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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第六章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~6章-7話~

「リュウ、あなたと八神さんはそろそろ出撃なのでは?」
「……」
 産業棟で出撃の準備を整えるリュウに、レイラが声をかける。
 しかし彼は返事をせず、苦虫を嚙み潰したような表情で俯いていた。
「リュウ? どうしたのよ? 出撃ではないの?」
「分かってるさ……」
 再度レイラが問いかけると、リュウは煩わしそうに言葉を返した。
 そのままリュウは、重い足取りでヘリポートのほうへ歩き出す。
「……どうなってるの? 以前はアラガミ素材を獲るって、嬉々として出撃していたのに」
 苛立たしげにレイラが呟く。しかしその声色は、どこか心配そうでもあった。
「ここ最近はずっとあの調子……。八神さん、リュウのことで何か知りませんか?」
「……いや」
 心当たりは特にない。
 だが、ここのところリュウの様子がおかしいとは俺も感じていた。
 思えば外部居住区で住民たちと口論になった頃には、予兆があった。
 住民たちを悪戯に刺激してみたり、かと思えば寄り添うような行動を取ってみたり……
 住民の家の前で一夜を明かしてきたという一件は、どこか自虐的ですらあった。
「クベーラとの交戦計画も間近に迫っている以上、あまり放っておくわけにもいきません。今のうちに探りを入れておいてはどうです?」
 レイラは真剣な表情で口にするが、その瞳は微かに憂いを帯びている。
 もちろん、俺としてもリュウの不調は気がかりだ。しかし……
「いや……俺はしばらく、見守るつもりだ」
「……リュウから打ち明けてくるのを待つのですね。でも、リュウが喋るでしょうか?」
「必要があればな」
 誰にでも話したくないことはある。詮索するのは好みじゃない。
 しかし、本人が打ち明けたいというのであれば、話は別だ。
「……たしかに。何を考えているのか分かりませんけど、あれだけ態度に出ていて取り繕いもしないということは、誰かに知ってもらいたいのでしょうね」
「ああ」
 今回のリュウの態度には覚えがある。
 施設にいた頃、俺の弟妹たちも同じような振る舞いをすることがあった。
「まったく、子供なんだから……」
 呆れたようにレイラが息を吐く。
「とにかく、リュウのことは俺が気にしておく」
「ええ、頼みますね」
 そう言って、レイラはその場から立ち去ろうとして、不意に足を止める。
「……どうしたの? リュウはヘリポートに向かったわよ」
「あ、ああ……。すぐに向かう」
 少しぼんやりしていたらしい。俺はレイラに頷き、リュウの後を追うため足を動かす。
「…………」
 この間、余計なことを考えてしまったせいだろう。
 神機を手にして彼女と向き合うことを、避けたいような気持ちがあった。
 しかし、リュウの問題を解決するべき立場の俺が、甘えたことは言っていられない。
 俺は気持ちを切り替え、ヘリポートへの道を急いだ。


 破棄されたダムの周辺……水気の残る砂地の上を、俺とリュウは静かに行進し続けていた。
「……」
「……」
 出撃してからかなりの時間が経っているが、ヘリからここに至るまで、俺たちは一切口を利いていなかった。
 別に、リュウがこちらを拒絶するような雰囲気はない。
 むしろ、何度かリュウがこちらを見る気配を感じたが、俺はあえてそれを見送っていた。
 もちろん、悪気があってそうしている訳ではない。
 リュウは恐らく、人に話せないようなことを一人で抱え込み、それに悩んでいる状態だ。
 俺の弟妹の例で言えば、他の弟妹のお菓子を食べてしまったり、施設の設備を壊していたり……
 そういう時、決まってマリアはすぐに寄り添って理由を聞いたが、そうして追及すればするほど、弟妹の口は堅くなっていったのを覚えている。
 対する俺は、決まってじっと黙っていた。
「……」
「……」
「……黙っているか、喋るか。僕が決めろってことですか?」
 レーダーで周囲の状況を確認していると、不意にリュウが口を開いた。
「ああ。話したいことがあれば聞くし、何も言いたくないのであれば何も聞かない」
 懐かしい口説き文句を口にしてみる。
 こうして俺は、黙って相手に寄り添うことで、結果的に様々な秘密を聞き出してきた。
 あの頃も今も、俺がマリアに勝っている点などほとんどないが、こういう聞き役としての手腕だけは、マリアにも勝っていたという自負がある。
「隊長補佐は甘いですね……」
 目を伏せながら呟くと、リュウは何かを決意したように俺のほうへと視線を向けた。
「クロエ支部長の交渉で、ロシア支部、中国支部との交流が始まりました。……おかげで向こうの情報が、僕たちにも入ってくるようになりましたよね」
「ああ」
 この交流がもたらした変化は大きい。
 情報だけではなく、物資も手に入るようになったため、ゴッドイーターとしての活動も少し楽になった。
 しかし、リュウの表情に浮かんでいるのは、喜びではない。
「それで知ってしまったんです。現在の、ホーオーカンパニーの実情を……」
 そう言うと、リュウは一度言い辛そうに言葉を区切り、視線を逸らした。
「実情?」
「ええ……正直、想像以上でした」
 ギリ……と奇妙な音がする。注視すると、リュウは自らの神機を、震えるほど強く握りしめていた。
「すでに神機の開発能力はほぼ失われ、技術者は流出……機材や技術特許も売り、借金は膨らむばかりだと」
「……!」
 俺の目を見ながら、リュウは暗い笑顔を浮かべた。呆れるような、泣き縋るような、崩れかけの笑みを。
「……家族から、事前に連絡はなかったのか?」
「ええ。何も……以前、話しましたよね? 中国支部の闇市場で、希少なアラガミ素材が法外な値で取引されていることを」
「ああ、それは聞いたが……」
「実は僕、ここで手に入れたアラガミ素材を密かに実家のホーオーカンパニーへ横流ししていたんですよ」
 唐突な告白だった。
 思いもよらぬその言葉に、俺は困惑を隠し切れなかった。
「リュウ、それは……」
「ええ、アラガミ素材の勝手な譲渡は違法です。支部外への持ち出しは特に固く禁じられています」
「ならどうして……」
 そう言いかけて、すぐに答えは思い浮かぶ。
「……家族を守るためか」
 そして、そうする意味がなくなったから、リュウは俺に打ち明けた。
「隊長補佐の想像は、おそらく半分間違っています」
 リュウは過去を思い返すように、中空に視線を送る。
「今に始まったことじゃない。ポルトロン支部長の時代からずっとやっていたことです……新たなアラガミと戦えるのを僕が喜んだ本当の理由、分かりますよね?」
「……ああ」
 出会った当初から、リュウはアラガミと……特に希少なアラガミと戦闘が出来ることを喜んでいた。
 あの頃のリュウはアラガミ素材を得ることが、支部のためになるからだと話していたが……それにしても、情熱が行き過ぎているとは感じていた。
 しかし、今聞いた事情ならば納得もいく。
 彼はアラガミ素材を得ることで、自らの家を救おうとしていたのだ。
 それが、リュウがアラガミを恐れず、危険を省みずに戦う理由……
「……ただ、勘違いしないでほしいのですが、僕はあくまで神機の開発・研究のために、素材を送っていたんです」
 リュウは再び語り出す。
 努めて冷静に、しかしその声を震わせながら……
「神機開発メーカーとして会社を立て直すために、新たな技術を、神機を開発する……その礎となるならば、と」
 やりきれない表情で、リュウがこちらを見る。
「ですが、僕が送った素材は全部闇市場で売り払われ、負債の返済にあてられていた……現実は、僕の想像と違いすぎました」
「リュウ……」
「カンパニーの後継者でありながらゴッドイーターになったのも、神機やアラガミを直接理解し、素材を研究し、開発に役立てるため……」
 悔しげに、苦しげに、リュウは次々に言葉を漏らしていく。
「新たなシェアをとり、より優れた神機を生み出し、人類に貢献する。家族と会社を守り、幸せにする……そう願って、僕は……!」
 声を濡らし、嗚咽を吐くようにしながらリュウは喚く。
「どうして言ってくれなかったんだ? なぜ僕を騙し続けたんだ……?」
 次第に言葉は激しさを帯び、苛立ちと怒りに支配されていく。
「家族なのに……!!」
 虚しい感情の吐露は、静かに空へ消えていった。
「…………」
 東の空は、重たい雲に覆われていた。
 あの向こうにリュウの故郷があり、家族がいる。
(……遠いな)
 リュウはずっと、あそこまで声が響いていると信じていた。
 どれだけ離れていても、家族であれば気持ちが通じ合っていると思っていたのだ。
 それを子供じみていると、笑い飛ばすことは俺にはできない。
 全ての人が理想や愛情を信じ、リュウのように生きられればどれほどいいだろう。
 だが、この世界は残酷だ。
 理想よりも目先の金、愛情よりも戦う術……それを追い続けなければ、生き残れない。
「…………」
 きっとリュウの家族だって、望んで彼の想いを踏みにじった訳ではないはずだ。
 だが、それを俺が口にしたところで、気休めにすらならないだろう。
「……すみませんでした、隊長補佐」
 少し冷静さを取り戻したのか、リュウが落ち着いた声で謝罪する。
「あなたにこの事実を話すことにしたのは、僕一人で全てを背負い切るのは無理だと判断したからです」
「……そうか」
「支部の壁と人々を守り、実家も守る……一人では不可能です。だけど……どうすればいいのか、分かりません」
 視線を落とし、瞬きをした後、リュウはまっすぐに俺のほうを見つめてくる。
「……八神さん。あなたなら、どうします?」
「…………」
 リュウからの問いかけに対し、すぐに答えることはできなかった。
 俺はリュウほど真摯に、家族に向き合ってきた訳ではない。
 家族のため、マリアのためだと言いながら、いつも目の前の彼女たちから目を背けてきた。
 その結果、弟妹たちも、マリアさえも失って――
 そのことさえも、戦いに没頭することで次第に忘れていこうとしている。
 そんな俺に……心から家族を想うリュウの気持ちが、分かるはずもない。
「事実をクロエ支部長に伝えても構いません。僕は逃げも隠れもしませんから……あなたの考えを聞かせてください」
 リュウが追い縋るようにこちらを見る。そのすぐ隣で、彼女が俺を見ている。
「…………」
 まただ。
 無機質な彼女の視線が、俺の心臓を抉り取る。
 それが被害妄想だとは分かっている。
 彼女はマリアではない。マリアはもう、どこにもいない。
 だが……だからと言って、俺はマリアを忘れる訳にも、許しを求める訳にもいかない。
 ふと、リュウの家族は今、こんな気持ちなのかもしれないと思った。
 どんな理由があろうと、家族を裏切ってしまった事実は変わらない。
 弁明も贖罪も必要ない。助けを求めるはずもない。
 今さら何をしても許されないと、知っているのだから。
「……討伐任務が終わってからでいいです。先にやってしまいましょう」
 気づけば標的となるアラガミの姿が、もう目の前まで迫っていた。


 そうして俺は、神機を握りしめ駆け出した。
「……っ!」
 敵はシユウ、コンゴウ、それにアルレッキーノ。近接攻撃に優れたタイプのアラガミだ。
 そんなヤツらの懐に、勢いづけて潜り込んだ。
「――はぁぁああああッ!」
「グオオオオオオッ!?」
「……っ!? 八神さん!」
 リュウに声をかけられるのとほぼ同時、返す刃で背後に迫るコンゴウを斬り裂く。
「……ッ!」
「見えていたのか……相変わらず無茶な人だ」
 リュウがため息を吐く間に、俺はアルレッキーノに向かっていた。
 奇術師が妙な行動を見せる隙を与えないよう、連続で斬り続ける。
「攻撃効率がさらに1.3パーセント上昇、ブレードの展開速度が0.03秒加速、弱点部位へのクリティカル率は6.4パーセント上昇しています」
「……」
「ですが、攻撃回避率は1.6パーセント減少、被ダメージ率の上昇率は10パーセントを突破……なおも上昇しています」
「…………」
 耳元から彼女の声が響き続ける。
 他の誰のものでもない、マリアの声が……
 今の俺にはそれが――どうしてか、妙に煩わしかった。
「神機使用者の健康状態に変化なし。ただし、発汗、息切れ、心拍数の上昇が見られます。繰り返します。原因は不明……ですが神機使用者の状態に明らかな異常が見られます」
「――……はぁあッ!」
「……この異常は、心に起因する問題なのでしょうか」
「黙っていてくれッ!」
 アルレッキーノは最低限の動きで俺の攻撃を躱し続ける。
 ……だが、追い詰めたのは俺だ。閉じられた巨大な水門の真下……アルレッキーノの背中が壁につく。
 これでもう、逃げ場はない……
「八神さんッ!」
「……ッ!」
 突如、横合いから頭に衝撃が走り、俺はその場から吹き飛ばされた。
 浅い川に落ち、濡れた頭を慌ててあげると、アルレッキーノを庇うように、シユウが片足を上げて立っていた。
 ……背後から蹴り飛ばされたか。
「……すみません。あいつの担当は僕だったのに……」
「いや……俺が油断した。それより、もう一度各個撃破だ」
「……はい」
 指示を聞き、リュウはすぐさまシユウのもとへと走り出した。そのままシユウの翼を掻い潜り、器用に弱点である頭部を狙う。
「ふぅ……」
 立ち上がり、息を吐きながら川から出ようと歩き出す。
 そうしながらアルレッキーノの姿を探すと、ヤツは岸辺に立って退屈そうに俺を待っていた。
 相変わらず、人の神経を逆撫でするのが上手いアラガミだ……
「警告します。今の状態で交戦を再開するのは危険です」
 アルレッキーノに向かって歩いていると、傍らからそんな声が届く。
 俺は構わず、水気を帯びて重たくなったボトムを持ち上げ、前へと進む。
「この場はリュウに任せ、一時休息を取ることを推奨します」
「それは……できない相談だ」
 冷たい水に体温を奪われたのか、肺から漏れた息は凍えるように冷たい。
「何故でしょうか?」
「……他に方法がないからだ」
「リュウの能力が信用できないと?」
「……そうじゃない」
「発言の意図が不明です。具体性のある回答を求めます」
 彼女の言葉に、胸の奥がざわめくのを感じた。
 それを必死に抑え、立ち止まってからまた息を吐く。
「……俺には、他に何もないからだ」
「何もない、というのはどういうことでしょうか?」
「戦うしかないんだ。仲間を……大切なものを守るためには……」
 自然に口をついて出るのは、もう何度も口にしてきた言い訳だ。
 いつもそう言って、俺は大切なものから目を背けてきた。大切なものを失ってきた。
 そして何もかもを失った今でも、今さらやり方は変えられない。
「……他に方法を知らない……もう、何も失いたくないんだ」
「それが、あなたが不要に消耗し続ける理由ですか? 理解できません。非合理的です」
「そうだろうな」
 答えながら、アルレッキーノに斬りかかる。
 彼女に言われるまでもなく、俺の行動が矛盾だらけなのは自覚していた。
 理性的なところでは彼女の言い分が正しいと分かっているのに、熱に浮かされたように、身体が言うことを聞かない。
 それがどういうことなのか、俺も彼女も答えは持たない。
 人間の欠陥品だから。
「……はぁ……はぁ……っ」
 あるいは目の前に立つヤツらと同じ、人の形をした模造品だから。
「っ……! あああああああっ!」
 戦って戦って……それで何になる? 何も守れなかった俺に、何ができる?
 いいや、何もできない。俺には何もない。……何も手に入れるべきではない。
「ぐっ……」
 アルレッキーノのふざけた攻撃に対応しきれず、片膝をつく。
(っ……、まだだ……)
 自らを奮い立たせて立ち上がる。
 ここで倒れる訳にはいかない。楽になっていいはずがない。
 ――仲間を助け、信用を得て、ヒマラヤ支部を自分の居場所にするつもりか?
 八神マリアから、全てを奪ったこの俺が……
 地面を蹴って、アルレッキーノに向けて駆け出そうとしたその時。
 純白の髪を持つその女性が、俺の目の前にはっきりと立ちふさがった。
「…………」
「……何のつもりだ?」
「不明です。あなたの発言も、私の行動も」
「何を言っている?」
「意味は不明。ですが、私が持つ情報群のなかで、最もこの場で効果的とされる行動です」
 そう言って彼女は、その場で静かに目を閉じる。
 そうして俺に向けゆっくりと、両手を広げた。
「……――っ!」
 俺の行く手を阻むような雰囲気ではない。
 むしろ逆……彼女はまるで、俺を守り、抱きしめるようにして手を広げていた。
 まるであの時、マリアが俺にそうしたように……
「グルルル……」
 俺が間の抜けた顔をしていたせいか、アルレッキーノが低く笑ってこちらに向けて跳びかかってくる。
 無機質な表情で目の前に立った彼女の背中を、斬り裂くように――
「……――ッ!」
 瞬間、身体が動いていた。
 彼女を躱して右に跳ぶと、河の水を思い切り斬り上げる。
 勢いよく跳ねた水の飛沫は、アルレッキーノの視界を一瞬奪う。
 ほんの一瞬の目くらまし……子供だましの攻撃だが、意表はついた。
 岸辺に駆け上がり、俺は走りながら足元の石を掴んで投げつけていく。
 ヤツは腕を振り上げ例のシャボン玉を練ろうとしていたが、俺が投げた石に気がつくとジャグラーらしく、それを次々にキャッチしていった。
 一つ、二つ、三つ、四つ……肩から伸びる四つの腕が、すべて埋まる。
(……上出来だ)
 ガラ空きになった腹部に向けて、俺は勢い良く神機を突き刺した。
「クカァ……ッ!」
 笑いながら、もたれかかるようにしてアルレッキーノの巨体が倒れ込んでくる。
 正直、石は牽制のつもりで投げたのだが……
 死に際までふざけ倒すとは、立派な道化だ。
 そう考えながら神機を斜めに振るい、トドメを刺した。

「アルレッキーノの討伐を確認。神機使用者の戦闘能力も、ほぼ標準値まで回復しました」
 アルレッキーノから離れていると、俺の背後に立った彼女が、いつもの淡白な口調でそう告げる。
 その声を聞いても、不思議と心が乱れることはなかった。
「先ほどとった私の行動は、やはり有効だったのでしょうか?」
「……ああ。だが、あれはもうやめてくれ」
「承知しました」
 先ほどは咄嗟に庇ったが、アルレッキーノの攻撃が彼女に当たることはなかっただろう。それでも、見ていて気持ちのいい光景ではない。
「それと、さっきはすまなかった。……ありがとう」
「『すまなかった』に、『ありがとう』……ですか? 謝罪と感謝を向けられる理由が分かりません」
 困惑するように、彼女が小さく首を傾げる。
「……謝罪をしたのは俺の中に、どこか君に当たるような気持ちがあったからだ。理解はできないかもしれないが……」
 俺が家族を失ったことも、何の報いもできずに生き続けていることも、俺個人の問題だ。
 その苛立ちを彼女にぶつけるべきではなかった。
「では、『ありがとう』の理由は?」
「それは……」
 迷うようにして、答えを探してみて……
「……俺にも分からない」
「分からない?」
「隊長補佐……!」
 そこで戦いを終えたのか、リュウがこちらへ近づいてくる。
 リュウは俺のすぐ傍にアルレッキーノが倒れているのを見ると、「討伐は完了ですね」と言ってため息をついた。
「……それで、考えはまとまりましたか?」
「考え?」
 聞き返すと、リュウは少しもどかしそうにする。
「だから……八神さんならどうするかという話ですよ。支部の壁と、人々と……それに、実家を守るためには、どうすればいいのか……」
「ああ。それにアラガミ素材を横流しにしていた件を、どうするかだったな」
「……はい」
 俯きがちにリュウが頷く。
 リュウは既に、賽を投げていた。
 これまで一人で抱えてきた秘密の全てを明かし、処罰を受けることさえ覚悟しながら、俺を頼った。
 だったら俺も、リュウに対し同じ覚悟で答える必要があるだろう。
 では、どう答えるべきか……その答えは、呆れるほどすんなり出る。
「リュウ。俺はお前を手伝うことにした」
「手伝う? ……どういう意味ですか?」
 リュウが困惑した様子で尋ねてくる。
 先にその意味を理解したのは、彼女のほうだった。
「報告なしにアラガミ素材を譲渡することは違法です。規則を破るのですか?」
 俺は彼女に頷いてみせると、改めてリュウのほうを向く。
「家族を救える可能性があるのなら、全力で支えてやればいい」
「それは……。ですが、家族は僕のことを裏切って……!」
「俺は、マリアを救えなかった」
「……!」
「……失ってからでは遅すぎる。リュウはまだ、間に合うはずだ」
「…………」
「それに俺も……俺にもまだ、できることがあるはずなんだ」
 あの時彼女は、自らの命と引き換えに俺のことを救ってくれた。
 俺はただ生きている訳じゃない。マリアに……家族に生かされてここにいる。
 それにはきっと、何か意味があるのだと信じたい。
「一人で背負いきれないなら、俺を頼れ。壁の補修に必要な分はいくらでも手伝う」
「八神さん、僕は……」
「ただし。実家に送る分は、自分で何とかしろ」
 リュウの言葉を遮って、俺は彼の手に無理矢理アラガミ素材を握らせる。
「僕は…………」
 リュウは戸惑い、その場で肩を震わせている。
 俺は彼の返事を待たず、俺は帰還のためのヘリを通信で呼び寄せた。
 彼は俺に決断を委ねたがっているように見えたが、そこまで口出しするつもりはない。
 リュウの家族のことは、彼個人の問題だ。答えはリュウが決めるべきだろう。
 だが、もしリュウが困難な道に向かい続けるのであれば、協力を惜しむつもりはない。
 そこからは、俺の仲間の問題だからだ。
「…………」
 背中越しに、彼女の視線が俺に向けられているのを感じていた。
 いろいろと聞きたいことがあるのだろう。
 だが、俺も人の感情については不得手だ。答えられることはそう多くない。
 それでも、彼女から問われることがあれば、可能な限り考えてみようと思う。
(……謝罪と感謝。ありがとう、か)
 これまで一度だって、彼女に対しそんな感情を向けたことがあっただろうか。
 いや……ないな。
 俺はこれまで、彼女に深く関わることを避け続けていた。
 それがどうだ……今日の戦闘中のやり取りは、まるで喧嘩と仲直りだ。
 もちろん、俺が一方的に吹っ掛けたもので、彼女にそんなつもりはないのだろうが……
 それでも俺は、きっと彼女に救われた。
 マリアでも神機でもなく、彼女自身に……だからだろうか。
 一時は罪の証のようにも思えた彼女の姿を、今は自然な気持ちで見ることができた。


「……隊長補佐」
 リュウがふたたび口を開いたのは、俺たちが支部の広場まで戻って来てからだった。
「決めたのか?」
「……はい。迷いましたが、あなたの厚意に甘えて、両方続けます。家も、支部も……僕はどっちも守りたい」
 決意を秘めた表情を浮かべるリュウに向け、俺は小さく頷いた。
「……正直、正解は今も分かりません。でも、そんな時に大事にすべきなのは、調和だと思うからです」
「調和?」
「ええ。陰陽の思想は極端を良しとしません。調和こそが天命に通じるもので、調和を失った者は滅びる……」
 そこまで話してから、リュウはふっ……と穏やかな笑みを浮かべた。
「古い思想ですが、迷った時は原点に立ち返る。ならば調和を重んじる……それが僕なりの答えです」
「そうか……」
 聞きながら、俺はリュウを眩しい思いで見つめていた。
 全てを諦めず、全てを掴み取るために戦う……俺には出せなかった答えを、リュウは導き出したらしい。
「バランスに優れたマリアさんをお手本にしていたと言ったこと、覚えています?」
「……ああ」
 俺が支部に来て、初めてリュウに会った時に言われたことだ。
「あの頃の僕は、あなたにいくつも嘘をついていましたが……あれは本当なんですよ」
 言いながら、リュウはわずかに頬を緩ませる。
「調和……か」
 たしかに、その言葉はマリアにふさわしいものかもしれない。
 強く、そして誰に対しても分け隔てなく優しかった。
 彼女とヒマラヤ支部の面々がどんな風に関わっていたのか、今の俺に知る術はないが……リュウにとっても、彼女は目標だったのか。
 そのことを考えると、なぜだか少し誇らしかった。
「おかげで一番大変な道を選ぶことになりました。もちろん、自分で決めたことですから、結果がどうなろうと悔いはありませんが」
 肩をすくめ、どこか吹っ切れた様子でリュウは手を差し出してくる。
「あなたに迷惑をかけることになりますが……」
「気にするな。俺も、もう後悔はしたくないからな」
「それがあなたの答えなら、遠慮は失礼ですよね」
 手を握り合うと、リュウは目を細めて破顔する。
 どこか悪戯っぽく、そして柔和な笑みだった。
「おや?」
 と、そこで支部の奥からレイラが不思議そうな表情で近づいてくる。
「誰かと思えば、リュウじゃありませんか。出撃前と顔が全然違うから、一瞬誰だか分かりませんでした」
「見間違えるほどか?」
「ええ、ひっどい顔でしたから」
 挑発気味のレイラの発言に、リュウは微笑を浮かべつつ肩をすくめた。
 それを見たレイラは、気味悪そうにこちらを向く。
「……隊長補佐、どんな魔法を使ったのです?」
「秘密だ」
 説明のしようもないので、そう答える。
 リュウが今までしてきたこと。そしてこれからしていくことは、とても人に話せるようなものではない。
「……そういうことにしておいてあげます」
 レイラは短く言ってため息を吐く。
 興味はありつつも、リュウを気にかけていると思われるのは癪なのだろう。
 そんなレイラの前に、リュウが一歩進み出る。
「レイラ」
「……なんです?」
「心配かけて、悪かった」
「……!?」
 リュウが謝罪の言葉を口にすると、レイラは今度こそ震えあがった。
「誰よあんた!?」
 目の前で起きたことが、余程信じられないのだろう。
 俺だって、さきほどのリュウとの会話がなければ、想像もつかなかった光景だ。
 大声をあげるレイラの気持ちを慮り、俺は控えめに苦笑した。



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