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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-5話~
「はぁ……景気が悪いねえ」
「……そう言われましても」
 店先で精算を待つ俺に、ドロシーはあてつけるように深いため息をついてくる。
「本当に買わなくていいのかい?」
「はい」
「薬にせよトラップにせよ、買い溜めしとかないといざという時に困るかもだろ?」
「……これ以上買うと、部屋が倉庫になってしまうので」
「じゃ、レーションとかは?」
「残念ながら間に合ってます」
「あー、そうかいそうかい」
 俺の答えを聞いて、またあからさまにため息を吐かれる。
「どうしちまったんだい、あんた……。レイラほどとは言わないけど、前はもっとたくさん買ってくれてたじゃないか」
 たしかに、ヒマラヤ支部に来たばかりのころは、今と比ではないほど大量の物品を購入していた。
 理由は単純で、それだけ戦闘中にダメージを受ける機会が多かったからだ。
「やれやれ、ケツの青かった特攻野郎も、すっかり戦上手になられたわけだ」
「最近では、リマリアのサポートもありますから」
「お前か! あたしから仕事を奪っていくのは!」
「ええっ? えっと、すみません」
 冗談めかして詰め寄るドロシーに、リマリアが律義に謝罪を返す。
 実際、俺の戦闘ダメージが減った理由は、ほとんどリマリアに起因するだろう。
 高火力のアビスドライブによって以前より大味な攻撃も可能になったし、敵陣に突っ込んでいっても、背後から迫る凶刃をリマリアが素早く知らせてくれる。
 おかげで俺は助かっているが、ゴッドイーターを大口顧客とするドロシーにしてみれば、リマリアの行動は諸手を挙げて歓迎できる行動ではないか。
 しかしまあ、俺にしてみればそこを含めて頼もしい味方だ。ドロシーの口車に乗せられ、必要以上に物品を買わされた機会は数えきれない。
「リマリア、行こう」
「あ、はい」
「こらー! 逃げるつもりか!」
 大声で呼び止めるドロシーに会釈し、店を離れようとしたところで、俺たちは見知った人物とすれ違う。
「カリーナさん?」
「あ、八神さん。それにリマリアも」
「なんだ。今日も暗い顔をしてんのかい」
「え? そ、そう?」
 ドロシーの言葉を聞いて、カリーナは慌てて表情を取り繕う。
「何か、気になることでもあるのですか?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど」
 気にかけるリマリアに軽く笑って見せるカリーナだが、その表情はどこか精彩を欠いている。
「ふーん。ま、支部の状況が状況だしね。カリーナの立場なら、いろいろと悩みは尽きないわな」
「ま、まあね。そんな感じかな」
「…………」
 カリーナは慌てて頷くが、歯に物の詰まったような口ぶりは変わらない。
 彼女の悩みは、支部の状況とは違うところにあるのかもしれないが……彼女に話す気がなさそうな以上、考えていても仕方がないか。
「そうだ。話は変わるけど、アラガミが増えてきたことが、住民にも知られはじめてるぞ」
「住民に? ……混乱を避けるため、情報は秘匿されているはずでは?」
「ああ。だが、この手の情報は、そうそう隠しきれるものではないからな」
「そう言うこと。あとは遅いか早いかだけの話。今回はちょっと早めだけどね」
「なるほど……難しいものなのですね」
 俺たちの言葉を聞いて、リマリアが真剣な表情で答える。
「厄介なのは、住民たちが持っている情報が正確じゃないってことだね。正しい情報が教えられない限り、間違った噂も流れ続ける。住民の不満や不安はどんどん膨らんでいくってわけさ」
 ドロシーはそこまで言ってから、ちらりとカリーナの表情を覗き見た。
 カリーナは小さく肩を落として首を振る。
「……そうは言っても、まだ原因調査中で、お伝えできることはないのよ」
「そうかい。……けど、それじゃ不安が募るばかりだ。何か手を打てんかね?」
「でも……」
 ドロシーからの要望を受け、カリーナの声が小さくなる。
 カリーナとて、住民たちの心情を理解していないわけではないのだろう。
 しかし、彼女には情報開示の決裁権などありようもないし、迂闊に情報を漏らし、住民たちの不安を煽る事態も避けたいのだろう。
「打とうじゃないか」
 俺たちの背後から、そんな言葉が聞こえてくる。
「クロエ! 打てる手立てがあるのかい?」
「無論だ。支部長が無策では仕方あるまい?」
 いつから話を聞いていたのか、クロエは俺たちのほうへゆっくり近づきながら、挑発的な視線をこちらに向けてくる。
 その口ぶりから察するに、相当な自信があるのだろうが……
「……また無茶をするのでは?」
 思わず懸念を口にすると、クロエは優雅に笑って返す。
「ヘリで突っ込んだりはしない。安心しろ」
 そう言った彼女に、今度はカリーナが心配そうに声をかける。
「クロエ支部長が……出られるんですか?」
「不服か?」
「いえ! そうでは……」
 クロエが視線を向けると、カリーナはわかりやすく視線を背けた。
 なんとなく意外な光景だ。
 普段のカリーナなら、クロエに対しても「無茶をするな」と強硬の姿勢を取りそうなものだが……
 しかしクロエは指摘もせず、あっさりとカリーナに背を向けてしまった。
 そのまま強気に薄く笑って、出口に向けて歩き出す。
「安心しろ。その不安も吹き飛ばしてくる」
「え……」
 驚くカリーナにかまわず、クロエはさっさと行動を開始したようだ。
 早速、例の手立てとやらを打つつもりなのだろう。
「……行きましょう」
 呆気にとられた様子のカリーナにそう告げると、俺はクロエの後を追いかけた。
 クロエの目論見は分からないが……少なくともカリーナは、彼女が何をするか見届けておくべきだろう。
 それに……俺自身、彼女がどうするつもりなのか興味があった。
 クロエはいったい何者なのか。
 俺にはクロエが、それを俺たちに示そうとしているように思えたからだ。



「久しぶりだな諸君! 支部長のクロエ・グレースだ」
 外部居住区の一角。
 朗々とした声が響き渡ると、閑散としていた広場にも次第に人が集まってくる。
「支部長だと……」
「まさか、本物の……」
「ああ、間違いない。あいつがクロエ・グレースだ」
「…………」
 クロエを中心に、人の輪が形成されていく。その間クロエは、じっと目を閉じて黙り込んでいた。
(まさか、クロエが言っていた打つ手立ては……)
 おそらく間違いない。彼女はこの場で、住民たちに直接すべてを打ち明け、そのまま納得させてしまう心積もりなのだろう。
 大胆で大味なやり口だ。普通に考えれば、余計な混乱を生むだけになる。
 しかし姿勢も崩さずその場に立ったその人物がどうするつもりなのか……どこか期待感を抱いてしてしまうのもまた事実だ。
「おいおい、どの面下げて顔を出したんだ、クロエ・グレース!」
「どうなってんだ最近、説明しろよ!」
 黙り込んだままのクロエに向けて、痺れを切らした住民の一部が口火を切る。
 対するクロエは、喧騒の中で静かに目を閉じ、彼らの声の一つ一つに耳を傾けているようだった。
 喧騒の中心に位置しながら、彼女の周りだけ、時が止まっているかのようだ。
 俺とリマリア、カリーナは、そんな彼女の姿を静かに見守っていた。
「またアラガミが増えてきたって聞いたぞ! どうするんだよ!」
「……」
 前触れもなく、クロエはゆっくりと瞼を開く。
 それだけで、静寂がその場の全てを支配した。
「――現在、支部の再建計画は支部周辺のアラガミを減らす、という段階で少しだけ足踏みをしているところです。ゴッドイーター一同、日々のアラガミ討伐に最善を尽くし、サテライト拠点建設という目標へ向かっています」
 クロエはそう言って、顔を正面に向けたまま黙り込む。
 どこか空々しい言葉の羅列。
 ある種突き放すような血の通わない回答が何を意味するのか……少なくとも、彼らが求めていた答えではなかったはずだ。
「なんだよそれ……結局、うまくいかないんだろ」
「俺たち、もうダメなんじゃないのか……?」
 住民たちは静かに囁き合う。
 彼らが求める答えは、ゴッドイーターが現状にどう対応するかということではない。
 ヒマラヤ支部が……そこに暮らす自分たちがどうなるのかというところだ。
 なのにクロエはそれに言及せず、事務的な対応で煙に巻いた。
 ……では、なぜそうしたのか。そこに考えが至れば、彼らは一様に消沈するしかなかった。
「このままだと、俺たちもアラガミにやられちまうんじゃ……」
 項垂れる住民たちを、クロエは静かに見つめていた。
 そして呼吸を置いて、真摯な口調でふたたび言葉を紡ぎはじめる。
「――我々は必ず目標を達成します。しかし、アラガミと戦っているのはゴッドイーターだけではありません」
「……え」
 俯いていた住民の一人が面を上げる。
 クロエは即座に彼のほうを見て、握った拳を振り上げると、ひときわ声を強めて呼びかけた。
「全人類が総力をあげて戦い、勝利しなくてはならない! これは存亡を懸けた、負けを許されない戦争なのです!!」
 鋭く腕を振り下ろす。そのまま熱っぽく、真摯に、そして情熱的に訴えかける。
「血も涙も枯れ果てたとしても、大地を、星を、失ったものを取り戻す……だが、それは一度の戦い、一度の勝利で成し得ることではありません!」
 そこで今一度、クロエは強い視線を住民たちのひとりひとりに向けていく。
 すると視線を受けた住民たちは、思い出したように慌てて言葉を紡ぎはじめた。
「そうだ! いつまで続くんだ!」
「本当に勝てるの……」
「やっぱりもう……だめなんじゃ……!?」
 焦燥感を露わにした彼らの言葉を、クロエは丁寧に聞いていく。
 ゆっくりと、実感を込めて頷きながら、彼らの不安を飲み込んでいくクロエ。そこにあるのは、すでに住民対支部長という構図ではない。
 彼らの……あるいは全人類の代表として、クロエは彼らの中心に立っていた。
「……アラガミが現れて二十年以上が経ち、美しかった世界を覚えている者も減ってしまった」
 そう言って彼女は、ゆっくりと空を仰ぎ見る。
「私は幼い頃に見た景色をまだ、かろうじて覚えています。……しかし、そういった昔を知る人間も、やがていなくなってしまう」
 切なく声を漏らした彼女は、さながら悲劇のヒロインのようだ。
 人々はクロエに倣い空を見上げ、クロエに倣い俺たちのほうへと視線を向ける。
「今戦っているゴッドイーターたちは若く、取り戻すべき美しい世界を見たことがない者がほとんどだ」
「…………」
 情感たっぷりにクロエが言ったせいだろう。同情的な視線が俺に集まる。
 ……さながら俺は、愛を知らずに育った哀れな少年役というわけだ。
 居心地の悪さを感じる俺をよそに、クロエの演説は終わりに向かっていく。
「だからこそ、皆にも共に戦って欲しい。帰りたい世界、子供たちに見せたい世界があることを伝えて欲しい。……それもまた、人としての戦いなのではありませんか」
 そう言ってクロエは、彼らを舞台に引き上げたところで言葉を締めた。
「オレたちの戦いか……」
「ああ。生きるのも戦いなんだよな」
「子供たちの未来のために、なんとかしたいわ……」
 ここに至っては、クロエへの不満や未来への不安を口にするものは誰もいない。
 誰もが当事者として、自らがどう生きるかの話をしている。
 そうなるように仕向けた人はただ、彼らの様子を眺めて目を細めている。
(クロエ・グレース……)
 すべて計算通りに運び、人心を操作してみせたのだろうか。
 あるいは彼女が見せた情熱的で温かな表情の全てが、彼女の本心だというのか……。
 俺には正直、皆目見当もつかなかった。俺と彼女では、そもそもの器が違い過ぎる。
「…………」
 しかし、それでも俺には彼女を見極める必要がある。
 仲間たちと、そしてリマリアを守り続けるためには、クロエを手放しで信頼する訳にはいかない。彼女の手腕……そして影響力の大きさは、敵に回せば脅威になる。
 そしておそらく彼女も、リマリアに同じ考えを抱いているはずだ。
「え……? はいっ……はいっ!」
 そこで突然、場違いな声がその場に響く。
 見ればカリーナが通信機越しに何かを話し込んでいる。
 話を終えたカリーナは、緊迫感のある表情をクロエに向け、それから住民たちの視線に気づき戸惑いを見せた。
「何が起きた?」
 クロエが助け舟を出すと、カリーナは覚悟を決めた様子で大きく頷く。
「……クロエ支部長! 支部にアラガミ接近中です! 作戦司令室へお急ぎください!」
「む、出たか……!」
 クロエは小さく舌打ちする。
 決断は早かった。
「カリーナ! 私の神機を用意させておいてくれ」
 クロエは颯爽と踵を返した。
 毅然とした姿に、その場にいた誰もが目を奪われる。
「ええっ!? ちょっと待ってください、戦場に出るつもりですか!?」
「ここで引っ込むようでは示しがつかんさ。 私が出る!!」
 狼狽するカリーナにかまわず、クロエはニヤリと笑って返す。
 そうして彼女が高らかに言い放った瞬間、住民たちから歓呼の声が上がった。
「おおっ!」
「あんたが出るのか!」
「頼むぞ!」
 ……まるで、彼女の決められた脚本に従って進行しているようだった。
 住民たちの想いを背負い戦場に赴くクロエの背中は、物語に残る英雄の姿そのものに見える。
 もちろん、この状況が彼女の仕組んだものだなどとは思わないが……
 しかし、だからこそ彼女は恐ろしいのだ。
 どんな窮地もクロエにかかれば、劇的な物語の一シーンに置き換わってしまう。誰もが知らないうちに物語の配役の一人になっているのだ。
 クロエが主役の物語の……
 その空間を、クロエが意図せず作り上げているのであれば……俺はそのほうが恐ろしい。
「すぐ戻るので、しばしお待ちを」
 クロエは薄く笑ってその場を離れる。
 俺は不安そうなカリーナと目で会話をして、クロエの後を追いかけた。
 この破格のスケールを持つ支部長を、俺ごときが抑えられるとも思えないが……どんなことでも保険というものは必要だ。
(……そういえば、支部長の戦う姿を見るのははじめてだな)
 一応、第一線からは身を引いて長いと聞いているが……
 はっきり言って、彼女の実力を疑う気持ちは全く湧いてこなかった。
 レイラとの特訓や、ネブカドネザル戦でのゴドーとの大立ち回りについて聞けば、そんな気持ちも消え失せる。
 だが、彼女がどんな風に戦うのか、想像がつかないのもまた事実だ。
 リュウのように技術と知識を駆使して冷静沈着に戦うのか、レイラのように前線に立って士気を上げつつ、アラガミを圧倒していくのか。
 あるいはゴドーと同等のスピードで、野性的かつ戦術的に敵を追い詰めていくかもしれない。
 ……どの戦い方も、均等に可能性がありそうに思える。
「セイさんに似ている、という可能性は?」
 俺の思考を読んだのか、リマリアが声をかけてくる。
「クロエと俺の戦い方が? ……まさか」
 似ているわけがない。
 仲間たちの中で、技術的、能力的に誰より劣っているのがこの俺だ。
 自慢できることといえば体力と、リマリアのサポートがあることくらいか。
 あとは勢い任せに、神機を振り回しているだけだ。
「『この神機』を、勢い任せに振り回せること自体が特別なことだと思いますが……」
「……世辞はやめてくれ」
 リマリアはすでに身内のようなものだ。
 そういう相手に過大評価されるのはこそばゆく、昔からどうにも苦手だった。



 かくしてヒマラヤ支部におけるゴッドイーター・クロエの初陣は、ごくあっさりと終了した。
「戻ったぞ」
 帰還したクロエが姿を見せると、住民たちから大きな歓声が上がった。
「うおおお!」
「あの人が戻ってきたわ!」
 住民たちの盛大な出迎えに対し、クロエは当然という表情で笑うだけだ。
 その余裕が、さらに住民たちを勇気づけているようだった。
 喝采を軽く受け流しながら、クロエは後ろを歩く俺に目を向けてきた。
「久しぶりに血が騒いだ……が、君に任せるべきだったかな?」
「いえ……見事な手腕でした」
「なに、肩慣らし程度だ。ほめられてもこそばゆい」
 俺の言葉に、彼女は眉も動かさず軽く答えた。
 実際、俺もクロエも何一つ嘘はついていない。
 クロエの戦闘能力は予想通りの凄まじいものであったし、とはいえ彼女が実力の全てを見せたとも到底思えない。
 ……悪い言い方をすれば、勢い任せの大味な戦闘だったと言ってもいい。俺の戦い方のような、ムラがあり、不完全な戦い方だ。
「勢いは大事です」
「ああ。勢いで勝てる戦いもある」
 リマリアの言葉に、クロエが鷹揚に頷いてみせる。
 ふたりから相次いで言われれば、俺も閉口するしかなさそうだ。
 とはいえ、クロエが勢い任せの戦い『しか』できないとは到底思えない。
 その実力の底がどこにあるのか……それが計り知れないという意味では、俺よりむしろリマリアに近そうだ。
 ……下手すれば、アビスオーバードライブを駆使したリマリアでも勝てないのではないか。
 常識で考えれば有り得ない話だが……クロエはまだ、何か大きな秘密を隠している。俺にはそう思えてならなかった。
 そこでクロエは、俺たちから視線を外しつつさりげなく言う。
「君たちのほうは、あまり調子がよくなさそうだな」
 思わず俺は、リマリアと顔を見合わせた。……上手く誤魔化したつもりだったが、通用しないか。
「心配事があれば、ジェイデン君を頼るといい。力になってくれるだろう」
「……はい」
 神機……リマリアの不調については、JJにも既に何度も相談していることだ。
 別に隠している話でもないが……クロエはこの神機について、どこまで把握しているのだろう。
 気になったが、クロエの注意は既に俺から外れていた。
「……無事のようだな」
 言いながら近づいてきた住民が、無遠慮にクロエの姿を確認していく。
 そうされるクロエのほうは、さして気にした様子もない。
 ……あれだけ大味な戦いをしたというのに、傷もなければ服もほとんど汚れていない。
 隠すことなどないと言いたげに、クロエは堂々とそこに立つ。
「ヒマラヤ支部にはいつも私、クロエ・グレースがいる。私が出るまでは、奥の手が残されていると考えてもらいたい」
 彼女が口にすると、住民たちから改めて歓声が上がった。
「支部長って強いのか」
「あの人がいれば安心ね」
「すげえ人がいたんだなー」
 互いに顔を見合わせた住民たちが、次々に安堵の言葉を口にしていく。
 そんな彼らの様子を見ながら、クロエは粛々と言葉を続ける。
「アラガミを必ず減らし、サテライト拠点建設を実現する。戦いの日々は続きますが、我々は負けも、諦めもしない」
 そこでクロエは、一層語気を強めて住民たちに真摯に訴えた。
「ヒマラヤ支部を地上一の楽園にする。この大望を信じてくれとは言わない……が、共に目指してほしい」
「地上一の、楽園に……?」
 この言葉には、さすがに住民たちも少し戸惑った様子を見せる。
 レイラの話では、クロエは以前にも住民たちに宣言していたらしいが……
「……本当に実現するのか?」
「想像できないわ……」
 住民たちは、慎重に囁き合う。
 そこでクロエは彼らの背中を後押しするように、声を張り上げた。
「いつか必ず、実現しましょう。子の世代、孫の世代になってでも、必ず!」
 強く、迷いのない彼女の言葉を聞き、住民たちの表情が次第に引き締まっていく。
「……おお、そうだな」
「やるしかないもんな」
「俺たちも頑張ってみようぜ!」
 クロエはそんな住民たちの様子をじっと見ながら、満足げな表情を浮かべていた。



「どうかね、カリーナ」
 外部居住区から支部の広場に戻ってきたクロエ支部長は、私を見るなりそう切り出した。
「すごかったです、いろいろと」
 私の答えに、支部長は柔らかな笑みを浮かべる。
「不安は吹き飛んだか?」
「……吹き飛ぶまではいきませんでしたが、よかったと思います!」
 言葉を選ばずそう口にすると、クロエ支部長は少し不満そうにする。
「正直だな」
「性分ですから」
 私が譲らない姿勢を見せると、クロエ支部長は口元に手を当て考え込むような様子を見せる。
 そんな姿を見ていると、あのクロエ支部長も普通の女性に見えてくるから不思議だった。
 ……ううん。本当は当たり前のことなんだと思う。
 八神さんやゴドーさんにも引けを取らない実力と、圧倒的な統率力。それに支部長としての政治力、事務処理能力、人材育成能力、それに美人だったり、スタイルよかったり……
 クロエ支部長ほど、『全てを持った完璧な人』という評価が似合う人もいないと思う。
 でも、この人もやっぱり人間なんだって、ときどき思う。
 そしてそのたびに考える。
 ……やっぱり私は、この人を嫌いにはなれないなって。
「だが、分かっただろう? 私が本当にこの支部を楽園にすることを目指しているのだと」
 その美しい双眸で、クロエ支部長は私をじっと見つめてくる。
 それに答えるように、私は小さく頷いた。
「手段はともかく、ですね」
「……カリーナは本当に正直者だな」
 私の言葉に、クロエ支部長は苦笑いを浮かべた。



「そうか、クロエ支部長を信じるか」
 私の気持ちを伝えると、ゴドーさんは感情を見せず静かに頷いた。
 その視線は今も、目の前にあるマリアのお墓に注がれている。
「信じるではなく、信じたい、です」
 クロエ支部長の本心は分からない。
 だけど、ヒマラヤ支部や私たちを導こうという気持ちに嘘があるとは思えない。
 そうじゃないと……あんなに寂しそうな目は、できないはずだから。
「……」
「ゴドーさんは疑っているんですよね?」
「感情とは別のものが証拠としてあればいいが、彼女はそれを出そうとはしない」
 一瞬の沈黙の後、ゴドーさんは静かに口を開いた。
「そんなこと、元々やましいことがないからでは?」
「にしても、彼女は無防備過ぎる」
「……どういうことですか?」
 意味が分からず、私はゴドーさんに問いかける。
 ゴドーさんの答えは明瞭だった。
「アリバイ工作をしてもいいはずだが、それもしない。理由は不明だが、疑われている状況を望んでいるようにもみえる」
「クロエ支部長が、疑われようとしてる……?」
「自然体でそこにいるというのでもない……むしろ、両手を広げて俺たちを招き入れているようだ」
 ゴドーさんは慎重に言って、それきり口を噤んでしまう。
「……私には全然理解できません」
 クロエ支部長も、ゴドーさんのことも。
 ずっと一緒にいるはずなのに、この人たちが何を考えてるのか、私には全然分からない。
「クベーラに踏み潰されかけた支部に現れたくらいだ。相当なタフネスだぞ、あれは」
「……すっきりしません!」
 私は声を荒げて反発した。
 するとゴドーさんは静かに息を吐き出してみせる。
 その間も、彼の視線はマリアの墓に向けられたままだ。
「しなくていい。ただ、君は君でいればいいだけだ……余計なことは考えずにな」
 ゴドーさんは私の気持ちなど考慮せず、子供に言い聞かせるように一方的に言った。
「……難しいことをいいますね」
「普段通りだろ?」
 私の恨み言に、ゴドーさんはようやく振り返り、ニヤリと笑って見せた。
 その表情が、私の目にはどこか自嘲気味に映った。
「ほんっと、ダメな男ですねゴドーさんは」
「……ああ」
 私の嘆息を聞いても、ゴドーさんは曖昧な返事をするだけだった。


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