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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 序章・第一章


「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~1章-6話~


 急な招集だった。
 第一部隊の面々を集めたゴドーが、全員の顔を見回してから口を開いた。
「ポルトロン支部長が、アラガミ増加の原因調査を急げと言ってきている」
 その言葉に、この場にいる全員が呆れるような反応を示した。
 そうなるのも当然だろう。指令と呼ぶには、大掴みで具体性に欠けている。
「そんなに簡単に原因が掴めるなら、今頃とっくに掴んでいるわ」
「あの支部長のことだから、自分の安全が脅かされないかだけが心配なんだろう」
「まぁ思う所はあるだろうが、アラガミ増加を無視しておくことはできん。どちらにしろ調査は必要だ」
 補足するゴドーに、リュウがシニカルな笑みを浮かべた。
「数はともかく、強いアラガミが増えてきたのは個人的に嬉しいですけどね」
 ゴッドイーターらしからぬ発言だが、これまでのリュウの行動を考えれば頷ける。
 リュウは戦いのたびに、アラガミ素材が得られることを喜んでいた。
 笑みを深めるリュウに対し、レイラは呆れたような顔を向ける。
「アラガミの増加を喜ぶなんて……」
「支部が守られていれば、何も問題はないだろう?」
「そんなことをゴッドイーターが言ったと知れば、住民たちはどう思いますか? 少しは考えなさい」
「アラガミに怯えている姿を見せるよりはいいさ」
 なんと言われようと、リュウは自分の考えを曲げる気配がない。
 レイラもそれを察したのだろう。諦めるようにため息を一つ漏らすと、ゴドーに向き直った。
「それで、原因調査はどうするのです?」
「画期的な調査方法などあるわけがない。地道にやるだけさ」



「で、こうなるわけですね……」
 レイラが不満そうにうな垂れる。
 俺とレイラは二人だけで旧市街地に来ていた。
 彼女は改めて俺に視線を向けると、ため息を一つ。
「また、あなたとわたくしがチームとは……」
「そんなに嫌なのか?」
「当たり前です。幻が見えたり、幻聴が聴こえたりする人と組むのは、あまり好ましいことではありません」
遠慮もなく、はっきり切り捨てられる。少しはオブラートに包んでくれてもいいと思うのだが。
とはいえ、彼女との関係値を考えれば、こんなものなのかもしれない。
それに、レイラのことだ。多少こちらを嫌っていたところで、任務に支障は出さないだろう。
俺の予想通り、調査エリアに到着したところで、レイラは集中するように姿勢を正した。
「隊長の決定では、仕方ありません。手早く済ませてしまいましょう」
 任務に私情は持ち込まない。彼女らしい判断だろう。
「ひとまず、この一帯を調査すればいいんだな?」
「えぇ、ゴドーの言う通り、地道に情報を集めていきましょう」
 言いながら、俺たちはいつも通りに神機を構えた。



「グォオオオオオオオオッ!」
 レイラの一撃を受けて、大猿のようなアラガミ、コンゴウが大きくのけぞる。
「今です!」
「あぁ、任せろ」
 彼女が作った隙を無駄にはしない。
 一足で距離を詰め、ロングブレードを叩き込む。
「グォ、オォ……」
 断末魔のような叫びを最後に、コンゴウは動かなくなる。
どうやら戦いは終わったようだ。
 しばらく周囲を警戒していたレイラだが、新手が来ないことを確認すると神機を下した。
「これで付近のアラガミは片付きましたね」
 レイラは肩で息をしながらも、それを隠すように流暢に話した。
 疲弊したのは彼女だけではない。俺のほうも、かなり呼吸が荒くなっている。
「このコンゴウ……やけに強かったな」
「はい、以前戦ったものより遥かに……」
 レイラは考え込むように口元に手を当てる。
「数が増えているだけではない、ということかしら?」
 だとしたら、かなりまずい状況だ。
 アラガミの増加に加えて、個々のアラガミが強くなっているとしたら、今後も俺たちだけで対抗できるかどうか……
 いずれにせよ、判断するにはもっと情報が必要だ。
 レイラも同じことを考えたのか、周囲に視線を走らせた。
「別のアラガミが来る前に、この辺りの調査をしておきましょう」
「そうだな。何かわかるかもしれない」
 試しに近くの建物に向かってみる。高層マンションだったと思われる建物だ。
 外壁は朽ち果て、アラガミによるものなのか、一部が削り取られている。
「いつ崩れてもおかしくなさそうだな」
「中には入らないほうがいいですね。周辺を見て回りましょう」
 レイラは高層マンションの外壁に沿って進もうとして、不意にその足を止めた。
 彼女の視線の先には、古びて色あせた玩具が、積み重なるようにして転がっている。
「この市街地にも、昔はたくさんの人が住んでいたのね……」
「ああ、そうだな」
「アラガミの住処になって、どれだけの年月が経ったのでしょう」
「……」
 言われて注意深く周囲を見渡せば、本や食器など、人々が暮らしていた時の名残が散らばっているのがわかった。
 しかし、相当長い間、放置されていたのだろう。雨風のせいか、戦闘の余波なのか……ほとんどが朽ち果て、無残な姿になってしまっている。
 レイラが見ている玩具などは、比較的保存状態がいいと言えるだろう。
 そう思い、レイラの視線の先をたどっていく中で、俺は一つの人形に目を留めた。
 女児用の可愛らしい人形だった。体中に傷がつき、片腕を失くしてしまっている。そんな状態でも、口元に優しい笑みが湛えられたままなのが、アンバランスで妙に痛ましい。
(マリア……)
 そんな人形の姿に、つい彼女の姿を重ねてしまう。
 あの時、神機から俺を庇ったマリアは、倒れ落ちていく中でそれでも笑みを浮かべていた。
 俺は人形を拾い上げ、その頬についた埃を拭った。
 同時に、それを見たレイラが声を荒げた。
「だめよ! 気安く人形を触ってはだめ! 早く捨てなさい!!」
 人形を奪おうとする手を反射的に躱しつつ、レイラに尋ねる。
「急にどうした?」
「あなた、知らないの? 人形はね、不幸になると人を呪うのよ」
「人を呪う……?」
「そうよ。乱暴に扱ったり、手入れを怠ったりすると、人形が人を恨むようになるの。わたくしの国ではみんな知っているわ」
 レイラは何かを恐れるように、一歩後退る。
「その人形のように野ざらしにされ、傷ついた人形は人を呪う。その子を幸せにできないのなら、触れてはだめ!」
「オカルトには興味ないんじゃなかったか?」
 俺はレイラの様子に困惑しながら、彼女に尋ねる。
 以前、マリアの声が聞こえたと話した時、彼女は確かにそう言っていたはずだ。
「いいから、早く捨てなさい!!」
 取り付く島もなく、先ほどの言葉が繰り返される。
(幸せにできないなら、触れるべきではない……か)
 彼女の国の言い伝えを信じたわけではないが、確かに俺が持ち帰ったところで、この人形を修復してやれるわけでもない。
(その通りかもしれないな……)
 人形を元の位置に戻そうと、身を屈めようとしたその時……
 あの違和感に襲われるとともに、すぐ隣から気配を感じた。
目を向けると、そこには一人の女性が立っていた。
あの、マリアによく似た女性が。

「……っ」
 立ち上がり、声をかけようと思った。
 しかしそれよりも早く、女性がゆっくりと口を開いた。
「警告、アラガミ接近。対空警戒」
(対空……?)
 言葉に従い空を見上げた瞬間、視界の隅を影が奔った。
「……っ!」
「一体何をもたついているのっ? さっさと――」
 ――迷っている暇はない。
 俺は怒鳴るレイラの顔面に向けて、人形を思い切り投げつける。
「……っ!? バカ!」
 それだけ人形の呪いを恐れているのだろう。
 人形を避けるようにして、レイラは大きく横に跳んだ。
 それと同時に、彼女が今しがた立っていた場所が地面ごと吹き飛んでいた。
「ぇ……!?」
まだ状況が呑み込めていないのだろう、レイラが困惑気味の声を漏らす。
 そこにあったのは爪。
 移動するのがわずかでも遅ければ、それがレイラを脳天から引き裂いていただろう。
 最悪の事態こそ防げたものの、状況は何も好転していない。
 何故ならそこに、今もそいつはいるのだから。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 白毛のアラガミが、目の前で咆哮を上げている。
 見間違えるはずもない……奴はあの施設で俺とマリアを襲ったあのアラガミだった。
 恐怖と怒り、憎しみと悲しみ。対峙することで様々な感情が呼び起こされる。
(だが今は……っ!)
全ての感情をかなぐり捨てて、俺はアラガミとの距離を詰める。
 突然のことに驚いているのか、レイラは神機を構えることもできずにいる。
 このままでは危ない。マリアのときの二の舞だけは、絶対に避けなければならない。
「レイラッ……!」
 考えるより先に動いていた。
 白毛のアラガミが次の行動に移る前に、こちらから仕掛ける。
 神機を構え、一息に間合いを詰めた。
 渾身の力を込めて、ロングブレードを振り下ろす。
 完璧な軌道、会心の一撃。
 けれど、俺の神機はアラガミを捉えることなく、空を切る。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 背後に跳んだ白毛のアラガミが、狂ったように雄たけびを上げる。
 あと半歩……たったの半歩が届かなかった。
(くっ……千載一遇の好機を!)
 悔しさが込み上げ、足元から絶望が這い上がってくる。
 そうした気持ちをぐっと堪えて、白毛のアラガミを見据えたまま、神機を構える。
「…………」
 極限の緊張感のなか、互いの息遣いだけがその場を支配していた。
 白毛のアラガミとの睨み合いが続く。読み合いなんて高度な次元の戦いではない。
 これから行われるのは喰い合いだ。醜く浅ましい、獣同士の嬲り合いなのだ。
 すでに決定機は逃していた。ならば無傷で勝つなどという希望は捨てるべきだろう。
 五体満足で済ませるつもりは毛頭ない。命を捨てる覚悟で、相手の腹の奥まで潜り込め。
 弟妹たちや、マリアのときと同じにはならない。
レイラは……仲間は俺が、守ってみせる。
「……これ以上、お前に奪われてたまるものかッ!」
 覚悟を決めて、白毛のアラガミを睨んだそのとき……
「グアアアアアアッ!」
 アラガミは短く叫ぶと、そのまま体の向きを変え、脱兎のごとく走り出した。
「逃げていった? アラガミが……?」
 隣に立つレイラの困惑が、ありありと伝わる。
 無傷のアラガミが人間から逃げるなど、確かに考えられないことだ。
 だからこそ俺も警戒を解かず、アラガミの姿を見失わないよう追い続けた。
 やがてアラガミが視界から完全に消えた。それでも、回り込んで襲ってくる可能性も捨てきれない。

「アラガミの離脱を確認」

 そうした可能性を、彼女はあっさりと否定した。
 振り返れば、マリアに似た女性はただ静かに佇んでいる。
「……」
 その言葉が正しいのかどうか、確証は持てない。
 いや……彼女は、これまでにもアラガミの増加や襲撃を言い当ててきた。
(終わった……のか?)
 そう考えた途端、緊張の糸が切れ、一気に疲労と倦怠感が押し寄せる。
 一息ついて構えていた神機を下すと、そこへレイラが詰め寄ってきた。
「ねえ、今のはいったいどういうこと? どうしてあなたは、アラガミの接近に気づけたの?」
「それは……」
 俺は答える代わりに、マリアに似た女性を目で示すが、レイラは怪訝そうな表情を浮かべるだけだった。
「あなた、また幻を見ているの? ねえ?」
「俺にしか、見えないのか……?」
 改めて女性に目を向ける。
 雪のように白い長髪はさらさらと風になびいている。胸は呼吸に合わせて上下している。
 体が透けているわけでもないし、足もある。
(幻なのか? 本当に……)
 そうして触れようとしたところで、彼女の姿はその場から霧散した。
「……」
 少なくとも、普通の人間でないことは確かなようだ。
 レイラが俺の視線を追って、彼女がいた場所に目を向ける。
「そこにいるのですか?」
「いや……だが彼女が教えてくれなければ、俺もあのアラガミには気づけなかった」
「…………」
 しばしレイラが思案するように、表情を歪める。
 自分を納得させるように何度か頷いて、絞り出すように口を開いた。
「まだ事情を全部呑み込めてはいないのですが……あの白いアラガミがあなたとマリアを襲ったのですね?」
「……あぁ、そうだ」
 努めて冷静に答えようとするが、上手く返せたかはわからない。
 あの白毛がいなくなったことに、安心している自分がいる。そのことが何より悔しかった。
「……そういうことなら、あなたには感謝しなくてはなりません」
 ふと、レイラから聞きなれない言葉を聞いた気がして振り返る。
 その時には、レイラは俺に背を向けて歩き始めていた。
「それから、その声と幻の件ですが……保留とします」
「保留……?」
「あなたが見ている幻について、否定はしませんが、まだ実在を肯定することもできません」
 ただし、と彼女は続けた。
「その声によってわたくしは救われたのだということは、受け入れます」
「言い方にトゲがあるな……。本当に信じてるのか?」
「もちろんです。無警戒だったあなたが突然アラガミの存在に気付き、わたくしに人形を投げた……何者かの関与があったと考えるべきです」
 レイラに茶化す気配はない。
 信じきれないが、事実は事実として受け入れようとしてくれているのだろう。
 これまで否定し続けていたものに、歩み寄ろうとしてくれているのだ。
「……ありがとう」
 自然と言葉が出ていた。
 これにレイラは慌てて視線をそらす。
「感謝するのはこちらです。恩は返さねばなりませんね」
 借りを作るのが嫌なのか、どこか不満そうな口ぶりだった。
 それから、あえて話題を変えるように、白毛のアラガミが去っていった方向に目を向ける。
「あのアラガミ、まったく気配がありませんでした……」
「レーダーにも探知されなかった。そんなアラガミがいるとは信じがたいが」
「しかも奇襲に失敗したら速やかに撤退した。それだけの知性があるということです」
 ここまでにわかった情報を並べて、レイラの表情が険しいものに変わる。
「危険です、あれは……」
「……ああ、同感だ」



 夜闇の晴天に、月だけが煌々と輝きを放つ。
 切り立った崖の上、咆哮を上げる影があった。

「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 白毛のアラガミが月に向けて吼え続ける。
 その声に引き寄せられるようにして、巨大なモノが、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。



 明かりを消した部屋の中で、モニターに映るデータを一つ一つ確認していく。
「まずいな……これはまずい……」
 何度見ても結論は変わらない。
 収集されたデータは、ひとつの事実を指し示すだけだ。
「このアラガミの増加率、傾向は、過去に壊滅した支部のデータと一致している……」
 これがどういうことなのか、そんなことは考えるまでもない。
 ヒマラヤ支部に、ゴドーたちに調べさせたあの施設と同じ末路を辿る可能性があるということだ。
 当然、そんなのはあくまでもひとつの可能性に過ぎない。
 しかし不安感を拭うためにデータを洗い出すほどに、不自然なまでに酷似した状況が明らかになるだけだ。
 危機が迫っている……私が求める安寧とは、真逆のものが。
 死ぬかもしれない。そんな想像にぞっとする。
 嫌だ。そんな可能性は私の人生に一分足りともあってはならないのだ。
 死にたくない。死ぬわけにはいかない。生き延びなければならない。絶対に。
「そうだ……。支援を求めるのだ、全世界の支部に……!」
 生き残りたい。どんな手段を使っても、どれだけ惨めに思われようとも。
 そのために手に入れたヒマラヤ支部だ。その為に手に入れたこの地位だ。
「ヒ、ヒヒ……ヒ……!」
 生き延びてやる。何をしようが、何をされようが。
この絶望に満ちた世界に生まれ落ちたその瞬間から、全ての人は生きるために戦うことを許されている。
そしていつの世も、戦いに勝つのは強者ではない。
生き残った者が勝者なのだ。

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