ゴッドイーター オフィシャルウェブ

CONTENTS

「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第八章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~8章-5話~

 物資の調達が一段落したところで、あたしは一度自分の店へ戻ろうとしていた。
 その道中で、見慣れた二人の姿を見かける。
「ダメですね」
「ああ、ダメだな」
 一人は涼しげで知的な目をした青年。
 もう一方は、まるでカタギには見えない強面の大男だった。
(リュウにおっちゃん……?)
 珍しい……というほど見ない組み合わせではないものの、二人して渋い顔をしてるのはなんとなく気になる。
(次の商談までは……まだ時間があったっけ)
 なんとなく誤解されてる気がするけど、あたしだってこう見えて、日がな一日暇してるってわけでもない。
 やるべきことはいろいろあるけど、その中でも世間話の優先度がかなり高めというだけだ。
 情報は取引の材料になるし、交友関係はいざというときの助けになる。
 それに何より、刺激的な話は耳に入れておきたいのが商人の性というものなのだ。
「ダメだダメだって、いったい何の話をしてるのさ?」
「ああ、ドロシーさん」
 リュウがこちらに気づくのと同時、おっちゃんもこちらへ振り返った。
「ネブカドネザルの話だよ。ヤツの対抗手段について、研究を重ねてたところだ」
「はーん……じゃ、それが上手くいってないわけだ」
 あたしが言うと、二人は頷く代わりに肩を落とした。
「どうやっても再現できないんですよ、ネブカドネザルの能力が」
 リュウは冷静に言ってみせるが、その声からは焦りの色も窺える。
 あんまり状況は良くなさそうだけど……最近のヒマラヤ支部じゃよくあることかな。
 ほんとあたしも、ここ数ヶ月で肝が据わってきたというか、危険に対する嗅覚が鈍くなったっていうか……自分の図太さには呆れるけど、暗くなったって仕方ない。
 あたしは努めて能天気に、軽い口調で続きを促す。
「で、ネブカドネザルの能力って?」
 尋ねたところ、おっちゃんは思い切り眉根を寄せてみせた。
「物体を引きつけたり、弾き飛ばしたりする能力だよ。原理がさっぱり分からねえんだ」
「引きつけたり、弾き飛ばしたり? 磁石みたいなもんじゃないのかい?」
「磁石なら話は簡単でいい。同じように磁力を使って干渉、妨害ができるからな」
 あたしの思いつきの言葉に対し、おっちゃんは力なく首を横に振った。
 リュウもすぐさま同調する。
「力の原理が分からないから、対抗する手段がないんですよ」
「ふーん……やっぱりアラガミ特有のもんなのかね?」
 特殊な個体だとか、未知数の進化を遂げてくだとか、結局アラガミなんてものは、何が何だか分からない。
 素人のあたしにしてみれば、いちいち考えるだけ無駄なんじゃないかって気がしてくるけど……
 おっちゃんは首を大きく左右に振ってみせる。
「多種多様に見えるが……アラガミってのは、オラクル細胞の集合体だ。となれば、ヤツの能力には偏食場パルスが関係しているはずなんだがなあ?」
「ええ。ネブカドネザルをレーダーで感知できないことと関係があるのか……それすらも分からないんです」
 おっちゃんとリュウはそう言い合って、深く大きなため息を吐いた。
 結局のところ、考えても考えなくても、結論は分からないってところに落ち着くわけか。おっちゃんたちの努力を否定するわけじゃないけど、このままじゃ埒が明きそうもない。
「そら困ったねえ。リマリアはなんて言ってるんだい?」
 考えに煮詰まったときは、一度別の切り口を試してみるのはどうだろう。
 なかなかの名案かと思ったけど、おっちゃんたちの表情は晴れなかった。
「いろいろと考えてはいるようだが……難しいだろうな」
 頭をガリガリ掻きながら、おっちゃんが何度目とも分からない溜息を漏らす。
「そっか……」
 珍しく弱気なおっちゃんの言葉に、あたしは頷くしかなかった。
 あのクベーラとかいうデカブツも倒して、ここまで上手くいってる感じだったから、あんまり真面目に考えてなかったけど……
 あたしが思っている以上に、支部を取り巻く状況は悪いところまで来てるのかもしれない。



 アラガミの討伐任務の為、俺たちは砂煙が舞う荒野にやってきていた。
 その合間に、ネブカドネザル対策としてリマリアによる『再現実験』を行っていたのだが……
「ダメか」
「ダメです。再現できません」
 ゴドーの確認に対し、リマリアは瞬き一つせずに答えた。
「アラガミを呼ぶ波動は再現できたのに、『引き寄せ』と『弾き飛ばし』はできないの?」
「どうやら『そういうもの』ではないようなのです」
「『そういうもの』ではないって、どういうものよ?」
 煮え切らない返答に対し、レイラの語気が強くなる。
 リマリアは構わず、滔々と語った。
「何か特殊な器官によって波動を変質させているのか、私には同じものを再現できないのです」
「特殊な器官って……」
「元々ネブカドネザルは通常の偏食場パルスを出さない。ゆえに支部のレーダーでは感知できず、隠密性を有している」
 詰め寄るレイラからリマリアを庇うように、ゴドーが横から口を挟む。
 ようするに、ネブカドネザルが『特別』なのは、今に始まったことではないということか。
「リマリアだけが、ネブカドネザルの特殊な波を感知できた……考えてみれば、それだけでもすごいことなのよね」
 レイラはそう言って一定の理解を示したが、それでもリマリアに期待してしまう面があるのだろう。
「だけど、『引き寄せ』と『弾き飛ばし』の再現は無理、と」
 未練を見せるレイラを見て、ゴドーは苦笑いを浮かべてみせる。
「進化の過程で得た能力なのだろうな。興味は尽きないが、まずは何らかの対策をひねり出さなくては」
「能力の再現ができない以上、同じ力で相殺する方法は使えません。違う何かが必要です」
 ゴドーの視線を受けたリマリアが流暢に語った。
 その言葉を受け、ゴドーは深くため息を吐いた。
「違う何かか……とはいえ、力の正体が分からなくては、どうにもな」
「わたくしたちには知りようがないし、リマリアに期待するしかなさそうですね」
「そうだな……リュウとJJにも研究を頼んではいるが、取っ掛かりがなければどうにもならん」
 結局のところ、リマリア頼りにならざるを得ないか……
「善処いたします」
 二人の視線を受けたリマリアは、ただ簡潔に返しただけで、それ以上のことは口にしなかった。
 しかし、その金色の瞳の奥はかすかに揺れている。
 もしかすると、見た目にはほとんど分からないが、懸命に考えを巡らせているのかもしれない。



『前方にアラガミ確認。敵は大型種、ガルムです』
(ガルムか……)
 またもやこれまでヒマラヤ周辺では確認されていなかった、新種のアラガミだ。
 巨大な狼を思わせるこのアラガミにはいくつか特徴があるが、まず目につくのはその鬣と、反り立たせた巨大な尻尾に蓄える、威圧的な赤い体毛だろう。
 それから各部に見える岩のような装甲……前脚に纏った巨大なガントレットは特に物々しい。鎧の先から覗く鋭い爪と合わせて、警戒が必要だ。
『どうします? ゴドーさんやリュウと合流してから対処しますか?』
「……いえ。俺たちだけで対処してみようと思います」
 ネブカドネザルとの決戦に向けて、リマリアは様々な形で力をつけ続けている。
 神機の使い手である俺だけが、今のままでいいはずがない。俺にはもっと、強くなる必要がある。
『……八神さん。この間も言いかけたんですが、私はあなたの無茶にも怒ってるんですからね?』
「え?」
『それはそうですよ。この支部に来てから、あなたがどれだけの独断専行を重ねてきたと思ってるんですか。戦闘がはじまったら、ほとんど私の話なんて聞いてませんし!』
「それは……その。すみません」
 その辺りのことを言われると、正直謝ることしかできない。
『あ、いえ……私だって、八神さんに悪気がないのは知ってますけど……』
「ですが、ヤツとの決着までに、俺は強くなっておく必要があるので」
『ほら! そういうところですよ、そういうところ!』
「は、はあ……」
 なんと返せばいいか分からず、中途半端な反応を漏らしてしまう。
 どうして俺は、戦場でアラガミから隠れつつ、オペレーターから説教を受けているのだろう……
『って、そうじゃない……私が言いたいのは、八神さんは一人じゃないってことなんですよ』
「一人じゃない?」
『そうです。……私だって、八神さんにしかできないことがあるのは分かってますし、なんでもかんでも力になれるとも思ってません。でも――』
「アラガミ、接近」
「――……っ!」
 リマリアからの警告を聞くと同時、目の前に巨大な岩石が降り注いだ。
 同時に地面から炎の渦が吹き上がる。それがヤツのガントレットから放たれたものだと、遅れて気づいた。
(ガルム……そうか。ヤツのガントレットには、発熱器官が――)
『ちゃんと聞いてます、八神さん?』
「……ええ。もちろんですっ」
 答えながら、ヤツの背後に回り込んで、神機をぶつける。
「――っ」
 その胴体は恐ろしく堅い。装甲の上から叩き続けるのは、現実的ではなさそうだ。
『だから八神さんには、もっと私たちに頼って欲しいんです』
「……――っ」
『ううん、違うかな……信じて欲しいんです。私たちのことを』
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
『……って、え? もしかして、戦いはじまってません?』
「大丈夫です。続けてください……!」
『へ? いやいや、続けるって――』
 ヤツが正面に炎の塊を複数放った。ドロドロに燃え盛る岩の間を通り、それを躱す。
 そのまま俺は、ヤツの懐に潜り込み――鎧の隙間を縫うように、神機を宙に滑らせる。
「――……っ!」
「ガアアア!?」
 痛みに叫んだガルムが、大きく跳躍し距離を取った。
 この図体にして、この跳躍力……それにスピード。これまで戦ってきたアラガミたちの中でも、トップクラスの身体能力だ。
 それでいて身に纏う鎧は堅い……正直、一人で立ち向かうには厳しい相手だ。
 だが、俺に弱音を吐いている暇はない。決戦までに、まだまだ強くならなければならない。
「…………」
 誰よりも強く、誰よりも――
「……カリーナさんを頼り、信じればいいんですね?」
『え? もしかして、さっきの話の続きです……?』
「はい」
『いや、でも……さすがにこんな状況で……』
「聞きたいんです」
『…………』
 通信機の向こうから、戸惑うような吐息が聞こえる。
 そして――
『信じて欲しいと言ったのは、私だけのことじゃありません。リュウやレイラ、それにゴドーさん……八神さんの傍にいる、みんなのことです』
「みんなの……」
 彼女の言葉を聞きながら、俺はガルムと対峙する。
『もちろん、私たちに八神さんと同じことはできません。私たちには、それぞれ違った役目がありますから……お手伝いできないことも、力になれないこともたくさんあると思います』
「……――っ!」
「オオオオオッ!!」
『……だけどそれで、八神さんが一人ぼっちになるなんてことはありません。一人で全部、背負い込まなければいけないなんてことはないんです』
 ガルムが空高く向けて咆哮し、周囲に火の粉が飛び散った。
 活性化状態になったガルムが、怒りに燃える目でこちらを睨みつける。
 そのままヤツの身体は炎に包まれ――……燃え盛る炎の塊となって突っ込んでくる。
 それを俺は、ヤツが向かう真正面に立って無防備に見つめる。
『八神さんの周りには――いつだって仲間がいるんですから』
「警告。回避態勢を取ることを推奨します」
「いや……この位置でいい」
 リマリアに短く返し、俺はガルムが来るのを待った。
 そして――
「――……ッ」
 ギリギリのところで、その攻撃を受け流す。
「――っ!? 何が……」
 隣でリマリアが驚くような反応を見せるが……別に大したことはしてない。大きな力を制するのに、同じだけの力は必要ないということだ。
 僅かな力であっても、タイミングと狙う場所を間違えなければ、真っ直ぐに突っ込んでくる物体の進行方向を変えることくらい、わけはない。
 そうして一度攻撃が逸れてしまえば……俺は労力もなしに、ヤツの後ろに立つことができる。
 そこまでくれば、もう恐れるものはない。
 理由は先ほど、カリーナが言った通りだ。
「八神さん……!」
「畳みかけるぞッ!!」
 標的を見失ったガルムのもとに、身を潜めていたレイラとゴドーが一気に接近する。
 そうして俺とレイラ、ゴドーが三方から集中攻撃を浴びせていく。
『え? え? 皆さん、揃ってたんですか……?』
「ふっ……なかなかの名演説だったな、カリーナ」
『え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?』



 ガルム討伐後。ヒマラヤ支部に戻ってきた俺は、ゴドーと共に通路を歩いていた。
「それにしても、セイ。ずいぶんこっぴどく叱られたな」
「……はい」
 カリーナの姿が近くにないことを確認してから、俺はわずかに頷いた。
 戦闘中、ガルムの姿を見つけた時点で、俺は個人行動を取ると同時に通信機をオープン回線に切り替えていた。
 これはゴドーたちに俺の行動を報せておくための行動であり、実際ガルムのとどめを刺すときには、おかげでタイミングを合わせて連携を取ることもできたのだが……
 全員が聞こえる場所でカリーナとのやりとりを行ったのは、デリカシーに欠けた行動だったらしい。……レイラから冷たい視線を向けられたのも久しぶりだ。
 そんなトラブルもあったものの、とりあえずカリーナから言われたことは肝に銘じておきたい。
 確かに俺は、ネブカドネザルを一人で倒さなければならないとこだわり過ぎていたように思う。
 そのときのために、力をつけなければと焦る気持ちもあった。
 だが、焦ったところで事態が好転するわけでもない。俺の力が不足しているなら、ネブカドネザルには全員で当たるべきなのだろう。
(彼女のほうも、そんな風に考えてくれればいいんだがな……)
 俺はそう思いながら、リマリアに視線を向けた。
 戦闘がはじまる前後あたりから、彼女の口数は極端に少なくなっていた。
 おそらくだが、ネブカドネザルの能力への対策を考えているのだと思う。
 人のことを言えた立場ではないものの、もう少し肩の力を抜いてくれるといいのだが……

 行き詰っているのはどこも同じらしい。
 広場に辿り着くと、椅子に腰かけたまま黙り込んでいるリュウの姿があった。
「リュウ、JJとの研究は進んでいるか?」
 ゴドーから進捗を聞かれたリュウは、ため息をついて口を開いた。
「進むも何も、手の付け方が分からないですね。いったい、ネブカドネザルはどんな力を使っているのか……」
「力であることは確かなのでしょう?」
「物体を動かすわけだから、力は力さ」
 訝しげなレイラに対して、リュウは片手を上げて気だるげに答えた。
 そのまま俺の背中のあたりに目を向ける。
「リマリアは、力の発生のタイミングを感知できるのか?」
「はい。ですが、発生に対しては何もできません」
「使われる前に殴り倒すのは?」
 そう口にしたのはレイラだ。
「速度、範囲的にほぼ不可能です」
 リマリア自身も一応考慮はしてあったのか、ほとんど間を置かずに答えが返ってくる。
 やはり、答えを導き出すのは簡単ではなさそうだ。
 無謀なアイディアだとしても、確認を取ることは重要だ。
 どれだけ選択肢があるのか確認する上で必要な工程とも言える。そして、手元に残った一欠片の可能性から最適解を導き出すことが、彼に託された役割でもあった。
「…………」
 リュウは少しの間、瞳を閉じて押し黙る。
 リマリアの回答を聞いた上で、他に確認すべきことがないか思案しているようだった。
 やがて彼は何か思いついたのか、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、地面に神機を刺して、踏ん張って耐えるのは?」
「…………」
 これまで即答してきたリマリアが、初めて口を閉ざす。
 そのことを皆に伝えると、レイラがさも当然のごとく溜息をついた。
「でしょうね、リマリアも呆れるほどのお子様な発想だわ」
「……っ!」
 普段澄ましたリュウの面貌に、屈辱にも羞恥にも見て取れる感情が走った。
「単純かもしれないけど! 止められないなら、とっさにできる反応はそれぐらいじゃないか!」
「そうかしら?」
「だいたい、殴り倒すとか言ってたヤツがよく言えるな!」
「なんですって!?」
 今日も今日とて、二人の口喧嘩が始まってしまう。
 見慣れた光景に辟易しつつも、誰かが仲裁役にならねばならない。
 俺は意を決し、言葉の応酬が飛び交う火事場へ身を投じる。
「おい、二人とも落ち着いて……」
 しかしその最後まで言い終わらないうちに、俺の意識は別のところへ持っていかれた。
「踏ん張って、耐える……踏ん張って、耐える……」
「リマリア……?」
 見ればリマリアは、虚空を見つめたまま、しきりに同じ言葉をつぶやいていた。
「ん?」
 俺の視線につられ、リュウもそちらの方向を見る。
 やがて俺たちが見つめる前で、リマリアはあっけらかんと口にした。
「……なるほど、その発想はありませんでした」
「当たり前でしょ! それでどうにかなるなら苦労しません!」
 リマリアの言葉を通訳すると、レイラが大声でツッコミを入れる。
 そんななかでも、リマリアは淡々と、そして粛々と繰り返している。
「踏ん張って、耐える……踏ん張って、耐える……」
「セイ、リマリアは?」
「……はい、今も同じ言葉をつぶやいています」
「なるほど……思考は働いているようだな」
 ゴドーは俺の返事を聞いて、静かに頷く。サングラス越しにも、その真剣な眼差しが見て取れた。
(踏ん張って耐える、か……)
 リマリアはその言葉の何に引っかかりを覚え、何を導き出そうとしているのだろう。
 想像はつかないが……取っ掛かりは得た、のか?
 そうして俺たちがリマリアを注視していると、ゴドーがふっと笑って口を開いた。
「リマリアも頑張ってくれている。俺たちは踏ん張って耐える練習でもするか?」
「やめてくださいよ。どうせ体ごともっていかれるだけでしょう」
 ゴドーの冗談に対し、リュウは嫌そうにしながら答えた。
 レイラに馬鹿にされたこともあるし、そもそもが本気で口にしていた訳でもないのだろう。
 その場に漂う閉塞感が息苦しく、俺たちは揃って溜息を吐いた。
 ただ一人、純白の髪を持つ女性を除いて。
「体ごと…………?」


1 2 3 4 5 6 7
CONTENTS TOP