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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-7話~
「……ゴドーさん、例の件ですけど」
 受付にふらりと顔を見せた彼に、私はそう言って切り出した。
 するとゴドーさんは周りに人がいないことを確認してから、つかつかと私の前までやってくる。
 それから身を乗り出すようにして、私に顔を近づけた。
「調べはついたか?」
 声を抑えながら、言葉少なに尋ねてくる。
 私は返答代わりに、四つ折りにした紙片を彼に突き出した。
 それは以前、ゴドーさんから押しつけられた調査用のメモ用紙だ。
「ふむ……」
 受け取ると、ゴドーさんはその中身をじっと見つめ、何か思案するような様子を見せる。
 メモに書かれているのは、クロエ支部長が支部外へ出た日時と、行き先の座標のリストだ。
 ゴドーさんの表情は真剣そのものだったが、一方で驚いたような素振りは見られない。
「……なぜ、気づいたんですか?」
 私は恐る恐る、彼にそのことを尋ねてみた。
 クロエ支部長の動きには確かに不審なところがある。それはもう、疑いようのない事実だろう。
 だけど、ゴドーさんがどうやってその事実に辿り着いたのか……それが分からない。
 ゴドーは私の質問に、涼しい顔をして答えてみせる。
「数ある可能性の一つをあたってみただけだ。確証があった訳じゃない」
「……。では、これの意味は?」
「さてな。また、数ある可能性の一つを探り当てるだけだ」
 私の質問に対し、ゴドーさんはメモ用紙をひらひらと遊ばせながら答える。
「またそうやって……」
「今は情報を集めるだけだ。それ以上でも、それ以下でもない」
 ゴドーさんは言い含めるように私に言うと、それから少しだけ真面目な表情を見せる。
「いずれ、彼女が何を考えているかもはっきりするだろう」
 それだけ言うと、用は済んだというようにゴドーさんは私に背を向けた。
 そのまま歩き出したゴドーさんの背中に向けて、私は追いすがるように手を伸ばす。
「でも、私ね……クロエ支部長は……」
「用件は終わりだ。今日は一日カレーのことでも考えていてくれ」
「そんな……!」
 余計なことは考えるなってこと!?
 私は彼に、強い非難の目を向ける。
 するとゴドーさんは振り返り、小さく笑みを浮かべながら呟いた。
「『喰』は生活の基本だ。そうだろ?」
 彼の言葉の意味が呑み込めず、私はその場に立ち止まる。
(からかわれてるの? それとも、他に何か意味が……)
 ゴドーさんの言葉の真意は分からない。
 それでも、彼が何かを決めたということだけは、なんとなく伝わってくる。
 ゴドーさんとクロエ支部長……ヒマラヤ支部を支える二本の柱。
 これまでだって決して仲良くはなかったけれど、それでも二人の力があったからこそ、私たちはいくつもの困難を乗り越えられてきた。
 だけどもう……ゴドーさんたちが力を合わせることは、無理なのかもしれない。
 そうなったら、ヒマラヤ支部はどうなるの? 私は……どうすればいいの?
 ただ一人、答えを知っていそうなゴドーさんは、いつものように悠然と去っていってしまった。



 鋼鉄に囲まれた冷たい廃墟の中。
 アラガミの死骸に囲まれたその中央でリマリアは黙々と捕喰を続けていた。
 俺たちの間に言葉はない。
 彼女が感情を持つまでは当たり前のことだったというのに、どうにもそれが息苦しかった。
 そのうち、ゴドーが俺たちのほうへと近づいてきた。
 俺を一瞥すると、そのまま神機に目を向ける。
「やはり調子が悪そうだな」
「リマリアのことですか?」
「いや、君たちのことさ」
 俺たちの……?
「……誰から話を?」
「人に聞くまでもない。君たちが上手くいっていないのは、見ていれば分かる」
 ゴドーはそう言って、俺の肩に軽く手を置いた。
「問題はそれが何故かということだ。原因は分かっているのか?」
「いえ……」
 リマリアが未だに、何かを隠していることはなんとなく分かる。
 しかし、彼女が口を噤んでいる以上、それがどうしてなのか、何を隠しているのかは想像することしかできない。
「ふむ。どうやら根本的な原因は、君のほうにありそうだな」
「俺に?」
「人間関係の基本は会話だ。受け身に徹するのではなく、たまには君のほうからも声をかけるべきだと思うがね」
「人間関係……」
「そう、人間関係だ……俺にこんなことを言わせるな」
 苦笑しながら、ゴドーが俺の背中を押す。
 ……なるほど。
 人間的に、感情的に劇的に進化を続けるリマリアに対し、たしかに俺は何の変化もしていない。その摩擦が、今の状況を生み出したのだろうか。
「さあ、分からないことがあるなら自分で聞いてこい」
「……ですが、何と声をかければ?」
 俺が尋ねると、ゴドーは呆れかえる ようにため息を吐き出す。
 だが、本当に分からないのだから仕方がない。『何を隠している』などと、直接尋ねるわけにもいかないだろうし……
「……まあいい。いずれにせよ、直接確かめるつもりだったしな」
 そう言って、ゴドーは仕方なさそうにリマリアのほうを見た。
「リマリア、最近メシはうまいか?」
 そうしてゴドーが切り出したのは、取り留めもない問いかけだった。
 ……それがリマリアに確かめておきたかったことなのだろうか?
 リマリアも捕喰の手を止め、ゴドーの問いかけに怪訝な表情を見せている。
「メシ? アラガミのことでしょうか?」
「ああそうだ。クベーラやネブカド君を喰った今、ただのアラガミはどう感じる?」
「どう感じるか……ですか」
「人間の場合は、一度美食を覚えてしまうと、まずいものでは満足できなくなってしまうものだ」
 リマリアが考え終わるのを待たず、ゴドーは言葉を続けていく。
「人間と同じ味覚はもっていないだろうが、似たような感覚はないのかと思ってな。……リマリアはそういうことは無いのか?」
 ゴドーの言葉に、リマリアはハッとした様子で顔を上げた。
 それから何か迷うようにしながら、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「人間と同じ……ではありませんが、あります。物足りなさとでも言いましょうか」
 そう言って、リマリアは申し訳なさそうに俺のほうを見た。
「リマリア……」
 俺は少なからぬ動揺をもって彼女の言葉を受け止める。
 今まで彼女から、そんなことは一言も聞いていなかった。
 ……いや、俺が訊かなかったのか。
 一方のゴドーのほうは、表情も変えずに頷いてみせた。
「そうじゃないかと思ったさ。アラガミには偏食傾向、つまり好き嫌いがある訳だからな」
「アラガミ……」
 リマリアの表情が曇る。
 ゴドーはそれを知ってか知らずか、そのまま言葉を続けていく。
「統計的にみても強大なアラガミの数が増えないのも、進化すればするほど、進化の糧となりえる強いアラガミが減るからだ」
 なるほど……ようするに強いアラガミほど、普段の食事に困るという訳だ。
「そこで興味深いのがネブカドネザルで、ヤツは自分の捕喰用にクベーラを育てた」
「……ネブカドネザルがクベーラを育てた?」
「捕喰用、つまり進化のために……?」
「そう。進化のために、まず自分の食料となるためのアラガミを強化させたのさ」
 驚く俺たちに向けて、ゴドーは首を縦に振って応えた。
「弱いアラガミしかいないヒマラヤにアラガミを呼び集め、喰い合いをさせ、進化成長を促し、自分のエサを育成した訳だ」
 ネブカドネザルが食糧としてクベーラを守っていたのは知っている。
 だが、あの巨大なクベーラを、ネブカドネザルが一から育てあげたとは思いもしなかった。
 しかし、有り得ないことだとも思わない。
 事実、ヤツが現れるまでヒマラヤ支部にアラガミはほとんどいなかったと聞くし……
 おそらく俺とリマリアも、ネブカドネザルによって育てられた餌の一つだったはずだ。
「まったく。アラガミにしては恐るべき能力と知能だ」
 ゴドーはしみじみと言ってから、一度言葉を区切って言葉を続けた。
「だが……俺はここに、我々の未来を左右するヒントがあると考えている」
「未来を左右する……ですか?」
 彼は顔色を変えることなく淡々と続ける。
「進化、成長していくリマリアも、より強いアラガミを捕喰する必要が出てくるだろう。……その場合、ネブカド君の手法は有効なのではないか?」
 ゴドーが何を言おうとしているのか……
 それに気が付いたリマリアが、ハッと息を呑み言葉を続ける。
「アラガミを集めて、より強いアラガミに進化させ、それを……?」
「そうだ」
 リマリアは信じられないというようにゴドーを見るが、彼の表情は変わらない。
 それはつまり、人間の手でアラガミを育てようという計画だ。
 そしてそれを神機で喰らう……人間が、俺たちが生き残るために、更なる力を手にするために。
 理屈の上では、ゴドーの考え方も理解はできる。
 たしかに俺たちが生き残ることだけを考えれば、もっとも効率的で効果的な手段と言えるのかもしれない。
 だが……

「いいえ、それはできません」
「ん……」
 強い否定の言葉を受け、ゴドーが彼女に視線を送る。
 そこでリマリアは俯きがちに立ち、その腕を静かに震わせていた。
「私たちはアラガミを減らし、サテライト拠点を作り、ヒマラヤ支部を再建し、地上一の楽園にするために進んできたはずです」
 そこまで口にしたところで、リマリアは顔を上げ、ゴドーの顔をしっかりと見た。
「そこになぜ、アラガミを呼び集め、危険なアラガミを育てなくてはならないのですか?」
 これまで、リマリアがこれほど強い感情を誰かに向けたことがあっただろうか。
 それは熾烈で、まっすぐな怒りの表情だった。
「君も求めているのだろう? 上質な食事を、強い力を。ならば……」
 ゴドーが言い終わるまで待たず、リマリアはきっぱりと言い放つ。
「私は……アラガミの側に立つ者ではありません!」
 短く叫ぶと、リマリアはふたたび俯き、自身を落ち着かせるように唇を噛む。
「……そうか」
 そこまで黙して、じっとリマリアの答えを聞いていたゴドーが、たった一言そう返す。
 そのままゴドーは、わずかに口角を上げて言う。
「マリアなら同じことを言っただろう。さすが、リマリアだ」
 ゴドーの言葉に、リマリアの身体がわずかに反応する。
「……それが普通の考えでは?」
 言いながら一歩前に出る。
 ゴドーは気にせず、澄ました表情を浮かべていた。
「君もさすがマリアの弟だ。迷わずそう考えられるのだからな」
(またマリア、か……)
 ゴドーがわざとその名を口にしているのか、ただ懐かしんでいるのかは分からないが……
 俺は背中越しにリマリアの様子を窺う。
 リマリアとの付き合いももう短くはない。
 自分の元になった人間に対し、彼女がどういう気持ちを抱いているのか……具体的なところは分からないが、無関心とはいかないのだろう。
 とはいえ、ゴドーの言葉もよく分かる。
 その思想も、怒り方も、口調すら……彼女はマリアの生き写しだった。
 ただ自分のために周囲を危険にさらすようなやり方を、マリアは決して許しはしなかっただろう。
 そこでゴドーは、少し真剣な表情になって、もう一度リマリアを見た。
「だが、いずれ食糧問題はなんらかの形で解決しなくては生きていけない。人も神機も、それは同じだろ?」
「……ゴドー隊長は、第二第三のクベーラを育てるべきだと?」
 暗い口調で、失望感を露わにしながらリマリアが問いかけた。
「我々にとって必要なアラガミを得るだけで、クベーラを育てるつもりはない」
 相変わらずゴドーは気に留めた様子もなく、淡々と続ける。
 が、譲らないのはリマリアも同じだ。
「やることがネブカドネザルと同じでは、結果も同じでしょう。そういうのを、詭弁というのでは?」
「……手厳しいな」
「事実を述べているだけです」
 譲らない様子のリマリアを見て、ふぅ……と静かにゴドーがため息をついた。
 それからわずかに姿勢を正し、ゴドーはリマリアをまっすぐに見据えた。
「この場で俺を言いくるめられたとて、事実が捻じ曲がるわけではない。ヒマラヤ支部には強い力を求めているし、君だってそうなのではないか?」
「違っ、私は……」
「君はヒマラヤ支部の一員、仲間だ……と、綺麗ごとを言う気は無い。が、支部最強のゴッドイーターは今後も必要な戦力だ」
「それは……ですが……」
「腹が減って力が出ない、なんてことになると困る。兵站の維持も戦いのうちだからな」
「…………」
 ゴドーの言葉に、リマリアは沈痛な表情を浮かべ俯いてしまう。
 これ以上反論はないと判断したのか、ゴドーはゆっくりと俺たちに背を向けた。
 確かにゴドーの言葉は正しい。より多くの人を守ることを考えれば、俺たちは能力を高めることを恐れるべきではない。
 だが……
「私、は……」
 傍らに立つリマリアが小さく呟く。
「……リマリア」
「大丈夫です」
 声をかけると、リマリアが素早く反応する。
「本当に、大丈夫ですから……」
 そう言って背を向けるリマリアに、俺は何の言葉もかけられなかった。



(ゴドー隊長の言葉を聞いた時、感情が激しく揺れた)
 そこに安堵の気持ちもあったことを……否定することはできない。
 捕喰を望む衝動を抑えなくてもよいのではないかと……もう、我慢しなくて済むのかと。
 でも、すぐにその愚かな甘えを戒めた。
 私は人を守るための神機だ。アラガミを喰べるための存在ではない。自分のために、人を犠牲にするなどあってはならない。
 だから……私は私を抑えないと。
 自制し、波立つ感情を押さえつけていく。
 感情が薄れていくと、私は自分の存在そのものが薄れていく。
 この世界から、私が消えていってしまうような……

 だけど、それでいいのかもしれない。
 私が余計なことを考え過ぎるからいけないのかもしれない。
 何もかもを失って、ただの神機に戻ってしまえば……
 誰にも迷惑かけることなく、ただあの人の腕の中で、ただ静かに――
 私は心を落ち着けなければならない。

 そして私は、生じた感情の揺れを最小に抑え……
 
後悔というものを知った――


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