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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第二章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~2章-7話~

「お疲れ様です、隊長代理」
「カリーナさん……お疲れ様です」
 任務を終えて広場で一息ついていると、俺に気がついたカリーナが明るく声をかけてきた。
「もしかして仕事のことで何かありましたか?」
 カリーナはそう言って軽く微笑む。
「いえ、特に大きなことは……いつも通りです」
「なるほど……最近の第一部隊の状態はどうですか? リュウとレイラは相変わらずみたいですけど」
(リュウとレイラ、か……)
 カリーナの言葉を受けて、俺はここ数日の任務のことを思い返す。
 任務自体は毎回無事に終えている。しかしそれと同じ数だけ、二人の言い争いも見てきた。
 最近は間に入って止めることにも慣れてきたが……根本的な解決にはなっていないのが現状だ。
「やっぱりちょっと、しんどかったりするんじゃないですか?」
「それは……」
 いきなり核心を突かれた俺は、一瞬言葉に詰まってしまう。
 カリーナは笑顔のままだが、いまさら取り繕っても遅いだろう。俺は観念して白状する。
「正直に言えば……まあ。もう少し仲良くやってくれると助かるんですが……」
「難しいですよね、尖っていたい年頃だし」
「そういうもの……ですかね?」
「ええ」
(尖っていたい年頃、か……)
 やはりカリーナは大人だ。そんな風に言われてしまうと、あの二人としても形無しだろう。
 かく言う俺も、レイラやリュウとは同世代だ。
 カリーナに子供扱いされているかもしれないと考えると、なんとなく複雑な気持ちになる。
「それに、あの子たちは同期みたいなものだし、負けたくない気持ちが強いんです」
「なるほど……」
 その気持ちは、少し分かる気がする。
 実際、俺ももっと小さかった頃は、年の近いマリアに対抗心を持っていた。
「だから遠慮なく言い合いもできるんでしょうけど……それもやりすぎると、仲が悪くなってしまいますよね」
「……はい」
「お互い、認め合えるといいんですが……」
「……そうですね」
 頷きつつも、同時に難しいだろうとも感じる。
 リュウもレイラも、自分が正しいと思う信念を基に行動している。
 現実的に利益を考え戦うリュウと、理想のために戦うレイラ……
 正反対の価値観を持つ二人だが、きっとどちらの考え方も間違ってはいないのだ。
「ここにいたか」
 どうすれば二人が仲良くできるのか……
 カリーナと頭を悩ませていると、そこにゴドーが割って入った。
「ブリーフィングだ、二人とも来てくれ」
「あ、はいっ!」
 要件を告げると、ゴドーはすぐさま踵を返す。
 俺たちは慌てて、その後を追いかけたのだった。



 作戦司令室に足を踏み入れると同時に、モニターの表示が目に入った。
 巨大なアラガミ反応を見て、カリーナがすぐさま顔色を変える。
「この大きなアラガミ反応は……!!」
「クベーラじゃありませんよ、カリーナさん」
 すでに室内にいたリュウが、落ち着いた調子で口にした。
 カリーナは一度安心したように息をつくが、すぐにもう一度モニターを見た。
「ですが、クベーラじゃないなら一体……」
「ウロヴォロス、超大型種だ」
「ウロヴォロス!? 動くだけで災害が起きると言われる、あの!?」
 ゴドーの言葉に、再びカリーナが飛び上がった。
「俺も戦ったことはない。ヒマラヤに現れたのは初だな」
「ウロヴォロス……か……」
 俺も存在自体は聞いたことがある。
 ウロヴォロスは平原の覇者と呼ばれる、山のように巨大なアラガミだ。
 それと戦わなければいけないのかと考えると、じんわりと手のひらに汗が滲んでくる。
 緊張からゴクリと唾を飲み込んだその瞬間……
「……はははっ!!」
 突如、司令室の中に、大きな笑い声が響き渡る。
「……やった!! あのウロヴォロスに出会えるなんて!!」
 声の方向へと視線を向けると、興奮と歓喜の感情を顕わにしたリュウがそこにいる。
「リュウ! 喜んでいる場合ですか!! こんなバケモノが外壁を突破して居住区に入ってきたら……っ!!」
「倒せばいい、いや、倒すさ! そうですよね、隊長代理?」
 語気を荒げたレイラに対し、リュウは愉悦に浸る気持ちを隠しもせずに、俺を見据えた。
 返答を求められた俺は、もう一度モニターの表示に目を向けた。
「まずは様子を見る……と言いたいところだが、倒すしかないだろうな」
「な――」
「そうこなくっちゃ!!」
 レイラの言葉を遮って、リュウが嬉しそうに身を乗り出す。
 話に聞く通りの存在であれば、ウロヴォロスは危険過ぎる。
 通常ならば様子を見て、敵の情報を集めたいところだが……アラガミの反応はこの支部からほど近い。
 レイラが懸念している通り、のんびりしている間に外壁を突破されてしまえば、俺たちはもう終わりだ。
 俺たちが生き残るには、ウロヴォロスを倒す以外に道はない。
「この戦いは俺も出る。クベーラはこいつよりでかい……これぐらいは倒さなくてはな」
「ゴドーまで……軽く考えすぎじゃないの?」
 不安げに周りを見るレイラに対し、ご機嫌なリュウが煽るように笑みを向ける。
「レイラは留守番するかい?」
「……ぶっ飛ばしますよ?」
「今はよせ。力は全部ウロヴォロスにぶつけろ」
 ゴドーは二人の間に割って入ると、そのままこちらに向き直った。
「指揮は隊長代理、君に任せる。いいな?」
「はい」
 おそらくゴドーはこの機会に、俺たちの実力をその目で確認しておきたいのだろう。
 報告によれば、支部近辺には大型種のアラガミも増えてきている。
 俺たちが大型種に太刀打ちできるかどうかで、今後の戦略は大きく変わっていくはずだ。
 できればゴドーの力にもなりたいところだが……俺にそんなことまで考えている余裕はない。
 全力で立ち向かわなければ、ウロヴォロスにやられてあっさり終わりだ。
 気を引き締めてかかる必要がある。
「第一部隊、出撃!」
 そうして俺たちは、ウロヴォロスとの戦いを迎えるために、準備を整えヘリポートへと足を進めた。



 鬱蒼と茂る森の中……そこにはかつて存在した文明を感じさせる廃墟があちこちに点在していた。
 ここに、あのウロヴォロスがいる。
 緊張からか、部隊内での会話はなく、俺たちは無言のまま森の中を進んでいた。
 森の中は静かなもので、生き物の気配を一切感じない。恐らく危険を察知してすでに逃げ出した後なのだろう。
 聞こえてくるのは一定間隔で訪れる、大地を揺るがす重たい響きだけ……巨大な存在が、ゆっくりと歩みを進めているのだ。
そんな時間が数十分ほど続いた頃だった。
『ウロヴォロスの接近を確認! 戦闘準備、願います!!』
 カリーナの緊張を含んだ声が、通信機から漏れる。
 いつ接敵してもいいように、俺は神機を近接武器形態へと変形させる。
 ほとんど同時に、俺の視界を巨大な存在が埋め尽くした。

 それは、まさに異形としか言いようのない存在だった。
 無数の触手を束ねてできたようなその巨大な体躯には、首や尻尾などの部位の境目がほとんど見られない。しかし同時に、球体のようなシンプルな形態からは程遠い。
 苔に覆われた背中はあまりも大きく、深緑に覆われた山が目の前で動いているような錯覚を覚えさせる。
 その腹には、朽ちた木の根のような黒紫色の触手が無数にだらんと垂らされており、その巨体が一歩歩みを進めるたび、触手一本一本が違う生き物のように気味悪く揺れている。
 また、身体の節々には羽とも角とも判別つけがたい突起物が散見されるが……あまりに大き過ぎて、その全体像を把握することは難しいそうだ。
 そんな異形の塊が、伸縮を繰り返す巨大な四本の腕に支えられて歩みを進めているのだ。
 顔に当たる場所にはただ、びっしりと紅く光る無数の眼が置かれている。
 その一つ一つをくりくりと蠢かし、周囲を注意深く見渡しながら、ウロヴォロスは一歩、また一歩と歩みを進めている。
「こいつもでかいな……」
 その異様を目の前にして、ゴドーは淡々と口にした。
「あれを一人で倒すゴッドイーターもいるんだ。やれない相手じゃない……!」
 緊張と喜びをない交ぜにして、リュウがウロヴォロスをじっと見つめる。
「隊長代理、慎重にいきましょう」
 レイラは注意するように俺に言ったが、その声は少し震えていた。
「ああ……レイラも慎重にな」
「……分かっています」
 対抗心を燃やしたのか、レイラの眼差しに力がこもる。
 そこでゴドーはウロヴォロスから視線を外し、俺たちへと向き直った。
「俺がウロヴォロスの注意を引きつける。君たちは弱点を狙って攻撃しろ」
「了解です」
 俺が答えると、ゴドーは満足そうに頷いた。
 それから彼は、気合を入れるように大きく息を吸い込んだ。
「あのデカブツをかっ喰らうぞ!!」
「はい!!」
 ゴドーの号令に全員が答える。
 そうしてウロヴォロス討伐戦は、幕を開けた。



「こっちだ、デカブツ!」
 先陣を切ったゴドーが、ウロヴォロスの前に躍り出る。
 その赤い眼がゴドーを捉えると、ウロヴォロスはゴドーに向けて歩みはじめた。
 ゴドーの背後にピッタリつくようにして、俺とリュウも駆け出す。
 それを見たウロヴォロスは、腕を伸ばし、身体をゆっくりと持ち上げはじめた。黒い影が伸び、俺たちをすっぽりと包み込む。
 立ち上がったウロヴォロスの胴体が、俺たちの前に巨大な壁となって立ちはだかった。
 それも一瞬の出来事。次の瞬間には、壁はこちらに覆いかぶさるようにして崩れ落ちる。
 太い腕が地面につくと、辺りの土が砂ぼこりのように舞い上がり、その衝撃だけで身体が吹き飛びそうになる。
「……ッ!」
 そんななか、ゴドーは身軽に宙を跳ね上がり、チャージスピアをウロヴォロスの眼に向け突きつけていた。
 飛沫が跳ねて、無数の眼が一斉にゴドーの姿を捉えたように見えた。
「グオオオオ……」
 ウロヴォロスに、大したダメージを負った様子は見られない。しかしゴドーの目論見通り、その注意は彼一人へと向けられたようだ。
「リュウ。ウロヴォロスの弱点は足だったな?」
「ええ、先ほどお話した通りです」
「よし。今のうちに仕掛けるぞ!」
 いまだ土煙が降り注ぐウロヴォロスの足元で、俺たちは密かに行動を開始した。
 ウロヴォロスに気づかれないよう、ウロヴォロスの両脇、後ろ足のほうへと回り込む。
「――行くぞ!!」
「はい!」
 リュウと息を合わせ、近接武器形態の神機でウロヴォロスの足を斬りつける。
 ウロヴォロスが低く呻き、ゆっくりと身体を揺らす。
「ノロマめ……これならっ!」
 リュウが手数を増やし、一気にウロヴォロスを攻め立てる。そうしてトドメを決めるように、その神機を下から斬り上げる。
「リュウ……!」
 その瞬間。突如ウロヴォロスの太い後ろ足が、バラバラに解けた。
「っ……!」
 リュウが咄嗟にその場から退避する。
 同時にウロヴォロスに向けて、無数の散弾が撃ち込まれた。
「無事なの、リュウ!?」
 別ルートで潜伏・待機していたレイラが、リュウの離脱を援護するため射撃したのだ。
 そう分かった時には、ウロヴォロスは次の行動の準備を進めている。
「馬鹿……避けろ!」
「え……」
 リュウが短く叫んだ直後、レイラの頭を打ち抜こうと、空から無数の触手が降り注いだ。
「くっ……!」
 咄嗟に彼女の前に滑り込み、触手の束を神機で斬り裂く。……いや、裂こうとした。
 力負けだ。
 いくつもの触手を束ねたどす黒いそれは、こちらの斬撃をほとんど通さなかった。
 ブチブチと繊維を引きちぎる音は聞こえたものの、俺の手に残ったのは鈍い感触だけだ。
 それでも、なんとか軌道を変えることだけはできた。
 避けきれなかったのだろう、頬に焼けるような熱を感じながら、レイラを見る。
「一旦退避だ……距離を開けるぞ!」
「え……ええっ!」
 レイラと共にその場から退避する。
 バラバラに解けたウロヴォロスの後ろ足は、根を張るように地面に突き刺さっていた。
 その一本一本が触手の束で、鋼鉄のような硬度を持っているように見える。
「無数の触手を束ねてできた、化け物という訳か……」
 いよいよ以て、異形と呼ぶ他ない存在だ。
 クベーラのように後退してくれればありがたいが、そのような素振りはまるでない。
 この化け物を、俺たちで倒さなければならないのだ。
「どうして出てきたんだ、もっと引きつけてから銃撃で仕留める手筈だろう!?」
「あなたが危なっかしいからでしょう!」
「いいや、僕はギリギリまで触手を引きつけていただけだ! それを――」
「後にしろっ!」
 レイラとリュウが、驚いた様子でこちらを見る。
 そこで俺は、はじめて自分が怒鳴ってしまったことに気づいた。
「……すまない。冷静さを欠いた」
「いえ……」
「とにかく、全員の位置が割れた以上、戦い方を変える必要がある」
「……すみません。わたくしが作戦を無視して行動したばかりに……」
「いや、仲間の窮地なら俺もそうした。ギリギリまでアラガミを引きつけて戦った、リュウの行動も理解できる」
「……」
「俺は二人の実力を信用している。その判断を疑いはしない。だが……個人個人で戦っていては、あのウロヴォロスは倒せない」
 背後でウロヴォロスが咆哮した。無数の触手が何かを追うようにしていくつも宙に延びる。
「いつまでもゴドー隊長……支部長代理だけに戦わせている訳にはいかない。だから頼む……俺に力を貸してくれ」
 そう言って俺は、二人に向けて頭を下げた。
 本音を言うと、こんなことはしたくない。頭を下げるというのは、自分の弱さを認めることだ。
 弱くては何も守れない……しかし残念ながら、最近俺は理解しつつある。
 俺はきっとこれからも、強くて温かい、マリアのような存在にはなれない。
 しかし、弱くても何かを守りたいなら……誰かを頼るしかないのだ。
「はぁ……隊を任されている者が、そう簡単に頭を下げてどうするのですか」
「まったくですね。それでは士気に関わりますよ」
 二人は心底呆れた様子で、俺に冷たい言葉を投げかける。
 言われる通り、隊長としては有り得ない行動だ。返す言葉もないが……
「ふぅ……やはりあなたは、わたくしが支えておかなければならないようですね」
「今回だけは、僕も乗せられてあげますよ。万が一ウロヴォロスを逃がすようなことになったら、絶対許しませんけど」
 意外な言葉に耳を疑い、顔を上げる。
 するとリュウとレイラが、こちらに向けて微笑んでいた。
「手早く指示をお願いしますよ、隊長代理」
「ゴドーと共に、ヒマラヤ支部の皆を守りましょう」
「……ありがとう」



 リュウが遮蔽物から顔を覗かせると、すぐさまこちらに触手が飛んできた。
 顔を覆いつくす無数の赤い眼には、おそらく俺たち一人ひとりの顔がしっかりと映り込んでいるのだろう。
 無論、その視線はウロヴォロスの正面で戦うゴドーに最も集中しているはずだが……
「作戦は?」
「走りながら銃形態で撃ち続ける。触手が飛んで来たら、躱して近接攻撃だ」
「ずいぶん簡単に言いますね」
「信用しているからな」
 俺の言葉に、リュウがオーバーに肩をすくめてみせた。
「隊列を崩すな。三人揃って行動する」
 ウロヴォロスは無数の触手と無数の眼を持っている。分散して戦っても各個撃破されるのがオチだ。
「撃て!」
 それなら、ヤツが触手を束ねて行動するように、俺たちも束になって集中的に攻撃する。
「いいぞ、そのまま撃ちまくれ!」
「はぁ……はぁ……っ!」
「足を止めるな、走り続けろ……!」
「くっ……!」
 ウロヴォロスがゴドーから顔を背け、こちらを正面に見据えた。
 直後、その巨体を跳躍させ、空から俺たちに襲い掛かる。……狙い通りに。
「今だッ!」
 タイミングを合わせて俺たちも三方へ跳んだ。
 そのまま神機を近接武器形態に切り替え、一気に距離を詰める。
 三つの神機が同時にウロヴォロスに直撃する。
「グオオオオ!?」
 ウロヴォロスが、痛みを訴えるようにして咆哮を上げた。
 ダメージは確かに入っている。つまり、俺たちでも倒すことができるのだ。
 見えはじめた光明に、心に希望の灯が宿ると同時、攻撃を受けたウロヴォロスがこちらへと顔を向けた。
 ウロヴォロスの攻撃が来る――そう思った次の瞬間、
「お前の相手はそっちじゃない!」
 ゴドーが再び飛び上がり、突き出した神機がウロヴォロスの複眼を刺し貫いた。
「グオオオオ!?」
 彼の攻撃により、再びウロヴォロスの注意が分散する。
「はぁぁあ!」
 この隙を逃す手はないと、神機を握りしめ、渾身の力で相手の足を斬りつける。
 同時にレイラとリュウも、己の神機で攻撃を仕掛けていた。
 行ける。この調子ならばウロヴォロスを倒せると確信めいた思いが胸のうちに広がるが……。
 ギラリと、ウロヴォロスの複眼が怪しい光を放った。
『ウロヴォロスの活性化を確認! 注意してください!』
 通信機からカリーナの声が響く。
「グオオオオ!」
 彼女の声を掻き消すように、ウロヴォロスが咆哮を上げる。
 そして間髪入れず、その腕を反時計回りに振り回してきた。
「ぐっ!」
 あまりにも巨大な腕を避けきるのは難しく、構えたシールドに強烈な衝撃が襲い掛かる。
 避けきれなかったのは俺だけではなかった。リュウとレイラの小さな悲鳴と森の樹に叩きつけられた衝撃音が耳に届く。
「二人とも、無事か!」
「くっ……ははっ、まったく問題、ありませんよ……!」
「え、えぇ……わたくしたちよりも自分の心配を――!?」
 言い切る前に、レイラの表情が驚愕に歪んだ。
 振り向けばウロヴォロスが、複眼をこちらに集中させ、強烈な光を放つ触手を掲げている。「まずい、レーザーカノンだ!」
 リュウの叫び声と共に、ウロヴォロスの顔の中央が青白く光り出す。
「全員、全力で回避だ!!」
 地面を思い切り蹴り上げた瞬間、相手の複眼から強い光が放出された。
「きゃあああ!」
 受け身も取れずに地面にぶつかると、閃光と共に激しい轟音が響き渡る。
 ヤツは顔を動かして、辺り一面を薙ぎ払ったらしい。
 レーザーが放たれた方角を見ると、無数の木々が折り重なるように倒れ、赤々と燃えている。
 むせかえるような煙の臭いが、熱い空気と共にこちらへなだれ込む。
「……なんて威力なの」
 まともに受ければ、恐らくひとたまりもないだろう。
「ですが、これはチャンスでもあります」
 体勢を立て直したリュウが、ウロヴォロスに目線を向けたまま口にする。
「活性化状態になったなら、今までよりもこちらの攻撃が通るはずです」
「なるほどな……」
 確かに、レーザーを放出するための予備動作も大きかったし、悪いことばかりではない。
 とはいえ、あのレーザーをもう一度回避するのは難しいだろう。
 だったら、迷っている暇はない。
「……次にレーザーを撃たれるまでだ。それまでにあいつを倒しきるぞ!」
「了解!!」
 リュウとレイラの気迫に満ちた声は、銃撃音の中でも確かに聞こえた。
 足を止めて、バレットを全力で撃ち続ける。
 そうしながら俺は、ジリジリとウロヴォロスとの距離を詰めていく。
(まだだ……トドメを刺すには、もっと至近距離に近づいてから……っ)
「……っ」
「焦り過ぎじゃないのか、セイ」
 死角から襲い掛かってきた触手をゴドーが払いのけた。
「……ありがとうございます」
 ゴドーと肩を並べたまま、俺はウロヴォロスに向けて銃撃を続ける。
 そうしながら、ゴドーと短く言葉を交わす。
「前に言っただろう。もっと広い視野を持ち、よく考えろと」
「はい」
「では、今のお前の行動はどうだ? 隊長のお前が倒れたらどうなる?」
 ゴドーは静かな口調で淡々と話す。そうしながらも、俺たちの視線は眼前のウロヴォロスに向けられたままだ。
「……問題ありません」
「何だと?」
「支部長代理が来る、確信がありましたから」
 答えながら俺は、もう一歩先へ踏み出した。
「ほう……」
 背後から、ゴドーが笑う気配を感じた。
 眼前でウロヴォロスが咆哮を上げる。その顔が、再び静かに光りはじめる。
 それを見た俺は、一歩、一歩。ゆっくりと歩みを進め、そのまま勢いづけて駆け出した。
「オオオオ……」
 ウロヴォロスの目線が俺に集中する。中央には青白く光る光球が浮かぶ。
 だが、攻撃はない。
 光を放とうとするこの瞬間、ウロヴォロスは最も無防備だ。
 苦痛を滲ませた叫び声を上げながらも、ウロヴォロスは光を吸収し続ける。
 腕を伸ばせば、俺を払うことなど簡単だろう。
 だが、ヤツはそうしない。そうできない。……ヤツだってもう、限界なのだ。
 だからこそ一縷の望みを託すようにして、愚直に光を蓄え続ける。
 俺たちも同じことだ。背後からの銃撃の援護は今も続いている。そろそろ退避行動をとらなければ、リュウもレイラも光線の直撃を喰らうことになるだろう。
 だが、二人の援護射撃は止まない。
 レーザーを放つまでに倒すと言った、俺を信じてくれている。
 だから俺も、止まらない。
 光球が更に大きくなる。光線が放たれる。俺の目の前が、光に包まれる。
 それと同時……
「そろそろ――倒れろ!!」
 至近距離から放たれたバレットは、ウロヴォロスの複眼へと吸い込まれるように着弾した。

「グオオオオオオオオオ!!」
 一際大きな咆哮を叫んだウロヴォロスは、ゆっくりとその体を地へと横たえていくのだった。
 その衝撃で、大地が遥か彼方まで震えたことは、言うまでもない。



『ウロヴォロスの討伐を確認! やりましたね!!』
 興奮を隠しきれない様子のカリーナの声が通信機から聞こえる。
 彼女の言葉を聞いた瞬間、気が抜けて地面へと倒れそうになる。だが、
「よくやった」
 横から現れたゴドーが俺の肩を支えてくれた。
「……ありがとうございます」
 礼と共に姿勢を正すと、ゴドーは俺から手を離す。
「じゃ、帰るぞ」
『はやっ!?』
 ウロヴォロスを倒した感動もどこ吹く風という様子で、ゴドーはヘリの方向へ歩いていく。
『って、前にも同じようなことがあったような?』
 通信越しに、カリーナが首をひねる気配がして、俺は思わず苦笑する。
「やった……あのウロヴォロスを、やったんだ……ッ!!」
 背後からは、リュウの興奮した声が聞こえる。
 振り返れば、嬉しそうなリュウと呆れ顔のレイラがそこにいる。
「しかも『混沌眼晶』……まさか手に入るなんて!!」
「そんなに嬉しいものなの?」
「この素材の価値が分かるなら、喜んで当然だ。レイラには分からないのか?」
「これまでに倒したアラガミとの違いぐらいは分かっています」
 そこでレイラはギュッと、自分の体を抱きかかえるようにして自らの腕を掴んだ。
「……分かりすぎて、まだ武者震いが止まらない程度には……ええ」
 傷だらけの二人だが、その表情は対照的だ。
 しかし、今回ばかりは喧嘩が始まりそうな雰囲気もない。
「ゴドーはいつでも変わらない……強いわ」
「ああ、隊長には敵わないな」
「……」
 二人と共に、ヘリへ向かったゴドーの姿を目で追いかける。
 あれほどの大物を仕留めたというのにも関わらず、ゴドーの様子は何ら変わりない。
(隊長……か)
 リュウが漏らした言葉が心に引っかかる。
 やはり彼らにとっては、今も第一部隊の隊長はゴドーなのだ。
 今は俺が隊長代理を務めているが、やはり実力差は歴然だ。
 ゴドーを見据える目が霞む。その背中は、どこまでも遠いところにあるように感じる。
 しかし同時に、その背中へ向けてようやく一歩踏み出せたような気もしていた。
 柄でもないと、重荷のようにも感じていた隊長職が、今は少しだけ誇らしい。
「さて、わたくしたちもそろそろ撤収をはじめましょうか」
 ぼんやりした頭で俺は、レイラの言葉に頷き返す。
「ちょっと八神さん、本当に大丈夫なの……?」
 レイラの不安げな声が遠くに聞こえる。
 朦朧とする意識をなんとか繋ぎ止め、俺はヘリへと……

「ウロヴォロスを捕喰してください」

「っ!?」
 いつものノイズと共に、マリアの声がはっきりと聞こえた。
 顔を上げれば、白い衣装を纏った純白の髪の女性がそこにいる。
「君は……」
「上から来ます、早く」
 彼女は俺の言葉を遮って、そう口にした。
「来るって、何――」
 疑問をぶつけるよりも先に、ウロヴォロスの巨大な遺体の向こう側から、白毛のアラガミが飛び掛かってくるのが見えた。
「早く、先に……!」
 緊迫した女性の声に、俺は急いで神機の捕喰口を形成する。
「っ!!」
 そうして、ネブカドネザルがウロヴォロスに到達する前に、遺体へと咬みつかせる。
 その瞬間……
「規定値到達を確認、アビスファクター、レディ」
「……ッ!?」
 女性の声と共に、全身が焼けつくような感覚が襲ってくる。
「ぐ、ぁ……!」
 堪らず声を漏らすと同時に、震える気脈のような奔流が俺の外へと向かって溢れ出す。
 白と紫……白毛のアラガミを見失うほどの色彩が、俺の視界を遮った。
「っ……、ぅあああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「くっ、何……き……!?」
「……っ! ……ッ!!」
「…………セイ!」

 ゴドーたちが駆け寄る気配を感じながらも、それより先に俺の意識が遠ざかる。
 真っ白に染まる視界の中、純白の髪の女性の息遣いだけを感じた。
「アラガミの退避を確認」
「……」
 マリアの声が聞こえてすぐに、強い虚脱感が四肢を駆け巡った。
 自分の体を支えることすらできないほどの疲労と眩暈に、俺は膝を地につける。
 そのまま俺は、何も感じられなくなった。



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