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「GOD EATER ONLINE」が帰ってくる!
ストーリーノベル 序章・第一章
「GOD EATER ONLINE」 STORY NOVEL ~1章-4話~
「よう! お前さんがマリアの弟か!」
整備場に入るなり、豪快で張りのある声が俺を出迎えた。
前方を見れば、褐色の体躯の大男がまっすぐに俺を見据えている。
白髪に白髭、工具がぎっしり詰まったエプロンの下から、鋼のように鍛え上げられた筋骨隆々の上半身が激しく主張する。
会釈すると、歯を見せて笑い、俺に丸太のような腕を差し出した。
「オレはJJ、神機を扱うエンジニアだ! よろしくな!!」
「八神セイ、ゴッドイーターです」
俺も片手を差し出し、握手を交わした。
「セイか。お前さんとその神機のことはゴドーから聞いている」
満足そうに手を離したJJが再び口を開いた。
「一般的な第二世代型神機と見た目はそっくりだが、コアが違っているんだってな?」
「そうですね。使っている分には、違いは感じませんが」
「そうか……お前さんの神機、ちょいと見せてもらってもいいか?」
俺が神機を渡すと、JJは興味深そうに細部まで確認しはじめた。
その表情は、みるみるうちに険しいものになっていく。
「オレは昔、裏の稼業もしてたんで、非正規品の神機なんかも見てきたが……」
JJは片手で頭をかきながら、俺に神機を差し出した。
「本体に余計なモンが付いたシロモノは、お目にかかったことがねえ」
JJの表情は真剣そのものだった。
エンジニアとしては、戦えればそれでいいというわけでもないのだろう。
(それにしても、神機の扱いに慣れたエンジニアでも初めて見るような神機、か……)
「そいつはよっぽど……」
「よっぽど、何です?」
JJが何かを言いかけた時、別の声が割り込んだ。
声がした方に目を向けると、黄色のジャケットを羽織った青年がそこにいた。
黒髪で痩身……二枚目だが、どこか近寄りがたい雰囲気がある。
「ん? リュウか」
(……リュウ?)
「ああ、紹介するぜ! こいつはリュウだ! 無愛想なヤロウでろくに挨拶も……」
「リュウ・フェンファンです。あなたがマリアさんの弟さん、でしたっけ?」
JJの言葉を遮って、リュウが流暢に自己紹介する。
「何故それを?」
「マリアさんがあなたのことを、よく話していました。それにここに来てから、もう中型種を仕留めているとか」
なるほど……マリアのおかげで、ここでは俺は、はじめから有名人らしい。
孤立するよりはずっといいが、一方的に知られているというのはどうにもやりづらいものがある。
「リュウ、お前さんはまたそんな……ったく! 普段はあいさつにも生返事を返すだけのしょっぱい男が」
「僕はゴッドイーターとして、攻守のバランスに優れたマリアさんを手本にしていたんですよ」
リュウはJJにわざとらしく背を向けて、親しげに俺に微笑みかけてくる。
「そんなの初耳だぞ!」
「でしょうね、初めて言いましたから」
JJの激しい詰問に、リュウはあっけらかんと言ってのけた。
文脈から察するに、いつもの態度ではないのだろう。しかし俺には、普段の彼のことも知らなければ、そうする目的もわからない。
「ともかく、これから同じ隊の一員としてアラガミと戦っていきましょう!」
「ああ、よろしく」
あからさまな作り笑いに、俺はとりあえず握手で答えた。
「おいおい……レイラが見たらひっくり返るぞ……塩漬けのピクルスがはちみつ漬けになった! ってな」
「じゃあレイラみたく新人さんに無言、とかやれっていうんですか」
「そうは言わんけどよ……」
嘆息したJJが、大きな体を折り畳むようにして小声で耳打ちをしてくる。
「気をつけろよ……リュウはアラガミ素材に目がなくてな、甘い顔をしてるといろいろもってかれるぞ」
(アラガミ素材……?)
リュウが声をかけてきた目的はわかった。
神機強化のため、ゴッドイーターがアラガミ素材を必要とするのは自然なことだ。
とはいえ、他人から奪ってまで必要とするのは、少し行き過ぎな気もするが……
「変なことを吹き込もうとして……信じないでくださいよね?」
あくまで取り繕ったまま、リュウはすました顔で言う。
どうもこの支部には、一癖も二癖もある連中が揃っているようだ。
「リュウ、それにセイもここにいたか」
噂をすればなんとやら。癖のある人物の筆頭、ゴドーが姿を見せた。
しかし、どうも普段の様子とは違う。
「第一部隊、緊急招集だ! すぐに来てくれ」
「緊急招集……?」
「なんだ、どうした? 今日は次から次へと珍しいことが起こりやがるじゃあねえか」
突然の指示に、リュウやJJも眉を顰める。
「まずは状況を説明する。作戦司令室に来てくれ」
なんにせよ、話を聞いてみるしかないだろう。
リュウも同じ考えらしく、先ほどまでの作り笑いをやめ、真剣な表情を浮かべている。
俺はリュウと頷きあうと、足早に指令室へと向かうゴドーを追いかけた。
ゴドーに続いて指令室に入ると、すでに待機していたレイラが、睨むようにしてこちらを見る。
一言「遅い」と言いたいのだろう。それでも黙っているのは、彼女もこの場に漂う緊張感を察しているからか。
「これを見てくれ」
隊員が集まったことを確認したところで、ゴドーは司令室にある大きな画面を指し示した。
そこに映し出されたのは、旧市街地の地図だ。
地図上のマーカーが、レーダーにあった反応……アラガミの位置を示している。
「え……この数は……?」
隣で画面を見ているレイラが、息を呑んだのがわかった。
「諸君に調査してもらった結果、支部周辺のアラガミは短期間で大幅に増加していることが判明した」
「同一エリア内にアラガミの反応が十体……かつてない数ですね」
言いながら、リュウがちらりとこちらを見た。
俺は頷き返しながら、別のことについて思考を巡らせていた。
『アラガミ増加』
先の戦いのなかで、マリア……あの声の主は、確かに俺にそう言った。
あの言葉は、あのエリアだけじゃなく、もっと広い範囲のことを示していたのか……?
「このままアラガミが増え続けたら……」
「なんだ、恐いのか?」
不安そうにつぶやくレイラに、リュウが挑発するように言葉をかける。
「誰が恐いなんて言いましたか!」
「言い合いはよせ。力は全部アラガミにぶつけろ」
口論をはじめた二人を、ゴドーが制した。
それでもレイラは不機嫌そうにリュウを睨み続けていたが、こうしたやりとりは日常茶飯事なのだろう。二人の様子を眺めながら、ゴドーは口の端を吊り上げた。
「では、ひと仕事しに行くか」
俺達はすぐに、目的地である旧市街地へと赴いた。
『アラガミの接近を確認! 戦闘準備、願います!!』
カリーナから通信が入ると同時に、肉眼でもその姿が確認できた。
こちらに気づいたアラガミが、咆哮を上げながらこちらに迫ってきている。
「予定通り、セイはリュウと組んでザイゴートを叩け。レイラは地上の小型種、俺は中型種を始末する」
「よろしく、新人さん!」
「ああ、よろしく頼む」
「ザイゴートの動きは捉えにくいわ、深追いは禁物よ!」
「わかった、レイラも気を付けろよ」
「……ええ」
作戦を確認し、ゴドーとレイラがそれぞれの目標に向かって駆け出した。
俺とリュウはその場に残り、神機を構える。
「レイラの言った通り、飛行型のザイゴートは動きがかなり俊敏です。注意してください」
「ああ、わかった」
攻撃の意思を感じ取ったのか、ザイゴートが不快な咆哮を上げた。
黒い卵の表面に、女体を張り付けにしたかのような悪趣味な姿。赤く濁った大きな一つ目が、こちらをまっすぐに見据えている。
「きますよっ」
「わかっている……!」
宙を舞ったザイゴートが、猛烈な勢いでこちらに突っ込んでくる。
その動きを確認しながら、俺とリュウは左右に分かれるようにして跳躍する。
そのまま横合いから、挟撃できればよかったのだが……
跳ぶ瞬間、ザイゴートの目が俺を視界から外したのが分かった。
(っ……狙いはリュウか!)
俺がそれを理解した時には、すでにザイゴートは動き出していた。
突進の最中、軌道を修正したザイゴートは、スピードをつけたままリュウの横腹に襲い掛かる。
俺はと言えば、皮肉にも反対方向に跳んでいる。着地し、踏ん張ってから走り出したのでは、リュウを助けるには間に合わない……!
「このっ……!」
俺は咄嗟に、目の前の地面に向けて神機を力強く突き出した。アスファルトが裂け、神機が地面に深く突き刺さる。
神機が固定されたことを確認すると、肘を折り曲げて神機に身体を引き寄せる。神機を支点にして、空中で弧を描く要領だ。振り子のように腕を使って、半円を描いたところで着地する。
体の向きを入れ替えた俺は、そのまま神機を引き抜くと、勢いのまま正面に向けて斬りつけた。
背後から斬りつけられたザイゴートが、大きな口を開いて絶叫する。
「くっ……」
その隙に、リュウは背後に跳んでザイゴートから距離を取る。
ザイゴートの目玉がぐりんと動き、俺を見据えた。
どうやら寸前で背後からの攻撃に気付き、致命傷を避けていたらしい。
「……だったら、もう一撃ッ!」
「っ……深追いは危険です!」
再び神機を振るおうとした俺に、リュウが叫んだ。
その意味を理解する前に、ザイゴートはこちらにその管を向けていた。
人体の足に当たる部分……ラッパ状に広がる管の奥から、勢いよくガスが噴出される。
「っ! ゲホッ、これは……!?」
「毒霧です! 下がって!」
「……ぐっ!」
激しく咳き込みながら後退する俺に、ザイゴートが迫る。
「させません!」
直後、神機を銃形態へと切り替えたリュウが、ザイゴートに銃弾を打ち込んだ。
二発、三発と連続で銃弾は命中し、ザイゴートがたまらず怯む。
俺はリュウの援護を受けながら、彼の傍まで後退する。
「……すまない、助かった」
「お互い様ですよ。それに、マリアさんの弟さんを死なせるわけにはいきませんしね」
息を整えながら礼を口にすると、リュウは気のない素振りでそう返した。
その姿は、自己紹介のときの柔和な印象からはかけ離れたものだった。おそらく、こちらが本当の彼なのだろう。
「それよりも、今の状況をなんとかしましょう。このままでは埒が明きませんよ」
言いながらリュウはバレットを放つ。
ザイゴートは銃撃に怯みながらも、倒れる気配はまるで見られない。
「銃形態では仕留めきれない。近付けば毒霧を吐かれる……か」
「そうですね。それに……何より厄介なのが、あの広い視野です。迂闊に近づくのは、得策ではないでしょう」
「……なるほど」
リュウの言葉を受け、俺はザイゴートに向けてゆっくりと歩みはじめた。
「セイさん……? いったい、何をするつもりですか」
「合図をしたら援護してくれ、あとは俺が何とかする」
「ですが――」
リュウの返答を待たずに、神機を構えて駆け出した。
そのことに気が付いたザイゴートが、咆哮を上げながらこちらに向かって突進してくる。
それを見た俺は、さらに勢いをつけてザイゴートに向かっていく。
「セイさん……!」
ザイゴートと俺の距離が、みるみるうちに狭まっていく。
正面からぶつかり合えば、こちらが吹き飛ばされることは必至だろう。
だが、躊躇してはいられない。
ザイゴートは広い視野を持つ。背後からの攻撃すらも避けてみせるのだから、死角なんてほとんどないのだろう。
だったら、やれることは一つだ。
俺が死角を作ってやればいい。他のものが見えなくなるくらいに、俺が近づいてしまえばいい。
ザイゴートに肉薄する。
間違いなく、ザイゴートの目には俺しか映っていないだろう。
神機を銃形態に切り替え、牽制とばかりにバレットを放つ。
ザイゴートが一瞬、躊躇を見せた。その瞬間に、しゃがみ込んでザイゴートの足元へ滑り込む。
「――リュウ!」
「まったく、死なないでくださいよ……!」
ザイゴートの目が俺を追う。それと同時に、リュウが放ったバレットがザイゴートの目に命中した。ザイゴートが叫び声をあげながら、ラッパ状の器官を振り回し、毒霧を振りまく。
しかし、その先に俺はいない。
「おぉおおおおおおおおおおおおおッ!」
地面を蹴って跳んだ俺は、逆手に持った神機に体重をかけ、ザイゴートの目に突き刺した。
耳をつんざくような咆哮が響く……まさしく断末魔といったところだろう。
ザイゴートはその後もしばらく必死にもがいていたが、ほどなくして力を失い、そのまま静かに地に伏せた。
(勝った……)
「まったく、無茶な戦い方をしますね」
戦いを終えたところで、リュウがこちらに近づいてくる。
「マリアさんがあなたを心配していた理由が、少しわかった気がしましたよ」
「……それについては、返す言葉もないな」
そう言いながら、互いに小さく笑みを浮かべた。
だが、いつまでも休んではいられない。
「ザイゴートが呼んだのでしょう。……厄介ですね」
周囲にはすでに、俺たちを取り囲むように新たなアラガミの姿があった。
立ち上がろうとする俺を、リュウが制する。
「まだ疲れが残っているのでしょう? 休む時間くらいは稼ぎますよ」
リュウはそう言って間を置かずに敵に向かっていく。
そんな彼に感謝しながらも、状況が状況だ。厚意に甘えてはいられない。
リュウに合流するため、俺は再び立ち上がろうとして――
そこでまた、あの感覚が俺を襲った。
(っ!? また、この感覚……ということはっ!?)
俺は違和感に頭を抱えながらも周囲を見渡し、彼女の姿を探した。
その姿は、拍子抜けする程あっさりと見つかった。だが……
「マリア……!」
「アラガミ……不足」
(何……?)
純白の女性は、そう短く口にした。
「アラガミが不足しています……不足……」
「不足? それはどういう……!?」
尋ねながら、俺はマリアに向けて歩みを進める。
そしてそのまま、その手を掴もうと――
「っ! マリア……!!」
次の瞬間には、マリアはどこにもいなくなっていた。
『付近のアラガミを掃討しました! やりましたね!!』
レーダーの反応がなくなったところで、再びカリーナさんの通信が入った。
「よくやった」
すでに合流していたゴドーが、戦いを終えた全員に向けてねぎらいの言葉をかける。
「じゃ、帰るぞ」
『はやっ!? 少しは勝利の余韻、みたいなのはないのかしら……』
通信越しに、カリーナがズルっと転びかける気配を感じた。
そのやりとりに、少し安心感を覚える。
「やった……素材がこんなにたくさん獲れたぞ!!」
そんな中、おそらく勝利の余韻に一番浸っていたのは、リュウだった。
「へえ、リュウでも素直に喜ぶことがあるのね」
「アラガミ素材に興味がないお姫様には、わからないだろうさ」
「ええ、わたくしの興味は、どんな素材でも簡単に手にいれられる強さにありますから」
「……ふんっ」
レイラの言葉に、リュウは答えず鼻を鳴らしただけだった。
レイラもそこで、リュウへの興味は失ってしまったらしい。
「それにしても、ゴドーは中型種を一人で仕留めたのに、あんな風に平然と……あれが支部最強の姿なのですね」
レイラはゴドーの背中を眩しそうに見つめていた。
恐らく、ゴドーに憧れているというよりは、その強さが欲しいと考えているのだろうが。
(それにしても、中型種……か)
この前に引き続き、このエリアでは珍しい中型種の出現に、今回は小型種まで合わせて複数のアラガミが現れた。
これがマリアの声が言っていた「アラガミの増加」を指していたのなら、納得ができる。
しかし……先ほどマリアは「アラガミが不足しています」と口にした。
(俺たちがアラガミを倒したからか……? それに、アラガミが不足しているというのは……)
「ん……どうしました? そんなに渋い顔をして……」
「……いや。何でもない」
レイラにマリアの話をしても、不快に思われるだけだろう。
俺は考えるのを中断し、そのままゴドーの後を追った。
「よう! お前さんがマリアの弟か!」
整備場に入るなり、豪快で張りのある声が俺を出迎えた。
前方を見れば、褐色の体躯の大男がまっすぐに俺を見据えている。
白髪に白髭、工具がぎっしり詰まったエプロンの下から、鋼のように鍛え上げられた筋骨隆々の上半身が激しく主張する。
会釈すると、歯を見せて笑い、俺に丸太のような腕を差し出した。
「オレはJJ、神機を扱うエンジニアだ! よろしくな!!」
「八神セイ、ゴッドイーターです」
俺も片手を差し出し、握手を交わした。
「セイか。お前さんとその神機のことはゴドーから聞いている」
満足そうに手を離したJJが再び口を開いた。
「一般的な第二世代型神機と見た目はそっくりだが、コアが違っているんだってな?」
「そうですね。使っている分には、違いは感じませんが」
「そうか……お前さんの神機、ちょいと見せてもらってもいいか?」
俺が神機を渡すと、JJは興味深そうに細部まで確認しはじめた。
その表情は、みるみるうちに険しいものになっていく。
「オレは昔、裏の稼業もしてたんで、非正規品の神機なんかも見てきたが……」
JJは片手で頭をかきながら、俺に神機を差し出した。
「本体に余計なモンが付いたシロモノは、お目にかかったことがねえ」
JJの表情は真剣そのものだった。
エンジニアとしては、戦えればそれでいいというわけでもないのだろう。
(それにしても、神機の扱いに慣れたエンジニアでも初めて見るような神機、か……)
「そいつはよっぽど……」
「よっぽど、何です?」
JJが何かを言いかけた時、別の声が割り込んだ。
声がした方に目を向けると、黄色のジャケットを羽織った青年がそこにいた。
黒髪で痩身……二枚目だが、どこか近寄りがたい雰囲気がある。
「ん? リュウか」
(……リュウ?)
「ああ、紹介するぜ! こいつはリュウだ! 無愛想なヤロウでろくに挨拶も……」
「リュウ・フェンファンです。あなたがマリアさんの弟さん、でしたっけ?」
JJの言葉を遮って、リュウが流暢に自己紹介する。
「何故それを?」
「マリアさんがあなたのことを、よく話していました。それにここに来てから、もう中型種を仕留めているとか」
なるほど……マリアのおかげで、ここでは俺は、はじめから有名人らしい。
孤立するよりはずっといいが、一方的に知られているというのはどうにもやりづらいものがある。
「リュウ、お前さんはまたそんな……ったく! 普段はあいさつにも生返事を返すだけのしょっぱい男が」
「僕はゴッドイーターとして、攻守のバランスに優れたマリアさんを手本にしていたんですよ」
リュウはJJにわざとらしく背を向けて、親しげに俺に微笑みかけてくる。
「そんなの初耳だぞ!」
「でしょうね、初めて言いましたから」
JJの激しい詰問に、リュウはあっけらかんと言ってのけた。
文脈から察するに、いつもの態度ではないのだろう。しかし俺には、普段の彼のことも知らなければ、そうする目的もわからない。
「ともかく、これから同じ隊の一員としてアラガミと戦っていきましょう!」
「ああ、よろしく」
あからさまな作り笑いに、俺はとりあえず握手で答えた。
「おいおい……レイラが見たらひっくり返るぞ……塩漬けのピクルスがはちみつ漬けになった! ってな」
「じゃあレイラみたく新人さんに無言、とかやれっていうんですか」
「そうは言わんけどよ……」
嘆息したJJが、大きな体を折り畳むようにして小声で耳打ちをしてくる。
「気をつけろよ……リュウはアラガミ素材に目がなくてな、甘い顔をしてるといろいろもってかれるぞ」
(アラガミ素材……?)
リュウが声をかけてきた目的はわかった。
神機強化のため、ゴッドイーターがアラガミ素材を必要とするのは自然なことだ。
とはいえ、他人から奪ってまで必要とするのは、少し行き過ぎな気もするが……
「変なことを吹き込もうとして……信じないでくださいよね?」
あくまで取り繕ったまま、リュウはすました顔で言う。
どうもこの支部には、一癖も二癖もある連中が揃っているようだ。
「リュウ、それにセイもここにいたか」
噂をすればなんとやら。癖のある人物の筆頭、ゴドーが姿を見せた。
しかし、どうも普段の様子とは違う。
「第一部隊、緊急招集だ! すぐに来てくれ」
「緊急招集……?」
「なんだ、どうした? 今日は次から次へと珍しいことが起こりやがるじゃあねえか」
突然の指示に、リュウやJJも眉を顰める。
「まずは状況を説明する。作戦司令室に来てくれ」
なんにせよ、話を聞いてみるしかないだろう。
リュウも同じ考えらしく、先ほどまでの作り笑いをやめ、真剣な表情を浮かべている。
俺はリュウと頷きあうと、足早に指令室へと向かうゴドーを追いかけた。
ゴドーに続いて指令室に入ると、すでに待機していたレイラが、睨むようにしてこちらを見る。
一言「遅い」と言いたいのだろう。それでも黙っているのは、彼女もこの場に漂う緊張感を察しているからか。
「これを見てくれ」
隊員が集まったことを確認したところで、ゴドーは司令室にある大きな画面を指し示した。
そこに映し出されたのは、旧市街地の地図だ。
地図上のマーカーが、レーダーにあった反応……アラガミの位置を示している。
「え……この数は……?」
隣で画面を見ているレイラが、息を呑んだのがわかった。
「諸君に調査してもらった結果、支部周辺のアラガミは短期間で大幅に増加していることが判明した」
「同一エリア内にアラガミの反応が十体……かつてない数ですね」
言いながら、リュウがちらりとこちらを見た。
俺は頷き返しながら、別のことについて思考を巡らせていた。
『アラガミ増加』
先の戦いのなかで、マリア……あの声の主は、確かに俺にそう言った。
あの言葉は、あのエリアだけじゃなく、もっと広い範囲のことを示していたのか……?
「このままアラガミが増え続けたら……」
「なんだ、恐いのか?」
不安そうにつぶやくレイラに、リュウが挑発するように言葉をかける。
「誰が恐いなんて言いましたか!」
「言い合いはよせ。力は全部アラガミにぶつけろ」
口論をはじめた二人を、ゴドーが制した。
それでもレイラは不機嫌そうにリュウを睨み続けていたが、こうしたやりとりは日常茶飯事なのだろう。二人の様子を眺めながら、ゴドーは口の端を吊り上げた。
「では、ひと仕事しに行くか」
俺達はすぐに、目的地である旧市街地へと赴いた。
『アラガミの接近を確認! 戦闘準備、願います!!』
カリーナから通信が入ると同時に、肉眼でもその姿が確認できた。
こちらに気づいたアラガミが、咆哮を上げながらこちらに迫ってきている。
「予定通り、セイはリュウと組んでザイゴートを叩け。レイラは地上の小型種、俺は中型種を始末する」
「よろしく、新人さん!」
「ああ、よろしく頼む」
「ザイゴートの動きは捉えにくいわ、深追いは禁物よ!」
「わかった、レイラも気を付けろよ」
「……ええ」
作戦を確認し、ゴドーとレイラがそれぞれの目標に向かって駆け出した。
俺とリュウはその場に残り、神機を構える。
「レイラの言った通り、飛行型のザイゴートは動きがかなり俊敏です。注意してください」
「ああ、わかった」
攻撃の意思を感じ取ったのか、ザイゴートが不快な咆哮を上げた。
黒い卵の表面に、女体を張り付けにしたかのような悪趣味な姿。赤く濁った大きな一つ目が、こちらをまっすぐに見据えている。
「きますよっ」
「わかっている……!」
宙を舞ったザイゴートが、猛烈な勢いでこちらに突っ込んでくる。
その動きを確認しながら、俺とリュウは左右に分かれるようにして跳躍する。
そのまま横合いから、挟撃できればよかったのだが……
跳ぶ瞬間、ザイゴートの目が俺を視界から外したのが分かった。
(っ……狙いはリュウか!)
俺がそれを理解した時には、すでにザイゴートは動き出していた。
突進の最中、軌道を修正したザイゴートは、スピードをつけたままリュウの横腹に襲い掛かる。
俺はと言えば、皮肉にも反対方向に跳んでいる。着地し、踏ん張ってから走り出したのでは、リュウを助けるには間に合わない……!
「このっ……!」
俺は咄嗟に、目の前の地面に向けて神機を力強く突き出した。アスファルトが裂け、神機が地面に深く突き刺さる。
神機が固定されたことを確認すると、肘を折り曲げて神機に身体を引き寄せる。神機を支点にして、空中で弧を描く要領だ。振り子のように腕を使って、半円を描いたところで着地する。
体の向きを入れ替えた俺は、そのまま神機を引き抜くと、勢いのまま正面に向けて斬りつけた。
背後から斬りつけられたザイゴートが、大きな口を開いて絶叫する。
「くっ……」
その隙に、リュウは背後に跳んでザイゴートから距離を取る。
ザイゴートの目玉がぐりんと動き、俺を見据えた。
どうやら寸前で背後からの攻撃に気付き、致命傷を避けていたらしい。
「……だったら、もう一撃ッ!」
「っ……深追いは危険です!」
再び神機を振るおうとした俺に、リュウが叫んだ。
その意味を理解する前に、ザイゴートはこちらにその管を向けていた。
人体の足に当たる部分……ラッパ状に広がる管の奥から、勢いよくガスが噴出される。
「っ! ゲホッ、これは……!?」
「毒霧です! 下がって!」
「……ぐっ!」
激しく咳き込みながら後退する俺に、ザイゴートが迫る。
「させません!」
直後、神機を銃形態へと切り替えたリュウが、ザイゴートに銃弾を打ち込んだ。
二発、三発と連続で銃弾は命中し、ザイゴートがたまらず怯む。
俺はリュウの援護を受けながら、彼の傍まで後退する。
「……すまない、助かった」
「お互い様ですよ。それに、マリアさんの弟さんを死なせるわけにはいきませんしね」
息を整えながら礼を口にすると、リュウは気のない素振りでそう返した。
その姿は、自己紹介のときの柔和な印象からはかけ離れたものだった。おそらく、こちらが本当の彼なのだろう。
「それよりも、今の状況をなんとかしましょう。このままでは埒が明きませんよ」
言いながらリュウはバレットを放つ。
ザイゴートは銃撃に怯みながらも、倒れる気配はまるで見られない。
「銃形態では仕留めきれない。近付けば毒霧を吐かれる……か」
「そうですね。それに……何より厄介なのが、あの広い視野です。迂闊に近づくのは、得策ではないでしょう」
「……なるほど」
リュウの言葉を受け、俺はザイゴートに向けてゆっくりと歩みはじめた。
「セイさん……? いったい、何をするつもりですか」
「合図をしたら援護してくれ、あとは俺が何とかする」
「ですが――」
リュウの返答を待たずに、神機を構えて駆け出した。
そのことに気が付いたザイゴートが、咆哮を上げながらこちらに向かって突進してくる。
それを見た俺は、さらに勢いをつけてザイゴートに向かっていく。
「セイさん……!」
ザイゴートと俺の距離が、みるみるうちに狭まっていく。
正面からぶつかり合えば、こちらが吹き飛ばされることは必至だろう。
だが、躊躇してはいられない。
ザイゴートは広い視野を持つ。背後からの攻撃すらも避けてみせるのだから、死角なんてほとんどないのだろう。
だったら、やれることは一つだ。
俺が死角を作ってやればいい。他のものが見えなくなるくらいに、俺が近づいてしまえばいい。
ザイゴートに肉薄する。
間違いなく、ザイゴートの目には俺しか映っていないだろう。
神機を銃形態に切り替え、牽制とばかりにバレットを放つ。
ザイゴートが一瞬、躊躇を見せた。その瞬間に、しゃがみ込んでザイゴートの足元へ滑り込む。
「――リュウ!」
「まったく、死なないでくださいよ……!」
ザイゴートの目が俺を追う。それと同時に、リュウが放ったバレットがザイゴートの目に命中した。ザイゴートが叫び声をあげながら、ラッパ状の器官を振り回し、毒霧を振りまく。
しかし、その先に俺はいない。
「おぉおおおおおおおおおおおおおッ!」
地面を蹴って跳んだ俺は、逆手に持った神機に体重をかけ、ザイゴートの目に突き刺した。
耳をつんざくような咆哮が響く……まさしく断末魔といったところだろう。
ザイゴートはその後もしばらく必死にもがいていたが、ほどなくして力を失い、そのまま静かに地に伏せた。
(勝った……)
「まったく、無茶な戦い方をしますね」
戦いを終えたところで、リュウがこちらに近づいてくる。
「マリアさんがあなたを心配していた理由が、少しわかった気がしましたよ」
「……それについては、返す言葉もないな」
そう言いながら、互いに小さく笑みを浮かべた。
だが、いつまでも休んではいられない。
「ザイゴートが呼んだのでしょう。……厄介ですね」
周囲にはすでに、俺たちを取り囲むように新たなアラガミの姿があった。
立ち上がろうとする俺を、リュウが制する。
「まだ疲れが残っているのでしょう? 休む時間くらいは稼ぎますよ」
リュウはそう言って間を置かずに敵に向かっていく。
そんな彼に感謝しながらも、状況が状況だ。厚意に甘えてはいられない。
リュウに合流するため、俺は再び立ち上がろうとして――
そこでまた、あの感覚が俺を襲った。
(っ!? また、この感覚……ということはっ!?)
俺は違和感に頭を抱えながらも周囲を見渡し、彼女の姿を探した。
その姿は、拍子抜けする程あっさりと見つかった。だが……
「マリア……!」
「アラガミ……不足」
(何……?)
純白の女性は、そう短く口にした。
「アラガミが不足しています……不足……」
「不足? それはどういう……!?」
尋ねながら、俺はマリアに向けて歩みを進める。
そしてそのまま、その手を掴もうと――
「っ! マリア……!!」
次の瞬間には、マリアはどこにもいなくなっていた。
『付近のアラガミを掃討しました! やりましたね!!』
レーダーの反応がなくなったところで、再びカリーナさんの通信が入った。
「よくやった」
すでに合流していたゴドーが、戦いを終えた全員に向けてねぎらいの言葉をかける。
「じゃ、帰るぞ」
『はやっ!? 少しは勝利の余韻、みたいなのはないのかしら……』
通信越しに、カリーナがズルっと転びかける気配を感じた。
そのやりとりに、少し安心感を覚える。
「やった……素材がこんなにたくさん獲れたぞ!!」
そんな中、おそらく勝利の余韻に一番浸っていたのは、リュウだった。
「へえ、リュウでも素直に喜ぶことがあるのね」
「アラガミ素材に興味がないお姫様には、わからないだろうさ」
「ええ、わたくしの興味は、どんな素材でも簡単に手にいれられる強さにありますから」
「……ふんっ」
レイラの言葉に、リュウは答えず鼻を鳴らしただけだった。
レイラもそこで、リュウへの興味は失ってしまったらしい。
「それにしても、ゴドーは中型種を一人で仕留めたのに、あんな風に平然と……あれが支部最強の姿なのですね」
レイラはゴドーの背中を眩しそうに見つめていた。
恐らく、ゴドーに憧れているというよりは、その強さが欲しいと考えているのだろうが。
(それにしても、中型種……か)
この前に引き続き、このエリアでは珍しい中型種の出現に、今回は小型種まで合わせて複数のアラガミが現れた。
これがマリアの声が言っていた「アラガミの増加」を指していたのなら、納得ができる。
しかし……先ほどマリアは「アラガミが不足しています」と口にした。
(俺たちがアラガミを倒したからか……? それに、アラガミが不足しているというのは……)
「ん……どうしました? そんなに渋い顔をして……」
「……いや。何でもない」
レイラにマリアの話をしても、不快に思われるだけだろう。
俺は考えるのを中断し、そのままゴドーの後を追った。