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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第三章

「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~3章-1話~

  身体が重くて動かない。
 目の前には、先の見えない深い闇だけが広がっている。俺はそれを、目を閉じることもできずにただ見続けているしかない。
 暗い闇の中を、ただじっと……何かを恐れるようにして、俺は見つめている。
 息苦しい。額を汗が伝う。
 世界は無音のようでもあり、どこからか獣の呻り声が、低く響いているようでもある。
 洞窟の中を生ぬるい風が通りすぎていくような、言いようのない不快さに包まれていた。
(俺は……夢を、見ているのか……)
 視界の隅を、白い何かが不意によぎった。
 この暗闇の中でもはっきりと見える、白い何か。
 俺はそれを追いかけた。足を踏み出す感覚。しかし、深い闇の中ではそこに自分の足があるのかも分からず、踏みつけた地面の感覚すらない。
 それでも、俺は先へ進まずにいられなかった。
 大事な何かを追いかけるように。微かに見えた、光に似た何かを追った。
 近づくほどに、それは輝きを増していき……やがてゆっくりとこちらを振り向く。
「……! ネブカド、ネザルッ!」
 憎むべき白毛のアラガミが目の前にいる。
 俺は神機を構えようとして、しかし闇の中、神機も手足も見つからない。
 光が急激に大きくなる。ネブカドネザルがこちらへ向けて跳んだのだ。
「はぁ……はぁ……」
 光に包まれる。白いそいつが、目の前に迫る。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!!」
 喰い殺される。また、何ひとつできないままに……
「――セイ」
 不意に、誰かに名前を呼ばれた気がした。
 とても懐かしくて、優しい声……
「大丈夫だよ……」
 白と紫の光の奔流。バチバチと、狂ったように色彩が飛び散る。俺の身体から何かが溢れ、螺旋を描いて彼女に飲み込まれる。
 身体が焼けるように熱くなる。俺と彼女が千切れて混ざり、一つになっていく。
 すでに恐怖は消えていた。感情の全てが失われていく。そのなかでただ、彼女を求める。
 白い髪の少女が無機質な表情で、こちらをじっと見つめていた。

「――!」
 唐突に意識が覚醒する。
 まどろみの余韻はなかった。白を基調とした天井をはっきり認識する。
(ここは……?)
 消毒液の匂いが鼻を突く。どうやら医務室にいるらしいが……
「目覚めたか」
 首を動かすと、ゴドーが備え付けの椅子に腰かけていた。
 彼は読んでいた書類を片付けながら、俺に淡々と語りかける。
「気分はどうだ?」
「問題ありません……快調です」
「そうか」
「その……何があったんですか? どうして俺は……」
 そう口にしながら、自分でも必死に記憶を手繰り寄せていく。
 つい先ほどまで、俺は任務を遂行していたはずだ。
 それがどうして、医務室のベッドに寝かされているのか。
「現場にいたリュウとレイラによると、ウロヴォロスの討伐後、ネブカドネザルの襲撃があったらしい」
「ネブカドネザル……」
 その名前を呟きながら、ゆっくりと記憶を紐解いていく。
 そうだ……ウロヴォロスを倒し、支部に戻ろうとした時。
 あの白毛のアラガミが襲来してきたんだ。
「しかし、君の神機が突如白と紫の光を放ち、ネブカドネザルは攻撃もせず去っていったという」
「そう……ですか」
 ゴドーの言葉を聞き、俺は深くため息をついていた。
 薄れていく意識の中で、『アラガミの退避を確認』という声を聞いた気がしていたが……どうやら間違いではなかったらしい。
「あの白毛のアラガミは普通のアラガミとは違う。まるで警戒心の強い猫のようだな」
「……はい」
 今回はその、ネブカドネザルの警戒心の高さに助けられた。
 あのまま襲われていれば、俺たちはヤツに殺されていただろう。
(それともあの光に、ヤツが恐れるほどの力が秘められているのか……)
「君の話に戻す。その場に倒れた君はリュウとレイラに運ばれ、支部に戻ってきた」
「…………」
「メディカルチェックでは特に異常もなく、栄養剤を打って寝かされていた……それだけだ」
 確かにあの時体を駆け巡った熱は、今はもうどこにも感じられない。
 異常がないというのは、本当のようだ。
「起きられるなら場所を変えよう。皆が待っている」
 背を向け、ゴドーが医務室を出ていこうとする。
 彼を追うために立ち上がると、俺は体の調子を確かめるために各部を動かすが……どこにも問題はないらしい。
 それどころか、ウロヴォロスとの戦いを考えれば、気味が悪いほどの快調だった。


「あっ、隊長代理! もういいんですか?」
 支部の広場へとやってくると、リュウとレイラが心配した様子でこちらにやってきた。
「心配をかけたみたいだな……もう大丈夫だ」
「顔色もよさそうだし、無理はしてないようですね」
 リュウが俺の顔を覗き込みながらそう言った。
「そうだな。で、気になるのは例の白と紫の発光現象のことだ」
「そうです! あれは何だったのです?」
 ゴドーの言葉を受けて、レイラが興奮した様子で詰め寄ってくる。
「……分からない。あれは俺の意思に関係なく起きた現象だ。ただ……」
 ウロヴォロスを捕食した際に、あの純白の髪の女性が言っていた言葉を思い出す。
「マリアの声は、『アビスファクター』と言っていた」
「『アビスファクター』? 聞いたことないですね……ゴドー隊長、知ってますか?」
「知らないな」
 リュウの言葉に、ゴドーはすぐさま首を横に振る。
「神機に関係していることであれば、JJが知っているのでは?」
「んー……『アビスファクター』なんて聞いたことねえぞ?」
 レイラの言葉に対し、即座に答えが返ってくる。
 開かれた扉の奥から、見慣れた大男が姿を現した。
「JJさん! 何か分かったんですか?」
 リュウに尋ねられたJJは、頭の後ろに手を当て、煮え切らない表情で答える。
「神機に何が起こったのかは、解析できた。それが何故起こったのかは分からん」
「どういうことです?」
 詳しく話を聞かせて欲しいと、レイラがJJとの距離を詰める。
「神機のオラクル流量が増加して溢れ出る現象、ってのがあってな。そいつが起きたんだ」
「もっと分かりやすく説明を!」
「レイラに理解できるようにか……」
 考え込むように、JJは自らの髭に手を当てる。
「そうだな、人間はピンチになると、アドレナリンていう分泌物が出て、いわゆる興奮状態になるだろう?」
 JJは身振り手振りを交えて、ゆっくりと話す。
 それを聞くレイラたちの目は真剣そのものだ。
「そうすると普段以上のパワーが出たり、感覚が鋭くなったり、忍耐力が強くなったりする……神機がそういう状態になったってことだ」
「神機が? まるで人間のように?」
 信じられないというようにレイラが眉を顰める。
 確かに、状況によって引き出せる能力に幅がある神機など、聞いたことがない。
「ゴッドイーターと神機は腕輪を通じて接続されている。ありえないことじゃあないさ」
「なるほどな……」
 JJとリュウの言葉を聞いたゴドーは、納得がいったというように頷いた。
「ただ、それが何故起こったのかは、神機を調べても分からなかった」
 JJはそう言って俺を見据える。
「セイは、自分の意思に関係なく発生したと言っているが?」
「ええ……あの光は、勝手に俺の中から解き放たれました」
「再現できるか、試してみては?」
 俺の言葉を聞いたリュウが、そう提案する。
 確かに、ネブカドネザルを退けたほどの力だ。あの力を再現することができれば、間違いなく今後の活動の助けになるだろう。
「そうだな……試してみよう」
「よし、軽い討伐任務を兼ねて、出かけるか」
 ゴドーは首を回し、ヘリポートのほうへと歩き出す。
「セイ、ちょっと来い」
「……?」
 俺もゴドーの後に続こうとしたところで、JJが近づいてきて、咳払いした。
「無意識に出たものだとしても、そいつを自分の意思でコントロールしようとすることが大切だ」
 JJはそこで言葉を区切ると、発破をかけるように俺の背中を強く叩いた。
「神機ってのは、そういう風にできてるもんだからな!」
「……はいっ」
 ニカッと笑いかけてくるJJに応え、俺も出撃のため、自分の神機を手にするのだった。



  旧市街に到着した俺たちは、ヘリから降りてそれぞれ戦闘の準備を開始する。
 神機を軽く振り、その感覚を確かめていたその時だった。

「これより『アビスファクター』の解説をいたします」

「……っ!」
不意に背後からマリアの声が聞こえ、俺は慌てて振り返った。
「驚かせてしまいましたか。すみません」
 そこに現れた純白の髪の女性は、眉ひとつ動かさず謝罪する。
「君は……」
「ウロヴォロスを捕喰して持続時間も伸びましたが、まだ長くはお話をすることができません。取り急ぎ、『アビスファクター』の解説をします」
「セイ、どうした?」
 女性の言葉に驚いていると、ゴドーがこちらへ声をかけてくる。
「今、あの女性が、俺に『アビスファクター』の説明をしてくれると……」
「……なるほどな」
 ゴドーは考え込むようにやや俯いてから、すぐにもう一度顔を上げた。
「分かった。お前はその説明をしっかりと聞いておけ。何かあれば俺たちがフォローする」
「はい、お願いします」
 俺の言葉を聞き、ゴドーがレイラとリュウを引き連れ離れていく。
「説明を再開してもよろしいですか?」
「ああ、頼む」
 俺が女性へと向き直ると、彼女は説明を続けるために口を開いた。
「『アビスファクター』とは、強化された神機の出力でオラクル流量を増大させ、様々な効果を発生させる機能です」
 オラクル流量の増大……JJも同じようなことを言っていた。
 あの時の光は、オラクル流量が増加して溢れ出たことにより、引き起こされた現象なのだと。
(つまりネブカドネザルを追い払った光は、意図的に放たれたものということか……)
 その『機能』とやらを把握すれば、ネブカドネザルやクベーラへの対抗策になるかもしれない。
「その、様々な効果というのは……?」
「まず『アビスファクター』のひとつ、『アビスドライブ』を試しましょう」
 こちらの質問に対する返答はなかった。予め吹き込まれた音声データを再生するのように、彼女は滔々と説明を続けていく。
「神機に触れてください」
 指示に従い、俺は片手で持った神機に、もう一方の手のひらをかざした。
 すると腕輪を通じて、奇妙な熱と感覚が伝わってくる。
「これは……」
「『アビスドライブ・朧月』の解放を確認――セット」
 女性の言葉と共に、俺の手元で神機が変化する。いや、変化したように感じた。
 見た目は何も変わっていない。しかし、先ほどまでとは何かが違うと、確かに分かる。
「『アビスドライブ』がセットされました。テストを行なってみましょう」
「テスト……?」
 言われて周囲を見渡せば、ビルの隙間からリュウとレイラが戦闘しているのが見えた。
 小型種がほとんどだが、その数はあまりにも多い。
(……っ。アラガミの増加速度は、まだ上がるのか?)
「アラガミに接近。約十七秒で交戦距離に入ります」
 マリアの声を聴きながら、俺は援護の為にリュウたちのもとへ駆け出していた。
 二人はオウガテイルとザイゴートの群れに、完全に囲まれてしまっている。
 ゴドーの姿は付近にないし、二人の連携も全く取れていない。……このままでは危険だ。
「……それはこちらの台詞だ!」
「あなたはどこまで強情なのですか……っ」
 近づくと、二人の言い合いの声が聞こえてくる。
 そしてレイラの死角から、オウガテイルが姿勢を低くし狙いをつけている。
 今にも飛び掛ろうとするオウガテイル。俺が声を上げれば、かえって奇襲のタイミングを早めるかもしれない。
 オウガテイルはしっかりとレイラの首筋を狙っている。俺が間に合うかどうかは、ギリギリだ。
「カウントダウン。五、四、三、二、一……」
 マリアの声が、淡白に数字を数えていく。
 それはまるで、レイラに対する死の宣告のように思えた。
 神機を構え直すと同時に、オウガテイルが跳躍する。
 俺のリーチから、オウガテイルが離れていく。
(くっ、駄目だ……届かない――)
「――零」
「……ッ!」
 その瞬間、俺の身体から黒紫の靄が立ち上った。
 同時に神機の切っ先が鈍く光を放ち、剣の軌道を鮮やかに彩る。
 宙に描かれた黄色い閃光は剣先を出て、波紋のように宙を渡っていく。
 そしてそれが、跳んだオウガテイルの背中を捉えると――そのまま一気に引き裂いた。
「……っ、隊長代理――!」
「今のは、一体……っ?」
 レイラとリュウがこちらを見る。しかし、答えている暇はない。
 俺という突然の乱入者が現れたことで、遠巻きに二人を囲んでいたアラガミたちが、一気にこちらへ押し寄せる。
 それらを振り払うように、もう一度俺は神機を振る。
 その切っ先がもう一度光を纏い、宙に残った剣の軌道がアラガミを斬り裂く。
「……リーチが伸びている、だけという訳ではなさそうですね」
「それが、『アビスファクター』なのですか?」
 戦いを続けながら、レイラとリュウがこちらに尋ねる。
「いや、この機能は『アビスファクター』の一部だそうだ」
「では、その力は一体?」
「『アビスドライブ・朧月』……というらしい」
 誰が名付けたのかは知らないが、確かに神機が描く半円と、そこに浮かぶ一瞬の黄色い光は、朧月と呼ぶにふさわしいものかもしれない。
 機能としてみれば、神機のリーチが長くなり、威力も増したというところか。
「…………」
 理解はできるが、納得はできない。まるで魔法使いになったような気分だ。
 とはいえ、いつまでも考えている暇もない。
 俺は残りのアラガミを片付けるべく、そのまま神機を振るうのだった。



  周囲のアラガミを片付けたところで、ふたたび白い髪の女性が姿を現す。
「『アビスドライブ』は把握できましたね」
「……ああ」
 複雑なことは分からないが、ようは神機を強化する力が、『アビスドライブ』なのだろう。
 もう少し慣れれば、これまで苦戦していたアラガミに対しても、もっと優位に戦っていけそうだ。
「『アビスファクター』には、他にも『アビストリガー』と、『アビスギア』というものもあります」
(『アビストリガー』に、『アビスギア』か……)
「それは、『アビスドライブ』と同じくらい強力なものなのか?」
 俺の疑問に対し、女性は幾ばくかの沈黙の後、静かに答えた。
「『アビスドライブ』『アビストリガー』『アビスギア』は、使えば使うほど、強力なものが解放されていきます」
「っ……!」
 使えば使うほど強化される……ということは、あの『朧月』も、この神機の持つ力の一つでしかないということなのか。
 現状でも、この神機は以前までと比較にならない力を備えている。だというのに……
「解説は以上です」
 疑問は増えていく一方だったが、説明を終えたところで彼女は音もなく俺の前から姿を消してしまった。
 ……とりあえずは、分かる範囲で戦っていくしかないだろう。



  純白の髪の女性が消えた後、俺はゴドーたちと共に支部へと戻ってきた。
「……なるほど。それが『アビスファクター』の使い方か」
 広場にて、彼女から聞いた内容をゴドーたちにも共有する。
「いろいろなことができるみたいですね」
 リュウは興味深そうに俺を見つめる。一方のレイラはどこか不安げだ。
「あなたの体に強い負荷がかかったりはしないの?」
「分からない。今のところ、変化は感じないが……」
「……分からない程度、ということでいいのかしら? ただの鈍感でなければいいのだけど」
 レイラが呆れ気味にため息をつく。
 確かに、以前ウロヴォロスを捕喰した時には、全身が焼け付くような感覚があった。
 先ほどの戦闘では、その兆候すら感じなかったが……
「ともかく、今異常は感じられないんだな?」
「はい」
「そうか。実戦は危険と判断した場合は、俺が隊長に戻ることも考えていたが……その必要はなさそうだな」
 俺が答えると、ゴドーはそう言って小さく息をついた。
 俺が視線を向けると、ゴドーは何事もなかったように背中を向け、その場を離れていく。
(あの人でも、ホッとすることがあるんだな……)
 いつも飄々としているゴドーだけに、少し気になった。
 やはりヒマラヤ支部を取り巻く状況は、今も好転しないままなのだろうか。



「――報告は以上になります」
 支部長室の椅子に腰かけ、カリーナからの報告を静かに聞く。
「……そうか、極東支部に断られたか」
「はい……現在、極東も支援は困難とのことです」
 暗い表情のカリーナに対し、俺はどう声をかけるべきか考えてみて、すぐにやめた。
 その場限りの慰めなど、無意味だろう。
「サカキ支部長はマリアのことを気にかけておられましたが、残念ながら今すぐ物資や人員を派遣することはできないと」
「アビスファクターの情報という手土産つきでも動かないとなると、本当に動けないのだろうな」
 俺の言葉に、カリーナが困惑気味に尋ねてくる。
「アビスファクターというのは、そんなに重要なものなんですか?」
「そうだな……」
 どう伝えるべきか、少し迷ってから口を開く。
「ペイラー・榊……彼は偏食因子を発見したオラクル研究の第一人者だ。神機やゴッドイーターの産みの親と言ってもいい」
 支部長室の椅子にもたれかかり、彼のことを思い返す。
 温和な雰囲気の優男……カリーナなら、そんな風に彼を捉えるかもしれない。
 喰えない相手だ。そう言えば、『支部長代理』の先輩でもあったか……
「彼ならアビスファクターというものを知っているか、あるいは未知であるなら確実に喰い付いてくると思ったのだがな」
 しかし、俺の想定とは異なり、彼が気にかけたのはマリアのことだけだった。
(この反応から察すると、アビスファクターを知っているがスルーした、といったところか……)
 何か他に打つ手はないかと、俺は天井を見つめながら静かに思案しはじめた。



「ほう、アビスファクターってのはそんな使い方もできるのか!」
 整備場にやってきた俺は、神機の手入れを終えるまで、JJに求められるまま今日の戦いについて話していた。
 興奮した様子で話の続きを促すJJは、ほとんど子供のようだった。
「増大させたオラクル流量を神機からゴッドイーターに送り込み、身体能力の強化をしたり、オラクルバレットに送り込んでバレットの強化もできると!」
「ええ、そうらしいです」
 やはり神機の整備を一手に引き受けているだけのことはあり、JJの理解力は非常に高い。
 俺のほうは、彼が言っている話の半分くらいしか理解できていない。
(身体強化が『アビスギア』、バレットの強化が『アビストリガー』か……)
 とにかくこれで、昼間に聞いた言葉の意味がようやく分かった。
「しかしお前さん、よくそんなことが分かったな?」
「いえ……俺は聞いたことを、そのまま話しているだけですから」
「あん? どういうことだ?」
 俺につられるようにして、JJがそこに目を向ける。
 純白の髪の女性は、すました表情でぼんやりとそこに佇んでいる。
 最初にJJからの質問に詰まった時から、彼女は当たり前のようにそこにいた。
 必要以上に話すつもりはないのか、今は黙ってじっとしている。
「アビスファクターについては、マリアの声が俺に教えてくれたんです」
「説明されたってのか……そういや前に、神機に人格が宿るなんて話をしたが……正直、実際にこの目で見るまでは信じられんよなあ?」
 道具を持っていない左手で、JJは頭をガリガリと掻いた。
「お前さんには姿も見えているようだが、どんな感じだ? 見た目はマリアと似てないってのは本当なのか?」
「……そうですね。似ているところもありますが……」
 どう伝えるべきか迷った俺は、彼女を指差して尋ねてみる。
「やはり、見えていませんか?」
「え、いるのか!?」
 すぐ隣を指差されたJJは驚きながらその辺りをじーっと見つめる。
 女性とJJの目線の位置が、偶然ぴったりと重なる。
 俺には見つめ合っているようにしか見えないが、本当にJJには見えていないのだろうか。
 するとそこで、目の前のJJに向けて、彼女がゆっくりと口を開いた。
「メンテナンス、いつもありがとうございます」
「……っ」
 女性はそうして、お礼の言葉を口にしていた。
「なんだ、どうしたんだよ?」
「……彼女から、メンテナンスいつもありがとうございます、だそうです」
 JJには相変わらず聞こえていない様子なので、俺から代弁して伝える。
「マジか……マジで言ってるのか……」
 JJはその場で、あんぐりと口を広げてみせる。
「やべえ、神機から感謝されるとは……ゴッドイーターに感謝されるより嬉しいかもしれん……」
 長年神機に携わり続けてきたJJにとっては、きっと感無量の瞬間なのだろう。
 レイラがこの場にいなくてよかった。
 先の発言とだらしないにやけ面を併せて、JJは顔面を思い切り叩かれていたことだろう。
(それにしても、感謝の言葉か……)
 彼女は、少しずつ変わってきている気がする。
 人間らしくなりつつある、と表現してもいいかもしれない。
 そして、『メンテナンスありがとう』という言葉から考えれば、やはり彼女は神機が宿した人格か、それに近いものなのだろう。
 そんなものが、マリアによく似ている理由は……正直、今はあまり深く考えたくない。
 俺は喜色満面のJJと無表情な彼女の対照的な姿を、ただじっと見つめ続けていた。

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