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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第六章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~6章-8話~

「おう、待ってたぜ!」
 神機整備場に着くと、JJが椅子から腰を浮かして声をかけてきた。
 その隣では、ゴドーが足を組み、コーヒーを口にしている。
「任務ご苦労だった。とりあえず空いている席に掛けてくれ」
 ゴドーに誘われるがまま、俺は彼の正面に座った。
「私も座ったほうがいいでしょうか?」
「ん? ……ああ。空いてるんだし、座るといい」
 妙な気分になりながら隣の椅子を引くと、彼女はすぐにそこへ腰かけた。
 姿勢よく座っているように見えるが……実体がなく、その気になれば宙にも浮ける彼女だけに、本当に椅子に座れているのかどうかはよく分からない。
 そんな姿を注視していると、JJがニヤニヤとこちらを見ているのに気がついた。
「神機さんの会話能力は、また上がったみたいだな?」
「捕喰により、また日々の学習により、向上しています」
 白髪の女性が、JJに対して簡素に返す。
「捕喰により、また日々の学習により向上している……そうです」
「なるほどな。……セイ、そのまま通訳を続けてくれ」
 ゴドーは軽く頷くと、彼女が座る椅子のほうへと向き直る。
「では、そろそろ難しい話をしたい。やってみるか?」
「はい」
 頷きもせず、彼女はゴドーを見つめている。
 今日の目的はこの通り、彼女から情報を引き出すことだ。
「では聞いてくれ。初めてクベーラが出た時のことだ」
 ゴドーはそう言って、サングラスを軽く持ち上げる。
「あの時、俺がクベーラを攻撃しても、クベーラは見向きもしなかった。だが、セイにはすぐ反応した……その理由が分かるか?」
「波動です」
「波動……?」
「……先日ネブカドネザルと交戦した時にも、彼女は波動という言葉を使用していました」
 戦闘終了時、たしかに彼女は、『ネブカドネザルの波動は感知できなかった』と口にしていた。
「そう言えば、報告に上がっていたな……神機さん。波動というのは、ネブカドネザルを感知する時のものと同じか?」
 眉をひそめるゴドーに対し、彼女は無機質に返す。
「同じです」
「本当かよ!?」
 俺が通訳した言葉に対し、JJは大袈裟に肩を震わせる。
 ゴドーはそれを制すると、声のトーンを低くしながらさらに尋ねた。
「その波動とは、どんなものだ?」
「不明です」
「ここで『不明です』が出るか……」
 気落ちしたのか、JJが大きく息を吐き出した。
 しかし、ゴドーのほうはまだ諦めていないらしい。
 前のめりになり、彼女を見つめる。
「……確認したい。電波でも、音波でもない波動がクベーラとネブカドネザルと、セイの神機から出ているんだな?」
「はい」
「まったく同じものか?」
 間を置かず、ゴドーは質問を重ねていく。
「互いに干渉、感知することができるものです」
「それは、偏食場パルスではないのか?」
「不明です」
「なるほど……分かった」
 彼女の回答にゴドーは軽く頷いた。隣ではJJも考え込むように腕を組んでいる。
「……偏食場パルスというのは?」
 会話が途切れたタイミングを見計らって尋ねてみる。
 専門的な会話の邪魔をするつもりはないが、これくらいは許してもらえるだろう。
「なんだお前さん、偏食場パルスを知らないのか?」
「はい」
 聞き覚えのある単語だが、詳細は知らない。実技に関わらない知識は大抵、うろ覚えだ。
 説明のためか、彼女が口を開こうとするが、それより先にゴドーが話しはじめた。
「……偏食場パルスとは、アラガミが放つ信号、波のことだ。オラクル細胞を投与されているゴッドイーターも偏食場パルスを発するが、その強弱には大きな個人差があるという」
「ついでに言えば、第二世代型の神機使いはかなり強いらしいが、ゴドーのような第一世代型は弱い」
「なるほど……」
「詳細は後で調べてもらうとして、今話したいのは、ネブカドネザルのことだ。……支部のレーダーでネブカドネザルが感知できないのは、ヤツの偏食場パルスを捉えることができないからだと考えられる」
「だが、お前さんの神機はネブカドネザルを感知できる。それは、偏食場パルスに何か秘密があるんじゃないかと思ってな」
 示し合わせたようにJJが言葉を引き継ぐ。
 どうやら事前に、二人でいくつか仮説を立ててあるらしい。
 そうなると、それを実証するための方法も考え済みだと見ていいだろう。
「これを見てくれ。型の古いヒマラヤ支部の観測機よりも高性能な機材をJJに用意してもらった」
 案の定、ゴドーはすぐに顎で背後にある大型の機械を指し示した。
「中国支部の闇市場で買い付けた最新型のジャンクを送らせたんだ。オレが直したんだが、調子は悪くないぜ」
「これがあれば、ネブカドネザルの居場所が分かると……?」
 俺の言葉に、JJは首を横に振った。
「そいつは難しい……。何しろ、ヤツの偏食場パルスがどんなものか、現状じゃ見当もつかねえんでな」
「だが、君の神機から出る偏食場パルスの感知なら可能だ」
「なるほど……」
 この神機が放つ偏食場パルスが特殊なものなら、似た波形を探ることで、ネブカドネザルの位置を割り出せるかもしれない。
 そこでゴドーは椅子から立ち上がると、俺や彼女を見下ろすようにして立った。
「今から俺と君で討伐任務へ出て、神機から出ている偏食場パルスをJJに観測してもらう」
「……分かりました」
 俺も頷き、準備をしようと腰を持ち上げる、
 これまで影を踏むことさえ難しかったネブカドネザルに、ようやく手が届きつつある。
 だが、気を抜く訳にもいかない。
 クベーラとネブカドネザル……二つの脅威には、慎重かつ迅速に対処する必要がある。
 そうして部屋を出ようとしたところで、JJが俺の背中を軽く叩いた。
「ま、あんまり気張らなくても大丈夫だぜ」
「今回は手がかりが得られれば十分、といったところだ」
「はい」
 ゴドーたちの言葉に俺が頷くより先に、彼女が前のめりにそう答えた。
 

 朽ちた車道の上に降り立つと、ゴドーはゆっくりと口を開いた。
「では、偏食場パルスの観測を開始する」
 その言葉を聞くと、俺はレーダーに視線を向けた。
 周辺地形を簡略化したマップ上には、すでに二つのマークが表示されている。
(今回は二体か……。隊長となら、早く済みそうだ)
 移動中に聞いた話では、今回の討伐対象はヴァジュラとボルグ・カムランの二体らしい。
 俊敏な動きで相手を翻弄するヴァジュラと、固い防御を持つボルグ・カムラン。
 どちらも知識がなければ苦労する相手だろうが、戦い方を工夫すればどうにかなるだろう。
(まずは、ヴァジュラを片付け、リスクを減らしたところで――)
 そこまで考えたところで、別の考えが首をもたげる。
 戦闘中に偏食場パルスの感知を行うのであれば、討伐時間を無理に短縮する必要はないかもしれない。そのほうが、より多くのデータを取れるだろう。
(となるとヴァジュラよりも先に、ボルグ・カムランを引き付けて……その場合のヴァジュラの対処は――)
「セイ、そろそろ出るぞ」
「…………」
「セイ?」
 気がつけばゴドーが怪訝そうにこちらを見ていた。
 俺は慌てて思考を中断する。
「……了解です」
「何か思うことでもあったか?」
「いえ、大したことは……」
「――気になることがあれば、逐一報告をあげるべきではないでしょうか」
「……」
 そこで不意に、別方向から声がかかった。
 そちらを見れば、白髪の女性がじっとこちらを見つめている。
 ……この間の戦闘で、無茶をし過ぎたせいだろうか。妙に俺の様子を気にかけてくる。
 思えばここに来るまでも、彼女は輸送車の席に腰かけながらじっとこちらを見続けていた。
 おかげで俺としては、道中かなり居心地が悪かったのだが……
「作戦行動の効率を上げるためには、隊員同士の円滑なコミュニケーションを――」
「……もういい、よく分かった」
 彼女の言葉を遮り、ゴドーに向き直る。
 眉をひそめるゴドーに、「実は……」と前置きをして答えた。
「任務の方針について悩んでいました。観測を兼ねているため、より多くの時間をかけて当たるべきでしょうか?」
 俺の言葉を受けて、ゴドーはふっ……と表情を緩める。
「難しいことをする必要は無い。君はいつも通りやってくれればいい」
「すみません……了解です」
「謝る必要も無い」
 ゴドーはニヤリと口角を上げ、そう言った。
 それから迷いもせず、彼女のいる方向へと目を向ける。
「もちろん君だけではなく、『神機さん』も普段通りで頼む」
「はい」
 彼女の返答を聞き、ゴドーは満足そうに頷く。
 ……この様子だと、俺たちのやりとりについても、ある程度察していそうだ。
 決まりが悪くなって彼女を軽く睨みつけるが、白髪の女性は取り合うことなく澄ましている。
 肩透かしを食らったような気がして、身体から余計な力が抜けていくのが分かった。
 どうやら俺が心配するまでもなく、彼女は『普段通り』を実行できそうだ。
 

 任務を終えて産業棟に戻ってくると、無愛想に口角を曲げたJJが俺たちを出迎えた。
「こいつが観測結果のデータだ」
 JJはそう言って、ゴドーにタブレット端末を手渡す。
 ゴドーは端末の画面を見ると、深くため息を吐き出した。
「ふむ……一応聞いておくが、本当に故障や欠陥ではないんだな?」
「そりゃそうだろうよ。ちゃんと偏食場パルスは観測できてんだからな」
「だが、特徴が無さ過ぎる」
 不機嫌そうなゴドーとJJを見て、彼女が口を開く。
「結果はどうだったのでしょうか」
「……結果はどうだったんですか?」
 オウムのように彼女の言葉を反芻する。……ちょっと手慣れたものだ。
 JJが困ったような表情でこちらに振り向いた。
「お前さんから出てる偏食場パルスは、第二世代型ゴッドイーターとしての標準値の範疇だった。もうちょっと、何か特別な要素があるかと思ったんだがな」
「これが当たりなら、対策を立てやすかったが……」
「あてが外れたな」
 JJは大きく肩を落とし、ゴドーは顎に手を当てて考え込む。
 そんな二人に、どう声をかけると悩んでいると……
「すみません」
 と、彼女がポツリと呟いた。
(謝った……)
 そのまま深々と頭を下げた彼女を見て、俺はなんとも言えない気持ちになる。
 本当に申し訳ないと思っているのか、それとも反射の類かは分からないが……
「あの……彼女から、『すみません』と」
 とにかく二人に通訳すると、JJは慌てた様子で笑みを作った。
「は? いやいや、謝ることじゃねえさ! なあ、ゴドー!」
「…………」
 気遣うようなJJの対応に比べると、ゴドーの反応は俺に近い。
 僅かに目を見開き、彼女の変化について考えていたようだが、それも束の間。
 ふぅ……と静かに息を吐くと、ゴドーはこちらに目を向けた。
「セイ、君はどうだ? 自分自身の偏食場パルスをどう感じる?」
 ゴドーから尋ねられ、少し戸惑う。
「……何も感じません」
 戦闘前まで、俺は偏食場パルス自体をほとんど知らなかった。
 それがどんなものなのか、正直に言って想像もつかない。
「そうか、俺と同じだな」
「……そうなんだよな。ほとんどのゴッドイーターは、偏食場パルスなんて感じないんだよ」
 俺とゴドーの会話を聞いて、JJは腕を組んでしみじみと語る。
「ああ。極めて強力な第一種接触禁忌種のアラガミが発したものなど、それをゴッドイーターが直接認識できた実例はまだ少ない。故に、偏食場パルスには未知の部分が多い。……脈はあると思ったんだがな」
「だな。観測結果が普通じゃ、どうにもならん」
 JJはそう言って、降参するように手を挙げてみせた。
「偏食場パルスとネブカドネザルを感知している波動は別物。じゃあ何だ……もっと観測が難しいものか」
「そこまで行っちまうとエンジニアじゃなく、学者が必要かもしれんなあ」
「学者か……」
 冗談めかしたJJの言葉に、ゴドーはあくまで真剣に向き合っているようだ。
 その後も二人は、短い言葉で議論を重ね続けていく。
 間に立たされた俺は、その内容が専門的なものになればなるほど、蚊帳の外へと追いやられていく。
 手持無沙汰になった俺は、助けを求めるように彼女を見た。
「――理解の難しい用語があれば、私のデータベースに蓄積されている範囲の情報であれば補足しますが」
 ……なるほど、理解できていないのは俺だけらしい。
 どうやら俺は、本格的に会話から抜け出すタイミングを逃したようだった。



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