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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第四章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~4章-3話~
「ふぅん。レイラが支部長に直談判、ねぇ?」
「ええ」
自分の扱っている商品の在庫を確認しながら、ドロシーが呟く。
レイラがクロエに配置転換を希望し、それが却下されることとなったその日の夜。
俺は消耗品を買うために、再びドロシーの店を訪れていた。
昼間はクロエ支部長が現れて、買い物が途中になってしまっていた。
そのことが気になり買いに来たのだが……ここに来ると、どうしても世間話からはじまるようだ。
「それで、隊長補佐としては、レイラはどうなのさ?」
「どう、ですか……」
言われて少し考える。
本人がクロエに告げた通り、現状レイラに負荷がかかっているのは間違いないだろう。
これまでの彼女の戦い方から考えれば、あまり向いている役割とは思えない。
だが――
「心配ありません」
「おー、そうなのか!」
俺の返事に、ドロシーは嬉しそうに声をあげた。
クロエの考えは分からない。レイラもしばらくは苦労するだろうが……彼女ならきっと、自分の力で乗り越えてくれるだろう。
こちらから何もしなくても、必要なら彼女のほうから動くだろう。
そう言ったのは、ゴドーだったか。人の言葉を借りるようだが、俺もそう思う。
そうして考えていたところで、通路の奥から足音が聞こえてきた。
「…………」
そちらに視線を向けると、レイラが一直線にこちらに向かってきていた。
その表情は険しく、眉間には深いしわが寄せられている。
しかしそれでも、毅然として歩く姿は彼女らしい。
すでに立ち直りはじめているのか……
その姿を見たドロシーが、明るい声と共にレイラを店内に招き入れる。
「おっ、噂をすれば! それで、支部長との話し合いはどうだったのさ?」
「……ちょうだい」
「ん?」
レイラはドロシーの前に立つと、落ち着いた声色で呟いた。
「回復錠、あるだけちょうだい」
いつもと様子の違う彼女に、ドロシーは困った表情を見せる。
「あるだけって……本気? いや、消費期限とかあるし……」
「全部使うから! 出しなさいっ!」
「へいただいまっ!!」
目の前のカウンターがバシンと叩かれると、ドロシーはぴょんとその場で跳んで、勢いよく店の奥に走っていった。
レイラにアイテムを大量購入する癖があるのは知っていたが、消費期限も構わず全部使うというのはどうかしている。
過剰使用したところで意味がないのは、レイラも重々承知のはずだと思うが……
「……」
その般若のような形相を前に、論理や理屈は通用しなさそうだ。
店の奥からガサゴソと音が聞こえる。今頃ドロシーは、慌てて在庫をかき集めていることだろう。
レイラはというと、ふん、と息をつきながら、一度俺のほうに視線を寄越した。
何と答えたものかと考えていると、その視線はすぐに店の奥へと向けられる。
「はいよ、お待たせ!」
じきにドロシーが戻ってきて、回復錠を目いっぱい詰め込んだ袋をレイラに手渡した。
「……ふぅっ!」
レイラは袋を受け取ると清々しい、満足げな表情を見せた。
彼女はそのまま俺たちに背を向けると、軽い足取りでその場を去っていく。
「行っちまった……」
ドロシーは風のように現れ、去って行ったレイラの背中を唖然としながら見つめている。
「なあ、レイラは本当に心配ないのかい?」
「…………」
先と同じ問いに、今度は自信をもって答えられなかった。
どうやら彼女が感じたストレスは、俺が考えていたよりずっと大きなものだったらしい。
こちらから何もしなくても、必要なら彼女のほうから動くだろう。
そう言ったのは、ゴドーだったか。……人に責任をなすりつけるようだが、人間関係において、ゴドーはあまり頼りにならなかったと思い直す。
レイラは本当に大丈夫なのか……心配な気持ちが強くなっていく。
「まぁいいや。それで、今日は何の用だったんだっけ?」
「……あ」
そう言えば、俺は自分の用件を済ませるためにここに来たんだった。
「その、回復錠を……」
買いに来たのだが、直前に売り切れたことはよく知っている。
乾いた声で言うと、ドロシーが憐れむように俺の肩を叩いた。
「……また来な! いつでも待ってるからさ!」
次の日。俺はヒマラヤ支部の広場に赴いていた。
正直に言って、やることがなかった。
他のメンバーと違い、恒常的なミッションを課せられていない俺は、自発的に仕事を探さない限り手が空いているのだ。
とはいえ支部の誰もが忙しなく働いているなかで、俺一人だけが手を休めている訳にもいかない。
だからこうして、俺は仕事を求めて支部内を歩き回っていた。
そうしていると、ようやく探していた相手の姿が見つかる。
「リスト確認、今日のターゲットは、と……」
「リュウ」
俺の声に反応して、リュウが視線をこちらへ向けた。
自分から人に声をかけたことはあまりない。少々、不自然に思われたかもしれない。
「……調子はどうだ?」
「別に、普通ですよ」
素っ気なく答えて、リュウはすぐに視線を手元のモニターに戻した。
そのまま彼は、俺を素通りして行こうとするが、そうされると彼を探していた意味がない。
俺の業務は、彼らのサポートをすることだ。
「……その。今はどんな作業をしているんだ?」
「僕の担当は、支部を取り囲む対アラガミ装甲壁の補修と管理です。不足している補修用の素材を集める簡単な仕事ですね」
リュウは淡々と答える。
しかし、その表情はどこか不満げにも見えた。
「本当に簡単なのか?」
俺の問いかけに、リュウが一瞬、立ち止まる。
少しの間を置いて、彼が俺に向き直る。
「ええ。考える必要が無い、という意味では」
リュウは小さく含み笑いを浮かべながら、俺に告げた。
「隊長補佐は、全ての仕事をサポートするんでしたよね? では、僕の仕事も一度見ておきますか?」
「……ああ、そうしよう」
もともと、リュウの仕事を手伝うつもりで彼を探していた。
そのことをどう切り出すか悩んでいたが、もしかしたらリュウに気を遣われたかもしれない。
リュウ自身、彼が任された役割について、何か気にしている様子でもあったが……
「ふぅ……」
なんにせよ、ようやく自分の仕事にありつける。
そんな俺の内心を見透かしてか、リュウは呆れるように肩をすくめた。
「グゥゥ……」
市街地に入れば、嫌でもその姿が目に入る。
クアドリガだ。戦車の如き巨大なアラガミが、四つ足でゆっくりと闊歩している。
それを見据えるリュウに、初めてヤツと交戦した時のような興奮は見られない。
「隊長補佐はいつも通り戦ってくれればいいですよ。僕は結合崩壊を狙いますから」
「ああ、分かった」
大型種のアラガミと戦うことも、そう珍しいことではなくなってきている。
こういう慣れを喜ぶべきかそうでないか、判断するのは難しいところだ。
「では!」
いつもの通り、リュウはアラガミに向けて勢いよく駆け出した。
その後に続いて走り出す。ひとまずクアドリガの相手はリュウに任せて、俺は周りのドレッドパイクに視線を向ける。
俺の考えが彼の思惑と一致したのか、リュウがこちらを見て笑みを浮かべた。
「やりましょう!」
リュウの掛け声と共に、戦いは始まった。
「……しっ!」
リュウが結合崩壊を済ませたのを確認したうえで、俺はアラガミにトドメを刺す。
「グオオオオオオオオオッ!」
俺の一撃を受け、クアドリガが断末魔を上げながら地面に伏せた。
「ヒュゥ……ヒュゥ……」
そうして戦いを終えたところで、どこからか耳障りな異音が聞こえてきた。
まだ息が残っているアラガミがいたらしい。
喉を切り裂かれたアラガミが、倒れ伏したまま一定のリズムで空気の漏れ出す音を刻んでいる。
俺は再度ロングブレードを振りかぶり、それをまっすぐに下ろす。
……トドメを刺す瞬間、アラガミと目が合った気がした。
それは微かな気配だ。助けを乞うような悲しみか、あるいは俺に対する憎しみか。
もちろん、アラガミは感情など持ち合わせていないだろうし、それを判別する術もない。
こんなのはただの感傷だ。
俺は一度、嫌なイメージを払拭するために首を左右に振った。
「ん……」
声のしたほうに目をやると、リュウが険しい表情で口に手を当てていた。
「何か不満でもあったか?」
彼は俺の言葉を否定するように、首を左右に振った。
「今回の出撃で獲れるアラガミ素材の想定数には達しています。達してはいるんですが……」
リュウは俺に視線を向け、一息ついてから再度口を開いた。
「全然足りないんです」
「足りない?」
オウム返しに聞き返すと、リュウは頷き言葉を続けた。
「壁に開いた穴を埋めるために必要な素材数が多過ぎて、数回の出撃でどうにかなるものではないですね」
「このクアドリガでも、何とかならないものなのか?」
「補修にはいろんな素材が必要なんですよ。不足しがちなのは中型種以上のアラガミ素材ですが、壁の損傷個所は多く、面積も広いですから……何もかもが足りません」
「そうか……」
大型種や中型種を適当に倒せばいいという訳でもなさそうだ。
「……僕がやることで多少、希少素材の入手効率が上がっても、大量の物量確保という面では、焼け石に水ですね」
彼はそう言いながら視線を落とし、一つため息をついた。
「計画の見直しが必要か」
「そう思います。……やみくもにアラガミを討伐しても問題解決には遠い。対策をクロエ支部長と協議しなくては」
「俺も付き合おう」
足早に歩みはじめたリュウの後を追いかけると、彼はいつもの冷めた笑みをこちらに向けた。
「そうしてもらえるとありがたいですね。クロエ支部長との交渉がどうなるか、分からないので」
その言葉がどこまで本心なのかは分からないが、邪険に扱われている訳でもないらしい。
「噂では、レイラもかなりハードな仕事を継続することになったらしいじゃないですか」
「ああ」
「隊長補佐も、支部長との交渉を早めに経験しておいたほうがいいのでは?」
「……そうだな」
経験不足を突かれるが、事実なのだから仕方ない。
交渉術……なんてものが今後必要になっていくなら、俺としては気が重いところだが……
それとは別に、リュウの懸念について、クロエがどう考えているのかは聞いておきたかった。
新支部長を信じてもいいのか……いまだに俺は、そこに確信を持てずにいる。
なんとなく不機嫌そうなリュウの後に続き、俺はヒマラヤ支部への帰路を急いだ。
「ふむ……アラガミ素材の獲得効率はこの水準か。悪くない、リュウはよくやってくれている」
支部長室の椅子に座りながら、クロエは報告データに目を通していた。
満足気なクロエに対し、リュウは不満気に言葉を返す。
「しかし、このペースでは壁の穴を塞ぐまでにかかる日数が――」
「無論、把握している」
クロエは机の上で両掌を組みながら、平然とした表情で言い放った。
切れ長の瞳は、リュウをまっすぐに見据えている。
「これより、小型種および獲得率が一定以上の中型種素材は他のゴッドイーターに任せ、リュウには希少素材を狙ってもらう」
「え……」
リュウは、何を言われたのか理解できない様子でキョトンとする。
「僕の役割はそれだけで?」
「最も難しいことを君にやってもらう訳だが? それと、他のゴッドイーターへの素材集めの指示、分担も頼むぞ」
「……僕が決定していいんですね」
慎重な様子でリュウが尋ねる。クロエは鷹揚に頷いた。
「よろしい、一任する。支部にとってそれが最善だ」
「……承知しました」
釈然としない様子でリュウが頷く。
自分は希少素材収集に集中していい、残りの人員の配置も任せると言われた。となると彼としては何の不満も持ちようもない。
レイラの願い出は全く聞き入れられなかったいう話もあるだけに、リュウとしては肩透かしを食らった思いだろう。
「どうした、気になることでもあるか?」
クロエがそう口にする。
その双眸はリュウではなく、俺のほうに向けられていた。
「……話が旨過ぎると思いまして」
言い繕っても見透かされるだろう。そう思い、俺は素直な気持ちを口にした。
するとクロエは、ふぅ……と静かに息を吐きだした。
「勘ぐるのは構わないが、何もないぞ?」
クロエの口調は、いつもより少し穏やかなものだった。
「支部の壁の補修は最優先事項……君たちもその認識ではないのか?」
「……その通りです」
言い含めるような口ぶりに、俺は自分の考えを恥じた。
無駄のない正確な指示出しだった。
それを根拠もなく疑ってかかるのは、あまりに無礼だし、意味がない。
「……失礼いたしました」
「構わんさ。下手に取り繕われるよりいっそ清々しい」
言われてから、リュウの呆れたような視線に気がつく。どうやら交渉能力の低さを露呈させてしまったようだ。
そこでクロエは、足を組み直してこちらを見た。
「私は今でも現役のゴッドイーターだ。フェンリルの幹部ではない。ものの見方は諸君と大差ない。いずれ分かるだろう」
「……はい」
答えたのはリュウだ。彼も少なからず、クロエの対応に疑問を感じていたのだろう。
一方のクロエは、そうして疑われることさえ当たり前に受け入れている。
開き直っていると見てもいいが……いずれにせよ、彼女の本心を迂闊に見抜いたつもりになるのは危険だろう。
俺は彼女に、ゴドーとよく似たものを感じていた。
もちろん、スタンスや性格など、全く違っているところもあるが……
どちらも食えない相手だ。腹の底までは見透かせない。
「お疲れ! 支部長との交渉はどうだった?」
支部長室を出てから、俺とリュウは産業棟に立ち寄っていた。
そこで鉢合わせたJJが、笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
面白い話を期待した様子のJJに対し、リュウは困ったように肩をすくめた。
「怖いくらい、いい対応をしてもらえましたよ」
その口ぶりからは、困惑の色が強く窺える。
それに対し、JJは鍛え上げられた両腕を組みながら、何やら感心している様子だ。
「ほう、レイラには厳しかったというが、こいつはなかなかだな」
「何が、なかなかなんです?」
リュウの問いに対し、JJは頷きながら言葉を続ける。
「固い、柔らかいを使い分けるというかな、一筋縄ではいかん御仁、て訳だ」
「そうでもなければ、わざわざヒマラヤ支部に来ないでしょう」
そんなことは当たり前、といった表情でリュウはJJに告げる。
「じゃあ、リュウはクロエ支部長をどう観る?」
そう尋ねられたリュウは、ちらりとこちらを見て、何やら考え込むような様子を見せる。
「……合わないな、とは感じませんね。今のところは」
やっとひねり出した答えは、そんなものだった。
リュウがそう答えたのもよく分かる。
クロエの優秀さは疑いようもないし、彼の能力も正確に評価している。文句のつけどころもないだろう。
「隊長補佐はどうだ?」
「そう、ですね……」
正直、俺の印象もリュウと大して変わらない。
多くを知っている訳ではないが、彼女は俺がこれまで出会ってきたどの上司よりも優秀に見える。完璧……そんな言葉で表現してもいいくらいだ。
しかし、だからこそ納得がいかないところがある。
そんな彼女が、どうしてヒマラヤ支部にやってきたのか……
「ノーコメントで」
結果、俺はそんな風に答えてお茶を濁した。
「慎重じゃないか。そういうのを覚えたってか?」
感心するようにJJが言うと、リュウが悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「そりゃそうですよ。つい先ほど、支部長の前で恥をかいてきたばかりですもんね?」
「お、なんだなんだ、面白い話か?」
「……別に、何もありません」
リュウが言っているのは、俺がクロエへの疑いを、彼女にそのまま口にしたことだろう。
隠すつもりもないが、自分から話すようなことでもない。
「隊長補佐が話さないなら、僕から言う訳にもいきませんね」
「ああ? なんだよそりゃ。オレだけ仲間外れかよー」
いじけるJJに、リュウはニコニコと笑みを浮かべる。なんだかいつもより機嫌が良さそうだ。
「どうしても気になるなら、クロエ支部長に直接聞いてきたらどうですか?」
「んー……なるほどなぁ」
リュウの軽口に、JJは本気で考え込むように腕を組んだ。
「セイのことを抜きにしても、クロエ支部長とはどっかで直接話してみたいが……とはいえお互い忙しいしな……」
JJは白い顎ひげをさすり、瞑目しながら呻り声をあげる。
その表情は真剣で、冗談や興味本位ではなさそうだった。
「ちょっくらカリーナを捕まえて、訊いてみるか」
やがてポンと手をついて、JJはそう口にした。
「そうですか。それじゃあ……」
そう言って別れようとしたところで、JJは俺とリュウの肩をがっちりと掴んだ。
どうやら一緒について来いということらしい。
「……生憎ですが、僕はこれから物資調達の用事があるので」
そう言ってリュウは、JJの二の腕をさらりとくぐり抜けた。
「なんだよ、つれねぇな。……セイ、お前は別に用事もないよな?」
「……」
俺にも用はある。
しかし、大したものとは言い難いものだった。
この間、目の前でレイラに買い占められた回復錠を、俺はいまだに買えていないのだ。
支部からの支給自体はあるし、そこまで急ぎではないことも確かなのだが……
ここまで買う機会を逃し続けると、回復錠を買いたい気持ちが妙に強くなってくるから不思議だ。
もちろん、仲間とのコミュニケーションより、優先度が高いとも思えないのだが……
ただの回復錠がここまで物欲しくなったことが、これまで一度としてあっただろうか。
「よーし、決まりだ。そんじゃ早速カリーナのとこに行こうぜ!」
(回復錠……)
ドロシーの店を目前にしながら、俺は言い出せず、どんどん目的地から遠ざかっていく。
JJの太い二の腕に引かれながらも、俺はいつまでも背後を意識し続けるのだった。
「ふぅん。レイラが支部長に直談判、ねぇ?」
「ええ」
自分の扱っている商品の在庫を確認しながら、ドロシーが呟く。
レイラがクロエに配置転換を希望し、それが却下されることとなったその日の夜。
俺は消耗品を買うために、再びドロシーの店を訪れていた。
昼間はクロエ支部長が現れて、買い物が途中になってしまっていた。
そのことが気になり買いに来たのだが……ここに来ると、どうしても世間話からはじまるようだ。
「それで、隊長補佐としては、レイラはどうなのさ?」
「どう、ですか……」
言われて少し考える。
本人がクロエに告げた通り、現状レイラに負荷がかかっているのは間違いないだろう。
これまでの彼女の戦い方から考えれば、あまり向いている役割とは思えない。
だが――
「心配ありません」
「おー、そうなのか!」
俺の返事に、ドロシーは嬉しそうに声をあげた。
クロエの考えは分からない。レイラもしばらくは苦労するだろうが……彼女ならきっと、自分の力で乗り越えてくれるだろう。
こちらから何もしなくても、必要なら彼女のほうから動くだろう。
そう言ったのは、ゴドーだったか。人の言葉を借りるようだが、俺もそう思う。
そうして考えていたところで、通路の奥から足音が聞こえてきた。
「…………」
そちらに視線を向けると、レイラが一直線にこちらに向かってきていた。
その表情は険しく、眉間には深いしわが寄せられている。
しかしそれでも、毅然として歩く姿は彼女らしい。
すでに立ち直りはじめているのか……
その姿を見たドロシーが、明るい声と共にレイラを店内に招き入れる。
「おっ、噂をすれば! それで、支部長との話し合いはどうだったのさ?」
「……ちょうだい」
「ん?」
レイラはドロシーの前に立つと、落ち着いた声色で呟いた。
「回復錠、あるだけちょうだい」
いつもと様子の違う彼女に、ドロシーは困った表情を見せる。
「あるだけって……本気? いや、消費期限とかあるし……」
「全部使うから! 出しなさいっ!」
「へいただいまっ!!」
目の前のカウンターがバシンと叩かれると、ドロシーはぴょんとその場で跳んで、勢いよく店の奥に走っていった。
レイラにアイテムを大量購入する癖があるのは知っていたが、消費期限も構わず全部使うというのはどうかしている。
過剰使用したところで意味がないのは、レイラも重々承知のはずだと思うが……
「……」
その般若のような形相を前に、論理や理屈は通用しなさそうだ。
店の奥からガサゴソと音が聞こえる。今頃ドロシーは、慌てて在庫をかき集めていることだろう。
レイラはというと、ふん、と息をつきながら、一度俺のほうに視線を寄越した。
何と答えたものかと考えていると、その視線はすぐに店の奥へと向けられる。
「はいよ、お待たせ!」
じきにドロシーが戻ってきて、回復錠を目いっぱい詰め込んだ袋をレイラに手渡した。
「……ふぅっ!」
レイラは袋を受け取ると清々しい、満足げな表情を見せた。
彼女はそのまま俺たちに背を向けると、軽い足取りでその場を去っていく。
「行っちまった……」
ドロシーは風のように現れ、去って行ったレイラの背中を唖然としながら見つめている。
「なあ、レイラは本当に心配ないのかい?」
「…………」
先と同じ問いに、今度は自信をもって答えられなかった。
どうやら彼女が感じたストレスは、俺が考えていたよりずっと大きなものだったらしい。
こちらから何もしなくても、必要なら彼女のほうから動くだろう。
そう言ったのは、ゴドーだったか。……人に責任をなすりつけるようだが、人間関係において、ゴドーはあまり頼りにならなかったと思い直す。
レイラは本当に大丈夫なのか……心配な気持ちが強くなっていく。
「まぁいいや。それで、今日は何の用だったんだっけ?」
「……あ」
そう言えば、俺は自分の用件を済ませるためにここに来たんだった。
「その、回復錠を……」
買いに来たのだが、直前に売り切れたことはよく知っている。
乾いた声で言うと、ドロシーが憐れむように俺の肩を叩いた。
「……また来な! いつでも待ってるからさ!」
次の日。俺はヒマラヤ支部の広場に赴いていた。
正直に言って、やることがなかった。
他のメンバーと違い、恒常的なミッションを課せられていない俺は、自発的に仕事を探さない限り手が空いているのだ。
とはいえ支部の誰もが忙しなく働いているなかで、俺一人だけが手を休めている訳にもいかない。
だからこうして、俺は仕事を求めて支部内を歩き回っていた。
そうしていると、ようやく探していた相手の姿が見つかる。
「リスト確認、今日のターゲットは、と……」
「リュウ」
俺の声に反応して、リュウが視線をこちらへ向けた。
自分から人に声をかけたことはあまりない。少々、不自然に思われたかもしれない。
「……調子はどうだ?」
「別に、普通ですよ」
素っ気なく答えて、リュウはすぐに視線を手元のモニターに戻した。
そのまま彼は、俺を素通りして行こうとするが、そうされると彼を探していた意味がない。
俺の業務は、彼らのサポートをすることだ。
「……その。今はどんな作業をしているんだ?」
「僕の担当は、支部を取り囲む対アラガミ装甲壁の補修と管理です。不足している補修用の素材を集める簡単な仕事ですね」
リュウは淡々と答える。
しかし、その表情はどこか不満げにも見えた。
「本当に簡単なのか?」
俺の問いかけに、リュウが一瞬、立ち止まる。
少しの間を置いて、彼が俺に向き直る。
「ええ。考える必要が無い、という意味では」
リュウは小さく含み笑いを浮かべながら、俺に告げた。
「隊長補佐は、全ての仕事をサポートするんでしたよね? では、僕の仕事も一度見ておきますか?」
「……ああ、そうしよう」
もともと、リュウの仕事を手伝うつもりで彼を探していた。
そのことをどう切り出すか悩んでいたが、もしかしたらリュウに気を遣われたかもしれない。
リュウ自身、彼が任された役割について、何か気にしている様子でもあったが……
「ふぅ……」
なんにせよ、ようやく自分の仕事にありつける。
そんな俺の内心を見透かしてか、リュウは呆れるように肩をすくめた。
「グゥゥ……」
市街地に入れば、嫌でもその姿が目に入る。
クアドリガだ。戦車の如き巨大なアラガミが、四つ足でゆっくりと闊歩している。
それを見据えるリュウに、初めてヤツと交戦した時のような興奮は見られない。
「隊長補佐はいつも通り戦ってくれればいいですよ。僕は結合崩壊を狙いますから」
「ああ、分かった」
大型種のアラガミと戦うことも、そう珍しいことではなくなってきている。
こういう慣れを喜ぶべきかそうでないか、判断するのは難しいところだ。
「では!」
いつもの通り、リュウはアラガミに向けて勢いよく駆け出した。
その後に続いて走り出す。ひとまずクアドリガの相手はリュウに任せて、俺は周りのドレッドパイクに視線を向ける。
俺の考えが彼の思惑と一致したのか、リュウがこちらを見て笑みを浮かべた。
「やりましょう!」
リュウの掛け声と共に、戦いは始まった。
「……しっ!」
リュウが結合崩壊を済ませたのを確認したうえで、俺はアラガミにトドメを刺す。
「グオオオオオオオオオッ!」
俺の一撃を受け、クアドリガが断末魔を上げながら地面に伏せた。
「ヒュゥ……ヒュゥ……」
そうして戦いを終えたところで、どこからか耳障りな異音が聞こえてきた。
まだ息が残っているアラガミがいたらしい。
喉を切り裂かれたアラガミが、倒れ伏したまま一定のリズムで空気の漏れ出す音を刻んでいる。
俺は再度ロングブレードを振りかぶり、それをまっすぐに下ろす。
……トドメを刺す瞬間、アラガミと目が合った気がした。
それは微かな気配だ。助けを乞うような悲しみか、あるいは俺に対する憎しみか。
もちろん、アラガミは感情など持ち合わせていないだろうし、それを判別する術もない。
こんなのはただの感傷だ。
俺は一度、嫌なイメージを払拭するために首を左右に振った。
「ん……」
声のしたほうに目をやると、リュウが険しい表情で口に手を当てていた。
「何か不満でもあったか?」
彼は俺の言葉を否定するように、首を左右に振った。
「今回の出撃で獲れるアラガミ素材の想定数には達しています。達してはいるんですが……」
リュウは俺に視線を向け、一息ついてから再度口を開いた。
「全然足りないんです」
「足りない?」
オウム返しに聞き返すと、リュウは頷き言葉を続けた。
「壁に開いた穴を埋めるために必要な素材数が多過ぎて、数回の出撃でどうにかなるものではないですね」
「このクアドリガでも、何とかならないものなのか?」
「補修にはいろんな素材が必要なんですよ。不足しがちなのは中型種以上のアラガミ素材ですが、壁の損傷個所は多く、面積も広いですから……何もかもが足りません」
「そうか……」
大型種や中型種を適当に倒せばいいという訳でもなさそうだ。
「……僕がやることで多少、希少素材の入手効率が上がっても、大量の物量確保という面では、焼け石に水ですね」
彼はそう言いながら視線を落とし、一つため息をついた。
「計画の見直しが必要か」
「そう思います。……やみくもにアラガミを討伐しても問題解決には遠い。対策をクロエ支部長と協議しなくては」
「俺も付き合おう」
足早に歩みはじめたリュウの後を追いかけると、彼はいつもの冷めた笑みをこちらに向けた。
「そうしてもらえるとありがたいですね。クロエ支部長との交渉がどうなるか、分からないので」
その言葉がどこまで本心なのかは分からないが、邪険に扱われている訳でもないらしい。
「噂では、レイラもかなりハードな仕事を継続することになったらしいじゃないですか」
「ああ」
「隊長補佐も、支部長との交渉を早めに経験しておいたほうがいいのでは?」
「……そうだな」
経験不足を突かれるが、事実なのだから仕方ない。
交渉術……なんてものが今後必要になっていくなら、俺としては気が重いところだが……
それとは別に、リュウの懸念について、クロエがどう考えているのかは聞いておきたかった。
新支部長を信じてもいいのか……いまだに俺は、そこに確信を持てずにいる。
なんとなく不機嫌そうなリュウの後に続き、俺はヒマラヤ支部への帰路を急いだ。
「ふむ……アラガミ素材の獲得効率はこの水準か。悪くない、リュウはよくやってくれている」
支部長室の椅子に座りながら、クロエは報告データに目を通していた。
満足気なクロエに対し、リュウは不満気に言葉を返す。
「しかし、このペースでは壁の穴を塞ぐまでにかかる日数が――」
「無論、把握している」
クロエは机の上で両掌を組みながら、平然とした表情で言い放った。
切れ長の瞳は、リュウをまっすぐに見据えている。
「これより、小型種および獲得率が一定以上の中型種素材は他のゴッドイーターに任せ、リュウには希少素材を狙ってもらう」
「え……」
リュウは、何を言われたのか理解できない様子でキョトンとする。
「僕の役割はそれだけで?」
「最も難しいことを君にやってもらう訳だが? それと、他のゴッドイーターへの素材集めの指示、分担も頼むぞ」
「……僕が決定していいんですね」
慎重な様子でリュウが尋ねる。クロエは鷹揚に頷いた。
「よろしい、一任する。支部にとってそれが最善だ」
「……承知しました」
釈然としない様子でリュウが頷く。
自分は希少素材収集に集中していい、残りの人員の配置も任せると言われた。となると彼としては何の不満も持ちようもない。
レイラの願い出は全く聞き入れられなかったいう話もあるだけに、リュウとしては肩透かしを食らった思いだろう。
「どうした、気になることでもあるか?」
クロエがそう口にする。
その双眸はリュウではなく、俺のほうに向けられていた。
「……話が旨過ぎると思いまして」
言い繕っても見透かされるだろう。そう思い、俺は素直な気持ちを口にした。
するとクロエは、ふぅ……と静かに息を吐きだした。
「勘ぐるのは構わないが、何もないぞ?」
クロエの口調は、いつもより少し穏やかなものだった。
「支部の壁の補修は最優先事項……君たちもその認識ではないのか?」
「……その通りです」
言い含めるような口ぶりに、俺は自分の考えを恥じた。
無駄のない正確な指示出しだった。
それを根拠もなく疑ってかかるのは、あまりに無礼だし、意味がない。
「……失礼いたしました」
「構わんさ。下手に取り繕われるよりいっそ清々しい」
言われてから、リュウの呆れたような視線に気がつく。どうやら交渉能力の低さを露呈させてしまったようだ。
そこでクロエは、足を組み直してこちらを見た。
「私は今でも現役のゴッドイーターだ。フェンリルの幹部ではない。ものの見方は諸君と大差ない。いずれ分かるだろう」
「……はい」
答えたのはリュウだ。彼も少なからず、クロエの対応に疑問を感じていたのだろう。
一方のクロエは、そうして疑われることさえ当たり前に受け入れている。
開き直っていると見てもいいが……いずれにせよ、彼女の本心を迂闊に見抜いたつもりになるのは危険だろう。
俺は彼女に、ゴドーとよく似たものを感じていた。
もちろん、スタンスや性格など、全く違っているところもあるが……
どちらも食えない相手だ。腹の底までは見透かせない。
「お疲れ! 支部長との交渉はどうだった?」
支部長室を出てから、俺とリュウは産業棟に立ち寄っていた。
そこで鉢合わせたJJが、笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
面白い話を期待した様子のJJに対し、リュウは困ったように肩をすくめた。
「怖いくらい、いい対応をしてもらえましたよ」
その口ぶりからは、困惑の色が強く窺える。
それに対し、JJは鍛え上げられた両腕を組みながら、何やら感心している様子だ。
「ほう、レイラには厳しかったというが、こいつはなかなかだな」
「何が、なかなかなんです?」
リュウの問いに対し、JJは頷きながら言葉を続ける。
「固い、柔らかいを使い分けるというかな、一筋縄ではいかん御仁、て訳だ」
「そうでもなければ、わざわざヒマラヤ支部に来ないでしょう」
そんなことは当たり前、といった表情でリュウはJJに告げる。
「じゃあ、リュウはクロエ支部長をどう観る?」
そう尋ねられたリュウは、ちらりとこちらを見て、何やら考え込むような様子を見せる。
「……合わないな、とは感じませんね。今のところは」
やっとひねり出した答えは、そんなものだった。
リュウがそう答えたのもよく分かる。
クロエの優秀さは疑いようもないし、彼の能力も正確に評価している。文句のつけどころもないだろう。
「隊長補佐はどうだ?」
「そう、ですね……」
正直、俺の印象もリュウと大して変わらない。
多くを知っている訳ではないが、彼女は俺がこれまで出会ってきたどの上司よりも優秀に見える。完璧……そんな言葉で表現してもいいくらいだ。
しかし、だからこそ納得がいかないところがある。
そんな彼女が、どうしてヒマラヤ支部にやってきたのか……
「ノーコメントで」
結果、俺はそんな風に答えてお茶を濁した。
「慎重じゃないか。そういうのを覚えたってか?」
感心するようにJJが言うと、リュウが悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「そりゃそうですよ。つい先ほど、支部長の前で恥をかいてきたばかりですもんね?」
「お、なんだなんだ、面白い話か?」
「……別に、何もありません」
リュウが言っているのは、俺がクロエへの疑いを、彼女にそのまま口にしたことだろう。
隠すつもりもないが、自分から話すようなことでもない。
「隊長補佐が話さないなら、僕から言う訳にもいきませんね」
「ああ? なんだよそりゃ。オレだけ仲間外れかよー」
いじけるJJに、リュウはニコニコと笑みを浮かべる。なんだかいつもより機嫌が良さそうだ。
「どうしても気になるなら、クロエ支部長に直接聞いてきたらどうですか?」
「んー……なるほどなぁ」
リュウの軽口に、JJは本気で考え込むように腕を組んだ。
「セイのことを抜きにしても、クロエ支部長とはどっかで直接話してみたいが……とはいえお互い忙しいしな……」
JJは白い顎ひげをさすり、瞑目しながら呻り声をあげる。
その表情は真剣で、冗談や興味本位ではなさそうだった。
「ちょっくらカリーナを捕まえて、訊いてみるか」
やがてポンと手をついて、JJはそう口にした。
「そうですか。それじゃあ……」
そう言って別れようとしたところで、JJは俺とリュウの肩をがっちりと掴んだ。
どうやら一緒について来いということらしい。
「……生憎ですが、僕はこれから物資調達の用事があるので」
そう言ってリュウは、JJの二の腕をさらりとくぐり抜けた。
「なんだよ、つれねぇな。……セイ、お前は別に用事もないよな?」
「……」
俺にも用はある。
しかし、大したものとは言い難いものだった。
この間、目の前でレイラに買い占められた回復錠を、俺はいまだに買えていないのだ。
支部からの支給自体はあるし、そこまで急ぎではないことも確かなのだが……
ここまで買う機会を逃し続けると、回復錠を買いたい気持ちが妙に強くなってくるから不思議だ。
もちろん、仲間とのコミュニケーションより、優先度が高いとも思えないのだが……
ただの回復錠がここまで物欲しくなったことが、これまで一度としてあっただろうか。
「よーし、決まりだ。そんじゃ早速カリーナのとこに行こうぜ!」
(回復錠……)
ドロシーの店を目前にしながら、俺は言い出せず、どんどん目的地から遠ざかっていく。
JJの太い二の腕に引かれながらも、俺はいつまでも背後を意識し続けるのだった。