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「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第五章 イルダ編「白き花の名の下に」


「GOD EATER 3」キャラクターノベル イルダ編「白き花の名の下に」 ~第五章-7話~
 遂に、各地のサテライト拠点を足掛かりに新たな人類の拠点が誕生した。
『先の見えない灰の大海の中にあっても、人々の寄る辺となれるように』
 そんな願いと共に、その拠点は『ミナト』と呼称されるようになった。
 続々と建造されていくミナトに、行き場を失った人々は少しずつ保護されていったものの――
 各地の混乱は未だ完全には収まらず、急速に推し進められたミナトへの移管作業の杜撰さも相まって、旧フェンリルが独占していた多くの技術が流出。
 ミナトへの受け入れが認められず、死の恐怖に怯えるしかない人々が一縷の希望に縋るように流出した技術を用い、ろくに整備もされていない環境で適合試験を実行。
 民間人の間でも適合試験による大量の犠牲者を生み、同時にグレイプニルの管理下にない『非正規』ゴッドイーターが多く誕生するという問題が発生した。
 事態の収拾を図るには、一刻も早くAGEの開発を確立しなければならない。
 しかし、子供たちを対象とした第二世代型のAGE適合試験すらも、長期間にわたって安定した成果を出すことが出来なかったこと。
 非正規ゴッドイーターの増加を逆手に取ったグレイプニルが、AGE開発や、灰域の内部情報に高額な報酬を定めたこと。
 様々な要因が重なり、欧州地域の子供狩りは終わりを見せず。
 あまりにも多く失われた命は、正規ゴッドイーターたちの生命に対する価値観を、ゆっくりと、しかし確実に曇らせていった。
 ――だが。
 それでもようやく、人々は希望に手をかけた。
 第二世代型の実験を繰り返すうちに、灰域用に調整された『P53-c偏食因子』の開発に成功。
 灰域を前に手をこまねくばかりだった正規ゴッドイーターたちも、灰域内で活動が可能になった。
 黎明期の適合試験を生き残ったAGEたちの兵士としての練度も上がり、グレイプニルは遂に灰域攻略を目的とした部隊の編制に漕ぎつけた。
 対抗適応因子の研究を進めるうちに開発された『対灰域装甲壁』。
 これを用いた新型の移動要塞『灰域踏破船』。
 私の父が完成させたオラクル通信技術の結晶『感応レーダー』。
 あらゆる準備を整え、グレイプニルは『第一次灰域攻略作戦』の実行を宣言した。


 グレイプニルの主幹ミナトとして、現在も拡張が続けられている大型のミナト・アローヘッド。
 私は今、そこに身を置いていた。
「ヴェルナー……」
 作戦開始直前、私は恋人の下へ駆けつけた。
 P53-c偏食因子を投与し、灰域攻略作戦の指揮を執るのは他でもない、彼だった。
「見送りに来てくれたのか、イルダ……」
 こうして話すのは、久しぶりだった。
 施設の子供たちが強制的にAGE適合試験を受けさせられた一件から、私たちは徐々に顔を合わせなくなっていった。
「……君が預かっているという子供たちは、元気か?」
「……ええ、貴方のお陰で」
 私は今、エイミーを初めとした孤児たちや、到底AGE適合試験を受けられないほど幼い子供たちを保護して暮らしている。
 ヴェルナーが手を回してくれたのか、私のもとに子供たちを引き渡すよう詰めかけてくる者はいなかった。
 エイミーも、まるでイーリスの真似をするかのように、自分より幼い子に優しく寄り添ってくれている。言葉も少しずつ回復の兆しを見せていた。
「未来を生きる大切な命だ。君と一緒なら、きっと健やかに育つだろう」
 心からの気持ちなのか、ヴェルナーは穏やかに微笑んだ。
「ヴェルナー、どうか気を付けて……」
「ああ。この作戦を成功させて必ず思い出させてみせる。今から共に戦うAGEたちこそが、人類を導く真の希望なのだと。断じて……軽視していい存在ではないのだと」
 固く拳を握るヴェルナーが、燃えるような眼差しでそう言った。
 作戦の様子は中継され、この戦いに臨むAGEたちも、多くの犠牲の果てに誕生した新たなる英雄たちであると広く伝えられている。
 この作戦が成功すれば、AGEの待遇は間違いなく好転するだろう。
「ようやく……ようやく訪れた贖罪の日なんだ。この作戦で全てを覆してみせる」
「貴方は、やっぱり……」
 死んでいった子供たちに報いるために――
「……時間だ。待っていてくれイルダ。俺が全てを取り戻してくる」
 私の肩に手を置いて、ヴェルナーは力強く歩いていく。
 遠ざかっていくその背中を、私はただ見つめることしか出来なかった。
 ……大型の船団が、灰域に飲み込まれたフェンリル本部を目指して発進していく。
 私の足は、自然とガドリン総督の下へと向かっていた。
「イルダ、か……」
 無数の大型モニターに埋め尽くされた管制室。
 完全ではないが、ここからなら戦場の様子を見届けることが出来る。
「総督、身勝手なお願いだということは分かっています。ですが……」
「君に、家族と、子供たちの戦場を直視する覚悟があるのかね?」
 総督の問いかけに、私も拳を握り締める。
 そんな光景を見たいはずがない。
 けれどこの場所が、到底背負いきれない重圧を背負って戦う彼に、一番近い場所なのだから。
 私は決意の眼差しを総督に向けた。
「……そうか。いいだろう、ここにいなさい」
 その横顔が、底知れない悲しみを帯びているように見えたのは気のせいだろうか。


 ――作戦が開始された。
 感応レーダーによって切り開かれていく、灰域踏破船の航路。
 安全な中継地点に置かれていくビーコン。
 両手に赤い腕輪を嵌めたAGEたちが、子供とは思えない動きでアラガミを両断していく度に、現場では感嘆の吐息が漏れた。
 先陣を切って幼い英雄たちを先導していくヴェルナーもまた、モニター越しでも凄まじい気迫に満ち溢れているのが伝わってくる。
 ヴェルナーにとっては間違いなく、心から待ち望んだ一戦。
 己の全てを、今日この日に賭けているに違いなかった。
 正規ゴッドイーターたちも、久しぶりの実戦に闘志をみなぎらせているのが分かる。
 多くの犠牲の果てに、再びゴッドイーターたちが灰域の中で意志を一つにした――
 モニターの一つには、外で固唾を飲んで中継を見守っている人々も映っている。
 英雄たちの再来に、見守っている人々からも歓声が上がった。
 同じ希望を目指して、絶望を翔け抜ける一体感を誰もが共有した、その時。
 それは起こった。
「っ!? AGEたちのバイタルに異常反応! これは……?」
 最前線を征く部隊を映していたモニターが、異変を検知する。
「AGEたちのオラクル細胞が急激に活性化! 腕輪の制御能力を遥かに上回る数値です! なに、これ……連鎖的にどんどん広がっていきます!」
 騒然とする管制室の中、モニターの向こうで一人のAGEが映し出された。
 希望に溢れていた空気を引き裂くような悲鳴と共に、両腕の腕輪が砕け散る。
 肉体の内側からオラクルに 侵喰され、瞬く間に異形の姿となったAGEがおぞましい咆哮を上げた。
 続けざまに二人、三人……波紋が広がっていくようにAGEたちが次々とアラガミ化し、暴走を開始する。
「出撃していた全てのAGEたちが暴走を始めています! 全灰域踏破船、航行停止! こ、このままでは!」
 ――画面の向こうで繰り広げられる惨劇に、身じろぎ一つすることが出来なかった。
 アラガミ化したAGEたちは、これまで失われてきた子供たちの怨嗟が形作ったかのような不気味な姿を晒し、意趣返しの如き壮絶さで正規ゴッドイーターたちを襲撃。
 ものの数分で、部隊を全滅へと追いやった。
「……ヴェルナーは?」
「通信途絶、生死不明!」
 鮮血と、システムエラー。立ち並ぶ大型モニターが『朱色』に染まっていく。
 ノイズと警告音が響くばかりになった管制室に、地の底のような絶望が満ちていく。
「そん、な……」
 目の前の現実を、誰もが受け入れられずにいた時。
「……ふざけるな」
 中継を見ていた正規ゴッドイーターの一人が、声を上げた。
「何が……人類の希望だ。あいつらを作り出すために、どれだけの仲間が死んでいったと思ってる!」
「そうだ、俺たちの戦いはあんなバケモノを生み出すためのものじゃなかったはずだろ!」
 AGEに対する疑念と憎悪に溢れた声が、人々の間に広がっていく。
 つい数分前まで希望に湧いていた人々の心が。
 醜い色に染まっていく。
『……父上、聞こえるか』
 その時。管制室に重い声が響き渡った。
 沈黙を保っていたガドリン総督が、弾かれたように立ち上がる。
『俺は、生きている……暴走したAGEたちも……全て処理した』
 その言葉の意味を察し、私は息を飲んだ。
 映像は復帰しないまま。しかし地獄から響いてくるような声が、不気味なほど冷静に状況を伝えてくる。
『俺の船はまだ動く。ビーコン情報を辿り、これより帰還する』
「ヴェルナー!」
 思わずその名を叫ぶ。
 けれど、その呼びかけに返事はなく。
 永遠にも思えるような沈黙を挟んで、通信は断ち切られた。
 ――数時間後。半壊状態の灰域踏破船がアローヘッドに帰還した。
 船から、変わり果てた姿となったヴェルナーが一人で下りてくる。
 余すところ無く血に染まった軍服。顔に深々と刻まれた十字傷。燃えるようだった赤い髪には、濁るような黒色が入り混じっている。
 何よりその左腕に、もう一つの新たな腕輪が装着されていた。 
「……よく戻った、ヴェルナー」
 誰よりも先に、ガドリン総督がヴェルナーを出迎える。
 しかし、周囲から英雄の帰還を歓迎する声はなく。
 この歴史的な敗走を責める人々の声がひたすらに響いていた。
「……黙れ」
 凄まじい迫力を秘めたヴェルナーの一声が、しかし虚しく怒号の中に消えていく。
「ヴェルナー……AGE適合試験を受けたのか?」
「……アラガミ化したAGEたちを止めるには、彼らの神機を使って仕留める他なかった……対抗適応因子による、あらゆる神機への適性を得なければ生き延びられなかった」
 掠れた声で語るヴェルナーを前に、私の頬を一筋の涙が伝う。
 誰よりもAGEを救いたいと願っていた貴方が。
 アラガミ化したAGEを殺すためにAGEになっただなんて――
「父上……貴方に止められるか? 人々の心が醜く堕ちていく、この連鎖を」
 親子の眼差しがぶつかりあい、固い沈黙を生む。
 そして――
「……私の進む道は変わらんよ、ヴェルナー」
 父親の一言に、ヴェルナーは静かに目を閉じる。
「……ならばもう、貴方に何も望まない」
 それが限界だったのか、ヴェルナーはその場に倒れ込んで意識を失った。
 医療班に運ばれていく彼を、私も追う。
 後には、いつまでも止まらない怒号の中心で一人佇む総督だけが残った。


 AGE暴走の原因は、腕輪の制御能力の不足にあった。
 従来のゴッドイーターよりも強力な戦闘能力と感応能力を有するAGEたちのオラクル細胞が、灰域内での長時間戦闘によって予測を超えて大きく活性化。
 腕輪による制御を受け付けなくなり、オラクルの異常が灰域を伝わったことで、連鎖的な暴走を引き起こしたとされた。
 この結果を受け、早くも強化された新型の腕輪が開発され――左右一対の腕輪を用いた第三世代型AGE適合試験が各地で始まった。
 その腕輪には、手錠のようなAGEの拘束機能が最優先で取り付けられたという。
 各地のミナトではAGEに対する扱いがより苛烈になり、私たちの目指した理想郷は、今や灰域という地獄へ子供たちを送り出す牢獄として、その数を増やし続けている。
「……俺がここに来ると、分かっていたのか?」
 面会謝絶の状態でずっと眠り続けていたヴェルナーが目覚めたと知らせを受けた私は、病室ではなく、ここに向かっていた。
 灰域踏破船が並ぶ格納庫。
 緑化した月が照らす深夜、警備がいなくなるタイミングで、やはり彼はここに来た。
「……行くの?」
 きっと、そうするだろうと思った。
 ミナトの中に居る限り、今の彼の願いは決して叶わないことが分かってしまうから。
 どんなことをしてでも止める。そう決意して私もここに来たつもりだった。
 けれど眼前に立つその姿を見て――私の決意は揺らいでしまった。
 傷つき、やつれて、それでも目の中には妄執のような炎が揺れている。
 その炎の中にしか、彼が自分を許せる場所は存在しないのだろう。
「……皮肉なものだ。あの日、彼の語った幸福こそが……真の理想郷の在り方だったのかもしれないと思うようになるとは」
 俯き、ヴェルナーは自嘲するようにそう呟く。
 ――行かないでほしい。
 今すぐその体に縋りついて、傍にいてほしいと願いたい。
 けれど、その行いがどれほど彼を苦しめることになるか、分かってしまう。
 手を取ってしまったら、どちらかの願いが壊れて失われるのだと、分かってしまう。
 ヴェルナーもまた、多くの感情を秘めた瞳で私を見つめていた。
 深く相手を知るからこそ。誰よりも尊重したい相手だからこそ。
 私たちは、一歩を踏み出すことが出来なかった。
 互いに自分の心を殺し続ける、長い長い沈黙の後。
 ヴェルナーの方から、ゆっくりと視線を逸らした。
「すまない……」
 その背中が遠ざかっていく。
 夢の残骸が、燃え尽きた灰の中に消えていく。
 この瞬間を、きっと私は永遠に後悔するのだろう。
 けれど……受け入れるしかない。
 それが、何も出来なかった私に課せられた罰なのだろうから。


 夜明け頃になって、ようやく私は自室へと戻った。
 部屋の中では、エイミーを中心に幼い子供たちが寄り添いあって眠っている。
 ……安心した。とても子供たちに見せられるような顔ではないから。
 力尽きるように、部屋の片隅に座り込む。
 どれだけ彼の存在に心を救われていたのか、今さらながらに痛感した。
 何もかも、なくなってしまった。
 残されたのは、己の無力感だけだ。
 擦り減っていく心を瀬戸際で保つための力になってくれるこの子たちの寝顔も、今は未来への不安を呼び起こすものに見えてしまう。
 これから先、人々の憎悪からこの子たちをどう守っていけばいいのか、何も考えが浮かばない。
 私の中で、燃え尽きた夢が灰のように崩れていく。これから私は子供たちに、笑顔を見せることが出来るだろうか。
 ――空っぽになった心が重圧に潰れてしまいそうだった、その時。
 ふと、机の上に置かれたエイミーのスケッチブックが目に止まった。
 徐々に言葉を取り戻しつつある彼女だけれど、これは今でも彼女の思いや感情を表す大切なものだ。普段は出来るだけ触れないようにしている。
 けれど今は、ほんの少しでいい。
 誰かの心に触れたかった。
「……っ」
 開いた瞬間、こちらに手を伸ばす優しいイーリスの笑顔が目に入ってきた。
 これは、エイミーが初めて施設を訪れた日の思い出なのだろうか。
 一枚一枚、丁寧に丁寧に。
 あの施設で暮らしていた子供たちの姿が。
 いつの間にか忘れてしまっていた、思い出の欠片が描かれている。
 今、同じような子供たちがどんな目に遭っているのか、エイミーも知っているはずなのに。
 そこには、優しさに溢れた夢のような光景ばかりが描かれていた。
 最後のページを捲る。そこには――
「エイミー……」
 私と、ヴェルナーと、イーリスたち。
 笑顔を浮かべた家族たちが、咲き誇る白い花に囲まれている絵が。
 かつて私が思い描いた理想郷が描かれていた。
 ――この子の胸には、今でも家族に託された夢が生きている。
 寄り添って眠る子供たちの中にも、その夢はきっと伝わっている。
 失われてなんかいない。家族たちと分かち合った夢はまだ、ここにあるのだ。
『貴女は……どうか折れないでくださいね』
 脳裏に励ますような声が。手のひらに約束の温もりが蘇る。
 ここで、私が折れたら。
 かけがえのないあの日々が。私たちの夢に希望を見てくれた人たちの笑顔が、何もかも無になってしまう。
 そんなことは――それだけは絶対に――
「私は……っ!」
 自分の足で。自分の意志で。私は一人立ち上がる。
 灰が積もった心の中で、小さな花が芽吹いた気がした。


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