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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-8話~  
 気づくと視界は、深淵の闇に包まれていた。
 黒、黒、黒。自分がそこにいる以外、何一つ知覚することはできない。
 曖昧な世界……自分の目が開かれているのかどうかさえよく分からない……
 
 ――――――。

 キィン、と甲高いノイズが、遥か彼方から聞こえてくる。
 その音は加速度的にこちらに迫り、みるみるうちに大きなものに変わっていく。

 ――――――――――――。

 頭の中に直接響くその音は、水面に広がる波紋のように、繰り返し何度も訪れる。
 やがて音がするたび、視界の隅に電流が走るように小さく光っていることに気が付いた。
 光の明滅は、夜嵐の起こす荒波のように一層勢いを強めていく。

 それは、核(コア) より沸き上がった波濤で――――。
 意思の防波堤を瞬時に呑み――――。

 千里を奔った。
 


「考えられない状況です」
 カリーナが深刻そうに呟くと、すぐにクロエが同調した。
「……私もここまで多くのアラガミ反応に囲まれた経験はないな」
 作戦司令室に集められた俺たちは、モニターの表示に唖然とするしかなかった。
 これまでにも、支部周辺までアラガミが迫ってくる機会は何度もあったが、それにしてもこれは……
 いつか、はじめてクベーラの存在を確認した時に似ている。モニターの表示がほとんどすべて、アラガミを示す赤のアイコンで埋め尽くされているのだ。
 画面を覆う赤い帯は、じきにヒマラヤ支部を飲み込んでいくだろう。しかもその帯は円状になっている……ということは、アラガミは全方位から向かってきているのだ。
「東西南北、四方からアラガミの群れが接近してきます。この不自然な挙動は……」
「……私です」
 カリーナの呟きに、リマリアが反応し挙手をする。
 俺とリマリアに、周囲から視線が集まった。
「……正確には神機が放つアラガミを呼ぶ波動を私が抑えられませんでした」
 今にも泣きだしそうな表情でリマリアが苦しげに言う。
 リマリアは自罰的だったが、彼女を責める者はその場に一人もいなかった。
「起きてしまったことは仕方がない。予防も、おそらく間に合っていなかったしな」
 ゴドーの言うとおりだ。
 今は誰の責任か言い争っていられる状況ではない。この状況にどう対処するか……それを話し合うべき時だ。
 それが分からないゴドー、そしてクロエではない。
「カリーナ、もう少し状況を詳しく知りたい。支部周辺警戒エリアに到達しているアラガミはどれだけいる?」
「まだゼロです! とはいえ、時間の問題ですが……」
 手元のデバイスを操作し、モニターに目を走らせながらカリーナが報告する。
 考え込むように俯いたクロエを見て、ゴドーが一歩前に出る。
「クロエ支部長、策を提案したいが?」
「それには及ばん。取れる策など一つしかないからな」
 一瞬、ゴドーとクロエの視線が交差した後、ゴドーは一つ頷いて見せた。
 それを見たクロエは姿勢を正し、そのまま俺たちに視線を向ける。
「リマリア、ビュッフェというものを知っているか?」
「え……」
 冗談めかしたクロエの言葉に、リマリアは一瞬硬直する。
 すぐさまゴドーが付け加えた。
「要するに『食べ放題』だ。厳密には食べたいものを自由に喰っていい形式だな」
「それって、このアラガミの大群を自由に食べていいってことですか?」
 そう口にしたのはカリーナ。それを聞き、表情を硬くしたのがリマリアだ。
 クロエは構わず、小さく笑みを浮かべながらリマリアに語り掛ける。
「喰うために呼んだのだろう? それも、大物を喰うためだな?」
「それは……」
 一瞬、否定しようとしたリマリアだが、すぐに言葉を飲み込むようにして俯いた。
 それを見たゴドーがさらに言葉を付け加える。
「小物は支部戦力でどうにかする。大物は責任を持って完食してもらおう」
 ようするに、俺とリマリアですべての大物を倒して来いという訳だ。
「えっと、それって作戦なんでしょうか……」
「意見が合うな、ゴドー君」
「そのようで」
 唖然とするカリーナに構わず、ゴドーとクロエは既に方針を決めてしまった様子だ。
 視線をさまよわせたカリーナは、不安そうに俺に向き直る。
「……隊長補佐はそれでいいんですか?」
「問題ありません」
「ないんだ!?」
 元より他に取れる手段も持ち合わせていない。
 それに、これは俺とリマリアが解決すべき問題だ。
 俺とリマリアにしか解決できない問題だ。
「なんでこの支部の最大戦力たちは、こうも話が通じないのよ……?」
「……すみません」
「謝るくらいなら……! えっと……」
 勢いよくこちらを見たカリーナだが、その言葉は尻すぼみになり消えていった。
 結局、彼女だって分かっているのだ。他に方法などないのだと。
 それでも別の手段を考えているのは、きっと俺たちのことを心配してくれているのだろう。
「アラガミが逃げていく波動とか無いんでしょうか……」
「使えるようになったら、真っ先に報告します」
 そう言ってカリーナに頭を下げると、彼女は泣き出しそうな顔をした。
「支部周辺警戒エリアに防衛ラインを形成。隊長補佐とリマリアはラインを越えて捕喰ターゲットを喰いに行け」
「防衛ラインは東西南北の四方向、順次巡ってでかい奴からかっ喰らえ。ザコには構うな」
「その神機であれば多少の連戦も問題はないだろう」
「はい」
 クロエとゴドーから矢継ぎ早に指示が飛んでくる。
 ようは大物から順に潰していけという話だろう。俺は彼らの言葉を聞きながら、ゆっくりと闘志を高め、精神を研ぎ澄ませていく。
「接触禁忌種や大型を優先して潰せば、後は対処のしようもある」
「西部戦線をレイラ、北部戦線をゴドー隊長、東部戦線をリュウ、南部戦線を私が指揮する」
「えっ……クロエ支部長も出撃されるんですか!?」
 カリーナが目を見開くも、クロエは顔色一つ変えずに答える。
「戦線を突破されれば支部に戦力を残しても無駄だ。――編成とブリーフィングを急ぐ。カリーナ、緊急招集を発令だ」
「……はい!」
 実際、この難局を前にクロエを温存しておく意味はないに等しいだろう。
 誰も口に出しはしないが……常識で考えれば、ヒマラヤ支部は間違いなくアラガミに飲まれなくなるだろう。そういう状況だ。
 もし活路が残されているとすれば……あのネブカドネザルを退けた力の全てが必要になる。
 そこには当然、ゴッドイーター・クロエの協力も必要不可欠だ。
 カリーナも覚悟を決めたのか、クロエの指示に従い、通信機に向かう。
「非常事態発生! 非常事態発生! 緊急招集が発令されました! 全職員、持ち場について待機願います!」
 彼女のアナウンスと共に、支部内に警報音が鳴り始めた。
 それと同時に、各々がそれぞれの持ち場へ向かうため動きはじめる。

 長い――あまりに長い一日が幕を開ける。



 大音量のアラートと共に、カリーナの声が支部の広場に響き渡る。
「アラガミの大群が接近中!?」
 突拍子もないアナウンスに戸惑いつつも、迷っている暇はなさそうだ。
「状況が見えないわ! 作戦司令室へ行きますよ!!」
 レイラの言葉に頷くと、僕たちはすぐさま駆け出した。



「おっちゃん!」
 作業場に飛び込んでいくと、ちょうどおっちゃんも出てきたところで鉢合わせになった。
「騒がしいじゃねえかおい!」
「空からクベーラでも降ってきたのかい!?」
 そのまま顔を突き合わせて互いに言い合う。
 そしてすぐに、お互い何も情報を持っていないことを理解し、ため息を吐く。
「くそ……いったい、何が起きてんだよ」
 分かんない。
 だけど、このヒマラヤ支部にとんでもないことが起きてるってことは分かる。
 これまでに起きた、どんなことより恐ろしいことが……そんな予感がひしひしとするのだ。
(リュウ、レイラ、セイ、リマリア……絶対、死んだりすんなよな……)



「さて。作戦要綱は以上だ。……時間がない! 出撃!!」
「はい!!」
 号令を受け、リュウやレイラをはじめとするゴッドイーターたちが、勢いよく司令室を後にしていく。
 そこにゴドー、そして八神の姿はない。
 彼らはすでに持ち場に向かっているはずだ。
(さてと……ここが正念場だな)
 私も急ぎ、自身の戦場に向かうことにしよう。
 そう考えていた時、背後に人が立ったのが分かる。
「クロエ……」
「ん、レイラか。どうした?」
「……いえ。貴方も戦場に向かうのですね」
「ああ。身体を動かさないと気が滅入るのでな。しばらくぶりに、存分に暴れさせてもらうさ」
 笑いかけてみるが、レイラは表情を緩めない。
「どうかしたか?」
「……ヒマラヤ支部を地上一の楽園にする」
「……」
「わたくしは、貴方が口にしたこの言葉を信じています。道半ばに絶たれることなど、許しません」
「ふっ、私に説教とは……ずいぶん腕を上げたらしいな」
「クロエ!」
 ……まったく、冗談の通じないじゃじゃ馬だ。
 そんな彼女を好ましく思いつつ、私は仕方なく頷いてやる。
「持ち場に向かえ。隊長補佐が先に向かっているはずだ」
「八神さんが……」
「ああ。計画を実現したいなら、二人から目を離すな。……この先どうなるかは、彼ら次第だ」



 前線に立って地平線に目を向ける。
 アラガミの姿はまだ見えない。が、ゆっくりと迫る激しい音が、ヤツらがじきにここに来るのだと知らせている。
 周囲では西部戦線を構築するため、ゴッドイーターたちが忙しそうに準備を進めている。
 そんななか、俺と言えば迫る戦いに備え、一人彼らから離れた場所に陣取っていた。
 迫る決戦に備え、体力気力を充実させるため……
 そう説明は受けたものの、おそらく俺が傍にいると皆やりにくいのだろう。……確かに、的確な指示ができるとは思えないが、荷運びくらいなら協力できたと思うのだが。
「はぁ……これで布陣は完成したけど、何これ?」
 そう言って近づいてきたのはレイラだった。
 他のゴッドイーターたち同様、状況を聞かされないままここに来たのだろう。
 ……当然だ、言えるはずもない。
 俺たちのせいで、ヒマラヤ支部が窮地に晒されていることなど。
 だが、レイラには話しておくべきか。
「申し訳ありません……」
 俺がそう決める前に、リマリアがレイラに頭を下げた。
「……どういうこと?」
 困惑するレイラに、俺はこれまでの顛末を話した。

「なるほどね……この大群はそういうこと」
 レイラは状況を理解すると、深々とため息をついた。
 それを見て、もう一度頭を下げようとしたリマリアを、レイラは手で制した。
「別にリマリアが謝ったってしょうがないでしょ! あなたではなく、神機が呼んでしまったのであれば」
 レイラは真剣な表情で、まっすぐリマリアのことを見つめている。
 ……流石だ。その迷いのない目を見れば、リマリアへの疑いなど微塵もないとよく分かる。
 それでもリマリアは、自責の念からか視線をそらす。
「ですが、私が神機の衝動を抑えきれなかったから……」
「だから貴方の責任? そうじゃないでしょ」
 レイラは呆れるようにため息をつきながら、腰に手を当て諭すようにリマリアに言う。
「クロエ支部長でもゴドーでも、誰かこの事態を予見できていたのですか? できていなかったなら、遅かれ早かれこうなったのではなくて?」
 レイラの客観的で冷静な発言に、リマリアははっとした表情をして見せた。
 しかしその表情も、またすぐに落ち込んだものに戻ってしまう。
「それは……」
「まあ、どうということはありません」
「えっ?」
 きっぱりと言い切ったレイラに、リマリアは彼女の言葉を聞き返す。
「あなた達があの群れに突っ込んでいくのでしょう? 食べ放題とは気の利いたことを言ったものです」
 言いながら、レイラが地平線に目を向ける。
 そこはすでに、雲霞の如くアラガミたちに埋め尽くされている。
 その中には、これまでヒマラヤ支部で見たことのない大型のアラガミの姿もある。
 ……どうやら、俺たちの出番が来たらしい。
「その食べっぷりを、じっくり見させていただくわ。――では、行ってらっしゃいませ」
 彼女は笑みを見せながら、演技っぽく会釈して見せた。
「あの、何と言えばいいか……」
 おそらく、咎められると思っていたのだろう。
 リマリアは困惑した様子でレイラの表情を窺う。
「……はぁ? そんなの決まってるじゃない」
 それに対し、レイラは怒ったように彼女に詰め寄る。
「完食してしまったらごめんなさい、でしょ!!」
 そう言ってから、レイラはおかしかったのか自分で噴き出す。
 笑顔を見せたレイラを見て、リマリアは言葉を失っていた。
 それから小さく笑みを浮かべると、勢いづけてレイラに応える。
「完食してしまったらごめんなさい!」
「よろしい……太らないでね?」
 そう言ってレイラはリマリアに満面の笑みを見せた。
 リマリアが大きく頷くと同時、俺は立ち上がり、戦場に向かう。
「……っ。八神さん!」
 ふと呼び止められ、俺は振り返る。
 するとレイラは何故か迷うように目を伏せてから、俺を見た。
「約束、覚えていますよね」
「ああ」
 レイラより先に死なないこと。
 約束と言うより、彼女の宣言に巻き込まれたという感じの気もするが、俺を支える言葉の一つだ。
「……頼みましたよ」
「任せておけ」
 応えてから、なんのことだろうと考える。
 リマリアのことか、ヒマラヤ支部のことか……
 答えを出すまで考える暇はなさそうだ。
 既に地面を蹴り走り出した俺は、眼前に迫りくるアラガミの群れに向け突っ込んでいく。
 俺が狙うのは大型種――
「全開で行くぞ、リマリア――!」
「はい……っ! アビスオーバードライブ・レディ……!」
 レイラたちに勇気づけられたからか、リマリアの調子も悪くなさそうだ。
 これなら行ける――
 俺はそう考えながら、胸の内から湧き上がる感情を噛み殺す。
(いつからだろうな、こんな風に感じるようになったのは……)
 胸の内が熱くなり、耐えられなくなる。
 俺は眼前に迫るアラガミたちを斬り裂きながら、堪えきれずに笑みをこぼした。



『大型種の撃破を確認!』
 カリーナの通信を受け、俺は小さく息を吐いた。
 しかし、戦いはまだ始まったばかりだ。
 文字通り、息をついている暇などない。
「上出来よ! 後は任せて、次へ行きなさい!!」
 小型種との戦闘を続けながら、レイラが叫んだ。
「でもまだ……!」
 リマリアが心配そうに言う。
 実際、この場にはまだ数えきれないほどの小型種・中型種が残っているし、ヤツらはさらに、地平線の向こうから波のように押し寄せ続けている。
 レイラの実力に疑いはない。誰より厳しく自分に向かい合い、弱さを克服し続けてきた彼女は、いまや間違いなくヒマラヤ支部最強の一角と言える存在だ。
 だが、これだけのアラガミを相手し続けるには、レイラの戦い方は犠牲的すぎる。
 リマリアはそう分析したのだろう。だが……
 レイラは彼女の言葉に対し、不敵に口角をあげてみせた。
「今、お腹いっぱいになったら困るでしょ! 物足りないぐらいでちょうどいいのよ!」
 冗談交じりに言った彼女の表情のなかに、悲壮な覚悟など微塵も感じられなかった。
「行こう、リマリア」
「……っ。セイさん!」
「おいしいところは残しておいた。あとは任せたぞ、レイラ」
「あら、ゴドーみたいなことを言うのね?」
「…………」
「……冗談よ。ありがとう、いただくわ」
 レイラはそう言って柔らかく笑い、再びリマリアに向き合った。
「お別れの前にリマリア、あなたに言っておくことがあります」
「え……?」
「不安は誰かに言いなさい! 言えるくらい、人を信頼しなさい!」
「……!」
「……忘れないで」
 そう言うと、レイラは思い切り顔を背けてみせた。
 いかにも彼女らしい、まっすぐな檄だ。
 落ち込むリマリアを慰めるのではなく、包み隠さず思いをぶつけられる。
 そんな彼女の言葉だからこそ……リマリアの心に響いたのかもしれない。
「……ありがとう、レイラ!」
 礼を口にしたリマリアの表情に、しばらくぶりに笑顔が戻った。
『隊長補佐とリマリアは北部戦線へ向かってください!』
 そこで通信機の向こうから、切羽詰まった様子のカリーナの声が耳に届いた。
 ……これ以上、この場に留まってはいられないか。
「了解……!」
 俺とリマリアの返事が重なる。
 視線を送ると、彼女も同様にこちらを見つめていた。
 俺達は一度深く頷きあうと、次の戦場に向け勢いよく駆け出した。
「――あとは任せたわよ、リマリア、セイっ!」
 尊敬する仲間の力強い言葉に、背中を押されるようにして――


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