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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 序章・第一章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~1章-8話~
「ゴドー隊長。お疲れ様です」
「ああ、来たか」
新たに与えられた任務をいくつかこなしたところで、俺はゴドーから呼び出しを受けていた。
「次の任務の話でしょうか?」
「それもある」
ゴドーは指でサングラスの位置を調整してから、俺の顔を正面から見つめてくる。
「例の白毛のアラガミの呼び名は『ネブカドネザル』に決まったそうだ」
「ネブカドネザル……」
仇敵の名前を、胸に刻み込む。
一方、ゴドーは顎に手を当て、何やら思案している様子だった。
「アラガミの増加とネブカドネザルの出現、マリアに似た謎の声、いずれも時期が重なっている、か……」
それがどういう意味の呟きなのか、俺には掴み切れなかった。
一見関連性のない、三つの出来事。しかし確かに、確認され始めた時期は全て同じだ。
この奇妙な一致は、ただの偶然なのだろうか。それとも……
「ところで、君が使っている神機なんだが、調子はどうだ? 違和感などはないか?」
俺が答えを出す間もなく、ゴドーの興味は早々に次へと移ったらしい。
特に何もない……そう答えようとしたところでふと、以前の戦いのことを思い出した。
「どうした? 何か気になることでもあるのか」
「……はい。なんとなくですが、神機が強くなっている気がして」
「神機が強く……?」
俺の言葉に、ゴドーが眉を顰める。
「ごくわずかに……雰囲気程度の感覚ですが」
レイラとリュウとチームを組んで出撃した、あの戦いで。
相手は小型のアラガミだった。
乱戦だったので、レイラやリュウが先にダメージを与えていたのかもしれない。
背後からの不意を突いた一撃で、当たりどころも良かったかもしれない。
いくつかの条件が重なっていたために起きた、偶然なのかもしれないが……それでも確かにあのアラガミは、あまりにあっさりと倒れていた。
「なるほど……それは君が戦い慣れてきただけかもしれんな」
ゴドーはほとんど取り合わなかった。それも無理のないことだろう。
初めてこの神機を手に取った時覚えたあの強烈な拒絶反応……。
あれ以来、それに近い反応が起こることもなく、まるで昔から使っていた武器のように俺の手に馴染んでいる。先の戦闘を除けば、違和感らしい違和感もない。
「まあいい、今回もアラガミ増加に関する調査任務だ」
「また調査任務、ですか……」
「原因究明には地道な情報収集が必要となる」
ゴドーの言う理由は理解出来る。
だが、進展もなければ糸口も掴めない、この大掴みな任務に嫌気がさしてきたのも事実だ。
時間が経つほどに、マリアに関する情報も、集めにくくなっていくだろう。
「焦れる気持ちもあるだろうが、頼むぞ」
「……はい」
ポンと軽く俺の肩を叩いた後、ゴドーは支部の奥へと歩いて行ってしまった。
マリアは生きている。そう信じてはいるが、生きていたとしても時間がかかればかかるほど、彼女の命が脅かされる可能性が高くなる。
今すぐにでも彼女のことを探しに行きたい気持ちはある。
だが……だからといって任務を無視するわけにはいかない。
ゴドーの言う通り、情報収集は非常に大切な任務だ。おろそかにするわけにもいかない。
そうして自分の心を納得させた俺は、そのまま任務に向かおうとする。すると、
「おつかれさまです、新人さん!」
通りがかったオペレーターのカリーナが声をかけてきた。
「カリーナさん、お疲れ様です」
「ゴドーさん、また仕事を投げつけてどっか行っちゃったんですか?」
「ええ、まあ……」
「ホントにもう……」
カリーナは呆れたように深く息を吐いた。
「前からずっとそうなんですよ。やらないですむことは、やらない……時間外労働は断る……もちろん緊急招集の時は出てきますし、やれば仕事はほぼ完璧なんですけどね」
ゴドーが消えていった先を見つめながら、カリーナが言う。
確かに以前一緒に任務を行った際も中型種を一人で相手していたし、討伐後もいつも通り飄々としていた。ゴッドイーターとしてのゴドーの実力については、疑う必要もないだろう。
それ以外の能力についても、あの勤務態度にも関わらず、支部内で信用を集めていることから考えても、それだけ秀でたものがあるのだろう。
それでも、カリーナはどこか不満げだ。
「今はアラガミが増えて支部のスタッフにも不安がつのっています。もう少し精神的な支えになってくれてもいいのに……」
「特別なことをしたら平常運転じゃなくなるだろう?」
「のわっ!?」
いつの間に戻ってきたのか、ゴドーが背後から俺たちに声を掛けてきた。
「どこで聞いてたんですか!!」
「聴こえてなくても、だいたいわかる。俺とすれ違ったカリーナが、セイに何を話すかぐらいはな?」
「そのアタマの冴えをもっと有効に使ってくださいよ…… 」
若干の疲れを滲ませつつ、カリーナは呆れた声を出すのだった。
「……」
しかし、結局どうしてゴドーはこの場所に戻ってきたのだろう。
やらなくてすむことはやらない男が……
「どうかしたか、セイ」
「いえ……」
これが彼なりの、周囲に対するフォローなのかもしれない。
そう考えるのは、少しゴドーという男を買いかぶり過ぎているのだろうか。
「はぁ……っ!」
近接武器形態となった神機による一撃を、アラガミに向けて放つ。
「ガアアアア!?」
斬撃を受けたアラガミは断末魔の叫びをあげ、絶命する。
警戒を怠らずに周囲を見回していると、オペレーターからの通信が入った。
『アラガミの掃討を確認しました。帰還してください』
「了解」
カリーナの言葉に答えた俺は、そのまま神機へと力を込め、物言わぬ屍となったアラガミを捕食する。
(……ここもほとんどアラガミの巣だったな)
捕食を終えた神機が元の姿に戻る。
それを確認したところで、俺は支部に戻るために踵を返そうと……。
「報告します」
(これは、また……?)
あのノイズが聞こえた瞬間、再びマリアの声が耳に届いた。
声の聞こえた方向に目を向けると、やはりそこにはあの純白の髪の女性が佇んでいる。
「機能制限を一部解除しました」
「機能制限……?」
言葉の意味が理解できず、オウム返しに尋ね返す。
「はい」
「な……っ?」
(今……問いかけに答えたのか?)
思いがけない返答があって、動揺してしまう。
目の前の女性は、何事もなかったように言葉を続ける。
「では、また」
「待ってくれ!!」
どうにか女性を引き留めようと、手を伸ばす。
だが、俺の手が彼女に届く前に、その姿はいつものように掻き消えてしまった。
「…………」
女性の姿があった場所を、呆然と見つめる。
今までは一方的に言葉を告げるだけで、俺の言葉に彼女が何かを答えるようなことはなかった。
だが、今回は問いかけに答えただけではなく、別れの言葉さえ口にしてきた。
「……彼女は、本当に何者なんだ?」
彼女はマリアと、何か関係があるのだろうか。……ないはずがない。
彼女の声はたしかにマリアのもので、その姿さえも瓜二つだ。
なのに……どうして彼女は、マリアそのものではないのだろう。
あの白い髪に、その表情……口調や雰囲気が、俺の知るマリアとはかけ離れている。
彼女が俺の妄想や幻の類だとすれば、もっとマリアに近いはずなのだ。
(それに、機能制限というのは一体……)
疑問に対する答えは当然なく、あの女性が再び姿を見せるようなこともない。
このままここにいたとしても、何かがわかることもないだろう。
そう結論付けた俺は、今の件をゴドーに報告するため、支部へと戻るのだった。
「『機能制限を一部解除しました』……か」
俺の報告を受けたゴドーは、静かにその言葉を繰り返した。
「その声は本当にそう言ったんだな?」
「はい」
「そうか……で、その機能というのが何なのかはわからないのか? まさか『はい』と返事をするだけの機能じゃないだろう」
「だとは思いますが……現状、まったくの不明です」
不明瞭な答えになってしまうが、そうとしか言いようがなかった。
彼女が何者なのか、どうして俺だけに声が聞こえるのか……何もかもがわからないのだ。
「そうか……」
ゴドーは俺の言葉を聞いて深く頷く。
何かを思案している様子の彼は、ふと視線を上げ、支部内にある時計へと視線を向けた。
「時間だ、俺は部屋に戻る。報告は適当にしておけ」
「適当に……?」
「ああ。それではな」
ゴドーはブラブラと軽く手を振ると、俺に背を向け歩き始めた。
「ちょっとゴドーさん!!」
その行く手を遮るようにして、通路の奥から現れたカリーナが立ちふさがった。
頬を赤く紅潮させ、眉を目いっぱい吊り上げている。彼女にしては珍しく、怒っているようだ。
「カリーナか。どうした?」
「やっぱりよくないですよ! そんなすぐに自室に戻ってしまうなんて!」
「これから俺は『趣味の時間』だが、残業をしろと?」
「今のヒマラヤ支部は、かつての閑散とした僻地じゃないんです。もっと隊長としてできることが……!!」
「確かに俺はゴッドイーターで隊長だが、人間をやめた覚えはないし、やめるつもりも無い」
「っ!」
ゴドーの言葉を受けたカリーナは、ショックを受けた様子で俯いてしまう。
そんなカリーナに声をかけることもなく、ゴドーは部屋へと戻っていった。
「……」
ゴドーが去った後も、カリーナは落ち込んだ様子で地面を見つめていた。
業務時間外の活動はしない……か。
ゴドーのスタンスは、規則として間違っているものではない。
しかし今の支部の状況と合わせて考えてれば、隊長としての責務を果たしていると言えるのか、カリーナが首を傾げたくなるのもよくわかる。
一方で、ゴッドイーターには常に命の危険が付きまとう。
気を張り詰め過ぎれば、いずれ些細なことでミスをして、アラガミに命を奪われることになるかもしれない。
ゴドーの趣味の内容はわからないが、精神的に余裕を持たせる行為であれば、その必要性も理解できる。
どちらの言い分も理解できるからこそ、カリーナに何と声をかければいいのかわからない。
だが、それでも何か声はかけておくべきだろう。
カリーナは、俺のためにゴドーに怒ってくれたのだから。
「……その」
「お? どうしたカリーナ? お前さんがヘコんでるなんて珍しいじゃあねえか」
俺の声にかぶさるように、太く明るい声が広場に響いた。
「JJさん……」
声の主はJJだった。
腰をかがめて、カリーナに努めて明るく尋ねる。
「どうした、何があったんだよ?」
「隊長に忠言したんです。ですが……」
言葉に詰まるカリーナに代わって俺が答えると、JJは合点がいった様子を見せる。
「なるほど、軽くいなされたってわけだな?」
JJの言葉に、カリーナは勢いよく頷いて見せる。それからポツリと語り始めた。
「悔しいんです……私にゴドーさんみたいな力があればな、って」
力が欲しい……カリーナの言葉は、少し意外なものだった。
だが、考えてみれば直接戦闘には携われないオペレーターの彼女だからこそ、思うところがあるのかもしれない。
(多くのゴッドイーターの、最期を見てきた……か)
以前、彼女の口からそんな話を聞いたことを思い出す。
「あいつはああいう奴だから、あんまり気にするな」
「でも、みんながゴドーさんを頼りにしているんです。必要としているんです……」
「気持ちはわかる。が、ゴドー・ヴァレンタインという男は無駄なことなんざしねえよ?」
「でも……趣味の時間って、言ってました」
カリーナが頬を膨らませながら言う。そのときの怒りを思い出してきた様子だ。
暗く落ち込んでいた顔に、血色が戻ってくる。
「趣味にもいろいろあるさ。くだらんものもあれば、仕事の役に立つものだって、な」
そしてJJの言葉を聞いたところで、カリーナははっとした様子を見せる。
「そうでしょうか……あのゴドーさんが……」
「案外、信用がないんだな」
JJは豪快に笑った後、俺の方へと視線を向けた。
「なあ、新人のお前さんはカリーナに信用される『人間』になれよ? オレが言うのもアレだけどな!」
「……はい」
何事もなかったように豪快に笑うJJに、俺は感服する思いだった。
終始明るく話しながら、落ち込んでいたカリーナを怒らせ、元気にさせてから、ゴドーのことを気付かせた。
大人の対応といったところか。相手に深く寄り添うような、マリアの慰め方とも違う。突き放すようにして成長を促す、ゴドーのやり方とも違う。
(信用される『人間』、か……)
俺は、彼らのようになれるのだろうか。
わからない。だが少なくとも、落ち込む仲間を助けられるようにはなりたいと思った。
「検討中……検討中……検討中……か」
もうどれくらい、その言葉を眺め続けているのだろう。
「フェンリル本部はどうしたのだ……どうなっている? なぜ支援要請の返答をよこさない?」
独白に答える者はいない。
支部長室にある自らの椅子に座りながら、私は頭を抱えてモニターを見つめていた。
しかし通信装置は沈黙を保ったまま、連絡が来る様子は微塵もない。
「アラガミは増える! 戦力も物資も足りんと! 何度も催促しているのに!」
苛立ちのまま、握った拳を何度も机に叩きつける。
「無視しているとでもいうのか!!」
ひと際強く叩きつけたとき、拳の中に痛みが走った。
いつの間にか、きつく握り過ぎていたらしい。拳の中に血が滲んでいる。
「無視……? いや、無視ではないのか?」
ふいに冷静さを取り戻すと、妙に頭が冴えたように感じる。
先ほどまでは思いつきもしなかった考えが脳裏に浮かんでいた。
それは、考えうる限り最悪の可能性――
「これは……ヒマラヤ支部を、見捨てるということなのか……」
支部を見殺しにするということは、その支部にいるフェンリル所属の人間はおろか、居住区に住む人間も見殺しにする、ということだ。
そのようなことになれば、世論は確実に黙ってはいないだろう。
そう……支部長とは、この世で最も安全な地位なのだ。
だからこそ、私はこのヒマラヤ支部の支部長になるためにあらゆる手を尽くしてきた。
生きるために、勝つために。何もかもを投げ捨ててここに来たのだ。
誰も私を見捨てることはできない……ヒマラヤ支部を見捨てることなどありえない。
しかし、事実フェンリルは、私の要請にただひとつも答えない。
ただのひとつもだ。生き残るため、使えるルートは全て使ったというのに……
それが意味することは――
「……ウソだッ!」
自らの考えを受け入れられず、私は頭を抱えて叫んだ。
だとすれば、どうすればいい?
どうすれば死なずに済む? どうすれば生きられる?
「あぁ……」
そうだ、簡単なことじゃないか。
私はそうして脱力しながら、笑みを浮かべた。
「ゴドー隊長。お疲れ様です」
「ああ、来たか」
新たに与えられた任務をいくつかこなしたところで、俺はゴドーから呼び出しを受けていた。
「次の任務の話でしょうか?」
「それもある」
ゴドーは指でサングラスの位置を調整してから、俺の顔を正面から見つめてくる。
「例の白毛のアラガミの呼び名は『ネブカドネザル』に決まったそうだ」
「ネブカドネザル……」
仇敵の名前を、胸に刻み込む。
一方、ゴドーは顎に手を当て、何やら思案している様子だった。
「アラガミの増加とネブカドネザルの出現、マリアに似た謎の声、いずれも時期が重なっている、か……」
それがどういう意味の呟きなのか、俺には掴み切れなかった。
一見関連性のない、三つの出来事。しかし確かに、確認され始めた時期は全て同じだ。
この奇妙な一致は、ただの偶然なのだろうか。それとも……
「ところで、君が使っている神機なんだが、調子はどうだ? 違和感などはないか?」
俺が答えを出す間もなく、ゴドーの興味は早々に次へと移ったらしい。
特に何もない……そう答えようとしたところでふと、以前の戦いのことを思い出した。
「どうした? 何か気になることでもあるのか」
「……はい。なんとなくですが、神機が強くなっている気がして」
「神機が強く……?」
俺の言葉に、ゴドーが眉を顰める。
「ごくわずかに……雰囲気程度の感覚ですが」
レイラとリュウとチームを組んで出撃した、あの戦いで。
相手は小型のアラガミだった。
乱戦だったので、レイラやリュウが先にダメージを与えていたのかもしれない。
背後からの不意を突いた一撃で、当たりどころも良かったかもしれない。
いくつかの条件が重なっていたために起きた、偶然なのかもしれないが……それでも確かにあのアラガミは、あまりにあっさりと倒れていた。
「なるほど……それは君が戦い慣れてきただけかもしれんな」
ゴドーはほとんど取り合わなかった。それも無理のないことだろう。
初めてこの神機を手に取った時覚えたあの強烈な拒絶反応……。
あれ以来、それに近い反応が起こることもなく、まるで昔から使っていた武器のように俺の手に馴染んでいる。先の戦闘を除けば、違和感らしい違和感もない。
「まあいい、今回もアラガミ増加に関する調査任務だ」
「また調査任務、ですか……」
「原因究明には地道な情報収集が必要となる」
ゴドーの言う理由は理解出来る。
だが、進展もなければ糸口も掴めない、この大掴みな任務に嫌気がさしてきたのも事実だ。
時間が経つほどに、マリアに関する情報も、集めにくくなっていくだろう。
「焦れる気持ちもあるだろうが、頼むぞ」
「……はい」
ポンと軽く俺の肩を叩いた後、ゴドーは支部の奥へと歩いて行ってしまった。
マリアは生きている。そう信じてはいるが、生きていたとしても時間がかかればかかるほど、彼女の命が脅かされる可能性が高くなる。
今すぐにでも彼女のことを探しに行きたい気持ちはある。
だが……だからといって任務を無視するわけにはいかない。
ゴドーの言う通り、情報収集は非常に大切な任務だ。おろそかにするわけにもいかない。
そうして自分の心を納得させた俺は、そのまま任務に向かおうとする。すると、
「おつかれさまです、新人さん!」
通りがかったオペレーターのカリーナが声をかけてきた。
「カリーナさん、お疲れ様です」
「ゴドーさん、また仕事を投げつけてどっか行っちゃったんですか?」
「ええ、まあ……」
「ホントにもう……」
カリーナは呆れたように深く息を吐いた。
「前からずっとそうなんですよ。やらないですむことは、やらない……時間外労働は断る……もちろん緊急招集の時は出てきますし、やれば仕事はほぼ完璧なんですけどね」
ゴドーが消えていった先を見つめながら、カリーナが言う。
確かに以前一緒に任務を行った際も中型種を一人で相手していたし、討伐後もいつも通り飄々としていた。ゴッドイーターとしてのゴドーの実力については、疑う必要もないだろう。
それ以外の能力についても、あの勤務態度にも関わらず、支部内で信用を集めていることから考えても、それだけ秀でたものがあるのだろう。
それでも、カリーナはどこか不満げだ。
「今はアラガミが増えて支部のスタッフにも不安がつのっています。もう少し精神的な支えになってくれてもいいのに……」
「特別なことをしたら平常運転じゃなくなるだろう?」
「のわっ!?」
いつの間に戻ってきたのか、ゴドーが背後から俺たちに声を掛けてきた。
「どこで聞いてたんですか!!」
「聴こえてなくても、だいたいわかる。俺とすれ違ったカリーナが、セイに何を話すかぐらいはな?」
「そのアタマの冴えをもっと有効に使ってくださいよ…… 」
若干の疲れを滲ませつつ、カリーナは呆れた声を出すのだった。
「……」
しかし、結局どうしてゴドーはこの場所に戻ってきたのだろう。
やらなくてすむことはやらない男が……
「どうかしたか、セイ」
「いえ……」
これが彼なりの、周囲に対するフォローなのかもしれない。
そう考えるのは、少しゴドーという男を買いかぶり過ぎているのだろうか。
「はぁ……っ!」
近接武器形態となった神機による一撃を、アラガミに向けて放つ。
「ガアアアア!?」
斬撃を受けたアラガミは断末魔の叫びをあげ、絶命する。
警戒を怠らずに周囲を見回していると、オペレーターからの通信が入った。
『アラガミの掃討を確認しました。帰還してください』
「了解」
カリーナの言葉に答えた俺は、そのまま神機へと力を込め、物言わぬ屍となったアラガミを捕食する。
(……ここもほとんどアラガミの巣だったな)
捕食を終えた神機が元の姿に戻る。
それを確認したところで、俺は支部に戻るために踵を返そうと……。
「報告します」
(これは、また……?)
あのノイズが聞こえた瞬間、再びマリアの声が耳に届いた。
声の聞こえた方向に目を向けると、やはりそこにはあの純白の髪の女性が佇んでいる。
「機能制限を一部解除しました」
「機能制限……?」
言葉の意味が理解できず、オウム返しに尋ね返す。
「はい」
「な……っ?」
(今……問いかけに答えたのか?)
思いがけない返答があって、動揺してしまう。
目の前の女性は、何事もなかったように言葉を続ける。
「では、また」
「待ってくれ!!」
どうにか女性を引き留めようと、手を伸ばす。
だが、俺の手が彼女に届く前に、その姿はいつものように掻き消えてしまった。
「…………」
女性の姿があった場所を、呆然と見つめる。
今までは一方的に言葉を告げるだけで、俺の言葉に彼女が何かを答えるようなことはなかった。
だが、今回は問いかけに答えただけではなく、別れの言葉さえ口にしてきた。
「……彼女は、本当に何者なんだ?」
彼女はマリアと、何か関係があるのだろうか。……ないはずがない。
彼女の声はたしかにマリアのもので、その姿さえも瓜二つだ。
なのに……どうして彼女は、マリアそのものではないのだろう。
あの白い髪に、その表情……口調や雰囲気が、俺の知るマリアとはかけ離れている。
彼女が俺の妄想や幻の類だとすれば、もっとマリアに近いはずなのだ。
(それに、機能制限というのは一体……)
疑問に対する答えは当然なく、あの女性が再び姿を見せるようなこともない。
このままここにいたとしても、何かがわかることもないだろう。
そう結論付けた俺は、今の件をゴドーに報告するため、支部へと戻るのだった。
「『機能制限を一部解除しました』……か」
俺の報告を受けたゴドーは、静かにその言葉を繰り返した。
「その声は本当にそう言ったんだな?」
「はい」
「そうか……で、その機能というのが何なのかはわからないのか? まさか『はい』と返事をするだけの機能じゃないだろう」
「だとは思いますが……現状、まったくの不明です」
不明瞭な答えになってしまうが、そうとしか言いようがなかった。
彼女が何者なのか、どうして俺だけに声が聞こえるのか……何もかもがわからないのだ。
「そうか……」
ゴドーは俺の言葉を聞いて深く頷く。
何かを思案している様子の彼は、ふと視線を上げ、支部内にある時計へと視線を向けた。
「時間だ、俺は部屋に戻る。報告は適当にしておけ」
「適当に……?」
「ああ。それではな」
ゴドーはブラブラと軽く手を振ると、俺に背を向け歩き始めた。
「ちょっとゴドーさん!!」
その行く手を遮るようにして、通路の奥から現れたカリーナが立ちふさがった。
頬を赤く紅潮させ、眉を目いっぱい吊り上げている。彼女にしては珍しく、怒っているようだ。
「カリーナか。どうした?」
「やっぱりよくないですよ! そんなすぐに自室に戻ってしまうなんて!」
「これから俺は『趣味の時間』だが、残業をしろと?」
「今のヒマラヤ支部は、かつての閑散とした僻地じゃないんです。もっと隊長としてできることが……!!」
「確かに俺はゴッドイーターで隊長だが、人間をやめた覚えはないし、やめるつもりも無い」
「っ!」
ゴドーの言葉を受けたカリーナは、ショックを受けた様子で俯いてしまう。
そんなカリーナに声をかけることもなく、ゴドーは部屋へと戻っていった。
「……」
ゴドーが去った後も、カリーナは落ち込んだ様子で地面を見つめていた。
業務時間外の活動はしない……か。
ゴドーのスタンスは、規則として間違っているものではない。
しかし今の支部の状況と合わせて考えてれば、隊長としての責務を果たしていると言えるのか、カリーナが首を傾げたくなるのもよくわかる。
一方で、ゴッドイーターには常に命の危険が付きまとう。
気を張り詰め過ぎれば、いずれ些細なことでミスをして、アラガミに命を奪われることになるかもしれない。
ゴドーの趣味の内容はわからないが、精神的に余裕を持たせる行為であれば、その必要性も理解できる。
どちらの言い分も理解できるからこそ、カリーナに何と声をかければいいのかわからない。
だが、それでも何か声はかけておくべきだろう。
カリーナは、俺のためにゴドーに怒ってくれたのだから。
「……その」
「お? どうしたカリーナ? お前さんがヘコんでるなんて珍しいじゃあねえか」
俺の声にかぶさるように、太く明るい声が広場に響いた。
「JJさん……」
声の主はJJだった。
腰をかがめて、カリーナに努めて明るく尋ねる。
「どうした、何があったんだよ?」
「隊長に忠言したんです。ですが……」
言葉に詰まるカリーナに代わって俺が答えると、JJは合点がいった様子を見せる。
「なるほど、軽くいなされたってわけだな?」
JJの言葉に、カリーナは勢いよく頷いて見せる。それからポツリと語り始めた。
「悔しいんです……私にゴドーさんみたいな力があればな、って」
力が欲しい……カリーナの言葉は、少し意外なものだった。
だが、考えてみれば直接戦闘には携われないオペレーターの彼女だからこそ、思うところがあるのかもしれない。
(多くのゴッドイーターの、最期を見てきた……か)
以前、彼女の口からそんな話を聞いたことを思い出す。
「あいつはああいう奴だから、あんまり気にするな」
「でも、みんながゴドーさんを頼りにしているんです。必要としているんです……」
「気持ちはわかる。が、ゴドー・ヴァレンタインという男は無駄なことなんざしねえよ?」
「でも……趣味の時間って、言ってました」
カリーナが頬を膨らませながら言う。そのときの怒りを思い出してきた様子だ。
暗く落ち込んでいた顔に、血色が戻ってくる。
「趣味にもいろいろあるさ。くだらんものもあれば、仕事の役に立つものだって、な」
そしてJJの言葉を聞いたところで、カリーナははっとした様子を見せる。
「そうでしょうか……あのゴドーさんが……」
「案外、信用がないんだな」
JJは豪快に笑った後、俺の方へと視線を向けた。
「なあ、新人のお前さんはカリーナに信用される『人間』になれよ? オレが言うのもアレだけどな!」
「……はい」
何事もなかったように豪快に笑うJJに、俺は感服する思いだった。
終始明るく話しながら、落ち込んでいたカリーナを怒らせ、元気にさせてから、ゴドーのことを気付かせた。
大人の対応といったところか。相手に深く寄り添うような、マリアの慰め方とも違う。突き放すようにして成長を促す、ゴドーのやり方とも違う。
(信用される『人間』、か……)
俺は、彼らのようになれるのだろうか。
わからない。だが少なくとも、落ち込む仲間を助けられるようにはなりたいと思った。
「検討中……検討中……検討中……か」
もうどれくらい、その言葉を眺め続けているのだろう。
「フェンリル本部はどうしたのだ……どうなっている? なぜ支援要請の返答をよこさない?」
独白に答える者はいない。
支部長室にある自らの椅子に座りながら、私は頭を抱えてモニターを見つめていた。
しかし通信装置は沈黙を保ったまま、連絡が来る様子は微塵もない。
「アラガミは増える! 戦力も物資も足りんと! 何度も催促しているのに!」
苛立ちのまま、握った拳を何度も机に叩きつける。
「無視しているとでもいうのか!!」
ひと際強く叩きつけたとき、拳の中に痛みが走った。
いつの間にか、きつく握り過ぎていたらしい。拳の中に血が滲んでいる。
「無視……? いや、無視ではないのか?」
ふいに冷静さを取り戻すと、妙に頭が冴えたように感じる。
先ほどまでは思いつきもしなかった考えが脳裏に浮かんでいた。
それは、考えうる限り最悪の可能性――
「これは……ヒマラヤ支部を、見捨てるということなのか……」
支部を見殺しにするということは、その支部にいるフェンリル所属の人間はおろか、居住区に住む人間も見殺しにする、ということだ。
そのようなことになれば、世論は確実に黙ってはいないだろう。
そう……支部長とは、この世で最も安全な地位なのだ。
だからこそ、私はこのヒマラヤ支部の支部長になるためにあらゆる手を尽くしてきた。
生きるために、勝つために。何もかもを投げ捨ててここに来たのだ。
誰も私を見捨てることはできない……ヒマラヤ支部を見捨てることなどありえない。
しかし、事実フェンリルは、私の要請にただひとつも答えない。
ただのひとつもだ。生き残るため、使えるルートは全て使ったというのに……
それが意味することは――
「……ウソだッ!」
自らの考えを受け入れられず、私は頭を抱えて叫んだ。
だとすれば、どうすればいい?
どうすれば死なずに済む? どうすれば生きられる?
「あぁ……」
そうだ、簡単なことじゃないか。
私はそうして脱力しながら、笑みを浮かべた。