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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第七章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~7章-9話~
 支部の広場に足を運ぶと、そこにはすでにゴドーが待機していた。
「そろそろ出かけるぞ。リマリア、それに君も……準備はできているな?」
「はい」
「行けます」
 リマリアと俺が各々返事をする。
 それに対し一つ頷くと、ゴドーはすぐさま支部の外へ向けて歩き出した。



「あの……ゴドー隊長か、隊長補佐を見ていませんか?」
 支部の受付で尋ねると、奥からカリーナさんが姿を現した。、
「ゴドーさんたちはネブカドネザルの調査ですね。オペレートは私が担当です!」
「ああ……そうだったんですね」
「リュウはいつもの対アラガミ装甲壁のチェックかしら?」
「ええ」
(できれば八神さんに作業を手伝ってほしかったけど……仕方がないか)
 カリーナさんに答えながら、僕は内心で別のことを考えていた。
 するとそれを見透かしてか、カリーナさんが不思議そうに疑問を投げかけてくる。
「最近はオーダーが好調で、支部まで新手のアラガミを近づけさせませんし、壁もいい状態なんじゃないですか?」
「そのオーダーで得たアラガミ素材で、壁を補強する作業があるんですよ。いい状態を保つために、作業は休みなしです」
 肩をすくめて答えると、カリーナが難しそうな表情をして、頬に手を当てた。
「そうね……ロシアか中国からいい設備を持ってこられないのかしら?」
「どこの支部だって設備は手放せないでしょう。壁は支部の生命線なんですから」
「どこもかしこも、あれが足りない、これがほしい、なのよねえ」
 質問に淡々と答えていくと、カリーナさんは困ったような、落ち込んだような顔をした。
 ……せっかく心配してくれたのに、少し冷たく対応しすぎたかもしれない。
 とはいえ、カリーナさんにどう答えようと支部の状況がよくなる訳でもないし、僕にできるのは気を抜かず、自分にできることを続けていくことだけだ。
(考えてみれば、八神さんの手を借りようというのも、虫がよすぎたかもしれないな)
 支部周辺の環境は常に変化し続けている。
 一人では見落としがある可能性もあるし、八神さんのチェックは正確だ。……それを本当にリマリアさんがやっているのだとすれば、少し心配にもなるけれど。
 とはいえこれは、僕に任された仕事だ。あの人も忙しいのだから、いつも頼りきりではいられない。
「じゃ、僕も行きますよ」
「あ、いってらっしゃーい! ……さーて私も仕事仕事っ!!」
 そう言って僕が踵を返すと、カリーナさんもバタバタと作戦司令室に向かっていく。
 その気配を背中で感じていると、「きゃあっ!?」と短く悲鳴があがる。
 振り返れば、転んだカリーナさんが照れくさそうにしている。……見て見ぬふりをするべきか。
(…………)
 しかし、なんだろうな……この妙な胸騒ぎは。
 カリーナさんも言っていた通り、最近……特にクベーラ撃退以降、支部の周辺事情はすこぶる好調に思える。
 波が引いたとでも言うべきか、ネブカドネザルも姿を見せなければ、壁付近まで脅威が迫ることもない。今日もおそらく、点検が済めば大きな作業もほとんどない。
(なのに、どうしてこんなに気になるんだろうな……)
 ヒマラヤ支部はもともと、周辺にほとんどアラガミがいなかったということもあり、施設が充実していない。……壁も同じだ。
 相次いで出現する大量の、そして新種のアラガミたちに完璧に対応していくためには、今やっている作業だけでは足りないのではないか。
 ゴドー隊長を探していたのは、そのことで助言が欲しかったからなのだけれど……
(……心配性になり過ぎているのかもな)
 脳裏に浮かぶのは、顔なじみになり始めた外部居住区の住民たちや、あの少女の姿だ。
 僕が守るべきなのはこの支部であって、彼らではない。……肩入れしすぎるのは危険だ。
 そう頭では考えながらも、どこか煮え切らない思いのまま、僕は外部居住区へと向かうのだった。



「こんにちは」
 壁を細かくチェックしながら点検を進めていたところで、僕の背後から声がかかった。
 振り返れば、もう見慣れた少女の姿がある。
「……やあ。今日も僕の見張り、ご苦労さま」
 素っ気なく言うと、少女は少し不満そうにする。
「見張りじゃなくて……」
「もう日課みたいなものか」
「うん」
 少女は頷くと、僕に目を向けたまま黙り込む。
 この展開も毎度のことだ。だから僕も、彼女の存在を気にせず作業を始めた。
 そうして何分か経って振り向けば、僕を見ていた少女がにこりと笑う。
 その姿が幼い頃の妹と重なって見え、僕はかぶりを振ってその想像を追い払った。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「……」
 なんでもないと言ったのに、少女は僕から視線を逸らさない。
 結局、根負けした僕はため息をつきつつ、作業の手を止め彼女のほうを向いた。
「あー……そこでじっとしていても、退屈じゃないか?」
「ううん、そんなことない」
「そうか……だけど、この間も話したよね? 君にもできることが……」
「やってるよ。ちゃんとご飯を食べて、勉強もして、運動もして、それに……」
 少女は指折り数えながら、上目遣いに僕を窺う。
「なるほどね。それじゃ、今は休憩中って訳だ」
 言いながら頭を撫でてやると、少女はくすぐったそうにする。
「うん……そんな感じ」
「だったらここにいるよりも、誰かほかの友達と遊んできたほうが楽しいんじゃないか?」
 僕が言うと、はにかんでいた少女が何故か不機嫌そうにする。
「……私は、ここにいたいから」
 少女は俯きながらも、頑なな姿勢を崩さない。
 そこまでここを離れたくないなんて……何か理由があるのか?
 そうして考えを巡らせようとして……すぐに答えに辿り着く。
「そうか……君の気持ちはよく分かったよ」
「えっ……ほ、ほんと?」
「ああ。気がつかなくてごめん。無神経なことを言ったよね」
「う、ううん! そんなことは……でも……」
「この壁が崩れないか……やっぱり心配だよな」
「え……?」
 僕はもう一度壁を仰ぎ見た。この巨大な壁に穴が開き、そこからアラガミがやって来て……よく知る人たちを、自分たちの家を蹂躙していく。
 その時に感じた恐怖心は、簡単に拭い去れるものではないだろう。
「大丈夫だ。何も心配することないよ」
 僕は少女を安心させようと、努めて優しく語り掛ける。
「外側の点検もしてきたけど、壁の状態は万全だ。君の家は絶対にあんぜ……」
「ち、ちが……っ。それもあるけど、私は……そのっ!」
 少女が僕の言葉を遮り、何かを口にしようとする。
 その瞬間――大きな衝撃音と共に、地面が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
「なに……っ!?」
 足をふらつかせ、転びそうになる少女の体を咄嗟に抱き留める。
 そのまま僕は、倒れないように注意しつつ、何が起きたのか思考を巡らせる。
 考えられる可能性は、そう多くない。
「アラガミか! オーダーの迎撃も巡回討伐も、すり抜けて来たってのか!?」
 そうして周囲を見渡したところで、ふたたび衝撃が周囲に響く。
「うおっ!?」
 その衝撃の発信源は、僕たちのすぐ後ろ……今しがた点検をしていた壁だった。
「あ、ああ……っ!」
「……!?」
 そこで何が起きているのか。
 いち早く気がついたのは彼女のほうだった。
 少女は僕の腕の中で、目を見開き、恐怖に震えながら何かを見ている。
 その視線を辿り、僕が後ろを振り向けば、壁に裂け目ができているのが分かった。
 人が簡単に行き来できるほどの大きな穴……その向こうには、不自然な闇があった。
 アラガミが来たのであれば……それが壁を破ったのであれば、そこからは外の光景が見えてしかるべきだ。
 だから、そこから何も見えないのは、あまりにも不自然だった。
「……っ」
 少女を庇うように立ちつつ、僕はじっとその闇を見つめ、その正体を探っていた。
 僕の背後では、騒ぎに気がついた住民たちが避難する音が響いているが、その闇の奥からは静寂しか響かない。
 いや……かすかに音が聞こえる。
 バラバラと壁の断片が崩れていく音に交じって、低く暗い音が響いている。
「――グルル」
 それが身をかがめた獣の呻り声だと分かると同時――闇の奥から光が差した。
 闇の中にぽつんと映る、不気味なほどに真っ赤な光……それがアラガミの目玉だと気付いた時、そこから鈍色の太い刃が伸びてくる。
 危険を感じ、少女の身体を掴んで後ろに跳んだ瞬間――
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 守り続けてきた巨大な壁が、目の前でガラガラと崩れていく。それと入れ替わりに、巨大なアラガミが、次第にその全容を見せはじめる。
「何だあいつは!? こうも簡単に壁を……!!」
 双腕を持つ獣――巨大で獰猛な化け物は、僕たちにしっかりと狙いを定め……こちらに侵入しようと壁の穴を広げていく。
「っ……!」
 少女が僕の手をぎゅっと握ってくる。
 ……恐ろしいのは僕も同じだった。
 だが、これ以上あいつに壁を広げさせるわけにはいかない。
 彼女の手を優しく振りほどき、その目を見つめながら語りかける。
「……君はここを離れて。走って……できるだけ遠くに逃げるんだ」
「え……で、でも……」
 そう口にする少女の足は、ぷるぷると小さく震えていた。だけど……
「ちゃんと約束守って、体力つけてきたんだろ……? 大丈夫だ。絶対君にあいつは近づけない」
「そ、そうじゃないの……! 私は、私のことよりも……!!」
「……行け!」
「あっ……!」
 これ以上、時間を浪費する訳にはいかない。
 少女の返事を待たず、僕は一人、アラガミに向かって歩き出した。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「そうだ……僕を見ろ。お前の相手はこの僕だ……」
『リュウ、聞こえるか!』
「……支部長!!」
 通信機から聞こえてきたのは、クロエ支部長の声だった。
 彼女の声色からも、この状況が緊迫したものだということが伝わってくるが……
『今部隊を送る。戦力が整うまで交戦は避けろ!』
「……なんだって!?」
 慌てて立ち止まり、支部長の言葉に意識を向ける。
 僕は耳を疑っていた。
 クロエ支部長は状況が把握できていないのか……?
 今この瞬間にも、巨大なアラガミの手によって穴は広がり、ヤツはこちらに入り込もうとしている。
 もし、あいつが中に入ってきてしまったら……
 もし、外部居住区で交戦するようなことになれば……
 ここに暮らす人たちはどうなる? ようやく先の戦いの混乱から立ち直り、もう一度立ち上がろうとしている彼らは……
『強力なアラガミ反応だ。一人で戦うのは……』
「……できません!」
『なに?』
 諭すようなクロエ支部長の言葉を遮り、僕は叫ぶ。
 振り返れば、そこにはまだ、少女の姿がある。
 ――あれだけ強く言ったのに、彼女はいまだにそこに立ったまま、僕を見ている。
 どうしてそうしているのか……考えるまでもない。
 僕を、心配してくれているのだ。
 自分の身の危険よりも、僕のことを考えてくれている。
 そんな彼女がいるこの場所を……失っていいはずがない。
「入れさせるかーっ!!」
 僕は走りながら、顔を覗かせるアラガミに向けてバレットを撃ちこんでいく。
 ヤツが怯み、壁から距離を取る……そうか、クロムガウェインだったか。
 双腕の魔獣と呼ばれる凶悪な大型種……その姿を見て、怖気づいている暇はない。
『冷静になれ! リュウ!!』
「聞けません……!!」
 僕はそう言って通信を切ると、壁の外へと飛び出した。
「……守るべきものが守れない冷静さなんて、無意味です!!」
 クロムガウェインが完全に僕に狙いを定め、姿勢を低くする。
 そして――瞬きの間に距離を詰めてきたヤツが、再び壁に激突する。
「っ……こっちだ!」
 間一髪でそれを躱した僕は、バレットを撃ちこみながら走り出した。
「うおおおおおおおっ!!」
 とにかく今は、こいつを支部から遠ざける……そのために、僕は自ら囮になった。



「はぁ……はぁ……!」
 どれだけ走り続けただろう。
 足の膝が笑い、神機を構える腕が震えている。
 その理由は、疲労だけではないだろう。
 ――恐怖だ。
 僕の身の丈の数倍もある巨大な刃が、僕のすぐ隣に突き刺さる。
 わずか数センチ……少し体の位置が違えば、僕の胴体は真っ二つに引き裂かれていただろう。
「――っ!」
「グオオオオオオオオッ!」
 そう冷静に分析している暇すらほとんどない。二つの双腕や、そこに隠された巨大な仕込み刃は勿論のこと、四つ足から伸びる鋭い爪も、咆哮を上げる口から覗く無数の牙も、その一つ一つが僕の命を容易に奪える凶器だった。
 それを背後に引き連れて、自ら怒らせるような行為を繰り返しながら一人逃げ続けるなんて……まともな神経でやることじゃない。
 しかもこの豹……サイズから想像もつかない程に動きが素早い。一つ攻撃を躱すことさえ骨が折れる……
「はぁ……はぁ……! くっ……!」
 そんな相手に対して、一体僕は何をやっているんだろう。
 馬鹿げたことをしている自覚はあった。
 支部長の指示に逆らって……血も繋がらない、こちらに不満をぶつけ続けることしかできない人たちのために、自分の身を危険に晒すなんて……とても自分の行動とは思えない。
 それでも僕は、こうして走り続けている。
 そこまでする理由はなんだ? 僕はいつから、こんなことをするようになった?
 理想を掲げて捨て身の行動なんて、まるでレイラがやることじゃないか。
 貧乏くじを引いて走り回っているという意味では、八神さんみたいな動き と言えるかもしれない。
 ゴドー隊長がいればまた叱られただろう。『勇気と蛮勇は違う』、と……
 あの少女や……僕の妹。ホーオーカンパニーの家族たちが今の僕を見れば、どう思うだろう。

『リュウ・フェンファンが約束する。何が来ようと、この壁は破らせない!』
『……うそ』

(……そうだ。あの時、僕はあの子に言ったじゃないか……)
「――僕は約束を守る、それだけだ……!!」
 僕の背後を、一陣の黒い疾風が駆け抜けた。
 体勢を崩し、地面に滑り込むようにしてそれを避けた僕は、立ち上がってヤツのほうを向く。
(……よし、ついてきたな! 壁からこれだけ離れれば――)
「グガアアアアアアアア!!」
「――――!?」
 そうして振り向いた時には、ヤツの仕込み刀が僕の首筋を狙っていた。
 それを避けるため身体を逸らすと、その隙にさらにクロムガウェインが迫ってくる。
「おお……っ!?」
 ここまでは上手く、ヤツを引き付けてきたつもりだった。狙い通りに距離も取って……
(なッ……! まだ速く……!?)
 だけどどうだ?
 壁から離れて……追い込まれたのは、僕のほうなんじゃないのか?
 体力も尽きかけ、増援の来る支部を自ら離れ、飢えた獣の前に一人で立って――
 両腕が異常に発達したアラガミの片腕が振り下ろされる。
 ギリギリのところで攻撃をかわす。相手は初めて遭遇するアラガミだ。この図体にあのスピードでは、攻撃パターンを読むことすらも難しい。
「ガアアアアアアアッ!」
 アラガミが連続で攻撃を繰り出す。
 躱せない。
 そう感じた僕は、すぐさま守りの構えに移行する。
 だけど――
 クロムガウェインの一撃は、僕が考えるよりずっと速く、そして重たい。
「かはっ……!!」
 防御形態をとった神機ごと、僕の身体が弾き飛ばされる。
 そのまま僕の身体が地面を転がるのを……クロムガウェインは最後まで待たない。
 牙を剥き、こちらへ向かうクロムガウェインに対応するため、なんとかその場に踏みとどまり、立ち上がろうとするが……
「う……あぁ……!」
 三半規管がやられたのか、猛烈な眩暈で身体がどちらを向いているのかも分からない。
(……動けない! やられるっ!!)
 僕の視界を、黒い影が覆いつくした。
 その瞬間……先ほどまで纏っていた熱が全て消え失せ、身体が芯まで冷たくなる。
 いつかもこんなことがあった……ネブカドネザルに初めて遭遇した時だ――
 次の瞬間に訪れる死の感覚を、リアルに思い描くことができる。
 だけど……考えることは少し違う。
 あの時僕が感じていたのは、恐怖と諦念。
 だけど今僕が感じているのは……悔しさだった。
(ああ、やっぱり……死んで残るのは、後悔 だけか……)
 こんなやりきれない気持ちのままで逝くなんて、それなら僕は――
「リュウッ!」
「――!」
 僕を覆っていた暗闇の奥から、光が差す。
 違う……誰かが僕の身体を掴み、そこから連れ出してくれたんだ――
「あぁっ……!!」
(……――レイラ?)
 歪み続ける視界の中で、必死に彼女の姿を探す。
「間に合ったか……!」
「リマリア――!」
 次いで聞こえたのはゴドー隊長の声。
 そして八神さんが短く叫ぶと、目の前に温かな薄紅色の光が広がる。
 この光には見覚えがある。八神さんにしか使えない力……アビスファクターか。
 その力を纏った神機の一撃で、あの恐ろしい獣が悲鳴を上げた。
「っ……う」
 助かったんだと感じると同時、僕は周囲を見渡そうと地面に手をつき――
「……!」
 そこで僕の手は、彼女の髪に触れているのだと気付いた。
「……レイラ!!」
 やはりそうだ。
 あの瞬間。僕にトドメを刺そうとしたクロムガウェインの一撃を、僕の代わりに彼女が受けたんだ。
 おそらく、僕とあいつの間に飛び込むことで……
 僕はレイラが腹に受けた傷を見て、そのあまりの状態に、すぐさまそこから目を逸らした。その顔は青白くなっている……ただ気を失っただけとも思えない。
「リュウ! レイラを連れて下がれ!!」
 ゴドー隊長の声を聞いた僕は、ふらふらと立ち上がり、彼女の身体を必死に持ち上げる。
 力が入らず、その場に一度倒れ込む。
(くそ……くそ、くそ、くそ……ッ!!)
 そんな自分に腹が立った。歯を食いしばり、もう一度しっかり立ち上がる。
 背後では隊長と八神さんが、激しく火花を散らして戦っている。
 僕はそれに背を向け、逃げることしかできなかった。



「グアアアアアアアアアアッ!」
「片付いたな」
 クロムガウェインの断末魔を聞きながら、ゴドーが神機を振り下ろす。
 その一撃が決定打となり、ヤツはそのまま完全に動きを止めた。
「さてと、問題は支部の方だな」
「……そうですね」
 俺はゴドーの言葉に頷き、彼と共に支部のほうへと歩きはじめた。
 目線の先には、リュウが必死の思いで塞いできた穴が、再び広がってしまっているのが見える。以前ほどの規模ではないとはいえ……これは重大な問題だ。
 それに……
「撤退前にレイラのバイタル反応は確認済みです。命を失うことはありません」
 俺の考えを読み取ったのか、リマリアが隣から声をかけてくる。
「そうか、ありがとう」
「問題は、リュウのほうでしょうか?」
「いや……両方かもな」
「レイラもバイタルの数値だけでは測れないダメージがあるかも、ということですね」
 彼女の言葉に頷く。
 リュウやレイラは、この支部のゴッドイーターたちのなかで、誰よりも住民たちと触れ合う機会が多かった。
 そんな彼らが、あの壁が再び破られかけたという事実をどう受け止めたのか。
 俺には想像することしかできないが、それはきっと……
 そうして俺とゴドーが、壁のすぐ傍まで戻ってきた時だった。
「なぁ、あんた……壁の兄ちゃんや嬢ちゃんと、よく一緒にいる人だろう?」
 そこで大勢の住民たちが、俺たちのことを出迎えた。
 そうか……リュウたちもここを通って支部に戻ったから――
「教えてくれ。ハンマーの嬢ちゃんは無事だったのか? 壁の兄ちゃんは、どうなるんだ……?」



 ふいに意識を取り戻す。
 目を開き、重たい上半身をゆっくりと持ち上げていく。身体にかけられていた薄いシーツがするりと落ちた。
 日が翳りはじめた時刻なのか、明かりのついていない部屋の中は仄暗い。
 そんななか、窓から差し込む西日に照らされ、ここが医務室なのだと辛うじて分かる。
(……そうだ。僕は、あのアラガミと戦っていて……レイラが!)
「――」
 その姿はすぐに見つかった。
 僕のすぐ隣……半開きになっていたカーテンの奥で、レイラは静かに眠っていた。
 こちらに背を向けて眠っているため、その表情は分からないが……点滴を受け、髪を解かれ……無造作に肢体をベッドに沈める彼女からは、いつもの生気がまるで感じられない。
 僕はベッドから降りて立ち上がると、カーテンの傍まで近づいた。
 身体はだるく、少しふらつくが……僕のほうはそれくらいだ。彼女が僕を、庇ってくれたから――
「すまない、レイラ。僕が悪い……全部、僕の責任だ」
 彼女の背中を見つめながら、そう呟く。
 眠っている相手に対し、こんなことをしても無意味だろうと思いつつ……それでも言わずにはいられなかった。
 あの時、レイラが庇ってくれなければ、僕は間違いなく死んでいた。
 支部長の指示を無視した僕の考えなしの行動に、彼女を巻き込んだ。……その結果がこれだ。
 言い訳のしようもない。詫びることしかできない。
「だけど……」
 それでも。
「だけど僕は……僕が独断でアラガミを支部から遠ざけたことは……後悔していない」
 偽りのない本心を打ち明ける。
 彼女には、伝えておかなければいけないと思った。
「時間稼ぎができず、まともに戦ってしまい、レイラに迷惑をかけたことは深く反省しているけど……あそこでアラガミが壁の内側に入ることだけは、絶対に阻止しなくてはならなかった」
 もう一度同じ場面になったとしても、きっと僕は同じ選択をするだろう。
 正しいことをしたとは思っていない。
 だけど僕は、あの場で住民たちを守るために戦った、自分の判断を否定したくない。
 その結果として、あそこに暮らす住民たちを守ることができたんだ。レイラのおかげで……誰一人死なずにも済んだんだ。
 だから……
「……」
 違う。
 こんなことはただの言い訳だ。
 寝ている相手に対して自己満足を垂れ流しても……僕がしたことは変わらない。
 重要なのは、命令違反を犯したことでも、誰かを守ろうという動機でもない。
 僕に自分を貫き通すだけの、能力がなかったということだ。
 住民たちを守ろうと英雄のように振る舞おうとして、能力不足で死にかけた。
「……悔しいな、力が足りなかった。弱かったんだ僕は……」
 拳を握り締めながら、それを認める。視界が滲み、声が震える。
 だけどどこかで、楽になったような気もしていた。
 そんなところまで情けなかったが……それが僕なのだと、素直に思う。
「君は嘲笑(わら)うだろうな。話になりません、と……」
 そう言って、僕が彼女の背中に視線を向けた時、その背中がかすかに震えたのが分かった。
 その直後……
「……ふふふっ!」
「!?」
 レイラはベッドに寝そべったまま、身体の向きを変えてこちらを見る。
 そのままシーツで半分顔を隠しつつ、悪戯っぽく僕を見る。
「笑ったりはしませんよ」
「笑ったじゃないか!」
 と、いつもの調子で反論してから……
「いや、大丈夫なのかレイラ!」
 すぐに、そんなことはどうでもよかったと思い直す。
 気になるのは彼女の身体のことだ。大型種の攻撃をもろに食らったのだ。会話するのもつらい状況に思えるが……
 しかし、そんなことはお構いなしとばかりに、彼女は言葉を続ける。
「せっかくだから、リュウの反省の弁でも聞かせてもらおうと思って寝たふりをしていたのです」
「いや、でもダメージが……」
「リュウとは装備と鍛え方が違うのよ。インファイターを舐めないことね」
 シーツから顔を出し、したり顔で口にしてみせるレイラが、虚勢を張っているとも思えない。
 その声のトーンこそ、いつもよりか細いものではあったが、態度自体はいつものレイラだ。
「そうか……よかった」
 そんな彼女の姿に、僕は改めて安堵の息を漏らした。
 いつもなら腹を立てるところなのだろうが、今日ばかりはそんな気持ちも起こらない。
 そんな僕の様子を見ていたレイラが、ふいに表情を引き締める。
「とりあえず……ここで聞いたことは内緒にしてあげますが、二度とあんな馬鹿なことはしないと約束なさい」
「それは……」
 真剣な表情に一瞬、気圧されそうになったものの、すぐに反発心が生まれる。
「侵入を阻止したことは後悔していな……」
「そこじゃないでしょ。外に出てからも冷静さを欠いていたのを馬鹿と言うのよ」
「うっ……」
 僕の言葉を遮って、レイラは人差し指をこちらに向ける。
「命令違反をしたから一人でやるしかないと思ったのでしょう? 呆れるほどの短慮です」
「……」
「支部長が迅速に救援手配をしていなければ、どうなっていたと思う? クロエ支部長に謝ってきなさい」
「……もちろん、そうする」
 いつもの調子でずけずけとものを言ってくるレイラに、助けられたことも忘れていら立ちが募るが……
 とはいえ今回ばかりは言い返す言葉もない。
 その後も彼女からの説教は長々と続けられたが……僕はその全てを聞き続けた。
 互いに、あまり認めたくないところではあるが、レイラが僕を、真剣に心配していることが分かったからだ。
 そうして長いお叱りを受けた後、僕は医務室を後にする。
 向かうべきなのは当然、クロエ支部長のところだろう。これだけの説教のあとに処罰まで受けるとなると、辟易とするが……
「ただ……住民たちを守りきってみせたことだけは、わたくしもあなたを誇りに思います」
 扉を出ていく僕の背中に向けて、レイラが最後にポツリと言った。
 上から目線の女王陛下に、僕は恭しく片手で応えた。



「申し訳ありませんでした」
 支部長室に入るなり、僕は深く頭を下げた。
 そうしてカーペットを見つめる僕に対し、クロエ支部長は淡々と言葉を紡ぐ。
「規則なのでな、一週間の独房入りだ」
「はい」
 ……まあ、妥当な処分だろう。
 緊急時に指示系統を乱したことを考えれば、むしろ軽いくらいかもしれない。
 ……気がかりなのは、その間の僕の担当業務を誰が受け持つことになるのかだ。早く壁の修繕を済ませなければ、住民たちも安心して暮らせないだろうけど……
「と、いうことで手を打つつもりだったのだが、そうはいかなくなってしまった」
「え……?」
 話の流れが読めず、僕は顔を上げ、クロエ支部長に目を向ける。
 するとクロエ支部長は、どこかわざとらしくため息をついた。
「壁を破られた第六ブロック周辺の住民から陳情があってな。……君を処罰しないでくれ、と」
「……!」
「住民たちは、『君が戦わなければ二度目の惨劇があの地区を襲い、仮に人的被害がなくとも、心に重篤な傷を負っただろう』と訴えてきた」
 住民たちの顔が頭に思い浮かぶ。
 彼らがそんな風に言ってくれるなんて……なぜだか目頭が熱くなる。
「私は君に指示を与えた時点で、そのことを失念していた。……最も堅実な選択をしたつもりだったが、判断ミスだったな」
 クロエ支部長は椅子から立ち上がると、窓に歩み寄り、外の景色に視線をやった。
「ここで君を独房に入れると、住民の強い反発を招く。本部を気にする必要もないので、私の裁量で命令違反は不問とする」
 支部長は流し目で僕を見ると、小さく笑みを浮かべながらそう伝えた。
「よろしいのですか……」
「第六ブロックへ行ってこい。ちゃんと礼を言っておくんだぞ」
「……はい! ありがとうございます!」
 クロエは言い終えると、再び席に座り自身の書類を片付けはじめた。
 僕はもう一度頭を下げて支部長室を後にすると、そのまま一直線に外部居住区へ向かった。



 外部居住区を離れ、支部に戻ろうとしていたところで、向こうからリュウが歩いてくるのが見えた。
「隊長補佐……どうしてここに?」
「ん……まあな。それより、もう傷は平気なのか?」
「ええ。レイラや皆さんのおかげでなんとか……そうか。復旧作業を手伝ってくれていたんですね」
「……正確には、そのつもりだったがあまり力になれなかったので、リュウに助けを求めに行こうとしていたところだ」
 力仕事なら手伝えるかとも思ったが、かえって邪魔になったくらいだ。
「……なるほど」
 俺が正直に言って笑いかけると、リュウもつられるように少し笑う。
「住民たちの要望や質問を聞きつつ、効率よく作業を進めていく。……口にするのは簡単だが、俺にはとても出来そうにない。……改めて、リュウはすごいんだな」
「すごくなんて……全然ありませんよ」
「…………」
「……僕は、もっと強くならなくては。支部も、家族も、仲間も、守りたいものは全部守れるように」
 リュウはそう言って、自分の手のひらを見つめ、それをぎゅっと握りしめた。
 やるせない気持ちがあるのだろう。そのまま目を閉じ、かみしめるように言葉を紡いでいく。
「失うことは恐ろしい……それを知ったうえで立ち向かうことは、何も恐れないのとは違う。やっと、ゴドー隊長が言った『勇気と蛮勇は違う』の意味が、僕の中に入ってくれた気がする」
「……そうか」
『勇気と蛮勇は違う』……か。
 そんな風にリュウが言われていた頃のことが、今では懐かしく感じるくらいだ。
 とはいえ当の本人からすれば、そんな風には思えないのだろう。
 暗い表情のリュウを見ていると、つい声をかけたくなってしまうが……
 それは俺の役目ではないだろう。
「リュウさん!」
 声が聞こえたのと同時、俺の背後から少女が走ってきて、リュウの胸の中に飛びついた。
「……ああ、ありがとう! 君たちのおかげで僕は……」
 やや遅れて、リュウが笑いながら彼女の頭を撫でようとして、その手を止める。
 少女は俯いたまま、リュウに頭をぐりぐりと押し付けている。リュウの足元に涙が落ちる。
「……」
 その跡をじっと見つめながら、リュウはなんと言うべきか迷っている様子だったが――
「壁の兄ちゃん! 大丈夫だったのかよ!」
 そこでさらに、リュウに気がついた住民たちが、次々とその場に集まってきた。
「見てくれよ! 壁に穴は開いたが、家も住民も無傷だ! あんたが守ってくれたんだ!!」
「僕が……」
 彼らが向ける明け透けな感謝に、リュウは戸惑う様子だった。
 しかし、やがてそれを受け止めたのか、彼らに対して笑顔を向けた。
「それが僕の仕事ですから。……壁の破損は早急に修復しますので!」
「頼むぞ! そのために独房入りを阻止したんだからな!!」
「ふふっ、そう言ってもらえると、気が楽ですよ」
 住民たちに囲まれ、半ばもみくちゃにされながら、リュウは嬉しそうに笑っている。
 それは、これまでに見たどんなリュウよりも、自然で明るい表情だった。
「……私たちも手伝うね」
「ああ、ありがとう……! 人手があれば、すぐに元通りさ」
「うん!」
 リュウの言葉に、少女は満面の笑みを返してみせる。
 それからリュウは目を細めながら、改めて周りの人々を見渡していった。
「……ふぅ」
 今回の一件で、リュウの心が折れるかもしれない、なんてことを考えていたが……
 それどころか、今のリュウは俺の目に、戦いの前よりいっそう頼もしく映っている。
「俺たちの懸念は杞憂だったな」
 賑やかな人の輪を見ながらリマリアに言うと、彼女は「ね?」と俺に目配せを返してきた。

 これは後日聞いた話だが――
 後々、住民たちの盛り上がりはさらに増して、リュウは『壁の兄ちゃん』から『壁の救世主』に格上げされそうになったそうだ。
 そこは丁重に断ったのだと、リュウは照れくさそうに話していた。


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