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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第二章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~2章-6話~
「君たちに集めてもらったデータで、アラガミの増加率がおよそ見えてきた」
全員が所定の位置に着いたところで、ゴドーは早速モニターを起動した。
「支部周辺の警戒エリア内で、一週間に平均三割程度の増加ペース、ですか」
リュウが真剣な声色で分析する。
増加自体は以前から分かっていたことだが、具体的な数字が見えてくると、ますます絶望的な状況に思えてくる。
「つまりアラガミを三体見かけたら、次の週には四体になるというの?」
「そう、三体倒せば次の週には一体だ」
冗談めかしたゴドーの言葉を受けて、レイラの眉間に浮かんだ皺が、一層深まった。
「簡単そうに言いますけど、そのエリアを一週間放置したら四体になるってことですよ?」
「数だけならいいが、問題は質のほうだ」
ゴドーはそう言うとモニターを操作し、別の画面を表示させた。
「全アラガミに対する中型種、大型種の比率も明確に増えている」
「確かに、そっちのほうが問題ですね……」
「まだ比率の変化は緩いが、そういうことだ」
実際、俺もこの支部に配属されてから、もう何体も中型種以上のアラガミと遭遇している。
少し前までは、大型種どころか中型種が現れることすら珍しかったという話だが……
「これまでが変化しなさ過ぎただけで、よその支部はどこもそんなものですよ」
リュウはすました表情でそう口にした。
「アラガミは増殖と進化を続け、根絶はできない。より強力な神機を作り出し、ゴッドイーターが狩り続けるしかないんだ」
「そんなことは百も承知です!」
ありのままの状況を受け入れるしかないとリュウは言う。
諦念からの言葉というよりは、どこか強力なアラガミの増加を歓迎しているようだ。
それがレイラにも透けて見えるのだろう。
レイラはリュウを一睨みしてから、モニターに視線を戻してため息をついた。
「だとしても、なぜこうも急激に……」
「数字がどうであろうとも、我々のやることはこれまで通りだ」
確かに、どのような状況であってもゴッドイーターがやるべきことはただ一つ。
アラガミを狩ることだけだ。
「情報共有は以上だ。出撃してくれ」
「了解です」
ゴドーの言葉に頷き、俺は出撃の号令を口にした。
「第一部隊、出撃!」
今回の討伐目標であるアラガミ――ウコンバサラに近接武器形態の神機で斬りかかる。
「グオオオオ!!」
戦闘を始めてはや数十分……幾度となく神機による攻撃を加えてきたはずだが、未だウコンバサラの膂力は減衰していないらしい。
巨大な尻尾を大きく振り回し、攻撃を加えてきた俺を吹き飛ばそうとしてくる。
「くっ……!」
尻尾による薙ぎ払いを、急いで距離を取ることで回避する。そして、ウコンバサラは薙ぎ払いの勢いのまま、尻尾を持ち上げた。
「この動きは……! 隊長代理、電撃攻撃が来ます!」
ウコンバサラの尻尾が、青白い雷光を纏う。
次の瞬間、俺を狙い撃つように、空から雷が落ちてきた。ほぼ同時に、激しい音が鳴り響く。
リュウの言葉を聞いてなければ、雷が直撃していただろう。
しかし今、黒く焼けたアスファルトの下に、俺はない。
「リュウ、今だ!」
「了解です……!」
リュウと息を合わせてウコンバサラとの距離を詰めると、そのまま頭部を刃で斬りつける。
「グオオオオ!!」
弱点である頭部への攻撃に怯んだウコンバサラは、苦しげな咆哮を上げ、俺たちから距離を取る。そのまま一目散に逃げようとするが……
「逃がすものか!」
「リュウ、またあなたは一人で……!」
レイラの静止の声も聞かず、リュウは単独でウコンバサラを追撃する。
「……このっ!」
リュウがロングソードを素早く滑らせる。素材獲得を狙った、丁寧で的確な攻撃だ。
しかし、だからこそトドメの一撃としては弱い。
追い詰められたウコンバサラが、リュウの死角から尻尾を振るう。
「リュウ!」
いち早く敵の動きに気づいたレイラが、銃形態の神機からバレットを放つ。
神機から放たれた散弾は、リュウを狙って振るわれた尻尾へと見事に着弾する。
「グオオオオ!?」
「はぁ……ッ!」
僅かに怯んだウコンバサラの隙を見逃さず、リュウは神機をウコンバサラへと振り下ろす。
「グオオオオオオオオオ!!」
その一撃がトドメになり、ウコンバサラは地面にひれ伏した。
「ふうっ、片付きましたね」
捕喰を終えたところで、レイラが安堵の息を吐く。
「チェルノボグを倒した後だからか、中型種との戦いには慣れた感覚があるな」
淡々と語るリュウに対し、レイラが乱れた髪を軽く払いつつ睨みつける。
「リュウ、あなたが欲張った立ち回りをするのに合わせてあげたのよ? 感謝することね」
「そんな器用なこと、できたのか?」
リュウがわざとらしく驚いてみせると、レイラが眉を吊り上げた。
「素直に『ありがとう』くらい言えないの?」
毎度の喧嘩が始まる気配を察知して、止めに入ろうと前に出る。
「……二人とも、そこまでに――」
「そこまでです」
それよりも先に彼女が現れ、二人の間に割って入った。
「君は……!?」
純白の髪の女性はまっすぐに立ち、瞬きもせずにじっとしている。
無表情で、その感情は読み取れないが……
(喧嘩の仲裁に入ったのか……彼女が?)
「どうしました? どこ見てるんです?」
「僕とレイラの間に、何か?」
レイラとリュウが、訝しむようにこちらを見つめる。
「……やっぱり、俺以外には見えも聞こえもしないのか?」
「どういうことです? まさか……」
俺は疑問の表情を浮かべるレイラとリュウの中間を指さした。
「二人には、そこに何も見えないんだな?」
「……ええ」
レイラとリュウは、困惑した様子で互いにまっすぐ見つめ合う。
それから宝物を探すように、じっくりと視線を巡らせる。
「今、いるのね……ここに」
「からかってるんじゃないですよね?」
リュウは疑いの眼差しを俺に向ける。
無理もない。俺が彼の立場だったとしても、信じることは難しいだろう。
しかし、俺の視界にははっきりと真っ白な衣装を身に纏う、純白の髪の女性の姿が映っている。
「その女性がいるのであれば、どうして今この場に……?」
口元に手を当てたレイラがハッと気がついたように神機を構える。
「まさかネブカドネザルが近くにいるの!?」
「いいえ」
白髪の女性は即座に否定した。
だが、やはりレイラには彼女の言葉が聞こえていないらしい。
「いや、そういう訳ではないらしい」
警戒を続けるレイラにそう告げる。
「マリアの声がいないと言っているの? 本当に、あなたには聞こえているのですね?」
「ああ」
レイラに答えてから、もう一度女性のほうを見る。
するとすでに、彼女の姿はどこにもなくなっていた。
「……彼女は『そこまでです』と言ったんだ。二人が争うのを止めようとしているように見えた」
「私たちに呼びかけを?」
「僕にはさっぱり……」
リュウは困ったように肩をすくめてみせる。
「幻覚じゃないんですか? あなたを信用していない訳じゃないんですけど」
二人は彼女の存在について半信半疑の様子だったが、いずれにせよ彼女のおかげで、言い合いは止まったのだった。
「ほう、レイラとリュウには見えも聞こえもしない、幻か幽霊か……」
「ええ」
ウコンバサラ討伐の報告を済ませた俺たちは、神機の手入れをするため神機整備場へとやって来ていた。
そこでJJに神機を整備してもらう間、俺たちは今日の出来事を彼に話していた。
「そいつが目の前にいたのに、全然気づかなかったって?」
「そうなんですよ。隊長代理がでたらめを言っているとは思いませんが、自分の目と耳で認識できないと、すっきりしませんね」
「わたくしもです。存在を証明できる術があればいいのですが」
「そうさなあ……」
整備のための道具を持った手で、JJが考え込むように自分の髭に触れる。
「じゃ、こんな話はどうだ?」
人差し指を立て、JJはこの場にいる俺たち三人を見渡すと、改めて口を開いた。
「何かと不思議なことが起こる極東支部での話だ。あるゴッドイーターの神機に、人格が宿ったっていうのさ」
「神機に人格? 何を言っているんですか?」
JJの話を聞いたレイラは、冷淡な言葉で斬り捨てた。
「……でたらめだと一蹴したいところですが、隊長代理の話と似ていますね」
一方のリュウは考え込むように呟くと、JJのほうへと向き直る。
「その人格というのは、どうやって認識されたんですか?」
「それが、他人にも姿が見えたらしい……本人の他には一人だけなんだが」
「ますますウソくさいな」
「口裏を合わせて、でまかせを広めただけなのでは?」
鼻で笑ったリュウに対し、レイラも早口に言って同意する。
「オレもホラ話だと思ったがな……」
JJは一度言葉を区切ってから、声を潜めて続きを口にする。
「その人格というヤツは勝手に神機から抜け出して、極東支部の中をうろついていたというんだ」
「何をバカな……」
話にならないとでも言うように、リュウが両手を上げて首を振る。
「それだけならまだ普通の幽霊話だ……ところがそいつは、ゴッドイーターになりすまして神機を使い、アラガミを倒したという」
「な、何ですそれは!? 神機の人格が神機を使った? 話が飛躍しすぎでしょう!」
レイラが声を荒げてJJの言葉を否定する。
「いや、そうでもないんだ」
だが、JJは冷静な口調で首を振った。
「そいつが使った神機は、どこにも無い……だが戦闘記録を見ると、出撃したゴッドイーターの誰も倒してないアラガミが記録されていた」
「記録のつけ間違いでしょう、そんなの!」
「一度であればな……同じことが二度三度とあり、誰も撃ってないはずの回復弾やリンクエイドで助かった者もいたそうだ」
「戦場では、混戦になると誤認も多くなります」
「そっ、そうよ」
冷静に見解を述べるリュウの後に、興奮し過ぎたのか、青白い顔をしたレイラが追随する。
「で、そいつはなぜ神機から出てきたと思う? それはな……」
「そ、それは……?」
ゴクリ……とレイラが固唾を飲んだ音が、俺の耳にまで届いた。
JJは焦らすようにたっぷりと間を置いたかと思うと、
「持ち主のゴッドイーターを殺すためだったんだよォ!!」
「ぅひっ!!」
両手をだらんと垂らしたポーズで、JJが大声をあげた。
声の大きさに驚いたのか、レイラがびくりと体を震わせ、喉の奥から引きつった声を上げる。
「オチはそんなとこだろうと思っていましたよ……効果はてきめんだったようですけど」
「……何が?」
呆れた様子のリュウが、流し目でレイラに視線を送る。
「くだらないわ……」
リュウの視線を受けたレイラは、取り合うのも面倒というように背を向け、整備場を後にする。
よほどJJの冗談に腹を立てているのか、部屋を出るまで、その足は小さく震え続けていた。
「やれやれ、そんな話が実話なわけがないのに。……隊長代理もそう思いますよね?」
「いや……」
まるで信じていない様子のリュウに、俺は首を振った。
「俺は実話だと思う」
「え?」
リュウが信じられないというようにこちらを見た。
「どこまで本当か知らねえが、極東支部ではわりと信じられてる話だぞ」
JJの言葉に頷く。
自分の身に降りかかっている出来事を考えても、全てが作り話だとは思えない。
今日の彼女は、明らかに自分の意志で、リュウたちの仲裁に入っていた。
「まあ、あそこはおかしなことがあり過ぎて、麻痺してるんだろうがよ」
「……そういえば隊長代理も極東支部出身でしたね?」
「ああ」
もっとも、極東支部で同じ話を聞いた時には、そこまで信じていた訳でもないが……
「こりゃ、ひょっとしたらひょっとするんじゃあねえか?」
「…………」
JJは何かを期待するように、にやりと笑みを作って見せる。
しかし、現在進行形で似たような状況を経験している俺にとっては、笑えない話だった。
その日の夜中……
妙に目が冴えた俺は、広場で一人、自分の気持ちを落ち着かせていた。
(……人格を持った神機、か)
もう少しで、あの女性について分かる日が来るかもしれない。
そして同時に、マリアのことも。
「…………」
こんなことではいけない、と思い直す。今の俺は、第一部隊の隊長なのだ。
ヒマラヤ支部の状況を見ても、マリアのことだけを考えていい訳ではない。
少しずつ、この支部に愛着のようなものも生まれつつあった。
支部の仲間たちのためにも、自制すべきだ。
(部屋に戻るか……)
そう考えていると、ふと誰かがこちらに近づいてくるのに気がついた。
俺がじっとしていると、相手の足音がはたりと止まる。
「嘘……誰かいるの……?」
(この声は……レイラか?)
どうやら彼女には、俺の人影だけが見えているらしい。
考えてみれば、こんな時間に一人で広場に佇んでいる男というのは、かなり怪しい存在だ。
彼女も話したくないだろう。ここは声をかけずに、黙って見過ごすべきだ。
「……ま、まさか……ゆうれ……」
そう思ったのだが、なぜか彼女は広場には入らず、入り口でずっと立ち往生している。
「やだ……トイレ行けない……」
震える声でレイラが呟く。そこでようやく俺は気がついた。
(怪しい人影を警戒して、近づかないようにしているのか……)
確かに、この夜更けに顔も分からない相手と鉢合わせるというのも、気分のいい話ではない。
レイラは強い女性だが、それでも危険がないとは限らない。
(……となると、さっさと立ち去るべきだな)
俺はレイラに申し訳なく思いつつ、ここを離れる意思があるということが彼女にもはっきり伝わるよう、勢いよく立ち上がってみせた。
「ひぃ……っ!?」
しまった。反対に、一層警戒心を高めてしまったらしい……
こうなれば仕方ない。
俺は足音を立てないように細心の注意を払いつつ、努めて俊敏な動きで移動を開始する。
「…………」
少し遠回りになるが、彼女とは別のルートを通って自分の部屋まで戻ろう。
神機整備場の方向なら、他の誰かと鉢合わせる確率も低いかもしれない。
素早く、自然に、音もなく。俺はそのまま無事に、広場を離脱することに成功する。
(ふぅ……なんとかなったな)
神機整備場に近づくと、昼間と変わらない作業の音が聞こえてきた。
(この時間まで、仕事を続けてくれているのか……)
俺はJJたちに強い感謝を覚えながら、改めて自分の部屋を目指した。
「嘘……こっちには神機整備場しかないはずなのに……まさか本当に、神機の幽霊……っ?」
背後から何か聞こえた気がしたが、整備場の音も相まってよく分からなかった。
よく知る人の声……レイラが悲鳴をあげれば、こんな声なのかもしれないが……
彼女に限って有り得ないし、おそらくただの空耳だろう。
「君たちに集めてもらったデータで、アラガミの増加率がおよそ見えてきた」
全員が所定の位置に着いたところで、ゴドーは早速モニターを起動した。
「支部周辺の警戒エリア内で、一週間に平均三割程度の増加ペース、ですか」
リュウが真剣な声色で分析する。
増加自体は以前から分かっていたことだが、具体的な数字が見えてくると、ますます絶望的な状況に思えてくる。
「つまりアラガミを三体見かけたら、次の週には四体になるというの?」
「そう、三体倒せば次の週には一体だ」
冗談めかしたゴドーの言葉を受けて、レイラの眉間に浮かんだ皺が、一層深まった。
「簡単そうに言いますけど、そのエリアを一週間放置したら四体になるってことですよ?」
「数だけならいいが、問題は質のほうだ」
ゴドーはそう言うとモニターを操作し、別の画面を表示させた。
「全アラガミに対する中型種、大型種の比率も明確に増えている」
「確かに、そっちのほうが問題ですね……」
「まだ比率の変化は緩いが、そういうことだ」
実際、俺もこの支部に配属されてから、もう何体も中型種以上のアラガミと遭遇している。
少し前までは、大型種どころか中型種が現れることすら珍しかったという話だが……
「これまでが変化しなさ過ぎただけで、よその支部はどこもそんなものですよ」
リュウはすました表情でそう口にした。
「アラガミは増殖と進化を続け、根絶はできない。より強力な神機を作り出し、ゴッドイーターが狩り続けるしかないんだ」
「そんなことは百も承知です!」
ありのままの状況を受け入れるしかないとリュウは言う。
諦念からの言葉というよりは、どこか強力なアラガミの増加を歓迎しているようだ。
それがレイラにも透けて見えるのだろう。
レイラはリュウを一睨みしてから、モニターに視線を戻してため息をついた。
「だとしても、なぜこうも急激に……」
「数字がどうであろうとも、我々のやることはこれまで通りだ」
確かに、どのような状況であってもゴッドイーターがやるべきことはただ一つ。
アラガミを狩ることだけだ。
「情報共有は以上だ。出撃してくれ」
「了解です」
ゴドーの言葉に頷き、俺は出撃の号令を口にした。
「第一部隊、出撃!」
今回の討伐目標であるアラガミ――ウコンバサラに近接武器形態の神機で斬りかかる。
「グオオオオ!!」
戦闘を始めてはや数十分……幾度となく神機による攻撃を加えてきたはずだが、未だウコンバサラの膂力は減衰していないらしい。
巨大な尻尾を大きく振り回し、攻撃を加えてきた俺を吹き飛ばそうとしてくる。
「くっ……!」
尻尾による薙ぎ払いを、急いで距離を取ることで回避する。そして、ウコンバサラは薙ぎ払いの勢いのまま、尻尾を持ち上げた。
「この動きは……! 隊長代理、電撃攻撃が来ます!」
ウコンバサラの尻尾が、青白い雷光を纏う。
次の瞬間、俺を狙い撃つように、空から雷が落ちてきた。ほぼ同時に、激しい音が鳴り響く。
リュウの言葉を聞いてなければ、雷が直撃していただろう。
しかし今、黒く焼けたアスファルトの下に、俺はない。
「リュウ、今だ!」
「了解です……!」
リュウと息を合わせてウコンバサラとの距離を詰めると、そのまま頭部を刃で斬りつける。
「グオオオオ!!」
弱点である頭部への攻撃に怯んだウコンバサラは、苦しげな咆哮を上げ、俺たちから距離を取る。そのまま一目散に逃げようとするが……
「逃がすものか!」
「リュウ、またあなたは一人で……!」
レイラの静止の声も聞かず、リュウは単独でウコンバサラを追撃する。
「……このっ!」
リュウがロングソードを素早く滑らせる。素材獲得を狙った、丁寧で的確な攻撃だ。
しかし、だからこそトドメの一撃としては弱い。
追い詰められたウコンバサラが、リュウの死角から尻尾を振るう。
「リュウ!」
いち早く敵の動きに気づいたレイラが、銃形態の神機からバレットを放つ。
神機から放たれた散弾は、リュウを狙って振るわれた尻尾へと見事に着弾する。
「グオオオオ!?」
「はぁ……ッ!」
僅かに怯んだウコンバサラの隙を見逃さず、リュウは神機をウコンバサラへと振り下ろす。
「グオオオオオオオオオ!!」
その一撃がトドメになり、ウコンバサラは地面にひれ伏した。
「ふうっ、片付きましたね」
捕喰を終えたところで、レイラが安堵の息を吐く。
「チェルノボグを倒した後だからか、中型種との戦いには慣れた感覚があるな」
淡々と語るリュウに対し、レイラが乱れた髪を軽く払いつつ睨みつける。
「リュウ、あなたが欲張った立ち回りをするのに合わせてあげたのよ? 感謝することね」
「そんな器用なこと、できたのか?」
リュウがわざとらしく驚いてみせると、レイラが眉を吊り上げた。
「素直に『ありがとう』くらい言えないの?」
毎度の喧嘩が始まる気配を察知して、止めに入ろうと前に出る。
「……二人とも、そこまでに――」
「そこまでです」
それよりも先に彼女が現れ、二人の間に割って入った。
「君は……!?」
純白の髪の女性はまっすぐに立ち、瞬きもせずにじっとしている。
無表情で、その感情は読み取れないが……
(喧嘩の仲裁に入ったのか……彼女が?)
「どうしました? どこ見てるんです?」
「僕とレイラの間に、何か?」
レイラとリュウが、訝しむようにこちらを見つめる。
「……やっぱり、俺以外には見えも聞こえもしないのか?」
「どういうことです? まさか……」
俺は疑問の表情を浮かべるレイラとリュウの中間を指さした。
「二人には、そこに何も見えないんだな?」
「……ええ」
レイラとリュウは、困惑した様子で互いにまっすぐ見つめ合う。
それから宝物を探すように、じっくりと視線を巡らせる。
「今、いるのね……ここに」
「からかってるんじゃないですよね?」
リュウは疑いの眼差しを俺に向ける。
無理もない。俺が彼の立場だったとしても、信じることは難しいだろう。
しかし、俺の視界にははっきりと真っ白な衣装を身に纏う、純白の髪の女性の姿が映っている。
「その女性がいるのであれば、どうして今この場に……?」
口元に手を当てたレイラがハッと気がついたように神機を構える。
「まさかネブカドネザルが近くにいるの!?」
「いいえ」
白髪の女性は即座に否定した。
だが、やはりレイラには彼女の言葉が聞こえていないらしい。
「いや、そういう訳ではないらしい」
警戒を続けるレイラにそう告げる。
「マリアの声がいないと言っているの? 本当に、あなたには聞こえているのですね?」
「ああ」
レイラに答えてから、もう一度女性のほうを見る。
するとすでに、彼女の姿はどこにもなくなっていた。
「……彼女は『そこまでです』と言ったんだ。二人が争うのを止めようとしているように見えた」
「私たちに呼びかけを?」
「僕にはさっぱり……」
リュウは困ったように肩をすくめてみせる。
「幻覚じゃないんですか? あなたを信用していない訳じゃないんですけど」
二人は彼女の存在について半信半疑の様子だったが、いずれにせよ彼女のおかげで、言い合いは止まったのだった。
「ほう、レイラとリュウには見えも聞こえもしない、幻か幽霊か……」
「ええ」
ウコンバサラ討伐の報告を済ませた俺たちは、神機の手入れをするため神機整備場へとやって来ていた。
そこでJJに神機を整備してもらう間、俺たちは今日の出来事を彼に話していた。
「そいつが目の前にいたのに、全然気づかなかったって?」
「そうなんですよ。隊長代理がでたらめを言っているとは思いませんが、自分の目と耳で認識できないと、すっきりしませんね」
「わたくしもです。存在を証明できる術があればいいのですが」
「そうさなあ……」
整備のための道具を持った手で、JJが考え込むように自分の髭に触れる。
「じゃ、こんな話はどうだ?」
人差し指を立て、JJはこの場にいる俺たち三人を見渡すと、改めて口を開いた。
「何かと不思議なことが起こる極東支部での話だ。あるゴッドイーターの神機に、人格が宿ったっていうのさ」
「神機に人格? 何を言っているんですか?」
JJの話を聞いたレイラは、冷淡な言葉で斬り捨てた。
「……でたらめだと一蹴したいところですが、隊長代理の話と似ていますね」
一方のリュウは考え込むように呟くと、JJのほうへと向き直る。
「その人格というのは、どうやって認識されたんですか?」
「それが、他人にも姿が見えたらしい……本人の他には一人だけなんだが」
「ますますウソくさいな」
「口裏を合わせて、でまかせを広めただけなのでは?」
鼻で笑ったリュウに対し、レイラも早口に言って同意する。
「オレもホラ話だと思ったがな……」
JJは一度言葉を区切ってから、声を潜めて続きを口にする。
「その人格というヤツは勝手に神機から抜け出して、極東支部の中をうろついていたというんだ」
「何をバカな……」
話にならないとでも言うように、リュウが両手を上げて首を振る。
「それだけならまだ普通の幽霊話だ……ところがそいつは、ゴッドイーターになりすまして神機を使い、アラガミを倒したという」
「な、何ですそれは!? 神機の人格が神機を使った? 話が飛躍しすぎでしょう!」
レイラが声を荒げてJJの言葉を否定する。
「いや、そうでもないんだ」
だが、JJは冷静な口調で首を振った。
「そいつが使った神機は、どこにも無い……だが戦闘記録を見ると、出撃したゴッドイーターの誰も倒してないアラガミが記録されていた」
「記録のつけ間違いでしょう、そんなの!」
「一度であればな……同じことが二度三度とあり、誰も撃ってないはずの回復弾やリンクエイドで助かった者もいたそうだ」
「戦場では、混戦になると誤認も多くなります」
「そっ、そうよ」
冷静に見解を述べるリュウの後に、興奮し過ぎたのか、青白い顔をしたレイラが追随する。
「で、そいつはなぜ神機から出てきたと思う? それはな……」
「そ、それは……?」
ゴクリ……とレイラが固唾を飲んだ音が、俺の耳にまで届いた。
JJは焦らすようにたっぷりと間を置いたかと思うと、
「持ち主のゴッドイーターを殺すためだったんだよォ!!」
「ぅひっ!!」
両手をだらんと垂らしたポーズで、JJが大声をあげた。
声の大きさに驚いたのか、レイラがびくりと体を震わせ、喉の奥から引きつった声を上げる。
「オチはそんなとこだろうと思っていましたよ……効果はてきめんだったようですけど」
「……何が?」
呆れた様子のリュウが、流し目でレイラに視線を送る。
「くだらないわ……」
リュウの視線を受けたレイラは、取り合うのも面倒というように背を向け、整備場を後にする。
よほどJJの冗談に腹を立てているのか、部屋を出るまで、その足は小さく震え続けていた。
「やれやれ、そんな話が実話なわけがないのに。……隊長代理もそう思いますよね?」
「いや……」
まるで信じていない様子のリュウに、俺は首を振った。
「俺は実話だと思う」
「え?」
リュウが信じられないというようにこちらを見た。
「どこまで本当か知らねえが、極東支部ではわりと信じられてる話だぞ」
JJの言葉に頷く。
自分の身に降りかかっている出来事を考えても、全てが作り話だとは思えない。
今日の彼女は、明らかに自分の意志で、リュウたちの仲裁に入っていた。
「まあ、あそこはおかしなことがあり過ぎて、麻痺してるんだろうがよ」
「……そういえば隊長代理も極東支部出身でしたね?」
「ああ」
もっとも、極東支部で同じ話を聞いた時には、そこまで信じていた訳でもないが……
「こりゃ、ひょっとしたらひょっとするんじゃあねえか?」
「…………」
JJは何かを期待するように、にやりと笑みを作って見せる。
しかし、現在進行形で似たような状況を経験している俺にとっては、笑えない話だった。
その日の夜中……
妙に目が冴えた俺は、広場で一人、自分の気持ちを落ち着かせていた。
(……人格を持った神機、か)
もう少しで、あの女性について分かる日が来るかもしれない。
そして同時に、マリアのことも。
「…………」
こんなことではいけない、と思い直す。今の俺は、第一部隊の隊長なのだ。
ヒマラヤ支部の状況を見ても、マリアのことだけを考えていい訳ではない。
少しずつ、この支部に愛着のようなものも生まれつつあった。
支部の仲間たちのためにも、自制すべきだ。
(部屋に戻るか……)
そう考えていると、ふと誰かがこちらに近づいてくるのに気がついた。
俺がじっとしていると、相手の足音がはたりと止まる。
「嘘……誰かいるの……?」
(この声は……レイラか?)
どうやら彼女には、俺の人影だけが見えているらしい。
考えてみれば、こんな時間に一人で広場に佇んでいる男というのは、かなり怪しい存在だ。
彼女も話したくないだろう。ここは声をかけずに、黙って見過ごすべきだ。
「……ま、まさか……ゆうれ……」
そう思ったのだが、なぜか彼女は広場には入らず、入り口でずっと立ち往生している。
「やだ……トイレ行けない……」
震える声でレイラが呟く。そこでようやく俺は気がついた。
(怪しい人影を警戒して、近づかないようにしているのか……)
確かに、この夜更けに顔も分からない相手と鉢合わせるというのも、気分のいい話ではない。
レイラは強い女性だが、それでも危険がないとは限らない。
(……となると、さっさと立ち去るべきだな)
俺はレイラに申し訳なく思いつつ、ここを離れる意思があるということが彼女にもはっきり伝わるよう、勢いよく立ち上がってみせた。
「ひぃ……っ!?」
しまった。反対に、一層警戒心を高めてしまったらしい……
こうなれば仕方ない。
俺は足音を立てないように細心の注意を払いつつ、努めて俊敏な動きで移動を開始する。
「…………」
少し遠回りになるが、彼女とは別のルートを通って自分の部屋まで戻ろう。
神機整備場の方向なら、他の誰かと鉢合わせる確率も低いかもしれない。
素早く、自然に、音もなく。俺はそのまま無事に、広場を離脱することに成功する。
(ふぅ……なんとかなったな)
神機整備場に近づくと、昼間と変わらない作業の音が聞こえてきた。
(この時間まで、仕事を続けてくれているのか……)
俺はJJたちに強い感謝を覚えながら、改めて自分の部屋を目指した。
「嘘……こっちには神機整備場しかないはずなのに……まさか本当に、神機の幽霊……っ?」
背後から何か聞こえた気がしたが、整備場の音も相まってよく分からなかった。
よく知る人の声……レイラが悲鳴をあげれば、こんな声なのかもしれないが……
彼女に限って有り得ないし、おそらくただの空耳だろう。