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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-9話~
「いらっしゃいませお客様。ビストロ・ゴドーへようこそ」
 合流するなり、ゴドーはそう言って恭しく礼をしてみせた。
「余裕ですね」
「冗談でも飛ばさないとやってられん数だ。まずは状況を見てくれ」
 ゴドーは肩をすくめてから歩き出す。
 彼の後を追い、丘の上に立ち、北の大地を一望する。
「……」
 そこにあったのは、眩暈を覚えるほどのおびただしいアラガミの群れだ。
 眼下に広がる平地から、壁のように聳え立つヒマラヤ山脈の山々まで――
 広大なヒマラヤの大地すべてが、アラガミに埋め尽くされている。
 その狂った光景を眺めていると、並んで立ったゴドーが声をかけてきた。
「鈍重なアラガミが多いようだが、その分密度が高い。君ならあれをどう切り崩す?」
「……揺さぶりが必要ですね」
「ああ。俺もそう思う」
 俺の答えに、ゴドーが頷く。
 このまま無策でぶつかり合えば、勝ち目はない。
 絶望的な状況を打破するためには、別方面からのアプローチが必要になるだろう。
 そのために俺が……いや。リマリアがここに呼ばれたのだろう。
「アラガミを呼ぶ波動を近距離で放ち、一部のアラガミの行動を乱すのはどうでしょうか?」
「名案だが、波動を正確にコントロールできるか?」
 大して驚いた様子もなく、ゴドーが聞き返す。
 おそらく初めから、ゴドーは彼女にその役割を頼むつもりだったのだろう。
 問題は、その作戦が実現可能かどうかだが――
「やります。万一の時は、フォローをお願いします」
 リマリアは迷うことなく即答してみせた。
 それを見て、ゴドーは軽く驚いたような様子を見せた。
「ん? それを言えるようになったのか」
「またレイラが教えてくれました。不安を誰かに言えるくらい、人を信頼しろと」
 彼女の言葉にゴドーは「ほう」と小さくため息を漏らした。
 それから自身の神機を一度握りなおし、迫る大群に改めて目を向ける。
「そうか。ならば信頼に応えなくてはな」
 ゴドーはそう言って嬉しそうに笑うと、チャージスピアを正面に掲げながら言う。
「後のことは気にせず、自由に喰い荒らしてこい!」
「はい……っ!」
 リマリアが大きく頷くのを見て、ゴドーはゆっくりとアラガミに向かい歩きはじめた。
 俺とリマリアもその後に続く。
 すると彼は首だけこちらに振り返り、皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた。
「ウロヴォロスばかり食べるなよ?」
「なっ……」
 茶化されたと気づいたリマリアが言葉を失う。
 ゴドーはそれを見て、そのまま俺のほうに目を向けてくる。
「気をつけます」
「そこまで偏食ではありません!」
 彼女の代わりに応えると、リマリアが大声で反論してきた。
 しかし俺は、彼女の捕喰に何度も付き合ってきているので知っている。
 リマリアは間違いなく、好物から先に箸をつけていくタイプだ。
「……だが、バランスは大事だぞ」
「神機を扱うのはあなたですよ?」
 ウロヴォロスの食べ過ぎで、リマリアの容姿がそれに近づいていくのではないか。
 それが恐ろしくてリマリアに言うと、彼女はぴしゃりと俺の言葉を押さえつけた。
(……確かに、俺が別のアラガミを倒せばいいのか)
 いやしかし、この状況でアラガミの選り好みなどしていられるか……?
 そう考えてリマリアのほうを見てみるも、彼女はつんと素っ気ない表情をしている。
 ……なんだ? 少し不機嫌そうに見えるが……
「ふっ、いいコンビになってきたな」
「え?」
「なんでもない。――さぁて、頼んだぞ二人とも!」
「……はいっ!」
 ゴドーの号令を受け、俺とリマリアが同時に頷く。
 そこで改めてリマリアに目を向けると、彼女は慌てて俺から目を背けた。
 ……結局、怒ってるのか、怒っていないのか。
 俺には判断つかないが、とにかくゴドーとの会話によって、彼女から気負いがなくなったのは間違いない。
(……仲間たちには、いつも助けられてばかりだな)
 不調続きで落ち込んでいくリマリアに、俺は何もしてやれなかった。
 そこに追い打ちをかけるように神機が暴走し、リマリアは完全に気力を失っていた。
 それがこの戦闘に出る直前――間違いなく今日の出来事だ。
 なのにどうだろう。
 今のリマリアは不調に陥る前……いや、それ以上に調子が良さそうに見える。
(……これなら戦える)
 そういう確信があった。
 数えきれないほどのアラガミの大軍を見ても、恐れる気持ちは湧いてこない。
 いや、それどころか――
(倒せる……勝てる)
 油断から、状況判断が甘くなってきているとすれば危険だが、そうとも思えない。
 今のリマリアと一緒なら、何にも負ける気がしない。
 俺はこの窮地に、痺れる局面に、湧き立つものを感じていた。
「セイ、落ち着いていけよ」
「ええ、分かっています……!」
「…………」
 俺が勢いづけて応えると、ゴドーがわずかに面食らったような表情を浮かべた。
 しかしそれも一瞬のこと。
 彼はすぐにいつもの笑みを見せ、俺の背中を強く押した。
「行け。この状況をひっくり返してこい――!」
「……了解!」
 応え、駆け出すと同時、リマリアが波動を放ったのが分かる。
 周囲のアラガミの注意が俺たちに向かい、ヒマラヤ支部に向かっていたアラガミたちの列が一気に乱れる。
(もう少し引き付けてから……? いや――)
 俺は自らアラガミの波に飛び込んでいく。
 逃げ腰で覆せる状況ではない。
 戦って戦って……
 喰って喰って喰い続けて――進化し続けなければ、飲み込まれるのは俺たちのほうだ。
「アビスファクター・レディ――」
 指示を待たず、俺の意志をくみ取ったリマリアがアビスファクターを発動させる。
 神機が激しい光を放つと同時、周囲のアラガミたちが肉片となって一斉に吹き飛ぶ。
 俺がそうしたのだと、後になって理解が及ぶ。
「……ク、クク……」
 乾ききった喉の奥から、かすれた声が漏れ出した。
 まだだ、まだ足りない。
 仲間たちのために、戦局を変えるために、もっともっと戦わなければ。
 もっとアラガミを殺して、喰って、そして――
(――……っ。なんだ……?)
 不意に我に返る。
 どうしたことか……妙に落ち着かない。集中力が持続しない。
 幸い戦闘行動に支障こそ出てないものの……
(……この熱に浮かされた感じ、危険だ)
 せっかくリマリアが調子を取り戻したというのに、俺が足を引っ張る訳にはいかない。
 そうして考えている間にも、俺は機械的に神機を振るい、アラガミを屠り続けている。
 身体の動きに、精神が追い付かない……気づけばまた、俺の意識は朧げになり、得体の知れない喜びに突き動かされて、凶悪な笑みを浮かべている。
「――っ!」
 振るえば振るうほど、神機はさらに磨かれていき、一撃一撃がその鋭さを増していく。
 体の芯から汗が噴き出る。呼吸は浅く、視界は点滅を繰り返している。
 だが、そうして身体が帯びた熱が、しなる肉体の躍動が、今はひたすらに心地いい。
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 獣のように叫んでいるのはアラガミか、俺か、それともこの神機だろうか。
 気を抜けば意識を失いそうな、ギリギリの局面の中――
 俺は彼女の力に身を任せ、アラガミを喰い殺す愉悦に打ちひしがれていた。



「……ここまで圧倒的とはな」
 一騎当千なんて言葉があるが、彼はまさに今、それを体現していると言えるだろう。
 幾千のアラガミの列に飛び込んだセイは、アラガミを自身の周りに呼び寄せながら、向かってくるアラガミのことごとくを返り討ちにし続けている。
 返り血に濡れたその姿は、さながら鬼か悪魔か……本来ならば、彼が相手取るアラガミこそが、そう呼ばれる存在なのだがな。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
「――ふっ」
 あまりよそ見もしてられんか。
 俺は目の前に迫るチェルノボグの弱点を狙い、長年連れ添った相棒を振るう。
「ガアアアアッ!?」
 トン、トン、トンと。三度ヤツの身体をつけば、バランスを失った蟷螂型のアラガミは、崩れるようにその場に伏せた。
 トドメを刺すには至らないが、この状況で足を失えばどうなるか……
 迫りくるアラガミの波に呑まれたヤツは、懸命に鎌を振り回していたが、踏み潰され、他のアラガミに襲われながら、やがて淘汰されていくのだろう。
 そう判断した俺は、チェルノボグから視線を外し、再び横目で彼を見る。
(……まったく。大物は君に任せたはずなのだがな)
 あれだけ活躍しているセイに文句を言っても仕方はないが、ずいぶんと荒い戦い方だ。
 それが彼の持ち味でもあるのだが、それにしても今日は極端だ。
 並外れたタフさに強い精神、的確な力配分と広い視野――
 そうした数値には表しにくい、彼の卓越した戦闘のセンスが見る影もない。
 ただ暴力的に、全力で敵に向かい続ける彼の姿はまるで……

『リマリアのアラガミ誘導、および交戦、撃破により北部戦線のアラガミの進攻が停滞しています!』
「――……!」
 カリーナからの報告を受け、我に返る。
 この状況下で戦いに目を奪われるとは……俺も人のことは言えんようだ。
「ここだな。打って出るぞ!」
 周囲を見渡しながら、俺は素早く指示を出す。
「カリーナ、二人に東部戦線へ向かえと指示を」
『はい!』
 カリーナへの指示を漏れ聞いた周囲のゴッドイーターたちが慌てて俺のほうを見た。
 セイとリマリアの力に頼りたい気持ちもよく分かるが、彼らは十分に健闘した。
 既にアラガミたちの足並みはバラバラになっている。今の状況なら、各個撃破で対処していけばなんとか切り抜けようもある。
 無論、残った俺たちは、地獄を見ることになるだろうがな。
『……ですが、大丈夫でしょうか? ここまでの戦闘で、八神さんたちも相当疲労しているのでは?』
「大丈夫だ。彼らの戦闘力に不安はない」
『……分かりました』
 そう言ってカリーナは、不安を飲み込むようにしながら通信を切った。
 心配そうなカリーナの様子に、俺は思わず苦笑する。
 モニター越しでは伝わらんらしいな。
 今の彼らがどれだけ常軌を逸しているか――
「……彼らの戦闘力に不安は無い。懸念があるとすれば……神機の制御だ」
 迫るアラガミを討ちながら、俺はそうして独り言ちる。
 いずれ似たような事態が起きると、想定していなかった訳ではない。
 だが……何もかもが早すぎる。
 セイたちは著しく成長を遂げ、すでに俺の想像を超えたところにいる。
「感情による揺らぎを抑えれば……捕喰でリマリアが進化成長すれば、安定するのか?」
 分からない。分かりようもない。
 既に状況は、取り返しのつかないところまで来ている。
 その先で何が起きるか、神のみぞ知ると言ったところか。
 それでも一つ、分かることがあるとすれば――
「あの神機は……」
 迫るアラガミを掃討したところで、俺は一度頭上を仰ぎ見る。
 天は厚い雲に覆われ、空は今にも泣きだしそうだ。



『ゴドー隊長より、東部戦線へ向かえとの指示が出ました!』
「――はいっ!」
 周囲のアラガミを捕喰してると、カリーナから通信があった。
 その声を聞き、俺は即座に移動を開始する。
 その隣で、リマリアが心配そうに言った。
「リュウは大丈夫でしょうか?」
 その声に反応するように、再びカリーナから通信が入る。
『東部戦線は防衛に徹しています! 二人の到着を待って、攻勢に出るとのこと!』
「……了解です」
 西部、北部と回ってきて、もうそれなりの時間が経っている。
 これ以上、リュウに無理をさせるわけにはいかない。
「急ごう」
「はい!」
 俺の言葉に、リマリアは表情を引き締めて頷いた。
 そのタイミングで、カリーナが唐突に何か思い出したような声を上げた。
『あ、もう一つゴドー隊長より、神機の状態は捕喰で変化があったか、報告をくれと!』
「変化は感じません。このまま行くだけです」
『隊長補佐は?』
「……変化はありません!」
 俺たちはカリーナの言葉に即答し、そのまま東部へと向かっていく。
 道中、アラガミを斬りながら進むのも忘れない。
 ……やはり、神機の状態に変化はない。今日はずっと、これまでにないほど調子がいいのだ。
 これならもっと――もっともっともっと、多くのアラガミを殺すことができる。
『分かりました! ゴドー隊長に伝えます!』

「――……」
 気がつけば、カリーナからの通信は切れていた。
 ……まずいな……神機の調子は悪くないものの、この連戦で集中力が切れてきているのか?
 しかし、弱音を吐いてはいられない。
 もっと戦いに集中しなければ。もっとアラガミを殺さなければ――
 仲間たちのために、ヒマラヤ支部のために、リマリアのために……俺のために。
 もっと戦える。まだまだ戦える。
 この戦場では、俺の力が求められている。手にした力はこの戦場の誰よりも強く、圧倒的だ。
 アラガミも仲間も他のゴッドイーターたちも、誰もが俺に注目している。
 俺以外の誰も、この役割は担えない。
(――……)
 なぜだか不意に、涙がこぼれる。
 人間の出来損ない、不良品の兵器。俺はずっと、自分のことをそんな風に考えていた。
 実際俺は、これまで何もできなかった。何も果たせなかった。
 そして何も守れずに……大切なものの全てを失った。
 そんな弱く、無価値な俺が……
 大切なものを何一つ守れなかった無力な俺が、はじめて仲間の役に立てている。
 あの日、マリアを失った未熟な俺を……俺は今、ようやく心から許せそうな気がしていた。



「……そうか、変化なしか」
『はい。状態は悪くないそうです』
「そうか……まずいな」
 どうも悪い予感は当たっていたようだ。
 カリーナから報告を受けると同時、俺は悪態をつきたくなるのを堪えて歯噛みした。
『まずい、ですか……?』
「ああ。変化がないということは、リマリアが神機を制御しきれない、暴走の危険性があるということだ」
『ええっ!?』
 通信機の向こうで、カリーナが慌てる声が聞こえた。
 しかし、彼女に応える時間が惜しい。
 俺は現状を把握するため、急ぎ思考を巡らせていく。
「……この連戦と捕喰で、リマリアの制御能力は増したはずだが、変化がないのはなぜだ?」
 あれだけアラガミを捕喰したのだ。何も変化がないとは思えない。
 しかし現実に、神機の出力が抑えられることはなく、セイも次第に、その力に呑まれはじめている。
「感情による揺らぎを抑え、捕喰でリマリアを進化成長させる……。神機を安定制御するためのロジックが間違っているのか……?」
『だとしたら、今の八神さんたちは――!』
「――クソッ!」
 気づけば俺は、当たり散らすようにして叫んでいた。
 駄目だ。こんなことでは。もっと冷静にならなければ……
『ゴドーさん……』
「セイたちを止めろと言うのだろう? ……無理だ。この状況を、彼らの力なしに乗り越えることはできん」
 もっと早く……神機がアラガミを呼んだ時点で気が付くべきだった。
 リマリアの情操教育は順調だった。だが、現実に神機は彼女の制御を離れ暴走した。
 この一連の流れは、果たして本当にリマリアの心の弱さが招いたものだったのか?
「…………」
 あの禁忌の神機に触れたものがどうなるのか……俺はその結末を知っている。
 そしてそれだけは、なんとしても阻止しなければならなかった。
 セイとリマリアを救いたかった。
 彼らのためにも、死んだマリアに報いるためにも。
 そして師匠の犯した過ちが、正しいものになればいいと、そう願う気持ちも確かにあった。
 だが……
 眼前に迫るアラガミに対処しながら、俺は静かに覚悟を決める。

 もし、彼らがこのままアラガミになるならば――
 その時は、俺が全てに決着をつけよう。
 贖罪などと言葉を飾るつもりはない。
 生きるために、殺す。……ずっと続けてきたことの繰り返しだ。
 その果てに何があるのか。それを考えると虚しさが心を支配する。
(結局、すべては無駄ということか……)
 そうして諦めてしまえば、ことは単純だ。
 俺は思考を切り替え、目の前のアラガミを殺すことに集中する。

 ……一つ気になるのは、彼女のことだ。
 クロエはこの状況を、どこまで見通していたのだろう。
 目論見が外れ、絶望しているのか。
 それとも……この状況も、彼女が仕組んだものなのか?
(少なくとも……この戦いが終わった後の一杯は、とびきり苦いものだろうな)


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