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「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第五章 イルダ編「白き花の名の下に」


「GOD EATER 3」キャラクターノベル イルダ編「白き花の名の下に」 ~第五章-8話~
 それから数年――
 激務が祟ったのか、第一次灰域攻略作戦から間もなく、私の父が命を落とした。
 感応レーダーを初めとする、灰域攻略に必須となる数々の発明。
 それらの利権を有していた父の下には、莫大な財産が転がり込んでいた。
 私ですら全く与り知らぬことではあったものの、父はそれらの財産を全て私に相続する手続きを済ませていたらしい。
 父の遺書には家族とちゃんと向き合うことが出来なかった後悔と謝罪。そして私個人に対して、託した財産をどうか人類のために役立ててほしいという願いが綴られていた。
 自分のためではなく、人類のためにと書き残すあたりが父らしい。
 けれど、その一件が私にとって大きな転換点となった。
 ……この欧州地域では、相変わらず子供たちを対象に非道な実験が続けられ、AGEたちは日夜過酷な任務に従事させられている。
 もうグレイプニルという組織の庇護下では、子供たちを守ることは困難になりつつあった。
 だからこそ私は、独立を決意した。
 父の遺産を早速派手に使い込み、私は辺境にある小さなサテライト拠点を買い取った。
 ――いつか夢を語り合った、刹那の思い出が残る場所を。
 壊滅状態にあった拠点をミナトとして改修。
 同時にグレイプニルとのコネクションを使い、やや違法な手段ではあったものの、新造された灰域踏破船も一隻手に入れることが出来た。
 父の遺したもう一つの遺産、最新式の感応レーダーも搭載してある。
 ……もっとも、これを操る『航海士』を手配することがどうしても出来ず、行動範囲は著しく制限された状態だけれど。
 私は着実に、必要なものを手中に収めていった。
 これは時代に合わない、ささやかな抵抗なのかもしれない。
 けれど、子供たちが不安に怯えることのない理想郷を作りたい。
 その願いが間違いであるはずないと、ひた向きに信じ続けて。
 かつて抱いた夢に手を伸ばすように。私は進み続けた。
 そして――世界に一輪の花が咲く。


「まさか、直々に出向いて頂けるなんて……」
 自分のミナトが一応の完成を迎えて、間もなく。
 初めての来客がエントランスにやってきていた。
「ミナトの完成、おめでとうイルダ。門出を祝福したくてね。君ならばミナトの運営も上手くこなせるだろう」
 来客は、エイブラハム・ガドリン――
 連絡が来た時は、本当に驚かされた。
「祝いの言葉、ありがとうございます。……それで、本日のご用件は?」
 挨拶のためだけに来たはずがない。
 早くもグレイプニルの傘下に付けと圧力をかけに来た可能性も十分ある。
 内心の緊張を押し隠しつつ、総督の言葉を待った。
「今日ここに来たのは、ある商談を持ち掛けたかったからだよ、イルダ」
「商談?」
「灰域航行法により、AGEがミナト間を移籍する場合はグレイプニルの調停が必要になる。こうして私が居合わせた方が話が早いのでね」
「AGEの移籍? ……すみません、話が見えないのですが」
 何を言っているのか、察することも出来ない。
 しばらくして――一人のAGEが歩いてきた。
 真っ白な髪に、視覚を完全に遮断するような分厚い目隠しをした少女だ。
 この子は一体。そう思った瞬間。
「……久しぶり、イルダお姉ちゃん」
 その声に、心臓が跳ね上がった。
 口元に浮かぶ小さな笑みに、強烈に記憶が呼び起こされる。
「……イーリス、なの?」
「良かった、覚えててくれたんだ」
 ほっとしたように吐息する目の前の少女に、戸惑いを隠せない。
 進み出たガドリン総督が、淡々と事情を説明してくれた。
「適合試験を受けてから、つい先日までずっと昏睡状態だったのだよ。目覚めてからしきりに君の安否を気にするものでね。話を聞けば当時から君と親交があったと言うじゃないか」
「そんな……じゃあ、本当に……?」
「うん。お化けじゃないよ。あたし生きてる……ここにいるよ」
 言葉にならない思いが胸いっぱいに広がった。
 胸に残るこの子の笑顔に、どれだけ救われてきただろう。
 始まりの光を思い出させてくれるその笑顔が今、目の前にある。
 けれど、この分厚い目隠しは――まさか。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。目は見えなくなっちゃったけど……不思議なんだ。前よりずっと強く周りのことが感じ取れるようになったの。だから、そんな顔しないで?」
 AGEになったことで、より一層感覚が研ぎ澄まされた、ということなのだろうか。
「彼女は抜群の感応能力の持ち主だ。AGEとして前線には出られないが、感応レーダーの制御に高い適性を見せた。グレイプニルの訓練でも優秀な成績を残している」
 総督の指示で、ロックされていたイーリスの腕輪が解除される。
「航海士の不足に苦慮していると聞いたのでね。我々から前途有望なミナトへの先行投資として、彼女をこのミナトに預けたい」
 難しい顔を浮かべて、総督はそう言った。
 こうしてイーリスと再会させてくれたことは、総督の心遣いなのだろう。
 だけど、この子はAGE黎明期の被害者だ。
 人類の未来のため。その大義のために、私たちが目を背けてしまった子だ。
 これから、イーリスにどんな思いで向き合っていけば良いのか、分からない。
 或いはこの思いも、今の彼女には伝わってしまっているのだろうか。
「君と共にあるのが、この子には一番良いと思ったのだが、任せて良いかね?」
「……はい。ありがとうございます、総督」
「……こんなことを言う資格はないが……このミナトが、かつて聞かせてくれた理想郷となることを願っているよ、イルダ」
 悠然と去っていく総督に深くお辞儀をして、自由になったイーリスを抱きしめる。
 ――けれど、自由になったイーリスは私を抱きしめ返してはくれなかった。
「……さ、イルダお姉ちゃん。何処に行きたい? 何処までも運んであげるよ。これからはあたしがイルダお姉ちゃんの目になるから」
 淡々と、イーリスはそう言った。
 口元に笑みは浮かんでいるものの、その言葉にかつてのような覇気はない。
 目覚めたイーリスがこれまでに何を聞かされ、何を思ってここに来たのか。
 それを考えると不安に駆られずにはいられなかった。
「……イーリス、貴女は本当にそれでいいの?」
「うん。それくらいしか、今のあたしに出来ることはないから」
 らしくない卑屈な言葉が、私の胸に鈍痛を走らせる。
「命令して? イルダお姉ちゃん。お姉ちゃんのためなら死んだって構わない」
「イーリス、そんなこと……っ!」
「それが生き残ったあたしの役割だもの……だから、そんな風に悲しまないで? あたしはもう……それで、いいから」
 家族の死を突きつけられ、孤独に打ちのめされ。
 誰よりも強く優しかったこの子でさえも、自分の命の価値を見失ってしまった。
 決してそんなことはないと伝えなければならない。
 だけど、後ろめたさを抱えた言葉では、きっと今のこの子には届かない。
 この子の心を取り戻すにはどうすれば――
「……それは違います、イーリスお姉ちゃん」
 その時、不意に後ろから声がした。
 目に涙を浮かべ、いつの間にかそこに立っていたのは、エイミーだった。
「覚えてますか? 出会った頃、お姉ちゃんが私に聞かせてくれた理想郷の話」
 この数年、エイミーは子供たちとの触れ合いを続け、ようやく自分の言葉を取り戻した。
 沢山の優しさで心を埋め合わせた彼女が、今、暗闇に立ち尽くしているイーリスをそっと抱きしめる。
「怖いものなんか何もない場所で、みんなで笑って暮らそうって……そう言ってくれましたよね? ここはイルダさんが、あの日の夢を必死に叶えようとして作ったミナトなんです」
 エイミーがこれまで受け継いできた想いを、優しくイーリスに返していく。
「あの時、イーリスお姉ちゃんが助けてくれたから、私は今ここにいます。だから今度は……私がお姉ちゃんの手を引っ張る番」
「あなた……あの時の……?」
「はい。ずっと夢見てきたこの場所で、イーリスお姉ちゃんに伝えたかった言葉が沢山あります。だけど……やっぱり最初は、約束を果たしたいから」
 イーリスの手を、エイミーが優しく包み込む。
「私の名前は――エイミー・クリサンセマムです!」
 それはきっと、このミナトで初めて起きた奇跡。
 絆という光が、暗い瞳に光を宿す瞬間。
 私は再び、その瞬間に立ち会うことが出来た。
「クリサン、セマム……」
 分厚い目隠しの奥から、イーリスの涙が零れ落ちる。
「……イーリス、感じ取れる? まだまだ完成には遠いけれど、このミナトは紛れもなく、あの頃思い描いた夢の舞台よ」
 それだけは、揺るぎない自信と共に断言できる。
 ミナト・クリサンセマム。
 ようやく辿り着いた、私たちの始まりの場所。
「このミナトは児童養護施設も併設しているの。あの頃のように身寄りのない子供たちや、見捨てられたAGEたちが多く暮らしている」
 私もイーリスの手を取って、言葉を投げかける。
「このミナトで暮らす沢山の家族を守るために、これから色々な事業を始めようと考えているわ。貴女がグレイプニルで聞いてきたような危険な任務は……よほど報酬が良くない限り受けないつもり」
 隣で苦笑するエイミーに、私も笑みを返す。
「イーリス、今の貴女ならきっと大勢の子供たちの心に寄り添ってあげられる。貴女には養護施設のリーダーとして、うちで働いてほしい」
「で、でも! あたしは航海士として選ばれたんじゃ……」
「ええ。今の私たちにはその力が欠けている。貴女に頼るしかないのが現実よ。だから――AGEとしてではなく、このミナトの家族の一員として貴女の力を貸してほしいの」
 息を飲むイーリスの手を強く握る。
「決めるのは貴女よ、イーリス。誰かの命令でなく、貴女が自分の意志で決めていいの」
「だ、だけど……」
「じゃあこう言いましょうか。……イーリス、もう一度私たちの家族になってほしい。あの頃のように、私たちと同じ夢を見てほしいの」
 エイミーと頷き合い、心からの気持ちをイーリスに届ける。
 現実に塗り潰された心のキャンバスに、もう一度夢を描けるように。
 誰よりも優れた感応能力を誇る彼女の心に、私も心から手を伸ばす。
「……ありがとう。お姉ちゃん、エイミー……」
 やがてイーリスは、自由になった両手で目隠しを外す。
 翼を広げるように腕をいっぱいに伸ばしたイーリスは、掲げられているクリサンセマムのエンブレムを見つめた。
「――うん。分かった! イルダお姉ちゃん、エイミー、道案内はあたしに任せておいて。あたしが、この世界の何処までも連れていってあげる!」
 温かな追い風のような言葉が、ミナトに響き渡る。
 イーリスが私たちの翼になってくれる。その事実が、何より嬉しかった。
「ええ、出航の準備を始めましょう!」
 今なら、辿り着けるかもしれない。
 このミナトに迎え入れたい、かつての夢の欠片。
 当てもなく灰域の中を転戦しているという、いつか私の夢を守ってくれた、あの人に。


 巨大な湖を臨む、ゴッドイーターたちの古い前線拠点。
 そこに、彼はいた。
 虚ろな表情で座り込むその姿は、あの頃より更にやつれたように見える。
「……久しぶりね、リカルド・スフォルツァ」
 呼びかけに目を丸くしたリカルドは、呆れたような笑い声を上げた。
「は、は、は……いよいよ俺も終わりかねぇ。女神さまの幻覚まで見えるようになっちまったか……」
 そう言ったきり、リカルドはまた何もない虚空を見つめた。
「……リカルド、単刀直入に言うわ。貴方をスカウトしたい。私のミナトで働かない?」
 数秒、睨むように私を見上げて、リカルドは鼻を鳴らした。
「わざわざ冗談を言うために来たんですか?」
「貴方の経歴は全て調べたわ。……悪いとは思ったけれどね」
 あの日、サテライト拠点で出会う前に何があったのか。
 どうして彼が、あれほどまでに拠点を守ることにこだわっていたのか。
 今なら、よく分かる。
「貴方は得難い人材よ。貴方以上の適任者はいない、その力を貸してほしいの」
「……それは、哀れみですか。イルダさん」
 依然重い腰を上げないリカルドが、暗い眼差しを私に向ける。
「下らない思い出があんたの呪いになってるってんなら、付き合わせないでください。俺はもう……眩しいのはこりごりだ」
 掠れた声で、リカルドはそう続けた。
「夢物語の続きなら……俺以外の奴と描けばいいでしょう」
 あの頃の、何の疑いもなく自分の夢に想いを馳せていた日々が脳裏に蘇る。
 私の隣で共に同じ夢を追いかけていた人は、もういない。
 ――近頃、何者かの手で各地のキャラバンが 襲撃され、不当な扱いを受けていたAGEたちが消息を絶つという事件が相次いでいた。
 首謀者の正体は未だ不明。
 けれど。名も無きその英雄の正体を、きっと私は知っている。
 彼は今でも、過去に苦しみながら闇の中を彷徨っている。
 私の進む道の先に、もう彼はいない。
 けれど、二度と交わることのない闇の中で、ほんの一瞬でもクリサンセマムの名が彼に届くなら。
 その名が心に涼風を呼び起こすのなら――私の歩みには意味があるはずだから。
「呪いじゃないわ、リカルド。これは希望よ」
 力なく座り込んだままの姿に、私は手を差し伸べる。
 ほんの一時でも同じ夢を見てくれた人が、もう闇の中に落ちていかないように。
「一緒に来なさい。あの日見た夢を、もう一度貴方に見せてあげるわ。今度は夢物語ではなく、現実に守るべき家族が暮らす場所として」
 強引な勧誘だということは分かっている。
 それでも、私はもう手を伸ばせなかったことを後悔したくないから。
 どうか、この手を取ってほしいと願って。
 心の壁を打ち砕くように、一歩を踏み出す。
「理想郷に辿り着くためには、一人でも多くの協力者が必要なの。私は、貴方とならその場所に辿り着けると信じている。私と一緒に――もう一度同じ夢を目指してほしい」
 曇ったその瞳が、微かに光を灯す。
 あの頃と、同じように。
「……相変わらずなんですね、貴女は」
「ええ。目指す場所は何も変わらないわ。今度こそ……辿り着いてみせる」
 リカルドは、傷だらけの自分の手を見つめた。
 やがて遠い記憶を振り返るように、深く目を閉じて。
「今度こそ、か……」
 次の瞬間、リカルドの手が私の手に重ねられた。
「理想郷……お供しますよ。こんな死に損ないで良ければね」
「リカルド……」
 私の手を取り、ゆっくりと立ち上がったリカルドが、自嘲気味に微笑んだ。
 疲れたような表情も、その瞳に宿る優しさも、その手の温かさも、あの頃と変わらない。
「つっても、あまり期待しないでくださいよ? しがないゴッドイーターなんでね……」
「ありがとう……安心して? 貴方に向いた仕事が山ほどあるから」
「はっはっは! そりゃいいや。どうせなら楽しんでいきましょう」
 両手でリカルドの手を包み、笑顔を向ける。
 長い時間を経て、私の夢は再び色づいていくようだった。


「――これより発進シーケンスに移行します」
 灰域踏破船のブリッジに座って、私は頼もしいクルーたちを見つめる。
「えーっと? メインアキュムレーターからのエネルギーフロー確立……イルダさん、対灰域隔壁の操作ってのはどうすれば?」
「リカルドさん、分からなければその操作はこちらでやりますので」
「あ、そう……? 若いのに頼もしいなあエイミーちゃん。じゃあ次は船体周囲の偏食場シールドを……って、何だこりゃ?」
「あ、それも私が……」
「えへへ、何か頼りないおじさんだねぇ、本当に大丈夫?」
 からかうように笑うイーリスとエイミーに、リカルドは申し訳なさそうに苦笑しながら頬を掻く。
「参ったね。麗しい女性が沢山乗ってるから、ここが理想郷かと思ったら……案外居心地が悪そうだぞこりゃ。乗る船間違えたかな?」
「簡単には下ろさないわよ、リカルド? 言ったでしょ、呑気にしてる暇はないって」
「ははっ、覚悟しておきますよ。俺も、後悔させる気はないんでね」
 ――ようやく、本当のスタートラインに立てた気がする。
 過去の全てを乗り越えて、バラバラになった夢の欠片を集めて。
 ここからもう一度、未来へ向けて羽ばたいていく。
 私は、この選択が正しいと信じている。
「全システム、オールグリーン。クリサンセマム、発進できます!」
「イルダお姉ちゃん、次は何処まで行く?」
 私を振り返る、かけがえのない家族たち。
 親愛の笑みに応え、私は立ち上がる。
「本船はこれより、ミナト・クリサンセマムへ帰港します。……帰りを待つ家族たちに会いに行くわよ」
 新たな未来の礎と、共に手を携えていくために。
「灰域踏破船クリサンセマム……発進!」
 私たちは、道を拓き続ける。


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