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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第二章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~2章-1話~
広場に集まる俺たち第一部隊の前に、報告書を携えたカリーナが姿を現す。
カリーナは疲れの見える、暗い表情を浮かべていた。
いいニュースは期待できない雰囲気だったが、それでも俺たちはカリーナからの報告を待った。
「ポルトロン支部長に関する調査報告です」
大きく息を吐きだしてから、カリーナは静かに話しはじめた。
「……支部長は昨日の巨大なアラガミ反応が出たとの報を受けた直後に、ヘリで本ヒマラヤ支部を去ったようです」
「……!」
「行き先は不明。本部および各支部に問い合わせてみましたが、返答なしです」
アラガミ出現の報告を受けた直後に、支部を去ってそのまま行方知れず……
それがどういうことを意味するのか。考えられる可能性は、そう多くはないだろう。
「失踪ってわけか」
「ヒマラヤ支部から勝手に逃げ出した、が正しいわ」
リュウもレイラも、同じ結論に辿り着いていたらしい。
ポルトロンは逃げ出した。
自分の安全を優先し、危険な状態のヒマラヤ支部を放棄したのだ。
彼とはほとんど関わりを持っていなかった俺でも、容易にそのことが想像できた。
(最悪だな……)
心の中で毒づく。
ポルトロンが支部の全員を見捨て逃げ出したのだとすれば、許されることではない。
だが、最悪なのはそのことではない。
報告によると、ポルトロンはアラガミ出現『直後』に脱出したという。
それだとおかしい。あまりに早過ぎるのだ。
支部は外より安全だ。保身の術に長けたポルトロンが、簡単に手放するとは思えない。
恐らく、ポルトロンには以前から確信があったのだ。支部に危険が迫る確信が……
だからポルトロンは逃げ出した。
身の安全を第一とするあの男が、ヒマラヤ支部を放棄するしかないと判断したのだ。
「…………」
「『 勝手に』逃げ出した、であればいいがな」
レイラの言葉を受けて、ゴドーはそう返した。
すでにポルトロンが逃げた原因を、把握しているような口ぶりだ。
「どういう意味です?」
胡乱げな視線を送るレイラに対し、ゴドーはもったいぶるようにして笑う。
「こういう意味だ」
サングラスの位置を直し、咳払いする。
それから俺たちを見据えて、静かに口を開く。
「今現在より、『勝手に』支部長代理となるゴドー・ヴァレンタインです。どうぞよろしく」
「はあ!?」
隣でレイラが素っ頓狂な声を上げる。
レイラが声を発していなければ、俺がそうしていたかもしれない。
「……勝手に支部長代理、というのは?」
「本部に問い合わせても支部長不在に対する指示がないんです。ですが今のままでは命令系統が無いのと同じですから」
一人、冷静なリュウの問いかけに、カリーナがすらすらと答えた。
すでに何度も検討を重ね、それしかないという結論に至ったのだろう。
カリーナはやや不安げに、ゴドーは面倒くさそうに見える。
「そういうわけで、不本意だが、俺が支部長代理をやるしかないってことになった」
本当に不本意なのだろう、嫌々という雰囲気を隠そうともしない。
「やりたい者がいたら、いつでも交代してやるがな?」
ゴドーが冗談とも本気とも取れる言葉を付け加え、何故かこちらに視線を寄越した。
俺に手を上げろとでも言いたげだ。
「嫌です」
「ですよねー……」
間を置かずに答えると、カリーナが苦笑を浮かべる。
俺は戦う以外に能のない男だ。冗談でも、人の上に立つ器があるとは考えられない。
「ま、仕方のないことだ」
あっさりと言うゴドーは、彼なりに今の状況を受け入れているのかもしれない。
案外殊勝なところがある……そう感心したのも束の間のこと。
「ただ、俺が支部長代理となると、第一部隊の隊長は兼任できない」
ゴドーはそう言って、再び俺に向き直っていた。
そうしてそのまま、唇の端を吊り上げて笑う。
「隊長代理として俺の後任を務めるのは……君だ」
「なっ……!?」
(俺が、隊長代理だと……?)
突然の指名に思考が追いつかず、俺はその場でフリーズする。
周囲を見渡せば、リュウも呆気にとられた様子でこちらを見ていた。
一方、レイラは烈火のような勢いで、ゴドーに向かい食って掛かる。
「ゴドー! 経験の浅い新人をリーダーにするっていうの!?」
「俺が考える隊長の条件は『強さ』だ。それ以外には無い」
レイラの追及も、ゴドーはどこ吹く風という様子だ。
「指揮能力とかではないんですか?」
俺より早く気を持ち直したリュウが、レイラに続いてゴドーに詰め寄る。
「強さだって、ゴドーは新人の彼が一番だと?」
ますます熱を帯びた様子のレイラも、噛みつくように前に出た。
「普通のアラガミとの戦闘だけであれば、リュウやレイラのほうが上かもしれん」
ヒートアップする二人の熱に、ゴドーは物怖じもせず平然と答える。
「だが、気配を消す白毛のアラガミを二度追い払い、俺には反応しなかったデカブツが反応した実績もある」
ゴドーは淡々と、ただ事実だけを並べていった。
「あの厄介な二体が現れた時、対処できるのは誰か? それも含めて、意見があれば言ってくれ」
「う……」
レイラが言葉に詰まり、短く呻いた。
反論の言葉が出てこない様子で、そのまま一歩引き下がる。
「……ゴドー隊長の判断が正しいと、理解しました」
一方のリュウは、戸惑いながらも一応納得のポーズを見せた。
それを見たレイラも、大きくため息をついてから姿勢を正す。
「納得はしていませんが、後任を決めるのはゴドーです。決定には従いましょう」
「と、いう訳だ。頼むぞ」
ゴドーはそう言って、俺の肩をポンと叩いた。
しかし、それで俺が納得できる訳でもない。
「支部長代理。少し考える時間を……」
「悪いが、すでに隊長代理の初仕事は決まっているんだ。やりながら考えてくれ」
ゴドーは俺の発言を遮った。反論の余地はなさそうだ。
「……了解です」
このヒマラヤ支部が危機的状況なのは重々承知だ。
俺一人のわがままで、指揮系統を乱す訳にもいかない。
隊長が向いているとは思えないが、任された以上はやるしかないのだろう。
そう考えて前を向くと、ゴドーが唇の端を歪めたのが見えた。
(俺の反応まで織り込み済みか……まったく、いい性格をしている)
ポルトロンも食えない男に見えたが、ゴドー相手では比較にもならない。
しかし、不思議と恨む気持ちになれないことが、新たな支部長の最も厄介なところかもしれない。
「ここで一度、我々が抱えている問題を整理するぞ。カリーナ、頼む」
支部長代理と隊長代理が決まった後、俺たちはそのまま今後の方針を話し合うことになった。
「では、説明いたします。……まずはアラガミの増加に関する調査ですが、これは継続します」
説明を任されたカリーナが、今後の指針を明らかにしていく。
「次にあの規格外の巨大アラガミ、以後はクベーラと呼称しますが、クベーラの所在地を探らねばなりません」
(クベーラか……)
あの黒い山のようなアラガミと対峙した時を思い出す。
尋常ではないあの大きさ、一切の攻撃を通さない堅い皮膚……考えるほどに絶望的な相手だ。
放置しておけば、今度は支部ごと潰されかねない。
「場所は分からないのかな?」
「残念ですが、観測範囲外に出てしまうと追跡できないんですよ。探しておかないと不安ですね」
リュウの疑問に、カリーナが申し訳なさそうに答えた。
「更に、白毛のアラガミことネブカドネザルは、常時警戒という対処になります」
「探すのは困難ですものね」
クベーラ、そしてネブカドネザル、どちらに対しても今のところ明確な対策はない。
不安の募る状況に、皆の表情は曇る一方だった。
「君たちが対応すべきは以上の三つだ。早速、任務に当たってくれ」
しかし、手を止める訳にはいかない。
俺たちはゴドーの言葉に頷き返し、作戦司令室を後にした。
任務に当たれとは言われたものの、現状できることはそう多くない。
クベーラもネブカドネザルも姿を現さない以上、自然とアラガミ増加の調査に赴くことになる。
ようするに、これまで通りの任務を続行するのだが、何もかも変わっていないかと言えば、そうではない。
いや、むしろ……
「まったく、わずか数日でこの変わりようとは……」
旧市街地に着いたところで、レイラがため息交じりに口を開いた。
彼女がそう言うのも無理はない。
アラガミはますます増えているようだし、クベーラやネブカドネザルが現れたことで、支部やその周辺を取り巻く空気もがらりと変わったように感じる。
更に追い打ちをかけるようにポルトロンが逃げ出し、支部長と隊長も代わった。
はっきり言って、変わっていないものを探すことのほうが難しい状況だ。
「人事代謝有り、往来古今を為す……人は皆、うつろい往くものさ」
それまで黙っていたリュウが、滔々と語った。
「人の移り変わりが歴史となる、何事も変わらずにいることはできない、という意味ですよ」
俺が意味を図りかねていると、リュウがにこやかに説明してくれる。
「ずいぶんと気楽なものね」
「覚悟ができている、と言ってもらいたいな」
蔑むようなレイラの言葉に、リュウが嘲るようにして返す。
「で、あなたはどうなの? ゴドーの代理として隊長になったわけだけど」
レイラはリュウの言葉を無視するようにして、俺に話を振った。
「困惑している」
もう少し言葉を選ぶべきだったかもしれないが、それが素直な感想だった。
「正直でよろしい。新人に部隊を率いろなんて、無茶にもほどがあるわ」
レイラは頷き、ゴドーの決定に対する不満を漏らした。
以前から、王族としての強い意識を持っていた彼女だ。
いきなり俺のような新人の部下につけと言われても、簡単に納得はできないだろう。
「でも、なってしまったものは仕方がありません」
(え……?)
レイラが強い眼差しで、俺を見据える。
「うまくやれるように、わたくしがサポートします」
(レイラが、俺のサポートを……?)
心強い発言だったが、今は困惑のほうが大きい。
彼女の口からそんな言葉を聞くことなど、想像もしていなかった。
「へえ、ゴドー隊長のサポートはしなかったのに?」
リュウも同じように感じたのだろう。レイラの発言に対し、皮肉っぽく茶々を入れる。
「人事代謝有り、なんて故事をのたまっておきながら、過去にこだわるのね?」
「古臭い貴族の流儀とやらへのこだわりも捨てたってのかい?」
「一夜で百が零になったりはしない。時間をかけて、変わっていく……歴史とはそういうものです」
「……」
どうやらレイラの中では、俺の下につくことについてすでに折り合いがついているらしい。
それも、貴族としてのプライドを捨てた訳でもなく、あくまで自然な成り行きとして。
(……『人を活かすため』に、ゴッドイーターになった、か)
以前、レイラがそう口にしていたことを思い出す。
俺は単に、周囲を守る決意なのだと理解していたが、どうもそれだけではなさそうだ。
軽視していたつもりはないが、レイラは俺の想像よりも遥かに高潔な精神の持ち主なのだろう。
「さあ、くだらない言い合いは新しいリーダーを困らせるだけよ。自重なさい」
「僕は最初から彼に好意的さ。誰かさんと違ってね」
「……その一言が余計なのよ……ッ!」
その高潔な精神も、リュウからの挑発を前にすると、軽々と吹き飛んでしまうらしいが……
とはいえ、俺が隊長になることについては、二人ともすでに受け入れてくれているらしい。
(上手くやれるかは分からないが、信頼には応えたいな)
そのためにも、まずは目の前の喧嘩をどう止めるべきか考えなければ……
しかし、それを悩む間もないうちに、レーダが反応を示した。
「二人とも、それくらいにしたほうが良さそうだ。この先に複数のアラガミが出た」
まだ何か言いたげな二人だったが、それを飲み込んで神機を構えた。
「どうしますか、隊長代理」
「散開して各個撃破に当たる。……いくぞっ」
指示と同時に、レイラとリュウが勢いよくアラガミに向け飛び出した。
ビルの影から現れた小型種がこちらに気がつくのを待たず、神機で一気に斬り伏せる。
(……流石だな)
戦いとなれば、レイラもリュウもエキスパートだ。先ほどまで喧嘩をしていたことが嘘のように、破竹の勢いで奮闘する。
俺も負けてはいられないと、目の前のオウガテイルに意識を集中させる。
咆哮を上げて飛びかかってきたオウガテイルの攻撃を、身を低くして避ける。
「――ふっ!」
すれ違いざまに、その肢体を神機で斬りつけた。
肉を裂く感触が手に伝わる。オウガテイルの体から血飛沫が飛んだ。
体勢を崩したオウガテイルは、頭から地面に激突し、そのままその体を横滑りさせていった。
そうして土煙を舞い上げた後、オウガテイルは力なくその場に伏せた。
「ふぅ……」
戦闘はほどなくして終わった。
警戒を解いてオウガテイルを捕喰していると、戦闘を終えたリュウとレイラが合流してくる。
「問題はなかったな」
「ええ。小型種であれば、これまで通り各個撃破で事足ります」
リュウとレイラが、先の戦闘について振り返りはじめた。
俺としても及第点、可もなく不可もなしというところか。だが……
「問題は、連携が必要な戦いになった時にどうなるか、ね」
やはり、懸念はそのことだろう。
中型種以上の力を持つアラガミや、あの巨大なクベーラのようなアラガミに対処する場合には、隊員同士の協力が不可欠になっていくはずだ。
しかし、以前にチームを組んだ時から、俺たちは連携らしい連携をしたことがなかった。
「やれるさ。誰かさんが前衛の役割を果たしてくれればね」
前向きな言葉のなかに最大限の皮肉を込めて、リュウが言った。
標的にされたレイラは眉根をひそめる。
「……期待されている、ということにしておきます」
レイラは相手にしないという風に言葉を返すが、言葉の裏側から怒気がにじみ出ている。
(どう転んでも、言い争いになるのか……)
様々な問題を抱えるヒマラヤ支部のなかにあって、目下最大の悩みの種が人間関係というのはどうなのだろう。
しかし、活気がないよりはいいかもしれない。
絶望的な状況下のヒマラヤ支部において、塞ぎ込むことなく、前向きに戦い続ける彼らの姿は、ある種尊いものではないだろうか。
(こう言えば、ゴドーも納得……しないだろうな)
募る不安から目を背けるのにも限界がある。
とはいえ考え過ぎても仕方がないと、俺は思考の一部を放棄することにした。
「ふむ……ポルトロン支部長は、各支部に支援を要請したが、いい返事を得られなかったわけだ」
「はい、少し前から誰にも相談せずに、独断で行なっていたみたいですよ」
新生第一部隊を任務に向かわせた後、俺は無駄に豪奢な支部長室で、カリーナからの報告を受けていた。
腰かけた革張りの椅子の感触が、どうにも慣れない。
なんとなく決まりが悪いような気分になりながらも、俺は本来ここに座っているはずだった人物について考えを巡らせていた。
「本部が支援を『検討中』で放置とはな。これでは恐ろしくなって逃げもする……彼ならば」
ポルトロンとの付き合いは短くない。
お世辞にも有能とは言えない男だったが、自分の身を守る能力に関してだけは、ずば抜けたものを持っていた。
(そのために支部を放棄して逃げ出すなど、正気の沙汰ではないがな……)
「極東支部に連絡をしなかったのは、マリアの件を隠ぺいするためか。結局、キャリアに傷をつけないどころじゃなくなってしまったが」
「因果応報、ってやつでしょうか」
「ああ、我が身可愛さの度を越して、判断を誤ったんだな」
コンピューターに残されたデータを探ってみるものの、これ以上目新しい情報はなさそうだ。
ただ、大筋は掴めたと言っていいだろう。そろそろ次の手を打つ必要がある。
「フェンリル本部に、後任支部長の手配を要請しますか?」
俺の考えを察したのか、カリーナが先に提案をしてきた。
「もちろんだ。初仕事が後任を寄越せ、というのもおかしな話だがな」
「事実はどこまで伝えるんですか?」
「そうだな、アラガミの増加、クベーラの出現、ポルトロンの逃亡、ここまででいい」
ヒマラヤ支部が急を要していると本部が理解すれば、今はそれでいいだろう。
「支援はしてもらえるでしょうか?」
カリーナの言葉の中には、不安の色が入り混じっている。
「期待はしない。ヒマラヤ支部も自給自足可能なアーコロジーだ、しばらくは持つさ」
アーコロジーとは、生産から消費活動までが、施設の中で完結している、いわゆる完全環境都市のことだ。
地下には食料や資源、神機などの各種物資生産を行うプラントも存在している。当面はこれまで通り機能するだろう。
「でもそれじゃ、いずれは……」
「ああ、もう一度クベーラが現れるまでに手を打たんとな」
それができなければ、このヒマラヤ支部は壊滅する。
子供でも分かる事実を、わざわざ口にする必要はない。そんな時間があるなら、解決策を探すことに費やすべきだろう。
「はぁー……それにしてもこの状況で、ポルトロン支部長はどこへ行ったんでしょう?」
やり場のない気持ちを、カリーナは再びポルトロンへと向けていた。
(ポルトロンの居場所か……)
分かったところで、状況が改善する訳でもない。
正直なところ、俺はすでに彼からほとんど興味を失っていた。
「……あの世じゃないか?」
「ひどッ!!」
思いついたまま口にすると、カリーナがいつものように反応した。
この状況を作った男に対してまだ良心が働くのか、そう思うとついつい口元が緩むのを感じた。
広場に集まる俺たち第一部隊の前に、報告書を携えたカリーナが姿を現す。
カリーナは疲れの見える、暗い表情を浮かべていた。
いいニュースは期待できない雰囲気だったが、それでも俺たちはカリーナからの報告を待った。
「ポルトロン支部長に関する調査報告です」
大きく息を吐きだしてから、カリーナは静かに話しはじめた。
「……支部長は昨日の巨大なアラガミ反応が出たとの報を受けた直後に、ヘリで本ヒマラヤ支部を去ったようです」
「……!」
「行き先は不明。本部および各支部に問い合わせてみましたが、返答なしです」
アラガミ出現の報告を受けた直後に、支部を去ってそのまま行方知れず……
それがどういうことを意味するのか。考えられる可能性は、そう多くはないだろう。
「失踪ってわけか」
「ヒマラヤ支部から勝手に逃げ出した、が正しいわ」
リュウもレイラも、同じ結論に辿り着いていたらしい。
ポルトロンは逃げ出した。
自分の安全を優先し、危険な状態のヒマラヤ支部を放棄したのだ。
彼とはほとんど関わりを持っていなかった俺でも、容易にそのことが想像できた。
(最悪だな……)
心の中で毒づく。
ポルトロンが支部の全員を見捨て逃げ出したのだとすれば、許されることではない。
だが、最悪なのはそのことではない。
報告によると、ポルトロンはアラガミ出現『直後』に脱出したという。
それだとおかしい。あまりに早過ぎるのだ。
支部は外より安全だ。保身の術に長けたポルトロンが、簡単に手放するとは思えない。
恐らく、ポルトロンには以前から確信があったのだ。支部に危険が迫る確信が……
だからポルトロンは逃げ出した。
身の安全を第一とするあの男が、ヒマラヤ支部を放棄するしかないと判断したのだ。
「…………」
「『 勝手に』逃げ出した、であればいいがな」
レイラの言葉を受けて、ゴドーはそう返した。
すでにポルトロンが逃げた原因を、把握しているような口ぶりだ。
「どういう意味です?」
胡乱げな視線を送るレイラに対し、ゴドーはもったいぶるようにして笑う。
「こういう意味だ」
サングラスの位置を直し、咳払いする。
それから俺たちを見据えて、静かに口を開く。
「今現在より、『勝手に』支部長代理となるゴドー・ヴァレンタインです。どうぞよろしく」
「はあ!?」
隣でレイラが素っ頓狂な声を上げる。
レイラが声を発していなければ、俺がそうしていたかもしれない。
「……勝手に支部長代理、というのは?」
「本部に問い合わせても支部長不在に対する指示がないんです。ですが今のままでは命令系統が無いのと同じですから」
一人、冷静なリュウの問いかけに、カリーナがすらすらと答えた。
すでに何度も検討を重ね、それしかないという結論に至ったのだろう。
カリーナはやや不安げに、ゴドーは面倒くさそうに見える。
「そういうわけで、不本意だが、俺が支部長代理をやるしかないってことになった」
本当に不本意なのだろう、嫌々という雰囲気を隠そうともしない。
「やりたい者がいたら、いつでも交代してやるがな?」
ゴドーが冗談とも本気とも取れる言葉を付け加え、何故かこちらに視線を寄越した。
俺に手を上げろとでも言いたげだ。
「嫌です」
「ですよねー……」
間を置かずに答えると、カリーナが苦笑を浮かべる。
俺は戦う以外に能のない男だ。冗談でも、人の上に立つ器があるとは考えられない。
「ま、仕方のないことだ」
あっさりと言うゴドーは、彼なりに今の状況を受け入れているのかもしれない。
案外殊勝なところがある……そう感心したのも束の間のこと。
「ただ、俺が支部長代理となると、第一部隊の隊長は兼任できない」
ゴドーはそう言って、再び俺に向き直っていた。
そうしてそのまま、唇の端を吊り上げて笑う。
「隊長代理として俺の後任を務めるのは……君だ」
「なっ……!?」
(俺が、隊長代理だと……?)
突然の指名に思考が追いつかず、俺はその場でフリーズする。
周囲を見渡せば、リュウも呆気にとられた様子でこちらを見ていた。
一方、レイラは烈火のような勢いで、ゴドーに向かい食って掛かる。
「ゴドー! 経験の浅い新人をリーダーにするっていうの!?」

レイラの追及も、ゴドーはどこ吹く風という様子だ。
「指揮能力とかではないんですか?」
俺より早く気を持ち直したリュウが、レイラに続いてゴドーに詰め寄る。
「強さだって、ゴドーは新人の彼が一番だと?」
ますます熱を帯びた様子のレイラも、噛みつくように前に出た。
「普通のアラガミとの戦闘だけであれば、リュウやレイラのほうが上かもしれん」
ヒートアップする二人の熱に、ゴドーは物怖じもせず平然と答える。
「だが、気配を消す白毛のアラガミを二度追い払い、俺には反応しなかったデカブツが反応した実績もある」
ゴドーは淡々と、ただ事実だけを並べていった。
「あの厄介な二体が現れた時、対処できるのは誰か? それも含めて、意見があれば言ってくれ」
「う……」
レイラが言葉に詰まり、短く呻いた。

「……ゴドー隊長の判断が正しいと、理解しました」
一方のリュウは、戸惑いながらも一応納得のポーズを見せた。
それを見たレイラも、大きくため息をついてから姿勢を正す。
「納得はしていませんが、後任を決めるのはゴドーです。決定には従いましょう」
「と、いう訳だ。頼むぞ」
ゴドーはそう言って、俺の肩をポンと叩いた。
しかし、それで俺が納得できる訳でもない。
「支部長代理。少し考える時間を……」
「悪いが、すでに隊長代理の初仕事は決まっているんだ。やりながら考えてくれ」
ゴドーは俺の発言を遮った。反論の余地はなさそうだ。
「……了解です」
このヒマラヤ支部が危機的状況なのは重々承知だ。
俺一人のわがままで、指揮系統を乱す訳にもいかない。
隊長が向いているとは思えないが、任された以上はやるしかないのだろう。
そう考えて前を向くと、ゴドーが唇の端を歪めたのが見えた。
(俺の反応まで織り込み済みか……まったく、いい性格をしている)
ポルトロンも食えない男に見えたが、ゴドー相手では比較にもならない。
しかし、不思議と恨む気持ちになれないことが、新たな支部長の最も厄介なところかもしれない。
「ここで一度、我々が抱えている問題を整理するぞ。カリーナ、頼む」
支部長代理と隊長代理が決まった後、俺たちはそのまま今後の方針を話し合うことになった。
「では、説明いたします。……まずはアラガミの増加に関する調査ですが、これは継続します」
説明を任されたカリーナが、今後の指針を明らかにしていく。
「次にあの規格外の巨大アラガミ、以後はクベーラと呼称しますが、クベーラの所在地を探らねばなりません」
(クベーラか……)
あの黒い山のようなアラガミと対峙した時を思い出す。
尋常ではないあの大きさ、一切の攻撃を通さない堅い皮膚……考えるほどに絶望的な相手だ。
放置しておけば、今度は支部ごと潰されかねない。
「場所は分からないのかな?」
「残念ですが、観測範囲外に出てしまうと追跡できないんですよ。探しておかないと不安ですね」
リュウの疑問に、カリーナが申し訳なさそうに答えた。
「更に、白毛のアラガミことネブカドネザルは、常時警戒という対処になります」
「探すのは困難ですものね」
クベーラ、そしてネブカドネザル、どちらに対しても今のところ明確な対策はない。
不安の募る状況に、皆の表情は曇る一方だった。
「君たちが対応すべきは以上の三つだ。早速、任務に当たってくれ」
しかし、手を止める訳にはいかない。
俺たちはゴドーの言葉に頷き返し、作戦司令室を後にした。
任務に当たれとは言われたものの、現状できることはそう多くない。
クベーラもネブカドネザルも姿を現さない以上、自然とアラガミ増加の調査に赴くことになる。
ようするに、これまで通りの任務を続行するのだが、何もかも変わっていないかと言えば、そうではない。
いや、むしろ……
「まったく、わずか数日でこの変わりようとは……」
旧市街地に着いたところで、レイラがため息交じりに口を開いた。
彼女がそう言うのも無理はない。
アラガミはますます増えているようだし、クベーラやネブカドネザルが現れたことで、支部やその周辺を取り巻く空気もがらりと変わったように感じる。
更に追い打ちをかけるようにポルトロンが逃げ出し、支部長と隊長も代わった。
はっきり言って、変わっていないものを探すことのほうが難しい状況だ。
「人事代謝有り、往来古今を為す……人は皆、うつろい往くものさ」
それまで黙っていたリュウが、滔々と語った。
「人の移り変わりが歴史となる、何事も変わらずにいることはできない、という意味ですよ」
俺が意味を図りかねていると、リュウがにこやかに説明してくれる。
「ずいぶんと気楽なものね」
「覚悟ができている、と言ってもらいたいな」
蔑むようなレイラの言葉に、リュウが嘲るようにして返す。
「で、あなたはどうなの? ゴドーの代理として隊長になったわけだけど」
レイラはリュウの言葉を無視するようにして、俺に話を振った。
「困惑している」
もう少し言葉を選ぶべきだったかもしれないが、それが素直な感想だった。
「正直でよろしい。新人に部隊を率いろなんて、無茶にもほどがあるわ」
レイラは頷き、ゴドーの決定に対する不満を漏らした。
以前から、王族としての強い意識を持っていた彼女だ。
いきなり俺のような新人の部下につけと言われても、簡単に納得はできないだろう。
「でも、なってしまったものは仕方がありません」
(え……?)
レイラが強い眼差しで、俺を見据える。
「うまくやれるように、わたくしがサポートします」
(レイラが、俺のサポートを……?)
心強い発言だったが、今は困惑のほうが大きい。
彼女の口からそんな言葉を聞くことなど、想像もしていなかった。
「へえ、ゴドー隊長のサポートはしなかったのに?」
リュウも同じように感じたのだろう。レイラの発言に対し、皮肉っぽく茶々を入れる。
「人事代謝有り、なんて故事をのたまっておきながら、過去にこだわるのね?」
「古臭い貴族の流儀とやらへのこだわりも捨てたってのかい?」
「一夜で百が零になったりはしない。時間をかけて、変わっていく……歴史とはそういうものです」
「……」
どうやらレイラの中では、俺の下につくことについてすでに折り合いがついているらしい。
それも、貴族としてのプライドを捨てた訳でもなく、あくまで自然な成り行きとして。
(……『人を活かすため』に、ゴッドイーターになった、か)
以前、レイラがそう口にしていたことを思い出す。
俺は単に、周囲を守る決意なのだと理解していたが、どうもそれだけではなさそうだ。
軽視していたつもりはないが、レイラは俺の想像よりも遥かに高潔な精神の持ち主なのだろう。
「さあ、くだらない言い合いは新しいリーダーを困らせるだけよ。自重なさい」
「僕は最初から彼に好意的さ。誰かさんと違ってね」
「……その一言が余計なのよ……ッ!」
その高潔な精神も、リュウからの挑発を前にすると、軽々と吹き飛んでしまうらしいが……
とはいえ、俺が隊長になることについては、二人ともすでに受け入れてくれているらしい。
(上手くやれるかは分からないが、信頼には応えたいな)
そのためにも、まずは目の前の喧嘩をどう止めるべきか考えなければ……
しかし、それを悩む間もないうちに、レーダが反応を示した。
「二人とも、それくらいにしたほうが良さそうだ。この先に複数のアラガミが出た」
まだ何か言いたげな二人だったが、それを飲み込んで神機を構えた。
「どうしますか、隊長代理」
「散開して各個撃破に当たる。……いくぞっ」
指示と同時に、レイラとリュウが勢いよくアラガミに向け飛び出した。
ビルの影から現れた小型種がこちらに気がつくのを待たず、神機で一気に斬り伏せる。
(……流石だな)
戦いとなれば、レイラもリュウもエキスパートだ。先ほどまで喧嘩をしていたことが嘘のように、破竹の勢いで奮闘する。
俺も負けてはいられないと、目の前のオウガテイルに意識を集中させる。
咆哮を上げて飛びかかってきたオウガテイルの攻撃を、身を低くして避ける。
「――ふっ!」
すれ違いざまに、その肢体を神機で斬りつけた。
肉を裂く感触が手に伝わる。オウガテイルの体から血飛沫が飛んだ。
体勢を崩したオウガテイルは、頭から地面に激突し、そのままその体を横滑りさせていった。
そうして土煙を舞い上げた後、オウガテイルは力なくその場に伏せた。
「ふぅ……」
戦闘はほどなくして終わった。
警戒を解いてオウガテイルを捕喰していると、戦闘を終えたリュウとレイラが合流してくる。
「問題はなかったな」
「ええ。小型種であれば、これまで通り各個撃破で事足ります」
リュウとレイラが、先の戦闘について振り返りはじめた。
俺としても及第点、可もなく不可もなしというところか。だが……
「問題は、連携が必要な戦いになった時にどうなるか、ね」
やはり、懸念はそのことだろう。
中型種以上の力を持つアラガミや、あの巨大なクベーラのようなアラガミに対処する場合には、隊員同士の協力が不可欠になっていくはずだ。
しかし、以前にチームを組んだ時から、俺たちは連携らしい連携をしたことがなかった。
「やれるさ。誰かさんが前衛の役割を果たしてくれればね」
前向きな言葉のなかに最大限の皮肉を込めて、リュウが言った。
標的にされたレイラは眉根をひそめる。
「……期待されている、ということにしておきます」
レイラは相手にしないという風に言葉を返すが、言葉の裏側から怒気がにじみ出ている。
(どう転んでも、言い争いになるのか……)
様々な問題を抱えるヒマラヤ支部のなかにあって、目下最大の悩みの種が人間関係というのはどうなのだろう。
しかし、活気がないよりはいいかもしれない。
絶望的な状況下のヒマラヤ支部において、塞ぎ込むことなく、前向きに戦い続ける彼らの姿は、ある種尊いものではないだろうか。
(こう言えば、ゴドーも納得……しないだろうな)
募る不安から目を背けるのにも限界がある。
とはいえ考え過ぎても仕方がないと、俺は思考の一部を放棄することにした。
「ふむ……ポルトロン支部長は、各支部に支援を要請したが、いい返事を得られなかったわけだ」
「はい、少し前から誰にも相談せずに、独断で行なっていたみたいですよ」
新生第一部隊を任務に向かわせた後、俺は無駄に豪奢な支部長室で、カリーナからの報告を受けていた。
腰かけた革張りの椅子の感触が、どうにも慣れない。
なんとなく決まりが悪いような気分になりながらも、俺は本来ここに座っているはずだった人物について考えを巡らせていた。
「本部が支援を『検討中』で放置とはな。これでは恐ろしくなって逃げもする……彼ならば」
ポルトロンとの付き合いは短くない。
お世辞にも有能とは言えない男だったが、自分の身を守る能力に関してだけは、ずば抜けたものを持っていた。
(そのために支部を放棄して逃げ出すなど、正気の沙汰ではないがな……)
「極東支部に連絡をしなかったのは、マリアの件を隠ぺいするためか。結局、キャリアに傷をつけないどころじゃなくなってしまったが」
「因果応報、ってやつでしょうか」
「ああ、我が身可愛さの度を越して、判断を誤ったんだな」
コンピューターに残されたデータを探ってみるものの、これ以上目新しい情報はなさそうだ。
ただ、大筋は掴めたと言っていいだろう。そろそろ次の手を打つ必要がある。
「フェンリル本部に、後任支部長の手配を要請しますか?」
俺の考えを察したのか、カリーナが先に提案をしてきた。
「もちろんだ。初仕事が後任を寄越せ、というのもおかしな話だがな」
「事実はどこまで伝えるんですか?」
「そうだな、アラガミの増加、クベーラの出現、ポルトロンの逃亡、ここまででいい」
ヒマラヤ支部が急を要していると本部が理解すれば、今はそれでいいだろう。
「支援はしてもらえるでしょうか?」
カリーナの言葉の中には、不安の色が入り混じっている。
「期待はしない。ヒマラヤ支部も自給自足可能なアーコロジーだ、しばらくは持つさ」
アーコロジーとは、生産から消費活動までが、施設の中で完結している、いわゆる完全環境都市のことだ。
地下には食料や資源、神機などの各種物資生産を行うプラントも存在している。当面はこれまで通り機能するだろう。
「でもそれじゃ、いずれは……」
「ああ、もう一度クベーラが現れるまでに手を打たんとな」
それができなければ、このヒマラヤ支部は壊滅する。
子供でも分かる事実を、わざわざ口にする必要はない。そんな時間があるなら、解決策を探すことに費やすべきだろう。
「はぁー……それにしてもこの状況で、ポルトロン支部長はどこへ行ったんでしょう?」
やり場のない気持ちを、カリーナは再びポルトロンへと向けていた。
(ポルトロンの居場所か……)
分かったところで、状況が改善する訳でもない。
正直なところ、俺はすでに彼からほとんど興味を失っていた。
「……あの世じゃないか?」
「ひどッ!!」
思いついたまま口にすると、カリーナがいつものように反応した。
この状況を作った男に対してまだ良心が働くのか、そう思うとついつい口元が緩むのを感じた。