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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第三章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~3章-2話~

  神機を整備に預けた俺は、呼び出しを受けて一人で支部長室を訪れていた。
 大抵のことなら作戦司令室で済ましてしまうゴドーだ。支部長室に呼ばれたということは、何か重要な話があるのかもしれない。
「君に来てもらったのは他でもない」
 そう言ってゴドーは俺をじっと見る。
 アラガミや任務に関わる話だろうか。あるいは、神機について何か分かったことがあるのか……
 そうして身構えていると、ゴドーは真剣な調子のまま要件を告げた。
「隊長代理として、リュウとレイラを見てどう思う? 率直な見解が聞きたい」
(二人のことを……?)
 やや肩透かしをくらった思いになるが、気を取り直す。
 隊長代理を任される身として、部下の状態は常に正しく把握しておかなければならない。
「リュウはアラガミ素材を求めるあまり、前へ出過ぎる傾向があります。おかげで肉体の疲労は溜まっているようですが、アラガミ増加によって、士気自体はむしろ向上しているかと」
「そうか。彼はアラガミと戦うことが基本的に好きだからな」
「はい。アラガミに関する豊富な知識も頼りになります。彼のおかげで切り抜けられた場面も少なくありません」
「なるほど。アラガミ素材を狙いすぎる傾向があるものの、チームの和を著しく乱すほどではない……ん、よく分かった」
 チームの和を乱す、と言われると何度か怪しい場面もあったが……
 とはいえ、連携の練度についてはリュウ一人の問題でもない。どちらかといえば、隊長代理の俺に責任がある話だ。
「レイラのほうはどうだ?」
「彼女は……少し無理しているように見えます。あまり表には出しませんが、中型種やチェルノボグ、ウロヴォロスといった強大なアラガミとの戦闘が続いているせいで……」
「そうだろうな」
 少し考える素振りをしてから、ゴドーは再び口を開く。
「レイラはまだ中型種以上のアラガミとの戦い方を確立できていない。小型種相手なら、攻撃一辺倒でもいいんだがな」
「……はい」
 確かに、レイラはリュウに比べると攻撃のパターンが少ない。
 とはいえこれは、中距離に身を置いて戦うリュウと、常に前線で戦うレイラの、戦闘スタイルの差とも取ることができる。
 状況や敵に応じて戦い方を変えるリュウに対し、レイラは常に前に出て、突破口を開く戦い方を基本としている。
 これは、敵の攻撃を受けることを前提とした戦い方だ。
 相手の注意も一手に引くため、一緒に戦う俺やリュウとしてはありがたい戦法だが……
「中型種以上は一撃の威力も大きい。ダメージと疲労が溜まると、調子も落ちていくものだ」
 そこまで言うと、ゴドーは何かを考えるように言葉を切った。
 それからすぐに、俺のほうへと向き直る。
「リュウはさておき、まずはレイラだな。二人で出撃してくれ」
「レイラと二人で……?」
 何を求められているのか分からず、困惑する。
 他の戦い方を教えられるほど俺は器用ではないし、慰めの言葉の類は彼女の場合、かえってプライドを傷つけることになりそうだ。
「君はいつも通りやればいい。必要なら、レイラのほうから動くだろう」
「レイラのほうから……?」
「ああ。あれはそういう子だ」
 ゴドーはそう言って、意味ありげに含み笑いを浮かべるのだった。



 ゴドーの指示に従い、俺はレイラと旧市街地に向かっていた。
「あなたと二人で出撃するのは、久しぶりですね」
「そうだな。ヒマラヤ支部に来たばかりの時を思い出す」
「……」
 俺の言葉に対し、レイラは何か答えようとして、躊躇するような気配を見せた。
「……大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
 彼女のほうを見ずに声をかけると、レイラは戸惑うように返事をした。
 それから「大丈夫、か……」と俺の言葉を静かに繰り返すと、くすりと笑った。
「あなたは、随分と変わりました」
「俺が?」
「ええ。……初めて話した頃のあなたには、他人を気にかけるような余裕はなかったわ。マリアのこともあったのでしょうけど」
「……そうだな」
 初めて一緒に戦いに出た時、俺はレイラに『必ず生きて帰れ』と説教された。
 自暴自棄になっていたつもりはないが、彼女にはそれだけ危うい状態に見えたのだろう。
「そんなあなたが今は隊長になって、わたくしたちを叱咤激励している」
「叱咤激励……?」
「していますわよ」
 異論を挟む前に、レイラが先んじて言い切った。
「ウロヴォロスとの戦いの時、あなたはわたくしとリュウを叱りつけ、そのうえで頭を下げた。……以前のあなたならそんなことはせず、一人でウロヴォロスに向かっていったはずよ」
「…………」
 レイラはどこか、羨むようにして俺を見た。
 しかし、もし俺が彼女の言うように変わっているとすれば、少し複雑だ。
 俺が変化した理由は、挫折だ。自分一人では限界があると、気付いただけだ。
 この気持ちはきっと……羨ましがられるようなものではない。
 だが、今日のレイラは自虐的だ。
「わたくしは……変わっていないと思うでしょう?」
 そう言ったレイラの表情は、怒っているようにも泣いているようにも見えた。
 その余裕のない表情に息を呑む。
「……ああ。変わっていない」
 取り繕った言葉は求められていないだろう。俺は素直にそう答えた。
「そうね。誰よりもまず、わたくし自身が変わったと思っていません」
「レイラ、俺は……」
 変わることが、必ずしも正しいことだとは思わない。
 そう口にする前に、レイラは遠くを見つめながら、ゆっくりと話した。
「第一部隊からマリアがいなくなった分を、わたくしが埋めてみせる……そう決意を固めてやってきました」
「……!」
 レイラは眉根を寄せて、苦々しく言う。
(レイラも、マリアのことを……)
「ずっと誰にも言わずにおいた決意です。今、初めて他人にそれを言いました」
「……何故、それを俺に?」
「あなたは、わたくしよりも遥かにそれができているからです」
 そう口にしたレイラの表情は、烈火の如き怒りによって、ギラギラと輝いているように見える。
 しかし、激しさを秘めたその眼差しは、俺を見ているようで見ていない。
「イラつく…………あなたではなく、無様な自分に……ッ!」
 声を絞り出すようにして、レイラは吐き捨てた。
(自分自身が、許せない……か)
 レイラと俺は、もしかしたら少し似ているのかもしれない。
 王族に生まれた彼女に対し、こんな風に感じるのは、馬鹿げたことかもしれないが……
 彼女の胸の内を知り、何か言わなければと思った。
 どう切り出すべきか迷いながらも、とにかく俺は口を開く。
「レイラ――」
 しかし、俺が続きを言う前に、レーダーの音がそれを遮った。
「はぁ……失礼したわ。先に任務を片付けましょう」
 大きくため息をついたレイラは、そのまま有無も言わせない様子で反応のほうへ向かう。
 俺はかける言葉も見つからないまま、レイラの後に続いていった。



  レーダーに反応があった地点へと向かって間もなく、俺とレイラはアラガミと会敵した。
 相手は中型種のコンゴウと数体の小型種。
 二人で協力すればなんの問題ない……はずだった。
「来ないでっ!」
 援護しようとしたところで、レイラから激しい叱咤の声が浴びせられる。
「――っ! レイラ……」
 その姿が、俺の前に立ちはだかった小型種たちの影に埋もれて見えなくなる。
 この壁の向こうで、彼女は今もコンゴウを一人で相手しているのだ。
「あなたは自分の相手に集中なさい! 中型種くらい……わたくし一人でもやれるわっ!」
「くっ……」
 早くレイラの加勢に向かいたいところだが、小型種は容赦なく俺に向かってくる。
「きゃあっ……!」
「レイラ――ッ!」
『アビスドライブ・朧月』を発動させて、正面のアラガミたちを一気に薙ぎ払う。
 レイラはコンゴウの一撃を喰らったらしく、地面に倒れ伏せていた。
 その背中に覆いかぶさるように、周囲から小型種が襲い掛かる。
「……ッ!」
 身体の奥から紫の靄が吹き上がり、神機に吸われる。その切っ先が黄色い光を纏い、眼前に迫るアラガミを一刀両断した。
「無事か、レイラ……!」
「……やめてちょうだい」
 助け起こそうとした手を、レイラがはじくようにして振り払う。
 そうしてレイラは、一人で立ち上がろうとする。
「足手まといにはなりたくない……わたくしは、変わらなくてはならないのよ……っ」
 堅く握った拳を地面に押し付けるようにして、無理に体を持ち上げる。
 その足はがくがくと震えている。恐怖ではない……まだ力が入らないのだろう。
 それでも、レイラは立ち上がる。
 顔にかかった乱れた髪を、振り払おうともしないまま。
 吹き飛ばされた時に切ったのか、唇の端から零れる血を、拭うことさえ億劫だというように。
 ギラギラと燃え盛る目で、まっすぐに敵を見据えたまま、そうしてレイラは立ち上がった。
「…………」
 そんなレイラが見せる気迫に、俺は圧倒されていた。
 その数秒のうちに、眼前に迫ったコンゴウが咆哮を上げる。
 振り向けば今まさに、コンゴウが巨大な腕を振るう瞬間だった。
 俺一人なら避けられる。しかしレイラはまだ――
「……!」
 レイラは前のめりに崩れるようにして、コンゴウの腕を躱しながら相手の腹に潜る。
 そうしてそこから足を踏ん張り、ブーストハンマーを振り上げた。
「こん……のぉおっ!」
 レイラの一撃が、ほとんど零距離からコンゴウの鳩尾を打ち抜いた。
「グオオオオオオオオオオオッ!」
 低い悲鳴が辺りに響き、コンゴウが一気に距離を置く。
 同時にその反動で、レイラがその場に尻もちをついた。
「――ッ!」
 無防備なレイラに迫る小型種たちを、『朧月』が一気に狩り取る。
「立てるな、レイラ――!」
「え、ええ……っ」
 今度は手を差し伸べようとは思わなかった。レイラは一人で立ち上がれる。
「駄目ね、わたくしは……何度もあなたの力を借りて……」
「そういう話はあとだ。まずは協力してコンゴウを倒すぞ」
「ええ……わたくし一人では、中型種には勝てないもの」
 レイラは悔しさを滲ませた声色で、俺に従った。
「少し冷静になるわ。距離を取って、援護に集中すればいいかしら?」
「いや、いつも通りでいい。レイラは前に出て、コンゴウの注意を引き付けてくれ」
「え……?」
「任せたぞ……!」
 レイラの返事を待たず、俺は神機を構えて駆け出した。
 まずは邪魔な小型種の数を減らす。その間コンゴウの相手は、レイラが果たしてくれるだろう。
「くっ……」
 ゴドーはレイラが、まだ中型種以上のアラガミとの戦い方を確立できていないと言っていた。
 そのことがレイラを苦しめているなら、考えられる対応策は二つある。
 一つは今までの戦い方を捨てて、戦い方を変えること。
 そしてもう一つは、荒療治だ。
「この……ッ」
 レイラがハンマーを構えて走り出す。ハンマーの重さもあって、その足元は若干ふらついている。
 それを見たコンゴウもまた、レイラに向けて襲い掛かった。
 このままぶつかり合えば、コンゴウの攻撃が先に当たる……そう感じた俺は、コンゴウの目に向けてアサルトを放った。
 致命傷にはならない。それでもコンゴウは一瞬たじろぐ。
 そしてその時間は、レイラのハンマーが火を噴くには十分な時間だった。
「今度こそ……これでッ!」
 レイラのハンマーがコンゴウの分厚い顎を下から捉える。そのままその全身を宙に浮かしてしまうように、一気に下から突き上げた。
 残念ながら、その巨体が浮いて吹き飛ぶようなことはなかった。
「グルウゥ……」
「くっ……やはりわたくしの力では……」
「いいや、レイラの攻撃は効いている」
 立ち上がるまではスムーズだったコンゴウだが、構えたところでふらつき、片膝をつく。
「……!」
「効かないはずがないんだ。あれだけ力を込めて振り抜けばな」
「ですがその一撃も、あなたのフォローがなかったら……」
「あの場面では援護するのが当然だ。相手がたとえ、ゴドー支部長代理でもな」
「……」
「いつも通りでいいんだ、レイラ」
 もっとレイラを庇いつつ、立ち回るべきかとも考えた。
 しかし、レイラの目を見たときから、それは不要だと気が付いた。
 ゴドーが俺に言った、『いつも通りやればいい』という言葉の意味が、ようやく分かった。
 レイラは自分で立ち上がれる。そういう強さを持っている。
 だから俺も、躊躇はしない。
 コンゴウにトドメを刺すべく、神機を構えて走り出す。
「……ッ!」
 これまでも、何度もそうやって戦ってきた。
 レイラが前に出て、敵と戦う。
 俺たちは背後からそれを援護する。
 レイラがアラガミにダメージを与え、突破口を開く。
 囮になりつつ、背後の俺たちを守りながら。
 そうして俺やリュウは隙を見つけて、レイラが弱らせたアラガミを倒す……
 なんて割に合わない戦いなのだろうと……なんて不器用な立ち回りだろう、と。
 そういう風にレイラを見るのは、彼女に対する侮辱以外の何でもない。
「これで、終わりだ……ッ!!」
 常に誰よりも前に立ち、危険を恐れず、傷つくことを厭わずに、仲間を守るため立ち続ける……
 なんて誇り高い――彼女らしい戦い方なのだろう。
 そんな彼女がいるおかげで、俺は今日まで戦えてきた。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
 大口を開けて迫るコンゴウの顔に向けて、俺はバレットを撃ち込んだ。
 僅かだがコンゴウの勢いが弱まる。その好機を逃さないように、顔に、胸に、腹に、何度もバレットを叩き込む。
 攻撃を受けたコンゴウはそれでも前進を続けたが、俺に手が届く寸前で、地面に倒れた。
 地に伏せ、小刻みに震えていたコンゴウだったが、しばらくすると動かなくなる。
「……倒せたのね」
「ああ、いつも通りにな」
 俺の言葉に、レイラは少し傷ついた表情をしていた。
 自分一人でコンゴウを倒したかったのだろう。自分自身の、誇りのために。
 しかし、悔しさを飲み込んで立ち続ける彼女の表情が、俺には何より崇高なものに思える。
(レイラは変わりたいと言っていたが……惜しいな)
 最後はレイラ自身が決めればいいが……
 俺個人の気持ちとしては、レイラには今のままでいて欲しい。
「このまま残りのアラガミも一気に片付けるぞ」
「ええ……分かっています」
 余計な思考を放棄すると、俺はレイラと共に、残りのアラガミたちの討伐を開始した。



  最後のアラガミが地に伏せて動かなくなる。
 そのまま神機を構えて警戒を続けたが、どうやらこれでおしまいらしい。
 神機を下ろしてレイラに近づくと、彼女は俯き、地面をじっと見つめていた。
「結局、あなたに頼ってばかり……わたくしは、変わることができませんでした」
 俺の顔は見ずに、一人ごちるようにしてレイラは言った。
「……こんなことでマリアの分も、なんてお笑い草ね」
 自嘲するようにふふ、と笑う。
「…………」
 そんなレイラに声をかけようとしたところでまた、俺の目の前に彼女が現れた。
 とはいえ今回ばかりは、純白の髪の女性よりも、レイラのことが気になるが……
 奇妙なことに、それは女性も同じようだった。
 女性は俺を見ず、現れてからただずっと、レイラを眺めているようだった。
「……同一の代替品でない以上、同じ役割は果たせない」
「え……?」
 俺の言葉に、レイラが顔を上げこちらを見る。
「彼女からの言伝だ」
 俺はそう言って、レイラに彼女のいるほうを指差した。
 レイラには見えていないのだろうが、女性はゆっくりと首肯する。
「同じ役割は果たせない……わたくしでは、マリアにはなれない」
「……」
 マリアによく似たその女性は、今度は頷かず、身じろぎもなくただじっとしている。
「……そうね、貴方の言葉は正しいわ。否定のしようもありません」
 レイラはそう口にした後で、深く大きなため息をつく。
「だけど、その正論には腹が立つ」
 そしてそのまま、一気に息を吸い込んで――俺に向かって啖呵を切った。
「はいそうですね、と納得して生きられるなら、誰も苦労なんてしないわ!」
「……」
「……」
 至近距離まで詰め寄ったレイラが、そのままじっと俺を睨みつける。
 頬を紅潮させ、眉を吊り上げ、ギラギラと輝く瞳をこちらに向ける。
 そのまま誰も何も話さず、気まずい沈黙だけが流れる。
「……それは、彼女に言ってくれ」
 根負けした俺は、もう一度彼女のほうを指差してそう言った。
「……ごめん」
 レイラがゆっくり距離を置いてから咳払いする。
「だけど、今ので確信したわ……その神機には本当に何かがいるのね。あなたが代替品だなんて、言う訳がないもの」
「…………」
 確かに、普段使いするには堅い言い回しだ。言う訳がない、と断定されるとは思わなかったが。
 レイラがその場で視線を巡らせる。
 だがやはり彼女のことは見えないようで、俺のほうへとその視線を戻した。
「そこにいる誰かさんに伝えてちょうだい」
 いつも通りの鋭く強いまなざしで、俺を見る。
「現実を、正しさを突きつけられても、それでもあがくのが人間よ、ってね」
 その瞳の中に、先ほどまであった恐れや弱さは感じない。
 むしろ決意と覚悟といった強い意志が込められている……そんな気がした。
「拝聴いたしました」
 俺が伝えるまでもなく、純白の女性はそう口にした。
 そしてそのままいつも通り、景色に溶け込むようにして輪郭を失っていく。
 それを見届けてから、レイラに伝える。
「彼女にも伝わったようだ」
「そうですか……ふうっ! わたくし、すっきりしました」
 もう一度大きく息をついたレイラは晴れやかな表情で伸びをする。
 そんな姿を眺めていると、レイラはバツが悪そうにこちらを振り向いた。
「……戻りましょうか」
「ああ、そうしよう」
 少し恥ずかしそうなレイラの言葉に頷いて、俺たちは支部へと帰還することにした。



「おや、今回も派手にやられてきたみたいだな?」
 支部に戻り、広場の前を通ったところで、俺たちはリュウと鉢合わせた。
「なんのことですか?」
 リュウの皮肉っぽい口ぶりに、レイラはすました表情で答える。
「見れば分かるさ、受けたダメージの量がね」
「そう……で?」
 まったく相手にしていない。
 そんな雰囲気を漂わせる今日のレイラに、リュウは不愉快そうに眉を顰める。
「……いつまで続けるんだ? ひたすら前に出る戦い方、そろそろ考え直すべきじゃないのか」
 レイラのすげない態度が気に障ったのか、リュウが少し語気を強める。
 そんなリュウに対し、レイラはにっこりと笑みを浮かべて返してみせた。
「ええ、そうね。熟慮のうえ、続けることにしたわ」
(……! レイラ……)
「はっ、熟慮のうえだと? そんなこと言って、何も考えてないだろ!」
 嘲笑うように言うリュウに対し、レイラのほうは落ち着いたものだ。
「人の話はちゃんと聞きなさい。小さい頃に教わらなかった?」
「まったく、話にならないな!」
 リュウは吐き捨てるように言って、背中を向ける。
 その背中に向けて、レイラはまっすぐに言い放つ。
「わたくしは話そうとしているわ」
「……んん?」
 レイラの言葉が予想外だったのか、リュウが訝しがるように振り返る。
「熟慮のうえ、続けることにした……わたくしはそう伝えました。否定する前に、言葉の意味を考えてみてはいかが?」
「なんだと……?」
「わたくしから言えるのはここまでです。では、ごきげんよう」
 捨て台詞を残し、レイラは颯爽とその場を後にした。
「……」
 取り残されたリュウは、珍しく呆然とした様子で、その後姿を見送った。
 そうしてレイラの姿が完全に見えなくなったところで、リュウが戸惑いながら尋ねてくる。
「隊長代理、任務中に何かあったんですか?」
「いや……何もなかったな」
 俺はリュウにそう答える。
 思い当たることと言えば、白い髪の女性との会話だが、あれはきっかけに過ぎないだろう。
 レイラは何も変わっていない。変わらないことを、自分で決めたのだ。
「そうですか……気まぐれかな……?」
 リュウは腑に落ちない様子で首をひねっている。
 彼には少し悪い気もするが、その全てを説明する気にはなれなかった。
 俺自身、レイラの気持ちの全てを理解できている訳でもないし、彼女があの時見せた晴れやかな表情を、一人占めしておきたいような気持ちも、少しだけあった。
「熟慮のうえ、続けることにした、ねえ……?」
 ライバルの成長を無意識に感じ取っているのか、リュウはレイラが去っていった廊下をじっと見据えて考え込んでいる。
 今日のレイラの決意が、やがてリュウにもいい影響を与えるのではないか……そんな風に考えるのは、少し欲張りすぎかもしれない。

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