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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-6話~
「準備はいいかリマリア? 良ければやってくれ!」
 JJの合図を聞いて、リマリアは意識を集中するように目を閉じる。
「――アビスドライブ、レディ!」
 そうして彼女が呟くと同時、俺が正面に構えた神機から強大なエネルギーが迸る。
 光を纏った神機を中心に、整備場中に見えない力が行き渡っていく。
 その力は不安定なもので、突風のように物を揺らしたかと思えば、ピタリと力を感じられなくなることもあった。
「よし、もういい」
 五分ほど経った頃だろうか。
 じっと神機を観察していたJJが、手振りも交えて終わりを告げた。
 リマリアが緊張を解くのと同時、神機の宿す光が霧散する。
 それを見ていたJJが、組んでいた腕を解いてため息をついた。
「んー、やはり違うな。これまでと出方が違う」
「やっぱり、おかしいですか?」
「ああ。どうも出力が不安定なようだ」
 ポリポリと頭を掻いてから、JJは神機からリマリアへ視線を移した。
「前はもっと力が集中していた、と言えば分かるか?」
 彼の言葉に、リマリアはゆっくりと頷く。
「はい。まとまらずに、ばらついてしまっている感覚があります」
「自覚あり……か」
 リマリアの認識を確かめると、JJはうーんと頭を悩ませた。
「この状態が続くなら、ちょっと気になるな」
「何か、不都合が発生するでしょうか?」
「今すぐどうこうという事態にはならないはずだから、そこは安心していいと思うが……」
「そう……ですか」
 JJの言葉を聞いているうちに、だんだんとリマリアの表情が曇っていく。
 つい先日も、クロエから不調を指摘されたばかりだ。彼女としても気になるのだろう。
「や、なに。お前さんが優秀なのには変わりないさ」
 そんな彼女の表情を見て、JJは取り繕うように明るく振る舞う。
「実用面ではさほど問題にはならんのだが、早いうちに調整できればいいと思ってな」
「……そうですね。私もそう思います」
「改めて聞くが、無理をしているとか、そういうのはないんだな?」
「ええ。感情により不安定になっている出力誤差の調整と、後は繰り返しで馴染むことにより、対応できるかと」
「ふむ……」
 リマリアの回答に、JJが考え込むようにする。
「……結局、リマリアはどういう状態なんでしょうか?」
 タイミングを見計らってから尋ねてみる。
 専門的な話にはついていけそうもないが、リマリアの現状はやはり気になる。
「分かりやすく説明するとだ、これまでは機械的に一定だった動作に人間的な揺らぎや誤差が出るようになった、ってとこだな」
「揺らぎ、ですか……」
「そうだ。例えば人間が剣を振るとしたら、必ず一定の動作にはならんだろ? 気合が入っていれば力強くなり、だらけていればヘロヘロになるもんだ」
「なるほど……」
 調子が安定しないのは、リマリアの調子によって戦い方にムラが出るようになったから、か。
「ですから今は、感情が生じたことで、アビスファクターがばらつくようになったという、JJさんのご指摘への対応を確認していたのです」
「対応、なんて固く考える必要はないさ。感情が育ってきている証拠だろう。いいことだと考えるべきだな」
「……はい」
 JJの言葉に、リマリアは肩を落としながら答える。
 既にリマリアの感情は、気にするなと言われてそうできるほど単純なものではないらしい。
「ま、あまりに感情のブレが激しくなるようなら、メンタルトレーニングでもやるといいかもしれんな」
 JJも気になったのか、彼女の気持ちを和らげるように助言する。
「メンタルトレーニング?」
「ああ。病は気からってな、心の持ちようを変えるんだ」
 俺が聞き返すと、JJは自分の頭を指さしてトントンとつつく。
「緊張したり、カッとなったり、びびったりしない強い精神力を鍛えるのさ」
「どのようなことをやればよいのでしょうか?」
 興味を惹かれたのか、リマリアは真剣な表情をJJに向ける。
 その表情がわずかに明るくなったのを見て、JJはニッと笑顔を見せた。
「これがいろいろあってな、東洋と西洋で考え方も違うし、自分に合ったものをやるのがいいってことなんだが……」
「自分に、合ったもの……ですか?」
 上手く想像ができなかったのだろう。困惑気味にリマリアが呟く。
「……例えば、どんなやり方があるんですか?」
 俺が尋ねると、JJは頷きながら言う。
「一つ簡単なのは、自分を肯定するというやり方だ。自分はよくやっている、上出来だ、うまくいく、とかな」
「自分を肯定する、ですか……」
 JJの言葉を反芻してから、リマリアは少し考え込むような様子を見せた。
「慢心や自惚れにつながるのでは?」
「不安や怒りを消すにはいいらしい。まずは精神の安定から、ということなんだろう」
「……なるほど」
 リマリアは真剣な様子でゆっくりと頷く。しかし、その表情の中に不安のようなものも垣間見えた。
 それを見たJJが、助け舟を出すように言葉を重ねる。
「もう一つは、感情の動きは無にできないので、その動きを最小限にしようという考え方だ」
「感情の動きを小さく?」
「リマリアは元々、感情の動きは大きくなかったよな? 感情を育てることと矛盾してしまうが、動きを小さくする訳だ」
「ブレや揺らぎを減らす……力の集中と同じですね。理にかなっていると思います」
 今度のやり方は、割とすんなり受け入れられたようだ。
 その前向きな発言を聞いて、JJも安心するようにため息をついた。
「やってみるか? うまくいくといいな」
「はい」
 JJの言葉に、リマリアは憑き物が取れたような、晴れやかな表情を浮かべて答えた。
 ……その表情が、どこか作り物めいて見えたのは、俺の考え過ぎだろうか。



「リマリア、大丈夫か?」
「はい。感情の動きを小さく……そして自分を肯定する……ですね」
「…………」
 暗い坑道の中に、俺の声だけが反響する。
 討伐任務に訪れたわけだが、アラガミの姿はまだ見当たらない。
 もしかすると、俺たちの接近に気付いて坑道の奥に逃げ込んでいったのかもしれない。リマリアがそれだけの力を持っていることは確かだった。
「落ち着いて集中し……冷静に……」
 リマリアは落ち着かない様子で、自分に言い聞かせるように、アドバイスを繰り返し続けている。
 しかしその動作は……何故だろう。どこか芝居がかったものにも見えた。
「……」
「どうかしましたか?」
「いや……」
 リマリアが窺うように俺の目を見る。
 彼女は以前、俺の感情がなんとなく解ると言っていたが……
「……考え過ぎるな。いつも通りでいい」
「……分かりました。意識しすぎないようにします」
 白々しく言うと、リマリアは何かを飲み込むようにしてから、にこりと微笑んだ。
 リマリアが何かを隠していることも、俺がそれに気づいていることも、きっと互いに知っていた。
 だが、それを口にすることは憚られた。
 俺にできるのは、どうして彼女がそうするのか……リマリアが何に苦しんでいるのかについて、思考を巡らせることだけだ。
 暗い坑道の中を、二人で並んで歩き続ける。
 辺りにはただ、俺の足音だけが反響していた。



 セイさんに嘘をついてしまった。
 その事実を、どうしてか私はいつまでも反芻し続けていた。
 それが何を意味するのかは分からない。
 はっきりと分かるのは、この感情が私の能力に影響を及ぼす可能性が零に等しいということ。
(感情によって力が不安定になっている。……それは嘘)
 JJさんたちが考えるほど、私の感情は発達していない。
 私はただ、レイラという例から、人間の能力が感情に左右されることを知っていただけ。
 だからその情報を利用して、嘘をついた。
 不調の本当の原因を、誰にも知られないために。
 神機が不安定になっている本当の原因……それは、私の力不足だ。
(……力が、足りない……)
 今の私では、神機を完全にコントロールしきれない。
 だから、もっと力をつける必要がある。
(捕喰して、もっと力をつけないと……力を増していく神機を支配する、強い力を……)
 アラガミが増えることを喜んではいけない。
 けれど私には、どうしてもアラガミの捕喰が必要だった。
(神機を制御する。それは最低限の役割、存在理由だから……)
 だからもっと、力をつけないといけない。
 もっと、もっと――
 そうしないと、あの人に迷惑をかけてしまう。……あの人の傍に、いられなくなる。



 戦闘終了後。俺はリマリアと共に商業棟を訪れていた。
「よお、帰ってきたね」
 店を訪れると、椅子に腰かけたドロシーは流し目で視線だけをこちらに寄越す。
 その目は一瞬俺の姿を捉え、そのまま隣に立つ彼女へと向けられる。
「ドロシー、私に用というのは?」
 リマリアが不思議そうに尋ねると、ドロシーは彼女の顔をじっと覗き込んだ。
「んー……用っていうのはさ、あたしに何か相談したいことがあるんじゃないかと思ってね」
「えっ、私に用があるのではなく?」
「そう、リマリアがあたしに用があるんじゃないの、ってこと!」
 ドロシーは言いながら、彼女に屈託のない笑みを見せた。
 対するリマリアは、事態を飲み込めず首をかしげている。
「……何か、おかしなことを言っているようなのですが?」
「まあね、女の勘ってやつさ!」
「はあ……勘、ですか」
 腑に落ちない様子のリマリアに構わず、ドロシーはよっと椅子から立ち上がると、そのまま軽く伸びをする。
「最近、変だなと思ってな」
「変、ですか……? 私のことなら、特に何もありませんが」
「その『何もない』が変だっての」
「……っ」
 ドロシーの言葉に、リマリアがはっと息を呑む。
 それを見たドロシーは、確信を深めるように薄く笑った。
「感情が出るようになってからは、ずっと感情ってものに戸惑ったり、新しい発見をしたりしてただろ? それがここ最近、ぱったり止まってる……そんな訳ないんだよな」
 言いながら、ドロシーはゆっくり俺たちのほうに近づいてくる。
「それはJJさんが神機の出力を安定させるには、感情の動きを小さく、と……」
「いや、そうじゃない……最近さ、周りのことじゃなく自分のことばかり考えてるだろ?」
 ドロシーの指摘に、リマリアは答えに窮し、言葉を失う。
 それから、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「そう、でしょうか?」
 リマリアの言葉に、ドロシーは軽く頷いてみせる。
「見てりゃ分かるさ。好奇心を失っちまったかのように、周りを見てないってことがな」
 その言葉に、リマリアは再び口をつぐんだ。
 ドロシーは、彼女から視線を外すと俺のほうを向く。
「何かあったんだろ? リマリアじゃなく、あんたでもいいや。教えておくれよ」
「…………」
 ドロシーはいつもの軽い調子で話しているが、それでも核心をついたその言葉は、心に深く重たく突き刺さった。
「……分かりません」
 結局、そう答えるのが精いっぱいだった。
 リマリアが何で悩んでいるのか……俺はその答えを持ち合わせていない。
 仮説はいくつかある。――が、リマリアが口を噤んでいる以上、本当のことは分からない。
 彼女が話さないと決めたなら、それを探るようなこともしたくない。
「まいったねえ……」
 俺から答えが引き出せないと分かると、ドロシーは小さく息をついて頭をかいた。
 そして真剣な面持ちのまま、改めてリマリアを見た。
「衣食住、異性、家族、仕事、将来、人間関係とかいろいろあるだろう? 悩み、トラブル、問題……何かため込んでるんじゃないのかい?」
「それは……」
「なあ、あたしでよければ話してくれよ。あんたの力になりたいんだ」
 言いよどむリマリアに、ドロシーは親身になって話しかける。
 リマリアは助けを求めるように視線を泳がしていたが、その目が俺を捉えることはなかった。
 結局、リマリアは観念するように息を吐き出して、俯きがちに笑った。
「分かるものなのですね……すごいです、ドロシー」
 その言葉を聞き、ドロシーの表情が一気に晴れる。
「やっぱあるんだな! どんなことだ?」
「えっと……」
「遠慮すんなよ、話してすっきりすることもあるだろ? そのために女子会があるんだからさ!」
「女子会……」
 以前のことを思い出しているのか、リマリアの表情がわずかに和らぐ。
 そこで不意に、俺の背後からドロシーの腕が伸びてきて、目と耳が強引に塞がれた。
「こいつに聞かれたくない話だったら、あたしがこうやって止めとくからさ! 女の子同士、なんでも好きに話してごらんよ!」
 ……なるほど。俺には話しにくいことでも、ドロシーになら話せることがあるかもしれない。
 四六時中俺の傍を離れられないことが、リマリアの負担になっている可能性は十分あるだろう。そう考えたが……
「……その必要はありません。お話します」
 リマリアはそう言って、ドロシーの申し出を断った。
 ドロシーの手の拘束がわずかに緩む。その隙間から見えたリマリアの表情は、伏し目がちだがどこか前向きなものに思えた。
「女子会……あの時は何のためにやるのか理解できませんでしたが、今は意義が理解できます」
 リマリアは流暢に言葉を並べ、ドロシーを眩しそうに見る。
「本当に、喋るためだったのですね」
 そう言っておかしそうに微笑んだリマリアを見て、ドロシーは力強く頷いた。
「そういうこと! さ、なんでもいいから話してみな!」
 頼もしく言ったドロシーに頷き、リマリアは少しずつ自らの心情を吐露していく。
 ドロシーと俺は、その様子を微笑ましく、そして真剣に受け止めていった。
 ……改めて、こういう時のドロシーは本当に頼りになる。明るく気立てがよく、誰に対しても親身になってくれる。
 おかげで暗かったリマリアの表情も、少しずつ晴れやかなものになってきていた。
 だが……彼女はまだ、何かを隠し続けているように思える。
 その証拠に、ドロシーとの会話の中で、リマリアは一度として俺のほうを見ようとしなかった。



 ドロシーにいろいろなことを話した。……話せることを、話せる限り。
 身の回りのこと、楽しいこと、気になること、心配なこと……。
 その一つ一つに、ドロシーは真剣に応えてくれた。
 だから私も、たくさん話した。話せることを、話したいだけ……。
(……もっと捕喰したいこと以外は――)
 自分が、まるでアラガミのような欲望を持っているとは……言えなかった。
 私の思考が、私の言葉に現れることを許さなかった。
 私の中の何かが、口に出すことを拒んだ。
(言えなかった……?)
 本当に?
 言わなかったのではなくて?
 自らの危険性を知りながら、それを口にしないということは……周囲を裏切る行為なのでは?
 では……やはり言うべきだった?
 自らが危険な存在だと。人類の脅威になりうる存在だと……
 脳裏に浮かび上がるのは、あの白い獣――ネブカドネザルの姿。
 人を喰らい、アラガミを喰らって成長する神機……それはもはや、アラガミそのものではないか。

(私は……違う……)
 認めることはできない。認められる訳がない。
 だけど……
 思考と感情が、相反する答えを導き出す。そのどちらに従い動くべきか、分からない。
 ただ一つ分かることは、アラガミを喰わなければいけないことだけ。
(私は……違う……私、は……)


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