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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第四章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~4章-1話~
「改めて、ヒマラヤ支部長に就任したクロエ・グレースだ」
支部長室に集められた俺たち第一部隊とゴドー、カリーナの五人を前にして、白いコートに身を包んだ女性は、自信に満ちた表情で名乗りを上げる。
端正で人形のように綺麗な顔立ち。ライトブルーの瞳に、雪のような白い肌。
金色の髪は綺麗にまとめられている。引き締まった表情と大きく鋭い瞳には、得も言えぬ威圧感があった。
「前職はロシア支部、第三部隊所属のゴッドイーターで、ロシアでは最古参の部類に入る。……何か質問は?」
手短に自分のことを説明した彼女は、俺たちに向けて視線を投げた。
レイラが真っ先に口を開く。
「第三部隊所属と言いましたが……隊長や支部の幹部ではなく、ただのゴッドイーターだったと?」
「以前は隊長を務めていたが、力が衰え、引退が迫っていてな。後進に要職を任せていた」
「それで前線から退くことに?」
「そう捉えてもらって構わない。まだアラガミ討伐に出ることは可能だがな」
クロエは淡々とそう返した。彼女の実力は未知数だが、冗談の類とも思えない。
レイラも納得したようだったが、今度はゴドーが一歩だけ距離を詰める。
「ここに来た理由は?」
「人を救うために来た、では理由にならないか?」
クロエは凛とした姿勢を微塵も崩さない。
不自然なほど潔癖な彼女に、ゴドーは僅かに眉をひそめる。
「ヒマラヤ支部はフェンリル本部や他の支部から支援を断られ、孤立している極めて苦しい状況にある訳だが……これを君は救えると?」
リュウも同じように感じていたらしい。訝しむような視線をクロエに向けた。
「僕も気になっています。救うため、と言いましたがどうやって?」
「状況は把握しているし、無策でここに来た訳ではない」
この質問が来ることも想定していたのか、彼女は間を置かずに頷いてみせる。
「問題解消までスリーフェイズを設定し、苦境を打開する用意がある」
「スリーフェイズも……? ずいぶん計画的ですね」
その言葉に、カリーナが驚き目を見開く。
先々の状況まで予測できていなければ、長期的な作戦は立てられない。
不確定要素の多いこの状況で、それを打破する策を用意しているというのだろうか。
とはいえ口にするだけなら簡単だ。
「具体的には?」
続く俺の問いにも、彼女は自信に満ちた表情を崩さない。
「最初のフェイズで行うのは『支部の安全確保』だ。クベーラ、ネブカドネザルを討伐し、アラガミ増加問題を解消する」
彼女から出てきた固有名詞に、リュウが意外そうな反応を示した。
「ネブカドネザルのことまで、すでに把握しているのか……」
「あくまでデータにある情報だけだがな」
白毛のアラガミ――ネブカドネザルの情報は、まだ外には出ていない。
つまり彼女はこの支部に到着してからの短い間に、主要なデータのほとんどに目を通したことになる。
とはいえ、それだけでクベーラとネブカドネザルを討伐できるとも思えないが……
少なくとも、クロエの自信は本物だ。
リュウは思わず言葉を飲み込んでしまった様子だが、ゴドーはその間も冷静だ。
「仮にアラガミの増加を解消できたとして、フェンリル本部は掌を返すかな?」
ゴドーの言う通りだ。
フェンリル本部が俺たちと連絡を絶ったのは、この支部の崩壊が避けられないと判断したからだろう。
俺たちの生存などありえないし、むしろ生きていては不都合だと考えられてもおかしくない。
支部ごと見捨てるという非人道的な対応は、知られればフェンリル全体への不信感につながるだろう。本部はこれを避けたいはずだ。
だから、いまさら本部が俺たちを助けてくれる可能性は、限りなく低い。
ゴドーの考えが間違っているとも思えないが、クロエの余裕は崩れない。
「そこで次のフェイズに移行し、サテライト拠点を建設する」
(サテライト拠点を……?)
クロエの意図が読み込めず、俺は内心首をひねった。
「あの……サテライト拠点とは?」
「サテライト拠点とは、支部を取り巻く壁の外に建設された、人が安全に暮らせる設備を備えた居住地のことさ」
小首をかしげたカリーナに、リュウが解説する。
「元は支部に収容されなかった人々が少しでも安全を確保できるように、支部の対アラガミ装甲壁を真似て作った壁で集落を囲ったのが始まりらしい」
ようするにサテライト拠点とは、支部の外側に作られた居住区施設のことだ。
俺もヒマラヤ支部に来るまでは、独立支援部隊クレイドルの一員として、サテライト拠点の建設候補地の探索、確保、建設などの任務についていた。
いまや生存圏のほとんどをアラガミに奪われた人類にとって、サテライト拠点の建設は急務と言える。だが……
「ヒマラヤ支部は人口が少なく、住居は足りているはずですが、なぜサテライト拠点を?」
レイラの疑問はもっともだ。
人手不足のなか、危険を冒してまで居住区を拡大する理由が分からない。
全員が同じ疑問を抱くなか、ゴドーだけは納得した素振りを見せる。
「ああ……読めてきたぞ」
彼の予測を肯定するように、クロエが一つ頷いた。
「ヒマラヤ支部周辺には広い土地がある。アラガミが減り、サテライト拠点を安全に建設、維持できれば……」
全員の注意を集めるように、一度言葉を切ってから彼女は続けた。
「最終フェイズとして、大型サテライト拠点を建設し、他の支部から移民を受け入れる」
「移民を……?」
眉をひそめたレイラに対し、クロエに代わってゴドーが答える。
「アラガミ出現以来、世界の人口は減り続けてきたが、最近になって増加傾向に転じたという統計がある」
それだけを聞くといい情報に思えるが、クロエは表情を緩めない。
「そう……多くの支部が人口増加と居住地の不足という問題を抱えている」
「それで、大型サテライト拠点の建設を?」
俺の問いに、クロエは迷いなく首肯を返した。
「そう。各支部でもサテライト拠点は増やしているが、まだまだ足りないのが現状だ」
彼女の言葉を補うように、ゴドーが口を開く。
「周辺地域に強いアラガミが多数いる支部では、サテライト拠点の建設と維持は難しい。だが、ヒマラヤ支部が元の過疎地に戻れば……」
「居住地不足の支部に対して、移民受け入れは有力な交渉材料になる」
そこまで言って、クロエとゴドーは互いに黙って見つめ合った。
お互い表情には出さないが、実に剣呑な雰囲気だ。その実力や思考スピードを、測り合っているようにも見える。
「セイ、君はどう思う?」
ゴドーが俺に話を振ってくる。その間も視線はクロエに向けたままだ。
「…………」
改めて、クロエの立てた計画について考える。
ようするに彼女は、ヒマラヤ支部に価値を持たせたいのだろう。
ヒマラヤ支部が支援を受けられないのは、現状そうする価値がないからだ。
本部に見捨てられ、アラガミが増え続け壊滅寸前……そんな状況では、誰にも見向きされないのも仕方ない。
だからこそ、他支部がつながりたいと思えるほどの付加価値が欲しいのだろう。
理屈は分かる。魅力的な提案だとも思う。しかし……
「机上の空論では……?」
現時点では、こう答えるしかないだろう。
「その通りだ。スリーフェイズに段階を分けたのは、その都度計画を見直すためでもある」
否定的な俺の指摘に対しても、クロエは動じることなく頷いた。
計画通りにいかないことも織り込み済み、ということか。
ただの思いつきではなさそうだが……なんにせよ、決定を覆すつもりはなさそうだ。
「ふむ……他のみんなはどうだ?」
ゴドーの慎重な問いかけに対し、真っ先に発言したのはカリーナだ。
「私は感動しています! 少なくともポルトロン支部長からは絶対に出ないアイデアですから!」
「そんな人もいましたね……」
淡白なレイラの言葉はともかく、カリーナはクロエを信用したようだ。
更に正確に言うなら、クロエの能力を信用した、というところだろう。
実際、彼女の能力や資質の高さについて、疑いの余地はなさそうだ。
問題は、人間として信じるべきかどうかだが……
満面の笑みを浮かべるカリーナに続いて、リュウが口を開く。
「クロエ支部長の計画に賛成です。少なくとも、反対する理由はありません。ゴドー隊長もそう思いますよね?」
リュウの言葉で、その場にいた全員の視線がゴドーに集まる。
ゴドーはクロエから視線を外し、ため息を吐いた。
「まぁどちらかと言うなら賛成だが……クベーラやネブカドネザルの討伐が最低条件となると……楽じゃないぞ」
「そうですね。クリアすべき課題は山積み……ですが、その先に光明が見えるなら、わたくしは良いことだと思います」
どうやら皆、クロエの案を概ね好意的に受け取っているようだ。
俺の意見もリュウと変わらない。計画に反対する理由は見つからなかった。
しかし、クロエという女性が信用できるかどうかは、まだ判断材料が足りない。
「支部再建案は、前向きに受け止めてもらえたようで何よりだ。次に――」
俺の視線に気づいてないとも思えなかったが、クロエは構わず話を続けようとした。
「あっ、ちょっと待ってください!」
しかしそこで、カリーナが唐突に声を上げた。それから、慌てて通信機に手を当てる。
「……はい、はい……分かりました!」
あまりいい連絡ではなかったのだろう。
彼女は深刻な表情で、クロエのほうへ向き直った。
「補修が終わっていない支部外壁の第六ブロックにアラガミ接近中! クロエ支部長、ご指示を!」
「了解した」
新任の支部長は、特に動じた様子もなく俺たちに視線を移す。
「まず、ゴドー君は第一部隊の隊長に戻り、隊員を率いてくれ」
「承知した」
クロエの決定に、ゴドーは当然のように頷いた。
彼女に支部長を取って代わられたことに対し、思うところはないのだろうか……
いや、彼の場合、もともとポジションに拘っていた訳でもない。必要がなくなったから隊長に戻るのだろう。
「…………」
だとすればゴドーは、彼女を支部長として認めたのだろうか。
そんなことを考えていると、不意にレイラから指をさされた。
「それじゃ、彼はこれからどうなるのです?」
(ん、俺か……?)
「ゴドーが隊長に戻るということは、隊長代理は必要ありませんわよね」
言われてみれば、レイラの言う通りだ。
俺はゴドーの代わりとして、他の人員がいないから、仕方なく隊長代理を任されていた。
ということは当然、隊長代理は解任となるだろう。
肩の重荷が下りた気分でいると、クロエが今度はこちらへ目を向ける。
「隊長代理を務めていた君は、隊長補佐として彼をサポートするように」
「隊長補佐……ですか」
「不満か?」
俺の様子を見て、クロエが尋ねてくる。
いざという時にゴドーに代われる人員を置いておきたいのだろう。その考えは理解できた。
しかし問題は、補佐する相手がゴドーだということだ。
レイラとリュウがトラブルになれば、その仲裁は俺に押しつけられるだろう。
なんならゴドーの仕事や面倒まで、俺が見ることになりかねない。
その他にも、懸念事項はいくつもある。
「できればヒラに戻りたいんですが……」
「ダメだ」
「……」
俺の言葉を、ゴドーがあっさりと遮った。
納得できずにいると、クロエは全てを見透かすように瞼を閉じた。
「人事に関しては改めて伝える。今はゴドー隊長率いる第一部隊でアラガミに対処してくれ」
「……了解」
抵抗を諦めた俺は、ため息交じりに頷いた。
するとそこで、各チームと連絡を取っていたカリーナが明るい声を上げる。
「神機の整備、できているとのことです!」
「了解! 行きましょう!」
そうしてレイラやリュウが、急ぎ足で支部長室を後にする。
「そんな顔をするな、セイ」
後を追って走り出したところで、ゴドーが声をかけてくる。
「君は自分で考えるより、ずっと高い能力を持っている。新参者のクロエ支部長が君を選んだのがいい証拠だ」
「……別に、そんなことは気にしていません」
この状況下では能力の過不足に関わらず、誰もが必要なこと、できることをやるべきだ。
だから役職を任されたことには納得している。
「では、前任者のことか?」
「……」
ゴドーの言葉に、俺は上手く言葉を返せなかった。
彼の言う通り、隊長補佐には前任者がいる。
俺が隊長補佐をしたくない一番の理由は、間違いなく彼女のことがあるからだろう。
彼女は……マリアは隊長補佐として誰からも信任が厚く、頼りにされる存在だった。
「……俺に、彼女の代役は務まりません」
隊長代理を務めた後に、補佐を嫌がるというのもおかしな話だが……
理屈ではなく、気持ちの問題なのだろう。
彼女が元いたポジションに立つというのは、特別な意味があることのように感じた。
そしてそれは、きっと恐ろしいことだ。
「では聞くが、君に俺の代役は務まったか?」
「いえ……」
「だったらそういうことだ。君に期待しているのは彼女と同じ役割ではない。分かるだろう?」
ゴドーは厳しく言うと、それ以上は何も語らなかった。
支部外壁の第六ブロックに到着した俺たちに、カリーナから通信が入る。
『間に合って良かったです! 間もなくアラガミが現れると思います!』
いち早く神機を構えたレイラが、どこか複雑そうな表情を浮かべてアラガミを待つ。
「クベーラと戦った後だからか、脅威を感じませんね」
緊張感を持ちにくいと言いたいのだろうが……好敵手の迂闊な発言を放っておけるリュウではない。
「油断するな、はレイラの口癖じゃなかったか?」
「油断をする訳ではありません!」
「そうだな……油断はできん」
二人の口論に相槌を打ったのはゴドーだ。
真剣な顔で呟く彼だが、その視線はレイラたちとは真逆。
「ゴドー? 支部のほうを向いて何を言っているのです?」
何故か彼は、来た道のほうに注意を向けている。
冗談でやっている訳ではないだろう。
「支部が気になりますか?」
問いかけに、ゴドーは口の端を歪めて答える。
「気になることはいろいろあるさ。支部の中にも、外にも……な」
それからゴドーは、俺たち全員に視線を向けた。
「背中にも目をつけておけ。死にたくなければな」
そう言ってゴドーは、含みのある笑みを浮かべた。
その意味について詳しく聞こうとしたその時、大きな物音が響き渡る。
「グォオオオオ!」
次いでアラガミの声が聞こえた。どうやらすぐそこまで来ているらしい。
レイラが慌てて神機を構え直した。
「アラガミに集中を! それ以外のことは、戦闘の後です!」
「ああ……やるか」
ゴドーは静かに言って、神機を構えた。
悠々とした構え……力が込められている訳ではないのに、隙もない。
いろいろ思うところもあるが、やはりゴドーが前線に戻ってきてくれたことは、純粋に頼もしい。
そのまま俺たちは、万全の精神状態で敵を迎え撃つこととなった。
「外壁を守りながら、というのは面倒だな……」
戦闘の最中、ゴドーが辟易した様子でぼやくのが聞こえた。
早速隊長らしからぬ、味方の指揮を下げる不真面目な言動が飛び出したが、そう言いたくなるのもよく分かる。
敵は中型アラガミが数体のみ。
ゴドーも戦線に復帰した今、戦力的にはそこまで苦戦する相手ではない。
しかし、油断すれば外壁を突破されるという状況下では、なかなか思うようには戦えない。
とはいえ、こういう戦いが初めてという訳でもない。
「周り全てがガラス張り……なんて状況よりは、いくらかマシですよね?」
「……ああ、そうだな」
リュウの冗談に頷き返し、アラガミに向けて斬りかかる。
それを見て、ゴドーが小さく息を吐く。
「どうかしましたか?」
「いや……ずいぶん成長したものだと思ってな」
ゴドーの言葉に、リュウが得意げに笑みを浮かべた。
「日夜、死線をくぐって来ましたからね」
リュウの言葉は驕りでもない。
アラガミ増加と人員不足に苦しむなかで、必死に戦い続けてきたのだ。
(……リュウの場合、くぐる必要のない死線もたくさん越えていたか)
アラガミ素材を求めなければ、もっと簡単に戦えた場面も多かっただろう。
「いずれにせよ、頼もしいことだ」
ゴドーは素直な雰囲気でそう言った。
その時だった。
「きゃあっ……」
多くのアラガミの注意を引きつけていたレイラから、悲鳴が上がる。
傷ついたウコンバサラの突進を喰らい、レイラの身体が宙に跳ねる。
「まったく、無茶な戦いをするからだ……!」
「俺とリュウはレイラの援護に向かう。セイは外壁だ!」
「了解……!」
ゴドーの指示に従い、俺は外壁へ向かうウコンバサラの背中を追った。
傷ついたウコンバサラは、もがき苦しむようにしながら、なおも加速している。
進行方向にあるのは、補修中の外壁だ。狙いは修復作業のため集められた作業員たちか……。あの巨体がぶつかれば、壁は簡単に破られてしまうだろう。
「……まずいな」
そう考えながらウコンバサラを追いかけていると、割り込むようにしてレイラが姿を見せる。
「ここはわたくしがっ!」
攻撃を喰らい、地面を転がっていたはずのレイラだが、すぐさま立ち上がり、ウコンバサラの後を追いかけて来たのだろう。
そのことに気がついたのは俺たちだけではない。近づく気配に反応し、ウコンバサラが煩わしそうに体の向きを反転させる。
そうしてその勢いを緩めずに、レイラに向かって顎を開く。
「ガァアアアアッ!」
「喰らいなさい!」
敵の動きが予測できなかった訳でもないだろう。
それでも避けようともせず、レイラはブーストハンマーで迎え撃った。
激しい衝突音が響き渡り、それと同時にウコンバサラの動きが鈍くなる。
「くっ……い、今のうちに!」
当然、ダメージを受けたのはレイラも同じだ。
痛みをこらえながらも、鋭く声をあげたレイラに応え、俺は力強く地面を蹴る。
そのままロングブレードを振り上げ、勢いを乗せて刀身をアラガミに叩きつける。
「ガア……ッ!?」
苦悶の声を漏らしたウコンバサラがその場に倒れる。
そのまま、もう起き上がることはなかった。
これで、全てのアラガミを討伐できたことになる。
それを確認したところで、起き上がったレイラが俺に歩み寄った。
「助かったわ……もう少しで支部への侵入を許すところでした」
「いや、助けられたのはこっちだ」
彼女の追撃がなければ、ウコンバサラの突進を止められず外壁を突破されていただろう。
「おだててやる必要はありませんよ、隊長補佐。……まったく、一人で危険を背負い込むからそういうことになるんだ」
「あなたにだけは言われたくないわね!」
目を三角にして怒るレイラに構わず、リュウは悠々とウコンバサラの捕喰をはじめた。
そうしながら、巨大な壁を仰ぎ見る。
「壁の補修は急がないといけませんね。余計な出動が増えますから」
「クロエ支部長も何か考えているだろう」
ゴドーは短く答えてから、ふと思い出したように俺たち全員に目を向けた。
「そうだ。支部へ戻る前に、ひとつ君たちに頼みがある」
「何です?」
リュウが続きを促すと、ゴドーは顎で俺のほうを示した。
「マリアと、セイの神機のことだ。クロエ支部長に質問されても『ゴドーに訊いてくれ』と答えて欲しい」
意図の掴みにくい頼みごとに、俺たちは顔を見合わせる。
眉をひそめたレイラが、俺たちを代表するようにして手をあげた。
「ゴドーは彼女を疑っているの?」
「それもなくはないが、それ以上に証拠になるものが皆無だからだ。この件は支部長代理を務めた俺から直接、クロエ支部長に引き継ぎたい」
確かに、成長する人格を持った神機など、半端に説明しても余計な疑いを持たれるだけだろう。
しかし、どうしてその話をゴドーが預かってくれるのだろうか。
面倒嫌いの彼らしくないその態度が、なんとなく腑に落ちない。
「当事者である俺も……?」
「君にも考えはあるだろうが、よろしく頼む」
「……分かりました」
そう言われると、頷くしかないだろう。
それに、正体不明の神機に適合した件など、素直に説明できる話ばかりでもない。
ゴドーが代わりに誤魔化してくれるなら、正直ありがたいくらいだ。
俺からの了解を得て、ゴドーはリュウとレイラに視線を投げる。
「二人も問題ないか?」
「本人が納得しているなら、それでいいです」
「わたくしも」
二人は気のない様子で同意を示す。
それからレイラは、疲れた様子で一息ついた。
「……話がまとまったところで、戻りましょう。もうヘトヘトです」
「アラガミ討伐、ご苦労だった」
作戦司令室に戻った俺たちを、クロエが労いの言葉で出迎えた。
それからゴドーが一通りの報告を終えると、リュウが不満そうに進言する。
「支部の対アラガミ装甲壁ですが、補修を急ぐ必要があります」
「承知している……先ほどゴドー隊長と隊長補佐の配置変更を伝えたが、続けて各員の担当タスクを決定させてもらいたい」
クロエが事務的に話しはじめる。どうやら出撃前の話の続きらしいが……レイラがついていけない様子で首を傾げる。
「担当タスクとは、何です?」
「支部再建計画の達成に向けて、やってもらいたいことがある。レイラ、君には支部周辺警戒区域の巡回討伐を担当してもらう」
「……それは普段の討伐任務とは違うのですか?」
言葉を選んで尋ねるレイラに、クロエはテキパキと説明を重ねる。
「巡回討伐とは、状況に応じて出撃メンバーを選定するのではなく、支部周辺をエリア分割し巡回ルートを組んで出撃する方式のことだ」
「……?」
彼女の固い説明を、レイラはいまいち理解しきれていない様子だ。
それを察したのか、クロエが更に補足する。
「過去のデータからアラガミの分布、出現数を算出する。事前にスケジュールを組んで初動の迅速化、討伐成果の向上を目指す」
ようするに、見回りを習慣化させるようなものだ。
アラガミが出現したから出撃するのではなく、平時から出現率が高い場所を回って、発見したアラガミを討伐していく。
大して珍しい任務でもないが、ヒマラヤ支部はもともとアラガミの出現率が低かったという。レイラに馴染みがないのも、そのためだろう。
徐々に内容を理解してきた様子のレイラだが、だからこそ戸惑いが増しているようだった。
「アラガミがいるかも分からないのに出撃するということですか……」
「過去データをもとにするため、空振りに終わることはほぼない。目的は、戦力運用の効率化だ。無駄な出撃を減らし、戦果を高める」
クロエは機械的に説明を終えると、一つため息を吐き、レイラの双眸をじっと見つめた。
「君のアタッカーとしての殲滅力に期待している。よろしく頼む」
「……はい」
レイラは返事をするが、その表情から不安の色は拭えない。
しかしクロエはそれに構わず、続けてリュウに視線を投げた。
「リュウには支部の対アラガミ装甲壁の補修と管理を任せる」
「僕が補修の管理を……?」
リュウは少し嫌そうにそう言った。クロエはこれにも構わない。
「君はアラガミ素材の知識や、素材獲得技術に優れている。壁の補修には大量のアラガミ素材が必要なので、適任だと判断した」
有無を言わせるつもりがないのか、単に聞く気がないのだろうか。
クロエは言い終えてからまっすぐにリュウを見る。
ややあって、リュウは答えを返した。
「妥当な判断だと……思います」
「では、頼まれてもらおう」
歯切れの悪い回答を了承と受け取り、クロエはどんどん話を進めていく。
「ゴドー隊長には、ネブカドネザル対策を担当してもらいたい。これが最大の懸念事項なのでな」
「構わないが、クベーラは?」
「クベーラ対策は私がやる。すでに全滅した無人型神機兵の戦闘データの検証も開始済みだ」
「……。それなら問題ない」
こうしてレイラにリュウ、ゴドーの担当タスクはスムーズに決められていった。
残ったのは一人、俺だけだ。
「隊長補佐は、全タスクのサポートを」
返答は、これまでと違い、実に単純なものだった。
「……全てを?」
レイラの巡回討伐も、リュウがやる対アラガミ装甲壁の補修も、ネブカドネザル対策をするゴドーもサポートしろ、と?
「八神さんの負担が大きすぎるのでは?」
レイラが心配そうに進言するが、クロエはすでに答えを出しているらしい。
「彼の力はどのタスクでも必要となる」
「……」
何をもって、出会ったばかりの俺をそこまで買ってくれるのだろう。
恐らくは、これまでの戦闘データを見たのだろうが……過大評価な気がしてならない。
(それか、評価してるのはあの神機か……)
理由は分からないが、ゴドーはクロエに神機の情報を隠そうとしているようだった。
クロエが何者なのかは、未だによく分からない。
先の口ぶりでは、神機兵の用意はもうないようだが、何故あんなものを持ち出せたのか、何のために周囲が見捨てたこの支部にわざわざ来たのか……理解できないことは多い。
俺の疑念を知ってか知らずか、クロエは重ねて告げる。
「忙しくなると思うが、君にしかできないことだ。やってくれるか?」
「……考えさせてください」
「分かった。やりながら考えてくれ」
「…………」
クロエの言葉を受けて、ゴドーが笑う気配を感じた。
(……やりながら考えてくれ、か)
そういえば隊長代理を任された日に、ゴドーにも同じように返されたことがあったか。
どうやら今回も、俺に拒否権はないらしい。
困ってレイラとリュウに視線を投げるが、二人は同情する気配もない。
「やるしかない、ということです。あなたなら、もう分かっているでしょう?」
「隊長代理を務めた以上は、これくらいやってもらわないと」
彼女たちの意見を聞いていたゴドーが、トドメとばかりに失笑を漏らす。
「厳しいな君たち……。ま、適任であることは事実だが」
「隊長補佐、やってくれるな?」
最終確認をするように、クロエが告げてくる。
「了解……」
もともとこの支部のため、俺にやれるだけのことはやろうとは考えていた。
問題は、俺にどこまでできるかだが……そこは潔く、実力が追いつくのを待ってもらおう。
ともかくこれで、全員の担当タスクが決定したことになる。
そこでクロエは、改まった様子で俺たちを順に見回した。
「着任直後の私が言うのも妙だが、現状を打開していきたい気持ちは誰もが同じはず……」
凛と背筋を伸ばした女性は真剣な表情で、強い決意を込めるようにして声を発する。
「私も全力で取り組む。以上だ」
「…………」
言葉数少なく言って、クロエはそのまま話を終えた。
彼女が何者で、何をしたいのか……その全てを信用していいのかはまだ分からない。
しかし、今の言葉の中に嘘偽りはないように感じる。
少なくとも、指導者としての彼女のことは、信用してみてもいいのかもしれない。
「改めて、ヒマラヤ支部長に就任したクロエ・グレースだ」
支部長室に集められた俺たち第一部隊とゴドー、カリーナの五人を前にして、白いコートに身を包んだ女性は、自信に満ちた表情で名乗りを上げる。
端正で人形のように綺麗な顔立ち。ライトブルーの瞳に、雪のような白い肌。
金色の髪は綺麗にまとめられている。引き締まった表情と大きく鋭い瞳には、得も言えぬ威圧感があった。
「前職はロシア支部、第三部隊所属のゴッドイーターで、ロシアでは最古参の部類に入る。……何か質問は?」
手短に自分のことを説明した彼女は、俺たちに向けて視線を投げた。
レイラが真っ先に口を開く。
「第三部隊所属と言いましたが……隊長や支部の幹部ではなく、ただのゴッドイーターだったと?」
「以前は隊長を務めていたが、力が衰え、引退が迫っていてな。後進に要職を任せていた」
「それで前線から退くことに?」
「そう捉えてもらって構わない。まだアラガミ討伐に出ることは可能だがな」
クロエは淡々とそう返した。彼女の実力は未知数だが、冗談の類とも思えない。
レイラも納得したようだったが、今度はゴドーが一歩だけ距離を詰める。
「ここに来た理由は?」
「人を救うために来た、では理由にならないか?」
クロエは凛とした姿勢を微塵も崩さない。
不自然なほど潔癖な彼女に、ゴドーは僅かに眉をひそめる。
「ヒマラヤ支部はフェンリル本部や他の支部から支援を断られ、孤立している極めて苦しい状況にある訳だが……これを君は救えると?」
リュウも同じように感じていたらしい。訝しむような視線をクロエに向けた。
「僕も気になっています。救うため、と言いましたがどうやって?」
「状況は把握しているし、無策でここに来た訳ではない」
この質問が来ることも想定していたのか、彼女は間を置かずに頷いてみせる。
「問題解消までスリーフェイズを設定し、苦境を打開する用意がある」
「スリーフェイズも……? ずいぶん計画的ですね」
その言葉に、カリーナが驚き目を見開く。
先々の状況まで予測できていなければ、長期的な作戦は立てられない。
不確定要素の多いこの状況で、それを打破する策を用意しているというのだろうか。
とはいえ口にするだけなら簡単だ。
「具体的には?」
続く俺の問いにも、彼女は自信に満ちた表情を崩さない。
「最初のフェイズで行うのは『支部の安全確保』だ。クベーラ、ネブカドネザルを討伐し、アラガミ増加問題を解消する」
彼女から出てきた固有名詞に、リュウが意外そうな反応を示した。
「ネブカドネザルのことまで、すでに把握しているのか……」
「あくまでデータにある情報だけだがな」
白毛のアラガミ――ネブカドネザルの情報は、まだ外には出ていない。
つまり彼女はこの支部に到着してからの短い間に、主要なデータのほとんどに目を通したことになる。
とはいえ、それだけでクベーラとネブカドネザルを討伐できるとも思えないが……
少なくとも、クロエの自信は本物だ。
リュウは思わず言葉を飲み込んでしまった様子だが、ゴドーはその間も冷静だ。
「仮にアラガミの増加を解消できたとして、フェンリル本部は掌を返すかな?」
ゴドーの言う通りだ。
フェンリル本部が俺たちと連絡を絶ったのは、この支部の崩壊が避けられないと判断したからだろう。
俺たちの生存などありえないし、むしろ生きていては不都合だと考えられてもおかしくない。
支部ごと見捨てるという非人道的な対応は、知られればフェンリル全体への不信感につながるだろう。本部はこれを避けたいはずだ。
だから、いまさら本部が俺たちを助けてくれる可能性は、限りなく低い。
ゴドーの考えが間違っているとも思えないが、クロエの余裕は崩れない。
「そこで次のフェイズに移行し、サテライト拠点を建設する」
(サテライト拠点を……?)
クロエの意図が読み込めず、俺は内心首をひねった。
「あの……サテライト拠点とは?」
「サテライト拠点とは、支部を取り巻く壁の外に建設された、人が安全に暮らせる設備を備えた居住地のことさ」
小首をかしげたカリーナに、リュウが解説する。
「元は支部に収容されなかった人々が少しでも安全を確保できるように、支部の対アラガミ装甲壁を真似て作った壁で集落を囲ったのが始まりらしい」
ようするにサテライト拠点とは、支部の外側に作られた居住区施設のことだ。
俺もヒマラヤ支部に来るまでは、独立支援部隊クレイドルの一員として、サテライト拠点の建設候補地の探索、確保、建設などの任務についていた。
いまや生存圏のほとんどをアラガミに奪われた人類にとって、サテライト拠点の建設は急務と言える。だが……
「ヒマラヤ支部は人口が少なく、住居は足りているはずですが、なぜサテライト拠点を?」
レイラの疑問はもっともだ。
人手不足のなか、危険を冒してまで居住区を拡大する理由が分からない。
全員が同じ疑問を抱くなか、ゴドーだけは納得した素振りを見せる。
「ああ……読めてきたぞ」
彼の予測を肯定するように、クロエが一つ頷いた。
「ヒマラヤ支部周辺には広い土地がある。アラガミが減り、サテライト拠点を安全に建設、維持できれば……」
全員の注意を集めるように、一度言葉を切ってから彼女は続けた。
「最終フェイズとして、大型サテライト拠点を建設し、他の支部から移民を受け入れる」
「移民を……?」
眉をひそめたレイラに対し、クロエに代わってゴドーが答える。
「アラガミ出現以来、世界の人口は減り続けてきたが、最近になって増加傾向に転じたという統計がある」
それだけを聞くといい情報に思えるが、クロエは表情を緩めない。
「そう……多くの支部が人口増加と居住地の不足という問題を抱えている」
「それで、大型サテライト拠点の建設を?」
俺の問いに、クロエは迷いなく首肯を返した。
「そう。各支部でもサテライト拠点は増やしているが、まだまだ足りないのが現状だ」
彼女の言葉を補うように、ゴドーが口を開く。
「周辺地域に強いアラガミが多数いる支部では、サテライト拠点の建設と維持は難しい。だが、ヒマラヤ支部が元の過疎地に戻れば……」
「居住地不足の支部に対して、移民受け入れは有力な交渉材料になる」
そこまで言って、クロエとゴドーは互いに黙って見つめ合った。
お互い表情には出さないが、実に剣呑な雰囲気だ。その実力や思考スピードを、測り合っているようにも見える。
「セイ、君はどう思う?」
ゴドーが俺に話を振ってくる。その間も視線はクロエに向けたままだ。
「…………」
改めて、クロエの立てた計画について考える。
ようするに彼女は、ヒマラヤ支部に価値を持たせたいのだろう。
ヒマラヤ支部が支援を受けられないのは、現状そうする価値がないからだ。
本部に見捨てられ、アラガミが増え続け壊滅寸前……そんな状況では、誰にも見向きされないのも仕方ない。
だからこそ、他支部がつながりたいと思えるほどの付加価値が欲しいのだろう。
理屈は分かる。魅力的な提案だとも思う。しかし……
「机上の空論では……?」
現時点では、こう答えるしかないだろう。
「その通りだ。スリーフェイズに段階を分けたのは、その都度計画を見直すためでもある」
否定的な俺の指摘に対しても、クロエは動じることなく頷いた。
計画通りにいかないことも織り込み済み、ということか。
ただの思いつきではなさそうだが……なんにせよ、決定を覆すつもりはなさそうだ。
「ふむ……他のみんなはどうだ?」
ゴドーの慎重な問いかけに対し、真っ先に発言したのはカリーナだ。
「私は感動しています! 少なくともポルトロン支部長からは絶対に出ないアイデアですから!」
「そんな人もいましたね……」
淡白なレイラの言葉はともかく、カリーナはクロエを信用したようだ。
更に正確に言うなら、クロエの能力を信用した、というところだろう。
実際、彼女の能力や資質の高さについて、疑いの余地はなさそうだ。
問題は、人間として信じるべきかどうかだが……
満面の笑みを浮かべるカリーナに続いて、リュウが口を開く。
「クロエ支部長の計画に賛成です。少なくとも、反対する理由はありません。ゴドー隊長もそう思いますよね?」
リュウの言葉で、その場にいた全員の視線がゴドーに集まる。
ゴドーはクロエから視線を外し、ため息を吐いた。
「まぁどちらかと言うなら賛成だが……クベーラやネブカドネザルの討伐が最低条件となると……楽じゃないぞ」
「そうですね。クリアすべき課題は山積み……ですが、その先に光明が見えるなら、わたくしは良いことだと思います」
どうやら皆、クロエの案を概ね好意的に受け取っているようだ。
俺の意見もリュウと変わらない。計画に反対する理由は見つからなかった。
しかし、クロエという女性が信用できるかどうかは、まだ判断材料が足りない。
「支部再建案は、前向きに受け止めてもらえたようで何よりだ。次に――」
俺の視線に気づいてないとも思えなかったが、クロエは構わず話を続けようとした。
「あっ、ちょっと待ってください!」
しかしそこで、カリーナが唐突に声を上げた。それから、慌てて通信機に手を当てる。
「……はい、はい……分かりました!」
あまりいい連絡ではなかったのだろう。
彼女は深刻な表情で、クロエのほうへ向き直った。
「補修が終わっていない支部外壁の第六ブロックにアラガミ接近中! クロエ支部長、ご指示を!」
「了解した」
新任の支部長は、特に動じた様子もなく俺たちに視線を移す。
「まず、ゴドー君は第一部隊の隊長に戻り、隊員を率いてくれ」
「承知した」
クロエの決定に、ゴドーは当然のように頷いた。
彼女に支部長を取って代わられたことに対し、思うところはないのだろうか……
いや、彼の場合、もともとポジションに拘っていた訳でもない。必要がなくなったから隊長に戻るのだろう。
「…………」
だとすればゴドーは、彼女を支部長として認めたのだろうか。
そんなことを考えていると、不意にレイラから指をさされた。
「それじゃ、彼はこれからどうなるのです?」
(ん、俺か……?)
「ゴドーが隊長に戻るということは、隊長代理は必要ありませんわよね」
言われてみれば、レイラの言う通りだ。
俺はゴドーの代わりとして、他の人員がいないから、仕方なく隊長代理を任されていた。
ということは当然、隊長代理は解任となるだろう。
肩の重荷が下りた気分でいると、クロエが今度はこちらへ目を向ける。
「隊長代理を務めていた君は、隊長補佐として彼をサポートするように」
「隊長補佐……ですか」
「不満か?」
俺の様子を見て、クロエが尋ねてくる。
いざという時にゴドーに代われる人員を置いておきたいのだろう。その考えは理解できた。
しかし問題は、補佐する相手がゴドーだということだ。
レイラとリュウがトラブルになれば、その仲裁は俺に押しつけられるだろう。
なんならゴドーの仕事や面倒まで、俺が見ることになりかねない。
その他にも、懸念事項はいくつもある。
「できればヒラに戻りたいんですが……」
「ダメだ」
「……」
俺の言葉を、ゴドーがあっさりと遮った。
納得できずにいると、クロエは全てを見透かすように瞼を閉じた。
「人事に関しては改めて伝える。今はゴドー隊長率いる第一部隊でアラガミに対処してくれ」
「……了解」
抵抗を諦めた俺は、ため息交じりに頷いた。
するとそこで、各チームと連絡を取っていたカリーナが明るい声を上げる。
「神機の整備、できているとのことです!」
「了解! 行きましょう!」
そうしてレイラやリュウが、急ぎ足で支部長室を後にする。
「そんな顔をするな、セイ」
後を追って走り出したところで、ゴドーが声をかけてくる。
「君は自分で考えるより、ずっと高い能力を持っている。新参者のクロエ支部長が君を選んだのがいい証拠だ」
「……別に、そんなことは気にしていません」
この状況下では能力の過不足に関わらず、誰もが必要なこと、できることをやるべきだ。
だから役職を任されたことには納得している。
「では、前任者のことか?」
「……」
ゴドーの言葉に、俺は上手く言葉を返せなかった。
彼の言う通り、隊長補佐には前任者がいる。
俺が隊長補佐をしたくない一番の理由は、間違いなく彼女のことがあるからだろう。
彼女は……マリアは隊長補佐として誰からも信任が厚く、頼りにされる存在だった。
「……俺に、彼女の代役は務まりません」
隊長代理を務めた後に、補佐を嫌がるというのもおかしな話だが……
理屈ではなく、気持ちの問題なのだろう。
彼女が元いたポジションに立つというのは、特別な意味があることのように感じた。
そしてそれは、きっと恐ろしいことだ。
「では聞くが、君に俺の代役は務まったか?」
「いえ……」
「だったらそういうことだ。君に期待しているのは彼女と同じ役割ではない。分かるだろう?」
ゴドーは厳しく言うと、それ以上は何も語らなかった。
支部外壁の第六ブロックに到着した俺たちに、カリーナから通信が入る。
『間に合って良かったです! 間もなくアラガミが現れると思います!』
いち早く神機を構えたレイラが、どこか複雑そうな表情を浮かべてアラガミを待つ。
「クベーラと戦った後だからか、脅威を感じませんね」
緊張感を持ちにくいと言いたいのだろうが……好敵手の迂闊な発言を放っておけるリュウではない。
「油断するな、はレイラの口癖じゃなかったか?」
「油断をする訳ではありません!」
「そうだな……油断はできん」
二人の口論に相槌を打ったのはゴドーだ。
真剣な顔で呟く彼だが、その視線はレイラたちとは真逆。
「ゴドー? 支部のほうを向いて何を言っているのです?」
何故か彼は、来た道のほうに注意を向けている。
冗談でやっている訳ではないだろう。
「支部が気になりますか?」
問いかけに、ゴドーは口の端を歪めて答える。
「気になることはいろいろあるさ。支部の中にも、外にも……な」
それからゴドーは、俺たち全員に視線を向けた。
「背中にも目をつけておけ。死にたくなければな」
そう言ってゴドーは、含みのある笑みを浮かべた。
その意味について詳しく聞こうとしたその時、大きな物音が響き渡る。
「グォオオオオ!」
次いでアラガミの声が聞こえた。どうやらすぐそこまで来ているらしい。
レイラが慌てて神機を構え直した。
「アラガミに集中を! それ以外のことは、戦闘の後です!」
「ああ……やるか」
ゴドーは静かに言って、神機を構えた。
悠々とした構え……力が込められている訳ではないのに、隙もない。
いろいろ思うところもあるが、やはりゴドーが前線に戻ってきてくれたことは、純粋に頼もしい。
そのまま俺たちは、万全の精神状態で敵を迎え撃つこととなった。
「外壁を守りながら、というのは面倒だな……」
戦闘の最中、ゴドーが辟易した様子でぼやくのが聞こえた。
早速隊長らしからぬ、味方の指揮を下げる不真面目な言動が飛び出したが、そう言いたくなるのもよく分かる。
敵は中型アラガミが数体のみ。
ゴドーも戦線に復帰した今、戦力的にはそこまで苦戦する相手ではない。
しかし、油断すれば外壁を突破されるという状況下では、なかなか思うようには戦えない。
とはいえ、こういう戦いが初めてという訳でもない。
「周り全てがガラス張り……なんて状況よりは、いくらかマシですよね?」
「……ああ、そうだな」
リュウの冗談に頷き返し、アラガミに向けて斬りかかる。
それを見て、ゴドーが小さく息を吐く。
「どうかしましたか?」
「いや……ずいぶん成長したものだと思ってな」
ゴドーの言葉に、リュウが得意げに笑みを浮かべた。
「日夜、死線をくぐって来ましたからね」
リュウの言葉は驕りでもない。
アラガミ増加と人員不足に苦しむなかで、必死に戦い続けてきたのだ。
(……リュウの場合、くぐる必要のない死線もたくさん越えていたか)
アラガミ素材を求めなければ、もっと簡単に戦えた場面も多かっただろう。
「いずれにせよ、頼もしいことだ」
ゴドーは素直な雰囲気でそう言った。
その時だった。
「きゃあっ……」
多くのアラガミの注意を引きつけていたレイラから、悲鳴が上がる。
傷ついたウコンバサラの突進を喰らい、レイラの身体が宙に跳ねる。
「まったく、無茶な戦いをするからだ……!」
「俺とリュウはレイラの援護に向かう。セイは外壁だ!」
「了解……!」
ゴドーの指示に従い、俺は外壁へ向かうウコンバサラの背中を追った。
傷ついたウコンバサラは、もがき苦しむようにしながら、なおも加速している。
進行方向にあるのは、補修中の外壁だ。狙いは修復作業のため集められた作業員たちか……。あの巨体がぶつかれば、壁は簡単に破られてしまうだろう。
「……まずいな」
そう考えながらウコンバサラを追いかけていると、割り込むようにしてレイラが姿を見せる。
「ここはわたくしがっ!」
攻撃を喰らい、地面を転がっていたはずのレイラだが、すぐさま立ち上がり、ウコンバサラの後を追いかけて来たのだろう。
そのことに気がついたのは俺たちだけではない。近づく気配に反応し、ウコンバサラが煩わしそうに体の向きを反転させる。
そうしてその勢いを緩めずに、レイラに向かって顎を開く。
「ガァアアアアッ!」
「喰らいなさい!」
敵の動きが予測できなかった訳でもないだろう。
それでも避けようともせず、レイラはブーストハンマーで迎え撃った。
激しい衝突音が響き渡り、それと同時にウコンバサラの動きが鈍くなる。
「くっ……い、今のうちに!」
当然、ダメージを受けたのはレイラも同じだ。
痛みをこらえながらも、鋭く声をあげたレイラに応え、俺は力強く地面を蹴る。
そのままロングブレードを振り上げ、勢いを乗せて刀身をアラガミに叩きつける。
「ガア……ッ!?」
苦悶の声を漏らしたウコンバサラがその場に倒れる。
そのまま、もう起き上がることはなかった。
これで、全てのアラガミを討伐できたことになる。
それを確認したところで、起き上がったレイラが俺に歩み寄った。
「助かったわ……もう少しで支部への侵入を許すところでした」
「いや、助けられたのはこっちだ」
彼女の追撃がなければ、ウコンバサラの突進を止められず外壁を突破されていただろう。
「おだててやる必要はありませんよ、隊長補佐。……まったく、一人で危険を背負い込むからそういうことになるんだ」
「あなたにだけは言われたくないわね!」
目を三角にして怒るレイラに構わず、リュウは悠々とウコンバサラの捕喰をはじめた。
そうしながら、巨大な壁を仰ぎ見る。
「壁の補修は急がないといけませんね。余計な出動が増えますから」
「クロエ支部長も何か考えているだろう」
ゴドーは短く答えてから、ふと思い出したように俺たち全員に目を向けた。
「そうだ。支部へ戻る前に、ひとつ君たちに頼みがある」
「何です?」
リュウが続きを促すと、ゴドーは顎で俺のほうを示した。
「マリアと、セイの神機のことだ。クロエ支部長に質問されても『ゴドーに訊いてくれ』と答えて欲しい」
意図の掴みにくい頼みごとに、俺たちは顔を見合わせる。
眉をひそめたレイラが、俺たちを代表するようにして手をあげた。
「ゴドーは彼女を疑っているの?」
「それもなくはないが、それ以上に証拠になるものが皆無だからだ。この件は支部長代理を務めた俺から直接、クロエ支部長に引き継ぎたい」
確かに、成長する人格を持った神機など、半端に説明しても余計な疑いを持たれるだけだろう。
しかし、どうしてその話をゴドーが預かってくれるのだろうか。
面倒嫌いの彼らしくないその態度が、なんとなく腑に落ちない。
「当事者である俺も……?」
「君にも考えはあるだろうが、よろしく頼む」
「……分かりました」
そう言われると、頷くしかないだろう。
それに、正体不明の神機に適合した件など、素直に説明できる話ばかりでもない。
ゴドーが代わりに誤魔化してくれるなら、正直ありがたいくらいだ。
俺からの了解を得て、ゴドーはリュウとレイラに視線を投げる。
「二人も問題ないか?」
「本人が納得しているなら、それでいいです」
「わたくしも」
二人は気のない様子で同意を示す。
それからレイラは、疲れた様子で一息ついた。
「……話がまとまったところで、戻りましょう。もうヘトヘトです」
「アラガミ討伐、ご苦労だった」
作戦司令室に戻った俺たちを、クロエが労いの言葉で出迎えた。
それからゴドーが一通りの報告を終えると、リュウが不満そうに進言する。
「支部の対アラガミ装甲壁ですが、補修を急ぐ必要があります」
「承知している……先ほどゴドー隊長と隊長補佐の配置変更を伝えたが、続けて各員の担当タスクを決定させてもらいたい」
クロエが事務的に話しはじめる。どうやら出撃前の話の続きらしいが……レイラがついていけない様子で首を傾げる。
「担当タスクとは、何です?」
「支部再建計画の達成に向けて、やってもらいたいことがある。レイラ、君には支部周辺警戒区域の巡回討伐を担当してもらう」
「……それは普段の討伐任務とは違うのですか?」
言葉を選んで尋ねるレイラに、クロエはテキパキと説明を重ねる。
「巡回討伐とは、状況に応じて出撃メンバーを選定するのではなく、支部周辺をエリア分割し巡回ルートを組んで出撃する方式のことだ」
「……?」
彼女の固い説明を、レイラはいまいち理解しきれていない様子だ。
それを察したのか、クロエが更に補足する。
「過去のデータからアラガミの分布、出現数を算出する。事前にスケジュールを組んで初動の迅速化、討伐成果の向上を目指す」
ようするに、見回りを習慣化させるようなものだ。
アラガミが出現したから出撃するのではなく、平時から出現率が高い場所を回って、発見したアラガミを討伐していく。
大して珍しい任務でもないが、ヒマラヤ支部はもともとアラガミの出現率が低かったという。レイラに馴染みがないのも、そのためだろう。
徐々に内容を理解してきた様子のレイラだが、だからこそ戸惑いが増しているようだった。
「アラガミがいるかも分からないのに出撃するということですか……」
「過去データをもとにするため、空振りに終わることはほぼない。目的は、戦力運用の効率化だ。無駄な出撃を減らし、戦果を高める」
クロエは機械的に説明を終えると、一つため息を吐き、レイラの双眸をじっと見つめた。
「君のアタッカーとしての殲滅力に期待している。よろしく頼む」
「……はい」
レイラは返事をするが、その表情から不安の色は拭えない。
しかしクロエはそれに構わず、続けてリュウに視線を投げた。
「リュウには支部の対アラガミ装甲壁の補修と管理を任せる」
「僕が補修の管理を……?」
リュウは少し嫌そうにそう言った。クロエはこれにも構わない。
「君はアラガミ素材の知識や、素材獲得技術に優れている。壁の補修には大量のアラガミ素材が必要なので、適任だと判断した」
有無を言わせるつもりがないのか、単に聞く気がないのだろうか。
クロエは言い終えてからまっすぐにリュウを見る。
ややあって、リュウは答えを返した。
「妥当な判断だと……思います」
「では、頼まれてもらおう」
歯切れの悪い回答を了承と受け取り、クロエはどんどん話を進めていく。
「ゴドー隊長には、ネブカドネザル対策を担当してもらいたい。これが最大の懸念事項なのでな」
「構わないが、クベーラは?」
「クベーラ対策は私がやる。すでに全滅した無人型神機兵の戦闘データの検証も開始済みだ」
「……。それなら問題ない」
こうしてレイラにリュウ、ゴドーの担当タスクはスムーズに決められていった。
残ったのは一人、俺だけだ。
「隊長補佐は、全タスクのサポートを」
返答は、これまでと違い、実に単純なものだった。
「……全てを?」
レイラの巡回討伐も、リュウがやる対アラガミ装甲壁の補修も、ネブカドネザル対策をするゴドーもサポートしろ、と?
「八神さんの負担が大きすぎるのでは?」
レイラが心配そうに進言するが、クロエはすでに答えを出しているらしい。
「彼の力はどのタスクでも必要となる」
「……」
何をもって、出会ったばかりの俺をそこまで買ってくれるのだろう。
恐らくは、これまでの戦闘データを見たのだろうが……過大評価な気がしてならない。
(それか、評価してるのはあの神機か……)
理由は分からないが、ゴドーはクロエに神機の情報を隠そうとしているようだった。
クロエが何者なのかは、未だによく分からない。
先の口ぶりでは、神機兵の用意はもうないようだが、何故あんなものを持ち出せたのか、何のために周囲が見捨てたこの支部にわざわざ来たのか……理解できないことは多い。
俺の疑念を知ってか知らずか、クロエは重ねて告げる。
「忙しくなると思うが、君にしかできないことだ。やってくれるか?」
「……考えさせてください」
「分かった。やりながら考えてくれ」
「…………」
クロエの言葉を受けて、ゴドーが笑う気配を感じた。
(……やりながら考えてくれ、か)
そういえば隊長代理を任された日に、ゴドーにも同じように返されたことがあったか。
どうやら今回も、俺に拒否権はないらしい。
困ってレイラとリュウに視線を投げるが、二人は同情する気配もない。
「やるしかない、ということです。あなたなら、もう分かっているでしょう?」
「隊長代理を務めた以上は、これくらいやってもらわないと」
彼女たちの意見を聞いていたゴドーが、トドメとばかりに失笑を漏らす。
「厳しいな君たち……。ま、適任であることは事実だが」
「隊長補佐、やってくれるな?」
最終確認をするように、クロエが告げてくる。
「了解……」
もともとこの支部のため、俺にやれるだけのことはやろうとは考えていた。
問題は、俺にどこまでできるかだが……そこは潔く、実力が追いつくのを待ってもらおう。
ともかくこれで、全員の担当タスクが決定したことになる。
そこでクロエは、改まった様子で俺たちを順に見回した。
「着任直後の私が言うのも妙だが、現状を打開していきたい気持ちは誰もが同じはず……」
凛と背筋を伸ばした女性は真剣な表情で、強い決意を込めるようにして声を発する。
「私も全力で取り組む。以上だ」
「…………」
言葉数少なく言って、クロエはそのまま話を終えた。
彼女が何者で、何をしたいのか……その全てを信用していいのかはまだ分からない。
しかし、今の言葉の中に嘘偽りはないように感じる。
少なくとも、指導者としての彼女のことは、信用してみてもいいのかもしれない。