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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-4話~
「クロエ支部長の外出記録……?」
「そうだ。お忍びで出かけたヤツも全部な」
 私が尋ねると、ゴドーさんはさも当然というように頷いてみせた。
「お忍びでって……そんなもの、私の権限では開示できません!」
 大声をあげてしまった私は、そのことに気付いて慌てて口を噤む。
 ここはヒマラヤ支部の受付。人通りも多いし、騒ぎとは無縁であるべき場所だ。
 とはいえ、それでゴドーさんへの怒りが収まるわけでもない。
 どういう目的か知らないけど、人のプライベートを覗き見るなんて、最低のことだ。
「調べたいなら、支部長に直接頼めばいいじゃないですか……!」
「頼んだところで、支部長殿は適当に言いくるめて追い返すだろう」
「それはそれで仕方が――」
 そうして私が言葉を続けようとしたところで、ゴドーさんが強引に私の口元を手で押さえた。
 そのままゴドーさんは、声を潜めて耳元で言う。
「俺が知りたいのは公式の記録じゃない。非公式な事実だ」
「――っ」
 非公式な事実……?
 それって――
「……クロエ支部長が、なにか隠しごとをしていると?」
「ああ。支部長たる者は十や二十の隠しごとぐらいはあるもの……そう彼女は言ったし、俺も同じだ」
 ゴドーさんははっきりと頷いてみせる。肩をすくめて冗談めかすような素振りもない。
「……叩けばホコリが出るってやつですね。隠しごとがあると、自分で言うのはどうかと思いますが」
 呆れ混じりに、冷ややかな視線をゴドーさんに向けてみるけど、それで引くような人じゃない。
「で、支部長を疑う理由は?」
「それはな……」
 ゴドーさんは真剣な表情で頷き、そのまま勿体ぶるように目を閉じる。
 そのまま人差し指を縦にして、口元に添える。
「秘密だ」
「おとといきやがってくださいませ! 理由もなしに無理を通せる訳ないでしょ!!」
「そこを――」
「嫌です!!」
 私は有無を言わさず突き放す。
「どうしても、駄目か?」
「ええ! お断りです!」
 何度言われようと、私の答えは変わらない。
 クロエ支部長は立派な人だ。仕事は早いし熱心だし、礼儀だってしっかりしてる。
 何事もやるなら正面から、堂々と。そういう潔白さが支部長にはある。
 そんなクロエ支部長と、不真面目でずぼらなゴドーさん。どちらを信じるかなんて言うまでもない。
 だいたい、たいした説明もなしに人を疑えなんてのが……
「そうか……すまない。俺が悪かった」
「え?」
 突然、ゴドーさんが頭を下げて謝ってきて、私は思わず呆気にとられる。
 そんな私の手を取って、ゴドーさんは強引に何かを握らせてきた。
「変なことを頼んでしまったお詫びに、これを」
「なんです? このメモ用紙は……」
「じゃあな」
「はあっ!? ちょ、ちょっとゴドーさん……!?」
 言うが早いか、やるべきことはやったという感じに、ゴドーさんはその場を足早に離れていく。
 残された私は、受付の仕事を放棄することもできず、その後ろ姿を見送ることしかできない。
「……もう。一体何なのよ……」
 私は毒気を抜かれた気分で、持たされた四つ折りの紙片に目を移した。
 一応人目を避けながら、メモの内容に目を向ける。
「んと……なになに……」
 そうして中身に目を通し――
「な……これっ!? ゴドーさん……ッ!!」
 慌てて顔を上げ、辺りを見回してみるものの……すでにゴドーさんの姿は見えなくなっていた。
「はめられた!!」
 悔しい気持ちでいっぱいになりながら、私は着席し、改めて紙片に刻まれた文字に目を通す。
『スサノオが出現した日の前日~数日前、クロエは外出記録を消したはず。移動手段はヘリか輸送車、目的は……』
 もう一度確認してみたところで、その先の文章が変わるわけもない。
『リマリアのネブカドネザル感知範囲外へ出るためだ。距離、位置を確認されたし』
(リマリアの感知範囲外へ……)
 それが何を意味するのか、ぜんぶ理解できたわけじゃない。
 だけど、この情報が本当なら……クロエ支部長は、意図的に何かを隠していることになる。
 わざわざリマリアが感知できないところまで移動するなんて、よっぽど人に知られてはいけないことがあるとしか……
「……はぁ」
 すべて読んでから、ようやく理解する。
 ゴドーさんははじめから、私が断ることまで織り込み済みで、このメモ帳を用意してたんだ。
 そうと分かってから、私はそっと唇を噛みしめた。
(こんなの見ちゃったら……調べるしかないじゃない……!)
 クロエ支部長を疑いたくはない。今でもあの人を信じているつもりだ。
 でも、疑いを晴らすためにはなおさら、調べてみるしか道はなかった。



(流石だな、カリーナ)
 そっと彼女の様子を確認してから、俺は小さくため息をついた。
 これでカリーナは、クロエについてきっちり調べ上げてくれるだろう。
 クロエが裏で何をしているのか……およその答えは掴めているが、確証がない。
 とはいえ、俺やJJが表立って動くのも得策ではない。
 そこでカリーナに動いてもらうと決めたわけだが……クロエを慕う彼女が味方に付くかどうかは賭けだった。
 とはいえ、はじめから分の悪い賭けでもなかった。
 誰に対しても公平に接する彼女だからこそ、盲目的にクロエに従うことはせず、自分の目で正しく答えを導き出してくれると踏んだ。
 種は撒いた。
 答えはじきに出るだろうが……ただそれを待つようなやり方は、俺の好みではない。
 リュウのこと、クロエのことは一通り済ませた。
 あと、今のうちにやれることがあるとすれば……
(機は熟したか)
 いい加減、彼らにも話しておくべきだろう。
 彼らのことを。
 そして俺のことを……



『ついてきてほしいところがある』
 そう言って、ゴドーは俺たちをこの場所に連れてきた。
 灯の消えた暗い施設のなかに、多くの装置が誰にも顧みられることなく散乱している。
 ……ここはいつか、ネブカドネザルから逃げ出すときに通った廊下だ。戦いの跡がほとんど残っていないのは、ヤツの隠密能力の高さ所以か。
 奥には、マリアとともにフェンリルの紋章を見つけた部屋があるが、ゴドーが向かったのはそこではない。通路を曲がったその先にある一室――
 ゴドーはその部屋に足を踏み入れた。
「始まりの地、だな」
「はい、私にとっては生誕地ということになるのでしょうか」
 ゴドーの呟きに、リマリアも淡々と言葉を返す。
 あの時の記憶は今も鮮明だ。
 ここは俺がマリアを失った場所――そして神機を手にし、リマリアと出会った場所だ。
「通信機はオフにしているな」
「はい」
「……よし。では話そう」
 ゴドーは念入りに確認してから、俺とリマリアのほうを見た。
「なぜ、ここにその神機があり、ネブカドネザルがいたのか? クレイドルはなぜこのラボの存在を知っていて、調査にマリアと君を派遣したのか?」
「…………」
「なぜ、適合できないはずのその神機を君は起動できたのか?」
 ゴドーはそこで言葉を区切ってから、やがておもむろに口を開いた。
「俺は……これらのことを『趣味の時間』を使って探ってきた」
「えっ!?」
 隣でリマリアが声を漏らす。
「君は驚かないみたいだな?」
「……ええ。そんな気はしていましたから」
 コーヒー趣味が本気かフェイクかは知らないが、無駄嫌いのゴドーらしくないのは確かだ。
「黙っていて悪かった、と言うつもりはない。必要なことだったからな」
 ゴドーは不敵に言って、そのまま背中を壁に預けた。
「さて、君たちはネブカドネザルを捕喰した時に、ヴィジョンを見たと話していたな」
「はい」
 断片的な内容ではあったが、今もその記憶が薄れることはない。
 施設で行われる神機の実験。
 親しげに言葉を交わし、実験へと臨む男女。
 愛を語る彼らに訪れた絶望。
 やがて彼らは、その姿を――
「その時の場所は、このラボではなかったか?」
「はい。間違いありません」
 リマリアが答えたのを見て、俺も頷く。
 もともとその可能性も考えていたが、こうしてこの場所を訪れてみてはっきりとした。
「ふむ……このラボに、男女のゴッドイーター、神機の実験、失敗してアラガミが出現……」
 俺たちの答えを聞いたゴドーは、腕を組んだまま、辺りを見渡した。
 それからなんでもないことのように、一言添える。
「君たちが見た謎の光景が何なのか、今の俺には説明できる」
「……っ!」
「私たちしか見ていないものの説明を、隊長が……?」
「ああ、そうだ」
 驚き、困惑する俺たちに向けて、ゴドーは一つ頷いて見せる。
「シンガポール産の果実だ。少しだけ実が熟すのを待っていたが、食べ頃になった。……よく聞いてくれ」
 そう言って、ゴドーは俺たちに話しはじめた。
「時は第二世代型神機が完成しようかという頃、このラボである神機開発メーカーが試作品の起動実験を行った。……メーカーの名をホーオーカンパニーという」
「……!」
「ああ、言ってなかったな。君たちのヴィジョンにいた研究者らしき男は、リュウの父親だ」
「リュウのお父様……!?」
 リマリアが驚愕の声を上げる。
 かくいう俺も、今度ばかりは戸惑うばかりだ。
 確かに思い返してみれば、ヴィジョンで見た科学者の冷たい態度は、以前のリュウによく似ていたかもしれないが……
 いやそれよりも、ゴドーの口ぶりから察するに、俺の神機を作り出した人物は……
「確かなのですか?」
「中国支部で直接会って聞いた話だ。間違いないだろう」
「そう、ですか……」
「そして神機の起動実験を行い、適合できなかったゴッドイーターの男は、俺の師匠だ」
「……!?」
「ふむ。君でもそんな顔をするか」
 混乱する俺を、ゴドーは面白そうに眺めている。
「……一つずつ確認させてください。隊長は、以前からこの神機のことを知っていたんですか?」
「いや、知っていた訳ではない」
 ここでのゴドーは、あっさりと首を横に振る。
「だが、君が適合できるはずがないこの神機に適合できた経緯を聞いて……俺の頭にある一つの記憶が浮かんできた」
 そう言うと、ゴドーは懐かしさと哀しさの入り混じる眼差しで、周りの設備を見渡した。
「それはかつて、俺の師匠が語った『人類がアラガミに勝つための神機』の話だ」
「……人類がアラガミに勝つための?」
「そう、俺がまだ十代の頃……師匠は冗談半分でこんなことを言った」
 ゴドーの声が廃墟になった部屋の中に、静かに響く。
「今の神機ではアラガミに勝てない。アラガミのように進化、成長する神機が必要だと」
(成長する神機……!)
 ゴドーの言葉を聞いた俺は、そのまま神機とリマリアを交互に見た。
 彼女のほうも、固唾を呑むようにゴドーの話に集中している。
「知っていると思うが、神機はアラガミと同じオラクル細胞を利用して作られている。つまり、アラガミと神機は同じ性質を持つ訳だが……安全性を考慮して、神機は進化成長しないように設計されている」
 ゴドーはそう言って、手の中でスピアーを軽く遊ばせる。
「……ただでさえ、ゴッドイーターは神機を使い続けることで消耗し、いずれは引退しなくてはなりません」
「そうだ……成長しない神機でさえ、使い続ければ神機に喰われたり、アラガミ化という最悪の結末を迎える恐れがある。……アラガミのように進化成長する神機など、人間が扱うには危険過ぎる代物だ」
「…………」
 彼の言葉を聞いたリマリアが、苦しげに胸を抑える。
 しかしその表情を歪めていたのは、彼女だけではなかった。
「……ところが師匠は、悪魔的な発想を俺に披露した」
 ゴドーは眉間に深い皺を寄せながら、そのサングラスに俺とリマリアの姿を映した。
「一人で制御できないなら、二人で制御すればいい、とな」
「……!?」
 その言葉が何を意味するのか。
 気がついた俺は、目の前が暗くなったように錯覚する。
 隣でリマリアが、ゆっくりと思考を進めていく。
「二人で、神機を制御する……?」
「ああ。神機使いがアラガミ化するなら、神機にだってなれるはずだとね」
「それはつまり……」
 そこまで口にしたところで、リマリアの表情がさっと青ざめた。
「……人を捕喰することを、前提とした神機……」
 ゴドーが悪魔的と表現したことも頷ける。
 人類救済のために生まれた神機に、人を喰わせて進化させる……大元のコンセプトから狂っている。
「俺が知っていたのはここまでだ。バカげた話だと笑ってその時は終わった。それで終わっていれば良かった」
「…………」
「だが、人智を越えた滅亡の危機が予言されると、時代が……状況が変わった」
 ゴドーは自身の足元に視線を落とし、淡々と語る。
 俺とリマリアは、二の句を継ぐことも出来ず黙ってゴドーの話す昔話に耳を傾ける。
「恐怖は人を追い立て、禁忌をも破らせる。……更に偏食場の研究が進み、様々な新技術が実現していった」
「まさか……」
「ああ。ゴッドイーターを神機に捕喰させ、偏食場を利用して危険な神機を制御しようという禁断の発想だ」
「それは、私たちが見たあの……!」
「……現実的ではない計画、構想、実験が当たり前のように行われた時代だ。その時代の遺産を引き継いで、今俺たちが生きているのも事実さ」
 恐怖に強張るリマリアの表情を見て、ゴドーは皮肉っぽく言い捨てる。
 しかしその表情は、哀しみに濡れているようでもあった。
 全て、必要なことだったのだろう。
 人が生き残るためには、ありとあらゆる手段を取る必要があった。
 今の時代を生きる俺に、それを否定していい道理などない。
 戦う術も生きる環境も、俺はその全てを先人に与えられて生きてきたのだ。
 この神機とて……これを手にしなければ、俺はあの時死んでいた。この力に縋らずに、ネブカドネザルやクベーラが倒せただろうか。ヒマラヤ支部を、今日まで守ってこれただろうか。
 だが……マリアは生きていたかもしれない。
 マリアが神機に喰われたのは、誤作動や暴走などではなかったのだ。
 彼女は神機を制御するために、正しく神機に捕喰された。リマリアはその結果として、生まれるべくして生まれてきた。
 そう考えるとやるせなく、そして言いようもなく恐ろしい。
 俺が手にしているのは、人を人ならざる者に変えるための装置なのだ。
「……だが、当時の実験は失敗した。君たちがヴィジョンとして見た通りだ」
 そう言って、改めてゴドーは周囲をぐるりと見回す。
「実験は秘密裏に行われたがフェンリル本部に知られ、このラボと旧ヒマラヤ支部は廃棄された。ホーオーカンパニーは重い処分を受け没落し、俺の師匠は失踪……のちに、ラボに残された予備の神機を君が起動し、現在に至る」
「…………」
 そうしてゴドーは淡白に語り、土産話を締めくくった。
 その一つ一つの出来事が、簡単な話ではなかっただろうと容易に想像できる。
 そうした細かな事情も気になるが、それより今は……
「起動実験に失敗した神機はアラガミ化して、それはもしや……?」
 俺の傍に立ったリマリアが、ゆっくりとゴドーに確認する。
 ゴドーはすぐに頷き返した。
「ああ……起動実験に失敗し、アラガミとなった神機がネブカドネザルだ」
「……!!」
 あのヴィジョンを見た時から、予想はしていた。
 しかし、こうしてはっきりと肯定されると、やはり衝撃を受けずにはいられなかった。
「神機に捕喰されたゴッドイーターは、師匠の妻だったそうだ」
 ゴドーは神妙な面持ちで語る。
「激務により彼女はアラガミ化の兆候がみられ、先は長くなかった。ゆえに愛する夫の神機となり、戦い続けることを選んだという」
 抑揚もなくゴドーは言うと、そのまま壁にもたれるのをやめ、ゆっくりと部屋の中を歩きはじめる。
 そうして散乱した装置の一つ一つにじっと目を向けていく。
 ……その心中を支配するのは、虚しさか哀しみか。俺には判断をつけようもない。
(人をやめて、神機となる……か)
 当然だが、尋常な決断ではない。
 死を受け入れ、自ら神機に喰われる恐怖。彼女はそれを受け入れて、愛する人と一つになることを願った。
 ……その願いは、最も皮肉めいた形で叶ってしまった。
 これはあくまで推測だが、ネブカドネザルとなった彼女が真っ先に捕喰したのは、おそらく……
(失踪、か……)
 俺は改めて、手の中にある神機に目を向けた。
「……マリアも、アラガミになっていた可能性があるんですか」
「そうならなかったのが不思議なくらいだ」
 そう言って、ゴドーは口を閉ざす。
 研究所の成れの果てとなったこの地に、ゴドーが部屋を歩く足音だけが低く反響する。
 しばらくすると、彼は俺たちの前に戻ってきて立ち止まった。
「このことはひとまず、俺と君たち三人だけの秘密としておく」
「秘密、ですか」
「そうだ。ネブカドや君の神機の成り立ちが分かったところで、今の状況がすぐ変わる訳ではない。悪戯に余計な情報を周知するのも混乱させるだけだろう」
「……分かりました」
「助かる。アラガミ増加の原因が特定できていない今、不安要素を広めると士気に関わるからな」
 そうして語るゴドーの表情の中に、普段の不真面目な雰囲気は微塵も感じられない。
 彼と師匠の関係は想像もつかないが、思うことは少なくないのだろう。
「あの……」
 そこでおもむろに口を開いたのは、リマリアだった。
「どうした?」
 尋ね返すゴドーに、リマリアは思いつめたような表情で言う。
「この神機は危険なのでは? そうであれば、今すぐ封印するか、破壊すべきなのでは……」
「……っ」
「……そうだな。君がそう考えるのも」
「――駄目だ!」
 頷くゴドーの言葉を遮り、俺は咄嗟に声を上げていた。
 その気勢にリマリアが驚き、顔色を窺うように俺を見る。
 しかし、納得した様子ではない。彼女はなおも、意見を翻してはいないようだ。
 それだけ神機の……自身の危険性について、自覚的なのだろうが……
 神機を手放すということは、リマリアと別れるということだ。
 俺が神機を手にしなければ、リマリアは誰の目にも触れられず、言葉を交わすこともできない。そうして彼女を一人にすることなど……俺には絶対に認められない。
「俺も彼に賛成だ」
 そこでゴドーが、対峙する俺たちの間に割って入ってくる。
「ですが……っ」
「この神機以外に危険が何もなければいいが、残念ながらそうじゃない。ネブカドネザル以上の敵は必ず現れる」
「……っ」
「そんな事態に陥った時、立ち向かうにはこの神機の力が不可欠になるだろう」
 ゴドーは冷静に言い含めると、そのまま視線を天井の隅へと向けた。
「そして……その敵は、アラガミだけとは限らない」
「……!」
 アラガミではない敵……その言葉が誰のことを示しているのか。
 想像するのはそれほど難しくない。
(クロエ・グレース……)
 ゴドーが警戒する人物といえば、誰より先に彼女の姿が思い浮かぶ。
 今日、ゴドーが俺たちに語ってくれたような秘密を、彼女は恐らく、いくつも抱えているのだろう。
 その一つ一つを詮索していくつもりはない。
 クロエが来なければヒマラヤ支部は今も存続していないだろうし、マリアの死から目を背ける俺に、誰より辛辣で言いづらいことを話してくれた人物でもある。
 クロエが何を考えていようと、彼女は俺の恩人だ。不要な疑いは持ちたくない。
 だが……
(もし、彼女とゴドーが敵対するようなことがあれば……彼女がリマリアを危険視していたなら……)
 状況は刻一刻と変わっていく。
 今日まで背中を預けていた相手に、背後から斬りつけられることもある。
 生きるための用心だけは、常に怠るべきではないだろう。
 たとえ、相手が誰であろうともだ。
(……ゴドーはどうして、今日まで土産を取っておいたんだろうな)
 実が熟すのを待っていたとゴドーは言ったが、それは一体……
 俺はそっと、傍らに立って俯くリマリアに目を向けた。
 何かがすぐそこまで迫ってきている。その全てを見通す術は、俺にはないが……
 彼女を失うようなことがあれば、その時は全てを賭して抗う必要があるだろう。


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