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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第二章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~2章-3話~

  ポルトロンがいなくなってからというもの、ヒマラヤ支部の人手不足は更に深刻なものになっていた。
 誰も彼もが仕事に追われているのだろう、廊下を慌ただしく駆け回る人々の姿も、見慣れたものになりつつある。
 当然、忙しくなったのは俺たちも同じだ。ゴドーとマリア、優秀な隊員を二人も失ったゴッドイーターチームは、支部周辺の安全確保のため、慌ただしく活動を続けている。
 そんななかで急な呼び出しがあったとなれば、部隊の士気が低くなるのも仕方のないことかもしれない。
 司令室に入ったところで明るくカリーナに迎えられるも、リュウとレイラの顔色は優れない。
「皆さん、お疲れ様です。ほらゴドーさん、全員揃いましたよ」
 呼びかけに応じて、ゴドーがこちらに目を向けた。
「よく集まってくれた。みんな多忙だとは思うが、そろそろクベーラの寝床探しを始めなくてはならない」
「……それはつまり、支部の調査エリアを拡大するってことですか?」
 いくらか間があってから、リュウがやや疲れた様子で尋ね返す。
「そうなるな」
 あっさりと肯定するゴドーに、レイラが肩を落とした。
「猫の手も借りたい状況なのに……」
 レイラたちの反応も、もっともだろう。
 人手は不足し、アラガミは増加し続けている。
 そこで更に調査エリアの拡大とあっては、対処しきれるか不安になるのも当然だ。
 ゴドーもそんな状況は重々承知しているはずだが、考えを変える気配はない。
「レイラの不満も分かる。だが我々にとって今、最大の懸念事項はクベーラだ」
 ゴドーは壁の画面に周辺の地図を映し出すと、支部を取り囲む外壁を指し示した。
「この対アラガミ装甲壁で小型、中型種はまだ防げるが、クベーラは食い止められん……対策を立てねばならない」
「それは……分かります」
 さすがにレイラも頷きを返し、それにリュウが続いた。
「しかし僕たちだけでは……フェンリル本部からの支援は?」
「早急な対応は難しい、だとさ」
 ゴドーからの返答に、リュウもレイラも顔をしかめた。
「クベーラのことを伝えても、それですか?」
「ずいぶんお粗末な反応ね」
「本部を当てにするだけ無駄ということだろうな。大事件ばかり起こる極東支部でも、ろくな支援は受けられなかった」
 端から当てにしていなかったのかもしれない。ゴドーはさっさと言い切り、話を進めた。
「支援がない以上俺たちだけで乗り切るしかないが……頼まれてくれるか?」
「はい」
 俺は迷うことなく頷き返した。
 クベーラを放置していれば、今より状況が悪くなるだけだ。
 そうなれば、マリアを見つけ出す前に、彼女の帰る場所がなくなってしまう可能性がある。
(……ここはきっと、マリアにとって大事な場所だ)
 ヒマラヤ支部にやってきてしばらく経ち、俺はそう感じるようになっていた。
 マリアのためにも、この支部のみんなの助けになりたい。その気持ちに嘘はない。
「二人はどうだ?」
「自分の家は自分で守れ、ということですね。僕はやりますよ」
「民のためであるならば、断る理由はありません」
 誰一人として、尻込みする者はいない。
 ゴドーは一つ頷くと、横に控える女性に声をかけた。
「カリーナ、出撃の準備は?」
「はい、いつでも行けます」
「ということだ。第一部隊隊長、八神セイ。君にクベーラ捜索の任務を与える。すぐに出撃しろ」
「了解です」
 手短に応答し、俺はレイラとリュウと共に司令室を後にした。



「厳しい状況ですね……」
 セイたちが出ていった後、静かになった司令室に、不安そうな声が反響した。
「そうだな」
 問いかけとも、独り言ともとれるカリーナの呟きに、一応の返事をする。
「フェンリル本部は、この支部を見捨てるつもりでしょうか?」
(見捨てる、か……)
 カリーナの状況判断は正確だった。
 第一部隊の前では敢えて語りもしなかったが、ヒマラヤ支部は見捨てられたのだ。
 そうでなければ、あの男がここを放棄する理由がない。
 カリーナも理性ではそこまで分かっていて、それでも感情が事実を認めたくないのだろう。
「だとして、カリーナにはどこか行く当てはあるのか?」
 あえて否定も肯定もせずに尋ね返すと、カリーナはあからさまに肩を落とした。
「ある訳ないじゃないですか……」
 彼女は不安そうに答える。
 確かカリーナはインド支部出身で、家族も健在だったはずだ。
 暗に、故郷へ帰るという選択肢を示唆したのだが、そんな発想は端から持ち合わせていなかったらしい。
 それだけ責任感があるということなのか、それとも単に優しいのか……
(まあ、仮に彼女に出て行かれれば、ヒマラヤ支部は終わりなんだがな)
 間違いなく、この支部でもっとも代わりがきかないのがカリーナの存在だ。
 引き留める方法についてもいくつか検討していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「そういうゴドーさんはどうなんですか?」
「俺は古巣のシンガポール支部に戻れる。あそこもろくな戦力がないからな」
「…………」
 カリーナはやっぱり、と言いたげな表情をこちらに見せた。
 予想通りの反応が少しおかしくて、口元が自然と緩むのを感じた。
「しかし残念ながら、俺にはここから出て行く理由がない」
「え……?」
「本部の支援がなかろうが、どれだけアラガミが増えようが、俺はここに残る」
 カリーナが意外そうな表情で、こちらを見ているのが分かった。
「残る理由があるんでな」
 詳しく説明するつもりはない。まだ、確証は得られていないのだから。
 そう思いつつ、俺はセイが出ていった扉に視線を向けるのだった。



  ゴドーの指示通り捜索範囲を広げた俺たちは、暗く巨大な研究施設を訪れていた。
 比較的損傷が少なく設備が整っているため、クベーラの痕跡が見つからずとも、制圧すれば今後の探索を進めるうえでの前線拠点として活用できそうだ。
 そう考えて調査を行ってみたものの、中はすでに、アラガミの巣窟になっていた。
「ウコンバサラか……」
 ワニのような大きな顎が特徴的なアラガミだ。
 本来であれば水場に生息するアラガミだが、施設内の水槽に住み着いていたのだろう。
「……さしずめ僕らは、水槽に投げ込まれた餌というわけだ」
「くだらないこと言ってないで、真面目に戦いなさい!」
「来るぞっ……電撃に注意しろ!」
 ウコンバサラが背負ったタービンを回転させ、周囲に青い電流を奔らせる。
 動き自体はノロい相手だが、これでは迂闊に近づけない。
「感電すると厄介だ。極力、水場から離れて行動しよう」
「では伺いますが隊長代理……辺り一面、水に囲まれている場合はどうすれば?」
 口ぶりはふざけているが、リュウの表情は大真面目だ。
 元々ここは、都市内の水を管理・貯蓄する施設だったのだろう。
 四方はたっぷりと水の詰まった水槽に囲まれているし、足元にも巨大なプールがある。
「もし戦いが長引いて、周りの水槽が崩れでもしたら……」
「考えたくはないが、痺れる程度では済まないだろうね」
「当然、銃形態やレイラのブーストハンマーでの攻撃は控えるべきだな」
「……そうね。周りの水槽を巻き込む可能性が高いもの」
 口惜しそうにレイラが呟く。
 ずいぶんと不味いところで戦闘になったものだ。
 しかし、そんな事情を汲んでくれるような相手でもない。
「きゃあっ!」
 ウコンバサラが尻尾を振り回し、レイラに襲い掛かる。
 すぐさま躱そうとしたレイラだが、その場に留まり攻撃を受けて吹っ飛んだ。
 避けていれば背後の水槽が割れ、全員が電撃の餌食になっていただろう。
「レイラ……!」
「平気よっ。このくらい、なんともありません!」
「おかげで、僕のほうは被害甚大だけどね」
 すぐさま立ち上がるレイラの背後で、倒れたままのリュウが心底嫌そうにため息をついた。
 どうやら吹き飛ばされたレイラの後ろに、咄嗟に入り込んでいたらしい。
「リュウ、あなた……」
「水槽を庇っただけさ。君のことなんてどうでもよかった」
「……礼は言いませんよ」
「僕だってそんなものは求めていない。ヤツをアラガミ素材にして返してくれ」
 静かに言い合う二人の言葉を聞きながら、俺はウコンバサラの背中に斬りかかっていた。
 そのまま背中のタービンに深く神機を突き刺す。
「ガァアアア……ッ!」
 火花が散ると共に、周囲に青く細い稲妻が飛び交う。
 それでも構わず、抉るように神機を発電器官に沈めていく。
 一時しのぎかもしれないが、これで電流は封じられたか……そう考えた瞬間、ウコンバサラが大きく身をよじり走り出した。
(なんだとっ!?)
 ウコンバサラはそのまま勢いをつけて、壁の水槽に向かっていく。
 周囲が水浸しになれば、当然俺たちのほうが不利になる。ウコンバサラは水中での戦いに慣れているだろうし、放電をいつまで抑えられるかも分からない。
 どうすべきか……ウコンバサラの背中にしがみついたまま、俺は思考を巡らせる。
 そんな俺とウコンバサラの目の前に、レイラが立ち塞がった。
「いいわよ。そのままこちらに向かって来なさい!」
 そう言ってレイラは、ブーストハンマーを構えた。
「何を考えている。自分で水槽を崩すつもりか……!?」
 リュウの激しい制止にも、レイラが動じた様子はない。
 決意を込めた眼差しで、迫り来るウコンバサラをまっすぐ見据えているだけだ。
(何か策があるんだな。それなら……!)
 ウコンバサラが進行方向を変える。
 どうやらレイラを避けて、直接水槽にぶつかるつもりらしい。
「……っ!」
「ガァアアアア――!?」
 ヤツの背中に突き刺した神機に体重をかけると、ウコンバサラが痛みを避けるようにして身をよじった。
 俺はそのまま舵を取るようにして、体重移動でウコンバサラの進路を操る。
 再びレイラに向かって進みはじめたウコンバサラは、彼女に向けて顎を大きく縦に広げた。
「……狙い通りよ、ありがとう」
 その巨大な口に向け、レイラはまっすぐにハンマーを突き出した。
「ッ……ガァ!?」
「振り回すだけでは芸がないでしょう? ……こういう使い道もあるの」
 開かれた顎の奥に、レイラがハンマーをねじ込む。これで噛みつきは封じたも同然だ。
「よし、後は……っ!」
「ちょっと、リュウ!?」
 放電と噛みつき、ほとんどの攻撃手段を失ったとはいえ、ウコンバサラにはまだ尻尾がある。
 リュウはそれには構わず、ロングソードで素早く斬りかかった。
 激しく身をよじったウコンバサラから、俺とレイラは距離を取る。
 しかし、リュウの勢いは留まらなかった。
「これで……終わりだ!」
 暴れるウコンバサラに果敢に挑み、リュウがその背中をロングソードで斬り続ける。
 素早く何度も。攻撃を軽やかに躱しつつ……
「ガァアアアアアアアッ!」
 やがてウコンバサラは断末魔を上げると、巨体を傾け、そのまま腹を表にして倒れ伏した。
「よし、これで終わりだな。……宣言通り、アラガミ素材はもらっていくよ」
 戦いが終わったと確認するや否や、リュウはそう言ってウコンバサラに近づいて行った。
「まったく……相変わらずひどい態度ですわね」
 傷ついたレイラが、呆れた様子でリュウを見つめる。
 手柄を横取りされた怒りというよりは、危険を顧みないリュウの戦い方が気に入らないのだろう。
 しかし、最後はどうであれ、レイラとリュウが協力し合って戦えたのは初めてのことだ。
 二人に言えば否定されるかもしれないが、俺たちも少しずつ前に進んでいるのかもしれない。



 「さてと……このエリアはだいたい調査できたな」
 素材収集を終えたリュウが、神機を下ろして周囲を見渡す。
 彼の言う通り、この施設の調査を終えたことで、今回の調査エリアは大方確認を終えたと言っていいだろう。
 エリア全体として見れば、アラガミの数こそ相変わらず異常なものの、他の異変は見当たらない。
「クベーラはいないようですね」
 レイラはそう言って、安堵の息をつく。
 俺たちの任務はクベーラを発見することだが、その気持ちは分からないでもない。
 あれだけの大型アラガミと戦いになれば、無事で帰れる保証はない。
 エリア調査と他のアラガミの撃退も、同時に進めなくてはならないとなれば尚更だ。
「助かったな」
「そうですか? ……僕はクベーラと戦ってみたいけどね」
「リュウ、あなた……アラガミを舐めているの?」
 軽く言ってのけるリュウに、レイラが不快感を示す。
「恐れていないだけさ」
「先ほど倒したウコンバサラだって、油断ならない相手だというのに……!」
「あれもヒマラヤでは珍しい種だったな。手に入る素材が増えて、嬉しい限りだ」
「その考えが、舐めているというのよ!」
「そう思われるのは心外だな」
 語気を荒げるレイラに対して、リュウはあくまでも冷静なまま返す。
「いいアラガミ素材を手に入れるには、慎重に……丁寧にオラクル細胞の結合を崩壊させる必要がある」
 リュウの言う通り、アラガミ素材を手に入れることは、決して簡単なことではない。
 アラガミと戦いつつも、素材となる部位は壊さないように細心の注意を払う必要がある。
 確かに、先ほどの戦いでも、リュウはウコンバサラの急所を的確に攻撃していた。
 普通に戦うよりずっと危険だが、だからこそ高度で技術の求められる戦い方だ。
「舐めてるゴッドイーターにはできないことだ」
 とはいえ、戦いの技術が人間関係で役に立たないことは、俺もよく知っている。
 もう話すことはないというリュウの態度に、レイラも対抗するように背を向けてしまう。
「何を言っても無駄なようですね……もういいです」
 そのまま二人は、互いを見ないようにしつつ、さっさとヘリに戻りはじめた。
「…………」
 一人その場に取り残された俺は、二人の背中を目で追いながら、ため息をつく。
(さっきの戦いは、ある程度協力できていたんだがな……)
 やはり犬猿の仲の二人が、そう簡単に打ち解けることはできないのか。
 同じ部隊として、もっと協力して欲しいところなのだが……
 とはいえ、俺は仲裁役が得意ではない。
 どうしたものかと頭を抱えかけた、その時だった――

「私に手伝えることはありますか?」

「――っ!?」
 その声が聞こえると同時に、俺は弾かれるようにして隣を見た。
 そこにはやはり、彼女の姿がある。
 マリアによく似た白髪の女性は、こちらを見つめながら機械的に言葉を紡いだ。
「お困りのようでしたので、私が解決に役立てることはありますか?」
 思ってもいなかった言葉に意表を突かれる。
 確かに俺は、レイラとリュウのことで悩んでいたが……それ以上に、彼女のことが気になった。
(俺が困っていることに気がついて、声をかけてきたのか……?)
 以前にも、彼女が俺の問いかけに応えてくれたことはあった。
 しかしその時の返答は淡白で要領を得ないものだった。
「君は、いったい何者なんだ……?」
 だが、今日の彼女の振る舞いは……上手く言えないが、以前までより人間的に思えた。
 今なら答えてくれるかもしれない。彼女が何者で、どうして俺に話しかけてくるのか。
 どうしてマリアに似ているのかも……
「はい、いいえでお答えください」
 しかし、帰ってきたのはやはり無機質な反応だった。
「はいか、いいえで……?」
 声はマリアにそっくりなのに、まるで機械と問答しているかのようだった。
 答えを見つけられず戸惑っていると、一瞬彼女の体にノイズが走ったように見えた。
「タイムアップです」
「……っ! 待て、君は……!」
 そう呟くと、彼女の姿が薄らいでいき、そのまま消えてしまう。
 いつも通り、後には何の痕跡も残らない。
「……タイムアップ? どういうことなんだ?」
 疑問は募るばかりだ。彼女は何者で、どうして俺に話しかけてくるのか。
 以前より流暢に話しているように見えたのは、どうしてなのだろう。
 そして、マリアとの関係は……
 考えても答えは出ない。俺は彼女が消えた場所を、ただじっと見つめ続けていた。



  任務を終えて支部に戻ってきても、俺は彼女のことばかり考えていた。
 広場の一角にあるベンチに座り込んで、先ほどのことを思い出す。
(あれは、どう見てもマリアだった……)
 何度も会って、その度に同じ結論に行きつく。
 もちろん、あの白い髪をはじめとして、完全に容姿が一致している訳ではない。
 しかし、マリアと全くの無関係とも思えない。
 やはり彼女は、マリアなのだろうか。
(だったら、どうして俺に応えてくれないんだ……?)
 いつも彼女は、煙のように消えてしまう。俺以外の人間には見えないらしい。
(考えられるのは、幽霊か? ……まさか、子供じゃあるまいし)
 これまで俺は、あまりマリアのことを……マリアがどうなったのかを考え過ぎないようにしていた。
 急激な状況変化と忙しさが、容易にそのことを許してくれてもいた。
 それでいいと思っていた訳じゃない。だが、戦いに集中する上では必要なことだ。
 マリアを早く助けるためにも、塞ぎ込んでいる暇はない。
 アラガミを前にして、そんな弱みは見せられない。
 しかし、そうして気がつけば、マリアがいなくなってから、あまりに多くの時間が流れていた。
(幽霊……幽霊か。だとしたら、彼女はもう――)
「ずいぶん不景気な顔してるね」
「――っ!」
 顔を上げると、目の前にドロシーの姿があった。
「マリアのこと、考えてるのかい?」
「どうしてそれを……」
「そりゃ分かるさ。あんた、そんな顔したことなかったからね」
 ドロシーはそう言って、気まずそうに顔をそむけた。
 自分がどんな顔をしているのかは分からないが、あまりいい表情でないことだけは確かだろう。
「…………」
 心配をかけてどうするんだ。そう思いながらも、次の言葉が出てこない。
 どうやら、俺は自分で考えている以上に参っていたらしい。
「ああ、そうだ! あんたに一つ、頼まれてほしいことがあるんだよ!」
 結局、沈黙を破ったのはドロシーだった。
「頼みごと、ですか? 構いませんが、どんなことです……?」
「え? あー、えっとな、その……」
 頼みがあると言っておきながら、なぜかドロシーは考えるような素振りを見せる。
 しばらく悩んでから、何か閃いたように手を打つ。
「そうだ! かわいいポーズを教えてくれっ!」
「……は?」
(かわいいポーズ……? この人は何を言ってるんだ?)
 俺が困惑していると、ドロシーは慌てて補足した。
「最近、支部のみんな大変そうだろ? こういう時はさ、『癒し』ってのが求められてると思うんだよ」
「はあ……」
 全く要領を得ない俺をよそに、ドロシーは捲し立てるようにどんどん話を進めていく。
「あたしはいつもあねごあねご言われててさ、『癒し成分』が足りないっていうか……かわいげがないというか、な?」
 分かるだろ、と言いたげに苦笑してから彼女は力強く拳を握った。
「でも、そのあたしが『癒し』を提供できたら、ショップの客が増えて売り上げもアップするはずなんだ!」
 そういうもの、なのだろうか……
 困惑していると、ドロシーが両手を合わせて頼み込むようなポーズを見せる。
「けど、あたしはそういうの全然分かんないから、アドバイスしてほしいんだ! 頼む、あんただけが頼りなんだよ!」
「俺だけが……」
 そこで、どうして俺が出てくるのだろう。
 自慢ではないが、俺は商売をしたこともなければ、かわいいポーズをしたこともない。
「人選ミスでは?」
 思ったままのことを口にしてみる。
「い、いいからいいから! とにかく答えてくれよ、な?」
 なんだか、いつもの彼女らしくない。
 元々明るいほうだと思うが、無理に明るく振る舞っているように感じられる。
「もしかして、励ましてくれてるんですか?」
「なっ……!?」
 ドロシーが一瞬だけ固まった。が、すぐに復帰して口早に返す。
「あたしが? ま、まさか! そそ、そ、そんなことするわけないって!」
「……」
 かなり動揺している。どうやら図星だったようだ。
 だとしたら、ずいぶんと不器用な励まし方に思える。
 この間、ドロシーがJJの励まし方にダメ出しする場面を見たばかりだが、彼女のやり方もそう大差ない気がする。
 けれど、その優しさが嬉しくて、俺は自然と笑みを返していた。
「……すみません、俺の勘違いだったみたいです」
 彼女の気遣いを無駄にしないためにも気づかなかったフリをして、先ほどの問いに答える。
(しかし癒し……か。俺も詳しくないんだが……)
 とはいえ、何も答えないのも申し訳ない。
「では、まずこうして……」
 結局俺は、極東支部にいた頃、雑誌で見かけたポーズを説明しておくことにした。
「おおー、そういうのが『癒し』なのか……よし、やってみるよ! へへっ、ありがとな!」
 話を聞いたドロシーは俺の顔をじっと見つめてから、スキップ気味に去っていった。
「……?」
 俺の顔に何かついてるのか? そう思って顔に手を当ててみてから、気がついた。
 いつの間にか、気持ちが軽くなっている。
 きっとドロシーは、俺の顔を見てそのことを確認したんだろう。
 ドロシーは、『癒し』を提供できるようになりたいと言っていたが、彼女ははじめから、その力を持っていたのかもしれない。
「……かわいいポーズ、か」
 ふと、先ほどのアドバイスが本当に適切だったのだろうかと不安がよぎった。
 いや、きっと大丈夫だろう。
 少なくとも、その姿勢を取る俺の弟妹たちは、なかなかに可愛かった覚えがある。



 自室に戻ったあたしは、さっそく鏡の前で教えられたポーズを取ってみていた。
「えーと、こうで……いいんだよな?」
 正座を崩したような形で、お尻をつけてぺたんと地面に座り込む。
 これぞ女の子座り。
 セイが言うには、小さい子から大人の女性まで誰からも愛される、かわいいポーズらしい。
「ん? カワイイのか、これ……?」
 鏡のなかのあたしが、首を傾げる。
 うん、やっぱりいつも通りのあたしだ。かわいくなった感じは全然しない。
(いや、もしかしたらここから一気にかわいくなるのかも……?)
 セイに教えられたのは、座り方だけじゃない。
「で、手を前に、こう……」
 教えられたことを思い出しつつ、左右の太ももの間に両手をついてみせる。
 こうして相手を見つめると、抜群にかわいらしい、って話だったけど……
「んー……」
 なんというか、手をつくために足を広げることになり、腕に挟まれたことで胸が強調されてる。
「こうすると、癒し……というか、いやらしい……ような?」
 雑誌でも見たことあるし、間違いないってセイは言ってたけど……
「あいつの趣味なのかな? ダマされてないか、あたし……」
 呟いてみるけど、答えは出ない。
 マリアからは無口ないい子だって聞いてたけど、やっぱり年頃の男子だし……
 セイって、意外とむっつりスケベなのかな。だとしたら、なんとなく似合いすぎてて怖いけど……
(……けどま、たぶんそういうのじゃないんだろうな)
 セイは嘘や冗談で人をからかうタイプじゃない。
 まだ、そこまで付き合いが長いわけじゃないけど、そのことだけは確信を持てる。
 ってことは、かわいく見えないのは、単純にあたしの問題なのかもしれない。
「カリーナがやったらカワイイのかもなー」
 ちょっと想像してみると、すぐにかわいいなって思った。
 ってことは、やっぱりあたしの癒す力が足りないってことなのか……そう考えると、微妙にカリーナが恨めしい。
「ま、いいか。あいつがまた悲しそうな顔してたら、見せてやろっと」
 そしたらあいつは、どんな反応をするんだろう。
 やっぱり微妙な感じで困るのかな、それとも癒されて笑ってくれるのかな。
 ないと思うけど、もしいやらしい顔をしたら、その時は容赦なくぶん殴ってやろう。
 ……そうすれば、あいつもさすがに、悲しい顔のままではいられないはずだ。
「悲しみは、乗り越えなきゃな……」
 セイは、マリアが生きているって信じてるって言ってたし、もちろんあたしだってそのつもりだ。
 でも、いつまでも信じて待ち続けるって、時々つらい。
 セイもこんな気持ちなんだとしたら、あたしは少しでも力になってあげたい。
 それがきっと、セイとマリアのために、あたしができる精いっぱいだから。
 だから明日も、笑ってあいつに話しかけてやろうって思った。

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