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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-2話~
「アラガミの増加率がまた上がっているんですか」
「ああ……残念ながら、その傾向がはっきりしてきた」
リュウが念を入れるように確認すると、クロエはしっかりと頷いた。
予めゴドーから聞き及んでいた話ではあるが、どうも状況は芳しくないようだ。
「レイラには悪いが、巡回討伐スケジュールを以前の状態に戻す」
「それは問題ありませんけど……原因が気になります」
「ネブカドネザルの探知は以前と同じ方式でやっているが、現時点では痕跡が無い」
そう口にしたのはゴドーだった。その言葉に、司令室のどこかからため息が漏れる。
……やはり、皆真っ先に思い浮かぶのはヤツの姿か。
「ネブカドネザルが本気で隠れているなら、そう易々と探知に引っかかるとも思えないけどね」
「それはあの個体なら、という話でしょう? 新たな個体があのレベルまで成長するには、さすがに時間がかかるはずよ」
「だったら、はじめからネブカドネザルは二体いたとすればどうだ?」
ネブカドネザルは双子だった、か。それが真相ならゾッとする話だが……
「……その可能性は低いだろうな」
「何故そう思う?」
俺が答えると、クロエが鋭い視線をこちらに向けた。
どう答えるべきか……俺は少し考える。
ネブカドネザルを倒した瞬間に見た光景については、クロエには話していない情報だ。
ゴドーが彼女に話したかどうかも不明瞭だし、彼らの争いに深入りしたくはない。
「……ネブカドネザルが二体いたなら、彼らは真っ先に共喰いをはじめたでしょう」
「なるほど……ユニークな回答だが、存外的を射ているかもしれん」
クロエはそう言って、愉快そうに目を細めた。
ヤツにとって、自分以外のアラガミは全て餌でしかなかった。ウロヴォロスやクベーラまで喰おうとしていたほど食欲旺盛なヤツに、仲間意識や譲り合いの精神があるとも思えない。
話を聞いていたリュウが、一つ息を吐いてから周りを見渡す。
「……ネブカドネザルについては、考えていてもキリがありませんよ。仮にネブカドネザルの存在を除外した場合、どんな可能性が考えられますか?」
そんなリュウの言葉に対し、レイラは極めて明瞭に言葉を返した。
「だとしたら、アラガミを呼ぶなんてことができるのは、リマリアだけなのでは?」
「……っ!」
レイラの言葉に、俺は虚を突かれるような思いがした。
しかしレイラは無遠慮に、睨みつけるようにして俺に視線を向ける。
……実際、はっきりと口にしなかっただけで、この場にいた全員が考えていたはずだ。
ネブカドネザル対策の一環として、リマリアはヤツの能力を分析し、再現してみせた。
実際にアラガミを呼び寄せたこともある。……リマリアに疑いの目を向けるのは、当然のことだ。
だが……
皆の視線がこちらに集まったところで、リマリアが姿を現した。
リマリアはレイラのほうをまっすぐに向き、ゆっくりと答えた。
「私にアラガミを呼ぶ能力があるのは事実です。しかし、私は呼んでいません」
リマリアははっきりと否定してみせる。動揺もなければ怒りを隠している様子もない。
ただ淡々と、事実を口にしたという雰囲気だ。
その言葉を聞いたレイラは、表情を緩めることなく、一つ頷きを返してみせた。
「そうですか。……それが確認できればよかった、それだけです」
端的にそれだけを口にすると、レイラは素早く踵を返した。
「では巡回討伐があるので、わたくしはお先に失礼します」
そのままレイラが部屋から出ていくまで、誰もがその背中を静かに眺めていた。
「あっさりしたものだな」
「ああ。最初から疑ってなどいなかったな、あれは」
ゴドーの言葉に呼応して、クロエが愉快そうに言う。
「レイラ……」
一方リマリアは、いつまでも物言いたげに、レイラの出ていった扉を見つめ続けていた。
久しぶりに単独での出撃になった。
静かな戦場は久しぶりだが、仕方がない。アラガミの数が増えた以上、必然的に戦力を分散させていく必要がある。
……それに、俺にはこの神機もあるからな。
一人でも十二分に戦力になると判断されただろうし……最近は、第一部隊以外のゴッドイーターが俺を避けているという噂もある。
ドロシーに聞いた話だが、ヒマラヤ支部には、無尽蔵の体力を持ち、返り血を浴びても表情一つ変えずにアラガミを葬り続ける、殺戮機械のようなゴッドイーターがいるらしい。
曰く、そいつは命令違反の常習犯で、常に誰より先に敵に向かっていく戦闘狂。極東支部の激しい戦いのなかで感情を失ったその男は、強力なアラガミを殺すときにしか笑わないらしい。
その異常性を危険視され、ヒマラヤ支部に隔離された男の名は、八神セイ。
……でたらめな内容の割に、事実無根とも言い切れないのが辛いところだ。
そいつがアラガミ増加の元凶かもしれないとまで噂されれば、誰も好んで近づきはしないか。
「…………」
しかしまあ、俺の隣には今もリマリアがいてくれる。
どんな状況でも一人にならずに済む辺り、俺は相当恵まれていると言えるだろう。
(そのリマリアも、最近は黙ってばかりだが……)
「あの……」
そんなことを考えていたところで、不意にリマリアが話しかけてきた。
「どうかしたのか?」
彼女から声をかけてきたのは、かなり久しぶりのことだ。
俺は内心驚きながらも、努めて冷静にリマリアに尋ねた。
「はい……アラガミが増えている原因ですが、あなたは何だと思いますか?」
リマリアはそう口にして、真剣な表情で俺を見つめてくる。
どうやら出撃前の司令室でのやりとりが、未だに気にかかっているらしいが……
「俺は……なんでもいい」
「えっ?」
答えると、意表を突かれたというように、リマリアが言葉を詰まらせた。
「それは、何故ですか……?」
「……アラガミが増えた原因がなんだろうと、俺には関係ないからな」
「関係ない……ですか?」
「ああ」
短く答えて、リマリアの姿をまっすぐに見ると、その瞳は不安そうに揺れていた。
……レイラに対し、『アラガミを呼んでいない』とはっきり口にした彼女だが、それでも心配なのだろう。
自身の能力が、いつ周囲を傷つけてもおかしくないのだ。
アラガミ増加のことだって、彼女自身が感知できていないだけで、まったくの無関係ではないのかもしれない。
疑ってかかれば、悪い仮定などいくらでもできる。俺だって、リマリアがアラガミ増加の原因ではないと、言い切ることなど出来はしない。
だが……だったら尚更なんでもいい。
どのみち、俺の答えはすでに決まっていた。
「何があっても、ふたりで乗り越えるだけだ」
「……っ」
リマリアは息を吐き出し、それから僅かに喉を動かした。
「それだけ……ですか?」
「ああ、それだけだ」
頷く。……こんなことは、ごく単純な話だ。
障害があるなら跳ね除ければいい。力が足りないなら、重ね合わせればいい。
俺の手の先には彼女がいるし、彼女の手の先には――
「同じ、です……それだけでいいと、私も……」
リマリアはじっと俺を見つめながら、熱っぽく息を吐き出していく。
その目尻の端から、ぼろぼろと涙が溢れはじめる。上気した頬を歪めながら、苦しみ喘ぐように下唇を震わせる。
それでもリマリアは、端正な顔立ちをくしゃくしゃに歪めながらも目を逸らさずに俺を見ていた。
そうして震える喉を必死に押さえつけ、なんとかその、たったの二音を紡ぎ出す。
「……はい」
かすれた声でそれだけを言うと、リマリアはその場で俯き、嗚咽を漏らしはじめた。
そんな彼女の姿を見て――俺は彼女をはじめてみた時のことを思い出していた。
マリアを喪い、焦って自暴自棄になっていた俺をここまで導いてくれたのは、紛れもなく彼女だ。
彼女に近づくために、戦い続けた。彼女を知るために、生き残らなければと強く思った。
そうでなければ、俺は今頃どこかで――
(……そうか。初めてその姿を見た瞬間から、俺はリマリアに救われていたんだ……)
共に戦い、共に生きてきた時間はまだ短い。
だが、神機と神機使いが一つとなったものをゴッドイーターと呼ぶならば……
他に答えなどあろうか。
これからも俺は、ずっと彼女と共にあるのだろう。
「ゴドー隊長! 待ってくださいよ!」
天井の低い坑道のなかで、僕の声が反響する。
隊長の耳に届かなかったはずもないが、彼は応えずに奥へと進んでいく。
「まったく……」
入り口付近のアラガミをろくに駆除せず来たせいで、背後からは次々に小型種、中型種が襲い掛かってくる。僕はそいつらの相手をしながら、悠々と先を行く隊長の背中を追っていた。
……だけど、改めてゴドー隊長の采配は素晴らしい。
坑道奥に潜む強力なアラガミはゴドー隊長、背後から迫る大量の雑魚は僕……と、前衛後衛の役割分担も自然とできているし、これなら狭い坑道の中で、互いがぶつかり合うようなこともない。
勿論、面倒な雑魚の相手を押し付けられている感もあるものの……効率を考えれば、これ以上ない戦い方だ。
おかげでものの一時間という内に、僕たちは広い坑道の最奥にまで辿り着き、アラガミ討伐の任務を終えることができた。
「……本当に、ゴドー隊長には敵いませんね」
「なんのことだ?」
すぐに踵を返し、坑道の入口へと進みはじめた隊長に声をかけると、彼もやっと答えてくれた。
「指揮能力のことですよ。最近は八神さ……隊長補佐を支部最強と推す声も大きいですが、僕は断然、ゴドー隊長に票を入れますね」
「それは結構。しかし、逆張りもほどほどにしておかないと、判断力の欠如を疑われるぞ」
茶化すような隊長の言葉に、胸の内側が少しざわめく。
「僕は本気ですよ。強いゴッドイーターとはどんな人間か……定義の仕方はいろいろありますが、僕は生き残る能力の高い人間だと思っています」
「その理屈だと、ロートルは皆英雄になるな」
「少なくとも、隊長はそうです。高度な戦闘技術に加え、狡猾さ、計算高さ、駆け引きの上手さ……それがあるから、隊長は今日まで生きている訳でしょう」
僕がそう言うと、隊長は少し困ったように頭を掻いた。
それから声のトーンを落とし、ため息交じりに言葉を続ける。
「俺は死にそびれてきただけだ。技術やずる賢さなんてものは、後からいくらでもついてくる」
「……隊長?」
いつもより真剣な声色のゴドー隊長に、少し戸惑う。
背中越しだとその表情までは窺えないが……
「……強いゴッドイーターとはどんな人間か、だったな。……まず前提が間違っている」
そこでゴドー隊長は立ち止まり、こちらに向けて振り返った。
「俺に言わせれば、強いゴッドイーターとは化け物のことだ」
「……」
遊びのない、真剣なゴドー隊長の言葉が、胸の奥にすとんと落ちてくる。
この世界で化け物という言葉が使われるとき、ほとんどの場合はアラガミを指す。それに近い能力を持つ人物は、ヒマラヤ支部内に一人しかいない。
「……ゴドー隊長は、リマリアさんがアラガミを呼んでいる可能性はあると考えますか?」
ふと不安になり、僕は彼に尋ねてみた。
前々から感じていたことだ。……常軌を逸したリマリアさんの能力。それを操る八神さんの強化された身体能力。それに、スサノオを倒したという、アビスオーバードライブ……
僕はその場に居合わせなかったが、帰還後、その話をするレイラの足はわずかに震えていた。
彼女や彼の持つ力は、人間のものというよりも、むしろ……
「そうだな……もしリマリアが敵なら、ヒマラヤ支部はとっくに滅んでいた。俺の答えはそれだ」
隊長は迷う素振りもなしに、言い切ってみせる。
それ自体はポジティブな発言に思えたが……彼が口にした敵という単語は、坑道の中に重く響き渡った気がした。
「……しかし、リマリアさんにはアラガミを呼ぶ能力があり、能力を使ったかどうかはリマリアさん本人にしか分からない」
確かめるようにして口にする。ゴドー隊長は、僕の言葉を否定しなかった。
それを見てから、僕は慎重に言葉を重ねた。
「完全に信用していいのか……」
その瞬間、ゴドーが鋭く言葉を返す。
「じゃあ、逃げるか?」
「えっ」
「いまや彼女の力なしに、ヒマラヤ支部は存続できん。ならばポルトロン氏のように、ここを放棄するのも一つの選択肢だ」
「それは……」
おそらくヒマラヤ支部の誰もが、一度は考えたことがあるだろう。
いまやポルトロンは臆病者、恥さらしの代名詞となっているが……生きるために、全てを放棄し逃げ出したくなる気持ちは理解できる。
彼のように何もかも捨ててヒマラヤ支部から逃げられれば、それはそれで楽なのかもしれない。
だが……
「……支部の壁と住民を守るのが僕の役目、背負っている責任です。逃げるなんてあり得ませんよ」
僕は既に知ってしまっていた。ヒマラヤ支部には、たくさんの人間が住んでいることを。
そしてその誰もが懸命に今日を生き、よく笑い、よく怒るのだということを。
……それを知ったうえで、一人で逃げ出すなんてできるはずもない。
もしかすると、隊長から見れば愚かな選択なのかもしれないけど……
「そうか」
隊長は淡々と言って、ニヤリと口の端を歪めてみせた。
そのまま隊長は踵を返し、再び歩きはじめたが……僕は彼に、自分の選択を肯定してもらえたような気がしていた。
「まあ、以前の僕であれば、きっと違う答えを口にしていたと思いますが」
その背中を追いかけていると、自然と言葉が口をついて出た。
「……実は以前、隊長補佐の神機を手に入れて、実家へ持ち帰ろうと狙っていた頃もあったんですよ」
「ん?」
僕の言葉を聞いた隊長が、間の抜けた声を出して振り返る。
少し動揺するが、今さら隠すようなことでもない。そう思った僕は、肩をすくめつつ話を続けた。
「すぐに、あんなものが僕の手に負えるはずがないと気づいてやめましたよ。彼とリマリアさんは恩人ですから、裏切りたくもないですしね」
「…………」
そうして話すと、ゴドー隊長は真剣な表情をしたまま黙り込む。
その姿を見て、急に僕は自分の発言が不安になった。
「その、ゴドー隊長には話しておかなくてはと思って……」
言い訳がましく口にしながら、隊長の顔色を窺った。
考えてみれば未遂とはいえ、犯罪の自白だ。
まともな上官なら、然るべき処分を下すところだろうが……
「ふっ……」
そこで隊長は口元を歪め――
「ふふふ……はははっ!! はははははっ!!」
そのまま大声をあげて笑った。
「え……隊長……?」
「いや、すまない! あの神機を君が持ち帰ったら、君の父上殿はどんな顔をするだろうと思ってな!」
「え……!?」
ゴドー隊長は詫びるように言って、そのまま腹を抱えて笑い続ける。
暗い坑内のなかを、彼の笑い声が木霊する。
彼は心底楽しそうにしているが、僕にしてみれば笑い終わるまで待ってはいられない。
「どういう意味です!? ゴドー隊長は、僕の父と何か関係が……!?」
ゴドー隊長が僕の父のことを知っているなど、初耳だった。
それに隊長は、何かを知っているような口ぶりでもあった。
僕の知らない、父の秘密を……
「いやなに……シンガポール帰りに中国支部に寄って、ちょっと会っただけだ」
「ええ……!?」
隊長は笑いをこらえるようにしながら、さらりと言う。
そしてそのまま、再び僕のほうへと向き直った。
「そうだな……そろそろリュウには、土産を渡す頃合いか」
「アラガミの増加率がまた上がっているんですか」
「ああ……残念ながら、その傾向がはっきりしてきた」
リュウが念を入れるように確認すると、クロエはしっかりと頷いた。
予めゴドーから聞き及んでいた話ではあるが、どうも状況は芳しくないようだ。
「レイラには悪いが、巡回討伐スケジュールを以前の状態に戻す」
「それは問題ありませんけど……原因が気になります」
「ネブカドネザルの探知は以前と同じ方式でやっているが、現時点では痕跡が無い」
そう口にしたのはゴドーだった。その言葉に、司令室のどこかからため息が漏れる。
……やはり、皆真っ先に思い浮かぶのはヤツの姿か。
「ネブカドネザルが本気で隠れているなら、そう易々と探知に引っかかるとも思えないけどね」
「それはあの個体なら、という話でしょう? 新たな個体があのレベルまで成長するには、さすがに時間がかかるはずよ」
「だったら、はじめからネブカドネザルは二体いたとすればどうだ?」
ネブカドネザルは双子だった、か。それが真相ならゾッとする話だが……
「……その可能性は低いだろうな」
「何故そう思う?」
俺が答えると、クロエが鋭い視線をこちらに向けた。
どう答えるべきか……俺は少し考える。
ネブカドネザルを倒した瞬間に見た光景については、クロエには話していない情報だ。
ゴドーが彼女に話したかどうかも不明瞭だし、彼らの争いに深入りしたくはない。
「……ネブカドネザルが二体いたなら、彼らは真っ先に共喰いをはじめたでしょう」
「なるほど……ユニークな回答だが、存外的を射ているかもしれん」
クロエはそう言って、愉快そうに目を細めた。
ヤツにとって、自分以外のアラガミは全て餌でしかなかった。ウロヴォロスやクベーラまで喰おうとしていたほど食欲旺盛なヤツに、仲間意識や譲り合いの精神があるとも思えない。
話を聞いていたリュウが、一つ息を吐いてから周りを見渡す。
「……ネブカドネザルについては、考えていてもキリがありませんよ。仮にネブカドネザルの存在を除外した場合、どんな可能性が考えられますか?」
そんなリュウの言葉に対し、レイラは極めて明瞭に言葉を返した。
「だとしたら、アラガミを呼ぶなんてことができるのは、リマリアだけなのでは?」
「……っ!」
レイラの言葉に、俺は虚を突かれるような思いがした。
しかしレイラは無遠慮に、睨みつけるようにして俺に視線を向ける。
……実際、はっきりと口にしなかっただけで、この場にいた全員が考えていたはずだ。
ネブカドネザル対策の一環として、リマリアはヤツの能力を分析し、再現してみせた。
実際にアラガミを呼び寄せたこともある。……リマリアに疑いの目を向けるのは、当然のことだ。
だが……
皆の視線がこちらに集まったところで、リマリアが姿を現した。
リマリアはレイラのほうをまっすぐに向き、ゆっくりと答えた。
「私にアラガミを呼ぶ能力があるのは事実です。しかし、私は呼んでいません」
リマリアははっきりと否定してみせる。動揺もなければ怒りを隠している様子もない。
ただ淡々と、事実を口にしたという雰囲気だ。
その言葉を聞いたレイラは、表情を緩めることなく、一つ頷きを返してみせた。
「そうですか。……それが確認できればよかった、それだけです」
端的にそれだけを口にすると、レイラは素早く踵を返した。
「では巡回討伐があるので、わたくしはお先に失礼します」
そのままレイラが部屋から出ていくまで、誰もがその背中を静かに眺めていた。
「あっさりしたものだな」
「ああ。最初から疑ってなどいなかったな、あれは」
ゴドーの言葉に呼応して、クロエが愉快そうに言う。
「レイラ……」
一方リマリアは、いつまでも物言いたげに、レイラの出ていった扉を見つめ続けていた。
久しぶりに単独での出撃になった。
静かな戦場は久しぶりだが、仕方がない。アラガミの数が増えた以上、必然的に戦力を分散させていく必要がある。
……それに、俺にはこの神機もあるからな。
一人でも十二分に戦力になると判断されただろうし……最近は、第一部隊以外のゴッドイーターが俺を避けているという噂もある。
ドロシーに聞いた話だが、ヒマラヤ支部には、無尽蔵の体力を持ち、返り血を浴びても表情一つ変えずにアラガミを葬り続ける、殺戮機械のようなゴッドイーターがいるらしい。
曰く、そいつは命令違反の常習犯で、常に誰より先に敵に向かっていく戦闘狂。極東支部の激しい戦いのなかで感情を失ったその男は、強力なアラガミを殺すときにしか笑わないらしい。
その異常性を危険視され、ヒマラヤ支部に隔離された男の名は、八神セイ。
……でたらめな内容の割に、事実無根とも言い切れないのが辛いところだ。
そいつがアラガミ増加の元凶かもしれないとまで噂されれば、誰も好んで近づきはしないか。
「…………」
しかしまあ、俺の隣には今もリマリアがいてくれる。
どんな状況でも一人にならずに済む辺り、俺は相当恵まれていると言えるだろう。
(そのリマリアも、最近は黙ってばかりだが……)
「あの……」
そんなことを考えていたところで、不意にリマリアが話しかけてきた。
「どうかしたのか?」
彼女から声をかけてきたのは、かなり久しぶりのことだ。
俺は内心驚きながらも、努めて冷静にリマリアに尋ねた。
「はい……アラガミが増えている原因ですが、あなたは何だと思いますか?」
リマリアはそう口にして、真剣な表情で俺を見つめてくる。
どうやら出撃前の司令室でのやりとりが、未だに気にかかっているらしいが……
「俺は……なんでもいい」
「えっ?」
答えると、意表を突かれたというように、リマリアが言葉を詰まらせた。
「それは、何故ですか……?」
「……アラガミが増えた原因がなんだろうと、俺には関係ないからな」
「関係ない……ですか?」
「ああ」
短く答えて、リマリアの姿をまっすぐに見ると、その瞳は不安そうに揺れていた。
……レイラに対し、『アラガミを呼んでいない』とはっきり口にした彼女だが、それでも心配なのだろう。
自身の能力が、いつ周囲を傷つけてもおかしくないのだ。
アラガミ増加のことだって、彼女自身が感知できていないだけで、まったくの無関係ではないのかもしれない。
疑ってかかれば、悪い仮定などいくらでもできる。俺だって、リマリアがアラガミ増加の原因ではないと、言い切ることなど出来はしない。
だが……だったら尚更なんでもいい。
どのみち、俺の答えはすでに決まっていた。
「何があっても、ふたりで乗り越えるだけだ」
「……っ」
リマリアは息を吐き出し、それから僅かに喉を動かした。
「それだけ……ですか?」
「ああ、それだけだ」
頷く。……こんなことは、ごく単純な話だ。
障害があるなら跳ね除ければいい。力が足りないなら、重ね合わせればいい。
俺の手の先には彼女がいるし、彼女の手の先には――
「同じ、です……それだけでいいと、私も……」
リマリアはじっと俺を見つめながら、熱っぽく息を吐き出していく。
その目尻の端から、ぼろぼろと涙が溢れはじめる。上気した頬を歪めながら、苦しみ喘ぐように下唇を震わせる。
それでもリマリアは、端正な顔立ちをくしゃくしゃに歪めながらも目を逸らさずに俺を見ていた。
そうして震える喉を必死に押さえつけ、なんとかその、たったの二音を紡ぎ出す。
「……はい」
かすれた声でそれだけを言うと、リマリアはその場で俯き、嗚咽を漏らしはじめた。
そんな彼女の姿を見て――俺は彼女をはじめてみた時のことを思い出していた。
マリアを喪い、焦って自暴自棄になっていた俺をここまで導いてくれたのは、紛れもなく彼女だ。
彼女に近づくために、戦い続けた。彼女を知るために、生き残らなければと強く思った。
そうでなければ、俺は今頃どこかで――
(……そうか。初めてその姿を見た瞬間から、俺はリマリアに救われていたんだ……)
共に戦い、共に生きてきた時間はまだ短い。
だが、神機と神機使いが一つとなったものをゴッドイーターと呼ぶならば……
他に答えなどあろうか。
これからも俺は、ずっと彼女と共にあるのだろう。
「ゴドー隊長! 待ってくださいよ!」
天井の低い坑道のなかで、僕の声が反響する。
隊長の耳に届かなかったはずもないが、彼は応えずに奥へと進んでいく。
「まったく……」
入り口付近のアラガミをろくに駆除せず来たせいで、背後からは次々に小型種、中型種が襲い掛かってくる。僕はそいつらの相手をしながら、悠々と先を行く隊長の背中を追っていた。
……だけど、改めてゴドー隊長の采配は素晴らしい。
坑道奥に潜む強力なアラガミはゴドー隊長、背後から迫る大量の雑魚は僕……と、前衛後衛の役割分担も自然とできているし、これなら狭い坑道の中で、互いがぶつかり合うようなこともない。
勿論、面倒な雑魚の相手を押し付けられている感もあるものの……効率を考えれば、これ以上ない戦い方だ。
おかげでものの一時間という内に、僕たちは広い坑道の最奥にまで辿り着き、アラガミ討伐の任務を終えることができた。
「……本当に、ゴドー隊長には敵いませんね」
「なんのことだ?」
すぐに踵を返し、坑道の入口へと進みはじめた隊長に声をかけると、彼もやっと答えてくれた。
「指揮能力のことですよ。最近は八神さ……隊長補佐を支部最強と推す声も大きいですが、僕は断然、ゴドー隊長に票を入れますね」
「それは結構。しかし、逆張りもほどほどにしておかないと、判断力の欠如を疑われるぞ」
茶化すような隊長の言葉に、胸の内側が少しざわめく。
「僕は本気ですよ。強いゴッドイーターとはどんな人間か……定義の仕方はいろいろありますが、僕は生き残る能力の高い人間だと思っています」
「その理屈だと、ロートルは皆英雄になるな」
「少なくとも、隊長はそうです。高度な戦闘技術に加え、狡猾さ、計算高さ、駆け引きの上手さ……それがあるから、隊長は今日まで生きている訳でしょう」
僕がそう言うと、隊長は少し困ったように頭を掻いた。
それから声のトーンを落とし、ため息交じりに言葉を続ける。
「俺は死にそびれてきただけだ。技術やずる賢さなんてものは、後からいくらでもついてくる」
「……隊長?」
いつもより真剣な声色のゴドー隊長に、少し戸惑う。
背中越しだとその表情までは窺えないが……
「……強いゴッドイーターとはどんな人間か、だったな。……まず前提が間違っている」
そこでゴドー隊長は立ち止まり、こちらに向けて振り返った。
「俺に言わせれば、強いゴッドイーターとは化け物のことだ」
「……」
遊びのない、真剣なゴドー隊長の言葉が、胸の奥にすとんと落ちてくる。
この世界で化け物という言葉が使われるとき、ほとんどの場合はアラガミを指す。それに近い能力を持つ人物は、ヒマラヤ支部内に一人しかいない。
「……ゴドー隊長は、リマリアさんがアラガミを呼んでいる可能性はあると考えますか?」
ふと不安になり、僕は彼に尋ねてみた。
前々から感じていたことだ。……常軌を逸したリマリアさんの能力。それを操る八神さんの強化された身体能力。それに、スサノオを倒したという、アビスオーバードライブ……
僕はその場に居合わせなかったが、帰還後、その話をするレイラの足はわずかに震えていた。
彼女や彼の持つ力は、人間のものというよりも、むしろ……
「そうだな……もしリマリアが敵なら、ヒマラヤ支部はとっくに滅んでいた。俺の答えはそれだ」
隊長は迷う素振りもなしに、言い切ってみせる。
それ自体はポジティブな発言に思えたが……彼が口にした敵という単語は、坑道の中に重く響き渡った気がした。
「……しかし、リマリアさんにはアラガミを呼ぶ能力があり、能力を使ったかどうかはリマリアさん本人にしか分からない」
確かめるようにして口にする。ゴドー隊長は、僕の言葉を否定しなかった。
それを見てから、僕は慎重に言葉を重ねた。
「完全に信用していいのか……」
その瞬間、ゴドーが鋭く言葉を返す。
「じゃあ、逃げるか?」
「えっ」
「いまや彼女の力なしに、ヒマラヤ支部は存続できん。ならばポルトロン氏のように、ここを放棄するのも一つの選択肢だ」
「それは……」
おそらくヒマラヤ支部の誰もが、一度は考えたことがあるだろう。
いまやポルトロンは臆病者、恥さらしの代名詞となっているが……生きるために、全てを放棄し逃げ出したくなる気持ちは理解できる。
彼のように何もかも捨ててヒマラヤ支部から逃げられれば、それはそれで楽なのかもしれない。
だが……
「……支部の壁と住民を守るのが僕の役目、背負っている責任です。逃げるなんてあり得ませんよ」
僕は既に知ってしまっていた。ヒマラヤ支部には、たくさんの人間が住んでいることを。
そしてその誰もが懸命に今日を生き、よく笑い、よく怒るのだということを。
……それを知ったうえで、一人で逃げ出すなんてできるはずもない。
もしかすると、隊長から見れば愚かな選択なのかもしれないけど……
「そうか」
隊長は淡々と言って、ニヤリと口の端を歪めてみせた。
そのまま隊長は踵を返し、再び歩きはじめたが……僕は彼に、自分の選択を肯定してもらえたような気がしていた。
「まあ、以前の僕であれば、きっと違う答えを口にしていたと思いますが」
その背中を追いかけていると、自然と言葉が口をついて出た。
「……実は以前、隊長補佐の神機を手に入れて、実家へ持ち帰ろうと狙っていた頃もあったんですよ」
「ん?」
僕の言葉を聞いた隊長が、間の抜けた声を出して振り返る。
少し動揺するが、今さら隠すようなことでもない。そう思った僕は、肩をすくめつつ話を続けた。
「すぐに、あんなものが僕の手に負えるはずがないと気づいてやめましたよ。彼とリマリアさんは恩人ですから、裏切りたくもないですしね」
「…………」
そうして話すと、ゴドー隊長は真剣な表情をしたまま黙り込む。
その姿を見て、急に僕は自分の発言が不安になった。
「その、ゴドー隊長には話しておかなくてはと思って……」
言い訳がましく口にしながら、隊長の顔色を窺った。
考えてみれば未遂とはいえ、犯罪の自白だ。
まともな上官なら、然るべき処分を下すところだろうが……
「ふっ……」
そこで隊長は口元を歪め――
「ふふふ……はははっ!! はははははっ!!」
そのまま大声をあげて笑った。
「え……隊長……?」
「いや、すまない! あの神機を君が持ち帰ったら、君の父上殿はどんな顔をするだろうと思ってな!」
「え……!?」
ゴドー隊長は詫びるように言って、そのまま腹を抱えて笑い続ける。
暗い坑内のなかを、彼の笑い声が木霊する。
彼は心底楽しそうにしているが、僕にしてみれば笑い終わるまで待ってはいられない。
「どういう意味です!? ゴドー隊長は、僕の父と何か関係が……!?」
ゴドー隊長が僕の父のことを知っているなど、初耳だった。
それに隊長は、何かを知っているような口ぶりでもあった。
僕の知らない、父の秘密を……
「いやなに……シンガポール帰りに中国支部に寄って、ちょっと会っただけだ」
「ええ……!?」
隊長は笑いをこらえるようにしながら、さらりと言う。
そしてそのまま、再び僕のほうへと向き直った。
「そうだな……そろそろリュウには、土産を渡す頃合いか」