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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第六章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~6章-6話~

 作戦司令室に足を踏み入れたところで、クロエが俺を一瞥して口を開いた。
「全員揃ったようだな」
 司令室の中を見回すと、ゴドーとカリーナの姿があった。
「で、俺たちを集めた理由はなんだ?」
「以前話していた、クベーラの対策が進んでいる」
 ゴドーの言葉に頷きつつ、クロエはモニターに資料を映した。
「クベーラには、クベーラ自身から得たアラガミバレットが有効だという仮説の検証を行った」
 アラガミバレットというのは、アラガミを捕喰することで得られる特殊なバレット弾のことだ。
 通常のバレット弾と違い、捕喰した対象の攻撃を模した攻撃が可能になる。
「それで、検証の結果は?」
「クベーラの体細胞を使った疑似的なアラガミバレットを制作し、採取しておいたクベーラの体表面の破片に打ち込んでみたところ……」
 クロエが言葉を区切ったところで、カリーナの喉がごくりと鳴った。
 それを聞いたクロエが微かに笑う。
「結果は、当たりだ。充分な損傷を与えられることが判明した」
「本当ですか!」
 クロエの言葉を聞き、カリーナが歓喜の声を上げる。
「ああ。……自分自身の食欲に負けるとは、因果な話だな」
 まったくだ。
 あらゆる攻撃を受け付けず、全てを飲み込む巨体を喰らう唯一の方法が、ヤツ自身の食欲だというのは皮肉が効いている。
 この検証通りに事が進めば、今度こそクベーラを倒すことができるだろう。
「新たに判明した事実は以上だ。アラガミバレットを主力として、クベーラ討伐を目指すぞ」
「となると、捕喰が重要になりますね……! アラガミバレットを用意するため、どうやって捕喰をするのか、そのための隙をどうやって作るのか……!」
 アラガミバレットは現地調達が基本。活動中のアラガミを捕喰することで得られるものだ。
 クロエが制作したという疑似的なアラガミバレットでは、おそらくクベーラは倒せない。
 となれば、戦闘中の立ち回りもそれだけ工夫する必要が出てくるだろう。
 意気込むカリーナの隣で、ゴドーが資料を片手に考え込むような仕草を見せる。
「……クベーラの攻略法が見つかったのは喜ばしいが、気になることもあるな」
「何が気になる?」
 クロエに尋ねられ、ゴドーは彼女のほうに視線を向けた。
「ネブカドネザルが静かすぎる。長期に渡り、何の動向も掴めていない」
 俺とゴドーは、何度も支部周辺を調査して、あの白毛の獣の行方を追い続けている。
 それでも、手がかり一つ見つからないのが現状だ。
「これまで報告に上がっている情報では、一般的なアラガミの行動パターンと異なり、知性がありそうだと言うが」
「用心深い人間の行動に近いと俺は見ている。そんな奴がずっと姿を見せないことに、どんな理由が考えられるかだ」
「理由ですか……」
 カリーナはやや俯いてそう呟く。
 それからすぐに、前へ向き直って俺を見た。
「これまでだと、ネブカドネザルは隊長補佐との交戦を避けていたように見受けられます。ですから、すでにヒマラヤから去ったという可能性は?」
 俺の神機に脅威を感じて、ヤツが逃げ出したということか。
 なんとなく考えにくい絵面だが……
「ゼロではないが、去るならもっと早く去っていてもいいはずだ。本当にヒマラヤに留まる理由がないのであればな」
 たしかに、俺があの神機でネブカドネザルと交戦した機会は、一度や二度ではない。
 それが今さら、突然去ったというのでは違和感が残る。
「現状では、ネブカドネザルはまだヒマラヤのどこかにいる、という前提で動いたほうがいいな」
 クロエがゴドーの意見を呑む。それを確認してから、ゴドーはさらに話を続けた。
「ああ。そのうえで、注意しておくべきことが一つある」
「注意、ですか……?」
「そうだ。セイの神機とネブカドネザルは、互いを感知できる。ということは、何らかの類似性を持っていると考えられる……違うか?」
「……何が言いたい?」
 もったいぶった言い回しに、クロエがわずかに眉を顰める。
 ゴドーは焦りもせず、自分の考えを述べた。
「もしそうだとしたら、セイの神機がそうであるように、ネブカドネザルも高い成長性を備えている可能性も否定できない」
「……意味もなく姿を見せずにいるわけではない、と?」
 ゴドーの発言の意図を汲み取り、クロエがその表情を険しくする。
 俺の神機の成長性の高さについては、言うに及ばない。その異常な進化のスピードはデータにもはっきり表れているし、彼女は目に見えて変化し続けている。
 マリアから生まれた彼女……白髪の女性は、つい数か月前まで意思疎通することも不可能だった。
 それが今では俺を通じて他の人間とも対話可能となり、人の心さえ学ぼうとしている。
 もし仮に、同じ速度でネブカドネザルが進化を続けているとすれば……あのクベーラよりも厄介な相手になりかねない。
「ネブカドネザルのことは、少し確認を急ぐべきだな」
「ですが、確認すると言ってもどうやって……? ネブカドネザルの手がかりは何にもないんですよね?」
 カリーナが尋ねるとゴドーは頷き、淡々とした口調で続けた。
「セイの協力があれば可能な、新しい探索方法を考えてきた。クロエ支部長、実行許可をいただけるか?」
 ……流石というべきか。ゴドーはすでに対応策まで考えてきていたらしい。
「無論だ。提案書を提出後、すぐやってくれ」
 クロエが許可を与えると、カリーナもすぐに椅子から立ち上がった。
「オペレート、準備します。こういう時のゴドーさんは早いですからねえ」
「君も、すぐ出られるか?」
「当然、出られますが……提案書のほうは提出しなくても?」
「今出す」
 ゴドーは懐から書類の束を出すと、そのままクロエへと提出した。
「では、行くぞ」
 そう言ってゴドーはさっさと司令室を後にする。
 鮮やかというより、いっそ乱暴なほどの手際の良さだ。
 それを見ていたカリーナは、よく見る光景なのか深いため息を吐いていた。
 クロエのほうは相変わらずのポーカーフェイスだが……その目の奥は笑っていない。
 リュウやレイラほど目に見えた険悪ささえないが、どうもこの二人は相性が良くなさそうだ。
 傍目には力量も考え方も似通った二人に見えるのだが……両雄並び立たずというところか。


 破棄された軍艦の上に、ゴドーと共に降り立つ。
「新しいネブカドネザルの探索方法は、『波』を追うことだ」
 ヘリから降りるなり、ゴドーは神機の準備をしつつそう言った。
「波……」
 まさかこの船を微かに揺らす、水面のことを言っている訳でもないだろう。
「どういうことでしょうか?」
 俺の隣に白髪の女性が現れ、ゴドーのほうを見た。
 それが分かった訳でもないだろうが、ゴドーはこちらに近づき、懐からタブレットを取り出した。
「クロエ支部長着任から現在までの、支部周辺に現れたアラガミの増減を調査したデータがある。これをセイの神機……たしか神機さんと呼ぶのだったな? 彼女に見せて『波』がないか、確認してもらえるか」
 ゴドーから資料を受け取り、軽く中身を確認してみる。俺が見た限りでは、彼の言う『波』については分からない。
「分かりました。これを追えばいいのですね?」
「……!」
 隣から画面を眺めていた彼女が、たしかにそう口にした。
 俺の表情を見て、ゴドーは唇の端を吊り上げた。
「……『波』が分かるんだな?」
「はい。アラガミの数、分布の変化に法則性があり、波として現れています」
「やはりそうか……妙だと思っていたんだ。レイラの巡回討伐の成果と微妙に一致しないのでな」
 彼女の言葉をゴドーに伝えると、彼は納得した様子で頷いた。
「この波は、ネブカドネザルがアラガミを捕喰することで発生したものだと考えている。ヤツが喰うことで予測値よりも個体数が減少したんだ」
「なるほど……」
 ということは、アラガミの減少率が不自然な個所を追いかけていけば、ネブカドネザルの位置をある程度予測できるということか。
「しかし、よく発見できましたね」
「ま、あまりに手がかりが無さ過ぎて必死に探し当てた違和感だ。信憑性はそう高くないがな」
 ゴドーはそう言うが、『波』に辿り着くまでの道のりが簡単だったとは思えない。
 相当時間を費やして、ようやく導き出した法則なのだろう。
 そしてその法則によれば、おそらくネブカドネザルはこの周辺に潜んでいる可能性が高いのだろうが……
「ちなみにだが、ネブカドネザルの存在は感知できないか?」
「はい。反応はありません」
 彼女からの返答は、ゴドーの期待に添えるものではなかった。
「そうか……だが、万一ということもある。警戒だけはしておくとしよう」
 ゴドーは簡潔に言って、改めて周囲に目を配った。
 ……まあ、そう簡単にいくものでもないか。
 支部全域を手当たり次第に探していた頃と比べれば、ヤツがいる位置を推測できるだけでも大きな進歩だ。
「……――っ?」
 唐突にどこからか視線を感じた気がして、俺は周囲を見渡した。
「どうかしましたか?」
「いや……」
 彼女が反応していない以上、ヤツは近くにいないはずだ。
 なのに何故か……俺は妙な胸騒ぎを感じていた。


 黒い獣は、真正面から俺たちに向けて跳びかかってきた。
「オオオオオオオオオッ!!」
 勇ましい雄叫びに、空気が震える。
 珊瑚のように淡い赤色のタテガミがまっすぐに逆立ち、周囲に青白い電光が吹き荒れた。
「……ッ」
 その光の束を、ゴドーは自らの神機を地面に突き立てて受け流した。
 自身の神機を即席の避雷針に見立てた訳だが……
 それをヴァジュラの顔の前でやってのけるのだから常軌を逸している。
「セイ、今だ……!」
 地に届くほどの巨大な牙を最低限の動きで避け、足を狙われれば躱して片手で倒立する。そのまま前転すると、振りかぶられた前脚の下をするりと抜けて、再び手にした神機で突く。
 ゴドーの離れ業の数々を間近に見ながら、俺は神機をまっすぐに振り下ろした。
「ガアッ……!?」
 俺にはゴドー程、器用な真似はできない。
 だからひたすらに、喰らいつくだけだ。
「グオオオオオオオオオ……ッ!」
 ヴァジュラの頭部に張り付いた俺は、彫刻のようなヤツの頭部を神機で何度も殴りつけた。
「ガアアアッ……! ――ッ!!」
 俺を振り落とそうと、地面にしがみつき首を滅茶苦茶に振る。
 そのまま電光を放とうとするが、あの男から目を離したのが運の尽きだ。
「……ッ!」
 素早くヴァジュラの懐に潜り込んだゴドーが、巨大なスピアで素早くヤツの身体を突いていく。
 狙いすましたような連撃……余計な力は込められていない、軽やかな神機捌きだ。
 その一つ一つが、的確に弱点を穿ち抜いているのだろう。
 堪え切れず、ヴァジュラの肢体がその場に崩れ落ちる。
 その瞬間……抵抗のなくなったヤツの背中の上から、俺はブレードを深く突き刺した。
「……ッ、ガ、アアッ!?」
 ガクガクと機械的に体を震わせたヴァジュラが、なんとか立ち上がろうとして――その顔を正面から勢いよく甲板に叩きつけた。
「ふぅ……」
 これで周囲のアラガミはあらかた片付いたが……
「妙だな」
「……はい」
 ゴドーの言葉に頷く。
「なんのことでしょうか?」
「……ヤツの気配は感じないか?」
 尋ねてきた白髪の女性に、俺は重ねてそう訊いた。
「ええ、間違いなく」
 彼女の返答は、戦闘の前から変わらない。
 だが、それでは説明がつかないこともある。
「お二人は、何を気にしているのでしょうか?」
「……『波』だ」
「『波』……ですか?」
「ああ。事前の予測結果より、アラガミの数がかなり少ない。となれば、考えられることは一つ」
 俺とゴドーは頷きあって、神機を片手に周囲を見渡す。
「――ヤツは恐らく、ここにいる」
 油断なく周辺を見渡しながら、その影を探す。
 ここはヤツの狩場だ。何かしら形跡が残っていてもおかしくない。
「すでにお伝えしている通り、ネブカドネザルの存在は感知できません」
 彼女は再三報告を上げる。
 納得がいかないというよりは、純粋に理解が及ばないのだろう。
 目に見えず、感知も出来ない相手を警戒する……たしかに馬鹿げた行動だろう。
 だが、見えない敵と戦う時……最後にものを言うのは報告ではない。
 己自身の嗅覚だ。
 ヴァジュラの亡骸が目に付く。
 辺りには他に何も見当たらない。
 ネブカドネザルの残した形跡など、何一つ……
「…………」
「セイ?」
 俺はゆっくりと、黒い獣の傍へと歩み寄った。
 警戒を解き、軽い足取りでそこに向かい、神機を捕喰形態に変える。
「あなたは、この場にネブカドネザルがいると考えているのでは?」
「……ああ、そうだ」
「では、周囲の安全が確保できていない状況下での捕喰行為は推奨できません」
「そうだな……危険な行為だ」
 少し考えてみた。
 ヤツは警戒心が非常に高い。
 これまでもヒマラヤ支部の周囲に潜み続けていながらも、手がかり一つ残してこなかった。
 だが、そんな状況下でもヤツは、アラガミを喰うことだけはやめなかった。
「……」
 ここはヤツの狩場だ。
 そこに俺たちが後からやってきて、ヤツの獲物を奪った。
 そして無警戒にそいつを喰らおうとすれば、ヤツならどうする?
 身を潜め、虎視眈々と機を待つ飢えた獣が……易々と譲歩し引き下がるか?
 いや……俺ならそうしない。
 自らの領域を冒した敵を目の前に、みすみす見逃すことなど有り得ない。
 だから――
 黒い獣の亡骸に向け、捕喰形態の神機を振るった瞬間に、白き獣は現れた。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 反応は間に合わなかった。俺の背後……完全な死角からヤツは一気に近づいてきた。
 振り向くのがやっと。
 俺の首筋に向け、ヤツが牙を突き立てるのを見つめるのが、精一杯……
 しかし、その攻撃は俺に届かない。
「やっと会えたな」
 ネブカドネザルの牙が横に逸れ、ヤツの唾液が頬に散る。
「はじめまして。ゴドー・ヴァレンタインです」
 頼もしい声が俺の傍で響く。
 警戒し、距離を取るネブカドネザルに向けて、ゴドーは恭しく挨拶をした。
「……助かりました」
「よく言う。俺に助けさせたのだろう?」
「……すみません」
 ネブカドネザルが現れれば、必ずゴドーが助けてくれると考えていた。
 だからこそ俺は無警戒にヴァジュラの亡骸に近づけた訳だが……彼を利用したという見方も否定できない。
「冗談はさておき、なぜこちらの感知に引っかからなかった?」
 大して気にした様子もなく、ゴドーの興味はヤツへと向かった。
「戦闘能力はともかく、そういう進化をしたということか……?」
「…………」
 白髪の女性に視線を向けるも、沈黙だけが返ってくる。
 明瞭な答えが出せない場合、彼女はまるで考え込むように黙ることがある。
(それだけイレギュラーな状況という訳か……)
「セイ、避けろ!」
 ゴドーの緊迫した声が耳に届き、慌ててその場から回避行動を取る。
 すると先ほどまで俺がいた場所を白毛のアラガミが猛スピードで駆け抜けていくのが視界に映った。
「話は後にしたほうが良さそうだな。まずはヤツを撃退するぞ」
「はい……!」
「グオオオオ!」
 俺たちが構えると同時。こちらに向き直ったネブカドネザルが、再び加速をつけて体当たりしてくる。
 目にも止まらない猛攻撃だが……俺だって、以前に比べれば成長している。
 支部に来た当初ならばいざ知らず、今は避けられない攻撃ではない。
「はあぁっ!」
 ヤツの攻撃を躱すと同時、ヤツの腹に向けて神機を滑らせる。
「くっ……!」
 ガギィン! という金属同士がぶつかる音と共に、痺れるような衝撃が神機から伝わってくる。
 ヤツも俺の攻撃に反応し、頭部の刃でそれを防いだか……
(……ッ! やはり、強い……!)
 以前から俺より数段強かったネブカドネザルだが、その力関係は少しも変わることはない。
 だが、それは俺が一人で戦っていた場合の話だ。
「こちらも忘れてもらっては困るな」
 体勢を崩した俺の胸に向け、ヤツが頭を突き出すと同時……
 ゴドーがネブカドネザルの背後へと滑り込み、チャージスピアを突きつけた。
 目で追いきれない程の連撃――
 だが、その全てをネブカドネザルは視線も向けずに躱していく。
「なっ……!」
「グオオオオオオ!!」
 そのままネブカドネザルは、俺だけを狙って追い縋ってくる。
「くっ……――!」
 避けられない……そう感じた俺は、すぐさま攻勢に身を転じた。
 歪に曲がった巨大な太刀を躱し、懐に潜り込む。そうすると意外なほどに細身な、ヤツの肢体が間近になる。
 次の瞬間、ネブカドネザルはふいにその細い前足を曲げた。
「――ッ!? 待て……!」
 追い縋る俺の足元を抄うように、ネブカドネザルは太刀を振るった。
 それを躱した時には、ネブカドネザルは俺の眼前から消えていた。
 振り返れば、ネブカドネザルはヴァジュラの死骸にその太刀を突き刺し、そのまま高く跳躍を繰り返しつつ戦線を離脱していった。
「……オオオオオッ!」
 遠ざかるネブカドネザルが放つ雄叫びが、海原に虚しく溶けていく。
「退くか……」
 去っていくヤツの背中に向けて、ゴドーが呟く。
 ヤツの狙いははじめから、あくまでも奪われた餌を取り戻すことだった訳だ。
「追いますか?」
「いや、この地形では深追いはできん」
 確かに、ここはヒマラヤ支部より程遠いし、港町もその先の森林地帯も、遮蔽物が多すぎる。下手に追えば、待ち伏せを受ける可能性は高いだろう。
「そこまで計算して姿を見せた、ということか……?」
 顎に手を当てながらゴドーが呟く。
 その直後、それまで黙り込んでいた白髪の女性が再び口を開いた。
「報告します。交戦中も、ネブカドネザルの波動は感知できませんでした」
「……交戦中も?」
「どうした、彼女は何と言っている?」
「ネブカドネザルの存在は、交戦中も感知できていなかったと」
「なんだと……?」
 俺の言葉を聞いたゴドーは、再び考え込むように俯いた。
「……とにかく、このことを報告しない訳にはいかないな。すぐさま支部へと戻るぞ」
 そう言うと、ゴドーは支部へと通信を繋げ、帰還のためのヘリを呼びつける。
 すぐさま到着したヘリに乗り込み、俺たちは支部へと戻ることになった。


「――以上が、今回のネブカドネザルの報告だ」
 支部長室にてクロエに対し、ゴドーが今回の顛末を話す。
「ネブカドネザルを感知できなかった、だと? 本当なのか?」
「ああ。セイの神機でも、まったく感知できなくなっていた。恐るべき隠密能力だ」
 彼女の報告によれば、俺の神機もこれまでの戦いでかなり強化されている。アラガミの探査範囲も同様だ。
 それにも関わらず、今回はネブカドネザルを感知することができなかった。ヤツが実際に、俺たちの目の前にいた時でさえ……
「発見できる手段が減ったというのは困ったものだな。……戦ってみた感触はどうだ?」
「どうにもならない相手ではない。……ただ……」
「ただ?」
「あれがネブカドネザルの最大戦闘能力だと考えるのは危険だ。感知できなくなったのが進化であるなら、ヤツはまだ進化の過程にいる」
「……そうか」
 クロエが頷くのを待ってから、ゴドーは言葉を続ける。
「だから逃げるのだろうし、トドメを刺し切るのは簡単ではなさそうだ」
「……分かった。現状においてはクベーラ討伐を優先するとしよう。所在を特定し、攻撃計画を立てる」
「承知した」
 クロエの決断に、ゴドーはすんなり頷いてみせる。
「クベーラを仕留めれば、状況も大きく変わる。楽な相手だとは思わないが、やるなら今だ」
「……そうだな」
 たしかに、クベーラとネブカドネザル……現状で天秤にかけるなら、危険なのはクベーラだが、いつまでもそうだとは限らない。
 ネブカドネザルがさらに進化する前に、支部周辺の脅威を一つでも減らしておく必要がある。
 そう考えれば、所在の分かるクベーラから倒しておくのが道理だろう。
(本当なら、ネブカドネザルは片付けておきたかったがな)
 以前のクベーラとの交戦では、ネブカドネザルが姿を現すことはなかった。
『波』を読めば、今後もその事態は避けられるはずだが……
 ヤツの行動を完全に読むことは難しい。
 結局、不安材料を残した状態でクベーラと当たることになるのだろうか。
 仕方のないことだが……言いようのない不安が残ったのもまた事実だ。


「しかし、君も不思議なヤツだな」
 クロエへの報告を終えて、支部長室を出た後。
 支部の受付前まで戻ってきたところで、ゴドーがそんなことを言ってきた。
「なんのことでしょうか?」
「決まっている。ネブカドネザルが現れたのに、動揺も激高もせず、冷静だった。……ヤツはマリアの仇だぞ」
「……」
 ゴドーの言葉に、マリアの最期の姿が脳裏を過ぎる。当然、そのことを考えれば怒りも込み上げてくる。
 悲しみも、無力さも……ヤツに対する恐怖もそうだ。
 だが……
「……勝つためです」
 ヤツに勝つためには、冷静になる必要がある。
 マリアを弔った時に、俺はこの支部を守ると誓った。
 その誓いを果たし、ネブカドネザルに勝つためには、個人的な感情は邪魔になる。
 だから俺は、マリアのことを……
「……そうか。そう言える君は強いな」
 俺の言葉を聞き、ゴドーはどこか悲しげにそう呟いた。
 それからゴドーは、改めて俺のほうへと向き直った。
「ところで神機さんに確認したい。ネブカドネザルの感知は、交戦中もずっと継続していたんだな?」
「はい。しかし、ネブカドネザルを感知できませんでした」
 姿を現した彼女の言葉を、俺はいつものようにゴドーへと伝えていく。
「ヤツが進化して、その隠密能力を上げたということか?」
「不明です」
「む……そこは安易に答えを得られないか」
 彼女の言葉を聞き、ゴドーは戸惑うように頭を掻いた。
 ネブカドネザルが進化過程にあるのかどうか……この仮説をすぐに実証する術はないか。
「ともあれ、ネブカドネザルと出会えたのは良かった。これからも協力を願いたい」
 そう言うと、ゴドーは彼女がいるだろう場所に向けて、軽く頭を下げてみせた。
「はい」
「……」
 彼女がゴドーに対し、自然に受けごたえするのを、俺はぼんやりと見つめていた。
 いつの間にか、こんな光景が当たり前になってきている。
 彼女がゴドーたちと話すたびに、俺の胸の内には言いようもないわだかまりが生まれる。
「セイ、もちろん君もな」
「……はい」
 ゴドーの言葉に、上手く答えられたかどうか分からない。
 マリアそっくりの表情をした彼女が、俺のほうを見つめている。
 不審に思っているのか、何も考えていないのか……無機質な表情からは読み取れない。
 しかし俺にはそれが、マリアが俺を、無言で責め立てているように思えた。
 マリアの仇は、ネブカドネザルではない。
 ……俺だ。
 俺の不用意な判断が神機の暴走を招き、マリアの命を奪った。
 そんな俺が、生き残るために少しずつマリアのことを忘れようとしている。
 こんなことが、本当に許されるのだろうか。
 きっと実際には、マリアは俺を責めないだろう。
 死に際に見せたような優しい笑みを浮かべ、俺を許してくれるだろう。
 だからこそ、俺はなおさら自分のことが許せなくなる。
 そんな彼女のことを一瞬でも忘れようとした、自分のことを――



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