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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 第十章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~10章-11話~
「大層な数だ……ロシアで見た地平線ほどではないが」
 雪崩のように押し寄せてくるアラガミをみて、郷愁を覚えるというのもおかしな話だ。
『クロエ支部長! 隊長補佐とリマリアが間もなく到着します!』
「そうか、早いな」
 カリーナからの通信に淡々と返す。
 本音を言えば、さほど意外とも感じていなかった。
 今の八神セイと彼女であれば――
 いや、今の状態の神機であれば、それくらいはできて当然だ。
 そうして考えながら、近づいてきた輩の命を刈り取っていく。
「ガアアアアアアアアアッ!?」
「……ぬるいな」
 鍛錬が足らん……などとアラガミに言っても仕方がないか。
 しかし訓練をはじめたばかりのレイラにも劣るワンパターンの突貫攻撃には、辟易してくるのもまた確かだ。
『あの、そちらの戦線は問題……ないようですね』
「ああ、何度も経験した状況だ。対応は心得ているさ」
『ロシアでは、そんなに厳しい戦いを何度も?』
 興味深そうに聞いてくるカリーナに、私は淡々と答える。
「ツキもあったのだろうな、今も生きているというのは」
『……』
 私の答えに、カリーナはわずかに黙り込む。
 ……まあ、疑うなとは言わんがな。当然嘘をついたつもりはない。
 偶然舞い込んでくる運やツキ……私が今この場にいるのは、それのおかげだ。
 まあ、そのツキを逃さず掴み取る努力を、怠ったとは思わないがな。
 ――さて。彼らの場合はどうだろうな?
 機を逃さず、それを勝ち取ってみせるのか。
 それとも……
「一度、二人に会っておきたい。ここへ誘導してくれ」
『分かりました』
 回線が切断されたのを確認してから、私はゆっくりと息を吐いた。
「さて……と」
 計画もいよいよ大詰めだ。
 私の目指したものが正しかったのかどうか――答えは間もなく出るだろう。
 成功の可否を決める鍵を、他者に委ねるのは性に合わんがな……

「お待たせしました、クロエ支部長」
 しばらくした後、私の前に二人が立った。
「ご無事でしたか」
 そう口にする八神の様子を、私は静かに観察する。
「ああ。こちらは問題ない。君たちはどうか?」
「まだまだやれます……!」
 リマリアの言葉に、八神も頷く。
「……ふむ」
 値踏みするように、足元から彼の身体を確認していく。
 傷は浅くない……が、痛みは感じていないようだな。
 血みどろの格好は一見派手だが、そのほとんどは返り血のようだ。
 この状況下でも致命傷は的確に避けてきたように見える。
 彼が自覚的にそうしたのか、無意識にそうしていたのかは定かではないが――
 ……しかしあれだな。
 こうもあからさまに観察しているのに、直立不動のまま、身じろぎもしないというのは気味が悪い。
 それに――
「…………」
 そのまま顔を上げ、彼の表情に目を向ける。
 すると彼は、ギラギラとした目でただ静かに、私のことを見つめ続けていた。
(ふっ……久しぶりだよ。こうまで剥き出しの敵愾心を向けられるのはな)
「あの……セイさん」
「――っ。……あ、ああ」
 リマリアの問いかけを受け、八神が驚いた表情を見せる。
 まるで私がここにいると、初めて気が付いたような様子だ。
(……これくらいのことは想定している)
 あれだけアラガミを喰ってきたのだ。どこかで異常をきたすことは織り込み済み……
 肝心なのはこの後だ。
 上手くいくのかどうか、確率は半分といったところだが――
「あの……?」
「いや――やり遂げよう。私からは以上だ」
「――っ、はい!」
 私の言葉に、彼らは揃ってと頷いてみせた。
 それと同時、八神はリマリアすらも置き去りに戦場へ向かう。
「あっ……セイさん!」
「……」
 慌てて追いかけるリマリアを見ながら、私は静かに考える。

 ……そうか。
 いよいよ私も、ツキに見放されたらしい。



「――セイさん、セイさん!」
「ん……?」
 リマリアに返答したことで、わずかに反応が遅れる。
「ハオオオオオオオオオオ!!」
「――っ」
 だが、一瞬では足りなかったな。今の俺には追い付けない。
 迫りくる不気味な面のアラガミの攻撃をかわし、逆に一撃を喰らわせる。
 それから落ち着いて、標的の姿を確認していく。
 プリティヴィ・マータ……獣の身体に女神のような巨大な顔が張り付いた、不気味なアラガミだ。
 資料で確認したことはあるが、直接相手取るのは初めてになる。
 どんな味がするのか――楽しみだな。
「セイさん……どうしてしまったんですか?」
「……」
「今日のセイさんは、おかしいです。まるで戦うこと以外、何も目に入っていないみたい……」
「……」
「まさかこの神機の……――私のせい?」
「……」
 獲物との戦いに興じるうちに、背後を狙って他のアラガミが近づいてくる。
 ヴァジュラ、テスカトリポカ、ウコン・バサラ、グボロ・グボロ――
 本当に、選り取り見取りだ。
 ヤツらは俺を喰おうとこぞって群がり、牙を向けてくるが……本当のところを理解していない。
 牙を向けているのはこの俺だ。
 ヤツらは皆、俺が喰らう為に呼んだのだ――

「……っ。アビスファクター・レディ」
 俺の意志をくみ取って、神機が光を放ち始める。
 俺の身体から放たれる殺気を、神機が喰らい、形にする。

「……――『秘剣・黒死』」

「ガア……ッ!?」
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
「……はは」
「オオオオオオオオオオオオオオ!!」
「はははははははははっ!」
 悪意の渦が、周囲のアラガミを飲み込み、さらに強いものになっていく。
 その心地よさに、気づけば笑みがこぼれていた。
「こんなの……こんなのおかしいです!」
 そんな俺の前に、なぜか彼女が両手を広げて立ちはだかる。
「…………」
「お願いします、セイさん。もう戦うのをやめてください」
 彼女が何を言っているのか、俺には理解できなかった。
 俺たちは戦いの道具だ。
 俺も彼女もこの神機の手足となって、アラガミを殺すためにここにいる。
 それができなければ……俺に何の価値がある?
「このままでは……セイさんは死んでしまいます!」
「……ああ。だろうな」
「……っ」
 アラガミを喰らい、殺すことだけだ。
 その間だけ、俺は生きていると感じられる。生きてもいいと赦される。
 罪を忘れ、弱さに目を背け、地獄の業火に身を投じ……
 そうして俺は、やがて命を燃やし尽くし、この世から消えるのだ。
 今ならば分かる。
 俺はそのために生きてきたと。その瞬間だけをずっと待ち望み生きていたと。
 そしてその時は……もう目の前まで迫っているのだ。
「邪魔をするな、リマリア」
 俺はそう言って、立ちはだかるリマリアを無視し、目の前のアラガミに突っ込んでいく。
「あ――」
 実体のないリマリアに、俺を止められるはずもない。
 彼女の身体をすり抜けて進み、俺はそのまま神機を振るう。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 溢れる感情に従って、ただがむしゃらに戦い続ける。
「――っ」
 その俺の身体に向けて、大きく顎を開いたプリティヴィ・マータが思い切り喰らいついてきた。
 腕の肉が削がれ弧を描きながら血しぶきが舞う。
 が――それで一瞬でも俺の動きが止まると考えたことが、ヤツの敗因だ。
「はははははははははッ――!」
「――!?」
 その愚行を、間違いを……俺は腹の底から嘲笑った。
「ははははははははははははははははははははははッ!!」
 どいつもこいつも、誰が捕喰者なのか穿き違えている。
 だから死ぬ。喰い破られる。

「はあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「……ハォッ――」
 ヤツの叫び声が不自然に途切れる。
 首を失えばそうもなるだろう。不釣り合いだった女神の首と獣の身体が分断され、見栄えとしては良くなったと言える。
 獣の血に濡れた女神像に向け、俺は唾を吐きかけた。
「リマリア、アラガミの捕喰を」
「……はい」
 頷く彼女の表情は見ずに、俺はそのまま次のアラガミに向かっていく。

「……対象のアラガミを捕喰」
「了解」
 敵を殺し、捕喰し、また敵を殺す。
 その繰り返しの中で、俺は摩耗し、その存在そのものが今や尽きようとしている。
「対象のアラガミを捕喰」
「対象のアラガミを捕喰」
 満ち足りた気持ちの中、意識は次第に遠くなっていく。
「対象のアラガミを捕喰」
「対象のアラガミを捕喰」
「対象のアラガミを捕喰」
 そうして熱を失っていく。
 きっと、俺はこのまま死ぬのだろう。そのことが、今はただ心地いい。
 揺り籠のなかで眠る赤子のように――安寧の中に俺の意識は解けていく。

 そうして俺は、不意に後悔の気持ちに襲われた。
……『邪魔をするな』と。
 どうしてリマリアに、あんなひどいことを言ってしまったのだろう。
 たしかに、俺がどうしようと俺の勝手だ。
 だが、俺の身を案じてくれる彼女に対し、あんな言葉をかけていいはずがない。
 ただ自分が赦されるため、苦しみから解放されるために、彼女を傷つけていいはずがないのだ。
(……謝ら、ないと……)
 そう考え、俺はゆっくりとリマリアの姿を探す。

「対■のア■ガミを捕喰」

 しかし、彼女の姿は見当たらない。
 俺の目に映るのは、見渡す限りのアラガミ、アラガミ、アラガミ――
 彼女の姿はどこだ……?
 そう考えた瞬間、俺の思考にノイズが奔る。

「対■■アラ■ミを捕喰」

「……あれ?」
 リマリアの声が、聞こえているはずだ。
 だけど、上手く聞こえない。すぐ近くにいるはずだ。俺の隣に――
 そうすると、俺が決めたはずなのだ。彼女に約束したはずだ!
 なのに――っ

「■■■■!」
「――?」

 どこかで何かが聞こえた気がした。
「…………」
 しかし、その意味までは分からない。
「……え?」
 思考し、状況をあらためて確認すると、身体が急速に冷えていく。
(リマリアの声が聞こえない……おかしくないか、それは?)
 JJが以前に言っていたはずだ。
 俺と神機は直接つながっている。目や耳で彼女を認識している訳ではないのだ。
 それなのに――彼女の姿が見えないとすれば……
 そうして思考する間にも、俺の手の中で神機が大きく口を開いていく。
 醜悪な生物のように膨らんだ神機が、そのままアラガミを捕喰する。
「――ッ!」
 その意味を理解し、青ざめる。
 そもそも今、俺は目の前にいるアラガミを捕喰しようとしたか?
 いや、していない。
 にもかかわらず俺の神機は自ら、アラガミを『喰った』。

「リマリア?」

 何かまずいことが起きている。そもそも状況はどうなっているんだ?
 俺はいつから戦っていて、今どこにいる?
 何も分からない。この戦いが始まってからのことを、俺はほとんど朧げにしか覚えていない――
 レイラは、リュウはどこだ? ゴドーやカリーナたちは……ヒマラヤ支部は無事なのか?
「――ッ! リマリア!」
 振り向いた先に彼女の姿を見つける。
 だが、俺がその名前を呼び掛けた瞬間、彼女の姿は消え失せた。
「……っ!? リマリア……」
 活動限界を越えたのか……?
 いや、まだだ。それに、仮にそうだとしても彼女がそれを俺に報せないとは思えない。

「リマリア!!」
 そうして彼女の名前を呼んだ瞬間、俺の視界が激しく揺れた。
「うっ!?」

 不意に視界が黒に染まる。
 意識ははっきりとしているのに、俺の近くには何もない。
 まるで、世界から俺だけが切り離されたようだった。

「……っ。リマリア!!」

 分かるのは、俺の身体が一切動いていないことと、暗闇の中で何もできずにいることだけ――
 あとは、俺がまだ死んでいないということ。
「リマリア――ッ!!」
 だったら動け――!
 死んでいないなら、まだ生きているというのなら、俺にはやるべきことがあるはずだ!!
 暗闇の中でもがき続ける。
 彼女に謝ることがある。彼女に伝えたいことがある。
 深い闇の中で、俺は彼女の名を叫んだ。



「……悪いほうの予感が当たってしまったな」
 近づくアラガミを屠りながら、私は彼の前に立った。
 地面に倒れ伏せているのは、八神セイ――
 あれだけ無茶な戦いを続けてきたのだ、こうなることも当然だろう。
 周囲にリマリアの姿もない。彼が意識を失えばそれも当然か――
「…………」
 哀れな姿だ。そして、見慣れた姿でもある。
 生涯を戦いに捧げるゴッドイーターが辿る末路は、多少の違いはあれど皆同じ――
 憔悴しきり、暗く沈んだ表情を浮かべたまま、八神セイという少年は命を落としていた。
 再び目を覚ますことがあれば――その時はもはや、彼は人ではないだろう。
 だからそうなる前に――私が引導を渡そう。きっと彼もそれを望むはずだ。

「神機の制御が失われた以上、アラガミになる前に始末しなくてはならない」

 言い訳がましく……あるいは自分に言い聞かせるように、私は静かに口にする。
 この結末は、私が招いたことだ。
 望んだことではなかったとはいえ――彼は私が殺したのだ。
 であれば、クロエ・グレースがすべきことは、懺悔や後悔をすることではない。
「……残念だ」
 己の失敗を自覚しながら、立ち止まらずに為すべきことを為す。
 私が選んだのはそういう道だ。
 地面についていたサイズの柄をスッと持ち上げ、そのまま静かに振りかぶる。
 ――苦しませず、楽に逝かせてやることが、せめてもの手向けだ。
 彼の首元に狙いをつける。
 短い付き合いだが、面白い少年だった。
 別れは惜しいが――さようならだ。

 そうして躊躇なく、神機を振り下ろした時だった。
「ん……」
 八神の身体を包み込んだ光が、私の一撃を阻む。
「なんだこの光は……?」
 キーンという機械音からも、それがアビスファクターに類する力だとは理解できる。
 だが、このような現象を見るのは初めてだった。
 何が起きているのか、皆目見当もつかない。
(どうすべきか――)
 彼と彼女の存在は、文字通りイレギュラーだ。
 私もその全てを把握しきれている訳ではない。
 私の手の中でサイズが疼く。
 この後起こりうる不測の事態を考えれば、今すぐ彼の首を刈り落とすべきだ……これもそう考えているらしい。
 だが――
(……ふっ。私もほとほと賭けごとが好きだな)
 このヒマラヤ支部に来てからは特にそうだ。
 知らぬうちにゴドー君辺りに影響されたか、それとも――
 数々の奇跡を起こしてきたこの少年と少女ならばと……そう思わせる何かが彼らにあるのか。
「ならば見せてみろ……ゴッドイーターの新たな可能性を」
 もし彼らがアラガミに変わるならば、私も無事では済まないだろうな。
 そう考えるが、この場を離れる気にはなれなかった。
 その結果、この身がどうなろうとも……――いずれにせよ、私は見届けると決めた。
 この世界の行く先に何が待ち受けているのか。
 絶望か、それとも――
 きっと彼らは、私にその一端を示してくれるだろう。



 リマリアが視界から消え、俺は今なお暗闇の中にいる。
 相変わらず身体は動かない。そこに身体があるのかどうかさえ分からない。
 完全な無音。何もない、無機質な世界――
 仲間もいない。しかしアラガミはおらず、戦いもない。
 そこは冷たく、そして穏やかな世界でもあった。

 もしかしたら俺は、ずっとこの場所に辿り着くために戦ってきたのかもしれない。
 そう考えると、思考が鈍化し何もかも無くなっていく気がする。
 だが――
「リマリア……どこにいる!」
 俺を繋ぎ止めるのは、彼女の存在だ。
 リマリアが俺の知覚する存在であれば、俺がいなくなればそのまま彼女も消えてしまう。
 そんなのは嫌だ。
 彼女がこのまま消えていいはずがない。
 リマリアは、よく考え、よく悩み、よく笑うんだ。――俺よりずっと、人間らしい子なんだ。
 彼女には未来がある。それが奪われていいはずがない。
 彼女と共に、仲間たちの元に帰りたい。
 それが今の俺が持つ、唯一の望みだ。

(本当にそうか……?)
 頭の中で、まったく違う考えが首をもたげる。
 一人はいい。
 他者と比べられることもなく、傷つけられることもない。
 仲間たちの存在は、ずっと重荷になっていたはずだ。
 自尊心の高いレイラ、身勝手なリュウ。ゴドーやクロエの無茶な命令で、何度命を落としかけたか。カリーナやドロシー、JJたちと話していると、上手く馴染めず苦しくなるし、マリアは俺に劣等感と深い悲しみを教えてくれた。
 思い返せば、人と関わってよかったことなど一つもない。
 俺を救ってくれたのは、いつも戦場だけだった。
 アラガミと向き合っているときだけは、俺は他の何も考えずに済む。
 俺と敵の息遣いだけが世界を支配する。
 どちらが喰うか喰われるか ――考えることは至ってシンプルだ。
 その命がけの駆け引きに勝った瞬間、俺はいつも考える――
 ああ、俺は飢えているのだと。もっとアラガミを喰いたいと――

「……――違うッ!!」
 そう考えた瞬間だった。
 俺は自身の右腕が、神機を握っていると気が付いた。
 四肢の感覚が戻り、俺は足元もない世界の中に投げ出される。
 急速に落下していくような感覚の中、神機が光を放つ。
 その閃光に包まれたあと、気づけば俺は見知らぬ世界に立っていた。

「ここは――」
 そこは、荒廃した薄暗い台地だった。
 空には赤い三日月が上っており、水面のような足元にその影を妖しく映している。
 当然、来たこともない知らない世界――
 だが俺は、何故かその場所を懐かしくも感じていた。
 いつか忘れた、夢の世界のなかにいる――そんな感覚か。
 とにかく俺は……確かにこの場所を知っている。

 そうして考えているうちに、俺は何かの気配に気づいた。
 何かがいる――
 そう感じた俺は、神機を構えて周囲を見渡す。
 その間にも、気配はどんどんこちらに近寄ってきているようだった。
 そうしてある瞬間に――影に隠れていた廃屋の奥からその正体が姿を現す。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

「な……っ!?」
 その姿に、その叫び声を間違えるはずもない。
(……ネブカドネザル――!?)
 そいつは何度も俺の目の前に現れ、恐怖と絶望を振りまいてきた相手。
 だが一点、あの白く獣とは大きく違うところがあった。
 ――黒いのだ。漆黒の毛並みを持ったヤツは、震えるほどに禍々しく、ゾッとするほど官能的なものにも見えた。
(アラガミ増加の元凶も、こいつなのか……?)
 そう考えるが、何かが違う気がする。
 こいつは『そういう存在』ではないと――俺は何故か、知っている。
「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「――ッ!」
 咆哮を上げ、ネブカドネザルが突進してくる。
 心臓が早鐘を打つ。
「リマリ――くっ……!」
 そうだ。この場にリマリアはいない。
 アビスファクターは使えないのだ。
 その状況で……果たして俺に、ネブカドネザルが倒せるのか……?
「――ッ!」
 ――とにかくやるしかない!
「あああああああああああああッ!!」
 覚悟を決め、ネブカドネザルに向かう。
 そうだ……俺だって少しは成長している。
 クベーラと戦い、ネブカドネザルを倒し、今日だってアラガミを喰らい続けてきたんだ。
(やられて――たまるものかッ!)
「――ッ!?」
 そうして覚悟を決めたと同時、ネブカドネザルが一際大きくなった気がした。
(なんだ……こいつは……!?)
 分からない。
 分からないがこいつは、まずい存在だ。
 これまで出会ったどのアラガミより、不気味で恐ろしく、圧倒的だ。
 だが――そんな敵と出会えたことを、悦ぶ気持ちが俺にあるのもまた確かなのだ。
(いいだろう。ならばもう一度教えてやる。俺とお前……どちらが捕喰者なのか――ッ!)
 喉を鳴らし、俺はヤツに向けて駆け出した。


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