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「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第五章 イルダ編「白き花の名の下に」
「GOD EATER 3」キャラクターノベル イルダ編「白き花の名の下に」 ~第五章-6話~
対抗適応型ゴッドイーター、AGE。
灰域を構成する喰灰に、一定の耐性をもたらす 『対抗適応因子』の発見に伴い、その因子への適性を 見出されたゴッドイーターをこう呼ぶようになった。
しかし適性の有無は、実際に体内に喰灰と対抗適応因子を投与することでしか判断することが出来ず、適性が無ければそのゴッドイーターはそのまま死亡する。
少しでも成功率を上げるために、適合率の高い歴戦のゴッドイーターたちが次々に被験者として選ばれたが、成功率は五パーセントを切り、その多くが椅子の上で命を落としていった。
それでも、人類のために。
そう言って、高い志を持った英雄たちが幾人もAGE適合試験に志願した。
二度目の適合試験とも呼べるこの試練を乗り越える者が現れなければ、人類に未来は無いのだと。
数百、数千の尊い犠牲の果てに、喰灰や対抗適応因子の研究も進み、僅かながら成功率の高い適合試験の手順が確立されていった。
しかし――
「また今日も……AGE適合試験で部下を失ったよ」
積み上げられた屍の上に立つ者の心は、救われない。
夜遅く。私は自室で深くうな垂れるヴェルナーに、声をかけることが出来ずにいた。
「本当は、誰よりも先に俺が適合試験を受けるつもりでいた。俺が道を示すことで、後に続く者の心に少しでも勇気が呼び起こされればと……だが……」
フェンリル体制が実質的に崩壊した今、グレイプニルとガドリン総督は欧州全域に影響力 を持ち始めている。
総督の息子であるヴェルナーが軽率に命を危険に晒すような真似は、決して許されなかった。
「人が死に過ぎた……今やゴッドイーターたちの間では、AGEと口にすることすら恐れられている始末だ。仲間の死をただ眺め、迫る灰域を前に何も出来ず、恐怖から争いを始める罪もない人々を鎮圧する毎日……俺は何をやっているのだろうな」
いつかきっと報われる日が来る。もう一度夢を追いかけられるはず。
……浮かんでくる励ましの言葉も、犠牲になった命から目を逸らすための言葉に思えてしまって、私は口にすることが出来なかった。
それでも、少しでも傷ついたその心を癒してあげたくて。
どれほど残酷な現実が待ち受けていても、私だけは傍にいると伝えたくて。
無言のまま、そっとその体を抱きしめる。
「……すまない、イルダ。最近は情けない姿ばかり見せてしまうな」
立ち上がったヴェルナーは、力の無い笑みを浮かべてそう言った。
「明日からは改良を加えた、第二世代型のAGE適合試験が開始されるらしい。これで少しでも犠牲者が減ることを祈ろう。……今日は先に休んでくれ」
部屋を出ていくヴェルナーを見送って、私も一人うな垂れた。
もはやヴェルナーは夢に目を輝かせる研究者ではなく、一人のゴッドイーターとしての働きのみを期待されている。
同じ光を求めて歩いてきたその姿がどんどん遠ざかっていくようで、彼の隣に立つ意味を失っていく自分が、たまらなく悔しかった。
翌日――
私はイーリスたちを訪ねて、基地内の居住区へ足を運んだ。
しかし、子供たちの姿が何処にもない。
「みんな……?」
おかしい。基地内に一人として子供の姿がない。
イーリスたちの姿を求めて、私は息を切らしてあちこちを走り回った。
「はぁ……はぁ……イルダっ!」
やがて、私と同じように息を切らせたヴェルナーが現れた。
見開いた目の中に、動揺と、微かな怒りの炎が燃えている。
「ヴェルナー……イーリスたちが、何処にも……」
「っ……!」
踵を返して駆け出すヴェルナーを、反射的に私も追った。
辿り着いたのは、総督の執務室。
開け放たれた部屋の中から、ヴェルナーの烈火の如き怒声が轟いた。
「どういうつもりだ父上っ!」
無言のまま息子の怒りを受け止めているガドリン総督に、私もよろよろと近づく。
「総督……子供たちは?」
どうか、間違いであってほしい。
そんな願いと共に口にした問いかけだった。
「……基地内の子供たちには、第二世代型AGE適合試験を受けてもらった」
殴られたような衝撃に、思わずその場に膝をつく。
「対抗適応因子は通常の適合試験と同様、被験者が若いほど高い適合率を示す傾向にある……ならば、こうせざるを得ないだろう」
「ふざけるなっ! 子供にゴッドイーターになることを強制したというのか!? どうして事前に俺に伝えなかった!?」
父親の胸倉を掴んで叫ぶヴェルナーに、ガドリン総督は冷徹に応える。
「伝えれば、お前はこうして止めただろう」
「当たり前だ! 父上、どうしてこんなっ!」
「人類の未来のためだ」
その一言が、見えない何かに決定的な亀裂を生んだ。
私たちの夢の出発点。
誰もがその言葉を口にしなくて済む未来を、思い描いていたのに。
「既に欧州全域で第二世代型の実験が開始されている 。もはや、子供たちに希望を託すしかないのだ」
「……父上……貴方は……自分が何を言っているのか、理解しているのか……?」
「軽蔑してくれて構わない。だが……」
呆然と立ち尽くすヴェルナーの手を静かに外して、総督は言う。
「これが、私の進む道なのだ」
総督が執務室を後にする。
ヴェルナーは父の机に手をついて、俯いたままいつまでも口を閉ざしていた。
「まだ、間に合う子がいるかもしれない……」
祈りのような言葉を最後に、ヴェルナーは幽鬼のような足取りで部屋を去った。
一人、グレイプニルの指導者の部屋に――この地で最も夢から遠い場所に残される。
「っ……ぅ、……あぁぁ……っ!」
溢れてくる涙を止めることが出来なかった。
イーリスの。心を通わせた子供たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。残酷なほど鮮明に。
私たち大人が未来のために選び取った道は、これから想像もつかないほど多くの子供たちの命を飲み込んでいく。
幼い子供たちの屍を踏み越えて夢を追いかけるなんて――私には、出来ない。
あれほど輝いていた夢が、暗い現実に飲み込まれていくようだった。
――その後、何処をどう歩いたかも覚えていない。
「これからAGE適合試験は子供たちが受けることになったらしい……正直安心した」
そう言って、穏やかに笑い合うゴッドイーターたちの姿だけは脳裏に刻まれていた。
失意のまま基地内を彷徨い、誰もいない廊下の奥で一人膝を抱えて座り込む。
間もなくこの基地も灰域に飲まれるらしい。
そう遠くないうちに、完成した地下拠点への移動と主要な設備の移管作業が始まる。
私たちの夢が、ようやく形になるというのに。
どうして私はこんな所にいるのだろう。どうしてこんなにも悔しいのだろう。
私は一体、これまで何のために……
「………………ぁ」
瞼の裏の思い出に、深く深く潜っていた時だ。
不意に、か細い声と共に私の肩が揺さぶられた。
「……え?」
顔を上げると、そこには――スケッチブックを背負った、あの紫色の髪の女の子が佇んでいた。
「あ、貴女……どうして!?」
強制的にAGE適合試験を受けさせられたはずではないのか。
その子は相変わらず虚ろな表情を浮かべたまま、何処で手に入れたのか、持っていたタブレット端末を手渡してきた。
この端末から基地内の映像を確認することが出来る。
移動する時に死角が出来るよう、カメラを操作した形跡すらあった。
「まさか貴女、これで研究員たちの目を掻い潜って……?」
天性の素質がなければ出来ない芸当だ。
私の問いかけに、その子は背負っていたスケッチブックを開いた。
素早く、正確に、特徴を捉えた絵が描かれていく。
やがてそこには、研究員風の男たちと、壁を作るように一列に並ぶ子供たち。その端で一人の女の子を庇うように手を伸ばす眼鏡をかけた女の子が描かれた。
「これは、もしかして貴女とイーリス?」
短い頷きに、確信を得る。
――危険を察知したイーリスが、この子を実験から逃がしたのだ。
「だ、い……じょ、ぶ……み、ん、な……ま、た……あぇ、る……から、って……」
描かれたイーリスを指差しながら絞り出すように意志を紡いだこの子を、思わず抱きしめた。
この子はイーリスが――連れて行かれた子供たち全てが――願いと共に守った希望なのだ。
「うん……安心して。私が、貴女を守るから……」
自分自身に言い聞かせるように、イーリスから託された希望に誓う。
いつだって家族を守りたいという夢を抱いていたあの子のために。
この子だけは何としても――
「……貴女のお名前は?」
スケッチブックの隅に、少女はさっとサインを記す。
そこには、エイミーと記されていた。
対抗適応型ゴッドイーター、AGE。
灰域を構成する喰灰に、一定の耐性をもたらす 『対抗適応因子』の発見に伴い、その因子への適性を 見出されたゴッドイーターをこう呼ぶようになった。
しかし適性の有無は、実際に体内に喰灰と対抗適応因子を投与することでしか判断することが出来ず、適性が無ければそのゴッドイーターはそのまま死亡する。
少しでも成功率を上げるために、適合率の高い歴戦のゴッドイーターたちが次々に被験者として選ばれたが、成功率は五パーセントを切り、その多くが椅子の上で命を落としていった。
それでも、人類のために。
そう言って、高い志を持った英雄たちが幾人もAGE適合試験に志願した。
二度目の適合試験とも呼べるこの試練を乗り越える者が現れなければ、人類に未来は無いのだと。
数百、数千の尊い犠牲の果てに、喰灰や対抗適応因子の研究も進み、僅かながら成功率の高い適合試験の手順が確立されていった。
しかし――
「また今日も……AGE適合試験で部下を失ったよ」
積み上げられた屍の上に立つ者の心は、救われない。
夜遅く。私は自室で深くうな垂れるヴェルナーに、声をかけることが出来ずにいた。
「本当は、誰よりも先に俺が適合試験を受けるつもりでいた。俺が道を示すことで、後に続く者の心に少しでも勇気が呼び起こされればと……だが……」
フェンリル体制が実質的に崩壊した今、グレイプニルとガドリン総督は欧州全域に影響力 を持ち始めている。
総督の息子であるヴェルナーが軽率に命を危険に晒すような真似は、決して許されなかった。
「人が死に過ぎた……今やゴッドイーターたちの間では、AGEと口にすることすら恐れられている始末だ。仲間の死をただ眺め、迫る灰域を前に何も出来ず、恐怖から争いを始める罪もない人々を鎮圧する毎日……俺は何をやっているのだろうな」
いつかきっと報われる日が来る。もう一度夢を追いかけられるはず。
……浮かんでくる励ましの言葉も、犠牲になった命から目を逸らすための言葉に思えてしまって、私は口にすることが出来なかった。
それでも、少しでも傷ついたその心を癒してあげたくて。
どれほど残酷な現実が待ち受けていても、私だけは傍にいると伝えたくて。
無言のまま、そっとその体を抱きしめる。
「……すまない、イルダ。最近は情けない姿ばかり見せてしまうな」
立ち上がったヴェルナーは、力の無い笑みを浮かべてそう言った。
「明日からは改良を加えた、第二世代型のAGE適合試験が開始されるらしい。これで少しでも犠牲者が減ることを祈ろう。……今日は先に休んでくれ」
部屋を出ていくヴェルナーを見送って、私も一人うな垂れた。
もはやヴェルナーは夢に目を輝かせる研究者ではなく、一人のゴッドイーターとしての働きのみを期待されている。
同じ光を求めて歩いてきたその姿がどんどん遠ざかっていくようで、彼の隣に立つ意味を失っていく自分が、たまらなく悔しかった。
翌日――
私はイーリスたちを訪ねて、基地内の居住区へ足を運んだ。
しかし、子供たちの姿が何処にもない。
「みんな……?」
おかしい。基地内に一人として子供の姿がない。
イーリスたちの姿を求めて、私は息を切らしてあちこちを走り回った。
「はぁ……はぁ……イルダっ!」
やがて、私と同じように息を切らせたヴェルナーが現れた。
見開いた目の中に、動揺と、微かな怒りの炎が燃えている。
「ヴェルナー……イーリスたちが、何処にも……」
「っ……!」
踵を返して駆け出すヴェルナーを、反射的に私も追った。
辿り着いたのは、総督の執務室。
開け放たれた部屋の中から、ヴェルナーの烈火の如き怒声が轟いた。
「どういうつもりだ父上っ!」
無言のまま息子の怒りを受け止めているガドリン総督に、私もよろよろと近づく。
「総督……子供たちは?」
どうか、間違いであってほしい。
そんな願いと共に口にした問いかけだった。
「……基地内の子供たちには、第二世代型AGE適合試験を受けてもらった」
殴られたような衝撃に、思わずその場に膝をつく。
「対抗適応因子は通常の適合試験と同様、被験者が若いほど高い適合率を示す傾向にある……ならば、こうせざるを得ないだろう」
「ふざけるなっ! 子供にゴッドイーターになることを強制したというのか!? どうして事前に俺に伝えなかった!?」
父親の胸倉を掴んで叫ぶヴェルナーに、ガドリン総督は冷徹に応える。
「伝えれば、お前はこうして止めただろう」
「当たり前だ! 父上、どうしてこんなっ!」
「人類の未来のためだ」
その一言が、見えない何かに決定的な亀裂を生んだ。
私たちの夢の出発点。
誰もがその言葉を口にしなくて済む未来を、思い描いていたのに。
「既に欧州全域で第二世代型の実験が開始されている 。もはや、子供たちに希望を託すしかないのだ」
「……父上……貴方は……自分が何を言っているのか、理解しているのか……?」
「軽蔑してくれて構わない。だが……」
呆然と立ち尽くすヴェルナーの手を静かに外して、総督は言う。
「これが、私の進む道なのだ」
総督が執務室を後にする。
ヴェルナーは父の机に手をついて、俯いたままいつまでも口を閉ざしていた。
「まだ、間に合う子がいるかもしれない……」
祈りのような言葉を最後に、ヴェルナーは幽鬼のような足取りで部屋を去った。
一人、グレイプニルの指導者の部屋に――この地で最も夢から遠い場所に残される。
「っ……ぅ、……あぁぁ……っ!」
溢れてくる涙を止めることが出来なかった。
イーリスの。心を通わせた子供たちの笑顔が脳裏に浮かぶ。残酷なほど鮮明に。
私たち大人が未来のために選び取った道は、これから想像もつかないほど多くの子供たちの命を飲み込んでいく。
幼い子供たちの屍を踏み越えて夢を追いかけるなんて――私には、出来ない。
あれほど輝いていた夢が、暗い現実に飲み込まれていくようだった。
――その後、何処をどう歩いたかも覚えていない。
「これからAGE適合試験は子供たちが受けることになったらしい……正直安心した」
そう言って、穏やかに笑い合うゴッドイーターたちの姿だけは脳裏に刻まれていた。
失意のまま基地内を彷徨い、誰もいない廊下の奥で一人膝を抱えて座り込む。
間もなくこの基地も灰域に飲まれるらしい。
そう遠くないうちに、完成した地下拠点への移動と主要な設備の移管作業が始まる。
私たちの夢が、ようやく形になるというのに。
どうして私はこんな所にいるのだろう。どうしてこんなにも悔しいのだろう。
私は一体、これまで何のために……
「………………ぁ」
瞼の裏の思い出に、深く深く潜っていた時だ。
不意に、か細い声と共に私の肩が揺さぶられた。
「……え?」
顔を上げると、そこには――スケッチブックを背負った、あの紫色の髪の女の子が佇んでいた。
「あ、貴女……どうして!?」
強制的にAGE適合試験を受けさせられたはずではないのか。
その子は相変わらず虚ろな表情を浮かべたまま、何処で手に入れたのか、持っていたタブレット端末を手渡してきた。
この端末から基地内の映像を確認することが出来る。
移動する時に死角が出来るよう、カメラを操作した形跡すらあった。
「まさか貴女、これで研究員たちの目を掻い潜って……?」
天性の素質がなければ出来ない芸当だ。
私の問いかけに、その子は背負っていたスケッチブックを開いた。
素早く、正確に、特徴を捉えた絵が描かれていく。
やがてそこには、研究員風の男たちと、壁を作るように一列に並ぶ子供たち。その端で一人の女の子を庇うように手を伸ばす眼鏡をかけた女の子が描かれた。
「これは、もしかして貴女とイーリス?」
短い頷きに、確信を得る。
――危険を察知したイーリスが、この子を実験から逃がしたのだ。
「だ、い……じょ、ぶ……み、ん、な……ま、た……あぇ、る……から、って……」
描かれたイーリスを指差しながら絞り出すように意志を紡いだこの子を、思わず抱きしめた。
この子はイーリスが――連れて行かれた子供たち全てが――願いと共に守った希望なのだ。
「うん……安心して。私が、貴女を守るから……」
自分自身に言い聞かせるように、イーリスから託された希望に誓う。
いつだって家族を守りたいという夢を抱いていたあの子のために。
この子だけは何としても――
「……貴女のお名前は?」
スケッチブックの隅に、少女はさっとサインを記す。
そこには、エイミーと記されていた。