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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-3話~
 支部長室の扉を開け放ち、その先にいる女性に目を向ける。
 約束もなしにやってきたわたくしを見ても、彼女に動じる様子はない。
 椅子に腰かけたクロエは書類を手にし、その瞳だけをこちらに向けている。
「用件は何かな、レイラ」
 わたくしの来訪を知っていたとでも言いたげに、クロエは落ち着き払った姿勢を崩さない。
 そのことが一層わたくしの神経を逆撫でするのだと、分からないはずもないでしょうに……
 とはいえ、激昂し感情をぶつけるだけでは、彼女はわたくしを相手にしないだろう。
 逸る気持ちを抑えつつ、わたくしは咳払いをしてから、言葉を続けた。
「わたくしたちに、隠していることがあるでしょう?」
「なぜそう思う?」
 彼女は眉一つ動かさず、尋ね返してくる。
 ……白々しい。その姿に苛立ちながら、わたくしはさらに言葉を続ける。
「クロエ、あなたがリマリアを疑っていない態度をとっているからです」
 わたくしの言葉に、クロエはオーバーに反応した。
「当然だろう。私はリマリアを……」
 心外だ。そう言いたげなクロエの目を見て――
「もしわたくしとあなたが似ているのならば、リマリアを疑うし、それを隠しはしません」
 言葉を制し、はっきりと言い放つ。
「…………」
「信じるか信じないかではなく、自分の抱いた疑念を晴らしたい、そう考えるはず……そうしないのが不自然なのです!」
「不自然ときたか」
「その不自然には理由がある。そうですね?」
 そう言ってわたくしが詰め寄ると、クロエはくすりと笑みを浮かべた。
「見立ては悪くない。が、それではあまりいい点数はやれんな」
 そのままクロエは、ふたたび手元の書類に目を向けた。
 ……自分でも、無茶苦茶なことを言っていると思う。
 クロエなら、わたくしよりももっと上手く、リマリアから聞き出そうとするでしょう。
 でも、だからってなにもリアクションしないのはあり得ない。クロエは必要もなしに自分の感情を隠したりはしない。――そんな器用なことができる人じゃないもの。
 ばさりと音を立て、机の上に書類が散らばる。……それを彼女が落としたのだと理解したとき、クロエはわたくしの目を覗き込むように見ていた。
「なぜなら、私は本当にリマリアを疑っていないからだ」
 明け透けに、はっきりと口にする。
 嘘を口にしているとは思えない。
 けれど、真実はまだ隠されたまま。それを知るには、彼女の腹の底にまで手を伸ばしていく必要がある。
「リマリアを疑っていない? そうなると、わたくしはあなたを疑わねばならなくなりますが?」
「いや、それには及ばない」
 そこでクロエは薄笑いを浮かべ、わたくしに向けて手を伸ばした。
 そして彼女は、その鉄仮面のような表情に綻び一つ見せないままに、淡々と言い放った。
「私はヒマラヤ支部長であり、レイラの教官であり、ゴッドイーターであり、何より……諸君の味方だ」
 そう言って彼女は、わたくしの頬をそっと撫でた。
「なっ……!?」
 わたくしは飛びのくようにしてその場を離れ、彼女を見つめた。
 いつの間に、撫でられるほど近くに立っていたの……
 彼女はずっとテーブルについていた。
 だとすればわたくしのほうが、知らないうちにクロエに近づいていたことになる。まるで、彼女に吸い寄せられるようにして……
 そんなわたくしの動揺を見透かすようにして、クロエは笑みを深めていく。
「と、言ったところで君は私を疑うのだろうな?」
「と……当然です!!」
 わたくしは語気を強めて返す。
 すると、クロエはわたくしを見ながら、確かめるようにして頷いてみせる。
「それでいい」
「何がいいのですか!!」
 尋ね返すが、クロエは言葉を返さない。目を閉じ、満足そうに笑うだけ……
 そんなクロエの姿を見て、わたくしはますます彼女のことが分からなくなる。
 嘘はついていないはずなのに。言葉を重ねるほどに、彼女の輪郭が失われていくみたい……
「伝えるべきことは伝えたさ、全部な」
 そう言ってクロエは、ひじ掛けに体を預け、猫のような目でわたくしを見た。
「……隠していることは、わたくしに伝えるべきでないことだと?」
「分かっているじゃないか。退室したまえ」
「っ……!!」
 もう、わたくしのことなど眼中にもないらしい。
 冷たい笑みを浮かべるクロエを見て、わたくしは勢いよく踵を返した。
 支部長室の扉を、叩きつけるようにして閉じる。
 やっぱりわたくしには、クロエのことが分からない。
 彼女はわたくしを、似た者同士だと言ったけれど……わたくしも彼女に、自分と似たものを感じるのだけれど……
「クロエ……何を考えているのよ……」
 わたくしが疑念を持ったということは、きっとゴドーや八神さんだって、クロエが何かを隠していると気付いたはず。
 それが何なのか、素直に話をしてくれればわたくしだって信じられるかもしれないのに……
 わたくしはわだかまりを抱えたまま、一歩ずつ支部長室から遠ざかっていく。
 部屋から離れる自分の足音が、いつまでも耳の奥に響いていた。



「ゴドーの土産、大層な爆弾だったらしいな」
 討伐任務を終えてひとり休息を取っていると、JJが声をかけてきた。
「JJさん、聞いたんですか……あれを……」
 遠慮のない不躾な言い方に少し苛立つものの、声を荒げる気力も湧かない。
 そのまま俯いていると、JJさんが隣に腰かけてくる。
「リュウの親父さんのことだろ? 驚いたか?」
 相変わらずくだけた物言いだが、その声は心なしかいつもより柔らかい。
 ……父さんの話には、触れられたくない気持ちもあったけど、どうせバレてるんだ。一人で抱え込んでいるより、素直に話してしまったほうが楽かもしれない。
「驚きもしましたが、納得もしました。なぜホーオーカンパニーが没落したのか……あれでは、どうしようも……」
 ため息を吐きながら、そう口にする。
 そうしていると目頭が熱くなってきたので、軽く手を当て押さえつけた。
 ゴドー隊長からは、僕が知らなかった父の一面を聞かされた。
 またもや父は、僕に隠し事をしていた訳だけど……そのことに腹は立たなかった。
 ……あんな話、誰にも言えるわけがない。むしろ聞かされたことで、心の奥にかかっていたもやが、晴れたような気さえしている。
 現実感が湧かないから、そうなのだろうか……
「時代が悪い、そうも言えるな。失敗の理由なんてのは大抵が運だ」
 JJさんは僕を慰めるように言う。
 それに対し、僕は苦笑と共に言葉を返す。
「……そこまで割り切れないですけどね。ビジネスとしては明らかにリスクが高過ぎて」
「ビジネスでアラガミに勝てりゃ誰も苦労はしねえさ。それは今も同じだろう?」
「それは、まあ……そうなんでしょうが」
 結局、アラガミなんてものは天災だ。それに付随するものも全て。
 壁も神機も……人間はそれがどういうものかも分からずに、そんな不安定なものに縋って生きることしかできない。
 だからこそ、時には縋ったはずのものに喰われることもある。
「だとしても、あんなことに手を出さなくたって……」
「ま、そうだな。自分一人が助かりたいってだけなら、安全な道を選ぶこともできただろうよ」
 JJさんはその目を自らの整備道具、そしてメンテナンス中の神機へと向けながら言う。
「自分一人が……」
 その言葉が、僕の胸に重くのしかかる。
 父がどうして、あんなリスクのある賭けに出たのか……思い当たる節がない訳じゃない。
 僕にとって、中国での生活は最悪のものだった。
 周囲の冷めた視線、どこからか聞こえてくる中傷の声、僕のせいで笑わなくなった妹……
 そんな家族の姿を、父はどんな目で見ていたのだろう。
「……もしかしたら。父は、僕や社員たちのために、賭けに出たかもしれません」
 確証はない。冷徹な父がそうする姿も想像はつかないが……それでも、きっと間違いない。
 同じ状況なら、僕でもそうしただろうから。
「……馬鹿げた話だと思われるかもしれませんが」
「んなこたねぇよ」
 自嘲気味に口にすると、JJさんははっきりと首を横に振った。
「人様に何かしてやろうって時は、いつだって高くつくもんだ。……それでも皆、こぞって金を払う。そういう買い物は、損得じゃねえのさ」
「……損得じゃない、か」
 僕から見る父は、尊敬できる人だった。
 いつでも理知的で、聡明で、だからこそ冷たく感じることもあったけど……格好いいと、人に誇れる父だった。
 だけどそんな父が、今のホーオーカンパニーの状況を作り出した。
 それどころか、ヒマラヤ支部の今の状況だって……
 ここまで父を追い込んだのは、おそらくあの人にもっとも不似合いなもの。
 家族や周囲に対する愛情……そうした無益と思えるもののために、父は何もかもを失った。
 そして僕も今……ヒマラヤ支部の仲間や住民たちのために、この支部に残り、戦い続ける決断をした。
 父が犯した過ちと同じ……不条理な賭場に立ち、それを知りながら降りることを拒んでいる。
「狂え……ってこと、なんですかね」
 ほとんど無為な僕の呟きに、JJさんが空を仰ぎながら答えを返す。
「どうかな? 狂いながら正気を最後まで保っておけってことなのか 、その逆か」
 どちらにしろ、行き着くところは……狂気、か。
 彼の答えに、僕は再び苦笑した。
「どっちも遠慮したいな」
「嫌でも選ばにゃならんのさ。生きるってのはそういうことよ」
 JJさんは笑いながら言うと、僕の方にそっと手を置いた。
「親父さんを責めるんじゃあねえぞ?」
「……ええ」



 アラガミの接近を警戒しつつ、崩れた街並みを歩いていく。
 その道中、ゴドーがリマリアに向けて声をかけてきた。
「リマリア、調子はどうだ?」
「良すぎるくらいです」
 リマリアの返答にゴドーは頷き、そのまま俺に視線を向けた。
「隊長補佐、君は?」
「……。通常通りです」
「特に何もなしか……」
 ゴドーは俺の言葉に頷くと、そのまま視線を正面に向けた。
「分かった。では討伐任務を開始しよう」
 ゴドーはそう言って、何事もなかったように戦闘行動に移ろうとする。
 俺は彼に倣って神機を構えつつ、先のやり取りの意味を考えていた。
 何気ない会話……隊長として、戦闘前に部下の状態に注意を払うのもおかしなことではない。
 だが、その自然さがかえって胡散臭くもあった。
「…………」
 恐らくだが、俺やリマリアを疑っているのだろう。
 以前からその傾向はあったし、事実としてリマリアはヒマラヤ支部にとって危険な存在でもある。
 レイラやリマリア自身だってそう考えるのだ。支部を預かるゴドーやクロエなら尚更、その可能性は無視しがたいだろう。
 しかし……だったら尚更、俺たちを自由にさせている理由が分からない。
 いくら人手が足りないとはいえ、危険な存在を単独で出撃させたり、自身の背中を預ける道理はないはずだ。
 監視が目的だとすれば、こちらに対する警戒心もなさすぎる。……ゴドーの背中に神機の切っ先を向けてみても、彼は反応すらしていないのだ。
 ゴドーは俺たちを完全に信用している。
 俺やリマリアがここで反旗を翻す可能性など、微塵も考慮していないのだろう。
 ……当然、俺だってそうだ。この先どうなろうとも、仲間と敵対する気はない。
 だが……
「準備はいいな。セイ、リマリア」
「……はい」
 振り返るゴドーに応え、アラガミへ向けて神機を構え直す。
 そうしながら、ゴドーの視線について思いを馳せる。
 ゴドーがこちらに目を向けたのは、たったの一瞬。しかしその時、俺は確かにそれを見た。
 サングラスの黒いレンズの奥から、俺たちに向けられていた鋭い眼光――
 あれは、いつもゴドーがアラガミに向けているもの……迷いのない、冷徹な眼差しだった。



 アラガミ討伐を終え、ゴドーと別れた後、その足で神機整備場へと向かった。
 JJとの挨拶もそこそこに、近くにあった椅子に腰かける。
 少々不躾な態度だったかもしれないが、ここを訪れるのは今日だけでも三度目だ。多少の図々しさは許してもらいたい。
 最近はこうして、任務外の時間は大抵、整備場に入り浸っている。
 目的は神機のメンテナンスだ。
 現在俺の神機は、出撃ごとの調整が義務付けられている。
 強い力と、未知数な能力を持った神機だ。万が一にも、異変があっては困るのだろう。
 だからこんなことは言っていられないが、ここと戦場の往復作業がやや億劫なのもまた事実だ。こうしてメンテナンス終わりまで何もせず、待っているのも居心地が悪い。
 俺はそんなことを考えながら、傍らに立つリマリアを眺めている。
「…………」
 一時は地獄の質問攻めで俺を困らせていたリマリアも、最近はじっとしていることのほうが多い。
 以前と違うのは、そうして黙っていても何かを考えていることと、その考えが俺には読めないということだ。
「なあリマリア。自分が今、どういう状態であるか分かるか?」
 近づいてきたJJが、俺の対面に腰かけながらリマリアに言った。
「何か、お気づきになりましたか?」
「ああ。神機の状態が不安定になってきている。……自覚していないのか?」
 JJは、手に持つデータとリマリアと交互に見ながら、空いている手で頭を掻いた。
「……出力が上がっているから、でしょうか。後は、感情のせいでは?」
「感情、感情か……なるほどな」
 彼女の示した見解に、JJは足と腕を組み、渋い顔をする。
 馬鹿げているとあしらう様子はない。
 感情が戦闘能力に影響を及ぼすことは、JJも承知しているのだろう。
 JJは改めて顔を上げると、そのまま諭すような声色で言う。
「だが気をつけてくれよ。感情ってのは少々やっかいなもんでな、身を滅ぼす原因にもなる。人間の場合は、だがな」
 そんなJJの言葉に、リマリアはわずかに瞳を揺らした。
「身を滅ぼす、ですか……」
 リマリアは抑揚をつけずに言うが、その言葉尻はわずかに震えている。
「難しいもんだ……感情に従えばいいのか、抑えればいいのか? 判断が必要な時って、迷うもんだよな」
「……はい」
 全てを見透かしたようなJJの言葉に、リマリアは諦めるように首肯を返した。
 ……なるほど。
 リマリアも自分の不調を自覚し、感情を抑えていたらしい。
 それを即座に見抜いたJJは流石だが、それ以上に驚いたのは、リマリアの嘘だ。
 正確には、神機が不安定になっていることを自覚したうえで、それを口にしなかった訳だが……ついにリマリアは、そんな高度な芸当までこなせるようになったらしい。
「神機が不安定なことにリマリアの感情が作用しているのは、ごく当たり前のことだ……神機使いだってそうなんだからな」
「当然のことだと?」
 縋りつくように言ったリマリアに、JJは優しく頷いてみせる。
「しかしな、それがいいことなのか、まずいことなのかが分からんのさ。前例のない存在なんでな、お前さんは」
 JJはそこまで話すと表情を崩し、彼女を安心させるように明るく言った。
「ま、やばそうだったらオレや隊長補佐に相談しな。できる限りのことはやってやる!」
 そして、彼は俺のほうへと視線を移す。
「そうだよな?」
「当然です」
 親指を立ててそう答えると、リマリアは柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
 やり取りを見ていたJJはにこりと笑い、念を入れるように彼女に言う。
「調子が悪いと感じたらすぐ教えてくれよな」
「はい」
 彼女はいつものように、短くはっきりと答えた。
「…………」
 やっぱり、ここは居心地が悪いな。
 JJがメンテナンスを利用して、俺たちの動向を確認しているのは間違いない。
 それは先日までの、JJのぎこちない態度から容易に見て取れたが……最近の彼は落ち着いた物腰で、俺たちに寄り添うように話しかけてくる。
 俺たちの監視をやめた訳ではないだろう。
 だとすれば……JJの態度が自然になったのは、おそらくリマリアに対する警戒を深めたからだ。
 仲間に対する同情や、罪悪感などで態度を変えてはいられなくなった。
 それだけリマリアは危険視されているのだろう。
 さらに今日、リマリアはJJに嘘をついて見せた。これでは尚更……
「……」
「ん、セイ。どこに行くんだ?」
 結局、いくら考えていても仕方がない。
 分かっていることは、一つだけ。リマリアが苦しんでいるということだ。
 そんな彼女に対し、俺がしてやれることは一つしかない。
「アラガミを殺しに」
 アラガミ増加がリマリアを苦しめるなら、増えた以上にアラガミを減らせばいい。
 俺は気持ちを切り替え、本日四度目の出撃に向かった。



 アラガミの攻撃を受け、彼の身体から血が噴き出す。
 傷の痛みをこらえるように、思い切り歯を食いしばった彼は、そのまま敵の腕を弾き飛ばした。
「……っ! おおおおおおおおおッ!!」
 叫び、彼はそのままアラガミを斬りつける。連戦に次ぐ連戦……いくらアビスギアで強化されてるとはいえ、彼の身体は悲鳴を上げている。
 泥にまみれ、血を吐き出し、痛みをこらえながら戦い続ける……そんな彼の背中を眺めながら、考える。
 私はまだ、神機の力をセーブしている。
 これほど彼が、命を賭して戦っていると言うのに、私はろくに力も貸さずに眺めているだけ。
 これで本当にいいの……?
 彼の力になってあげたい。だけど、もし私が力を抑えきれなくなったら……?
(……感情に従えばいいのか、感情を抑えればいいのか。力を増していく神機を制し続けるには、どちらが正解なのか?)
 答えは出ない。だから私は、傷ついていく彼を眺めているだけ。
 二人で乗り越えていくと言ったのに、私は彼の力に縋っているだけ。
 そんな彼の姿を見る程に、私の胸は苦しくなって……
「――!?」
(……っ、駄目!)
 また、神機の状態が不安定になった。
 私のせいで、セイさんに迷惑をかけてしまう。
 抑えないと。押さえつけないと……
 感情を押し殺して。ただ神機として……
 それで問題はないはず。だって私はもともと……私は……
(私は…………)


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