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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第六章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~6章-5話~

 「今日の巡回討伐は支部の周辺地域のみなので、ヘリを使いません。いいですね?」
 一通り作戦を確認し終えたところで、最後にレイラはそう告げた。
「では、輸送車を手配しましょうか」
「その必要はありません。……行きましょう、八神さん」
 カリーナの提案を袖にして、レイラは早々に作戦司令室から出ていこうとする。
「輸送車くらい使えばいいのに……」
 カリーナがどこか釈然としない様子でつぶやいた。
 近場だから歩いていく……それほどおかしな話でもないが、効率を考えればたしかに違和感が残る采配だ。
「徒歩には徒歩の意義がある」
 そうカリーナに答えたのは、レイラではなくクロエだった。
 特別な任務以外の時に、彼女が作戦司令室を訪れることは珍しい。
 となると、レイラに徒歩で向かうよう指示したのはクロエのようだ。
「徒歩の意義……ですか?」
 カリーナが不思議そうに尋ねるが、クロエは笑って答えなかった。
「…………」
 この後の展開はなんとなく読めた。
 徒歩で向かうとなると、また『あの場所』を通ることになるだろう。
 問題はそこで、クロエがレイラに何を期待しているのかだが……
「隊長補佐、レイラのサポートを頼むぞ」
 ――彼女の口ぶりを聞く限り、何事もないことを願っている訳ではなさそうだ。
 リュウからの報告は、すでにクロエにも届いているはずだ。
 現状、彼らを不用意に刺激するのは得策だとは思えない。
 それでも敢えてそうする以上、クロエは何か目的を設定しているはずだが……
(……いや。考え過ぎても仕方がないか)
 この手のことで戦っても、俺がクロエに勝てるとは思えない。
 俺が意識すべきことはただ一つ……何かあった時にレイラを守る。それだけだ。


 徒歩で支部の外に向かうためには、専用の通用門を通る必要がある。
 となれば避けて通れないのが、壁付近にある外部居住区だ。
「ん……何かしら?」
 普段通りの毅然とした足取りで俺の先を進んでいたレイラが、ふいに足を止める。
 俺も彼女の頭越しに、そこにできている人だかりを見た。
(やはりこうなるか……)
 外部居住区の住民たちは、俺たちの姿を見るなりぞろぞろとこちらへ近寄ってくる。
 そのなかには、先日リュウとトラブルを引き起こした住民の姿もある。
 大方そんなところだとは思っていたが、クロエはレイラに何も話していないらしい。
 彼女が不審そうに周囲を見渡す間に、俺たちはすっかり囲まれてしまう。
「いつものヘリはどうしたんだ、ゴッドイーターさんよ?」
 挑発的に、あるいは憎むような口調で、住民のうちの一人がそう口にした。
「ヘリ? 必要でなければ使いませんが?」
 レイラは最低限の言葉で答えた。
 彼女にしてみれば、なぜこうも喧嘩腰で声をかけられているのか想像もつかないだろう。
 冷静なレイラの受け答えに、他の住民がやきもきした様子で言葉を飛ばす。
「この支部が孤立していることは知っているんだ。いよいよヘリも使えない状況になったってことじゃないのか?」
 その言葉の裏側には、ヒマラヤ支部への不信、不安、不満……そういった感情がありありと浮かんでいる。
 レイラもここで、そのことに思い至ったらしい。
 言い立てる彼らを落ち着かせるようにして、レイラはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「物資の不足を心配しているのであれば、安心してください。むしろ物資の流通は改善に向かっていますから」
 レイラの言葉の中に嘘はない。
 まだ小さな取引ではあるが、中国支部やロシア支部との交流がはじまったことで、徐々に物流も増えてきている。
 だが、そうした物資が彼らの生活に影響を与えるには、まだもう少し時間がかかる。
「証拠はどこにあるんだよ?」
 だからこそ、住民からの追及は止まらない。
 輸送機が行き来しはじめれば印象も違うのだろうが、現状はまだ、フェンリル本部に目をつけられる訳にもいかない。
 変化を悟らせない方策が、住民には余計な負荷を生んでいるようだ。
 が、そんな都合はレイラだって知ったことではない。
「……では、何を見れば納得すると言うのです?」
 レイラは内心の苛立ちを隠そうともせずに言い放つ。
(……まずい展開だな)
 予想はしていたが、気性の激しいレイラと不満を抱える住民では、あまりに相性が悪い。
 ヘリを使わなかった理由が不明瞭なことも、不信感を高めている。
 おそらくはクロエの望み通りの展開なのだろうが、現場の人間としては気が気ではない状況だ。
「レイラ、ここは……」
 レイラをなだめようとすると、彼女は手を振りそれを制した。
 相当熱くなっているようだ。こうなるとレイラは手が付けられない。
 だが、それは怒りに燃える群衆も同じことだ。
「では、契約書でもここに持ってきてくればいいわけですか? 紙切れ一枚見せたところで、何の意味があると言うのです?」
「ほらな! そう言って結局、何も見せようとしない。……どうせ何もないんだろう?」
「いえ、だから……っ」
「大口叩きのにいちゃんと同じだ! どうせな!!」
 レイラの反論も許さず、男はそうして言い放つ。
「大口叩きのにいちゃん……」
 一方のレイラは、少し冷静さを取り戻した様子でその言葉を反芻していた。
 この件に、リュウが一枚噛んでいることに気がついたのだろう。
 そうして次に浮かべた表情は、なんとも複雑そうなものだ。
「……彼が何を言ったのかは察しがつきます。ですが、わたくしは――」
「自分だけは違うって言うんだろ。お前たちはみんなそうなんだよ!」
「……っ」
「あのにいちゃんだって、自分に任せておけば完璧だとか言ってたけどな! 口先じゃ信用できねえんだよ!」
 男はそこまで言って、ぜいぜいと肩で息をした。
 彼に同調するように、その場にいた全員が口々に叫び出す。
 フェンリルや俺たちに対する怒り、彼らの生活に関する苦しみ、悲痛な訴え、嘆き……
 この場のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、目の前に白髪の女性が現れる。
「この方々の心拍数や呼吸は、大変不安定な状態です。これは?」
「……彼らは不安なんだ」
「不安……? これが……心、の……」
 戸惑いなのか、理解できないことに関する負荷がかかっているのか……言い淀むようにして彼女が紡ぐ。
 耳を塞ぎたくなるほどの激しいざわめき。身体に影響を及ぼすほどの激しくも虚しい感情。
 彼女が理解するには、やや難度が高いものだろう。
 いや……俺だってその全てを理解できる訳もない。
 正直、彼らの抱える不安は、俺の想像を上回るものだった。
 クロエやゴドーが上手く立ち回っているのだろうと、どこか楽観視しているところがあった。事実、彼らのおかげで今日まで抑制できていた部分もあるだろう。
 だが、こうして一旦口火を切ってしまえば、彼らはもはや止められない。
「……皆さんの不満や苦労はよくよく存じています」
 それでもレイラは、彼らに挑むようにして毅然と立つ。
「その原因は全てアラガミにあります。アラガミがいるから……ですからっ!」
 俺たちを追い立てるような声が四方から響き続ける中、それでもレイラは前に出る。
「わたくしはゴッドイーターとして、皆さんの代わりにアラガミと戦い続けると誓います!!」
「……いつもボロボロになって帰ってくるくせに」
「……!」
 その場の誰が口にしたのか、その言葉は、喧噪の中でもはっきりと聞こえた。
 レイラの表情がわずかに歪み、それを隠すように彼女は俯く。
 辺りからは、さらに彼女を追い立てようと激しい言葉の数々が届く。
 そんななか、俺は俯いた彼女の表情を見ていた。
 真一文字に結ばれた口元が、ほんの少しずつ形を変えていく。
 逆境の中、レイラは微かに笑っていた。
「知ってるんだぞ! ハンマーを振り回す小娘はいつもやられて帰ってくるってな!」
「ええ、そうです!!」
 再び前を向いたレイラは、決然とした態度で言い放った。
 強く、覇気のあるその声に、一瞬、場を沈黙が支配する。
 その機を逃すレイラではない。
「たしかに、わたくしは駆け出しの未熟なゴッドイーターです」
 レイラは堂々と、自らの弱さをさらけ出す。
「いつもダメージを受け、死にそうなピンチを何度も切り抜けて、今もどうにか生きています」
 胸を張って言える訳もない。同情や哀れみを欲しがる訳でもない。
 ただレイラは、彼女が知るありのままの彼女について話している。
「ですが逃げるつもりはありません。死ぬつもりもありません」
 レイラはその手を大きく広げ、自然な足取りでぐるりと周囲を見渡していく。
 その瞳には、揺るがない決意の色が表れている。
 その瞬間……誰もが彼女の、次の言葉を待っていた。
「わたくしはゴッドイーターとして神機を振るえる限り、アラガミと戦い……どれだけやられても、必ず帰ってきます!」
 そうしてレイラは言葉を結んだ。
 彼女が黙ると、一瞬の静寂。
 そこで住民のひとりが、思い出したように口を開いた。
「じ、実力もないヤツが偉そうに! どうせうっかり死んで戻ってこないんだろ……!」
「そ、そうだ……!」
「口では何とでも言えるんだ!」
 周りの人間たちも、慌てて口を開き追従する。
 そんな様子を、レイラは余裕のある表情で一瞥してから、だんっと床を力強く蹴った。
「いいでしょう!!」
「……っ」
 レイラが力を込めて言っただけで、ふたたび誰もが口を噤んだ。
 まるで臣下が、自らの主の言葉を待っているような光景。先ほどまで、彼らが彼女を追い立てていたなどと、誰が想像できるだろう。
 レイラはそこで、ふっと表情を緩めると、彼らに柔和な笑みを向けた。
「今、ご自分で口にした言葉を、どうぞ覚えておいてください。絶対、忘れないように」
 この場にいる全員の顔を、一人ひとり覚えるようにして見つめていく。
 悠々とその作業を終わらせてから、最後に彼女は、念を押すように語りかけた。
「わたくしも自分の発言を忘れません。どうぞ、皆さんも」
「……」
 この場にいる誰もが、同じことを思っただろう。
 それは住民に向けられた言葉のようでありながら、そうではない。
 これは決意表明だ。
 彼女自身が、自らに向けた宣誓だった。
 住民たちは皆、レイラの決意を知る証人になるよう、彼女に利用されたのだ。
 しかし、誰もそのことで、彼女を責め立てるようなことはしなかった。
「出撃します」
 完全な無音の中、レイラは俺のほうへ振り向き、一言そう口にした。
 そのまま彼女が歩き出すと、海が割れるように住民たちは自然とレイラに道を譲りはじめた。
 レイラは当然という様子でその道を歩きはじめる。
 俺は奇妙な気持ちになりながら、彼女の後を追ったのだった。


 通用門を抜け、支部の外に出た後。
 周囲に誰もいなくなってからも、俺たちは無言で歩みを進めていた。
 ちらりとレイラのほうを見れば、険しい表情を浮かべている。
 住民たちに見せていたものとは違った表情だ……
 彼女が何を考えているのか、俺には想像がつかなかった。
「何か?」
 俺の視線に気づいていたらしい、レイラが憮然とした表情のまま尋ねてくる。
「別に」
 問いかけに対し、俺は素知らぬ振りで言葉を返した。
 レイラは横目で俺を見るが、すぐに進行方向へ視線を戻す。
「ヒステリーでも起こすと思いましたか?」
 穏やかな口調でレイラは言う。
 図星だった。
 レイラの気性なら、住民たちが怒りをぶつけてきた時点で、烈火のように怒ると考えていた。
 正直、住民たちとの抗争に発展することも視野に入れていたが……
「そんな子供ではない。……いえ、子供ではいられないのです」
「子供ではいられない、か……」
 なんとなく、言い慣れたような口ぶりが気になった。
 レイラは頷くと、彼女は胸に手を当てて心のうちを話す。
「受け止めねばならないと思ったの。人々の想いは、目をそらして受け流したら行き場を失ってしまうから」
「……そうか」
「不満を罵声として吐き出せば、少しは気も晴れるのでしょう」
 素直な様子でレイラは言う。
 この辺りは、彼女自身の経験則なのかもしれない。
「……すまない」
「……? どうして謝るのです?」
「レイラはもっと、堪え性がないと思っていた」
 言った瞬間、強く睨まれる。
「そういうことは、思っても口に出さないようにしてください」
「……すまない」
「はぁ……もういいです。正直、そんなに気にしてませんから」
 レイラはため息を吐き、宙に目を向ける。
「住民たちやあなたから何を言われようとも、クロエ支部長が浴びせてくる罵倒と比べれば涼しいものです」
「……なるほど」
 クロエの名前が出てきただけで、なんとなくレイラの身に起きたことは想像がつく。
「クロエ支部長はなんと?」
 あまり深く聞かないほうがいいかと思ったが、ここに来てなぜか白髪の彼女が食いついた。
「……クロエ支部長は、どんな罵倒をしてくるんだ?」
 仕方なく彼女の問いかけを伝えると、レイラはうんざりした表情を浮かべてみせた。
「ロシアでは文化レベルが高いほど、汚い言葉を使わないらしいのよ。そのかわり、罵倒がネチネチとしつこく長く、表現が多彩になるらしいわ」
言われた言葉を思い出しているのか、クロエはげんなりと表情を曇らせていく。
「だんだん何を喋ってるのか分からなくなってくるのに、ちゃんとムカつくのよね……芸術的、とでもいえばいいのかしら」
 不愉快さがにじみ出るような口ぶりから、心底こたえているのが分かる。
「でも、おかげで単純な罵声はレベルが低く感じて、平気になりました。いいのか悪いのか、知りませんけど」
「なるほどな……」
 おかげで今回は、住民との抗争を防げた訳だ。
 レイラが日夜、クロエと特訓を重ねているのは知っているが、鍛えられているのは戦闘技術だけではなさそうだ。
(もしかすると……クロエが徒歩で出撃させた理由は、レイラの成長を確かめるためか……?)
 つまり、住民を使ってレイラの怒りっぽさを試した、と。
(……いや、ないな)
「とにかく、隊長補佐もクロエ支部長とだけは口論をしないほうがいいわ。勝負にならないから」
 馬鹿げたことを考えていると、レイラがそんな風に言ってくる。
 その口調はからかうようなものではなく、本気の忠告といった雰囲気だ。
 だが、レイラの口ぶりには、どこか厄介な母親に対する愚痴のような柔らかさも混じっていた。
 そのことを心地よく感じながら、俺は作戦エリアに向かい歩き続けた。


「グァアアアアアアアッ!!」
 レイラの放った一撃で、アラガミは断末魔と共に地面に伏した。
 これでこの辺りのアラガミは、一通り片付いたようだ。
 戦いを終えたレイラは一つ大きく深呼吸をすると、すぐに表情をまた引き締めた。
「討伐完了、戻りましょう」
 毅然とした表情で言ったレイラだが、その体には相変わらずかなりの手傷を負っていた。
 以前に比べればダメージも減ってきているようだが、それでもまだまだ少なくはない。
「どうしました? わたくしのことなら別に心配はいりません」
 俺の表情に気がついたレイラが、にこりとこちらに笑いかけてくる。
「……無理はしていないか?」
「疑うのなら、神機さんに訊いてみればどうです?」
「彼女がクロエ支部長との訓練を開始してから現在まで、被ダメージ量は常に減少し続けています」
 俺が尋ねる前に、白髪の女性はさっさと現れて分析を開始する。
「ごく微量ずつではありますが……」
 そう断ってから、彼女は相変わらずの細かすぎるデータを口にしはじめた。
 俺は慌てて、その奇妙な数字の羅列をレイラに伝えていく。
「……」
 表情の変化に気がついたのはそのときだった。
 以前話したときは、『細かすぎて怖い』と一蹴されていた白髪の女性からの報告だが、今回のレイラは真剣にその数字を聞き入っていた。
 全てを話し終えると、レイラは納得の表情で頷いた。
「わたくしにもやっと実感できるようになってきました。数字で見なくても、体でそれが分かるように」
 そう言って、レイラは自分の手のひらを見つめる。
「分からなかったことが分かるようになる……クロエ支部長が言った『今は分からなくていい』の意味が、やっと理解できました」
 右手を握ったり開いたりして遊ばせながら、彼女は感慨深げにそう言った。
 その表情には、以前あった成長への渇望や焦りのようなものが薄まっており、代わりに小さな自信が窺える。
「成長とは、こういうものなのですね」
 そう言ったレイラの目は、強い希望の光が灯っているように見えた。


「あれは……?」
 通用門を通り、ヒマラヤ支部に戻ってきたところで、その先に人だかりができていることが遠目にも分かった。
 考えるまでもない、行きにも出会った外部居住区の住民たちだろう。
 近づいていけば、彼らがこちらを見ながら、口々に騒ぎ立てている声も聞こえてくる。
 正直、近寄りたくない光景だが、レイラはむしろ進んで彼らに向かっていった。
「どうしました?」
 毅然とした態度でレイラが尋ねる。
 彼らはレイラから顔を背けながら、小声でそれぞれに囁き合う。
「またボロボロだ……」
「あんなにアラガミにやられて……」
 そんな彼らの言葉を聞いて、俺も改めてレイラに目を向けた。
 実際、レイラの怪我の多さは他のゴッドイーターたちと比べてもかなり顕著なものだ。
 この姿を見て成長しているのだと話しても、にわかには信じられないだろう。
 昼間、あれだけ大胆に宣言して見せたレイラが、これだけ傷を負って帰ってくれば、彼らが不安に感じることも道理だろうが……
「ああ、なるほど……」
 住民たちの視線を集めたレイラは、どこか得心した様子をみせる。
 それから、その場にいる全員に聞こえるように、大きく息を吸って口を開いた。
「この程度はかすり傷です!!」
 レイラの言葉に、住民たちが息を呑む。
 が、それも一瞬だけ。
「……とは言いませんが、慣れています」
 さすがにやせ我慢が過ぎたか。見透かされたレイラは少し恥ずかしそうに付け加えた。
 それからこほんと咳払いして、話を続ける。
「この程度の怪我、たいしたことないというのは本当です。そうでなければ、毎日戦うことなどできません。明日も、明後日も、わたくしは同じようにやられもするでしょう」
 そう言って、レイラはまた、住民たち一人一人に目を向けていく。
「ですが、同じようにわたくしはここへ戻ってきます」
 誰もが不安そうに、彼女の言葉を聞き入っていた。
 その不安を解消してやるように、レイラははっきりとした口調でそう言った。
「この言葉も、覚えておいてください。……では、失礼」
 最後に優しい口調で付け加えると、レイラは住民たちの間を通り、さっさと司令部への帰路につく。
 そうして歩みを進める間、住民たちからはひそひそと話し合う声が漏れ聞こえていた。
 レイラの言葉を受けてもなお、彼らの心中には不安が渦巻いているのだろう。
 それでも、人々の猜疑的なささやきのなかを、レイラはどこまでもまっすぐ歩いていく。
(……敵わないな)
 そう思い、俺は彼女の背中をその場でじっと見送った。
「…………」
 気付けば周囲の住民たちが、俺のことを訝しげに見つめていた。
 慌てて彼女の背中を追ったのは、その直後だ。


 広場まで戻ってきたところで、レイラが大きく息を吐く。
「ふうっ、人の想いというものは……重たいですね」
「重たい、か……」
「ええ。あの人々の間を歩いている時、感じたのです。わたくしに対する不信、疑い、妬み、嘲りを……」
 彼女は感じ入るような口調で語っていく。
「ですが今は仕方のないこと……だからこそ、示したつもりです。言葉に対する責任というものを」
 レイラは晴れやかな表情で言い切り、そのまま前を向いた。
 その身には、戦闘中に受けた大小さまざまな傷が刻まれているが……彼女の場合、それが恥ずべきものではなく、むしろ勲章のように見えるから不思議だ。
「だが……大丈夫なのか? レイラの任務は厳しいものだし、クロエとの特訓もあるだろう」
 そのうえ住民たちの期待まで背負うとなっては、さすがに負担が大きすぎると思うのだが……
「言ったことに責任を持たねば、人はついてきません。ですからわたくしは彼らを導く者になるつもりです」
「導く者に……」
「ええ……本気です」
 俺が繰り返したのをどう受け取ってか、レイラは強調するようにそう言った。
「今は笑われても、信用されなくてもかまいません。これから変えていくだけです……それが導くということでしょう?」
 迷うこともなく、恥やてらいも一切見せず、レイラはそう言って俺の目を見る。
 人々の導き手か……古い時代には、そうした役割を貴族や王族が担っていたと聞く。
 俺はレイラのほかに、王族というものを知らないが、彼女にその資質がないとは思わない。
 むしろ彼女は誰よりも、人を惹きつける能力に長けているように感じる。
 高い戦闘能力を持っている訳でも、人心掌握の術を心得ている訳でもない……
 そんな彼女の一挙手一投足に注目してしまう理由はおそらく、彼女が誰よりも人間らしく、そして人間に対して真摯だからだろう。
「……レイラはすごいな」
「結果を出す前に言われても、何も響きません」
 俺の感想をにべもなく一蹴すると、レイラは深くため息を吐いた。
「……八神さんも証人ですからね」
「証人?」
「ええ。わたくしが人々を導く者になれるかどうか……見ていてください!」
 レイラは俺の目を見て力強く言うと、満足したのかそのまま勢いよく踵を返した。
(なるほど……これが、わざわざレイラと住民たちを引き合わせた理由なんだろうな)
 立ち去っていく彼女の後姿を目で追いながら、クロエの思惑について考えていた。
 レイラが持つ統率者としての資質……クロエはそれを利用して、二つの課題を同時に解決しようとしている。
 一つは住民たちの不安の解消。
 レイラの言動や行動は、信念によって支えられていて真実味がある。
 以前、リュウが『住民たちは強いリーダーを求めている』と言っていたことがあったが……彼女はそこに天賦の才を持っていると言えるだろう。
 彼女なら、住民たちの希望になれる。クロエにも抑えきれない住民の不安に対処できる。
 だが、その才能はまだ、完全に開花しているとは言い難い。
 それが二つ目の課題だ。
 自らを犠牲に一人で戦うことに慣れたレイラに、人を導くという目的意識を持たせること……彼女の成長を促すために、クロエは住民たちを利用した。
(相変わらず、呆れるほど抜け目のない相手だな……)
「…………」
 クロエの取った方策は効果的だ。
 今後もレイラ、住民それぞれにいい影響をもたらしていくだろう。



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