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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第七章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~7章-6話~
「クベーラ討伐、よくやってくれた」
 あまりに過酷だった任務が終わり、明けて翌日――
 クロエの指示で作戦司令室に集まった俺たちは、ちょっとした祝勝会ムードを味わっていた。
「これだけの作戦が成功すると、気持ちいいものだな」
「ええ。みんなが力を尽くしてくれたおかげです」
 ゴドーの言葉に頷く。
 なんの脚色もない、素直な気持ちだった。
「そうだな、各自がベストを尽くした結果だ」
「クロエ支部長がヘリで出撃したって聞いた時はどうなるかと思いましたよ……私にも事前の説明がなくて……」
 満足そうに言うクロエに対し、カリーナが抗議の色を滲ませた視線を向けた。
 クロエはおかしそうに笑う。
「先に説明したらプレッシャーがかかると思ってな」
「これだけはどうしても自分でやると支部長が言うので、俺も止めようがなかった」
「一番危険なことを支部長がやるというのは……確かにあんなことできる人、他にいないですけど」
 はぁ……とカリーナが諦めるように息を吐く。
 クロエの活躍については、俺も今朝がた聞き及んだところだ。
 なんでも、爆弾を抱えたヘリで戦場に突っ込んでいったらしいが……俺たちがクベーラの元へ向かう最中に、そんなとんでもないことが行われていたとは想像もしなかった。
「任務に失敗していれば、貴重なヘリを失うばかりではない。支部の主戦力全てを失ったうえで、また支部長不在の状況まで逆戻りになるところだった。……これだけの決断は、クロエ支部長にしかできない」
「クベーラが倒せるなら安いものだ。しくじっていたらと考えると、ゾッとするがね」
 手放しに称賛したゴドーに対し、クロエはやんわりと謙遜してみせた。
 どこか冷めたやりとりではあったが、互いに満更ではなさそうだ。……彼らを結託させるには、クベーラクラスの脅威が必要になるということか。
 そんな和やかな空気の中で、カリーナがぽつりと呟く。
「だけど……ネブカドネザルは生きているんですよね」
 途端に、その場にいた全員の表情が緊張感を帯びた。
「次はヤツと対決だな」
 クロエの言葉に、自然と拳に力が入る。
 これまで俺は、幾度となくヤツと遭遇し、その度に打ちのめされてきた。
 だが、クベーラの捕喰が成功したことで状況は好転したはずだ。
 次に会った時には、きっと――
「それについては、君とその神機にかかっている。このあと、少し時間をもらってもいいか?」
「了解です」
「すまんな、長くはならないようにする」
 俺の身体の疲れや傷を労わってか、ゴドーはそう言って俺に詫びる。
 しかし俺としては、すぐに動き出せるなら、そのほうがずっとありがたい。
 アラガミ増加やネブカドネザルのことも気になるし、それ以上に俺の神機に何が起きたのか……彼女の変化について、知りたかった。



 支部長室を後にした俺とゴドーは、その足で例の空き部屋……以前に彼とコーヒーを飲んだ、個人研究スペースにやってきていた。
「クベーラを捕喰して、どうだ? 変化はあったか?」
「はい。ですが、何がどう変わったのかが、よく分かりません」
 ゴドーの質問に対して彼女が答えたのを、いつも通り通訳していくことにする。
「変化はあったようですが……何がどう変わったのか、分からないようです」
「……なるほどな。セイ、君のほうで何か気が付いたことはないか?」
「そうですね……」
 脳裏に浮かぶのはクベーラの捕喰直後に見せた、自身を見つめ、問いかける彼女の姿だ。
「……自分の思考を、漏らしていました。自分は何を得たのか。何故なのか……自分は誰なのか、と」
「そうか、自問自答をな……」
 ゴドーは少し俯いてから、再び前に向き直る。
「つまり、思考能力を獲得したということか」
「思考能力……?」
 彼女が不思議そうに首を傾けた。
 その所作一つをとっても、以前の彼女とは違って見える。
「試してみよう……聞こえているな? 思考能力のテストとして、最初にやってもらいたいことがある」
「何でしょうか?」
 尋ね返した彼女の言葉を通訳したところで、ゴドーが意味深に俺を見た。
 それから、彼女がいるだろう場所に向き直り、はっきりとした口調で指示を出す。
「君の名前を、君自身が考えて決めるんだ」
「……!」
「『神機さん』という便宜上の呼び名も悪くはないが……君は神機そのものではないのだろう?」
「はい」
「では、別の呼び名が必要だ。君自身の名前がな」
「名前、ですか……私の……」
「そうだ。やれるか?」
「…………」
 そこで彼女は、逡巡するように俺を見た。
「……やってみてくれ」
「分かりました」
 俺がそう言うと、彼女は頷く。
 わずかに顎を上げ、目を開いたまま黙り込む。
「……」
 そのまま一分近く時間が経過するが、彼女が口を開くことはない。
 ……思考が行き詰っているのだろうか。そう思うと、少しばかり後悔の念が湧いてくる。
 ゴドーはおそらく、俺が彼女を『神機さん』と呼んでいなかったことに気づいていたのだろう。
 だから彼女に名前を求めた。俺と彼女の連携を高めることは、支部全体の存続にも関わってくるし……冗談じみた計らいの意図もあったかもしれない。
 だが、俺がそうしていたことに、特別深い理由がある訳でもない。
 カリーナが彼女を想って名前を付けてくれたことは、他人事ながら嬉しかったし、仲間たちがそう呼ぶことも違和感なしに受け入れられた。
 それでも、俺が彼女を『神機さん』と呼ばなかったのは、きっと……
 どこかで俺が、彼女には人間らしくあって欲しいと望んでいるからなのだろう。
 マリアそっくりの彼女に、ただの神機でいて欲しくなかった。
 そんな俺のエゴを……本当に彼女に押し付けてよかったのだろうか。
「時間がかかりそうなら、日を改めよう」
 俺たちを交互に見たゴドーが、静かな口調でそう口にする。
 するとそれを聞いた直後、彼女はすぐにこちらへ向き直った。
「……いえ、決まりました」
「早いな」
 ゴドーがそう口にしたのも無理はない。
 問われて瞬時に答えたということは、おそらく彼女は少し前から、その答えに行き着いていたのだろう。
 それでも彼女が黙っていた理由は……
「……」
「……それで、どんな名前にしたんだ?」
 どこか、躊躇するような気配を見せる彼女に対し、尋ねてみる。
 すると彼女は、俺を見ながら短く答えた。
「リマリア」
「……っ」
 彼女が口にした名前を聞き、俺は思わず息を呑む。
「リマリアが、私の名前です」
「……名前の意図を訊いてもいいか?」
 ゴドーが戸惑うように尋ねると、彼女は一つ頷いてみせる。
「人ではない私には出身地も、親もありません。ですが、八神マリアなくしては生まれ得なかったのは確かなことです」
 彼女の言葉を受け、脳裏にマリアの姿が蘇る。
「マリアがいたから私が今ここにあるのだという意味を、『リ』の一文字に込めました」
(マリアが、いたから……)
「マリアを受け継ぐ者、背負う者というわけか」
「はい」
「……よく分かった。機械的な選択ではなく、君自身の意思の表れがその名にはある」
 ゴドーはそう言って、穏やかな笑みを浮かべた。
 そんなゴドーの様子を見てから、リマリアは俺に視線をスライドさせる。
「問題はありませんか?」
「リマリア、か……」
「はい」
 彼女……リマリアの名を呟く。
 ……言ってみて、違和感はなかった。
 しかしどうしてか目頭が熱くなり、それ以上彼女を見ていることはできなかった。
 手のひらで目を覆って顔を伏せると、ゴドーが俺の肩に手を回す。
「君自身が決めた名だ。それでいい」
 俺の代わりにゴドーが言うと、改めて彼女が、目の前で吐息を漏らしたのを感じる。
「リマリア……私の、名前……」
 今まで通り、抑揚のない静かな声。
 その内側で彼女が何を考えているのか、俺には分かりようもない。
 それでもとにかく、この時から……マリアそっくりの白髪の女性は、リマリアとなったのだった。



「リマリア……それが神機さんの名前ですか」
 ゴドーとの会話を終えた後、俺は広場でカリーナたちと話していた。
「自分で名乗ったというのは、本当なんですね?」
「……リュウはまだ実在を疑っているのね」
 慎重に尋ねたリュウに対し、レイラが呆れるように言う。
「レイラだって、オカルトは趣味じゃないと言ってたよな?」
「オカルト趣味と、見えざるものの実在を認めることは違います」
「まあまあ二人とも……。で、リマリアはここにいるんですか?」
 剣呑な空気を抑え込むように、カリーナが笑いつつ話題を変える。
「はい、ここに」
 カリーナに言われて、それまで黙っていたリマリアが一つ返事をする。
 その言葉を通訳すると、彼女は喜々とした表情でリマリアに語り掛ける。
「じゃあじゃあ、カリーナって呼んでみてください!」
「リマリアです。よろしく、カリーナ」
「わー! 全然分かりませんけど、嬉しいです!」
 彼女からの言葉を聞いて、彼女はぴょんぴょんと小さく跳ねながら喜んでみせるが……
「それは喜んでいいのかしら……」
「隊長補佐の芝居でした。なんてこともあるかもしれませんよ」
 レイラたちが言うように、傍から見れば俺が挨拶しているようにしか見えないだろう。
「発言だけならまだしも、隊長補佐の視線が完全に『見えている』のよね」
「ああ、その通りだ」
「やっぱりそうよね……芝居でその目の動きができるとしたら、そっちのほうが気持ち悪いです」
「確かに、不気味なほどに何もない空間を見ていますよね」
「……」
 二人からの容赦ない言葉に、少し傷つく。
 前々から、なるべく客観視することを避けてはいたのが……見えない相手と対話する俺は、やはり危険な人物に見えるのだろう。
「それにしても、マリアさんの名前を含めるとは思い切りましたね」
 そこでリュウが、しみじみとした口調で言った。
「命名した理由は聞いたでしょう。わたくしはよい名前だと思います」
「私もです! マリアのことを思い出してはしまいますけど……でも、悪い気はしません!」
 カリーナが力強く言うと、レイラとリュウも頷いた。
「本当にいるのか分かりませんけど、ネブカドネザル対策、期待していますよ。リマリアさん」
「はい、力を尽くします」
 素っ気なく言ったリュウに対し、彼女は、いつも通りに答えてみせる。
「リマリア、あなたには色々と感謝しています。これからもよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
 姿は認識しあえないものの、リマリアは改めて一同と挨拶を交わすのだった。



「リマリアって呼んでいいんだよねえ?」
 産業棟を歩いていると、ドロシーの快活な声に呼び止められた。
「改めて、あたしはドロシー! よろしくなっ!」
「よろしくお願いします、ドロシー」
 そうして挨拶を交わす二人の間に立って、通訳していく。
 カリーナたちにも言えることだが、彼らが話すのは別に初めてのことではない。
 それでも皆が、リマリアに対し初対面のような挨拶をしていくのは少し妙な気分だったが、かと言って嫌な気分という訳でもない。
 きっと彼らが、リマリアを一人の仲間として受け入れているように思えたからだろう。
 そうして二人の間に立って通訳していると、やり取りを近くで見ていたJJがどこか感慨深そうに言う。
「捕喰によって機能が解放されていくって言ってたんで、いずれは、とも思っていたが……本当に思考能力を手に入れたんだな?」
「ええ、おそらくは」
「ゴドーから名前の由来を聞かされて驚いたぜ。思考能力そのものもすごいが、何よりいい娘さんじゃあねえか。……マリアもきっと喜んでるだろう。なあ、ドロシー?」
 JJはそう言ってサングラスを外し、その太い腕で涙を拭っている。
 そのまま嗚咽を漏らしだすJJを見て、ドロシーは大きくため息を吐く。
「完全に親戚のおっちゃん化してるぞ……ったく」
「よぉし、オレもこれからは、ますます魂込めて整備するからな!」
 ドロシーの言葉を無視して、JJが大声で彼女に呼びかける。
「はい」
「……」
 対するリマリアの返事は、淡白なものだ。
 どうもまだ、リマリアの反応にはムラがあるように感じる。
 しっかり思考をして答えた時と、そうでない時で変わるのだろうか。
 少なくとも、今の彼女からクベーラを捕喰した直後のような、動揺の気配は感じなかった。



「今後はリマリア、と呼べばいいのだな」
「はい」
 一通りいつものメンバーに挨拶をしてきたところで、最後にクロエから呼び出しを受けた。
「ふむ……やはり名前があると、仲間という感じが強くなるな。これまでは神機に付随する何か、という認識だったが」
「感じだけではない。ネブカドネザルを倒すための、心強い仲間だ」
 淡々と口にしたクロエに対し、隣に立ったゴドーが横槍を入れる。
 その言葉を受け、クロエは意外そうに彼を一瞥した。
「ゴドー隊長は、もっとドライなスタンスかと思っていたが?」
「何度も助けられていれば、そうもなる」
 ゴドーはわざとらしく肩をすくめてから、俺に視線を向けた。
「挨拶回りも一区切りついたところで、確認したいことがある」
「どのようなことでしょうか?」
「リマリアの思考能力がどの程度か、ということだ」
 ゴドーの言葉に、クロエも頷く。
「名前の由来を聞いた限りでは、かなり高度な思考能力があるのではないか?」
「いや、思考というものは一瞬で形成されるようなものではない。脳を完全にコピーできれば可能かもしれないが」
「……コピー、ですか?」
 尋ね返すと、ゴドーは鷹揚に頷き、講義をするような口ぶりで話す。
「簡単なテストをしてみよう。リマリア、空はなぜ青いと思う?」
「え……」
 ゴドーからの質問を受け、リマリアが言葉に詰まった。
 ほぼ無表情なのは変わらないが……その雰囲気はクベーラを捕喰した直後に近い。
 彼女の姿からは、どこか不安や戸惑いのようなものが見て取れた。
「セイ。リマリアはどんな反応を見せている?」
「返答に困っている……ように見えます」
 俺の発言を聞いたクロエが、わずかに眉を吊り上げる。
 一方のゴドーは何やら得心した様子だ。
「やはりな……彼女はまだ、情報と情報を結び付ける力が弱いんだ。だから考えてはいるが、正しい情報を知らない場合、今のように困ってしまう」
 なるほど。つまりゴドーは、彼女の思考能力が低いものだと考えているらしい。
「……ですが、分からないものを前に戸惑うことは、当たり前では?」
 ただ黙り込んだというだけで、彼女の能力を判断してしまうのは、やや早計に思える。
「例えばこれが五歳ぐらいの子供だったら、誰かが絵具の青で塗ったからだ、というような答えが出てくるかもしれない。それは正しい情報ではないが……その子が青というキーワードから自分で導き出した答え、その人物らしい考え、表現というものだ」
「表現……彼女はそれができないから、『困っている』と?」
 ゴドーが頷くのを見て、クロエも腕を組み直す。
「……正解を知っているのは知識であり、知識がない場合に思考が試される、ということか」
「ああ。思考とは、記憶にある情報をどう繋げて答えを出すか、という能力だ。人間は生きている間は常に思考し続けているとも言われる」
「思考し続ける、ですか」
 リマリアが一人、その言葉を反芻した。
 気づけば彼女は、ゴドーの発する一言一句に、集中して耳を傾けているようだった。
「今、彼女はどうしている?」
「何か考え込んでいるように見えます」
「そうか」
 俺の言葉を聞いたゴドーは、満足げな表情をして見せた。
「人は皆、知っていることよりも知らないことのほうが圧倒的に多い。だから人は思考し続けるわけだ」
 なるほど……リマリアは生まれながらに多くの知識を持っていたが……持っている知識の量と思考能力の高さは、必ずしも比例しないということか。
「リマリアはまだ思考の経験が少ない。思考を続け、鍛えることで成長が見込める。アラガミを捕喰するだけでなく、今後は思考のトレーニングも成長要因になるだろう」
「……まるで想定済みだったかのように言うな?」
 そこでクロエが、不敵な笑みを浮かべながらゴドーに尋ねる。
 確かに、リマリアの変化についてゴドーの理解が早すぎることは、俺も少し違和感を覚えていた。
 腹の内を探るようなその言葉に対し、ゴドーはあくまで淡々と返す。
「以前から考えていたことだ。ネブカドネザルを倒すためには、彼女の思考が必要不可欠……。ヤツとリマリアだけが感知できる波動の解明は、リマリアの役目だと」
「なるほど……」
 リマリアがいずれ思考能力を手に入れるのではないか、という話はJJもしていた。
 研究熱心な彼らからすれば、そう意外な展開でもなかったのかもしれない。
「常に思考し続けるというのは、どうすればよいでしょうか?」
 そこで会話に割り込むように、リマリアが疑問を口にする。
「……隊長、リマリアが思考し続ける方法を知りたがっています」
 いつになく積極的な彼女の言葉に驚きつつ、ゴドーに尋ねる。
 彼は後頭部に手を当ててみてから、ゆっくりと答えた。
「何にでも疑問を持つことだ。すでにある知識や情報でもいいし、身の回りのことでもいい」
「例えば、どのようなことでしょうか?」
 更に質問を重ねたリマリアに、ゴドーは面倒くさがりもせずに答えていく。
「アラガミはなぜ存在するのか? ネブカドネザルはどこから来たのか? 宇宙が黒いのはなぜか? クロエ支部長の好きなタイプは? とかな」
「最後のは必要か?」
 クロエが机の上で腕を組んで、疑問を呈する。
 俺なら確実に肝を冷やすが、ゴドーは何食わぬ顔で受け流す。
「……分からないことばかりです」
 そこでリマリアが、ポツリとつぶやく。
 無表情なのはもう言うまでもないが、それでも俺には、彼女がどこか寂しそうに見える。
「いいじゃないか。分からないことはずっと考えていられるだろう? 思考力を上げるには丁度いい」
「……はい」
「他にも、戦闘はいい思考訓練になる。状況判断にスピードが必要だからだ。セイが、なぜ今そう動いたのかを考えながら、自分でも戦いを組み立ててみるといい」
「はい」
 ゴドーの言葉に、リマリアは淡々と答えていった。
「……とりあえず、やってみるしかないんじゃないか?」
 助け舟になるかどうかは分からないが、小声で横槍を入れてみる。
 正直、俺も物事を深く考えるタイプではない。
 まずは動いてみてから考える。結果どうなったのかは、後から考えても遅くはない……というのが俺の基本スタンスだ。
 クロエたちの前では、口が裂けても言えないことだが。
「……。分かりました」
 一応納得できたのか、リマリアはそう言って頷いた。
 俺の表情から会話が終わったことを察したのか、クロエが静かに席を立つ。
「では、リマリアの初陣と行こう。――討伐任務だ、出撃してくれ」
「了解です」
 俺はクロエとゴドーに会釈すると、リマリアと共に支部長室を後にした。



「周囲にアラガミ反応なし。戦闘終了」
「…………」
 彼女の声を聞きながら、慎重に周囲へ気を配る。
(ネブカドネザルは……現れないようだな)
 そのことを何度か確認してから、俺は肩の力を抜く。
「ふぅ……」
「戦闘中の思考は難しかったです」
「ん……そうか」
 彼女から声をかけてきたことを意外に思いつつ、素っ気なく答える。
 それからそのことを少し反省する。……彼女の思考能力を高めるため、会話は今後のためにも必要なことだったな。
「どんなことを考えていたんだ?」
「あなたの行動と、私の思考は一致しない場面がたくさんあり、それはなぜなのかをずっと考えていました」
 そう言ってリマリアは、戦闘中に気になった点をいくつも挙げていく。
 それを聞いた俺は……思わず耳を塞ぎたくなった。
 その多くが俺の未熟な点だ。不用意に突っ込んだり、欲目を出して畳みかけたり……あとは技術的な問題だ。そういう粗を的確に指摘されると、胸が痛くなる。
「一つだけ分かったことは、あなたと私では情報を得る手段が違う、ということです」
「……まあ、そうなんだろうな」
 俺にゴドーやマリアのような正確な判断力があれば、リマリアも疑問を持たずに済んだことだろう。
 教育係として三流の振る舞いしかできていないことに、不甲斐なさが募る。
 しかし、続く彼女の言葉のなかに、俺を責めるようなニュアンスはなかった。
「そこで、私もあなたの五感で得た情報をもとに判断をしてみたところ、整合性の向上が確認できました」
 そう言って、今度は先ほどの『粗』を多角的に分析してみせる。
 不用意に突っ込んで見えたのは、アラガミと仲間との位置関係を配慮してのこと。
 畳みかけたのは自分とアラガミの体力を天秤にかけてのもの。技術の問題は体力やアラガミの習性などを利用してカバーしている……
「……そうか」
 そうして面と向かって分析されるのは、妙に気恥ずかしいものがある。
 それに、一つ一つの行動を好意的に解釈しすぎなのも気になったが……
 必死に思考を巡らせ、答えを手繰り寄せた彼女に対し、間違っていると言うのも忍びない。
「これが、思考なのですね」
 とにかく、俺が戦っている間にも、彼女がいろいろと試行錯誤してくれたことは確かだった。
 俺は咳払いしつつ、彼女に問いかける。
「これからも、続けられそうか?」
「常に思考を続ける、ですね。……継続は可能なようです」
 リマリアは淡々と言ってのける。
 サポートしてもらう立場としては、心強いことこの上ない。
 彼女の正確な分析に、瞬時の判断能力が備わっていけば、俺の戦闘効率も飛躍的に上昇していくだろう。
「分かった。……これからもよろしく頼む」
「了解です」
 彼女は俺の言葉に、首肯してみせた。
 それから彼女は、付け加えるように再度口を開く。
「平常時より、戦闘中のほうが思考が活発でした。私に適していると考えられます」
 それはまさか……俺が普段、ものを考えていないということだろうか。
 ……いや、彼女に悪意がない以上、あまり悪いように取っても仕方ないのだろうが……
「……なるほど。分かった」
 とにかくこのことは、支部に戻った後、一度報告したほうがいいだろう。
 ネブカドネザルとの戦いを前に、準備しておくべきことは多そうだ。


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