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「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第五章 イルダ編「白き花の名の下に」


「GOD EATER 3」キャラクターノベル イルダ編「白き花の名の下に」 ~第五章-4話~
 出発の日。もうすぐ輸送機が迎えに来てくれるはずだ。
 これからも多くのサテライト拠点を巡らなければいけないのに、別れを惜しんで涙を流してくれる子供たちを前に、私も涙を堪えるのに必死だった。
 わざわざフェンリルに連絡して、輸送機の手配までしてくれたリカルドの前に、ヴェルナーが進み出る。
「世話になったなリカルド。……ありがとう」
「世話になったのはこっちの方さ。ヴェルナー、この女神さまを支えてやれよ?」
「無論だとも。いつかまた、共に道を歩もう」
 二人が握手を交わそうとした。
 ――その時。
 巨大な地響きと共に、空の様子が一変した。
 最初に確認出来たのは、遠くの空から見たことがないほどドス黒い雲が広がっていく異様な光景。
 まるで、灰の塊のような――
「……っ! リカルド! たった今グレイプニルから無線が入った! あの灰に追い立てられるように各地でアラガミの大移動が起きているらしい。間もなくここにも来るぞ!」
「な……何だと!?」
 拠点内に衝撃が走り、誰もが凍り付いたように立ちすくむ。
「リカルド、この拠点の防備はどうなっている」
「俺の他に防衛班が四人。移動手段は小型のトレーラーが一台だけで、とても拠点の奴ら全員は避難させられない。手配した輸送機が到着するまで、ここで凌ぎきるしかないな」
「くっ……せめて俺の神機を持ってきていれば!」
 拳を握りしめるヴェルナーの肩に、リカルドが手を置く。
「お前の夢を語るのに、神機なんて必要なかっただろう? イルダさんと拠点のみんなの傍にいてやってくれ。……ここは任せろ」
 決意をみなぎらせた表情で、リカルドは力強く装甲壁の外へと歩いていく。
「リカルド、すまない……。イルダ、みんなを集めるんだ」
 装甲壁が閉鎖され、不気味な静寂の中、拠点の住人たちと肩を寄せ合う。
 遠くの空から黒い灰が近づいてくるにつれて、恐怖と焦燥感がつのってくる。私の手を握りしめてくれるヴェルナーがいなかったら、こんなに冷静でいられただろうか。
 ――微かに地面が揺れ始めた。
 何十、何百という生物が移動する重低音が徐々に大きくなっていく。
 人の根源的な恐怖心を煽る捕喰者の気配が、壁一枚隔てたすぐ向こうまで迫ってくる。
 ギリギリまで張りつめた一瞬の静寂が拠点に満ちた、次の瞬間。
 装甲壁の向こうで巨大な爆発が起こった。
 リカルドと防衛班の怒号が、何重にも連なるアラガミの咆哮と激突する衝撃が伝わってくる。
 子供たちを抱きしめて、どうか全員無事にこの場を乗り切れることを祈った。
 しかし、アラガミの咆哮は衰えるどころか更に勢いを増している。もはやその足音だけでも鼓膜が震えるほどだった。
 明らかな異常事態に、ヴェルナーですら戸惑いを隠せずにいた、その時。
 無数の光線が装甲壁を貫き、舞い上がる土煙の向こうから、音も無く巨大な影が侵入してきた。
 一瞬、視界に入ったそれが何なのか理解出来なかった。
 分厚い甲殻と、人の面のようなものを纏った未知のアラガミ。
 不気味な偶像のような異様な存在感に、誰もが息を飲む。
 次の瞬間。舞い上がった偶像から閃光が放たれた。
「イルダァァァっ!」
 頭が働かないまま、ヴェルナーに庇われて地面に倒れ込む。
 同時に温かな液体が私たちの上に降り注いだ。
「っ……イルダ、見てはいけない!」
 思わず身を起こしてしまった私の視線の先で、数秒前まで肩を寄せ合っていた子供たちが無残な姿で血に染まっていた。
「ぁ……あ、ぁぁ……」
 叫ぶ間もないうちに、破壊された装甲壁から小型アラガミが溢れるように侵入してくる。
 徐々に拠点がアラガミに埋め尽くされていく中、ヴェルナーが駆け出した。
「おおおおおおっ!」
 拠点の住宅を支えていた身の丈を超える鉄柱を引き抜き、ヴェルナーが接近する小型アラガミを薙ぎ払う。
「ここは通さんっ!」
 逃げ惑う人々の悲鳴と舞い散る血飛沫。飛び交う怒号と爆音。炎と共に崩れ落ちていく家屋。
 平穏が目の前で音を立てて引き裂かれていく。
 これがヒトと神々の戦場。絶望の渦中で、私は立ち上がることすら出来なくなっていた。
 自分ではどうすることも出来ない現実の中、破られた装甲壁から紫電を纏うアラガミ、ウコンバサラが侵入してくる。
「くっ……イルダ、逃げろぉっ!」
 無数の小型アラガミに追い込まれ、決死の応戦をしているヴェルナーの声が響く。
 しかし、恐怖に竦んだ私はその場から動くことが出来なかった。
「――おらああああっ!」
 死を覚悟した私の前に躍り出たのは、リカルドだった。
 展開された装甲がウコンバサラを真正面から受け止める。だが激戦を耐え続けた神機に限界が来たのか、リカルドの神機は砕け散るように分解してしまった。
「っ……まだ、まだあああっ!」
 吼えたリカルドは切っ先の折れた神機を握り締め 、ウコンバサラの頭上に飛びあがると、背中のタービンに肩まで腕を突き入れた。
 コアに達した一撃がウコンバサラを絶命させ、ズタズタになった右腕を引き抜いたリカルドが私の前に倒れ込んだ。
「リカルドさん……っ!」
「くっ……ボサッとしてんじゃねえ! ヴェルナー、イルダさんを連れて逃げろ!」
「馬鹿を言うな! 君だけ残して行く訳にはいかない!」
「馬鹿言ってんのはてめえの方だ! 死に損ないと、てめえの女! どっちが大事かも分かんねえのか!」
 もはや原形すら留めていない神機をそれでも握り締め、リカルドは尚も迫りくるアラガミを睨む。
「……イルダさん。生きてください……どうか、ここにいた家族の夢を……っ!」
 底知れない決意を宿した瞳が、悲しみに揺らぐ。
 命を賭してでも、この場所に宿る家族たちの想いを守るために。
 その姿が、言葉が、私の意識を強烈に呼び覚ました。
 ――拠点のトレーラーは、まだ使える。
「ヴェルナーっ!」
 意を決して走り出した私の呼びかけに、ヴェルナーはすぐに気づいてくれたようだ。
 エンジンをかけたトレーラーをすぐに回す。
 負傷したリカルドを抱きかかえるようにして、ヴェルナーもすぐに走ってくる。
 ……無念の叫びを上げるリカルドの姿に、私も軋むほど奥歯を噛みしめた。
 けれど今は、ここを生き伸びることに全てを注ぐ。
 発進させたトレーラーで穴の開いた装甲壁を抜け、アラガミの大群が向かう先とは別方向へ疾走した。
 溢れてくる涙を拭い、一度だけバックミラーに目を向ける。
 優しい夢物語を踏みにじるかのように。あの偶像のようなアラガミが燃え盛る拠点を押し潰す瞬間が見えた。


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