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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第八章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~8章-4話~
「ええ? マジでできるのかよ!?」
神機整備場に、JJの大声が響き渡る。
「ちょっと信じられないですね」
そのすぐ隣で、リュウは半信半疑といった面持ちで話を聞いている。
そんな二人の様子を意にも返さず、ゴドーがその視線を彼女へ向けた。
「出来ると本人が言っている。そうだな、リマリア?」
「はい。ネブカドネザルがアラガミを呼ぶ波動は記憶してありますので、再現できます」
彼女の言葉を伝えると、JJたちは改めて驚きの声をあげた。
「アラガミを誘導する装置、なんてのもどこぞで研究されてはいるが……あのアラガミの能力をそのまま再現するなんて、ただごとじゃねえぞ?」
JJはいかめしい顔つきで、まじまじと神機を見つめている。
神機を扱う職人である彼だからこそ、その能力がいかに現実離れしたものなのかが分かるのだろう。
今すぐ彼女を分解し、その仕組みを調べたいとでも言いだしそうなJJを見て、危険を感じた俺は、ひそかに彼から神機を遠ざける。
「つまりリマリアさんがその気になれば、ここにアラガミを集めることもできる、と。……事実だとしたら、相当危険な能力ですね。一歩間違えば……」
リュウが言わんとしていることは分かる。
その気になれば、内部からヒマラヤ支部を崩壊させることもできる能力だ。もし何らかの手違いや暴走が起きれば、その時には……
「それぐらいの力がなければ、どのみちネブカド君には勝てんさ」
その力を危惧するリュウに対し、ゴドーは軽い口ぶりで、しかし決然たる意志を持って言い放つ。
「それは……」
リュウが言葉を詰まらせる。
彼だって本当は分かっているはずだ。支部を壊滅させるだけの力を持っているのは、ネブカドネザルも同じ……
ヤツに対抗するためには、俺たちも同等か、それ以上の力を持っている必要がある。
他にヤツに対抗できる有効な手段がある訳でもない。危険な橋だが、渡るだけの価値はある。
「ゴドー隊長がそこまで言うなら……やるしかないのでしょうけど」
そう言ってリュウは渋々頷くが、完全に納得できた訳でもなさそうだ。
それを見て取ったゴドーが、言葉を重ねる。
「お前は、支部の安全確保を懸念しているのだろう? であれば安心しろ。実験はできる限り支部から離れた場所でやる」
「それは、もちろんです。しかし……万が一、対処しきれないほどのアラガミを呼んでしまったら?」
「…………」
リュウの言葉に、沈黙が流れる。
「考えられないような事態に陥った場合、もっとも危険なのは間違いなく神機を手にしている隊長補佐です。あなた自身は、そのことをどう考えているのですか?」
「ん……そうだな」
周囲からの視線が俺に集まる。
「その時は、全部倒すしかないんじゃないか?」
「いやいや、そんな簡単に……」
「どのみちネブカドネザルと戦うまでには、まだまだアラガミを喰っておく必要がある。……ヤツ以外に負けるようなら、ヤツにも勝てない」
「それは、そうかもしれませんが……」
俺の言葉を聞き、リュウは俯いて黙り込む。そんな彼の肩に、ゴドーが手を置いた。
「そういうことだ。……実験は俺とセイで行く。彼でも手に負えない状況になれば、俺が責任を持って対処しよう」
「……分かりました。でも、くれぐれも無茶はしないでくださいよ」
「ああ、分かってるさ」
ゴドーはそう言ってリュウから手を離すと、そのまま腕を組んで考えを巡らせる。
「そうだな、実験の場所はあそこにするか」
「あそこ……とは?」
リュウが次の言葉を促すと、ゴドーは顎で遠くを指すようなそぶりを見せた。
「クベーラが住んでいたあの山さ」
「おいおい……いくらなんでも遠いんじゃあねえか?」
その言葉に、今度はJJが難色を示す。一方のゴドーは涼しい表情だ。
「あそこにもしアラガミが集まったとしても、クベーラよりはマシだろ? そう考えれば気も楽だ」
「そうは言ってもなあ……」
JJは、また唸って黙り込んでしまった。
そんなやりとりを見ていたリュウが、呆れるようにゴドーを見た。
「薄々気づいていましたけど……ゴドー隊長って、計算より勢いで動いている時がありますよね……?」
「臨機応変、ってヤツさ」
ゴドーはこともなげに返す。
「全て計算で勝ちが確定するならそうするがね。残念ながら、俺はラプラスの悪魔ではない」
そう言ってゴドーは口角を上げてニヤリと笑う。
「計算も、計算を捨てることもどっちも必要だ。そんなところが人間の面白さだろ?」
悪戯っぽく笑うゴドーを見て、リュウは付き合いきれないと肩をすくめる。
そんななか、リマリアだけが、ゴドーの言葉を真剣に捉えていたようだ。
「計算を、捨てる……?」
「…………」
確かに、生まれながらに様々な機能を持っている彼女からすれば、計算や思考を放棄すべきだという考え方は、理解しにくいものだろう。
なぜ人間はそうするのか、それの何が面白いのか……彼女は理解しようと、思考を深めている様子だ。
不意にゴドーと目が合った。……まさか、リマリアが悩んでいることに気付いているのか?
だとすればゴドーは、リマリアの成長を促すため、計算して今の話をしたのだろうか。それとも適当に話していただけなのか……
どこまで適当で、どこまでが計算なのか。次第に俺まで、ゴドーのことが分からなくなってくる。
「何にせよ、その悪そうな顔は、悪魔に負けちゃいねえな」
最後にJJが言ったところで、その場はお開きになるのだった。
支部からはるか東の山岳部――俺とゴドーはネブカドネザルたちとの因縁の地へとやってきた。
先日の山崩しの影響もあって、道中の地形は大きく変わっていたが、それでも山頂付近の景色は変わらない。
氷と万年雪に覆われた白銀の世界――この奥に溶岩が眠っていると言われても、なかなか信じにくい光景だ。
比較的開けた雪原に立ったところで、ゴドーがこちらへ振り返る。
「ここでいいだろう。リマリア、はじめるぞ」
「はい」
彼女の返事にゴドーは小さく頷き返すと、そのまま通信機に手を当てた。
「カリーナ、アラガミの観測はできているな?」
『ばっちりです!』
カリーナからも良好な答えが返ってくる。
これで、全ての準備が整った訳だ。
ネブカドネザルの能力を再現し、この場にアラガミたちを呼ぶ――
この実験によって、どのような結果がもたらされるか……その場には、いつもの討伐とも異なる、言い知れぬ緊張感が漂っていた。
その張り詰めた空気のなか、ゴドーの声が空間を奔った。
「よし、やってくれ!」
「波動、出ます」
リマリアは静かに目を閉じ、黙した。
その直後、彼女を中心に、何かが放たれていった気がした。
目には見えず、一瞬のことでよく分からなかったが……今のが波動だったのだろうか。
ネブカドネザルが放った異音とは、ずいぶん印象の違うものだが……
俺は知らず知らずのうちに息を殺し、彼女の姿をじっと見つめた。
「……」
その場に音を立てる者はいない。
ただ吹き抜ける冷たい風だけが、空気を揺らす。
それから少しの間を置いて、ゴドーが結果を急ぐように口を開いた。
「どうだ……?」
それは、リマリアに問いかけるようにも、自分自身の考えを確かめているようにも聞こえた。
そして……再び沈黙が訪れようかという、その時だった。
『レーダーにアラガミ反応多数! そちらへ向かっていきます!!』
カリーナの強く鋭い声が届くと同時、ゴドーは小さく拳を突き上げた。
「成功か!」
これでようやく、一歩前進……この能力を分析していくことで、ネブカドネザルに近づくことができるかもしれない。
だが、差し当たって気になるのは、目の前のこと。
リマリアが呼んだアラガミへの対処を考えなくてはならない。
「……大丈夫なのか?」
「距離や指向性はある程度コントロールできるようです。今回は距離を絞ったので、無制限にアラガミが来ることはありません」
彼女の言葉を聞き、俺は小さくため息を吐いた。
しかし、今の言葉……捉え方によっては、リマリアやネブカドネザルがその気になれば、相当数のアラガミを呼び寄せることも可能と言っているようにも聞こえる。
改めて、手にした力……そして対処すべき存在の大きさを実感する。
「――っ」
そこで目の前から足音がして、俺とゴドーは神機を構える。
遅れてカリーナから、強い口調で指示が飛ぶ。
『迎撃準備を!!』
「いつでもいいぞ」
ゴドーと二人、肩を並べて立ってアラガミを待つ。
やがて目の前から、アラガミが姿を現したと同時、俺は強い口調で合図した。
「リマリア!」
彼女も即座に理解して、その力を解放する。
「アビスファクター、レディ!」
神機が淡い色の光を纏った。
『周囲のアラガミ反応、全て消失しました!』
カリーナの声を聞くと同時に、俺は神機の構えを解いた。
自分で呼んでおいてなんだが、なかなかハードな戦いだった。
これほど簡単に、強力なアラガミを大量に呼べるというのは空恐ろしい。
「ネブカド君は、こんな風にアラガミを呼んでいたんだな……」
ゴドーの言葉に頷きながら、俺は首筋を伝う汗を拭って周りを眺めた。
「距離や指向性をコントロールすることも可能だそうです」
「なるほど……改めて危険な力だな。その力を、ネブカド君は持っていると――」
ゴドーがごくりと喉を鳴らす。
仮説の一つには、ネブカドネザルがアラガミ増加という状況を作り出したというものもあるが……あながち冗談とも思えなくなった。
もし、ヤツが狙ってヒマラヤ支部周辺のアラガミを増やし、俺たちを疲弊・消耗させていたのだとすれば、ネブカドネザルの狡猾さ、危険性は考えていたより数段上のものになるだろう。
敵を知ったことで、ますますヤツに勝つことが、絶望的なものに思えてくるが……
そこで不意に、俺の隣からリマリアが声をかけてきた。
「あの、ひとつ試したいことがあるのですが、提案してもよろしいですか?」
「提案……?」
彼女のほうから、発言の機会を請うのは珍しい。
「聞かせてくれ」
ゴドーがその先を促すと、リマリアはすぐに提案を開始した。
「さきほど再現したアラガミを呼ぶ波動を、ネブカドネザルの波動にぶつけて打ち消すことが可能です」
「……! ヤツがアラガミを呼ぶのを、止められるということか?」
俺は通訳することも忘れ、そのままリマリアに聞き返した。
その言葉を聞き、ゴドーが冷静な口調で尋ねてくる。
「本当か?」
「ネブカドネザルが波動に波動を当てて気配を消している手法を、真似するだけです」
「……かなり難易度の高い芸当に思えるが?」
「精度が低めでも、波動が広がる前に打ち消せば拡散を阻止できます。そのため、タイミングがある程度合わせられれば成功します」
「成功します、か……」
リマリアが言い切ったことで、ゴドーは腕を組み、喉の奥で小さく唸った。
彼女があっさり口にしたことで、なかなか現実感は持てなかったが……
『もしかして、大きな問題がいきなり解決しちゃった……?』
通信機越しにカリーナが言うと、次第にそういうことなのかと思えてくる。
ネブカドネザルという脅威が持つ、ある意味最も厄介だった力――アラガミを呼ぶ能力への対処法が見つかった。
「……実用レベルなのか?」
「はい。私がこの波動を感知してすぐ同じ波動を打てば、他のアラガミに届く前に消せます」
リマリアの返答は明瞭だった。
「すごいな……」
「クベーラを捕喰したことで、できることが増えました」
率直な感想を漏らすと、リマリアは腰に手を当てて胸を張ってみせる。
無表情なあたり、偉ぶる気持ちはなさそうだが……そんなポーズ、どこで覚えてきたのだろう。
「……というか、クベーラ捕喰時点でそれだけのことが可能になっていたんだな」
「自ら対策を提案できているのも、大きな進歩だと言える。君たちが必死に思考力を高めていった結果が、今に繋がっているんだろう」
なるほど、ゴドーの言う通りだ。力を持っていることと、力を操る術を持つことは全く別の問題だ。リマリアは思考力を高めることによって、自身の持つ機能を様々なことに応用できるようになったのだろう。
こうしたことは、一足飛びにできるようになることではない。
「リマリアの努力の成果か……」
俺が視線を向けると、リマリアもじっとこちらを見つめてきた。
「……?」
「ともあれ、これでネブカドネザルを倒すための手札が揃いそうだな」
その言葉を聞き、俺もリマリアもゴドーのほうに目を向ける。
ゴドーのなかでは、すでに結論が出たのだろう。テキパキと撤収の準備を進めながら、もう一度だけ俺を見る。そのまま人差し指を立てて、軽く口元へと寄せてみせた。
「では、この能力は他言無用とする。俺とカリーナ、隊長補佐の三人だけの秘密だ」
『え? なぜですか?』
その言葉に、カリーナが驚きの声を上げた。
困惑する彼女に、ゴドーは落ち着いた口調で諭した。
「ネブカドネザルに知られないためだ。ヤツの知能は侮れないからな」
『あっ……』
「クロエ支部長には情報を隠蔽する方針を話し、了解を得ている。各自、忘れないように」
ゴドーは念を押して注意を呼び掛けると、そのまま何事もなかったように帰路についた。
「どう思います? さっきのゴドーさんのこと」
実験を終えて支部に戻ると、カリーナがそう言って俺に声をかけてきた。
そのまま広場への道すがら、会話を続ける。
「私たちだけの秘密だ、なんて……ちょっと警戒しすぎの気もしませんか?」
「そうでしょうか?」
あまり気にもしていなかったが、カリーナのほうは少し不満そうだ。
「ネブカドネザルに知能があると言っても、限界があると思うんですよ。作戦行動の全てを読まれるわけでもないんですし……」
「……」
「八神さんは、そう思いませんか?」
「……どうでしょうか。俺としては、どれだけ警戒しておいても、損のない相手だとは思います」
全てを読まれるのは大袈裟にしても、ゴッドイーターの配置や視線、表情から、ヤツが何かを勘づく可能性は低くない。それに……
「たった一度きりのチャンスですから。ゴドー隊長が慎重になるのも理解できます」
「一度きり、ですか?」
「ええ。ヤツは窮地に追いやられても、アラガミを呼べると考えています。ですが、唐突にそれができなくなれば……」
「ネブカドネザルを、一気に追い詰めることができると……なるほど」
逆に次の戦いでヤツを逃せば、状況はさらに悪くなる。姿を隠し、自己進化を繰り返すことで、さらに厄介な相手になっていくだろう。
ネブカドネザルを倒せるタイミングは、俺たちがヤツの能力を超え、そしてヤツがそのことに気づいていない時に限定される。
そうでなければ、ヤツは己の影すら見せないだろう。
「そっかぁ……うーん……」
俺の言葉を聞いたカリーナは、困ったような表情を浮かべる。
「……オペレーターの立場から言わせてもらえば、できるだけ情報は皆に知らせておいてもらいたいんですけどね。ほら、この間のこともあったじゃないですか」
「ああ……クベーラ戦の時の支部長ですか」
ネブカドネザルに対処するため、クロエ自らヘリで最前線に突っ込んだ件だ。
俺が尋ねると、カリーナは大きく頷いた。
「ええ。……必要なことだとは分かっていても、やっぱり何かあってからでは遅いですからね。何も知らされないまま、悲しいことが起きてしまったら……辛いですよ」
「…………」
「よ、お二人さん。なんの話をしてんだい?」
と、そこで広場の椅子に腰かけていたドロシーが、親しげにこちらへ手を振ってきた。
「あ、いえ。大した話はしてないですよ。ただ、最近のリマリアはすごいですね、みたいな話をね」
カリーナが目配せしてきたので、俺も頷き返してみせる。
「すごいって、どんな風に?」
「それはその……いろいろと、どんどん成長してるみたいで」
カリーナは誤魔化しつつ、リマリアの能力については触れない方向で話を進めようとする。
ゴドーの秘密主義に思うところはあるものの、言いつけを破るつもりもない、というところか。
「ふぅーん?」
「人間の子供も、思考が備わってから急激に成長するそうです」
疑うようにドロシーが見たところで、リマリアが丁度よく口を開いた。
「つまり、育ち盛りって訳ですね」
「はい。ネブカドネザルに勝たなくてはなりませんし」
「そうね! そのためには、私も驚いてる場合じゃないか!」
「でもさあ……今のままじゃ、まだネブカドに勝てないんだろ?」
二人の話を聞いていたドロシーが、低いトーンで口を挟む。
「はい、まだ対処できない能力があります」
リマリアはドロシーの問いかけにも冷静に答える。
居場所を隠す能力や、アラガミを呼ぶ能力については大体解決の目途が立った。残りはヤツ自身が持つ引力のような能力だが……
「ところで、ネブカドネザルってあんまりでっかくないんだよな? どうしてそんなに強いんだ?」
そこでドロシーが、そもそもの部分を尋ねてくる。
「それはやっぱり、並外れた知能と特殊な能力が……」
「違う違う。どういう強さを持ってるかじゃなくて、そもそもなんで強いのか」
「それは……アラガミですから、たくさん食べて育ってるからでは?」
カリーナは戸惑いながら、何とか答えを紡ぎ出す。
しかし、ドロシーの疑問はそれで収まらない。
「普通は喰ったぶんだけでかくなるんじゃないのかい?」
「あー……どうなんですか、リマリア?」
言葉に詰まったカリーナが、助けを求めるような眼差しを向ける。
「特殊な個体である、という認識で良いのでは」
対するリマリアの返答は、実にあっけらかんとしたものだ。
「特殊ねえ? そんなのが、またなんでヒマラヤにいるんだか……」
そこでカリーナは何かを思いついたような表情をする。
「もしかして、ヒマラヤが好きだとか?」
「好きだあ? ヤツらにそんな感傷があるもんかねえ……」
「ほら、特殊だし頭良さそうだし、もしかしたら……ってね」
「ないない。アラガミに限って、そんなことないってば」
「そうかなー……」
カリーナの仮説を、ドロシーは一笑に付す。
頭を悩ませる二人の前で、リマリアは表情を変えず粛然として佇んでいる。
ああでもない、こうでもないとやり取りしながら、カリーナはいかにも不思議といった面持ちで天井を見上げた。
「アラガミって……分からないことだらけよね……」
「ええ? マジでできるのかよ!?」
神機整備場に、JJの大声が響き渡る。
「ちょっと信じられないですね」
そのすぐ隣で、リュウは半信半疑といった面持ちで話を聞いている。
そんな二人の様子を意にも返さず、ゴドーがその視線を彼女へ向けた。
「出来ると本人が言っている。そうだな、リマリア?」
「はい。ネブカドネザルがアラガミを呼ぶ波動は記憶してありますので、再現できます」
彼女の言葉を伝えると、JJたちは改めて驚きの声をあげた。
「アラガミを誘導する装置、なんてのもどこぞで研究されてはいるが……あのアラガミの能力をそのまま再現するなんて、ただごとじゃねえぞ?」
JJはいかめしい顔つきで、まじまじと神機を見つめている。
神機を扱う職人である彼だからこそ、その能力がいかに現実離れしたものなのかが分かるのだろう。
今すぐ彼女を分解し、その仕組みを調べたいとでも言いだしそうなJJを見て、危険を感じた俺は、ひそかに彼から神機を遠ざける。
「つまりリマリアさんがその気になれば、ここにアラガミを集めることもできる、と。……事実だとしたら、相当危険な能力ですね。一歩間違えば……」
リュウが言わんとしていることは分かる。
その気になれば、内部からヒマラヤ支部を崩壊させることもできる能力だ。もし何らかの手違いや暴走が起きれば、その時には……
「それぐらいの力がなければ、どのみちネブカド君には勝てんさ」
その力を危惧するリュウに対し、ゴドーは軽い口ぶりで、しかし決然たる意志を持って言い放つ。
「それは……」
リュウが言葉を詰まらせる。
彼だって本当は分かっているはずだ。支部を壊滅させるだけの力を持っているのは、ネブカドネザルも同じ……
ヤツに対抗するためには、俺たちも同等か、それ以上の力を持っている必要がある。
他にヤツに対抗できる有効な手段がある訳でもない。危険な橋だが、渡るだけの価値はある。
「ゴドー隊長がそこまで言うなら……やるしかないのでしょうけど」
そう言ってリュウは渋々頷くが、完全に納得できた訳でもなさそうだ。
それを見て取ったゴドーが、言葉を重ねる。
「お前は、支部の安全確保を懸念しているのだろう? であれば安心しろ。実験はできる限り支部から離れた場所でやる」
「それは、もちろんです。しかし……万が一、対処しきれないほどのアラガミを呼んでしまったら?」
「…………」
リュウの言葉に、沈黙が流れる。
「考えられないような事態に陥った場合、もっとも危険なのは間違いなく神機を手にしている隊長補佐です。あなた自身は、そのことをどう考えているのですか?」
「ん……そうだな」
周囲からの視線が俺に集まる。
「その時は、全部倒すしかないんじゃないか?」
「いやいや、そんな簡単に……」
「どのみちネブカドネザルと戦うまでには、まだまだアラガミを喰っておく必要がある。……ヤツ以外に負けるようなら、ヤツにも勝てない」
「それは、そうかもしれませんが……」
俺の言葉を聞き、リュウは俯いて黙り込む。そんな彼の肩に、ゴドーが手を置いた。
「そういうことだ。……実験は俺とセイで行く。彼でも手に負えない状況になれば、俺が責任を持って対処しよう」
「……分かりました。でも、くれぐれも無茶はしないでくださいよ」
「ああ、分かってるさ」
ゴドーはそう言ってリュウから手を離すと、そのまま腕を組んで考えを巡らせる。
「そうだな、実験の場所はあそこにするか」
「あそこ……とは?」
リュウが次の言葉を促すと、ゴドーは顎で遠くを指すようなそぶりを見せた。
「クベーラが住んでいたあの山さ」
「おいおい……いくらなんでも遠いんじゃあねえか?」
その言葉に、今度はJJが難色を示す。一方のゴドーは涼しい表情だ。
「あそこにもしアラガミが集まったとしても、クベーラよりはマシだろ? そう考えれば気も楽だ」
「そうは言ってもなあ……」
JJは、また唸って黙り込んでしまった。
そんなやりとりを見ていたリュウが、呆れるようにゴドーを見た。
「薄々気づいていましたけど……ゴドー隊長って、計算より勢いで動いている時がありますよね……?」
「臨機応変、ってヤツさ」
ゴドーはこともなげに返す。
「全て計算で勝ちが確定するならそうするがね。残念ながら、俺はラプラスの悪魔ではない」
そう言ってゴドーは口角を上げてニヤリと笑う。
「計算も、計算を捨てることもどっちも必要だ。そんなところが人間の面白さだろ?」
悪戯っぽく笑うゴドーを見て、リュウは付き合いきれないと肩をすくめる。
そんななか、リマリアだけが、ゴドーの言葉を真剣に捉えていたようだ。
「計算を、捨てる……?」
「…………」
確かに、生まれながらに様々な機能を持っている彼女からすれば、計算や思考を放棄すべきだという考え方は、理解しにくいものだろう。
なぜ人間はそうするのか、それの何が面白いのか……彼女は理解しようと、思考を深めている様子だ。
不意にゴドーと目が合った。……まさか、リマリアが悩んでいることに気付いているのか?
だとすればゴドーは、リマリアの成長を促すため、計算して今の話をしたのだろうか。それとも適当に話していただけなのか……
どこまで適当で、どこまでが計算なのか。次第に俺まで、ゴドーのことが分からなくなってくる。
「何にせよ、その悪そうな顔は、悪魔に負けちゃいねえな」
最後にJJが言ったところで、その場はお開きになるのだった。
支部からはるか東の山岳部――俺とゴドーはネブカドネザルたちとの因縁の地へとやってきた。
先日の山崩しの影響もあって、道中の地形は大きく変わっていたが、それでも山頂付近の景色は変わらない。
氷と万年雪に覆われた白銀の世界――この奥に溶岩が眠っていると言われても、なかなか信じにくい光景だ。
比較的開けた雪原に立ったところで、ゴドーがこちらへ振り返る。
「ここでいいだろう。リマリア、はじめるぞ」
「はい」
彼女の返事にゴドーは小さく頷き返すと、そのまま通信機に手を当てた。
「カリーナ、アラガミの観測はできているな?」
『ばっちりです!』
カリーナからも良好な答えが返ってくる。
これで、全ての準備が整った訳だ。
ネブカドネザルの能力を再現し、この場にアラガミたちを呼ぶ――
この実験によって、どのような結果がもたらされるか……その場には、いつもの討伐とも異なる、言い知れぬ緊張感が漂っていた。
その張り詰めた空気のなか、ゴドーの声が空間を奔った。
「よし、やってくれ!」
「波動、出ます」
リマリアは静かに目を閉じ、黙した。
その直後、彼女を中心に、何かが放たれていった気がした。
目には見えず、一瞬のことでよく分からなかったが……今のが波動だったのだろうか。
ネブカドネザルが放った異音とは、ずいぶん印象の違うものだが……
俺は知らず知らずのうちに息を殺し、彼女の姿をじっと見つめた。
「……」
その場に音を立てる者はいない。
ただ吹き抜ける冷たい風だけが、空気を揺らす。
それから少しの間を置いて、ゴドーが結果を急ぐように口を開いた。
「どうだ……?」
それは、リマリアに問いかけるようにも、自分自身の考えを確かめているようにも聞こえた。
そして……再び沈黙が訪れようかという、その時だった。
『レーダーにアラガミ反応多数! そちらへ向かっていきます!!』
カリーナの強く鋭い声が届くと同時、ゴドーは小さく拳を突き上げた。
「成功か!」
これでようやく、一歩前進……この能力を分析していくことで、ネブカドネザルに近づくことができるかもしれない。
だが、差し当たって気になるのは、目の前のこと。
リマリアが呼んだアラガミへの対処を考えなくてはならない。
「……大丈夫なのか?」
「距離や指向性はある程度コントロールできるようです。今回は距離を絞ったので、無制限にアラガミが来ることはありません」
彼女の言葉を聞き、俺は小さくため息を吐いた。
しかし、今の言葉……捉え方によっては、リマリアやネブカドネザルがその気になれば、相当数のアラガミを呼び寄せることも可能と言っているようにも聞こえる。
改めて、手にした力……そして対処すべき存在の大きさを実感する。
「――っ」
そこで目の前から足音がして、俺とゴドーは神機を構える。
遅れてカリーナから、強い口調で指示が飛ぶ。
『迎撃準備を!!』
「いつでもいいぞ」
ゴドーと二人、肩を並べて立ってアラガミを待つ。
やがて目の前から、アラガミが姿を現したと同時、俺は強い口調で合図した。
「リマリア!」
彼女も即座に理解して、その力を解放する。
「アビスファクター、レディ!」
神機が淡い色の光を纏った。
『周囲のアラガミ反応、全て消失しました!』
カリーナの声を聞くと同時に、俺は神機の構えを解いた。
自分で呼んでおいてなんだが、なかなかハードな戦いだった。
これほど簡単に、強力なアラガミを大量に呼べるというのは空恐ろしい。
「ネブカド君は、こんな風にアラガミを呼んでいたんだな……」
ゴドーの言葉に頷きながら、俺は首筋を伝う汗を拭って周りを眺めた。
「距離や指向性をコントロールすることも可能だそうです」
「なるほど……改めて危険な力だな。その力を、ネブカド君は持っていると――」
ゴドーがごくりと喉を鳴らす。
仮説の一つには、ネブカドネザルがアラガミ増加という状況を作り出したというものもあるが……あながち冗談とも思えなくなった。
もし、ヤツが狙ってヒマラヤ支部周辺のアラガミを増やし、俺たちを疲弊・消耗させていたのだとすれば、ネブカドネザルの狡猾さ、危険性は考えていたより数段上のものになるだろう。
敵を知ったことで、ますますヤツに勝つことが、絶望的なものに思えてくるが……
そこで不意に、俺の隣からリマリアが声をかけてきた。
「あの、ひとつ試したいことがあるのですが、提案してもよろしいですか?」
「提案……?」
彼女のほうから、発言の機会を請うのは珍しい。
「聞かせてくれ」
ゴドーがその先を促すと、リマリアはすぐに提案を開始した。
「さきほど再現したアラガミを呼ぶ波動を、ネブカドネザルの波動にぶつけて打ち消すことが可能です」
「……! ヤツがアラガミを呼ぶのを、止められるということか?」
俺は通訳することも忘れ、そのままリマリアに聞き返した。
その言葉を聞き、ゴドーが冷静な口調で尋ねてくる。
「本当か?」
「ネブカドネザルが波動に波動を当てて気配を消している手法を、真似するだけです」
「……かなり難易度の高い芸当に思えるが?」
「精度が低めでも、波動が広がる前に打ち消せば拡散を阻止できます。そのため、タイミングがある程度合わせられれば成功します」
「成功します、か……」
リマリアが言い切ったことで、ゴドーは腕を組み、喉の奥で小さく唸った。
彼女があっさり口にしたことで、なかなか現実感は持てなかったが……
『もしかして、大きな問題がいきなり解決しちゃった……?』
通信機越しにカリーナが言うと、次第にそういうことなのかと思えてくる。
ネブカドネザルという脅威が持つ、ある意味最も厄介だった力――アラガミを呼ぶ能力への対処法が見つかった。
「……実用レベルなのか?」
「はい。私がこの波動を感知してすぐ同じ波動を打てば、他のアラガミに届く前に消せます」
リマリアの返答は明瞭だった。
「すごいな……」
「クベーラを捕喰したことで、できることが増えました」
率直な感想を漏らすと、リマリアは腰に手を当てて胸を張ってみせる。
無表情なあたり、偉ぶる気持ちはなさそうだが……そんなポーズ、どこで覚えてきたのだろう。
「……というか、クベーラ捕喰時点でそれだけのことが可能になっていたんだな」
「自ら対策を提案できているのも、大きな進歩だと言える。君たちが必死に思考力を高めていった結果が、今に繋がっているんだろう」
なるほど、ゴドーの言う通りだ。力を持っていることと、力を操る術を持つことは全く別の問題だ。リマリアは思考力を高めることによって、自身の持つ機能を様々なことに応用できるようになったのだろう。
こうしたことは、一足飛びにできるようになることではない。
「リマリアの努力の成果か……」
俺が視線を向けると、リマリアもじっとこちらを見つめてきた。
「……?」
「ともあれ、これでネブカドネザルを倒すための手札が揃いそうだな」
その言葉を聞き、俺もリマリアもゴドーのほうに目を向ける。
ゴドーのなかでは、すでに結論が出たのだろう。テキパキと撤収の準備を進めながら、もう一度だけ俺を見る。そのまま人差し指を立てて、軽く口元へと寄せてみせた。
「では、この能力は他言無用とする。俺とカリーナ、隊長補佐の三人だけの秘密だ」
『え? なぜですか?』
その言葉に、カリーナが驚きの声を上げた。
困惑する彼女に、ゴドーは落ち着いた口調で諭した。
「ネブカドネザルに知られないためだ。ヤツの知能は侮れないからな」
『あっ……』
「クロエ支部長には情報を隠蔽する方針を話し、了解を得ている。各自、忘れないように」
ゴドーは念を押して注意を呼び掛けると、そのまま何事もなかったように帰路についた。
「どう思います? さっきのゴドーさんのこと」
実験を終えて支部に戻ると、カリーナがそう言って俺に声をかけてきた。
そのまま広場への道すがら、会話を続ける。
「私たちだけの秘密だ、なんて……ちょっと警戒しすぎの気もしませんか?」
「そうでしょうか?」
あまり気にもしていなかったが、カリーナのほうは少し不満そうだ。
「ネブカドネザルに知能があると言っても、限界があると思うんですよ。作戦行動の全てを読まれるわけでもないんですし……」
「……」
「八神さんは、そう思いませんか?」
「……どうでしょうか。俺としては、どれだけ警戒しておいても、損のない相手だとは思います」
全てを読まれるのは大袈裟にしても、ゴッドイーターの配置や視線、表情から、ヤツが何かを勘づく可能性は低くない。それに……
「たった一度きりのチャンスですから。ゴドー隊長が慎重になるのも理解できます」
「一度きり、ですか?」
「ええ。ヤツは窮地に追いやられても、アラガミを呼べると考えています。ですが、唐突にそれができなくなれば……」
「ネブカドネザルを、一気に追い詰めることができると……なるほど」
逆に次の戦いでヤツを逃せば、状況はさらに悪くなる。姿を隠し、自己進化を繰り返すことで、さらに厄介な相手になっていくだろう。
ネブカドネザルを倒せるタイミングは、俺たちがヤツの能力を超え、そしてヤツがそのことに気づいていない時に限定される。
そうでなければ、ヤツは己の影すら見せないだろう。
「そっかぁ……うーん……」
俺の言葉を聞いたカリーナは、困ったような表情を浮かべる。
「……オペレーターの立場から言わせてもらえば、できるだけ情報は皆に知らせておいてもらいたいんですけどね。ほら、この間のこともあったじゃないですか」
「ああ……クベーラ戦の時の支部長ですか」
ネブカドネザルに対処するため、クロエ自らヘリで最前線に突っ込んだ件だ。
俺が尋ねると、カリーナは大きく頷いた。
「ええ。……必要なことだとは分かっていても、やっぱり何かあってからでは遅いですからね。何も知らされないまま、悲しいことが起きてしまったら……辛いですよ」
「…………」
「よ、お二人さん。なんの話をしてんだい?」
と、そこで広場の椅子に腰かけていたドロシーが、親しげにこちらへ手を振ってきた。
「あ、いえ。大した話はしてないですよ。ただ、最近のリマリアはすごいですね、みたいな話をね」
カリーナが目配せしてきたので、俺も頷き返してみせる。
「すごいって、どんな風に?」
「それはその……いろいろと、どんどん成長してるみたいで」
カリーナは誤魔化しつつ、リマリアの能力については触れない方向で話を進めようとする。
ゴドーの秘密主義に思うところはあるものの、言いつけを破るつもりもない、というところか。
「ふぅーん?」
「人間の子供も、思考が備わってから急激に成長するそうです」
疑うようにドロシーが見たところで、リマリアが丁度よく口を開いた。
「つまり、育ち盛りって訳ですね」
「はい。ネブカドネザルに勝たなくてはなりませんし」
「そうね! そのためには、私も驚いてる場合じゃないか!」
「でもさあ……今のままじゃ、まだネブカドに勝てないんだろ?」
二人の話を聞いていたドロシーが、低いトーンで口を挟む。
「はい、まだ対処できない能力があります」
リマリアはドロシーの問いかけにも冷静に答える。
居場所を隠す能力や、アラガミを呼ぶ能力については大体解決の目途が立った。残りはヤツ自身が持つ引力のような能力だが……
「ところで、ネブカドネザルってあんまりでっかくないんだよな? どうしてそんなに強いんだ?」
そこでドロシーが、そもそもの部分を尋ねてくる。
「それはやっぱり、並外れた知能と特殊な能力が……」
「違う違う。どういう強さを持ってるかじゃなくて、そもそもなんで強いのか」
「それは……アラガミですから、たくさん食べて育ってるからでは?」
カリーナは戸惑いながら、何とか答えを紡ぎ出す。
しかし、ドロシーの疑問はそれで収まらない。
「普通は喰ったぶんだけでかくなるんじゃないのかい?」
「あー……どうなんですか、リマリア?」
言葉に詰まったカリーナが、助けを求めるような眼差しを向ける。
「特殊な個体である、という認識で良いのでは」
対するリマリアの返答は、実にあっけらかんとしたものだ。
「特殊ねえ? そんなのが、またなんでヒマラヤにいるんだか……」
そこでカリーナは何かを思いついたような表情をする。
「もしかして、ヒマラヤが好きだとか?」
「好きだあ? ヤツらにそんな感傷があるもんかねえ……」
「ほら、特殊だし頭良さそうだし、もしかしたら……ってね」
「ないない。アラガミに限って、そんなことないってば」
「そうかなー……」
カリーナの仮説を、ドロシーは一笑に付す。
頭を悩ませる二人の前で、リマリアは表情を変えず粛然として佇んでいる。
ああでもない、こうでもないとやり取りしながら、カリーナはいかにも不思議といった面持ちで天井を見上げた。
「アラガミって……分からないことだらけよね……」