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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第三章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~3章-7話~

「失礼します」
 俺たち第一部隊が揃って作戦司令室に入ると、ゴドーは部屋の中央で一人モニターを見つめていた。
 腕を組んではいるが、その指先は、トン、トン、と忙しなくリズムを刻み続けている。なんとなく、彼にしては落ち着きのない印象だ。
「支部長代理……?」
「全員集まったか。急に招集をかけてすまなかった」
「ゴドー、何かあったのですか?」
 レイラの言葉を受けたゴドーは、手の動きを止め、静かに告げた。
「……クベーラが動いた。南西方向、支部に向かってくる可能性が高い」
 その言葉に、リュウとレイラの表情が引き締まる。
「来ますか……」
 リュウはそう言って口角を吊り上げる。その声には、少なからず緊張感が滲んでいた。
「しかし、何故支部を狙うのです?」
「あらかた好物を喰い尽くしたから、だろう」
「アラガミ特有の偏食ですね」
 レイラの疑問にゴドーが答え、リュウが補足する。
 偏食とは、全てのアラガミ、ひいてはオラクル細胞そのものが持つ特性のことだ。
 あらゆるものを捕喰できる能力を持つはずのアラガミが、何もかもを喰いつくしていかないのは、各個体それぞれが特定の対象しか捕喰しない、この特性を持っているためだと言われている。
「クベーラのサイズなら、なんでも食べなければエサ不足でしょうに」
 好き嫌いを叱るように言ったレイラに、リュウが意味深な笑みを向けた。
「だからこそ、壁の内側にあるものを喰いたいのかもな」
「……人間を?」
 レイラの呟きに、ゴドーが薄く笑みを浮かべる。
「毎日オウガテイルを喰ってりゃ、飽きるのかもしれんな」
 続けて彼は、この会話は終わりと言わんばかりに、両手を軽く重ねて鳴らした。
「ま、冗談はよしとして、我々の策はすでに決まっている。支部の全戦力をクベーラ迎撃用ポイントへ……」
 立ち上がったゴドーが、指示を出しかけたその時だった。
「――ッ!?」
 何かが崩れるような音がすると同時、俺たちの足元が大きく揺れた。
「なんだ!?」
 リュウの鋭い声が、室内に響いた。同時にカリーナから通信が入る。
『はっ、これは!?』
 カリーナの背後から、慌ただしく人の行き来する声が聞こえる。
 彼女はクベーラとの戦いに向けて、各種装備のチェックを行っていたはずだが……
「どうしたカリーナ。状況を正確に報告しろ」
『……緊急事態発生!! 第六ブロックの外壁が破られました! アラガミ、侵入してきます!!』
「なんですって!?」
 カリーナの言葉が信じられず、俺たちは顔を見合わせた。
「こんな時に……。カリーナ、待機中の戦力を居住区防衛に向かわせてくれ!」
『了解!』
 いち早く落ち着きを取り戻したゴドーが、矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
「クベーラは?」
「俺と第一部隊で対応する。あとは全員居住区の防衛だ」
 レイラの問いにそう答えると、ゴドーはまっすぐ歩き出した。
「でも……」
 後ろ髪を引かれるようにして、レイラがその場に足を止める。
 居住区や、支部の皆が心配なのだろう。
 だが、迷っている時間はない。
「行こう」
 居住区の守りも心配だが……クベーラがここに到達すれば、支部は間違いなく全滅する。
 レイラだって、そのことは分かっているはずだ。
「やるしかないんだ」
「……ええ」
 もはや一刻の猶予も残されていない。一瞬の躊躇が、支部全体を危険に晒す可能性がある。
 俺たちは頷きあって、ゴドーの背中を歩みはじめた。



『各自、持ち場についたな』
「はい。問題ありません」
 道路の反対側で待機するゴドーに向けて、通信機を介して返答する。
 俺たちは旧市街地の一角に陣取り、クベーラの到着を待つ。
『ホールドトラップ敷設は終わっているわ』
『ですが、第一部隊だけでは、火力不足ですね』
 レイラとリュウからも、相次いで通信が入る。その声色は一様に暗い。
 実際、リュウが口にした通りだろう。
 本来、支部の総力をあげて立ち向かうはずだった相手に対し、俺たちはたったの四人で向き合わなければならないのだ。
 絶望的な状況だが、退く訳にもいかない。
 ヤツを相手取って戦う他に、道は残されていないのだ。
 俺は目を閉じ、静かに開戦の時を待った。

『クベーラ、まっすぐ支部に向かってきます!』
 カリーナの張りつめた声と重なって、ドスン、ドスンと辺りに地鳴りが響きはじめる。
 ゆっくりと瞼を開く。徐々に視界が鮮明になり、感覚が研ぎ澄まされていく。
 対面するのは二度目だ。初めてという訳でもないのに、心臓の鼓動は早まっていく。
(……来たか)
 まっすぐ続く道路の先に、黒々とした巨大な山がそびえ立つ。
 黒曜石のような、光沢があって斑のない、紫の皮膚。側面や腹部には、溶岩のような赤黒い線が浮き出ており、脈打つように明滅を繰り返していた。
 真っ赤な色をした双眸は、正面――ヒマラヤ支部の方角をしっかりと見据えている。
 地面を轟かす足音は、こちらに近付くほどにその大きさを増していた。
 ウロヴォロスは深緑を湛えた山のように思えたが……こいつはまるで火山のようだ。
 武骨で粗野な印象なのに、同時に雄大で荘厳にも映る。
 その化け物の持つ非現実的な美しさに、魅入られそうになったのも束の間。
『ゴドー、指示を!』 
 レイラの鋭い声が、俺を現実に引き戻した。
『徹底的に粘るだけだ』
 対するゴドーの答えは、淡白だった。
 実際、俺たち四人だけでは、どう足掻いても勝ち目はない。
 できることと言えば、この場にクベーラを足止めして、支部の混乱が収まるのを待つことくらいか。
 それだって、成功の確率は限りなく低いが……
 他にヒマラヤ支部を守る手立てはない。
 その考えは、ゴドーも同じらしかった。
『とにかく戦線を維持し続けろ。一歩も引かずに、居住区に向かった戦力の合流を待ち……』
 ゴドーの言葉を遮るように、通信機からノイズが奔った。
 同時に聞いたこともない声が、俺たちに届く。
『通信テスト、ヒマラヤ支部のゴッドイーター、聞こえるか?』
 ゴドーが息を呑むのが分かった。
『誰だっ……!?』
 リュウの問いかけに返事はない。
『女性の声……?』
 そうだ。レイラの言う通り、その声の主は恐らく女性……
 しかしカリーナの声でもなければ、ヒマラヤ支部の誰かのものとも思えない。
 ただ、通信機越しに聞こえる女性の声はひどく冷たく、無機質なものに思えた。
「…………」
 俺は静かに、彼女が次に発する言葉を待っていた。



 ビルの屋上からは、地平線にゆっくりと沈んでいく太陽が見えた。
 旧市街の廃墟群が橙色の明かりに照らされている。
 ――時間が無い。
 屋上から道路を俯瞰すると、ヤツが巨躯を一歩、また一歩と進めてきていた。
 太陽が完全に沈みきって夜が来れば、こちらが圧倒的に不利になる。
 それまでに片を付けなければ――

 わたしは再度、ヒマラヤ支部の面々に通信機を介して言葉を届ける。
「支部へ進行中の巨大なアラガミに先制攻撃を行う。いつでも動けるよう、準備しておいてくれ」
『何? どこの部隊だ?』
 指揮官らしき男の声に、わたしは手短に言葉を返す。
「部隊ではない、一人だ。しかし安心しろ。『戦力』は充分だ」
『なんだと……?』
「オペレーター、わたしの座標を彼らへ。まもなくアラガミが射程に入る……。仕掛けるぞ」
 用件だけを伝えると、わたしは通信を切断した。
 残された時間は少ない。そのうえ失敗も許されないと来ている。

一度、左手に持っているヴァリアントサイズに目をやる。
自分の背丈以上の長さを持つそれは、夕日に反射され強い光を放っていた。
一度大きく深呼吸してから、愛機の柄をグッと握りしめる。
「さてと、やるか」
わたしはターゲットとの戦闘を始めるべく、地面を蹴ってその場を離れた。
「せいぜい働いてもらうぞ……かつては人類の救世主として期待された子らよ」



『通信を切れられた……どうなってるんだ一体』
 混乱するゴドーの声に対し、俺たちは誰も答えられずにいた。
 正体不明の援軍は、たった一人と言っていた。
 しかし、『戦力』は十分だと……あの巨大なアラガミを相手に、一体どう戦うつもりなのだろうか。
(……考えている暇はないようだな)
眼前にはクベーラの姿。
ヤツは、すぐそこにまで迫ってきていた。
「オオオオオオオオオッ!」
「なっ!?」
 突如、背後から咆哮が聞こえた。
 身構え、声の方向視線へと向けると、そこには銀色の巨人が立ち並んでいた。
『あれは……!』
『神機兵です!!』
「……っ!」
 俺は反射的に振り返り、神機をヤツらに向けて構える。
 しかし、神機兵の構えた銃口は、俺たちのほうには向いていなかった。
『クベーラを攻撃していますよ!!』
(……正常に動作しているのか?)
『声の主が言っていた『戦力』とは、あれのことだったのね……!』
 並みのアラガミより巨大なそれらは、銃形態の神機を構え、クベーラに向かって一気に駆け出す。
『あの動き、無人機ですね。使い捨てにするつもりなのか……!』
『無人の神機兵だと? 確か、その運用は禁止されたはずだが……』
 クベーラを取り囲んだ神機兵は、一定の距離を保ちつつ射撃を続ける。
 統率の取れた連携、寸分の狂いもない射撃。その動作こそはしなやかだが……なるほど、確かにヤツらは人ではない。
 神機兵は、かつては極致化計画の主軸として、神機使いに替わる人類の切り札となることが期待されていた存在だ。
 しかし各地で暴走事故が相次いだ後、プロジェクトは凍結。無人型の運用は禁止になった。
 俺自身、極東支部で暴走した神機兵を何度か相手にしたこともある。正直、ヤツらに対する忌避の感情は、拭い切れないものがあるが……
『とはいえ、援護射撃としては充分だ! こちらも動きを合わせるぞ!!』
「……了解。第一部隊、突撃!」
 ゴドーの言う通りだ。今は禁止事項などと言っていられる状況ではない。
 大勢の生き死にを決める場面となれば、あの忌むべき力にも頼らざるを得ない。
 すべては生き残るためだ。
 俺たちは神機を手に、クベーラに向かって駆け出した。



 神機兵の足元を掻い潜るようにして、俺たちはクベーラに接近していく。
『セイッ! このタイミングだ!』
「……はいっ!」
 ゴドーの言葉を受け、俺は一気にクベーラの懐まで潜り込む。
「グルル……」
 俺の渾身の一撃を喰らわせても、クベーラは低く唸ってみせるだけだ。
(少しでも効果があると思いたいが……)
『隊長代理……!』
「――ッ!?」
 リュウの言葉に背後を振り返ると、神機兵が目の前まで迫っていた。
 慌てて横に跳ぶと、神機兵はクベーラの動きを抑え込むようにして取り付いた。さらに正面から、銃形態の神機を構えた神機兵たちが隊列を組んで突っ込んでくる。
「……ッ!」
『ちょっと、八神さんを殺すつもり!?』
『というより、僕たちなんか気にも留めていないんだろうな……』
『無事か、セイ――ッ!』
 通信機から仲間たちの声が聞こえるが、生憎と答えている余裕がない。
 アラガミと巨大兵器の間に挟まれた俺は、閃光と炸裂音の間を掻い潜りながら移動する。
 そうして行き着いたところは、クベーラの顔の正面だ。
(……ッ!)
 他に逃げ道はなかった。仕方ないとはいえ、クベーラの赤い眼に俺がしっかりと映っている。
 その口が大きく開かれると共に、俺の足元からつむじ風が立ち昇り、辺りの熱気が増す。
「――!」
 気付けば俺は、ゴドーに抱えられて宙に舞っていた。
 直前まで俺が立っていた位置に、巨大な火柱が立っている。
「……すみません、助かりました」
「まだ分からんさ」
 ゴドーがニヤリと口元を歪める。その頬から汗が滴り落ちた。
 隊列を組んだ神機兵が、俺たちの正面から銃撃を放ちつつ迫り来る。
 いかにゴドーと言えど、自由落下の最中に方向転換することはできない。
「……ッ!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 死を覚悟したその時、背後から巨大な黒鉄が吹き飛んできて、神機兵たちを総崩れにした。
 ゴドーと共に着地してから、振り返る。
(体に張り付いていた神機兵を、クベーラが振り払ったのか……)
「九死に一生を得たが……神機兵の被害も甚大だ。どちらを喜ぶべきか分からんな」
 これまでの戦いのダメージもある。倒れ込んだ神機兵たちは、なかなか立ち上がれずにいる。それでも、両手両足は気味悪くバタバタと動き続けているが……
「……喜んでくださいよ。あなたがいなくなったら、ヒマラヤ支部はどうなると思ってるんですか」
 通信機越しに聞こえていた声が、間近からも重ねて聞こえた。
 リュウとレイラが俺たちのもとに駆け付けたらしい。
「八神さん、平気?」
「ああ、支部長代理のおかげでな」
「どちらかと言えば運のおかげだ。情けないことにな」
 ゴドーはそう言うが、その運が掴めたのは彼の行動があったからだ。
 同時に、俺たちが悪運強いのもまた確かだ。
 先のことだけではない。俺にはここまで全員生き残っていること自体が、奇跡のように感じられる。
(それか、まだあの獣は全ての力を出していないのか……)
 戦いはじめてから、もうどれぐらいの時間が経ったか分からない。
神機兵の力もあって、押しているようには感じる。だが、依然としてヤツの底は見えなかった。
「もう一度、俺とセイでクベーラの気を引く。リュウ、レイラ、いいな?」
「……はい」
「ふぅ、分かっているわ……」
 俺含め、全員がすでに息も絶え絶えという状況だ。
 しかし、余力を残して戦えるような相手でもない。この一撃で決めなければ、後はないだろう。
 神機兵はまだ動けそうにないが……連携も取れていない以上、邪魔がなくて済むという考え方もできる。
 勿論、なんて言うのは強がりだ。
『グォォォォォッ!』
 クベーラの咆哮と同時に、俺たちの足元に熱気を伴った火柱が立ち上る。
 まともに食らえば、大火傷では済まないだろう。
『セイ。次にヤツが火を吐き出した時が、ラストチャンスだ』
『……分かりました』
 俺の返答と同時に、クベーラの口内が深紅に輝きだす。
 その輝きが最大限にまで膨らんだところで、ゴドーを目掛け火球が勢いよく吐き出された。
 凄まじい熱気を受けて、一瞬足がすくみそうになる。
『今だ! いけ!』
 相変わらずの身体捌きで火球を躱し、ゴドーが叫んだ。

「――ッ!」
 
その声に後押しされるようにして、俺は渾身の力でロングブレードを振り下ろす。
『アビスファクター』によって強化された刀身が、虚空に月色の軌跡を残した。
 しっかりと肉を切り裂く感触。神機を引き抜くと、首元から勢いよく血しぶきが上がった。

『グアァァァァッ!』
 それと同時に、唸るようにクベーラが一度大きく吠えた。
 同時に地を叩き、火柱を立てて暴れまわる。
(まだ倒れないのか……!)
 慌てて距離を取ると、クベーラは不意に動きを止めた。そうしてじっと、俺たちを睥睨する。
 黒い獣が何を考えているのか、俺たちには分からない。その赤い眼に呑まれるようにして、俺たちはその場に釘付けになった。
(…………)
「ゥゥゥ……」
 しかしヤツは、そこで踵を返し、ゆっくりとした足取りで来た道を引き返しはじめた。
『クベーラ後退! 支部から離れていきます!』
(逃げた……? いや……)
 カリーナからの通信を聞きながら、俺はクベーラの背中をじっくりと見つめていた。
「あれだけ叩いてまだ動けるのか……」
 隣に立ったゴドーが、呆れたようにため息を漏らす。
「追撃しますか?」
「今叩いておかねばならないのでは?」
 遅れて合流したリュウとレイラが口々に言う。
 二人とも、疲労困憊の様相だが、戦意は失っていないようだ。
 確かに、クベーラは放置しておくにはあまりに危険な存在だ。
「む……」
 ゴドーは眉を寄せ、考えるようなしぐさを見せた。
 彼がすぐに答えを出さないのは珍しいが……実際、どちらの判断を選ぶのも難しい場面だ。
 ここまで追い詰め、弱らせることができたのだ。みすみす逃してしまう手はないが……
 こちらは満身創痍だし、ヒマラヤ支部の状況も気にかかる。

『これ以上の戦闘は無用だ。撤収しろ』
 そこで再び、ノイズ交じりに通信機から声が届く。
 その声は……この戦いの始まりにも聞いた、無機質で冷たい声だ。
「撤収しろ? あなたは一体……」
 リュウが彼女に疑問を投げかけた。
 ゴドーは言葉一つ発さず、表情も変えないまま、声の主に注意を向けている。
 通信機の向こうで、小さく息を吸う音が聞こえた。
「これは命令、そう……」
 女性はもったいぶるでもなく、焦る様子もなく。
 冷淡な声色を揺らすこともなく、ただ事務的に俺たちに告げた。

「ヒマラヤ支部長、クロエ・グレースの、最初の命令だ」



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