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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第三章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~3章-3話~

  「ふぅ……」
 任務を終えて支部に戻ってきた俺は、廊下を歩きつつ大きく息を吐きだした。
 支部周辺では今日もアラガミが増え続け、任務も日増しに負担が大きくなっている。
 相変わらず、フェンリル本部や他支部と連絡が取れたという話も聞かない。
 孤立無援、絶望的な状況が続く。
 しかしそうした状況さえも、いつの間にか俺にとって当たり前のことになりつつある。
 慣れとは恐ろしいもので、俺を含めた支部の人員たちは皆、この異常な状況下のなかでも、取り乱すことなく『日常』というものを築きつつあった。
(……人間の環境適応能力の高さを褒めるべきか、周りに不安を抱かせないゴドーの手腕を称えるべきか)
 はたまた、ヒマラヤ支部の人々の危機意識の低さを嘆くべき状況なのか……
 俺では判断しようもないことだが、とにかく今日は、そういう平穏な一日だった。

 思えば俺がヒマラヤ支部に来てからこれまで、心休まるような日はほとんどなかったと言ってもいい。
 だからこそ、こんな気持ちになるのだろう。
(……不安だ)
 本当は、俺の知らないどこかで新しい問題が起きているんじゃないのか。
 杞憂かもしれないが、そんな気がしてならなかった。
「…………」
 広場の入り口に立って、俺は周囲に鋭い視線を送る。
 そうして何か、問題が起きていないか探ろうとしてみたのだが、どういう訳か俺の周りから人が減っていく。
 広場に漂いはじめた不穏な空気から察するに、何か問題は起きている気がするのだが……
 と、不意に俺の背中に何かがぶつかってきた。
「きゃっ」
 続いて、短い悲鳴。
 振り返ると、カリーナが驚いた顔で立っていた。
「す、すみません! 考え事をしていて……っ!」
 慌てて謝罪する彼女だったが、俺の顔を見ると少しだけ安心したように肩の力を抜いた。
「よかった、隊長代理だったんですね」
 そうしておいてから、もう一度慌てた表情を浮かべる。
「って、すみません。やっぱりよくはありませんよねっ」
「いえ、気にしないでください」
 俺の言葉に、カリーナは今度こそ安心した様子でため息をついた。
 相変わらず、表情が豊かな人だ。
「改めて、お疲れ様です。隊長代理」
 かしこまって見せたカリーナだが、すぐに表情を崩して親しみやすい笑みを浮かべる。
「……って、まだちょっと、この呼び方は慣れないですね。少し前は新人さんでしたから」
「好きに呼んでください。俺自身、そう呼ばれるのには慣れてませんし」
「そうなんですよね。いきなりビックリするほど出世しちゃって、大変ですよね。……特にゴドーさんの代理ですし」
「ふむ……特に、というのはどういう意味だ?」
「ひゃあっ」
 困ったように笑っていた彼女が、小さな肩を跳ねさせる。
 その背後には、話題のゴドーが立っていた。
「噂をすればとは言いますけど……それにしたって登場が早すぎませんか?」
「支部長代理。第一部隊に追加の任務でしょうか?」
「いや。その第一部隊の隊長が、広場の入り口で休息をとる隊員たちを威圧していると報告があってな」
「威圧……」
 俺が広場のほうを向き直ると、遠巻きにこちらを見ていた集団が勢いよく顔をそらした。
「……何か問題が起きないように、注意を払っていたつもりだったのですが」
「まあ、そんなところだろうな」
「八神さんって、話してみないとちょっと恐そうに見えますもんね……」
 ゴドーは予想通りという反応を見せ、カリーナは苦笑いを浮かべてみせる。
 あまり深く考えたことはなかったが、どうも俺は自分で思っている以上に人相が悪いらしい。
「では、支部長代理は俺を注意するためここへ?」
「いや、そちらはついでだ」
 そう言うと、ゴドーはカリーナに目線を向けた。
「え、私……?」
「今後の調査について、会議をすると言ってなかったか?」
「……あっ! す、すみません、すっかり忘れてました!」
 カリーナは慌てた様子で、ゴドーに向けて大きく頭を下げる。
 そんな彼女に向けて、ゴドーが何か声をかけようとしたところで、今度は別の人物が現れた。
 赤髪が特徴的な商売人、ドロシーが紙の束を掲げながら近付いてくる。
「おーい! カリーナ、この書類あたしの店に忘れてっただろ?」
「え!?」
 指摘を受けて、カリーナが自分の手元を確認し、肩を落とす。
「ごめん……ぼーっとしちゃってたみたい……」
 カリーナはそう答えて、申し訳なさそうに縮こまる。
 なんというか、ずいぶんと彼女らしくない姿だ。
 俺がこれまで見てきたカリーナは、いつでも明るく元気に、どんな仕事でもそつなくこなしていたイメージだった。
「そういえばさっきも、俺の背中にぶつかって……」
「あ、あれは違うんですよ! ちょっと上の空だったというか……」
 カリーナは言い訳するようにまくしたてる。
「本当にすみません。八神さんたちに無理をさせてる分、私が頑張らないといけないのに……」
 そう言って俯くカリーナに対して、ゴドーがきっぱりとした口調で話す。
「無理をしているのはカリーナ、君だ」
「え?」
「ポルトロン支部長がいなくなってから、一日も休んでいないだろう」
 ゴドーの言葉に、ドロシーが同意するように何度も頷く。
「睡眠時間もかなり削ってたもんなー」
「ドロシーまで……。私は大丈夫ですよ。食欲もありますし、メディカルチェックだって……」
 取り繕うように言葉を重ねていたカリーナだが、それをゴドーが遮った。
「ドロシー、頼む」
「はいよ!」
 何を、と説明するまでもなくドロシーが動いた。
 一歩でカリーナへの距離を詰めると、あっという間に彼女を抱き上げてしまう。
 背中とひざ裏に手を通したその抱き方は、いわゆるお姫様抱っこだ。
「お休みのお時間でございます、お嬢様」
 ドロシーが冗談めかしてささやきかけると、カリーナはわずかに頬を染めながら抵抗を試みる。
「待って! 私まだたくさん仕事が!」
 ドロシーの手から逃れようとする彼女に、ゴドーが念押しするように言った
「今日はお休みだ、カリーナ」
「やだ! 休みません!」
「連れていけ」
 カリーナの言い分を取り合うつもりはないらしい。
 議論の余地もなく、ドロシーに連行の指示が下される。
 そうしてここに、小柄な少女が、女性にお姫様抱っこされて連れていかれるという珍しい光景が展開された。
 カリーナが騒いだこともあって、広場にいた職員たちの注目が自然と集まる。
 その視線をどういう意味で受け取ったのか、ドロシーは快活に笑っている。
「へへっ、羨ましいか男どもー!」
「おろせー! こらー!」
 カリーナが抵抗の声を上げているが、ドロシーに気にする素振りはない。
 そのまま彼女を部屋へと連れて行ってしまう。
 遠ざかっていく二人の姿に苦笑を浮かべていたゴドーだが、仕切り直すように息をついた。
「よし、仕事だ」
「……了解」



  そんなことがあった翌朝。
 整備場に向かっていると、偶然ゴドーとドロシーが話しているところに遭遇した。
 ゴドーが俺に気付いて手を上げる。
「おはよう。ちょうどよかった、カリーナを見かけなかったか?」
「いえ、見てませんが」
 俺の返事を聞いて、ドロシーが推測を立てる。
「やっぱりまだ部屋にいるみたいだねぇ」
「まだ寝てるのか?」
「あるいは、昨日のことで拗ねてるか?」
「だとしたら困るな……」
 ゴドーは苦笑を漏らして、それから俺に視線を投げた。
「セイ、ちょっと様子を見てきてくれないか?」
「俺が……?」
「無理やり休ませたのは俺とドロシーだからな。拗ねてるとしたら、こじらせることになる」
 その理由には納得できるが、だとしても俺が部屋に行くのはまずいように思える。
「もし寝ていたら?」
「せっかくだ。そのまま寝かせておけ」
「いえ、そういうことではなく……」
 なんと説明したらいいのだろう?
 続ける言葉に困っていると、ドロシーが含みのある笑みを浮かべた。
「なんか見ちゃっても、あんたなら許してもらえるんじゃない?」
「そうは思えないが」
「いやいや、いけるって! って訳で、怒ってたら言い訳とかよろしく~」
「……」
 なるほど、ようするに面倒ごとを押し付けられたということらしい。
 まぁ、怒りの矛先が俺に向かうことでカリーナが元気になるというなら、安いものかもしれないが……



  ドアをノックする音が、静かに響いた。
 この向こうには、カリーナの自室が広がっている。
「…………」
 ノックへの返事はなかった。特に物音もしない。
「寝てるのか……?」
 それだけならいいのだが、ここ最近の激務を考えると倒れている可能性も否定はできなかった。
 任された身としては、安否の確認はしておきたい。
 試しにドアノブに手をかけてみると、鍵はかかっていなかった。
「……悪いけど、入るぞ」
 静かにドアを押し開けて、部屋の中に踏み入る。
 そこは、女の子の部屋にしてはずいぶんと質素な部屋だった。家具はほとんどなく、装飾品も少ない。目につくものといえば、部屋の奥にベッドが置かれているだけ。
 そのベッドの上にカリーナの姿があった。
 普段の制服ではなく寝間着で、大きな抱き枕に腕を回して寝息を立てている。
 どうやら、眠っていただけのようだ。心配のしすぎだったな。
 一安心して、部屋を出ていこうとすると、
「ん、んんぅ……しょく……」
「!?」
 カリーナの声に、少しだけ驚く。
 起こしてしまったかと思ったが、目は閉じたままだ。夢でも見ているのか、寝言をこぼしている。
「ほしょく、してください……その調子……がんばって……んんぅ」
「夢の中でも仕事か。カリーナらしいな」
 仕事の夢を見ていても、カリーナの寝顔は辛そうではない。むしろ活き活きしている。
 きっと、彼女にとってはいい夢なのだろう。
 なら、もうしばらくそっとしておこう。
 ゴドーからも許可は得ているのだし、結果だけ報告すればいい。
 今日のカリーナはお休みだ、と。

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