CONTENTS
「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第五章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~5章-3話~
「ああ、隊長補佐。お疲れ様です」
広場を訪れたところで、リュウがいつもの落ち着いた口調で話しかけてきた。
「今日は、一緒に出撃する予定でしたね」
「ああ。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
言いながら、リュウは服についている埃をぱっぱっと払いのける。
出撃以外の時間を使って、リュウはクロエに任命された対アラガミ装甲壁の補修作業を続けていた。アラガミ討伐の合間に補修作業もやるとなると、休む暇もほとんどないだろう。
それでもリュウは、疲れを表情には見せない。
土埃に汚れ、普段よりくたびれた様子の衣服だけが、リュウの仕事ぶりを物語っていた。
「壁の補修状況は?」
「支部の全ゴッドイーターから必要なアラガミ素材を徴収させてもらい、ほぼ破損個所を補修し終えました」
リュウはさらりと答える。
アラガミを討伐しに行ったところで、肝心の壁が壊れたままでは、相手にこちらの急所を晒しているようなものだ。だからこそ、壁の補修は急ぐ必要があったのだが……
壁が破損した範囲は広く、修復に必要なアラガミ素材の不足は深刻だった。
それを完全とは言わずとも、この短期間で補修し終えてみせるとは……その手際の良さには、感心せずにいられない。
「無理したんじゃないか?」
「いえ、僕はスケジュール通りの仕事をしただけです。進捗が良かったのは、レイラとゴドー隊長が大量のアラガミ素材を提供してくれたからですよ」
リュウは謙遜するようにそう言った。表情にはあまり出さないが、仲間たちのおかげという言葉も全てが社交辞令という訳でもなさそうだ。
そのことがかえって気になった。
好敵手であるレイラにリュウが、素直に感謝の言葉を向けるだろうか……そう考えていると、彼の表情に更に影が差した。
「入手した素材はほぼ全部こっちに回してくれたようで、なんと言っていいか……」
また彼らしくもない、しおらしい発言だ。
確かに、ここ最近のレイラやゴドーの活躍は目覚ましいものがある。
しかし……慢性的な素材不足の中、補修のためにと駆け回ったリュウの労苦も、彼らに劣るものではない。卑下する必要などどこにもないが……
「……」
と、そこで、リュウはふと何かを考えるような表情をした。
「どうかしたのか?」
「……本当は、壁の補修担当は断りたかったんです」
俺が訝しんでいると、リュウは迷うようにしながらそう言った。
「そうなのか?」
希少なアラガミやその素材収集を主とした任務だ。
アラガミ素材の収集に拘っていたリュウは、喜んで引き受けたのかと思っていたが……
「仕事が嫌だという訳ではないんですが……」
リュウはそう言って言葉を濁す。奥歯に物が詰まったような、スッキリとしない物言いだ。
何か、気にかかることでもあるのだろうか。
「……おっと、任務の時間ですね! 行きましょう」
かける言葉を探していると、リュウは唐突に話題を変えてきた。
そのまま気持ちを切り替えるように、テキパキと出撃の準備をはじめる。
(リュウは今、何を言おうとしたんだ……?)
何かから目を背けるようにして、リュウは急ぎ足で支度を終わらせていく。
彼に合わせて出撃準備を整えながらも、その疑問は脳裏にこびりつき、離れなかった。
深夜。俺は市街地の荒れた道を、リュウと踏み分けながら進んでいた。
もう何度も任務で通ってきた道だが、夜になればまた印象も変わる。
欠けたビル群の歪な影が、折り重なるようにして地上を覆いつくしている。
暗闇の中での交戦は本来避けたいが、目標となるアラガミがその闇の中に巣食っている以上、避けて通る訳にもいかない。
俺たちの歩みには、いつもとは違う緊張がこもっていた。
「隊長補佐。この任務では、ヒマラヤでは初めて出現したアラガミとの交戦が予想されています」
「ああ、分かった」
次々と出没する新種……これも、ヒマラヤ支部のアラガミが増加傾向にある影響だろうか。
今回は標的が多い訳でもないが、データにない敵との交戦となると油断はできない。
戦闘に備え、一層気持ちを引き締める。
「接敵したらどうする?」
「当然、アラガミ素材を手に入れて持ち帰ります」
「ああ、そうだな」
「素材の獲得は僕に任せて、隊長補佐はアラガミを倒すことに集中してください」
歩きながらも、念を押すようにリュウは話す。
素材獲得をできる限り優先する、リュウのいつものスタンスである。その信念は揺るぎない。
とはいえ、以前に比べればリュウもチームとしての戦いも尊重するようになってきている。
それほど無謀な行動は取らないだろう。だが……
「どうかしましたか?」
「いや……」
先にリュウの殊勝な姿を見ていたせいだろうか。
素材優先のいつものリュウの姿を見て、俺は少し安心感を覚えていた。
「素材は任せた。……無茶は程々にな」
「ええ、程々に」
俺が言うと、リュウは薄っすら笑みを浮かべて答えた。
「それじゃあ、始めましょう」
「隊長補佐、あれを……!」
先頭を歩いていたリュウが、何かを見つけた様子で俺に手招きした。
屈み込んでリュウに近づくと、物陰に隠れて彼が指さす方向へ目を移す。
見たことのないアラガミがそこにいた。
「あれが……アルレッキーノ、か」
そのアラガミ――アルレッキーノは、人のような姿かたちをしている。
不自然なバランスの体躯だった。
全体的には筋肉質で巨大なのだが、同時に細身な印象も受ける。
二の腕は太いが、肘から手先までが細かった。
同様に、太ももは分厚いが、その脛は骨しかないかのように細い。
第一、肩と背中から四本の引き締まった腕が生えており、上半身は相当重たいはずなのだが、それを支えるための足先と、胴回りが有り得ない程に細過ぎた。
威容……いや、むしろ異様と呼ぶべきか。どこまでも不自然なそのシルエットは、おぞましく、そして不気味だった。
赤い仮面と巨大なヤギのような角、宙から垂れ下がる長い尻尾と併せてヤツを形容するならば、悪魔の化身か。それとも単に、道化と呼ぶべきものだろうか。
そのおかしなアラガミが、俺たちの目の前に仰向けになって倒れていた。
「どういうこと……なのでしょうか」
戦うまでもなく、すでにアラガミが倒れている……そんな異様な状況を前に、俺たちは次の行動を決めかねていた。
「他のゴッドイーターに倒されたのでしょうか……? あるいは、交戦中に逃げ出して、ここで力尽きたのか……」
「いや……それにしては身体に傷がないし、腐敗している様子もない」
俺たちは物陰に隠れ、しばらくアルレッキーノの様子を探る。
しかし、その後しばらく見ていても、状況に変化はなかった。
そこでリュウが、ため息をつきつつ立ち上がる。
「……付近にアラガミが潜んでいる気配もありませんし、素材を回収してしまいましょうか」
「待て」
俺はリュウの動きを片手で制すると、もう片方の手を自身の口元に当てた。
そうして黙ったまま、周囲の音を聞くことに集中する。
すると、風の音に交じって、低くくぐもった音が響いてくるのが分かった。
ごくわずかな音だったが……それは、アルレッキーノのほうから聞こえた。
「これは……いびきじゃないか?」
「まさか、ヤツは眠っていたと……?」
驚きと呆れの混じった声色でリュウが呟く。
信じられないが、俺にもヤツが寝息を立てているように見えた。
「ゴッドイーターの接近に気がついていないのか? なんて間抜けな……」
「リュウ、迂闊に近づくのは……」
「心配ありませんよ。これほど接近するまで気づかなかったような図太い相手です。……それに、素材を狙うには絶好の機会ですから」
俺の制止を聞かず、リュウは警戒を解いてアルレッキーノに近づいていく。
それでもアルレッキーノが目を覚ます気配はない。
確かに、考え過ぎで好機を逃すのも考えものだが……
妙に気になるのは、ヤツの風貌が不気味だからだろうか。
リュウが静かにヤツのほうへ近づいていく。
砂利を踏みながら進んでいく音が、俺のところまではっきりと聞こえる。
アルレッキーノの静かな寝息は、その間も絶えることなく一定のリズムで響き続ける。
(一定のリズムで……?)
不意に気がつく。
ヤツのいびきは、詰まることも音量が変わることもない。あまりにも癖がなさ過ぎた。
「――リュウッ!」
リュウがこちらを振り向いた瞬間――
ヤツは上体を起こし、駄々をこねるように四本の腕を振り回した。
「なっ……!」
幸い、動作の大きいその攻撃が、リュウに当たることはなかった。
しかし何が起きたのか分からないリュウの混乱は続く。
「狸寝入りだ……!」
間違いない。
ヤツは俺たちを誘い出すために、眠ったふりをしていたのだ。
「まさか……ッ!」
笑いかけたリュウの頬を、ヤツの爪先が撫でた。
アルレッキーノは動揺するリュウをあざ笑うかのように、その場で見事なバク宙を決めてみせる。
そうしながらも、天狗のように長い鼻の伸びた顔は、俺たちの姿をしっかりと見つめている。
「グルル……ッ!」
(まずい!)
咄嗟にリュウが襲われることを危惧するが、ヤツの狙いはこちらだった。
声をあげたアルレッキーノが一瞬で間合いを詰めてくる。
「八神さん!」
リュウが神機を近接武器形態に切り替え、ヤツの背後から一気に斬りかかる。
しかし、アルレッキーノは特異なステップを踏みながら器用に巨体を躍動させ、ひらりとひらりと刃を躱していく。
「くっ……こいつ!」
リュウはなおも斬撃を加えようと手数を増やすが、アルレッキーノは、その攻撃をのらりくらりと避け続ける。
そして不意に彼の懐まで飛びこむと、その四つの腕を矢継ぎ早に突き出し、息もつかせぬ連打を見せた。
リュウはガードしようとするが、その拳撃に、軽々と身体を弾き飛ばされる。
「ぐぅ……っ!」
「リュウ!」
リュウを助けようと、アルレッキーノに斬りかかる。
するとヤツは、今度は片手で体を支え、足を浮かせて高速回転し、鋭い蹴りを繰り出してきた。
曲芸のような派手な動きだが、隙もない。これでは迂闊に近寄ることも難しい。
「一旦離脱だ!」
「はい……!」
俺とリュウは呼応し合って、ヤツから距離を取ろうとする。
そんな俺たちの動きを見て取ったアルレッキーノが、尻尾の先をこちらに向けた。
そこからふわりと、虹色を内包した半透明の球体が宙に浮く。
さながらシャボン玉のようなそれは、しかしヤツの手から離れると、重力を伴って俺たちのほうへと落ちてきた。
「なっ!?」
人を包み込むほどの大きさに膨れ上がったその球は、着弾と同時に大きく弾けて霧散する。
とっさに横へ跳んだが、その衝撃で俺の身体は激しく吹き飛んだ。
「これは……厄介だな」
立ち上がりつつ呟いた。その間も、相手の動きからは目を離さない。
ヤツが次に何をするつもりなのか……先の展開が全く読めないからだ。
神機を持つ手に自然と力が入り、強張っていた。
嫌な相手だ……こちらの感情を読み、それを逆手に取ってくる。
アルレッキーノは俺たちを嘲笑うかのように、猿のように小刻みなステップを踏んでいる。
そうして、手のひら大のシャボン玉を作ったかと思うと、今度はそれでお手玉をはじめた。
その姿は、まさに人を食った道化師のようである。
「アルレッキーノ……想像以上に厄介な相手ですね」
「……だが、あいつの素材がどうしても必要なんだろう?」
「それはそうですが……どうする気ですか?」
リュウの問いかけに、俺は少し思案し……
「俺が囮になろう」
リュウに目配せをしてから、俺はそのまま飛び出した。
「はぁ……言うと思いましたよ」
背後でリュウが動き出した気配を感じつつ、アルレッキーノの眼前へと突っ込んでいく。
しかしアルレッキーノは、敢えて俺を無視するようにして、リュウに近づいていこうとする。
その慢心が、斜に構えた戦闘スタイルがヤツの強さであり、そのまま弱点と言えるだろう。
型破りな奇策には、理に適った正攻法だ。
俺は相手の腕が飛んでくる瞬間を見計らって躱し、そのまま背後へと回り込む。
アルレッキーノはその動きを読んでいたかのように、上半身を回転させてそれを避ける。
同時に手数を増やすと、四本の腕を巧みに使い分け、フェイントを交えながらこちらに迫ってくる。
……ここで一つ一つの腕の動きを追いかけていては、とても対応できないだろう。
「ふっ……!」
だから俺は、真っ直ぐにヤツの懐を目指した。
ヤツが驚き、拳を畳んで俺の背中に打ちつける。
しかし溜めのないパンチの威力など知れている。
それが二つだろうが四つだろうが――変わらない……ッ!
「グオオオオオ!」
体勢を崩そうと、ヤツが足払いをしようとする。
既に腕を封じ、選択肢は狭めてある。
こうなればヤツが仕掛けそうな奇手を読むのも容易い。飛び上がり、ヤツの体幹だけを見据えて神機を突き出す。
アルレッキーノは大袈裟に態勢を崩してそれを受ける。身体を流すことで攻撃のダメージを逃がしているのだろう。
有効な手だ。……一対一の場面に限っては。
「リュウ……!」
アルレッキーノの死角に迫ったリュウが、ギリギリのバランスで立ったヤツの下半身へ素早く斬撃を繰り出した。
「グウゥ!?」
「どうだぁ……ッ!」
不意の一撃に、アルレッキーノは無様に尻もちをつく。
再び駄々っ子のようにしてもがくと、腕で身体を支えながら足技を繰り出してきた。
俺とリュウが距離を取ると、アルレッキーノは跳ねて立ち上がり、目の前にシャボン玉で巨大な鏡の壁のようなものを作り出す。
見たことのない新たな技だが、いまさら躊躇する必要もない。……冷静に正面を避けて戦えばいいし、何しろこちらは二人いる。
リュウがアルレッキーノの背後から斬りかかると同時に、俺も正面から刃を振り下ろした。
鏡のなかに自分の顔が映る。それがリュウの攻撃によって弾け、あぶくになって飛んでいく。
その先にあるアルレッキーの胴体を、俺の神機は確かに引き裂いていた。
「グアアアアアアアッ!」
そのまま一気に畳みかける。
連続で繰り出される斬撃に、アルレッキーノは苦悶の色を隠さず咆哮をあげた。
俺たちを振り払うように腕をばたつかせ、回避行動を取ろうとする。
それを待たずに、俺とリュウは追撃に走る。
「でやああああああああ!」
「カ……ッ!」
渾身の一撃を浴びせると、アルレッキーノの体から力が抜けた。
足元がおぼつかなくなり、よろめきながら徐々に動きが鈍くなる。
そうしてヤツの巨体は、ゆらりと大地に崩れ落ちた。
「……今度は寝たふりじゃありませんよね」
リュウの言葉を聞き、アルレッキーノに再び目を向ける。
少なくとも、寝息は聞こえてこなかった。
倒したアルレッキーノから、その素材を回収していく。
あらかた作業を終えてから、リュウはふうっと一息ついた。
「狙っていた素材は確保できました。ありがとうございます、隊長補佐」
「ああ」
「…………」
リュウはそこで、神妙な面持ちを浮かべてみせた。
そんな彼の姿を見て、戦闘の前にあった違和感を再び覚える。
以前までであれば珍しい素材を得た時、リュウは興奮し、喜びをそのままに表現していた。
だが、今日のリュウはどこまでも落ち着いている。
戦闘中からそうだ。
アラガミに物怖じないのは以前からそうだが、それにしても冷静に戦えていたように思う。
もちろん、いいことには違いないのだが……
「どうかしましたか?」
「いや……せっかくいい素材が手に入ったのに、喜ばないんだな」
「……ええ、まあ。今はこういうことを毎日続けていますからね」
慣れてしまったのだというように、リュウは肩をすくめてみせる。
しかし、あれだけ素材にこだわっていたリュウが、そう簡単に慣れてしまうものだろうか。
「何か不満があるのか?」
今回の任務に向かう前、彼は『補修担当は断りたかった』と漏らしていた。
そのことと何か関係があるのではないか……そう思い、リュウを見つめる。
「いえ……」
リュウはその視線に気がつかないようにして俯いていたが、俺が視線を逸らさないまま見ていると、観念し大きくため息を吐いた。
「……隊長補佐は、この希少なアラガミ素材の価値を知っていますか?」
「何?」
「中国支部にある闇の流通市場に出品したら、法外な値が付くんです」
リュウはそう言って、薄く笑う。
「中国支部……確か、リュウの出身地は……」
「ええ。僕の実家、ホーオーカンパニーは中国支部にあります。……それから、居住区に住む人々がフェンリルに無認可で運営する秘密の流通市場、なんてものもあるんですよ」
「……いわゆる闇市というヤツか」
世の中には、フェンリルから通商許可を得て正規の値段で取引を行う商人もいれば、法外な値段を吹っ掛けて商品を売りつける悪徳商人たちもいる。
生き残るためには手段を選んでいられない時代だ。
人の足元を見る連中は多かれ少なかれどこにでもいるが、とはいえ市場ができる程に、そういう連中が集まっているというのは異常に感じる。
「中国支部の住民たちは元から人口が多く、独立意識も高くて、フェンリルの統治に従わない者も多かったんです」
俺の疑問を察してか、リュウが解説してくれる。
「そんな人々は、支部外に資材を持ち出して居住地を建設していました。そこで、防壁作りに必要なアラガミ素材が高値で売買されている訳です」
「そうか……」
中国支部の環境については少し分かった。
しかしそれが今、リュウが落ち込んでいることに、どう関係があるのだろう。
尋ねたかったが、そうするとリュウは口をつぐんでしまう気がした。
リュウは暗い表情で続きを語る。
彼が何を伝えたいのか……俺はそれを理解しようと集中する。
「売買だけならまだしも、物資の奪い合いにより治安も悪化しました。人間同士でも争いが絶えない……僕の故郷はそんな支部なんですよ」
「……なるほどな」
なんと答えるべきなのか分からず、曖昧に返す。
それと比べれば、ヒマラヤ支部はどれだけ平穏なことだろう。
アラガミの脅威や、先の不安などはある。
しかし、このヒマラヤ支部では住民同士のトラブルは日常茶飯事のものでもないし、俺も今日まで、そうした場面に遭遇したことはない。
そうした揉め事が少ない理由はいくつか考えられる。ゴドーやクロエの活躍に、そもそもの環境が悪いこと、人口がそこまで多くないことも影響しているだろう。
だが、油断は禁物だ。集団となった人間は、時にアラガミ以上の脅威になる。
事実、リュウが話しているのはそう言う話だ。
「統治者であるフェンリルを嫌う人々は、ホーオーカンパニーをフェンリルと癒着した悪徳企業だとして略奪の対象にします」
リュウは吐き捨てるようにして笑う。その目には、冷たい光が宿っていた。
「神機の製造メーカーとして高い収益をあげていた頃は、働き口として有り難く思われていたのに……業績が低下してからはひどいものです。……僕の家族や従業員たちは、日々誘拐や暴動に怯えながら、なんとか会社を守っています」
彼にしてみればひどく歪んだ、おかしな話だろう。
リュウの家族たちは、アラガミを倒し人々を守るために神機を作ってきた。
しかし同時に、彼は守ろうとしているはずの、まさにその人々に敵意を向けられている。
恐らく、彼自身もその中で幾度となく修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
「アラガミだけじゃなく、人間も怖い……いや、人間のほうが怖い」
語気を荒げながらリュウが言う。
それは恨みや怒りの表情にも、恐怖に震え、助けを求める顔にも見えた。
「……僕は、そう思っていますよ」
「……そうかもしれないな」
アラガミの脅威を前に、人間同士が争っている場合じゃない。そう口にするのは簡単だ。
しかし、それでも現実として、人間は争いを続けている。そのことから目は背けられない。
俺が答えると、リュウは寂しげな表情をこちらに向けた。
「……あなたや第一部隊の仲間は怖くない、そう思いたいですね」
「ああ、当たり前だ」
「…………」
リュウがうっすら笑みを浮かべる。その目の中には、あの冷たい光がどこまでも深く宿っている。
孤独と焦燥感、そうしたものの先にある達観……そんな感情をないまぜにして、リュウは普段から戦場に向かい合っているのだろう。
「……っと、失礼しました! こんな話は知らなくても良かったですよね。つい……口から出てしまいました」
リュウは苦笑しながら会話を打ち切る。
「毎日こうして支部のためにアラガミ素材を集めていると、実家のことを思い出してしまって……」
「……いや、話してくれて良かった」
「そう……ですか?」
「ああ」
リュウは人間が怖いと言った。
だが、そんなリュウもまた人間だった。
ゴッドイーターは人間ではないと、心無い人々から揶揄されることがある。
実際俺も、自身のことを兵器のように感じてしまうことがあるが……
少なくともリュウの中には、彼が周囲から受けてきた愛情や幸福が、しっかりと息づいているように感じた。
そういう人間は信用できる。
確かにリュウは、様々な人間の闇を見てきた分、すれたところも持ち合わせている。
この荒廃した世界を冷静に観察しながら生きていく中で、人間社会に対する諦念も抱くようになったのだろう。
だがそれでも、家族の力になるために、彼は己の危険を顧みることなくアラガミ討伐に打ち込んできた。
マリアが俺に、そうしてくれたように。
俺が仲間たちに、そうしていきたいと願うように。
彼も自身の大切なもののために戦っている。……そう確信できたのは収穫だった。
「あの……それから一つ、お願いしてもいいですか?」
リュウはきまりが悪そうに俺を見る。
「その……このことは、みんなには黙っていてもらえるとありがたいです。知って、いい気がするものでもありませんから……すみません」
「ああ、分かった」
誰だって語りたくないことはある。大切なこと……家族のことになればなおさらだ。
他のヒマラヤ支部のメンバーのことも思い出す。きっとそれぞれが、胸に何かしら強い想いを抱きながら戦っているのだろう。
もちろん、俺も同じだった。
一番守りたかった人たち――マリアや弟妹はもういない。その過去が今さら変わるはずもない。
だが……今の俺には、新たに守りたい人たちができていた。
仲間を守るためならば、俺はどんなことでもするだろう。きっと、リュウもそれと同じなのだ。
(……リュウがアラガミを恐れない理由が、少し見えた気がするな)
様々な想いの末に、このヒマラヤ支部で……ゴッドイーターたちは活動をしている。
俺は改めて、そのことを強く感じていた。
「ああ、隊長補佐。お疲れ様です」
広場を訪れたところで、リュウがいつもの落ち着いた口調で話しかけてきた。
「今日は、一緒に出撃する予定でしたね」
「ああ。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
言いながら、リュウは服についている埃をぱっぱっと払いのける。
出撃以外の時間を使って、リュウはクロエに任命された対アラガミ装甲壁の補修作業を続けていた。アラガミ討伐の合間に補修作業もやるとなると、休む暇もほとんどないだろう。
それでもリュウは、疲れを表情には見せない。
土埃に汚れ、普段よりくたびれた様子の衣服だけが、リュウの仕事ぶりを物語っていた。
「壁の補修状況は?」
「支部の全ゴッドイーターから必要なアラガミ素材を徴収させてもらい、ほぼ破損個所を補修し終えました」
リュウはさらりと答える。
アラガミを討伐しに行ったところで、肝心の壁が壊れたままでは、相手にこちらの急所を晒しているようなものだ。だからこそ、壁の補修は急ぐ必要があったのだが……
壁が破損した範囲は広く、修復に必要なアラガミ素材の不足は深刻だった。
それを完全とは言わずとも、この短期間で補修し終えてみせるとは……その手際の良さには、感心せずにいられない。
「無理したんじゃないか?」
「いえ、僕はスケジュール通りの仕事をしただけです。進捗が良かったのは、レイラとゴドー隊長が大量のアラガミ素材を提供してくれたからですよ」
リュウは謙遜するようにそう言った。表情にはあまり出さないが、仲間たちのおかげという言葉も全てが社交辞令という訳でもなさそうだ。
そのことがかえって気になった。
好敵手であるレイラにリュウが、素直に感謝の言葉を向けるだろうか……そう考えていると、彼の表情に更に影が差した。
「入手した素材はほぼ全部こっちに回してくれたようで、なんと言っていいか……」
また彼らしくもない、しおらしい発言だ。
確かに、ここ最近のレイラやゴドーの活躍は目覚ましいものがある。
しかし……慢性的な素材不足の中、補修のためにと駆け回ったリュウの労苦も、彼らに劣るものではない。卑下する必要などどこにもないが……
「……」
と、そこで、リュウはふと何かを考えるような表情をした。
「どうかしたのか?」
「……本当は、壁の補修担当は断りたかったんです」
俺が訝しんでいると、リュウは迷うようにしながらそう言った。
「そうなのか?」
希少なアラガミやその素材収集を主とした任務だ。
アラガミ素材の収集に拘っていたリュウは、喜んで引き受けたのかと思っていたが……
「仕事が嫌だという訳ではないんですが……」
リュウはそう言って言葉を濁す。奥歯に物が詰まったような、スッキリとしない物言いだ。
何か、気にかかることでもあるのだろうか。
「……おっと、任務の時間ですね! 行きましょう」
かける言葉を探していると、リュウは唐突に話題を変えてきた。
そのまま気持ちを切り替えるように、テキパキと出撃の準備をはじめる。
(リュウは今、何を言おうとしたんだ……?)
何かから目を背けるようにして、リュウは急ぎ足で支度を終わらせていく。
彼に合わせて出撃準備を整えながらも、その疑問は脳裏にこびりつき、離れなかった。
深夜。俺は市街地の荒れた道を、リュウと踏み分けながら進んでいた。
もう何度も任務で通ってきた道だが、夜になればまた印象も変わる。
欠けたビル群の歪な影が、折り重なるようにして地上を覆いつくしている。
暗闇の中での交戦は本来避けたいが、目標となるアラガミがその闇の中に巣食っている以上、避けて通る訳にもいかない。
俺たちの歩みには、いつもとは違う緊張がこもっていた。
「隊長補佐。この任務では、ヒマラヤでは初めて出現したアラガミとの交戦が予想されています」
「ああ、分かった」
次々と出没する新種……これも、ヒマラヤ支部のアラガミが増加傾向にある影響だろうか。
今回は標的が多い訳でもないが、データにない敵との交戦となると油断はできない。
戦闘に備え、一層気持ちを引き締める。
「接敵したらどうする?」
「当然、アラガミ素材を手に入れて持ち帰ります」
「ああ、そうだな」
「素材の獲得は僕に任せて、隊長補佐はアラガミを倒すことに集中してください」
歩きながらも、念を押すようにリュウは話す。
素材獲得をできる限り優先する、リュウのいつものスタンスである。その信念は揺るぎない。
とはいえ、以前に比べればリュウもチームとしての戦いも尊重するようになってきている。
それほど無謀な行動は取らないだろう。だが……
「どうかしましたか?」
「いや……」
先にリュウの殊勝な姿を見ていたせいだろうか。
素材優先のいつものリュウの姿を見て、俺は少し安心感を覚えていた。
「素材は任せた。……無茶は程々にな」
「ええ、程々に」
俺が言うと、リュウは薄っすら笑みを浮かべて答えた。
「それじゃあ、始めましょう」
「隊長補佐、あれを……!」
先頭を歩いていたリュウが、何かを見つけた様子で俺に手招きした。
屈み込んでリュウに近づくと、物陰に隠れて彼が指さす方向へ目を移す。
見たことのないアラガミがそこにいた。
「あれが……アルレッキーノ、か」
そのアラガミ――アルレッキーノは、人のような姿かたちをしている。
不自然なバランスの体躯だった。
全体的には筋肉質で巨大なのだが、同時に細身な印象も受ける。
二の腕は太いが、肘から手先までが細かった。
同様に、太ももは分厚いが、その脛は骨しかないかのように細い。
第一、肩と背中から四本の引き締まった腕が生えており、上半身は相当重たいはずなのだが、それを支えるための足先と、胴回りが有り得ない程に細過ぎた。
威容……いや、むしろ異様と呼ぶべきか。どこまでも不自然なそのシルエットは、おぞましく、そして不気味だった。
赤い仮面と巨大なヤギのような角、宙から垂れ下がる長い尻尾と併せてヤツを形容するならば、悪魔の化身か。それとも単に、道化と呼ぶべきものだろうか。
そのおかしなアラガミが、俺たちの目の前に仰向けになって倒れていた。
「どういうこと……なのでしょうか」
戦うまでもなく、すでにアラガミが倒れている……そんな異様な状況を前に、俺たちは次の行動を決めかねていた。
「他のゴッドイーターに倒されたのでしょうか……? あるいは、交戦中に逃げ出して、ここで力尽きたのか……」
「いや……それにしては身体に傷がないし、腐敗している様子もない」
俺たちは物陰に隠れ、しばらくアルレッキーノの様子を探る。
しかし、その後しばらく見ていても、状況に変化はなかった。
そこでリュウが、ため息をつきつつ立ち上がる。
「……付近にアラガミが潜んでいる気配もありませんし、素材を回収してしまいましょうか」
「待て」
俺はリュウの動きを片手で制すると、もう片方の手を自身の口元に当てた。
そうして黙ったまま、周囲の音を聞くことに集中する。
すると、風の音に交じって、低くくぐもった音が響いてくるのが分かった。
ごくわずかな音だったが……それは、アルレッキーノのほうから聞こえた。
「これは……いびきじゃないか?」
「まさか、ヤツは眠っていたと……?」
驚きと呆れの混じった声色でリュウが呟く。
信じられないが、俺にもヤツが寝息を立てているように見えた。
「ゴッドイーターの接近に気がついていないのか? なんて間抜けな……」
「リュウ、迂闊に近づくのは……」
「心配ありませんよ。これほど接近するまで気づかなかったような図太い相手です。……それに、素材を狙うには絶好の機会ですから」
俺の制止を聞かず、リュウは警戒を解いてアルレッキーノに近づいていく。
それでもアルレッキーノが目を覚ます気配はない。
確かに、考え過ぎで好機を逃すのも考えものだが……
妙に気になるのは、ヤツの風貌が不気味だからだろうか。
リュウが静かにヤツのほうへ近づいていく。
砂利を踏みながら進んでいく音が、俺のところまではっきりと聞こえる。
アルレッキーノの静かな寝息は、その間も絶えることなく一定のリズムで響き続ける。
(一定のリズムで……?)
不意に気がつく。
ヤツのいびきは、詰まることも音量が変わることもない。あまりにも癖がなさ過ぎた。
「――リュウッ!」
リュウがこちらを振り向いた瞬間――
ヤツは上体を起こし、駄々をこねるように四本の腕を振り回した。
「なっ……!」
幸い、動作の大きいその攻撃が、リュウに当たることはなかった。
しかし何が起きたのか分からないリュウの混乱は続く。
「狸寝入りだ……!」
間違いない。
ヤツは俺たちを誘い出すために、眠ったふりをしていたのだ。
「まさか……ッ!」
笑いかけたリュウの頬を、ヤツの爪先が撫でた。
アルレッキーノは動揺するリュウをあざ笑うかのように、その場で見事なバク宙を決めてみせる。
そうしながらも、天狗のように長い鼻の伸びた顔は、俺たちの姿をしっかりと見つめている。
「グルル……ッ!」
(まずい!)
咄嗟にリュウが襲われることを危惧するが、ヤツの狙いはこちらだった。
声をあげたアルレッキーノが一瞬で間合いを詰めてくる。
「八神さん!」
リュウが神機を近接武器形態に切り替え、ヤツの背後から一気に斬りかかる。
しかし、アルレッキーノは特異なステップを踏みながら器用に巨体を躍動させ、ひらりとひらりと刃を躱していく。
「くっ……こいつ!」
リュウはなおも斬撃を加えようと手数を増やすが、アルレッキーノは、その攻撃をのらりくらりと避け続ける。
そして不意に彼の懐まで飛びこむと、その四つの腕を矢継ぎ早に突き出し、息もつかせぬ連打を見せた。
リュウはガードしようとするが、その拳撃に、軽々と身体を弾き飛ばされる。
「ぐぅ……っ!」
「リュウ!」
リュウを助けようと、アルレッキーノに斬りかかる。
するとヤツは、今度は片手で体を支え、足を浮かせて高速回転し、鋭い蹴りを繰り出してきた。
曲芸のような派手な動きだが、隙もない。これでは迂闊に近寄ることも難しい。
「一旦離脱だ!」
「はい……!」
俺とリュウは呼応し合って、ヤツから距離を取ろうとする。
そんな俺たちの動きを見て取ったアルレッキーノが、尻尾の先をこちらに向けた。
そこからふわりと、虹色を内包した半透明の球体が宙に浮く。
さながらシャボン玉のようなそれは、しかしヤツの手から離れると、重力を伴って俺たちのほうへと落ちてきた。
「なっ!?」
人を包み込むほどの大きさに膨れ上がったその球は、着弾と同時に大きく弾けて霧散する。
とっさに横へ跳んだが、その衝撃で俺の身体は激しく吹き飛んだ。
「これは……厄介だな」
立ち上がりつつ呟いた。その間も、相手の動きからは目を離さない。
ヤツが次に何をするつもりなのか……先の展開が全く読めないからだ。
神機を持つ手に自然と力が入り、強張っていた。
嫌な相手だ……こちらの感情を読み、それを逆手に取ってくる。
アルレッキーノは俺たちを嘲笑うかのように、猿のように小刻みなステップを踏んでいる。
そうして、手のひら大のシャボン玉を作ったかと思うと、今度はそれでお手玉をはじめた。
その姿は、まさに人を食った道化師のようである。
「アルレッキーノ……想像以上に厄介な相手ですね」
「……だが、あいつの素材がどうしても必要なんだろう?」
「それはそうですが……どうする気ですか?」
リュウの問いかけに、俺は少し思案し……
「俺が囮になろう」
リュウに目配せをしてから、俺はそのまま飛び出した。
「はぁ……言うと思いましたよ」
背後でリュウが動き出した気配を感じつつ、アルレッキーノの眼前へと突っ込んでいく。
しかしアルレッキーノは、敢えて俺を無視するようにして、リュウに近づいていこうとする。
その慢心が、斜に構えた戦闘スタイルがヤツの強さであり、そのまま弱点と言えるだろう。
型破りな奇策には、理に適った正攻法だ。
俺は相手の腕が飛んでくる瞬間を見計らって躱し、そのまま背後へと回り込む。
アルレッキーノはその動きを読んでいたかのように、上半身を回転させてそれを避ける。
同時に手数を増やすと、四本の腕を巧みに使い分け、フェイントを交えながらこちらに迫ってくる。
……ここで一つ一つの腕の動きを追いかけていては、とても対応できないだろう。
「ふっ……!」
だから俺は、真っ直ぐにヤツの懐を目指した。
ヤツが驚き、拳を畳んで俺の背中に打ちつける。
しかし溜めのないパンチの威力など知れている。
それが二つだろうが四つだろうが――変わらない……ッ!
「グオオオオオ!」
体勢を崩そうと、ヤツが足払いをしようとする。
既に腕を封じ、選択肢は狭めてある。
こうなればヤツが仕掛けそうな奇手を読むのも容易い。飛び上がり、ヤツの体幹だけを見据えて神機を突き出す。
アルレッキーノは大袈裟に態勢を崩してそれを受ける。身体を流すことで攻撃のダメージを逃がしているのだろう。
有効な手だ。……一対一の場面に限っては。
「リュウ……!」
アルレッキーノの死角に迫ったリュウが、ギリギリのバランスで立ったヤツの下半身へ素早く斬撃を繰り出した。
「グウゥ!?」
「どうだぁ……ッ!」
不意の一撃に、アルレッキーノは無様に尻もちをつく。
再び駄々っ子のようにしてもがくと、腕で身体を支えながら足技を繰り出してきた。
俺とリュウが距離を取ると、アルレッキーノは跳ねて立ち上がり、目の前にシャボン玉で巨大な鏡の壁のようなものを作り出す。
見たことのない新たな技だが、いまさら躊躇する必要もない。……冷静に正面を避けて戦えばいいし、何しろこちらは二人いる。
リュウがアルレッキーノの背後から斬りかかると同時に、俺も正面から刃を振り下ろした。
鏡のなかに自分の顔が映る。それがリュウの攻撃によって弾け、あぶくになって飛んでいく。
その先にあるアルレッキーの胴体を、俺の神機は確かに引き裂いていた。
「グアアアアアアアッ!」
そのまま一気に畳みかける。
連続で繰り出される斬撃に、アルレッキーノは苦悶の色を隠さず咆哮をあげた。
俺たちを振り払うように腕をばたつかせ、回避行動を取ろうとする。
それを待たずに、俺とリュウは追撃に走る。
「でやああああああああ!」
「カ……ッ!」
渾身の一撃を浴びせると、アルレッキーノの体から力が抜けた。
足元がおぼつかなくなり、よろめきながら徐々に動きが鈍くなる。
そうしてヤツの巨体は、ゆらりと大地に崩れ落ちた。
「……今度は寝たふりじゃありませんよね」
リュウの言葉を聞き、アルレッキーノに再び目を向ける。
少なくとも、寝息は聞こえてこなかった。
倒したアルレッキーノから、その素材を回収していく。
あらかた作業を終えてから、リュウはふうっと一息ついた。
「狙っていた素材は確保できました。ありがとうございます、隊長補佐」
「ああ」
「…………」
リュウはそこで、神妙な面持ちを浮かべてみせた。
そんな彼の姿を見て、戦闘の前にあった違和感を再び覚える。
以前までであれば珍しい素材を得た時、リュウは興奮し、喜びをそのままに表現していた。
だが、今日のリュウはどこまでも落ち着いている。
戦闘中からそうだ。
アラガミに物怖じないのは以前からそうだが、それにしても冷静に戦えていたように思う。
もちろん、いいことには違いないのだが……
「どうかしましたか?」
「いや……せっかくいい素材が手に入ったのに、喜ばないんだな」
「……ええ、まあ。今はこういうことを毎日続けていますからね」
慣れてしまったのだというように、リュウは肩をすくめてみせる。
しかし、あれだけ素材にこだわっていたリュウが、そう簡単に慣れてしまうものだろうか。
「何か不満があるのか?」
今回の任務に向かう前、彼は『補修担当は断りたかった』と漏らしていた。
そのことと何か関係があるのではないか……そう思い、リュウを見つめる。
「いえ……」
リュウはその視線に気がつかないようにして俯いていたが、俺が視線を逸らさないまま見ていると、観念し大きくため息を吐いた。
「……隊長補佐は、この希少なアラガミ素材の価値を知っていますか?」
「何?」
「中国支部にある闇の流通市場に出品したら、法外な値が付くんです」
リュウはそう言って、薄く笑う。
「中国支部……確か、リュウの出身地は……」
「ええ。僕の実家、ホーオーカンパニーは中国支部にあります。……それから、居住区に住む人々がフェンリルに無認可で運営する秘密の流通市場、なんてものもあるんですよ」
「……いわゆる闇市というヤツか」
世の中には、フェンリルから通商許可を得て正規の値段で取引を行う商人もいれば、法外な値段を吹っ掛けて商品を売りつける悪徳商人たちもいる。
生き残るためには手段を選んでいられない時代だ。
人の足元を見る連中は多かれ少なかれどこにでもいるが、とはいえ市場ができる程に、そういう連中が集まっているというのは異常に感じる。
「中国支部の住民たちは元から人口が多く、独立意識も高くて、フェンリルの統治に従わない者も多かったんです」
俺の疑問を察してか、リュウが解説してくれる。
「そんな人々は、支部外に資材を持ち出して居住地を建設していました。そこで、防壁作りに必要なアラガミ素材が高値で売買されている訳です」
「そうか……」
中国支部の環境については少し分かった。
しかしそれが今、リュウが落ち込んでいることに、どう関係があるのだろう。
尋ねたかったが、そうするとリュウは口をつぐんでしまう気がした。
リュウは暗い表情で続きを語る。
彼が何を伝えたいのか……俺はそれを理解しようと集中する。
「売買だけならまだしも、物資の奪い合いにより治安も悪化しました。人間同士でも争いが絶えない……僕の故郷はそんな支部なんですよ」
「……なるほどな」
なんと答えるべきなのか分からず、曖昧に返す。
それと比べれば、ヒマラヤ支部はどれだけ平穏なことだろう。
アラガミの脅威や、先の不安などはある。
しかし、このヒマラヤ支部では住民同士のトラブルは日常茶飯事のものでもないし、俺も今日まで、そうした場面に遭遇したことはない。
そうした揉め事が少ない理由はいくつか考えられる。ゴドーやクロエの活躍に、そもそもの環境が悪いこと、人口がそこまで多くないことも影響しているだろう。
だが、油断は禁物だ。集団となった人間は、時にアラガミ以上の脅威になる。
事実、リュウが話しているのはそう言う話だ。
「統治者であるフェンリルを嫌う人々は、ホーオーカンパニーをフェンリルと癒着した悪徳企業だとして略奪の対象にします」
リュウは吐き捨てるようにして笑う。その目には、冷たい光が宿っていた。
「神機の製造メーカーとして高い収益をあげていた頃は、働き口として有り難く思われていたのに……業績が低下してからはひどいものです。……僕の家族や従業員たちは、日々誘拐や暴動に怯えながら、なんとか会社を守っています」
彼にしてみればひどく歪んだ、おかしな話だろう。
リュウの家族たちは、アラガミを倒し人々を守るために神機を作ってきた。
しかし同時に、彼は守ろうとしているはずの、まさにその人々に敵意を向けられている。
恐らく、彼自身もその中で幾度となく修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
「アラガミだけじゃなく、人間も怖い……いや、人間のほうが怖い」
語気を荒げながらリュウが言う。
それは恨みや怒りの表情にも、恐怖に震え、助けを求める顔にも見えた。
「……僕は、そう思っていますよ」
「……そうかもしれないな」
アラガミの脅威を前に、人間同士が争っている場合じゃない。そう口にするのは簡単だ。
しかし、それでも現実として、人間は争いを続けている。そのことから目は背けられない。
俺が答えると、リュウは寂しげな表情をこちらに向けた。
「……あなたや第一部隊の仲間は怖くない、そう思いたいですね」
「ああ、当たり前だ」
「…………」
リュウがうっすら笑みを浮かべる。その目の中には、あの冷たい光がどこまでも深く宿っている。
孤独と焦燥感、そうしたものの先にある達観……そんな感情をないまぜにして、リュウは普段から戦場に向かい合っているのだろう。
「……っと、失礼しました! こんな話は知らなくても良かったですよね。つい……口から出てしまいました」
リュウは苦笑しながら会話を打ち切る。
「毎日こうして支部のためにアラガミ素材を集めていると、実家のことを思い出してしまって……」
「……いや、話してくれて良かった」
「そう……ですか?」
「ああ」
リュウは人間が怖いと言った。
だが、そんなリュウもまた人間だった。
ゴッドイーターは人間ではないと、心無い人々から揶揄されることがある。
実際俺も、自身のことを兵器のように感じてしまうことがあるが……
少なくともリュウの中には、彼が周囲から受けてきた愛情や幸福が、しっかりと息づいているように感じた。
そういう人間は信用できる。
確かにリュウは、様々な人間の闇を見てきた分、すれたところも持ち合わせている。
この荒廃した世界を冷静に観察しながら生きていく中で、人間社会に対する諦念も抱くようになったのだろう。
だがそれでも、家族の力になるために、彼は己の危険を顧みることなくアラガミ討伐に打ち込んできた。
マリアが俺に、そうしてくれたように。
俺が仲間たちに、そうしていきたいと願うように。
彼も自身の大切なもののために戦っている。……そう確信できたのは収穫だった。
「あの……それから一つ、お願いしてもいいですか?」
リュウはきまりが悪そうに俺を見る。
「その……このことは、みんなには黙っていてもらえるとありがたいです。知って、いい気がするものでもありませんから……すみません」
「ああ、分かった」
誰だって語りたくないことはある。大切なこと……家族のことになればなおさらだ。
他のヒマラヤ支部のメンバーのことも思い出す。きっとそれぞれが、胸に何かしら強い想いを抱きながら戦っているのだろう。
もちろん、俺も同じだった。
一番守りたかった人たち――マリアや弟妹はもういない。その過去が今さら変わるはずもない。
だが……今の俺には、新たに守りたい人たちができていた。
仲間を守るためならば、俺はどんなことでもするだろう。きっと、リュウもそれと同じなのだ。
(……リュウがアラガミを恐れない理由が、少し見えた気がするな)
様々な想いの末に、このヒマラヤ支部で……ゴッドイーターたちは活動をしている。
俺は改めて、そのことを強く感じていた。