分かってはいるんだが……」
「これは私が望んだこと。あなたはそれを叶える、それだけよ」
「いいや、望んだのは僕だ! 君はただ……」
 必死な表情で訴えてくる青年に、女性はゆっくりと首を横に振った。
「私はゴッドイーターよ。人を守り、未来へ命を繋ぐ……そのために戦い続けてきた」
「ああ。それは僕も同じだ。一緒にずっと、戦ってきた」
「ええ、そうね……でも、ここまで」
 女性は悲しげに告げると、男の顔をまっすぐに見た。
「アラガミ化の兆候が見えた私はもう長く持たない」
「……っ」
「それでも私は戦いたい、姿形を変えてでもアラガミと戦い続ける……あなたと一緒にね」
「一緒に……」
「これはお別れじゃないわ。あなたともう一度、結ばれるの……すてきなことじゃない」
「分かっている、分かっているんだ……」
 青年は焦ったように何度も頷き、頭を掻く。
 そんな彼に対し、女性は一度笑みを浮かべてみせてから、初老の男性に向き直る。
「主任、やってちょうだい」
「承知している。君は、君たちは人類の守り手として、名を遺すのだよ」
「ええ、信じてる。ありがとう、主任……それからあなた……」
 女性は青年を見やると、いつもの挨拶のように、飾り気のない言葉で彼に伝えた。
「あいしてる」
「……ああ、僕もだ」
 青年は絞り出すようにして答えると、そのまま膝から崩れ落ちた。
 それから僅かに時間を置いた後、主任と呼ばれる男性が実験開始を促す言葉を投げかける。
「さあ……祝福の時だ。君たちが、アラガミを絶滅させる最強のゴッドイーターになる」
「ああ……」
 青年は答え、立ち上がる。その声は掠れていたが、確かな決意が感じられる。
 女性はそんな彼を見て、もう一度笑う。
 そのまま彼の手を取り、その手を絡め合う。
「これまで守れなかった人たち、これから守らねばならない人たちのために……」
「無限に蘇るアラガミさえも喰らい尽くし、滅ぼすために……!」
「この神機で……未来を……!!」
 最後の言葉を叫んだ青年が、悲しそうな表情で神機を手に取り、握り締めた。
 その直後――
 神機は形を変え、そのまま女性を呑み込んだ。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」
 男の絶叫に重なって、水滴が跳ねる音、瑞々しい何かが地面に引きずられるような音が断続的に聞こえていく。
 青年は涙を流し、絶叫しながらこちらを見ている。
 そんな青年を……俺は頭上から見下ろしていた。ぐるぐると蜷局を捲きながら、不気味に蠢き、睥睨するように辺りを見渡す。
「神機を手放せ! 適合失敗だ!!」
「いやだ! できない!!」
 初老の男性が無理やり振り落とそうとするが、青年は背を丸めてそれを拒否する。
「だめだ! 手を放せ!! 見ろ、神機が……!! 神機が……!!」
 怯える初老の瞳のなかに、俺の姿が映り込む。
 そこにあったものは……もともとは神機と呼ばれていたものなのだろう。だが、今は違う。これは最早、神機と呼べるものではない。
 歪な固まりは次第に肥大化していき、胎動するように脈打ち続け、そして――
「だ、だめだ……神機がアラガミになるぞ!!」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
 辺りに反響した怪音は、まるで産声のようだった。
 そうして生まれた存在は、足元に散らばるガラスの破片越しに、自らの姿を理解する。
 そこに映っていたのは、白毛で覆われて、四足歩行の中型種……



「……!?」
 気づけば俺は、ダムの跡地に立っていた。
 いや……もともと俺は、ここでずっとネブカドネザルと戦っていたはずだ。
 だが、だとすれば……
「…………今のは…………?」
 そう呟いたのは、俺ではない。
「……! リマリアも、見たのか?」
 隣で立ち尽くしているリマリアに訊ねると、彼女はこちらを見ながら頷いた。
「はい、見えました。はっきりとでは、ありませんが」
「…………」
 確かに、俺が見たものも朧気で、断片的な光景だった。
 しかし、その内容が衝撃的なものだったことは間違いない。
(ネブカドネザルは、まさか……)
「どうした、セイ……?」
「え……」
 考え込んでいた俺に向け、ゴドーが近づきながら尋ねてくる。
 そこで俺はようやく思い出す。
「隊長……! ネブカドネザルは……!?」
「何を言ってる。ヤツならそこだ」
 ゴドーは呆れるように俺の手のなかにあるものを指差した。
(……そうか。俺はネブカドネザルを捕喰して……)
「それは、いつ頃の……?」
「つい今しがただ」
「八神さん……!」
 ゴドーが肩をすくめると同時、リュウとレイラが俺たちに向けて駆け寄ってくる。
 この反応……どうやら本当に、今はネブカドネザルを倒した直後らしい。
 となると、俺とリマリアが同じ何かを見ていたのは、わずかな一瞬、神機による捕喰動作の間だけだった……そう考えるのが妥当だろう。
 それを証明するかのように、リュウとレイラが興奮しながら詰め寄ってくる。
「やりましたね!!」
「あのネブカドネザルを……仕留めたんだ!」
「……ああ。そうだな」
 二人に答えながら、徐々に俺自身にも実感が湧いてくる。
 俺がこの支部に来て、初めての任務でヤツと出会い、マリアを喪い……
 それからも、何度となくヤツとは戦ってきた。
 ヤツが現れない時も、戦いの背後にその影を感じないことはなかった。
 そんなヤツを、本当に倒した。
「そうか、俺たちはネブカドネザルを……」
「ああ、全員よくやってくれた」
 喜びを噛みしめる俺に、ゴドーが肩を軽く叩きながら労ってくれる。
 そして言うが早いか……
「じゃ、帰るぞ」
 彼は何事もなく支部に帰る支度を始め出す。
 その淡白過ぎる物言いに、俺は心の中で苦笑した。
 ネブカドネザル相手でも、こんなものか。さすがにもう少し余韻に浸っても良いものだが……
 そんなこと思っていると、今も何か考え込んでいるリマリアに気づく。
「…………」
「どうかしたのか?」
「あ、あの……さきほどネブカドネザルを、ですね……」
「ああ、あの奇妙な光景の……」
 そう理解を示す俺だったが、リマリアは首を横に振る。
「いえ、そうではなく、ですね……ん……」
「……?」
 要領を得ない彼女へ、俺は首を傾げる。
 何かを思考しているのだろうか。いつもの彼女なら、もう少し明瞭に回答していたが……
 しかし、目の前にいる彼女は考えがまとまっていないようで、言葉を詰まらせている。
 そこで彼女は、俺の気持ちを察するかのように、こくりと頷いた。
「……私、変なんです」

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