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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第五章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~5章-6話~

  振り上げた神機を、脇を引き締めて一気に振り下ろす。
 神機を持つ手はすでに痺れかけ。けれどわたくしは自分を律し、もう一度神機を振り上げた。
「ふっ!! はああっ!!」
「ダメだ、初動が遅い」
 そう口にしながら、クロエはヴァリアントサイズの位置を軽くずらす。
 それだけで、わたくしの動きは完全に封じられてしまう。再び神機を振り上げようとしても、サイズに触れられたハンマーがピクリとも動かなかった。
「それから、無駄に声を出すな。攻撃というものは見せるものではない……隠すものだ。気迫は味方を鼓舞する効果もあるが、目立つのはリスクを伴う」
「はぁ……っ、はぁ……っ」
 ろくに返事も出来ないまま、わたくしは目だけで彼女に答えた。
 クロエから受けた指摘の数は、これでいくつになるのだろう。
 この広い訓練場にやってきてから、既に何十回、何百回と指摘を受けてきた。
 初動が遅いという言葉に至っては、今日だけで少なくとも十回は言われている気がする。
 わたくしはまだ、素振りしかさせてもらえていないというのに……
(素振りだけで、もう一時間近くも……)
 自分の神機は、こんなに重かっただろうか。
 疲労感で神機を落としそうになるのをなんとか堪える。
 そんなわたくしにまるで構わず、クロエは次々に指摘を続けていく。 
「今、レイラが追求すべきは速さだ。0.1秒でも速く打ち、次の動作へと移る。そして、それが心と行動の余裕を生む」
「それは理解しています……!」
「いや、まだ理解が不十分だ。初動の遅れは最適な打撃のタイミングが掴めていないからだ」
 クロエは厳しい目で、わたくしを見据える。
 反論を許さない、氷のように冷たい瞳……
 その目がわたくしに語りかける。彼女の言葉が一意見と呼ばれるようなものではなく、ただ一つの事実なのだということを。
 一方的な態度に不満は残る。それでも反論できずに黙り込むと、クロエは続けて語りはじめる。
「間合いを探るな、肌で覚えろ。考えるより先に身体が反応するまで感覚を鍛え抜け」
「考えるより先に? それでは正確性が落ちるのでは?」
「火に指が触れる時、熱い、指を引っ込めろ、と脳で考え命令するか? それより速く指は動いているはずだ」
 苛立ちから、挑発するような口ぶりになってしまう。けれどクロエは、構わず淡々と返すだけ……
 そんな態度が、さらにわたくしを苛立たせる。
「その感覚、スピードで神機を扱えというのですか?」
 わたくしの言葉に、支部長は深く頷いてみせる。
「インファイトを追求するならば、やって当然だ」
(インファイトを……)
 その言葉が少し気にかかり、彼女の目を見る。
 これまで、彼女の態度は一貫して厳しいものだった。
 確かに正しいことは言っているかもしれない。けれど、わたくしにはわたくしの譲れない目指すものがある。
 だからこそ、頭ごなしに全てを否定するこの人のことを、わたくしは憎いと感じていた。
 でもこの人は今、確かに『インファイトを追求するならば』と口にした。
「気力と体力が尽きても、意識さえあれば身体が反射的に動く。それが生死を分ける瞬間がある」
 非効率的で危険な戦い方だと、戦い方を変えさせるほうが彼女にとっては簡単なはず。
 なのにクロエはそうしなかった。
(ここまで厳しく当たっているのは、わたくしに諦めさせるため? それとも……)
「どうかしたか?」
「いえ……とにかく、大事なことだというのは分かりました。で、それをどうやって身につけろと?」
 少しだけ前向きに、彼女の言葉を聞いてみる。
「巡回討伐と素振りの疲労で身体が言うことをきかないだろう。今が訓練に最適のコンディションだ」
 そう言ってクロエは自らの神機を構えた。
 長身の彼女よりもさらに背の高いヴァリアントサイズの切っ先が、こちらに向けられる。
 洗練された隙のない構え……彼女が醸し出す威圧感に、思わず後退りかける。
「……この状態でやって、本当に得るものがあるのですか?」
 彼女は最適だと言ったが、疲労のために握力は落ち、神機を握る手は僅かに震えている。
 身体は重たく、いいコンディションからはかけ離れている。
 わたくしはそう思ったけれど、クロエは鼻で笑って返す。
「訓練にも勝ち負けがある。……得るものがあれば勝ち、なければ負けだ。……レイラ、君は負け犬になりたくはないだろう?」
「――当然です!!」
 煽るような言葉を受けて、身体が芯から熱くなった。
 疲れ切った情けない姿勢を正すと、改めて憎むべき相手を見据える。
 神機を再び構え、わたくしは一気に駆け出した。
(考えるよりも先に、身体を……っ!)
 そのまま地面を力強く蹴って跳び上がると、身体を海老反りにして溜めを作り――
 最高到達点に達したところで、ブーストハンマーの力を一気に解き放ち、振り下ろす。
 その先にいる相手に遠慮はない。
 全てをぶつけるような気持ちを持って、本気で神機をぶつけに行く。
 けれどその相手である彼女は、いつもの冷淡な瞳のままでこちらを見据えて立っているだけ。
(いつまでも澄まして……っ!)
 神機を握る手がさらに熱くなる。汗を吹き飛ばし、相手の頭を目掛けてハンマーを振り抜く。
「はあ――っ」
 けれども、彼女は一切動じない。
 片手で掴んだヴァリアントサイズを振り、わたくしを簡単にいなしてみせた。
「うっ……」
「初動が遅い。声が出る前に動いていなければダメだ」
 サイズによって吹き飛ばされたわたくしは、地面を転がる。
「くっ……、はい!!」
 仇敵に向け、胸の奥から強い怒りが湧き上がるが、それを堪えて返事をした。
 そんなわたくしの姿を見て、クロエがわずかに口角をあげる。
 その後、わたくしが何度地面に伏しようと、訓練は休むことなく続けられた。



  作戦司令室に来たレイラは、随分と疲れ切っている様子だった。
 覇気がなく、クロエから作戦を聞いている最中も、どこかボーッとしていた。
「……時間ね、行きましょう」
 任務開始の時刻になると、レイラは息を吐いて姿勢を正す。
 そのまま司令室を出ようとするが、振り向こうとした瞬間、華奢な身体がふらついた。
「ッ……」
 レイラの身体が傾きかけた時、思わず、俺は彼女の肩に手を伸ばした。
 細い肩を掴むと、レイラはなんとかその場に踏みとどまる。
「疲れているようだな」
「……見れば分かるでしょう」
 レイラは俺の手を払いもせずに、言葉をこぼす。
「悪いけど、余裕がないの。この巡回討伐任務、わたくしがダメそうなら何とかしてください」
 目を伏せながら語る彼女に、俺は戸惑う。
 今日のレイラは覇気がないどころではない。
 弱音を吐いたというよりは、事実を口にしたという雰囲気だが……
「……ああ、分かった」
「では、よろしくお願いします」
 そう言うと、レイラはゆっくりと部屋を後にする。
「まるで別人だな……」
 そう呟くと、背後から微かに笑うような息遣いが聞こえた。
 振り返ると、デスクを離れたクロエがこちらに近づいてくるところだった。
「ようやく、肩に入った力が抜けてきたようだな」
 俺の隣に立ったクロエが、去っていくレイラの背中を見据えつつ口にする。
「どういうことですか?」
「今のレイラには意地を張ったり、格好つけたりする余力は無い、という意味だ。任務開始前まで、レイラが訓練を行っていたのは知ってるな?」
「はい。支部長の指導の下、訓練所にいたと聞いています」
 そこでレイラが、激しい鍛錬を積んでいただろうことは想像に難くない。任務前にあそこまで疲弊させるというのは、いささかやり過ぎという感じもするが……
「……支部長は、この任務を想定した上で、レイラを過度に疲労させたのでしょうか?」
「もちろん。そこまで追い込むのも狙い通りだ」
 俺の問いかけに、クロエは躊躇することもなく頷いた。
「くだらんプライドを守っているうちは、命は守れん。死線を見極める邪魔にしかならない。だが、プライドの高い者がなりふり構わなくなると強い。私がレイラの成長に期待する大きな理由はそこにある」
 その言葉を聞き、俺はレイラのほうを見る。
 クロエからの期待を、彼女はどう受け止めているのだろう。
「成果が出るまで、もうしばらく時間がかかるだろう。君がしっかりサポートしてやってくれ」
「……分かりました」
 クロエに考えがあることも分かる。レイラがそれに答えようと、足掻いていることも。
 そこに口を挟むのは野暮だろう。
 だから俺は、せめて俺にできるだけのフォローをしよう。



  砂塵に覆われた暗い荒野に、砂を蹴ってレイラが立った。
「所定の警戒区域に到着。カリーナ、オペレートを始めてください」
『はい! バイタル正常、エリア内のアラガミ、レーダーにて確認をどうぞ!』
 朗らかな声が耳元に届く。それと同時に、レーダーにアラガミの位置が表示される。
 レイラは位置確認のため目を伏せてから、再び前を向き呟いた。
「了解よ、ありがとう」
『えっ?』
「ん……どうかしましたか?」
『い、いえ! 何でもありません』
 カリーナはやや慌てた様子でそう答えた。
 彼女が困惑する理由もなんとなく分かるが……今は詳しく考えている暇もない。
 レイラも同じように考えたのか、カリーナの異変を深く追求しなかった。
「問題はありませんね? では、行きます!」
 ブーストハンマーを構え、レイラは駆け出す。
「……スピード……考えるより、速く……!」
 何かを反芻するようにしながら、一気にスピードをつける。
 敵はボルグ・カムランが二体。危険な大型種が二体ともなると、その存在感は凄まじいものがある。
 だが、レイラは構わない。
 疲労も考えず、怪我も恐れず、一直線に敵の懐まで接近していく。
 その動きは……しかし以前よりもがむしゃらなものではない。
 愚直だが、粗さや迷いがわずかに減っている。
 だから、速い。
「――ッ!」
 左、右……ッ。
 二体のボルグ・カムランがレイラを見据え、背中に掲げた巨大な尾針を連続で突き出す。
 それらは冷たく分厚い砂のカーペットに突き刺さり、その場に砂の弾幕を作り出す。
 援護しようとアサルトを構えていた俺は、標的の姿を見失う。
(――レイラはッ!?)
「グオオオオオオオオオオ……ッ!?」
 彼女の姿を確認しようとしたところで、先にボルグ・カムランの雄叫びが聞こえる。
 風に煽られ、砂のカーテンが取り払われると、そこにはボルグ・カムランの巨大な盾を粉砕したブーストハンマーを構えるレイラの姿があった。
(やったのか……!?)
 そこでもう一体のボルグ・カムランが仲間に覆いかぶさるように突進して、レイラは無造作に吹き飛ばされる。
 それでも倒れず、レイラは攻撃を受けきっていた。
 成長……そして気迫。今日の彼女は、明らかにどこかが違っていた。
 とはいえ、いつまでも考察している訳にもいかない。
 レイラを追おうとするボルグ・カムランたちを横合いから斬りつけ、注意を引く。
 そうしながらも、俺はつい彼女の姿を探してしまう。
 それは、カリーナも同様だったらしい。
『レイラがありがとうって……初めてだわ……』
 通信機越しに、カリーナが小さくそう漏らしたのが聞こえる。
(まったく……もっと集中しなければならないんだが)
 だが、今日のレイラには自然と目を引き付けられてしまう何かがあった。



  連れ合いを失ったボルグ・カムランが、その怒りをぶつけるようにして、レイラにその腕を振りかざす。
 直撃すれば、大ダメージは避けられないだろう。……だが、それに向かっていけるのが彼女だ。
 彼女は神機を構えたまま、じっと腕が振り下ろされる瞬間を待っていた。
 その腕が破壊され、悲痛の咆哮とともに振り下ろされる瞬間を――
「グォガアアアアアアッ!!」
 一発の銃弾がボルグ・カムランの腕を貫き、破裂した。同時に、アラガミの硬い腕はバキリと音を立てて崩れ落ちる。
 腕を覆っていた鉄のような装甲が剥がれ、ボルグ・カムランはだらりと腕を下げた。
 俺は、自身のアサルト型の神機を構えながら叫ぶ。
「レイラ、とどめだ!」
 俺の声が届くより速く、レイラは脆くなった腕にブーストハンマーを叩き込む。
「言われなくても……!」
 気迫が込められたその一撃は、アラガミに強い衝撃を与える。
 そしてボルグ・カムランはしばらく痙攣を繰り返した後、だらりと手足を弛緩させたのだった。

『お疲れ様でした! 今回は大変良かったのでは?』
 カリーナの明るい声が耳元に届いた。
 俺とレイラはその声を聞いてから、ゆっくりと神機の構えを解いた。
「ええ、本当に。……俺のサポートは不必要だったかもしれません」
 俺の言葉を聞いたレイラは、荒い息を吐きつつ口にする。
「いえ、八神さんのおかげです」
 レイラは憮然とした様子でそう言うと、ちらりと俺のほうを見る。
「ありがとう」
 その飾らない言葉を受けて、俺は思わず息を飲んだ。
 任務開始前からどこか様子は違っていたが、それにしても異常なほどの素直さだ。
 疲れているから、では済ませられない。
 今日のレイラは本当にどうしたのだろうか。
「……驚いたような顔をして、どうかしたのですか」
 レイラが眉にしわを寄せつつ俺のほうを見ている。
 何か答えようと思うものの、自分の中で感じる違和感が言葉にできない。
 すると、俺の言葉を代弁するかのように、カリーナの声が届いた。
『八神さんも感じたと思うのですが、良かったんですよ! レイラが、何というかその……』
「ですから、八神さんのサポートが良かったのでしょう? わたくしは、別にこれまでと何も変わっていませんし」
「いや、変わったと思う」
 当然のように話すレイラに、何か言わずにはいられず口を挟む。
「……あなたたち、何が言いたいのです?」
 レイラは怪訝な表情を見せる。
『ほら、以前は話す理由がないとか言ってたじゃないですか。あの頃からすると、随分変わったなーって』
「……そんなこと? 心の持ちようは変わったのかもしれませんが、ゴッドイーターとしては、何も変われていません」
 俺とカリーナが話すほど、レイラは不満そうな顔をする。
 その瞳には、どこか怒りの色が浮かんでいるようにも見える。
 レイラは視線を地面に落とし、言葉を続けた。
「相変わらず判断も鈍く、受けるダメージも多い……課題としていたスピードの向上もさっぱりで、攻撃の精度も全然……」
「いいえ、その評価は誤りです」
 そう言ったのは、俺でも、カリーナのものでもない。
 俺が振り返ると、レイラもつられてそちらを向いた。
「その反応……また彼女が現れたの?」
「ああ……」
「……それで、彼女は何と?」
「レイラの自己評価は誤りだと」
 その言葉を聞いたレイラが表情を険しくする。
 そのままレイラは何かを言おうとしていたが、それを俺は、右手を突き出して制していた。
「正しく比較すると、レイラは前回同行した戦闘より、ブースト点火から動き出しまでが平均で0.04秒速くなりました」
 舌を噛みそうな台詞を、彼女はすらすらと言い上げる。
「正しく比較すると、レイラは前回同行した戦闘より、ブースト点火から動き出しまでが平均で0.04秒速くなっているそうだ」
「それと、バックラー展開の始動が平均で0.02秒速く、アラガミの攻撃に対する回避の成功率が7パーセント増加しています」
(こ、細かすぎる……)
 なんとか半分伝えたところで、さらに彼女は捲し立ててくる。
 複雑な情報の羅列に困惑しつつ、俺は彼女が語る言葉をそのままレイラに伝えていく。
「さらに接近しすぎた間合いでの攻撃が11.7パーセント減少、これらにより攻撃効率が2.2パーセント向上、被ダメージ量が6.5パーセント減少しました……とのことだ」
「そう……」
 レイラは全て聞き終えると、組んでいた腕をほどいて溜息をつく。
「言ってもいいかしら? ……褒め方が気持ち悪いです」
『あはは……』
 レイラの言葉に対し、カリーナが乾いた笑い声で答えた。
 当たり前の反応だとは思うが……とはいえ、褒められたとは感じてくれているらしい。
 レイラは不機嫌そうな表情のまま、言葉を続ける。
「その程度、好不調やアラガミの強弱で変わる誤差でしかありません。そこまで微量な差でしか褒められないなら、無理やり感しか残りません」
 そう締めくくると、レイラはくるりと踵を返した。
「もう帰りましょう」
「…………」
『行っちゃいましたね……。照れもあるんだろうと思いますけど』
 通信機の先から、呆れた笑い声が聞こえた。今頃カリーナは、困ったような笑みを浮かべていることだろう。
 今日のレイラはやけに素直に見えたのだが、変に頑固なのは相変わらずだ。
 隣に立つ白髪の女性に目を向けると、彼女も小首を傾げて俺を見てくる。
「正確なデータを提示したのですが、それは気持ち悪いものなのでしょうか?」
「具体的な数字を提示することは、悪いことではないが……」
 とはいえ、あれは流石に正確過ぎた。
 俺はそう言いかけて、ふと口を閉ざした。
 彼女には、悪気があった訳ではない。褒め方というものを知らなかっただけだ。
「……人間も失敗から学ぶ。あまり気にするな」
「かしこまりました。では、そのように記録しておきます」



  戦闘を終えて戻るなり、俺たちは支部長室へ向かうようにと指示を受けた。
「……失礼します」
「戦闘データは見させてもらった」
 支部長室に入ったところで、クロエは真っ先にそう告げる。
 そうしてじっと、真剣な表情でレイラを見据えた。
「まず、ブースト点火から動き出しまで平均0.02秒速くなっている。いい傾向だ」
「えっ……」
 0.02秒。その言葉にどこか聞き覚えがあるような気がした。
 思わずレイラと目を見合わせるが、クロエは構わず続けていく。
「それと、バックラー展開の始動、および回避の判断もスピードが増したな。自分では体感できない誤差レベルだろうが、この進歩は大きい」
「……」
 疑問が確信に変わったのか、レイラは驚いたような息を漏らした。
「間合いの取り方も良くなった。踏み込みすぎが減り、攻守のバランスが取れてきている」
 そこまで話し終えてから、クロエはこちらの反応を窺った。
「あまり驚かないのだな?」
「……ええ。ある人からも、同じように言われましたから」
「なるほど……」
 クロエは合点がいったというように俺を見る。
 だが、驚かされたのは俺のほうだ。
 何故ならクロエの語る、『レイラの変化』は全て――
「さっきの指摘とほぼ……」
「はい、同じです」
 俺の呟きに反応し、白髪の女性が頷いた。
 彼女が正確な数値を導き出せることは、なんとなくだが理解できる。
 だがクロエは、軽く戦闘データを見ただけで彼女と同じ情報を導き出してみせた。
 只者ではないとは知っていたつもりだが……どこまでいっても底が見えない。
 一方のレイラは、再びクロエを睨みつけていた。
「ですがクロエ支部長、それは誤差の範疇なのでは?」
 誤差に過ぎない、成長ではない。
 実感がないせいか、レイラは頑なにその姿勢を崩さない。
 しかし、ある意味で彼女以上に頑固なのがクロエだ。
「私は何人ものゴッドイーターの成長過程を見てきた。どの数値が変化すると明確な進歩といえるのか、よく知っている」
「それは……」
 ゴッドイーターとしての経験値は、この場にいる誰よりも彼女が上だ。レイラが何を言おうとそれは覆らない。
「それに何より、カリーナと隊長補佐が君の変化を感じ取ったのだろう? 数字以上に、そちらを私は信用するが?」
 クロエは手のひらを組み、まっすぐにレイラを見据えて言った。
 彼女の強いまなざしを恐れるように、レイラは顔を背けて俯く。
「……わたくしには実感がありません」
「いらないものを全部捨てたところから、人は急激に成長するものだ。その兆しは案外、自分より他人の方がよく見えていたりもする」
 諭すようにして言うクロエの声は、普段よりどこか柔らかい。
「訓練では厳しいことばかり言っているが、今は君を褒めたい。レイラ……」
 彼女の言葉を遮って、レイラがデスクを強く叩いた。

「……この程度では、褒められたくありません!」
 頬に赤みを差したレイラが、そう言って思い切り唇を噛んだ。デスクの上に置かれた拳は、小刻みに小さく震えている。
 それでもレイラは、さらに身を乗り出すようにして、デスクに腰かけるクロエを睨みつける。
「褒めるのは、わたくしがヒマラヤ支部のナンバーワンになった時で結構です。……これは意地でも自尊心でもありません。わたくしの攻めの姿勢、前に進む意思だと受け取ってください」
 ……実に不器用で、レイラらしい宣言だと言えるだろう。
 手放しに褒められることなど、彼女は望んでいない。
 認められたことが、嬉しくない訳ではないはずだ。かといって、素直になれないだけというような話でもない。
 人から認められることで、今の自分に満足してしまうことを恐れている……だから拒む。
 賞賛を求めていないからこそ、馴れ合いを嫌う。高みを求めているからこそ、成長には常に苦痛が伴う。
 しかし、だからこそ彼女はどこまでも誇り高く見える……
 この気の強さこそ、レイラなのだ。
 レイラの言葉を微動だにもせず聞いていたクロエが、そこで不意に笑みをこぼした。
「ふ……調子が出てきたようだな。では、明日からのスケジュール表を渡すので、確認しておいてくれ」
 クロエはデスクの上を滑らすように、一つのファイルをレイラに渡す。
「これが新しいスケジュール表ですか?」
 手早く受け取ると、レイラは資料を開き、中身をすばやく確認していく。
 その動きが、すぐに止まった。
「……ん? はあッ!?」
 レイラは素っ頓狂な声をあげ、その手を小さく振るわせた。
「どうかしたのか?」
「……」
 余程信じられないのか、レイラは答えずに黙り込んだままだ。
 そこで隣に控えていた白い髪の女性が、レイラの傍に寄ってファイルを覗き見る。
「毎日の訓練時間が今日の二倍になっています」
(二倍……!?)
 流石に唖然としてしまう。
 訓練に引き続き、すでにこれだけ苦戦し続けているレイラのタスクを更に増やすとは……
 呆然とする俺たちを前に、クロエは口の端をニヤリと上げた。
「ナンバーワンを目指すのだろう? なら、これくらいはな?」


  支部長室の前にいた私は、支部長の厳しい言葉に呆気に取られていた。
 目の前にいるドロシーも、乾いた笑いを漏らしている。
「言質の取り方がえげつねえ……。姫様、完全に性格を読み切られてるぜ」
 ドロシーの言葉に、私は何度も頷く。
「キレッキレですね支部長……すごい……!」
「いやいや……すごいって範疇越えてるって……」



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