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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第二章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~2章-4話~
作戦司令室に呼ばれた俺たちを、いつも通りゴドーとカリーナが迎えた。
全員揃ったことを確認して、ゴドーがゆっくりと口を開く。
「第一部隊にはいつもハードな任務をやってもらっているが、コンディションはどうだ?」
「問題ないです、この程度は!」
「確かに激務ですが……慣れていくものです、体というものは」
真っ先にリュウが応えて、それにレイラが続く。
妙に素直で頼もしい返事をすると思ったら、互いに睨み合っていた。対抗意識の賜物らしい。
ゴドーもそのことは理解しているはずだが、特に指摘せず頷いた。
任務の効率が上がるなら、細かい事情は気にならないのだろう。
「隊長代理の君は、特に好調のようだな」
「そう見えますか……?」
「ああ、俺が隊長だった頃よりよさそうじゃないか」
皮肉を言っているのかと思ったが、ゴドーは本気で口にしている様子だった。
「……そう、でしょうか?」
「気づいていないだけだろう。神機の状態にも現れている」
ゴドーは俺の神機に視線を向けて、口の端を歪める。
「隊長業務のこともそうだ。もっと苦戦すると予想していたんだが、やればできるもんだな」
「……俺一人の力ではありません。みんなのフォローのお陰です」
素直に思ったことを口にする。
実際、レイラやリュウには世話になりっぱなしだし、ドロシーやJJ、カリーナにも助けられてばかりだ。
「謙遜することはない。君には隊長の資質があったんだろう」
「そんなことは……業務に振り回されてばかりです」
「第一部隊の仕事量は、二倍以上に増えているんですけどね」
そう口にしたのはカリーナだった。リュウとレイラもそれに同意する。
「出撃間隔が明らかに短くなっていますから」
「神機のメンテナンスが追いつかないと、JJもぼやいていましたね」
二人からの情報を受けて、カリーナが改めてこちらに笑みを向けてくる。
「それでも問題なく任務をこなせているのは、八神さんが隊長としての役目を果たせている証拠ですよ」
「……だと良いんですが」
いつも迷惑をかけているカリーナにそう言ってもらえることは、素直にありがたい。
できることなら、彼らの厚意に報いられるような活躍をしたいものだ。
「ところで支部長、よそからの支援の件はどうなったんです?」
「残念ながら、陣中見舞いのコーヒー一杯さえ送ってこない」
リュウの質問に対し、ゴドーはあっけらかんと答えて肩をすくめた。
「そんな……」
ゴドーの言葉に、俺たちは揃って口を閉ざすしかなかった。
ここまで支援が滞るのは、明らかに異常だ。通信トラブルや連携ミスなどと、楽観視していられる状況ではない。
ヒマラヤ支部は、フェンリル本部から見捨てられたのだ。
恐らく、その可能性は低いものではない。この場にいる全員が、そう考えているはずだ。
「そろそろ、催促以外の方法も考えないといけませんね……」
カリーナが紡いだ言葉は、状況を考えれば最大限、前向きなものと言えるだろう。
あまり暗いことを考えても仕方がない。
今はやれることをこなしていこうと、俺たちは次の任務地へ出発することになった。
今回の任務は、森に点在する廃墟群の一つを調査することだった。
いつものように俺とリュウ、レイラの三人は各個撃破を基本としながら、大量発生したアラガミの対処に当たっていた。
ヤツに遭遇したのは、最後の区画へ入った時だ。
「ガァアアアアアアア!!」
上顎を大きく吊り上げて、ワニのような巨体は咆哮を上げた。
以前にも戦ったアラガミ、ウコンバサラだ。
厄介な相手ではあるが、以前にもこのチームで同種のアラガミを倒した経験もある。
周囲には遮蔽物もほとんどない。このままいけば、問題なく倒せるだろう。
そう考えていたのだが……
「リュウ、こちらのフォローをっ!」
レイラがとっさに声を上げる。
彼女は先ほどから、ウコンバサラの正面に立って注意を引きつけてくれていた。
しかし危険な役割に加え、ウコンバサラは傷つくほどに獰猛さを増しているようだった。
レイラがすぐ傍にいたリュウに協力を求めるのも当然のことだ。しかし……
「いや、背中のタービンが先だ!」
リュウはレイラに構わず、単独でアラガミに飛びかかった。
回転をはじめたタービンに向け、神機が振り下ろされる。
「ガァ――ッ!」
「よしっ!」
アラガミが短く呻き、リュウが歓喜の声を上げる。
上手くタービンを破壊できたようだが……状況が好転したとは言いづらい。
「ガァアアアアアッ!!」
怒りを爆発させるようにして、ウコンバサラが顎を振り回す。
予期せぬ行動の煽りを食ったのは当然、正面で戦い続けていたレイラだ。
「きゃあっ!」
狂ったような勢いで、ウコンバサラがレイラに襲い掛かる。
「……ッ!」
ウコンバサラの背後で戦っていた俺は、レイラのフォローに回ろうとして……
側面から飛んできた重たい何かに足を取られて、その場に転がった。
(……ぐっ!? いったい何が……?)
慌てて立ち上がった俺は、急いで状況を確認し――
「くっ……やってくれる」
俺にぶつかってきたのがリュウだと気がついた。
考えてみれば無理もない。リュウはウコンバサラの背中に立っていたのだ。
土台があれだけ暴れれば、振り落とされても仕方ないだろう。
「……っ!」
そして辺りを見渡せば、レイラの身体はすでに弾き飛ばされていた。
……端的に言えば、状況はもう滅茶苦茶だった。
倒れ込んだレイラを、ウコンバサラがまっすぐ見据えている。
いま追撃されたら、彼女に逃げる余裕はないだろう。
「っ……!」
俺はレイラをフォローするため、彼女のもとへ全力で走る。
だが、俺がそうするよりも早く、リュウは動き出していた。
神機を構え、アラガミに向けて一直線に駆けていく。
「なっ……リュウッ!」
「ガァアアアアッ!」
当然、吹き飛ばされたレイラより、ウコンバサラのもとへ向かうほうが距離的には近い。
しかし今、ウコンバサラは明らかに興奮している。迂闊に近づくのは命取りだ。
「邪魔しないで!」
後を追いかけようとした俺を、リュウが厳しく制止する。
「あとは僕が……ッ!」
接近するリュウを警戒するようにウコンバサラが唸るが、動きは鈍い。
ここまでに与えたダメージが確実に影響を与えているようだ。
リュウはそれをしっかりと確認し、口元に笑みを浮かべてロングブレードを振り上げた。
「終わりだっ!」
全霊を込めた一撃が、アラガミを両断する。
巨体が地面に倒れ、完全にその動きを止めた。
そのことを確認してから、俺はレイラのもとへ向かった。
「レイラ、大丈夫か?」
「……ええ、心配には及びません」
無事を確認しながら手を差し伸べるが、彼女は自力で立ち上がってみせた。
呼吸が荒く、ところどころすり傷や切り傷も見えるが、大きなケガはないようだ。
そのことに安堵していると、ふと背後から声があがった。
「やった! ウコンバサラの『餓爬発電炉』だ!」
声の主は、言うまでもなくリュウだ。
「はぁ、はぁ……こいつを取るのは、なかなか手間がかかるんだ」
リュウは素材を手にして、嬉しそうに語ろうとして、途中で片膝をついた。
「うっ……少し、頑張り過ぎたか……」
リュウはそう言ってその場に座り込み、ゆっくりと息を整える。
そうする彼の前に、見下ろすようにしてレイラが立った。
「連携が無茶苦茶だったわ! リュウ! どういうことなの!?」
「ん? どういうことも何も、レイラのやられっぷりは、いつものことじゃないか」
「くっ……」
嘲るようなリュウの言葉に、レイラは悔しそうに唇を噛む。
確かに、アラガミとの戦いのなかで、レイラが手傷を負うことは珍しくない。
レイラ自身、思うところもあるのだろう。
「だとしても! 今回のあなたの戦い方はおかしかったわ!」
侮辱された怒りを懸命に堪えて、レイラはリュウに詰め寄った。
「答えなさい! あの場面、どうしてわたくしのフォローに入らなかったの!?」
「必要なかったからだ。それとも君は、僕のサポートがなければ戦えないとでも?」
「その方が安全に勝てたわ。あなたもわたくしも、こんな怪我をする必要はなかった!」
「しかし、アラガミ素材は手に入らなかっただろうね。これは危険を冒してでも手に入れるべきものだった」
「そのアラガミ素材を得るためにも、身勝手な行動をすべきではないと言っているのです!」
「アラガミ素材は貴重な資源だ。神機や支部の強化に必要不可欠なんだよ。それを得ることには価値がある。……そうでしょう、隊長代理?」
二人の口論はヒートアップを重ねに重ね、ついに俺まで飛び火する。
「まぁ……リュウの言ってることも、分からなくはないが」
「ほら、彼も理解してくれたようだよ?」
得意げなリュウの言葉を受けて、レイラが詰め寄ってきた。
「彼の味方をする気!?」
「いや、味方という訳では……」
「確実にアラガミを倒す、それが最優先よ! 素材はその結果として手に入るものでしかないわ!」
「そうだな、レイラの言いたいことも分かる」
彼女の言葉を肯定すると、今後はリュウが詰め寄ってくる。
「隊長……あなたは僕とレイラの、どっちの味方なんですか?」
「そうです、はっきりしなさい!」
「……そう言われてもな」
どちらを選んでも、いい結果にはならないだろう。
「とりあえず、二人とも言い争うのを止めてくれ」
だから俺には、こう言って喧嘩を収めることが精一杯だった。
「レイラがアラガミ素材の重要性を理解すれば、嫌でも黙るさ」
「本当に大事にするべきものが何か……分かっていないのは、あなたのほうでしょう?」
二人が再び睨み合う。
「話にならないな」
「ええ、話になりません」
リュウとレイラは、どこまでいっても平行線のようだ。
飛び散る火花を見守りながら、俺はため息をつくことしかできなかった。
結局その後、二人は支部に戻るまで一切会話をしなかった。
怒りもあれば、疲れもあったのだろう。地べたに座り込んだ二人は、距離を取る余力もなかったらしく、横に並んだまま目を合わせずに、おとなしく帰りのヘリの到着を待っていた。
そうして支部に帰還して別れたのがつい先ほど。
黙って行動するのには慣れているが、居心地の悪い沈黙もある。
支部に帰還した俺は、話し相手を求めるように整備場に出向いていた。
「今回もまた派手にやってきたもんだなあ? 新品同様だったブレードがガタガタじゃあねえか!」
オーバーに驚いて見せるJJの反応に、俺は癒しを感じていた。
傷だらけの神機に愚痴りながらも、JJはさっそく整備に取りかかった。
それからしばらく弄った後、興味深そうに口角を上げてみせる。
「ガタガタになっちゃいるが、整備が必要なのはブレードとバレルだけだな。全体としてはむしろ調子が良いな。……良すぎるくらいだ」
「良すぎる?」
「お前さんも戦いやすいだろ、ってことだよ」
「いや、別にそれほどでも……」
俺の答えに、JJは呆れるように嘆息した。
「あのな、神機ってのは振り回してるだけでも、しんどいものなんだぞ?」
あまり意識していなかったが、確かに神機を変えてからは、負担が少なくなったように感じる。
「リュウとレイラを見てみろ、かなりヘタり気味だ。オーバーワークもあって、調子が落ちてるんだろうな」
JJは俺を観察するように、足元から頭まで視線を走らせる。
「なのにお前さん、全然平気だろ? それは普通じゃないってことなわけよ」
「なるほど……」
やはりこの神機には、何か特別なものがあるようだ。
「もう少し、この神機について詳しく調べてもらえませんか?」
「俺としてもそうしたいんだがなぁ……生憎、最近はそのための時間がなくなっちまっただろ?」
彼は慣れた手つきで整備を進めていきながら、すねるような口調で毒づいた。
「ったく、ゴドーの神機を整備する時間が減ったと思ったら、まさか全員の出撃回数が増えるとはなぁ。……よし、お前さんのはこんなもんでいいだろ」
手早く整備が終えてしまうと、JJはこちらに神機を突き戻す。
「どれ、リュウとレイラの神機も見るとするか……じゃあな」
余程忙しいのか、JJはそれだけ言い残すと、整備場の奥へと向かっていった。
「……」
返却された神機を確認してみる。
新品同然とまではいかないが、充分に戦える状態だろう。短時間でここまでできるのだから、やはりJJの腕は大したものだ。
(いや、それだけじゃないのか……?)
JJは、調子が良すぎるという言い方をしていた。
言われてみればそうかもしれない。自分で言うのもなんだが、この神機を手にしてから、かなり無茶な戦いを続けてきたと思う。
それなのにヘタるどころか、かえって調子が良くなるというのは……
「調子は良好です」
「…………」
あの妙な違和感も、最近は少しずつ薄れてきている。
慣れてきたということなのか、それ以外に理由があるのか……それは分からない。
しかし、不意に彼女が現れることには、どこか慣れてしまった自分がいる。
気配を感じて顔を上げると、やはり目の前には白い髪の女性が立っていた。
「捕喰したアラガミの質と量に応じて、良くなります」
また奇妙なことを言っている……
アラガミの質と量によって良くなるとは、一体どういうことなのだろう。
「……」
いや、いま重要なのはそこではない。
そもそも彼女の存在からして謎なのだから、尋ねたいことは山ほどある。
「君はいったい何者なんだ?」
慎重に、反応を窺いながら問いかけてみる。
「……」
しかし、返ってきたのは沈黙だけだ。
「名前はあるのか?」
「……」
「白毛のアラガミ……ネブカドネザルと関係してるのか?」
「……」
粘り強く、いくつか質問をしてみた。
しかし返事がないどころか、何の反応も返してくれない。
「会話は、できないのか……」
諦めかけた俺は、彼女から視線を外し、嘆息しながら呟いた。
「いいえ」
「――っ!?」
(今、彼女は俺に返事をしたのか……?)
驚き、言葉に詰まっている俺に向けて、彼女が淡々と言葉を続ける。
「アラガミが不足」
その言葉は、以前にも聞いたことがある。
機械的に告げながら、彼女の視線は俺の神機に向けられていた。
「この神機で……アラガミを捕喰していけばいいのか?」
期待を込めて尋ねてみる。すると、彼女は間を置かずに短く返した。
「はい」
「そうすれば、会話できるようになるのか……?」
重ねた問いに、しかし答えはなく、
「……タイムアップ、です」
小さく呟くと彼女の姿が薄らいでいき、やがて消えてしまった。
「タイムアップ、か……」
どうやら彼女と会話をするには、時間の制限があるらしい。
それから、彼女がこの神機と何らかの関わりを持つ存在だということも、恐らく間違いない。
(神機でアラガミを捕喰していけば、会話ができるようになる……か)
確かな情報かどうかは分からないが、それでも何も分かっていなかったこれまでよりはずっとマシだ。
彼女のことを、更に理解していくためには――
「アラガミを捕喰するしかないか」
そうすればきっと、マリアのことも分かるはずだ。
ようやく掴んだ大きな手がかりを前にして、神機を持つ手に、自然と力がこもった。
作戦司令室に呼ばれた俺たちを、いつも通りゴドーとカリーナが迎えた。
全員揃ったことを確認して、ゴドーがゆっくりと口を開く。
「第一部隊にはいつもハードな任務をやってもらっているが、コンディションはどうだ?」
「問題ないです、この程度は!」
「確かに激務ですが……慣れていくものです、体というものは」
真っ先にリュウが応えて、それにレイラが続く。
妙に素直で頼もしい返事をすると思ったら、互いに睨み合っていた。対抗意識の賜物らしい。
ゴドーもそのことは理解しているはずだが、特に指摘せず頷いた。
任務の効率が上がるなら、細かい事情は気にならないのだろう。
「隊長代理の君は、特に好調のようだな」
「そう見えますか……?」
「ああ、俺が隊長だった頃よりよさそうじゃないか」
皮肉を言っているのかと思ったが、ゴドーは本気で口にしている様子だった。
「……そう、でしょうか?」
「気づいていないだけだろう。神機の状態にも現れている」
ゴドーは俺の神機に視線を向けて、口の端を歪める。
「隊長業務のこともそうだ。もっと苦戦すると予想していたんだが、やればできるもんだな」
「……俺一人の力ではありません。みんなのフォローのお陰です」
素直に思ったことを口にする。
実際、レイラやリュウには世話になりっぱなしだし、ドロシーやJJ、カリーナにも助けられてばかりだ。
「謙遜することはない。君には隊長の資質があったんだろう」
「そんなことは……業務に振り回されてばかりです」
「第一部隊の仕事量は、二倍以上に増えているんですけどね」
そう口にしたのはカリーナだった。リュウとレイラもそれに同意する。
「出撃間隔が明らかに短くなっていますから」
「神機のメンテナンスが追いつかないと、JJもぼやいていましたね」
二人からの情報を受けて、カリーナが改めてこちらに笑みを向けてくる。
「それでも問題なく任務をこなせているのは、八神さんが隊長としての役目を果たせている証拠ですよ」
「……だと良いんですが」
いつも迷惑をかけているカリーナにそう言ってもらえることは、素直にありがたい。
できることなら、彼らの厚意に報いられるような活躍をしたいものだ。
「ところで支部長、よそからの支援の件はどうなったんです?」
「残念ながら、陣中見舞いのコーヒー一杯さえ送ってこない」
リュウの質問に対し、ゴドーはあっけらかんと答えて肩をすくめた。
「そんな……」
ゴドーの言葉に、俺たちは揃って口を閉ざすしかなかった。
ここまで支援が滞るのは、明らかに異常だ。通信トラブルや連携ミスなどと、楽観視していられる状況ではない。
ヒマラヤ支部は、フェンリル本部から見捨てられたのだ。
恐らく、その可能性は低いものではない。この場にいる全員が、そう考えているはずだ。
「そろそろ、催促以外の方法も考えないといけませんね……」
カリーナが紡いだ言葉は、状況を考えれば最大限、前向きなものと言えるだろう。
あまり暗いことを考えても仕方がない。
今はやれることをこなしていこうと、俺たちは次の任務地へ出発することになった。
今回の任務は、森に点在する廃墟群の一つを調査することだった。
いつものように俺とリュウ、レイラの三人は各個撃破を基本としながら、大量発生したアラガミの対処に当たっていた。
ヤツに遭遇したのは、最後の区画へ入った時だ。
「ガァアアアアアアア!!」
上顎を大きく吊り上げて、ワニのような巨体は咆哮を上げた。
以前にも戦ったアラガミ、ウコンバサラだ。
厄介な相手ではあるが、以前にもこのチームで同種のアラガミを倒した経験もある。
周囲には遮蔽物もほとんどない。このままいけば、問題なく倒せるだろう。
そう考えていたのだが……
「リュウ、こちらのフォローをっ!」
レイラがとっさに声を上げる。
彼女は先ほどから、ウコンバサラの正面に立って注意を引きつけてくれていた。
しかし危険な役割に加え、ウコンバサラは傷つくほどに獰猛さを増しているようだった。
レイラがすぐ傍にいたリュウに協力を求めるのも当然のことだ。しかし……
「いや、背中のタービンが先だ!」
リュウはレイラに構わず、単独でアラガミに飛びかかった。
回転をはじめたタービンに向け、神機が振り下ろされる。
「ガァ――ッ!」
「よしっ!」
アラガミが短く呻き、リュウが歓喜の声を上げる。
上手くタービンを破壊できたようだが……状況が好転したとは言いづらい。
「ガァアアアアアッ!!」
怒りを爆発させるようにして、ウコンバサラが顎を振り回す。
予期せぬ行動の煽りを食ったのは当然、正面で戦い続けていたレイラだ。
「きゃあっ!」
狂ったような勢いで、ウコンバサラがレイラに襲い掛かる。
「……ッ!」
ウコンバサラの背後で戦っていた俺は、レイラのフォローに回ろうとして……
側面から飛んできた重たい何かに足を取られて、その場に転がった。
(……ぐっ!? いったい何が……?)
慌てて立ち上がった俺は、急いで状況を確認し――
「くっ……やってくれる」
俺にぶつかってきたのがリュウだと気がついた。
考えてみれば無理もない。リュウはウコンバサラの背中に立っていたのだ。
土台があれだけ暴れれば、振り落とされても仕方ないだろう。
「……っ!」
そして辺りを見渡せば、レイラの身体はすでに弾き飛ばされていた。
……端的に言えば、状況はもう滅茶苦茶だった。
倒れ込んだレイラを、ウコンバサラがまっすぐ見据えている。
いま追撃されたら、彼女に逃げる余裕はないだろう。
「っ……!」
俺はレイラをフォローするため、彼女のもとへ全力で走る。
だが、俺がそうするよりも早く、リュウは動き出していた。
神機を構え、アラガミに向けて一直線に駆けていく。
「なっ……リュウッ!」
「ガァアアアアッ!」
当然、吹き飛ばされたレイラより、ウコンバサラのもとへ向かうほうが距離的には近い。
しかし今、ウコンバサラは明らかに興奮している。迂闊に近づくのは命取りだ。
「邪魔しないで!」
後を追いかけようとした俺を、リュウが厳しく制止する。
「あとは僕が……ッ!」
接近するリュウを警戒するようにウコンバサラが唸るが、動きは鈍い。
ここまでに与えたダメージが確実に影響を与えているようだ。
リュウはそれをしっかりと確認し、口元に笑みを浮かべてロングブレードを振り上げた。
「終わりだっ!」
全霊を込めた一撃が、アラガミを両断する。
巨体が地面に倒れ、完全にその動きを止めた。
そのことを確認してから、俺はレイラのもとへ向かった。
「レイラ、大丈夫か?」
「……ええ、心配には及びません」
無事を確認しながら手を差し伸べるが、彼女は自力で立ち上がってみせた。
呼吸が荒く、ところどころすり傷や切り傷も見えるが、大きなケガはないようだ。
そのことに安堵していると、ふと背後から声があがった。
「やった! ウコンバサラの『餓爬発電炉』だ!」
声の主は、言うまでもなくリュウだ。
「はぁ、はぁ……こいつを取るのは、なかなか手間がかかるんだ」
リュウは素材を手にして、嬉しそうに語ろうとして、途中で片膝をついた。
「うっ……少し、頑張り過ぎたか……」
リュウはそう言ってその場に座り込み、ゆっくりと息を整える。
そうする彼の前に、見下ろすようにしてレイラが立った。
「連携が無茶苦茶だったわ! リュウ! どういうことなの!?」
「ん? どういうことも何も、レイラのやられっぷりは、いつものことじゃないか」
「くっ……」
嘲るようなリュウの言葉に、レイラは悔しそうに唇を噛む。
確かに、アラガミとの戦いのなかで、レイラが手傷を負うことは珍しくない。
レイラ自身、思うところもあるのだろう。
「だとしても! 今回のあなたの戦い方はおかしかったわ!」
侮辱された怒りを懸命に堪えて、レイラはリュウに詰め寄った。
「答えなさい! あの場面、どうしてわたくしのフォローに入らなかったの!?」
「必要なかったからだ。それとも君は、僕のサポートがなければ戦えないとでも?」
「その方が安全に勝てたわ。あなたもわたくしも、こんな怪我をする必要はなかった!」
「しかし、アラガミ素材は手に入らなかっただろうね。これは危険を冒してでも手に入れるべきものだった」
「そのアラガミ素材を得るためにも、身勝手な行動をすべきではないと言っているのです!」
「アラガミ素材は貴重な資源だ。神機や支部の強化に必要不可欠なんだよ。それを得ることには価値がある。……そうでしょう、隊長代理?」
二人の口論はヒートアップを重ねに重ね、ついに俺まで飛び火する。
「まぁ……リュウの言ってることも、分からなくはないが」
「ほら、彼も理解してくれたようだよ?」
得意げなリュウの言葉を受けて、レイラが詰め寄ってきた。
「彼の味方をする気!?」
「いや、味方という訳では……」
「確実にアラガミを倒す、それが最優先よ! 素材はその結果として手に入るものでしかないわ!」
「そうだな、レイラの言いたいことも分かる」
彼女の言葉を肯定すると、今後はリュウが詰め寄ってくる。
「隊長……あなたは僕とレイラの、どっちの味方なんですか?」
「そうです、はっきりしなさい!」
「……そう言われてもな」
どちらを選んでも、いい結果にはならないだろう。
「とりあえず、二人とも言い争うのを止めてくれ」
だから俺には、こう言って喧嘩を収めることが精一杯だった。
「レイラがアラガミ素材の重要性を理解すれば、嫌でも黙るさ」
「本当に大事にするべきものが何か……分かっていないのは、あなたのほうでしょう?」
二人が再び睨み合う。
「話にならないな」
「ええ、話になりません」
リュウとレイラは、どこまでいっても平行線のようだ。
飛び散る火花を見守りながら、俺はため息をつくことしかできなかった。
結局その後、二人は支部に戻るまで一切会話をしなかった。
怒りもあれば、疲れもあったのだろう。地べたに座り込んだ二人は、距離を取る余力もなかったらしく、横に並んだまま目を合わせずに、おとなしく帰りのヘリの到着を待っていた。
そうして支部に帰還して別れたのがつい先ほど。
黙って行動するのには慣れているが、居心地の悪い沈黙もある。
支部に帰還した俺は、話し相手を求めるように整備場に出向いていた。
「今回もまた派手にやってきたもんだなあ? 新品同様だったブレードがガタガタじゃあねえか!」
オーバーに驚いて見せるJJの反応に、俺は癒しを感じていた。
傷だらけの神機に愚痴りながらも、JJはさっそく整備に取りかかった。
それからしばらく弄った後、興味深そうに口角を上げてみせる。
「ガタガタになっちゃいるが、整備が必要なのはブレードとバレルだけだな。全体としてはむしろ調子が良いな。……良すぎるくらいだ」
「良すぎる?」
「お前さんも戦いやすいだろ、ってことだよ」
「いや、別にそれほどでも……」
俺の答えに、JJは呆れるように嘆息した。
「あのな、神機ってのは振り回してるだけでも、しんどいものなんだぞ?」
あまり意識していなかったが、確かに神機を変えてからは、負担が少なくなったように感じる。
「リュウとレイラを見てみろ、かなりヘタり気味だ。オーバーワークもあって、調子が落ちてるんだろうな」
JJは俺を観察するように、足元から頭まで視線を走らせる。
「なのにお前さん、全然平気だろ? それは普通じゃないってことなわけよ」
「なるほど……」
やはりこの神機には、何か特別なものがあるようだ。
「もう少し、この神機について詳しく調べてもらえませんか?」
「俺としてもそうしたいんだがなぁ……生憎、最近はそのための時間がなくなっちまっただろ?」
彼は慣れた手つきで整備を進めていきながら、すねるような口調で毒づいた。
「ったく、ゴドーの神機を整備する時間が減ったと思ったら、まさか全員の出撃回数が増えるとはなぁ。……よし、お前さんのはこんなもんでいいだろ」
手早く整備が終えてしまうと、JJはこちらに神機を突き戻す。
「どれ、リュウとレイラの神機も見るとするか……じゃあな」
余程忙しいのか、JJはそれだけ言い残すと、整備場の奥へと向かっていった。
「……」
返却された神機を確認してみる。
新品同然とまではいかないが、充分に戦える状態だろう。短時間でここまでできるのだから、やはりJJの腕は大したものだ。
(いや、それだけじゃないのか……?)
JJは、調子が良すぎるという言い方をしていた。
言われてみればそうかもしれない。自分で言うのもなんだが、この神機を手にしてから、かなり無茶な戦いを続けてきたと思う。
それなのにヘタるどころか、かえって調子が良くなるというのは……
「調子は良好です」
「…………」
あの妙な違和感も、最近は少しずつ薄れてきている。
慣れてきたということなのか、それ以外に理由があるのか……それは分からない。
しかし、不意に彼女が現れることには、どこか慣れてしまった自分がいる。
気配を感じて顔を上げると、やはり目の前には白い髪の女性が立っていた。
「捕喰したアラガミの質と量に応じて、良くなります」
また奇妙なことを言っている……
アラガミの質と量によって良くなるとは、一体どういうことなのだろう。
「……」
いや、いま重要なのはそこではない。
そもそも彼女の存在からして謎なのだから、尋ねたいことは山ほどある。
「君はいったい何者なんだ?」
慎重に、反応を窺いながら問いかけてみる。
「……」
しかし、返ってきたのは沈黙だけだ。
「名前はあるのか?」
「……」
「白毛のアラガミ……ネブカドネザルと関係してるのか?」
「……」
粘り強く、いくつか質問をしてみた。
しかし返事がないどころか、何の反応も返してくれない。
「会話は、できないのか……」
諦めかけた俺は、彼女から視線を外し、嘆息しながら呟いた。
「いいえ」
「――っ!?」
(今、彼女は俺に返事をしたのか……?)
驚き、言葉に詰まっている俺に向けて、彼女が淡々と言葉を続ける。
「アラガミが不足」
その言葉は、以前にも聞いたことがある。
機械的に告げながら、彼女の視線は俺の神機に向けられていた。
「この神機で……アラガミを捕喰していけばいいのか?」
期待を込めて尋ねてみる。すると、彼女は間を置かずに短く返した。
「はい」
「そうすれば、会話できるようになるのか……?」
重ねた問いに、しかし答えはなく、
「……タイムアップ、です」
小さく呟くと彼女の姿が薄らいでいき、やがて消えてしまった。
「タイムアップ、か……」
どうやら彼女と会話をするには、時間の制限があるらしい。
それから、彼女がこの神機と何らかの関わりを持つ存在だということも、恐らく間違いない。
(神機でアラガミを捕喰していけば、会話ができるようになる……か)
確かな情報かどうかは分からないが、それでも何も分かっていなかったこれまでよりはずっとマシだ。
彼女のことを、更に理解していくためには――
「アラガミを捕喰するしかないか」
そうすればきっと、マリアのことも分かるはずだ。
ようやく掴んだ大きな手がかりを前にして、神機を持つ手に、自然と力がこもった。