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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第五章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~5章-5話~

 鉄に囲まれたJJの仕事場……神機整備場は今、しんと静まり返っていた。
 昼夜を問わず響いている機械の動作音や、工具が鉄を打つ音が全くしないというのは、なかなか違和感のあるものだった。
 しかし、そのほうがかえって好都合だろう。今日はメンテナンスをするために、この場所を訪れた訳ではないのだから。
「あーあー、もしもし神機さん、聞こえますか?」
 静寂を破り、JJが間延びした声をあげる。
 その言葉に反応して、白い髪の女性が姿を現した。
「私は神機そのものではありませんが、聞こえています」
 彼女の言葉は、JJには聞こえていない。
 JJは不安そうな表情で、俺のほうを向いた。
「あー、伝わっているか?」
「ええ、大丈夫です」
 不安そうに言ったJJに向けて、女性に代わって俺から答える。
 白い髪の女性――JJが言う『神機さん』は、俺にしか存在を感知できない。
 それにも関わらず、支部の人々はよく、俺を介して対話を試みようとすることがある。親交を深めようとする者、その正体を探ろうとする者、あるいは単に興味本位……その目的は様々だ。
 JJも例外ではなく、今日は彼の依頼で『神機さん』との会話を助けることになっていた。……そのために整備場を完全に止めてしまうのだから、JJも相当な気の入れようだ。
 とはいえ、姿も声も聞こえない相手との会話というのは、相当違和感のあるものなのだろう。
 JJは眉をひそめて辺りを窺ってみせた後、一度大きく咳払いをし、姿勢を正した。
「どうにも変な気分だが、まあいい」
 硬そうな髭を撫でながら、JJは言葉を続ける。
「これまでセイの神機はアラガミを捕喰することで出力が向上、アビスファクターなんていう機能も解放された。ネブカドネザルを感知できる最長距離も伸び、セイが言うには、会話できる時間と内容も充実してきたって?」
「はい」
いつもの無表情を崩さず、彼女が答える。
 JJに視線を寄越すと、彼は真剣な表情で頷いた。
 彼の場合は、神機の整備士という立場もあって全てが興味本位という訳でもない。
 この機会に、彼女のことを深く知りたいのだろう。
 そんな彼が相手だからこそ、俺も彼女たちの会話には興味があった。
「最初ははい、いいえの返事しかできなかったんだってな? 言葉も短くて、喋り方も機械じみていたとか」
「ええ。誰かの言葉に興味を持つようなことも、全くありませんでした」
 慎重に尋ねたJJが、なるほどと頷き宙に視線を向ける。
 実際彼女は、短い期間のなかで、大きく変化をしていった。
 だが、その変化は一足飛びのものではなく、徐々に変化し続けた結果だ。
 見た目や表情は相変わらずだが、恐らく最近も、俺には見えない部分で進化し続けているのだろう。
「それは神機の出力不足で、アラガミをたくさん捕喰することで改善されていった、ということでいいのか?」
「はい」
 女性は白い髪をなびかせ、最初の問いかけと全く同じ動作で頷く。
 彼女の返事を伝えると、JJはニヤリと口角を吊り上げた。
「よしよし、最初期の『アラガミが不足』と言っていた意味と合致する!」
「……どういうことでしょうか?」
 俺の問いに、JJは楽しげに答えた。
「ほら、お前さんが言ってただろう? 神機さんが言ってたって」

 ――アラガミが不足しています……不足……。

 JJの言葉で、ザイゴート討伐時に彼女が呟いていたことを思い出す。
「あれは捕喰によって、この神機が進化成長することを伝えていたんだな」
「……なるほど」
「まあ、普通はアラガミが不足、なんて言われても訳が分からんわな」
 そう言って、わざとらしく大きな溜息を吐く。
 JJが呆れるのも分かる。あの時の俺は、彼女の正体も機能も、何もかも分からなかったのだから、あれだけ言われても困惑するしかなかった。
「では、初期の頃も、アラガミを捕喰しながら僅かに進化していた可能性がありますね」
「ああ。変化が明確になったのは、アビスファクターが使えるようになった時だ。ウロヴォロスを捕喰した影響がでかかったんだろうなあ」
 深く頷いたJJに向けて、彼女が付け足すように言う。
「ウロヴォロスは大変美味でした。もちろん、アラガミに味というものは無いのですが」
「…………」
 彼女の言葉に、思わず顔が引きつった。
 アラガミの味という話は、以前にもドロシーたちを交えてしたことがある。
 どうもその時のことを意識しているらしい。彼女なりに無意味な会話というものを再現してみたいのかもしれないが……それにしたって話題が話題だ。
 ともあれ、彼女の言葉をそのまま伝えると、JJは存外動揺もなく頷いてみせた。
「察するに、うまくて栄養価が高いもんを喰った、てなとこだろうな」
 なるほど……彼女を人間的として捉えれば、より強いアラガミを捕喰することで成長が促進されるというのは納得がいく。必要なエネルギーを美味と感じるのも的外れな話ではない。
 JJは笑いながら、自身の髭をひと撫でした。
「さて、確認はここまでとして、ぼちぼち本題に入るぞ。お前さんはマリアではなく神機でもない、そう言ったんだよなあ?」
「はい」
 彼女は、機械的に頷く。
 俺の通訳を待った後、JJは続いて問いかける。
「じゃあ、お前さんは自分を何だと思う?」
 JJは、真剣な瞳を向けている。その目は対話の相手を捉えていないものの、相手が眼前にいることは確信しているらしい。
 だから対話の主もまた、JJを見据えながら口を開いた。
「私に回答できる情報群の中には、正解がありません」
 返答は味気ないものだった。そのままJJに伝えると、彼はもどかしそうに眉を寄せる。
 それでもJJは引かなかった。
「正解じゃあなくていいんだ。自分でこうだと思う、というイメージや想像でいいから教えてくれ」
 どうやら、JJは何がなんでも彼女の手がかりを掴みたいらしい。
 だが……
「不明です」
 彼女の言葉をそのまま伝えると、JJはぐっと言葉に力を込める。
「……そこを何とか」
「不明です」
 何を言われようと、女性の返答は変わらない。
 そうなるとJJが折れるしかないだろう。
「なるほど……」
 彼女の返答を聞き、JJは肩を落とす……
 かと思ったが、目の前の男は、何故かニヤリと笑ってみせる。
「……ありがとな、だいたい分かった」
「分かった?」
 俺が尋ねると、JJは得意げに頷いてみせる。
「まず、神機さんは自分が何者かという情報を持っていない。そして、自分が何者かを思考、分析する能力も持っていない」
 俺はその言葉を聞き、先程までの問いの意図を理解した。
 JJが相手にしつこく問いかけていたのは、エンジニアとしての義務感や自身の好奇心からではなかった。
 彼女の返答を注意深く聞き、その思考パターンを捉えようとしていたのだ。
(さすが、ヒマラヤ支部の名エンジニアというべきか……)
 神機に詳しいJJなら、新たな視点から彼女を知ることができるかもしれない。
「今後、彼女が何者か分かる可能性はあるのでしょうか?」
「まだ情報を持っていないだけで、これからの成長次第かもしれんな。それから返答を窺うに、感情もないと見ていいだろう」
 俺の問いに対し、JJは髭をいじりながら答えた。
(感情がない……か)
 本当にそうなのだろうか。確かに、これまで俺は、彼女が表情を変えるのを見たこともない。
 だが、感情があるかのような仕草や口調については、何度か目の当たりにしたことがあった。
 そうしたものは……やはり俺の、単なる感傷に過ぎないのだろうか。
 いずれにせよ、考えたところで答えは出そうにない。
「他に何か気になることはありましたか?」
「そうだな。これは話をしてみた結論だが……」
 JJは、ふと俺のほうに向き直り、豪快に肩を震わせた。
「面白い!」
「……おもしろい?」
 楽しげに笑っているJJに対し、白髪の女性は不思議そうに首を傾げている。
 俺も気を抜いていたら、彼女と同様の反応をしていただろう。
 唖然としている俺たちに目もくれず、JJは愉快そうに語る。
「良かったな、セイ。こいつは長いエンジニア人生の中でも、飛び抜けて面白い神機さんだ」
 白髪の女性が何か言いたそうに俺に視線を向けるが、今は何も答えなかった。
 恐らく、彼女はJJが笑っている理由を知りたいのだろうが……むしろ俺が知りたいくらいだ。
(エンジニアという人種は、よく分からないな……)
 実生活に関わろうが関わるまいが、彼らは見たことのないものや新しいものに興味を持ち、探求し続ける。
 いつも自分のことで精一杯な俺には、あまり想像のつかない世界だ。
 俺の呆れた雰囲気に気づいたのか、JJは俺の肩を軽く叩いた。
「おっと、そろそろお前さんは任務の時間だな! リュウとレイラにサポートを頼まれているんだろう? 行ってこい」
「はい」
 その言葉の後、JJは視線を宙に向ける。
「神機さんは、戻ってきたらメンテだ。またよろしくな?」
「ありがとうございます。行ってまいります」
 社交辞令のような、事務的な態度。
 何も特別なことを言ってはいないが、俺を介して彼女の言葉を聞いたJJは、大げさに身を震わせた。
「……おおっ! このやりとり、この感覚……ッ! 忘れていた何かを思い出しちまったかもしれんぜ……」
 そう言ってJJは、何故かサングラスを外し目頭を押さえてみせた。
 涙ぐむほどの興奮を見せるJJを横目に、俺は改めて考える。
 JJの考えていることは、やはり俺には理解できない。



「リュウの素材獲得とわたくしの巡回討伐の合同任務です。確認事項があれば今のうちに」
 激しい戦いの後が残る廃墟街に、レイラの澄んだ声が響いた。
 彼女はゆっくりと俺たちを見渡し、質問を待つ。
 それに対し、気に食わなさそうに腕を組んでみせたのがリュウだ。
「すぐに始めよう。大事なのは仕留める数とスピードだ」
 そんなリュウの言葉を受けて、今度はレイラが眉をひそめる。
「……アラガミ素材を手に入れることが最優先ではないの?」
「そっちこそ、効率至上主義じゃなかったのか?」
 そう言って、二人はバチバチと火花を散らし合った。
 それほど時間が経っているわけでもないが、なんとなく懐かしさを覚える光景だ。
 とはいえ、目の前に立っているのは以前の二人ではない。
「効率も大事、でもそれが最重要ではなかったの。戦闘前なので説明は省きますが」
「そうか……。僕も素材獲りに関して認識が少し変わった。同じく、説明は省略だ」
 二人とも、それぞれが受け持つ任務をこなす過程で、心境も変化してきたらしい。
 互いに向け合う敵意の強さも、以前ほど熾烈なものではない。
「では、全員準備はいいな?」
 とはいえ、何もかもが変わり、解決している訳でもない。
 俺の問いに、二人は張り合うようにして頷いた。



  鈍い斬撃音の後、アラガミの体躯が地面に崩れ落ちる。
 追撃しようと神機を構えていたリュウは、動かなくなったアラガミを前に大きな溜息をついた。
「はぁ……はぁ……っ、終わった……っ!」
「まったく、毎日毎日、倒しても……ッ! ふぅ……っ!」
 リュウが額に滲んだ汗を拭いつつ天を仰ぐと、レイラもまた、荒い息を吐きながら膝をついた。
「レイラは毎日、こんなペースで戦っているのか? あんなインファイトで……よくやる」
「リュウこそ、アラガミごとに狙いを変えて立ち回るなんて……めんどくさい、いえ器用なことをずっと……呆れたものだわ」
 肩で息をしながら、二人は互いに鋭い視線を向けている。
 戦闘中はそれなりに連携も見せていたというのに、戦いが終わればこの変わりようだ。
 恒例の口喧嘩には辟易としてしまうが、しかし今日は少し様子が違う。
 リュウの素材獲得任務のために、レイラは積極的に彼をフォローしたし、リュウは巡回討伐のスケジュールを気にしてか、ほとんど戦いに遊びを入れ込まなかった。
 そうしたことを考えながらの戦闘になる分、二人の負担も大きかったようだが……互いの領分に踏み込まず、むしろ尊重して戦い切ってみせるなど、以前の二人ならありえなかったことだ。
「はぁ……。ま、こだわりを死なずに続けているってのは、大したものだ」
 冷たい視線を向けていたリュウが、ふとその視線を逸らす。
 レイラはリュウの様子を見て、軽く息を吐いた。
「大したもの、ですか……。今の言葉をそのままお返しします。倒すだけでも大変だっていうのに」
「慣れさ」
「そういうことなのでしょうね。……最近、ようやく分かってきました」
 憎み合うような言葉のトーンこそ変わらないものの、その台詞の中にトゲはない。役割が変わることで、互いに客観視し合えるようになったのかもしれない。
 なんにせよ、今は二人のことを労おう。そう考えて、レイラとリュウのもとに歩み寄る。
「お疲れ様」
 しかし、普段と変わらない調子で話したにも関わらず、二人は眉を寄せてこちらを見た。
「八神さんは、元気ですね……。戦闘で手抜きをしているとは全然思えませんが……」
 リュウの言葉の後、レイラは汗を拭い、神機を支えにしながら立ち上がった。
「無傷で涼しく戦っている訳でもないのに……。その、疲れてもいないみたいな感じは何なのです?」
 どうして俺が詰め寄られているのだろう。
 二人が争わない代わりに、俺が恨まれるのでは仕方ないのだが……
 不服にこちらを見る二人を前に、思わず一歩後退する。
「……疲れてはいる」
「それでも、確実にわたくしたちよりは消耗が少ないはずです」
「…………」
 今まで、自分の身体能力について深く考えたことはなかった。
 すぐに可能性として思いつくのは……
「日々の鍛錬の成果なのかもしれないな」
 レイラは俺の返答が気にいらなかったのか、少しムッとしたような表情をした。
 どうも返答を間違えたらしい。口を固く結んだレイラの代わりに、今度はリュウが口を開く。
「実戦経験だけでいったら、僕たちのほうが上のはずです」
「……仰る通りで」
 俺もこの支部に来てから、毎日休む間もなくアラガミと戦い続けてはいるが、それでも目的のために恒常的に戦い続けている二人とは、蓄積していく経験の量は比較にならないだろう。
「普通に考えれば、素の能力を排除した要因があるはずですが……となるとやはり――」
 二人は俺の頭から足先までじっと眺め、言い放つ。

「その神機じゃないんですか」
「神機に何かあるんでしょう?」

 疑うような、あるいは問いただすようなその視線を受けて、俺は目線を宙に泳がせた。
「そうなのか……?」
 俺の窮地を察知してか、隣に白髪の女性が現れる。
「この神機とあなたの体を巡るオラクルの循環が良好であることは、間違いありません。好調な理由の一つとしてよいでしょう」
「……なるほど」
 言葉通りに受け取るなら、神機とよく適合している、といったところだろうか。
 その言葉を聞いて、いくつか合点がいったところがある。
 この神機で戦うようになってから、どうにも『思うように動け過ぎている』ところがあった。
 強大なアラガミと戦う時、無理と思えるような場面や状況を、いくつも潜り抜けてきた。
 そうした場面ではいつも彼女が……この神機が、知らない間に俺を助けてくれていたらしい。
(彼女には、もう少し感謝しなければいけないのかもな……)
 彼女がマリアに似すぎているから。知らず知らずのうちに遠ざけがちな白髪の女性だが、彼女が俺に与えてくれているものは想像以上に多そうだ。
 と、一人納得していたところで、レイラとリュウが、更に一歩、にじり寄ってくる。
「やはり、理由があるのですね。なら……」
「忙しいでしょうけど、遠慮せずにサポートを依頼してもよさそうですね」
「いや、それは……」
 どこまで二人が俺に任せるつもりか、それを聞くのが恐ろしくなり言いよどむ。
「もちろん、できる範囲での助力はするが……」
 俺の言葉を最後まで聞かず、二人は無機質な目で俺を見る。
「スケジュールを組み直します。八神さんの参加予定を増やさなくては」
「僕も予定を組み替えるから、あとで日程の重複を調整しよう」
「待て。俺は……」
 ゴドーの手伝いもやっているのだが……
「今回みたいな合同任務を作るのは?」
「名案だ、検討しよう」
 俺の意志とは関わらず、リュウとレイラは、着々と予定を組んでいく。
 仲間のサポートをすることも、そのために自分の力を必要としてくれることも悪くはない。
 むしろ進んでやりたいくらいだ。
 なのだが、何故こうまで睨まれるのかが釈然としない。
 言外に、ルール違反を責められているような心地がするが……
「……」
(しかし二人とも、今まで遠慮していたのか……)
 レイラやリュウが、様々な形で悩み、苦しんでいることはよく知っている。
 それでも俺に頼らず、二人はそれぞれに戦いを続けようとしていた。
 それは、俺が頼りないからではないのか。俺がもっと隊長補佐らしく動けていたなら、二人の負担ももっと減らせていたのではないか……
 そう考えていると、白い髪の女性が不意に口を開いた。
「任務の増加には問題ありません」
 ……なるほど。彼女も俺に『やれ』と言っているらしい。
 いや、そうではない。彼女がレイラたちに力を貸すためには、俺の協力が必要なのだ。
 そうなればあとは……
(神機のメンテをするJJと、ゴドー隊長に確認が必要か)



「レイラとリュウのサポートに出る回数を増やしたい、か……」
 ゴドーはそこまで反芻してから、隣で神機をチェックするJJに声をかけた。
「JJ、君の意見は?」
「最近は戦闘後の損耗が以前よりマシになった。いけるんじゃあないか?」
 JJは軽い口調で答えたが、神機に向ける表情は真剣そのものだ。
「神機に問題なければ、止める理由もない。俺もJJと同意見だ」
 ゴドーは軽く頷くと、俺のほうに向き直る。
 薄暗いサングラス越しに、ゴドーの鋭い視線と目が合った。
「リュウとレイラは担当する役割に慣れてきた。これからは、いかに欠点を克服して自分の能力を伸ばしていくかが鍵になってくる」
 ゴドーは低い声で、淡々と語る。
「だが、自力で成長していくことは簡単じゃない。何度も思い悩むことがあるだろう。今が一番サポートをつけて成長させたい時期だ……二人を支えてやってくれ」
「……分かりました」
 断る理由はないだろう。
 信頼には応えなければならない。無論、俺の力が及ぶ範囲でという話にはなるが……
 そこまで話したところで、ゴドーは愉快そうに口角をニヤリと上げた。
「一番キャリアが浅い君に頼むのも、おかしい話だがな」
 そう言いつつ、近くにあった簡素な椅子に腰かける。
 座った直後、作業をしていたJJがふと顔を上げた。神機のメンテナンスが終わったらしい。
「ほらよ、神機さんによろしくな」
 厚い手で神機を支えながら、JJは俺にそれを差し出してくる。
 受け取ろうとした瞬間、JJはニッと歯を見せて笑みを作った。
「神機の力があるとはいえ、お前さんの適応能力は賞賛に値するぜ」
「……神機のおかげです」
 実力不足は自覚している。俺は単に、仲間と運と……彼女に恵まれただけだ。
 レイラやリュウが不満に思うのもよく分かる。
 俺の力は、全て彼女からの借りものだ。そういう意味では、まさに付け焼刃と言える。
 そんなことを考えながら神機に触れると、俺の鼻先に彼女が現れた。
「いえ、あなたの力です」
「……なっ!?」
 あまりの近さに驚いた俺は、その場で態勢を崩しかける。
 俺の様子に何か勘づいたのか、JJは楽しそうな表情でこちらを見た。
「おっ? 今、出たのか?」
「はい。急に……」
 答えつつも、俺が驚いた理由はそれではない。
 彼女の登場は、これまでもいつも唐突だった。しかし、彼女が俺に反論したのは、これが初めてではないだろうか……
「よくコミュニケーションを取っているようだな。その調子でいってくれ」
 俺とJJの様子を冷静に眺めながら、ゴドーがニヤリと笑みを浮かべる。
「出撃が多くなり、捕喰するアラガミも増えれば進化成長にも良い影響があるだろう。サポートの増加に関しては、俺からクロエ支部長に了解を取っておく」
「……ありがとうございます」
「ただし、不調を感じたらすぐに言ってくれ……忘れるな」
「了解です」
 俺がそう答えた後、彼女もまた白髪をなびかせて頷いた。
「私もコンディションはモニタリングしています。問題があれば報告いたします」
 アラガミの討伐を行う通常任務に、リュウとレイラ、それからゴドーのサポート任務。
 そして、この『神機さん』の調査任務……
 並べてみればタスクは多いが、それでも最近は、少し落ち着いた時間が続いていたように感じる。
 だが、それもひと時のものだったのかもしれない。
(これからは、更に忙しくなりそうだな……)
 そう考えると、辟易とする気持ちも当然ある。
 しかし一方で、俺は不思議な高揚感も感じていた。
 あの最悪な状況のヒマラヤ支部で、戦い続けてきたせいだろうか。
 もしかすると、俺は自分で思う以上に、多忙の中に身を置きたい性分なのかもしれない。

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